乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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53:笑う感じの刃物男、もしくはハナの話

 

『ふーん、青葉との試合形式の鍛練か、ちょっとタマもにもやらせタマえ』

 

 多分、きっかけは球子のこの発言だったのだろう。その発言に触発された姉が『私も青葉と試し合いをしたい』と主張し、最初からやる気だった友奈も『順番だよ、最初は私から』と珍しく自分の意見を強調したのである。そんな流れを見た杏が冗談混じりに『みんな同時にやっちゃったらどうかな?』と言うと千景が『バトルロイヤル……?』と呟き、やる気満々だった三人が瞬時に瞳を輝かせてエンジョイな雰囲気を放ち始めたのである。

 そんな感じであれよあれよの内にその場で幾らかのルールを皆で決めてその日の内に先生達に許可を貰いに行って翌日には丸亀城の敷地全体を使った勇者達+おまけな僕のバトルロイヤルが開催される事になった。

 ルールは簡単、敷地から出ない事と勇者の力を使わない事、使う獲物はそれぞれの得物を模造した物で敗けの条件は本来の得物なら致命に至る攻撃を受ける事か降参する事だけだ。更に、勝負を盛り上げる要素として優勝者は皆にそれぞれ一つだけ命令できるという特権も与えられる事になる。

 

「んー……」

 

 事前にくじ引きで決めたスタート位置で少し思考を巡らせる。

 遊び要素が強いがこれも勝負、皆が僕に合わせて勇者の力を使わないでいてくれるのに情けない結果を残す事は一人の男子として回避したい。やるからには全力で勝ちを狙いに行こうと思う、そのためにはどうするべきか。

 単純に最下位を回避するためならば隠れて逃げ回れば良いだけなのだろうがそんな戦い方で得た勝利を情けなくないと言えるのだろうか、ここはやはり攻めに回るべきか。それならばどう動くべきか、適当に動き回るだけで勝てるほど皆は弱くないはずだ。

 

「…………ん」

 

 皆とそれぞれ戦うとして、誰がどんな風に脅威なのかを考える。

 姉、単純に強い。友奈、間合いの有利が有るけど手数が多い。球子、盾への対処法として幾らかの考えはある。千景、友奈とは逆に間合いの不利がある……とそこまで考えて誰が一番僕にとって脅威なのかが決まる、杏だ。今の僕には腰の軟らかい大小二本しか得物が無いので遠距離からの狙撃に徹されると隠れるしか行動ができないのだ。

 

「……よしっ、決めた」

 

 脅威ならば最初に討ち取って後顧の憂いを断ってしまおう。一番厄介な相手に敢えて挑むのもなかなか男らしいワイルドな戦法なのではないのだろうか。

 そうと決めればまずは杏を捜さなければならない、何処にいるのだろうか、単純に狙撃するために見晴らしのいい高所にいる訳ではないだろう、そんな所にいけば逆に皆に姿を晒して不利になるだけのはずだ。きっと頭の良い杏は他の近接武器を扱う僕や皆にとってやりにくい戦法を思い付いてるはず、その戦法がどんなものかまでは解らないが。

 

「ん……」

 

 思考が行き詰まったまま歩き出す、向かう先は林の中。取り敢えずは単純に僕がされたら嫌だなって思った戦法の一つ、視界が悪くて隠れる場所の多い林で待ち構えられるという戦法をとられてると想定して杏を捜してみる事にした。

 

 

 ─────

 

 

「あーんずちゃーん、ど~こかなー?」

 

 丸亀城の林内に響く無邪気な少年の声、声変わりを迎えたのであろうやや低めなその声はまるでかくれんぼをしている幼い子供が友達を捜しているかのように楽し気な雰囲気を感じさせる。しかし、捜されてる少女は少年とさほど離れてない物陰に身を潜めて緊張の面持ちで無骨な弩を握り締めていた。

 

「ここら辺にいるのはわかってるんだよー?」

 

(なんでわかるの!?)

 

 姿を晒していないし音も立てていないのに確信をもって少女がここにいると言い放ち、丁寧に身を隠せそうな物陰を短い得物を握りながら覗き込んで回る少年に、少女は得体の知れない怖じ気を催す。

 

「ここかなぁ? ……んー、いないね、かくれんぼなんて久々だなぁ、楽しいねぇ」

 

 確実に自分の隠れる場所に近付きながらもその途中にある物陰をしらみ潰しに覗いては歩みを止めない少年。ふと、前触れ無く動きを停止させて空を仰ぐ姿を見せる。

 

「風向きが変わったね……んん? 一人増えたね、もしかしたらタマっちかな?」

 

 杏の隠れた場所からの狭い視界では球子がこの場に来ていると察知できる情報を得られる事はできないが、自分が隠れていると確信してこの周辺を練り歩いている少年が言っているという事はほぼ間違い無い情報なのだろうと杏は判断した。そして、本来ならばバトルロイヤルというルール上では対戦相手の一人ではあるがこっそりと協定を結んだ姉妹分が側にいる事にほんの少しの安堵を感じてしまう。それほどまでに少年が無邪気な雰囲気で自分を追い掛けてくる状況に困惑し、対処に困っていたのだ。

 

(青葉くんは不意打ちに強いし、技量そのものも高いから一対一じゃ絶対に不利だもん)

 

 かつて超人的な力を持つ勇者達が危機に晒されるも隻腕のハンデを背負う少年に護られた元旦のテロ事件、その時に目撃した不意の出来事への対処の早さと、普段の鍛練の際に伺える純粋な技量の高さ故に不意を打って狙撃できそうなタイミングがあっても杏は弩の引金を引く決心がつかなかったのだ。もしも、その不意の狙撃が対処されれば居所を察知されて次の矢を装填するまでに倒されてしまうのが目に見えているのである。

 

「んー、遠距離攻撃ができる二人が隠れている林で乱戦かぁ……いや、もしかしたら二対一かな? これはかなり不利だね、困ったねぇ」

 

 そういう少年の表情は、言葉とは裏腹に満面の笑み。誰が見ても明らかにこの状況を楽しんでいると理解できる。

 自信があるからなのか、それとも何も考えてないからなのか、少年が普段日常の中で見せる気の抜けたぽやぽやとした笑みとは違うそのニンマリとした笑みが少年に名状しがたいドロリとした雰囲気を纏わせる。

 

「んふふ、どうしようかなぁ」

 

 困ったような口振りながらも笑んだままの少年が、杏を捜して物陰を覗き回ってた時とは変わってその場に立ち止まる。そして、そのまま自然体に見える立ち方で微動だにしなくなってしまった。

 

(どうしよう、チャンスなのかな?)

 

 狙ってくれと言わんばかりなその姿に、杏は弩を静かに向けて狙いを定めるも脳裏にちらつく少年の対処速度と常とは違う雰囲気に引金を引くことを躊躇ってしまう。そんな杏の葛藤の中、状況が動く。

 

「ははっ!」

 

 少年の背後から背中を狙う投擲された円盤、しかし、少年はそれを見ることなく素早く高所から飛び降りて着地した猫のように低く身を屈めてそれを躱す。

 

「タマっち見ーつけたっ!」

 

「なんで今の避けれるんだよ!」

 

 楽しそうに歓喜の声を上げる少年と悔しさと驚愕の混じる怒鳴り声を上げる球子。杏は少年の急激な動きに外された狙いを定め直す。

 

「音! 杏ちゃんが先に射ってたら避けれなかったかもね!」

 

 ワイヤーをたどり球子の元に戻って行く円盤を追い掛けて機敏に走る少年、投擲された円盤の微かな風切り音を耳で拾って回避行動に移ったらしい。

少年の言葉に矢を放つ事を躊躇ってしまったのを悔やみつつ杏は弩の照準で少年を追い掛ける。

 

「なんの、まだまだぁ!」

 

 少年が球子と接触するよりも早く手元に円盤を戻せた球子が渾身の力を籠めて円盤を構えて少年へ体当たりするように叩き付ける。杏の視界では重なるような至近距離となった球子と少年だったが、打撃音は鳴らなかった。

 

「あは」

 

「うっそだろ、受け止めやがった、変態かよ」

 

 球子の渾身の打撃、それを少年は円盤の真中に手の平を添えて受け止め、肘や肩を柔らかく動かして威力のほぼ全てを受け流したのだ。

 

「タマっち、捕まえたぁ」

 

「うわっ、キモい! どんだけ動かしても手の平が剥がれない!」

 

 珠子が再度打撃を繰り出すために円盤を引くも少年の手の平が円盤の真中に添えられたまま剥がれず、円盤の向きや角度を変えて逃れようとしても少年の絶妙な力加減で流されて球子が体勢を崩しそうになるだけだった。

 しかし、その場で円盤一枚隔てた押し合いをして脚を止めている今こそが好機と杏は引金に指を掛ける。

 

「受身とれるって、信じてるよ」

 

「あ?」

 

 杏の意を決した射撃。しかし、その一矢は突然球子ごと前進を始めた少年の背中を掠めるだけに終わった。

 

「そおおぉぉれええぇぇっ!!」

 

「うわあぁぁ!?」

 

 全力で円盤を押して進む少年、押された球子が数歩下がった先で体勢を崩して仰向けに転がされ、護身術の授業で習った通りの受身を取る。

 

「あんずっ!」

 

 杏が次の矢を装填し終わり、球子を助けようと再度少年へと狙いを定めた時に球子が叫ぶ。

 

「逃げろ!」

 

 その叫びに杏が反射的に一歩後ずさったのと、少年が目にも留まらぬ抜刀で球子を軟らかく撫でたのは同時だった。仰向けに倒れたまま胴を撫でられた球子、真剣ならば間違いなく致命傷の一撃を受けた事により敗北が決まる。

 

「ちくしょー、どんな反射神経してんだよ」

 

「んふふ、タマっち討ち取ったり」

 

 喜色に満ちた笑みを浮かべる少年がそのまま付近に隠れているはずの杏を捜して周囲を見回した時、既に杏がその場から離脱した後だった。

 

「あ~あ、仕方無いからタマは天守から観戦するか……なにやってんだ? キノコでも生えてたのか?」

 

 倒れていた球子が立ち上がり、全身を叩くように払って土埃を落とした後に目にしたのは茂みに頭を突っ込んで屈んでいる少年のうしろ姿。その姿が球子には餌を探す野良の生き物じみて見えた。

 

「んーふふふ、よっぽど慌てて逃げたんだね、向かった方向がわかる位には足跡が残ってる」

 

「勉強できないのにそういう知恵は回るんだな」

 

 立ち上がり、迷いない足取りで杏のものと思われる足跡を追いかけ始める少年に球子は感心とも呆れとも言い切れない溜め息を吐く。

 

 追いかける少年の進む先、協定を結んでいながらも最適な援護をする事ができなかったのを心中で球子に詫びつつ、遮二無二に少年から距離を離すために走った杏が辿り着いた先は行き詰まりだった。

 

「くっ……! 二対一でも……攻めきれない……!」

 

「ただ早く抜いて斬るだけが居合と思うな、攻撃をいなして不利を凌ぐ型だって山程にある!」

 

「さすがだね若葉ちゃん、でも負けないよ!」

 

 林はまだ先へと続いているが、杏の行く手を阻むように三人の勇者が激しい乱戦を繰り広げていたのだ。

 遮二無二に走りすぎた故にかかなり乱戦中の三人に近づくまで気付けなかった杏は自らの焦りを自覚しつつ、咄嗟に手近な木の陰に身を滑りこませて隠れる。幸い、激しい乱戦中の三人は杏の接近を察知していなかったらしく得物を打ち合わせあって激しく硬質な音を鳴らし合っていた。

 

(身動き取れなくなっちゃった、隠れてやり過ごせるかな?)

 

 勇者の中では最も運動能力が低いと自覚している杏は近接戦闘に優れた三人に対して現状での勝機を見出だせず、せめて三人の乱戦に決着がついて誰か一人が残るまでは見つからないようにと疾走した事と緊張故に激しく脈打つ胸を押さえて木に背を預けてその場にしゃがみこむ。

 

 そして、見た。

 

「ひっ!」

 

 隠れながら息を整えようとしていた杏の喉から漏れるひきつった悲鳴。

 自分が走ってきた方向からこの場へ目掛けて疾走してくる少年、まだ豆粒くらいの小ささに見える距離でありながらニンマリと笑う少年とたしかに視線が絡んだ。

 

──みーつけたっ!

 

 弩の訓練をするなかで鍛えられた遠くの物を識別する視力が少年の唇がそのように動くのを捉える。

 

(見つからないように逃げれたと思ったのに! なんでそんなに私にこだわるの!?)

 

 日常のなかでゆるくぽやぽやと笑う少年とはまるで違う好戦的でべっとりと貼り付くような笑み、言葉を飾らずに表現するならば気色の悪ささえも醸し出すその笑みの少年が何をしてでもどこまでも追い掛けてくるのではと嫌な直感を得てしまった杏がとうとう錯乱に近い混乱に陥る。

 

「くっ!」

 

「惜しい! 今のはイケたと思ったのに!」

 

「しぶといわね……!」

 

 杏の背を預けている木の裏には未だ乱戦を続ける三人、視界の奥から最早親しいクラスメイトではなく人の形をした理不尽なナニかにしか見えなくなった少年。進退窮まった杏がとった行動は単純なものだった。

 

「いやあぁーー!」

 

「わっ、なに!? ……アンちゃん?」

 

「いつの間にいたの……!?」

 

 少年の追跡から逃れるために乱戦中の三人に助けを求めようと姿を晒す。三人は唐突過ぎる闖入者に揃ってピタリと動きを止め、それが杏だとわかると意図の見えない乱入に友奈と千景が困惑の声を漏らす。

 

「飛んで火に入るなんとやら、杏もこの場で討たせてもらおうか」

 

 若葉も一瞬だけ困惑の表情を見せたが不利を凌ぎ続けて戦意が高揚しているのかすぐさま思考を勝利のために切り替え、遠距離武器を持つ杏が至近距離で姿を晒している事を好機を逃さないようにその手に携える木刀を構え直す。

 

「若葉ちゃん!ちょっと待っ──」

 

「覚悟ッ!」

 

「ひゃぅっ」

 

 隙だらけの杏に対して様子のおかしさを察知して友奈が制止の声を出すのと、軽く胴を撫でてやればすぐに討ち取れると見なした若葉が一歩踏み込み込んだのは同時だった。

 バトルロイヤルだと思考から抜けて敵に助けを求めるほと混乱した上、助けを求めた相手からは好戦的な笑みと得物を向けられた杏はとうとう前にも後ろにも動けなくなり、その場で身を縮こまらせて刹那の後に与えられるであろう痛みを恐れて瞼を閉じてか細い悲鳴を上げる。

 

「させないっ!」

 

「……ふぇ?」

 

 痛みはなかった。

 またも日常の中ではほとんどあり得ないクラスメイトの男子が放つ強い声色に恐る恐る杏が瞼を開くと左袖が靡く男子の後ろ姿。右手に握られた得物を振るい杏を討ち取ろうとした若葉を後退させたらしい。

 

「……青葉……くん?」

 

 自らを追い詰めていたはずの男子が自らが助けを求めた相手を追い払う不思議な光景に理解が追い付かずにぽかんとしてしまう杏。

 

「……どうして?」

 

「杏ちゃんは……」

 

 ただ無意識に口からてまてしまった疑問符に答えるこのような男子の強い声色。

 

「僕のだ!!」

 

 問うた杏も、更なる強敵が現れたと身構えていた友奈も、様子を窺っていた千景も、三人供が凍りついた。

 

「えっ? へっ? ……ふぇぇ!?」

 

「面白い! ならば先に青葉を私のにしてやろう!」

 

「若葉ちゃん!?」

 

「二人とも……まさか……!?」

 

 前触れなく熱烈な言葉を向けられて頬に熱を感じつつも完全に混乱へと陥ってしまった杏の感情をそのまま音にした声をよそに姉弟間で熱烈な宣言をする若葉。姉弟以外が状況の変化に対応できずにその場に脚を止めて事の推移を見守り始める。

 

「その頼りない得物の不利を覆せるか!」

 

「たしかにこんなへなちょこじゃ受けれないけど、やりようはあるさ!」

 

 二対一の状況では凌ぐ事に重きを置いていた若葉が一人相手に攻めに転じ、縦横無尽な激しい嵐の剣閃を振るい。対する少年は防御に使うには頼りない得物の軽さを逆に利用して手首や肘、間接の捻りや回転を最速に振るっては若葉の隙とも言えない隙を無理矢理突き続ける剣閃の弾幕で時に若葉の一閃を中断させたり一歩退がらせたりと互いに触れ合わず互角の剣劇を繰り広げる。

 

「訳がわからないよぉ……」

 

「二人の……世界ね……」

 

 熱烈な言葉を叩き付けられたと思えば今度は放置される、そんな理解の及ばぬ状況に杏の目尻に微かに水滴が滲み始めた。

 

「あ は は は は は !!」

 

「くぅっ! 場の不利が有ったか!!」

 

「わぁ、なにあれスッゴい!」

 

 最高潮に楽しんでいると言わんばかりの笑い声を撒き散らしながら地を蹴り樹を蹴り枝を渡って上下左右全ての空間から若葉を斬りつける少年と、得物の有利を帳消しにする場の不利に気付いた若葉がそれでも完全に対応している姿に眼を輝かせる友奈。

 

「……あっ」

 

「高嶋さん?」

 

 完全に観戦モードだった友奈から放たれた何かに思い至ったのであろう声に反応する千景。

 

「青葉君がいってた『アンちゃんは僕のだ』ってさ」

 

「……ふぇ」

 

 いつの間にか思考が停止していた杏の意識が友奈の声に刺激されて戻ってくる。

 

「アンちゃんは青葉くんの"獲物"だって意味だったのかな?」

 

「……ありそうね」

 

 友奈の言葉に対し、弟を自らのものにすると宣言した姉の苛烈な剣閃を含めて納得する千景。

 

「……そっかぁ、うん、青葉くんだもんね」

 

「アンちゃん? ……あっ」

 

「高嶋さん? また何かに気付い……あっ」

 

 納得の意を抑揚のない平坦な声で示した杏に友奈が違和感を感じて振り向くと同時に首を布の巻かれた鏃で撫でられた事により敗北に気付いて驚きの声を上げ、そんな友奈の声に反応した千景も流れ作業のように首を鏃で撫でられて思わず声をこぼす。

 

「えいっ」

 

「あ痛っ、ん?」

 

 掛け声と同時に、杏の射撃。完全に姉しか見ていなかった少年の背中に命中して動きを止める。

 

「おっと、急に止まってどうし……む? 矢? ……あっ」

 

 戦いはまだこれからだといった頃合いなのに動きを止めた弟に異変を感じ、念のため動きを止めた若葉も肩に感じた軽い痛みに視線を肩に向ければ丁度地面に落ちていく矢を目撃して自身の敗北を悟る。

 

「……うん、これでよし! 私の勝ちだね!」

 

 威圧感を感じさせる微笑みの形をした真顔な杏の勝利宣言、この場に異を唱える者は誰一人としていなかった。

 

 

 ─────

 

 

 杏の不意打ち四連発という微妙な終わりを迎えたバトルロイヤルの後、丸亀城の天守から全ての事の成り行きを見ていた幼馴染を含めた参加者全員は教室に集まっていた。そして、僕は正座させられていた。

 

「弱いものいじめは良くないですよ青葉ちゃん」

 

「はい、僕もそう思います」

 

 ルール上では何も問題は無かったが、幼馴染的に僕が執拗に杏を狙った事が弱いものいじめに見えてしまったらしい。たしかに弱いものいじめは僕も良くないとは思う、しかし、今回のは運動音痴の気があるとはいえ広い間合いの武器を使いこなし知恵を以て不利を覆せる聡明さを持つ杏こそがクラスメイト達の中で最も手強いと判断し、優先すべき対象だったと言ってみる。

 

「言い訳は聞きません!」

 

「……はい」

 

 幼馴染は完全にお説教モードで聞く耳を持ってくれなかった。

 

「多分褒められたんだろうけどあんなに狙われるなら嬉しくない……」

 

 渋い物を食べたかのような杏の変な表情。

 

「くっ……武芸を志す者として他の誰かが優先されるのがこんなに悔しいとは……!」

 

「そういえば、結局青葉くんと対決できなかったなぁ」

 

「うへぇ、武闘派がガチで残念がってる。タマには理解できんな」

 

 歯噛みする姉と元々僕と試合をしたがっていたのにできなくて露骨に肩を落としている友奈、そんな二人に対して球子が半目で溜め息を吐く。

 

「あっ、ねぇ青葉くん、そういえば……」

 

 杏が何かを思い出したかのように正座中の僕の頭上から声を掛ける。

 

「最初に私を見つけた時ってどうやって私が近くにいるって気付けたの? うまく隠れられてたと思ってたんだけど」

 

「それ、タマも気になるな。こっそりと移動して青葉を狙ったタマにも気付いたもんな」

 

 

 杏の質問に球子が便乗し、教室内の皆の視線が僕に集まって幼馴染のお説教も一度止められる。

 

「簡単だよ、杏ちゃんが風上にいたからさ」

 

『……?』

 

「へ? ……え? ……まさか……」

 

 皆が首を捻る中で唯一ハッとした表情を見せる杏、この一言で杏は答えに辿り着いたらしい。やはり杏はとても賢いのだろう。

 

「嘘でしょ……? 嘘って言ってよ……!」

 

 目を剥いて微かに震え始める杏、よほど驚いているのか一秒事に頬の朱色を増やしていく。

 人間生きてるのなら誰もが持つモノを辿っただけなのにそんなにも驚く事なのだろうか。

 

「えぇと……どういう事かしら?」

 

「タマにはわからん。つまりはどういう事だ?」

 

「匂いだよ」

 

 僕の言葉に沈黙の帳が教室に下りて、まばたき一つ分の間の後に全員が僕から一歩離れた。何故だ。

 

「木とか土の匂いに混じって人工のちょっと不自然な花っぽい匂いがしたから簡単に辿れたよ?」

 

「……こんなのって……ないよぉ……」

 

「青葉の感覚が鋭いのは知っていたがまさか嗅覚さえもそんなに鋭いとは」

 

 皆が更に一歩離れ、杏が自分を抱き締めるように肩を抱いてしゃがみこみ、姉が困惑しながら慄く。

 

「えーと、青葉くんはアンちゃんの匂いを嗅ぎながら追い掛けたってこと?」

 

「ん」

 

「やめて、言わないで!」

 

 困惑しきりな友奈の言い方ではなんとなく変態っぽい気がするが間違ってはいないので頷くと、杏が手で両耳を塞いで取り乱したように首をふる。

 

「なぁ、おい。まさかタマが隠れていたのに気付いたのも……」

 

「風向きが変わって牛乳の石鹸の匂いがしたからね、運が良かったよ」

 

「ニ゛ャーーーー!」

 

「んぶぬっ」

 

 急激に真っ赤になった球子に握り拳とも平手とも言えない猫の手の形で頬を叩かれたが腰も力も入ってなかったので痛くは無かった。

 

「んー、何故叩かれねばならないのか」

 

「お前それマジで言ってるのか! アホなのか!? そうだな、アホだったな! このアホーー!!」

 

「えーと、私、気付いちゃったかも」

 

「高嶋さん……?」

 

 眼を回しながら僕の胸ぐらを両手で掴んで激しく前後に揺さぶる球子、荒ぶる視界に合わせてぶれて聞こえる友奈の声に千景がぶれた声で反応する。

 

「青葉くん、もしかして……全員の匂いを嗅ぎ分けれる?」

 

 友奈の質問に、教室がギョッとした空気に満たされる。

 

「みんな、わかりやすいよ?」

 

 僕の胸ぐらを掴んでいた球子も含めて全員が三歩後ろにさがった。そういう反応をされるとけっこう心につらさを感じてしまうのだが。

 そもそも、三年以上基本的に会わない日が無いほどに皆いつも一緒なのだからそれぞれ特徴的な香りをさせていれば自然と覚えてしまうものだろうにと、そう言ってみた。

 

「勝者特権で敗者の青葉くんに命令します」

 

「ん?」

 

 幾ばくかの沈黙の後に光の無い瞳でゆらりと声を放つ杏。

 

「鼻栓つけて」

 

「んん?」

 

「しばらく鼻栓つけてて」

 

「いつまで?」

 

 聞き返しても期限を明言してくれなかった、これは忘れる頃まで鼻栓つけて生活しろということなのか。

 何を言うこともなく正座したままの僕の両脇に立ってそれぞれ左右の鼻の穴に丸めたティッシュを詰め込む姉と幼馴染。二人はどうしようもなく真顔だった。

 別に臭いと言ってる訳でもないのに匂いとはそんなにも気にするモノなのだろうか? 皆がしばらく目を合わせる事さえしてくれなかったのできっとそういうモノなのかもしれない。

 

 

 ─────

 

 

 鼻のティッシュのムズムズ感に慣れてしまった夜、自分以外誰もいない自室でなら鼻栓をせずとも良いだろうとゴミ箱に向かって鼻のティッシュを噴射した後、なんとなく暇を持て余していた僕は特に目的も無く重たいスマホを操作していた。

 

「ん?」

 

 その中で特に理由無く久々に開いたSNSで一通のDMに気付いた。送信者は、以前喫茶店で有った時に互いのアカウントを教えあった熱烈な勇者ファンの眼鏡女。

 

『事故にあったと聞きました、無事ですか?』

 

 他に何も記されてないその簡潔なメッセージに対して僕は特に深く考える事無くスマホを操作して返信の文字を打ち込む。

 

『僕は無敵なので無事です、爆弾だろうが返り討ちですので』

 

 事実、気付いていなかったとはいえ返り討ちにした事があるので法螺話にはならないだろうと冗談混じりの気持ちで返信した。




 
 
 
 
 
 
 
火ピ葉羅くん
くんかくんかす~は~す~は~→獲物を見つけてニッコリ、カピバラまっしぐら。空を仰ぐ→高鼻、畜生が空気中の匂いを拾うアレ。運良く杏ちゃんが風上にいた、運良く風向き変わってタマっちくんかくんかした。テンション高まって笑っちゃう。ちょっとパルクール上級者な挙動でやわらかソードを振るったけど居合剣士と言い張る模様。これだけできても非戦力、世界のゲームバランスがおかしい。スコア1。鼻セレブが鼻にIN。

若葉さん
なに?杏がお前の獲物だと?いいや、お前が私の獲物になるんだよ!実は弟と手合わせしてみたかったおねーちゃん。とても楽しかった(ストレートな感想)匂いを覚えられてる。こいつ、どうにかしなきゃ(使命感)と思いながら鼻セレブした。スコア0

ひなたちゃん
天守閣からは幼馴染が1人の女子を執拗に追い掛けてたのが良く見えた。紳士的ではないのでダメです、叱責対象です。匂いを覚えられてる。なんでこんな風になっちゃったの?再教育しなきゃ(使命感)と思いながら鼻セレブした。

タマっち
ニ゛ャーーーー!牛乳石鹸の爽やかに優しい匂いニ゛ャーーーー!不意打ちでイケると思ったけど返り討ちされた、真剣なら臓物こぼれてた。匂いを覚えられてる。スコア0。鼻セレブしろぉ!

杏ちゃん
髪に優しいシャンプーのふわふわな花の香り。男子に追いかけられて「俺のモノだ」宣言されるロマンチックな体験?いいえ、だだの恐怖体験です。匂いを覚えられてる。訳わからないし恥ずかしいしでちょっと泣いた。不意討ちでスコア4の大活躍、青葉くんの想定通り強かったのかもしれない。おい、鼻セレブしろよ(光の無い瞳)。

友奈ちゃん
原作よりちょっとだけ遠慮無いから長期戦になった。目の前で繰り広げられた侍vs妖怪に混ざりたかったけどなんとなくこのままやらせてあげようって思って見守ってた。匂いを覚えられてる。後ろから頸動脈をシュッってされた。スコア0。今回は戦えなかったけど後日青葉くんと試合をするって約束したよ!鼻セレブしててね。

千景ちゃん
二対一で攻めきれなかったリーダーの実力の高さに悔しさとか納得の念とか頼もしさとかを感じなくもない。匂いを覚えられてる。スコア0。後日、罰ゲームと称して皆から手書きの卒業証書を渡されて嬉しかった。匂いって……えぇ……(困惑)鼻セレブ……して。

───

追い詰めたけどあまり泣かなくて無念。
だからサソリさんをよんだ。
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