乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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54:始まる感じの春、もしくは甲殻類の話

 

 四月を迎えた今日、進級が間近に迫る中で寄宿舎の窓から見える桜の木を見るに花の盛りはまだもう少しだけ先に見える。例年よりも花見を遅らせて多くの人をやきもきさせている桜の木々にはその分以上に賑やかに花で世界を飾って欲しいものだ。

 

「おいっす、青葉いるかー?」

 

「おっじゃましまーっす!」

 

 玄関の扉を開く元気な音と同時に耳に届く球子と友奈の声、二人は暇を持て余して遊びに来たのだろうか。僕も特にやる事もやりたい事もなく自室から外を眺めて時間を持て余していただけに、この退屈な時間をきっと楽しくて素晴らしい時間に変えてしまうだろう二人の来訪にまだ何をした訳でもないのに既に軽く弾んだ気分になってくる。

 

「おじゃまします」

 

 二人の声からやや遅れて耳に届いたのは落ち着いた杏の声。ティッシュ箱に手を伸ばしつつ窓の外から居室の出入口に視界を移せば普段通りの友奈と杏、手にタッパーを持つ球子が丁度入室してきた時だった。球子の持つタッパーはおやつか何かだろうか?

 

「……ん、いらっしゃい」

 

「あ、鼻栓するんだ。勢いで言ったのに律儀だね」

 

 流れ作業で鼻にティッシュを詰めつつ皆を歓迎すると杏がちょっと曖昧な笑顔になった。

 

「うん、僕にはちょっとわからない感覚だけど匂いってみんな結構気にするみたいだからね。僕は人の嫌がる事はなるべくしないのさ、なるべくね」

 

「絶対じゃなくて、なるべくってあたりがまた青葉らしいな」

 

 特に女子相手には気を付けろと天災前にまだ家族揃って実家にいた頃に父からはよく言われていたものだ、哀愁漂う雰囲気で『気を付けなければクラスの女子全員から冷たい扱いをされるぞ』とも言っていたのを覚えている。父の少年時代にはいったい何が有ったのかは語ってはくれなかった。

 

「最初に青葉くんの鼻がスゴいって聞いた時はビックリしたけど私はそんなに気にしないよ?」

 

「ん、そうなの?」

 

「友奈さんは堂々としてるね」

 

 なんて事ないように話す友奈に杏が曖昧な笑顔のまま相槌を打つ。

 

「臭いって言われたらさすがにショックだけどね。あっ、そういえばシャンプー変えてみたんだ、せっかくだから嗅いでみる?」

 

「なんですと!?」

「ふぁ!?」

「友奈さん! 堂々とし過ぎだよ!」

 

 更になんて事ないように言葉を続けつつ一纏めにした後ろ髪を掻き上げてうなじを晒す友奈、そんな大胆な言動に僕を含めた三人の驚きの声が部屋内に響く。そこら辺に漂ってしまった匂いを鼻で拾ってしまうならまだしも直接嗅ぐのはさすがに何かが違うのではなかろうか。

 

「なんてね、嘘だよ」

 

 茶目っ気たっぷりにイタズラっぽく笑う友奈、それに対して球子も杏も安堵の息を吐いた。

 

「そっかぁ、びっくりしたよ」

 

「ふふふ、シャンプーはいつも使ってるやつだよ。ぐんちゃんがおすすめしてくれたやつなんだ」

 

 シャンプーを変えたのは嘘だったらしい。いつも綺麗な黒髪を保っている千景が教えてくれたシャンプーは友奈の髪質にも相性が良かったらしく、今のところそれ以外を使う気は無いとの事。

 

「あん?」

「あれ?」

 

「ん? 二人ともどうかしたの?」

 

 何かに気付いたのか口から疑問符をこぼす球子と杏。小首を傾げたり眉間に皺を寄せてなにやら考え込んでる様子が見受けられる。

 

「どっから、どこまでなんだ?」

 

「全部……?」

 

「うふふ、な~んてねっ」

 

 難しい表情をしたまま呟いた球子と杏に対してイタズラっぽく笑い返した友奈。僕にはちょっとわからなかったやりとりがあったようだ。

 

「今日はいつも驚かせてくる青葉くんを逆に驚かせてみようかと思ったけんだけどわかりにくかったみたいだね。照れちゃったし、ちょっと失敗かも」

 

「んー?」

 

 充分驚いたと思うのだが他に何かあったのだろうか、ほんのりと頬を赤くしている三人の様子から見て僕だけ何かをわかって無いのかもしれない。

 

「今のがわかる程度ののーみそなら普段もうちょいマシな言動になるだろうな」

 

「青葉くんだもんね……」

 

 盛大に溜め息を吐く球子とやれやれと言わんばかりな諦めきった雰囲気の杏。

 

「なぜ突然呆れられたのか」

 

「まぁ、気にすんなよ。それよりもこいつを見てみろ」

 

 話を変えた球子が持参していたタッパーの蓋を開いて僕に中身を見せる、ずずいと差し出されたその中には赤と白の二色がまばらに混ざり合うおめでたい配色な食べ物。

 

「蟹!」

 

「そうだ、蟹だ!」

 

 見た目だけでプリップリな食感を想像できる茹でた蟹の剥き身、視覚の情報だけで非常に食欲をそそられる。

 

「色んな所から贈られてくる好意の品に蟹があったのを見つけてな、そんで食堂のおばちゃんに茹でてもらったんだ。青葉って蟹好きだったろ? 喰わしてやろうと思って持ってきたんだ」

 

 ニヤリと笑いながら説明してくれた球子が艶やかな剥き身に爪楊枝を刺して僕へと差し出してくれた。その美味しそうな剥き身に対して間髪入れずに食らい付く。

 

「ノータイムで食い付いたね」

 

「青葉くんまっしぐら」

 

「こいつにはまず爪楊枝を受けとるって選択肢はなかったのか、あーんしたみたいになっちまった」

 

 咀嚼した歯応え、ぷりぷり。味、ほのかな塩気と淡泊な甘味。美味しい、だけど猛烈な違和感。

 

「あっ、眉毛下がった」

 

「しょんぼり顔だね」

 

「まじか、わかるのかよ」

 

 美味しいが、これは絶対に蟹ではない。

 

「……これ……カニカマじゃん……」

 

「おう、エイプリルフールだからな」

 

 球子のニヤリと笑っていた理由とはつまり僕を四月馬鹿にして嗤おうと企んでいたが故のニヤニヤ顔だったらしい。全力で騙そうとこの為にわざわざ最高級のカニカマを用意した手の込みようには悔しいが完敗である。

 

「……カニカマかぁ……」

 

「おう、ある程度食わせてからネタバレしようと思ってたけど一口目でバレるとは思わなかったぞ」

 

 四月馬鹿になってしまったのはもう仕方ないが完全に蟹を受け入れる状態になっていた口から舌、喉、胃袋までの体内が肩透かしに僕の脳味噌へと猛抗議を始めてテンションがガックリと下がってしまう。

 

「ちなみにカニカマで騙そうと企画したのは杏だ」

 

「一口目で見抜かれちゃったけどエイプリルフールは一応成功かな?」

 

「ぐぬぬ、杏ちゃんは僕になんの恨みがあるのか」

 

 球子が鼻で笑い、友奈が苦笑いして、杏が形だけの満面な笑みになった。何故だ。

 

「まぁ、いいや。せっかくだからそのカニカマをお茶請けにお茶でも飲もうか、ひなちゃんがおいしいお茶の葉を見つけたんだ」

 

 テンションが落とされたとはいえカニカマに罪は無い、むしろカニカマとして食べればかなり美味しいのだ。

 

「そうか、お茶を煎れてくれるのはいいがそろそろそのヘタレ顔はやめろ。なんか力抜ける」

 

 ヘタレ顔と言われても勝手にこうなってしまうのだから見逃して欲しい。

 台所でお茶を煎れようと立ち上がりかけた中腰の姿勢になった時、それは前例通りに前触れ無く鳴り響いた。

 

「プヒッ! ……樹海化!」

 

 この部屋にいる全員のスマホから鳴り響く敵襲を報せるけたたましい警報音に対して反射的に全身に力が入り、鼻に詰めていたティッシュの鼻栓が勢いよく発射される。

 

「みんな、気をつけてね!」

 

 見送れる時間も、言葉を贈れる時間も短いのはもうよく知っている。言葉短ではあるけれども僕なりの応援の言葉をこの場に居合わせた三人に贈る。

 

「……ちょっ……青葉……おまっ……」

 

「ぷひって……ぷひって……」

 

「真面目な顔で……ぷひ………」

 

 僕なりに真面目なつもりだったのだが、三人の意識はこれから始まる過酷であろう戦いよりも発射された鼻栓に向けられていたらしい。三人とも僕から顔や目線を逸らしてそっぽを向くか床に転がった鼻栓だったものを見て震えていた。

 

「え~、今までにない事態になるって神託があったのに気が緩みすぎじゃない?」

 

「お前のせいだろ! このあっぱら──」

 

 球子の急な大声の途中で目の前から消える三人。まるで最初から僕以外誰もこの部屋にいなかったのではと思ってしまいそうな静寂が訪れるのと同時に、姉の戦いの残滓が形代となっている僕へと送られてくる。

 

「かひゅ」

 

 息が詰まり呼吸が乱れ、急激に早まる鼓動が胸に苦痛を与え、とっさに胸を押さえた手に力が入って服越しに肉を掻き、滲んだ涙に視界が歪む。

 怒り、焦燥感、怒り、悲痛、怒り、恐れ、怒り、嫌悪。向ける矛先の無いとめどない憤怒。かつて無いほどの感情の暴発と濁流に全身が痺れるほどに力が籠り、食いしばる歯の根に痛みが走る。

 

「……ふぅ」

 

 近くに誰もいなくて良かった。

 きっと今僕が晒した無様な姿は明らかに異常者のそれだったのだろうと、乱れた呼吸に口の端から噴き出した唾液を拭う。

 穢れは蓄積すると梟笑いの老鴉は言っていた。今の僕の無様は穢れが蓄積されたが故なのか、それとも姉にとってかつて無いほどの感情を揺さぶる何かがあったのか。皆が心配だ、幼馴染と合流して早く迎えに行かなければ。

 

「……!?」

 

 立ち上がり、いざ自室から出ようとした時に、窓ガラスに映る黒いヒトガタが僕を見ていることに気付いた。

 

 

 ─────

 

 

「──ぱー!」

 

「うわっ! いきなりどうしたんだ球子?」

 

 植物質な世界にこだまする球子のぶつ切りな叫び。視界が日常の世界から異界へと変貌したと同時に鼓膜を激しく震わされた若葉が驚いて近くにいた球子へと振り返る。

 

「どうしたもなにもないぞ ……ぷっ、ダメだ、思い出したら笑っちまう」

 

「青葉くんのあれはズルいよね……ふふっ……じわじわと面白いよ」

 

「乃木くんに……何かあったの?」

 

 樹海化が始まる前は自室でゲームをしていたらしき千景がポケットに携帯ゲーム機をしまいつつ堪えるように笑う球子と杏に問い掛ける。

 

「しょぼんからキリッとしながら鼻からぷひっしたんだよ」

 

「言葉にすると尚更ひどいな、くふふっ」

 

「……ごめんなさい、まったく解らないわ」

 

 友奈の擬音での説明にぶり返すように笑う球子、理解の及ばなかった千景がほんの僅かな疎外感を覚えつつも申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「今までに無い事態になると神託があったのに気が緩み過ぎだぞ、見ろ、奴等が迫ってきている」

 

 スマホの勇者アプリを起動して装束を纏い、前向きに捉えれば無駄な力みが無いとも言える球子と杏と友奈の三人の姿に鼻で短く溜め息を吐きつつ気を引き締めるように促す若葉。

 

「わははっ、おっ、同じ事言ってる!」

 

「ふふっ……あーあ、タマっち先輩がツボに入っちゃった」

 

「アンちゃんも、ぷふふ、笑ってるよ」

 

「……いったい何がそんなに面白かったのかしら?」

 

 控え目に困った表情の千景が勇者装束を纏い、その後いくらかの間を置いて落ち着いた三人も若葉と千景に倣って勇者装束を纏う。

 

「さて、落ち着いたな? 確認するぞ、今回も陣形を組んで奴等と戦い、全体の指揮は杏がとるという事でいいな?」

 

 神樹の壁を越えてくる千体弱のバーテックスを眺めつつ作戦の確認をする若葉、語尾に疑問符をつけてはいるが予め決めていた作戦を変える程のイレギュラーを確認できていないので文字通りただの確認である。

 

「オーケー!」

「いつも通りだね!」

「異議はないわ」

「頑張ります」

 

 士気の高い返事が樹海に響く。一人一人のやる気に満ちた声がその場全員にそれぞれ心強さを与え、士気の高さが更に士気を高める好循環のまま若葉を先頭とした陣形を形成する。

 

「四国の風雲児、乃木若葉を恐れぬ者からかかってこい!」

 

 ある意味では恒例である最前に立つ若葉の樹海に轟かせる名乗り。言い切ると同時に群れで押し寄せるバーテックス達の先頭を一刀の元に切り捨て、それを皮切りに次から次へと討伐数を増やしていく。

 

「なぁ、あんず」

 

「なぁに?」

 

 後列で待機する球子が隣に立つ杏に声を掛け、掛けられた杏は返事をしつつも周囲を油断無く見回しつつ時折矢を射って前列の三人を援護する。

 

「若葉の名乗りってなんかカッコイイ雰囲気出してるけどさ、あの二つ名ってちっちゃい時にずっと青葉がくっついてたから付けられた二つ名ってひなたが言ってたよな」

 

「そういえばそうだね」

 

「バーテックス相手に私の弟はシスコンですって宣伝してるみたいなもんだよな」

 

「……ぷふっ……んもぅ、戦闘中に変な事言わないでよ」

 

 多少気が弛んでしまう場面もあったが前回の千体を越える数のバーテックス達の襲撃を乗り越えた勇者達はそれでも危なげ無く陣形を駆使して全体の討伐数を増やしていき、目算でバーテックスの群れが半分程に減った頃に波状攻撃ばかりだった群れの動きに変化が現れる。

 

「あれは!」

 

 その変化に最初に気付いたのはやはり常に周囲の警戒の為に目を光らせていた杏、察知してすぐに前回の戦闘から合図の為に持ち歩いていた笛を鳴らして前列にて戦闘をしている仲間の視線を集める。

 視線が集まった杏が指差していた先には百体程のバーテックスが融合しようと集まっているのが確認できた。

 

「全員で、融合の阻止かしら?」

 

 何度目かの交代で後列に下がっていた千景が確認の為に杏へと問い掛ける。

 

「はい、このままあの融合途中の一群に全員で接近して全員で叩きます。千景さんが先頭を走れますか?」

 

「充分休めたから、いけるわ」

 

 ただ笛を鳴らして指差した以外は前列の三人に何を伝える事無く即決、自分達が先陣を切ればそれだけで何をすべきか伝わると信頼するが故の即行動。千景を前に走り出した二人、その行動に対して三人が示し会わせる事無く同時に持ち場を離れて後を追って走り出す事によって信頼は証明される。

 

「くっ、バーテックスの動きがいつもと違う……!」

 

「対策を練られてた!? 援護します!」

 

 しかめ面で言い捨てる千景。勇者達が戦いを乗り越える度に強くなるようにバーテックスも戦いを経る毎に学習しているのだろう、融合途中の一群を攻撃して融合を阻止しようとする勇者達を更に阻止するように融合に関与していない多くの個体が移動を強行する勇者達の行く手を阻み先頭を走る千景へと群がる。

 幾度も戦いを乗り越えて実力を高めた千景といえど近数多のバーテックスが絶え間なく食らい付いて来る状況で接近戦闘を不得手とする杏を守りつつ前進し続けるのには苦戦を強いられてしまう。

 

「くっ……!」

 

 バーテックスの防壁とも言える大量の個体に手数が足りなくなった千景が悔恨の息を吐き捨て、踏み込みに合わせて腰と腕の合わさりによって振るう大鎌の回転速度を上昇させるも目の前に現れる個体を薙ぎ払うだけで前進する速度は弱まる一方だった──かに見えたが。

 

「これじゃあ……進めな──」

 

「足を止めるな! 囲まれるぞ!」

 

 先陣を切った二人を一分の遅れもなく追い掛けた三人の内最も足の早い若葉が追い付いて先頭の千景と肩を並べ、厳しい言葉を放ちつつもその場のおよそ半分のバーテックスを引き受ける行動によって強く千景を励ます。

 

 信頼は既に証明されていた。そして、その信頼が高い水準のチームワークを発揮させる。

 

「足を止めてなんか……いないわ!」

 

「そうか、ならば進むだけだ!」

 

 主に遊戯において発揮されていた千景の負けず嫌いな部分が若葉の言葉に激発され、大鎌の回転が更に加速される。

 強がりな言葉を放った千景だが、内心は肩を並べた若葉の存在に奮い立っていた。先日のバトルロイヤルにて『友達』である友奈との二人掛かりでも攻めきれなかった程の実力者である自分達勇者のリーダー、その乃木若葉が肩を並べてきっちり"半分"の敵を引き受けて共に戦っているのだ。その"半分"という分担、それが時に嫌悪し、時に羨み、自分とはまるで違う"強い人"と感じていた相手から対等の存在だと行動で示されたと自覚せずとも心のどこかで受け取ったのだ。

 

 止まりかけた千景の足が加速する。

 

「木っ端どもめ! 道を開けろ!」

 

 戦闘において文字通り恐れを知らない若葉が間合いに入った全ての敵を撫で斬りながら怒声で樹海の大気を震わせる。

 千景が肩を並べた若葉に奮い立ったのと同じく若葉もまた肩を並べた千景の存在に心を奮い立たせていた。以前最愛の半身が『せせらぎのように流麗な理合』と高く評価した千景の大鎌、それを先日のバトルロイヤルで何度も自分を討ち取りかけるという形で深く知った若葉は千景を肩を並べて命を預け合うに足る頼もしい仲間とその心身に経験で刻み込んだ。一度立合って相手の実力を今まで以上に知ったが故に何処までの戦いが出来るのかを理解し、言葉を介さないまま任せられる部分全てを任せて補える部分全てを補う高い次元での連携を可能にさせたのた。

 

 一人で突撃するのではなく、仲間と共に敵を蹴散らす心強さ、それが恐れを知らない若葉の士気を際限無く高揚させる。

 

「うわあぁぁぁ!」

「うおおぉぉぉ!」

 

 先頭を走る二人の気合いの籠った叫びが重なる。

 二人の間合いは敵を刻む刃の結界となり、阻む全てを銀閃を以て殲滅する。 

 

 最前を走りバーテックスの防壁を掻き分けて前進を続ける二人だが、そんな二人に喰らい付こうと群がる大勢とは違った動きをする個体達がいた。ひたすらに前を向いて前進を続ける二人の上空を一度通り過ぎて鋭角に進路を変更し、前から迫り来る大勢に集中する二人の背後を狙って忍び寄る少数のバーテックス。それらに気付いた様子のない二人に対して不意討ちを狙っているのだ。

 戦闘を繰り返す度に学習し、作戦を練り、戦術を発展させる人類の敵が前進を阻む事のできない二人に対して発動させた必殺を狙う暗殺。瞬く間に距離を詰めていくバーテックス達の致死を狙う一撃は成功する──かに見えた。

 

「まったく、あの二人熱くなってやがる。世話が焼けるな」

 

「余裕ぶるのは後だよタマっち先輩!」

 

 チームワークは既に発揮されていた。当然ながらそれは攻撃だけではなく互いを守りあう事にも発揮されている。

 

「弾幕を張って散らすからタマっち先輩は一体ずつ確実にお願い!」

 

 本来ならば連射性能の低い弩という武器を密度の濃い鍛練と勇者の力によって使いこなして連射を可能とさせた杏が最前を走る二人へと迫る群れに対して矢の掃射を行い、一直線に喰らい付こうとしていたバーテックス達の進路を乱しつつも少なくない的中によってダメージを与える。

 

「任せタマえ! ひとしきり笑ったタマは絶好調だ!」

 

 バーテックス達が進路を乱されその不気味な白色の体躯に矢を射当てらながらも若葉と千景の背中を追うが、二人に一番近い個体から順番に球子の投擲した旋刃盤によって確実に屠られていく。

 

「ぃやっほぉうっ!」

 

「……あっ」

 

 調子良く敵を倒せていることに歓喜の声を上げる球子。そんな球子の声を激しい戦闘を繰り広げながらも耳で拾った若葉がほんの一瞬だけ振り返って小さく口角を上げたのを視野を広く保っていた杏は確かに気付いていた。

 

(これ完全に背中を任される感じかも)

 

 半ば諦観じみた杏の心中の呟き。直後に剣閃の激しさと前進する足を早めた若葉とそれに張り合って再度加速した千景に杏は最前の二人が完全に前しか見なくなったのを確信した。

 

 バーテックスの防壁を無尽の斬擊でこじ開けて突き進む若葉と千景、その二人を援護しつつも乱れ舞う稲穂色と濡羽色の後ろ髪を追い掛けながら消滅するバーテックス達の光の粒をくぐり抜けていく球子と杏。前列を援護する後列、その様子を観察によって把握し学習したバーテックス達が単純な力押しでは勇者達の前進を阻む事ができないと判断を下し、戦況を覆す為に切り札の一枚を切る。

 

「伏兵だと!?」

 

 完全に想定外の不意を突かれた若葉の驚愕の声。

 百体程のバーテックス達が融合している最中の塊の死角から姿を現した矢のようなものを発生させた中規模の大きさの進化体。バーテックスは大きな融合に勇者達の視線を集める影でやや規模は劣るものの遠距離攻撃が可能な進化体を産み出していたのだ。

 勇者達が不意を突かれて集中を乱してしまったほんの一瞬の内に斉射される中規模進化体に発生した巨大な矢。狙われたのは、最前を走る二人の隙をカバーする格闘能力に秀でているとは言い難い後列の二人。回避する隙間を作らない密度の高い一斉射撃は防御手段を持たない杏と援護の為に旋刃盤を投擲していた球子を擂り潰すように命中する──かに見えた。

 

「勇者パンチィィィッ!!」

 

 勇者達は互いに守りあっている。誰かを守る為に行動していた勇者もまた、他の勇者に守られているのだ。

 

 殿を走っていた友奈が急加速で飛び出し、面で制圧するように無数に放たれた隙間無い巨大な矢群の一本を手甲で殴り付けて弾き飛ばす。隙間無く放たれていたが故に一本を弾き飛ばして軌道を乱すだけで連鎖的に他の矢に繰り返し衝突し、命中すると思われた全ての矢を明後日の方向へと逸らしきる。

 

「サンキュー友奈、助かった。今のは結構やばかった」

 

「ありがとう友奈さん! でも、あんなに鋭そうな矢を殴り飛ばすなんて無茶するね」

 

 危機を救われた球子と杏の素直なお礼に友奈はニッコリと笑って返す。

 

「鋭いものは横から叩いて逸らす。四国外調査から帰った時に酔っ払ってた青葉くんが見せてくれたやつだよ」

 

「あの曲芸か……あっ、ダメだ、今青葉の事思い出すと笑いそうになっちまう」

 

「まだツボに入っちゃってるんだね」

 

 窮地に陥っても互いに守り合って乗り越える勇者達、余裕と苦境を同時に感じながらも勢いのままにバーテックスの防壁を突破し、未だに融合途中の大きな進化体とその前に浮かぶ矢を装填しているのか全身から少しずつ矢を伸ばしている最中の中規模進化体の前に躍り出る。

 

「友奈、手を貸してくれ!」

 

「この生えかけハゲめ! さっきはよくもやったな!」

 

 若葉と球子が同時に叫ぶ。

 若葉は装填中と融合途中で無防備な故に高度を上昇させながら勇者達から逃れようとする二体の真下で防壁の名残である個体を切り捨てつつ友奈に助力を求め、球子はいきり立った勢いのまま旋刃盤を中規模進化体に投擲で叩き付けて伸ばしかけの矢をへし折った後に旋刃盤のワイヤーを絡ませる。

 

「あ、絡んだ、やば……くない! 好都合だ!」

 

 乱雑にワイヤーを引いたり振り回したりして中規模進化体の上昇を阻止する球子、その武器を拘束に使って無防備になった球子に杏が寄り添って近付くバーテックス達全てを射落とす。

 

「若葉ちゃん、どうすればいいの?」

 

「以前の大型バーテックスに対してやったように私を奴に向かって飛ばしてくれ」

 

「任せて、今度は加減を間違えないよ!」

 

 友奈の組んだ手を踏んで引き上げられるように投げ飛ばされる若葉、上昇を続ける融合途中の進化体へと獲物を仕留めようとする隼のように一直線に飛んでいく。

 

「土井さん、踏むわ」

 

「タマは一向に構わん、耐えるから行け!」

 

 球子の腕から中規模進化体まで伸びるワイヤーに綱渡りの軽業師のように飛び乗った千景、それを見て意を察した球子がどっしりと腰を落としてワイヤーを引いてピンと張らせる。

 

「踏めるのならば足場になると、乃木くんが見せてくれた」

 

「いや、あっぱら葉を基準にするのはちょっとおかしい」

 

 飽くなき鍛練と際限無く積まれた努力による身体の柔軟性で生身の人間ながら三次元的疾走を可能にした『友達』の姿を千景は目に焼き付けていた。勇者の装束を見に纏い、超人と化した自分ならばただ細いだけの足場を駆け抜ける事など容易いと実際に行う前から千景は確信している。

 

 稲穂色と濡羽色がそれぞれの標的に辿り着いたのは同時だった。

 

「落ちなさい!」

 

 中規模進化体の上に乗った千景の遠心力を最大限利用した大鎌の連擊、ミキサーの刃を押し当てるかのようなそれに体表を削られて身体の芯を滅多切りにされた中規模進化体は解体されるように崩壊していく。

 

「間合いに捉えた、覚悟しろ」

 

 千景や友奈がクラスメイトから技術を盗み学んだのと同じく、若葉もまた高い技量を持つ最愛の半身から技術を盗み学んでいた。

 

「産まれる前に死ね!」

 

 友奈に投げ飛ばされた勢いのまま融合途中の一群に突入した若葉が半端に融合していた群体を踏みつけて一刀の元に斬り捨て、そのまま速度を落とさないまま跳び跳ねて次の群体へと斬りかかる。今までの戦いの中でも実行してきたそのピンボールのような三次元的挙動が盗み学んだ技術によって更なる高みへと昇華する。

 群体から群体へ、空中にて四肢を振り、腰を曲げ、身体を揺らし、慣性に任せた直線的な動きしかできなかった空中での移動を肉体の重心を急激に移動させる事で曲線での動きを可能とさせた。

 

(青葉が林で見せた獣か妖怪のような体捌き、実際にこの身で繰り返す度身体へと馴染んでいくな)

 

 今では肉体の欠損によって自身とは違う鍛練をその身に課している最愛の半身、しかし、根幹の技術は同じ流派の居合なのである。理合の基礎を同じくする半身が今至っている境地の体捌きは若葉にも高い親和性をもっていた。

 

「は は は は は は は!」

(なるほど、青葉の技は模倣しやすいな)

 

 強く息を吸い、腹に力を保ちながら発声と共に息を吐く、それをリズム良く迅速に繰り返す高笑いに似た特殊な呼吸法が樹海に響く。

 身体をより精密に操作しつつ力強さを失わせない事を求めた結界、脳内で幾度もトレースしていた半身の奇行の意味に今気付き、それすらも記憶の中から盗み学んだのだ。

 

「……若葉ちゃんが壊れた」

 

「最初からわりとポンコツじゃなかったか?」

 

 しかし、双子の間で通じる技術ではあっても、専門外である他の勇者達にとっては若葉の特殊な呼吸法はクラスメイトの男子が時たま見せる奇行のそれとなんら変わりなかった。

 百体程の個体が集まって融合しようとしていた半端な群体も、若葉の縦横無尽な剣閃によって容易く崩壊して消滅していく。

 

 標的を討ち取った若葉と千景が着地し、球子が絡まっていた旋刃盤のワイヤーを戻して回収。同時に友奈の拳と杏の矢が残っていた通常の個体の残りを倒した事により目に見える範囲のバーテックスを殲滅する事に成功した。

 

「へへへっ、余裕だったな」

 

「もー、タマっち先輩ったら調子に乗って。危ない所もあったんだから気を引き締めなきゃ」

 

 勇者達は皆戦闘の経験に多くを学び、鍛練を積み上げる事で自らを鍛え、日常を謳歌する事で互いに信頼を結び成長してきた。今ではそれぞれが得手不得手はあれど全員が強者なのである。

 

「いや、まだ終わって無いようだぞ」

 

 気を緩めていない若葉の瀬戸内海の向こうを見ながらの声。

 

「敵の援軍ね」

 

 若葉の声に反応して瀬戸内海側へと視線を送った千景が堅い声を出す。

 勇者達は皆、間違い無く強くなっている。

 そして、バーテックス達も襲撃を繰り返す度に強くなっているのだ。

 

「あれがきっと今までに無い事態ってやつなんだろうね、スゴく強そう」

 

 とても珍しい友奈の緊張を感じさせる声。

 勇者達が視線を送るのは瀬戸内海の向こうに姿を表したバーテックスの大群、それを率いるように近付いてくる一際目を引く巨大な化物。不気味な液体を貯蔵する腹部とサソリの尾を連想させる器官を持つその化物をみて友奈が言葉を繋げる。

 

「エビ……? 尻尾があるからザリガニ?」

 

「高嶋さん、エビもザリガニも針を持たないわ……あれはサソリだと思うのだけど」

 

 警戒と緊張を感じさせる雰囲気を纏いながらも少しズレた発言をする友奈に千景が指摘をいれる。

 

「甲殻類っぽいな、焼いたら赤くなるんじゃないか?」

 

「……カニ」

 

「やめろあんず、そのワードは今のタマにはかなり効く」

 

 見たままの感想を述べた若葉、その発言に載った杏の呟きに口元をニヤケさせた球子が制止の言葉を吐く。

 

「きっとあれが何らかの事態を引き起こす厄介な相手なのだろうな。奴等と接触するまでに目算で数分ある、皆呼吸を整えておけ」

 

「りょーかい!」

「うん!」

「はい」

「そうするわ」

 

 迫り来る敵の第二波を目前に、意識して余裕のある素振りで振る舞う若葉が巨大なサソリ型を睨みつつその場全員に声を掛け、掛けられた全員も前向きな明るい声を意識しつつ返事を返す。

 

 戦いはまだ終わらない。




 
 
 
 
 
 
 
大赦検閲済

明日は前から杏と一緒に計画を練っていたエイプリルフールだ、時タマ小恥ずかしい事をやらかす■■の奴を騙してやる予定の日でもある。この前なんか匂い云々でかなり恥ずかしい事になったからな、乙女心をまるきっきりわからないアイツを逆にちょっと恥ずかしい目に合わせるいい機会だ。……自分で書いておいてアレだけどタマに乙女心って似合わないな、こういうのはあんずとかまさに乙女って感じの女子が使うべき単語だな。
そう言えば乙女心と言えば■■との関係が怪しい乙女がいるな。いや、あれはどっちかって言うとお互いに懐き合ってるだけなのかね? よくわからんが見ててもどかしさとそれ以上の面白さを感じるからもう少し黙って見ててやるか。

勇者御記 二○一九年三月
土居球子記

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大赦検閲済

戦いを繰り返す度にバーテックスが強くなっていくのはとても怖いです。時を経る毎に敵は強くなるのに私達の『切り札』には大きなデメリットがあると知ってしまった以上これからはより高度な連携で火力不足を補っていかなきゃって思います。……でも、連携を駆使しても普通の攻撃そのものが通用しない敵が出てくる事もあるかもしれません、その時はきっとデメリットを受け入れながら『切り札』を使わなければいけないのかも。
 もしかしたら『切り札』のデメリットは力を借りる精霊の力に比例する? そうだとしたら勇者のそれぞれが大社から最大限使用を控えろと通達された民話や歴史書に大きく名前を残している強力な精霊なら影響はとても大きい?
私の場合は『■■■の■■■』、龍神さえもが恐れた存在。力を借りたら私はどうなるんだろう、とても怖いです。

勇者御記 二○一九年三月
伊予島杏記
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