乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
勇者の鍛練、そう一口に言ってもその内容は多岐にわたる。例えば姉ならば元々の修めていた居合の技術を妨げない剣術であったり、友奈ならば徒手空拳での格闘術、杏なら言い方がなんだか安っぽくなるが射的の鍛練になる。変わり種な得物を使う球子と千景は大社の人達も二人に課す鍛練の内容に頭を悩ませているらしく、千景の大鎌の場合は現存する鎌術と薙刀術の理合いを擦り合わせるのに日々試行錯誤しているらしく、球子の場合は警察の方に頼み込んで盾の扱いを教えて貰っているらしい。らしいが、球子の盾は投擲具としての側面も強いと知った警察の人達も大社の人達と合わせて頭を抱えているとの事。
他にも全員に共通する鍛練として基礎体力の鍛練だったり怪我に対する応急措置の習得等があり、今この時間は体育と称された鍛練の時間でクラスメイト全員そろっての護身の為の対人格闘の鍛練の時間だ。
「若姉さん、ちょっと背中押して」
「任せ……毎度思うが必要あるのか?」
勇者の皆は大なり小なり真面目な気質を持つのか鍛練の前にはそれぞれ柔軟体操をして先生を待つ。冬の見えてきた冷たい道場の空気に体を冷やさない為にもこれは大切な事だ。
僕も皆に合わせて柔軟を済ますのに姉に手を借りる。
「一人でやるとこれ以上いかなくてね、お願い」
「あぁ……これ以上があるのか」
床に足を真っ直ぐ揃えて座り、上体を前のめりに倒す。姉の力を借りて押して貰えば膝に触れそうだった鼻先が両膝の谷間に埋まる。「そこまでいくと気持ち悪いな」と球子の声が聞こえた。
「気持ち悪いとは失礼だねタマっち、隻腕を補うために関節の稼働範囲を頑張って増やしたのに」
「青葉、その体勢で喋るな。もうホラーの範疇だ」
「ホラーゲームに……こんなのがいたわ」
「青葉ちゃんの頑張りは常識に捕らわれないですから」
「頑張り方が非常識なのかな?」
「うわぁ……人間って布団みたいに畳めるんだね」
好き勝手言ってくれる皆。何気に友奈の素で引いてる感じの「うわぁ」が心にツーンとくるダメージがあった。
「それでは勇者の皆さん、鍛練を始め……ぶはっ!きめぇ!坊主、そのまま動くな。写メ撮るわ」
格闘術の先生、貴方もか。
─────
「はーい、それじゃあ二人組つくってー」
二人組を作る、恐らくはどこの学校でもあるであろう奇数のクラスではちょっとした晒しあげになる残酷なイベントだ。このクラスも奇数ではあるのだけどこの時間は幼馴染はずっと見学しているのであぶれる誰かはいない。
僕としては非力な幼馴染にこそ護身を学んで欲しいが本人は毎回見学を申し出ている。丸亀城の敷地に時たまマスコミの人や謎の宗教団体の教徒が侵入しては警備の職員につまみ出されている現状、幼馴染が一人でいるときに運悪くそういった人達に遭遇して相手が悪人の類いだったらと考えると怖いものがあるが、本人はそういった危機感が薄いように見える。丸亀城の敷地内でもなるべく一人にならないで欲しいものだ。
「当たり前のように組もうとしてる乃木姉弟は一旦ストップ、他の皆もだ」
先ほどの爆笑しながら写メを撮っていた件で被っていた堅物そうな皮を脱ぎ捨てた格闘術の先生が人好きしそうな楽しげな表情で手をパンパンと二度叩いて注目を集める。
姉が先生に振り返り、組もうとしていた球子と杏、友奈と千景もそれぞれ先生に視線を向けた。
「皆の組む相手が毎回固定されてるので今回は別の人と組んでみようか。普段とは違う刺激があるぞ」
「それなら私は若葉ちゃんと組みたいな。どうかな?」
「異存無い。よろしく頼む友奈」
先生の指示に対応して最初に出来上がったペアは姉と友奈の二人。居合で長く鍛練をしている姉と籠手が得物で格闘術を修める友奈ならば実力的に釣り合いがとれるだろう。
「それならタマは千景と組む。いいよな千景?」
「……構わないわ」
続いてできたペアは球子と千景。球子はいつかの宣言の通りこういった機会には自ら進んで千景に声を掛けている姿がよく見られる。小柄な球子が落ち着いた雰囲気の千景に「さぁ、タマと組め」と笑顔で寄っていく様は
傍から見てるとお姉さんにかまって貰おうとしている妹分に見えなくもない。
「……もしくはじゃれつく子犬?」
「タマっちに聞かれたら怒られるよ」
「おっと、うっかり口に出てたよ。今回はよろしくね杏ちゃん」
「こちらこそ」
誰がとは言わずともタマっちと言い切ったあたり杏も同じ感想を抱いていたらしい。自然と余った僕と杏がペアになった。
「それじゃあ待ち時間でそれぞれ柔軟体操していたみたいだが改めてしっかりと柔軟からだ」
『はい』
勇者達はいつだって元気がいい。揃った返事と同時に各々のペアが動き出した。
「にゃーーっ!普通の人の関節はこれ以上曲がらないよ!」
「すまない!つい青葉と同じようにやってしまった」
「あの……土居さん、貴女の膝は……何処にあるの?ジャージ越しは……わからないわ」
「もしかしてタマは今短足寸胴とばかにされてるのか?」
「うわぁ、力を入れると抵抗なく曲がりすぎて気持ち悪い」
姿勢を変える度に完全に脱力して杏に関節の動き全てを任せてみる。おそるおそる力を加える杏は毎回大袈裟に顔を引き攣らせていた。気持ち悪いとは心外である。
「私、今コズミックホラーを体験してる?」
「言葉の意味はわからないけど、なんだか心が傷ついたよ」
普段とは違う刺激とはこの有り様の事だろうか、普段組んでる相手とは違う手応えにみんな戸惑っている様子だ。特に姉と友奈のペアが酷い、姉が力加減を間違えては友奈が面白い悲鳴を上げてと繰り返している。
「待ってる間に……ほぐしておいて……よかった……」
「くっ、すまない友奈。力ばかりを求めて加減を忘れた私の未熟でこんなにも負担をかけてしまった」
「ふふふっ、ラブクラフトが見た世界は真実だったのかな?」
一通りの柔軟を全員が終えた頃には友奈の笑顔が消えて真顔になり、姉が肩を震わせて杏が夢心地っぽくフワフワしていた。
「それじゃあそのまま組手してみよっかー。今まで教えた動きだけでお互いを制圧もしくは拘束してみよう」
再び手を二度鳴らして行動を促す格闘術の先生。その顔には隠しきれてないニヤつきが見えていた。
ゲッソリしてても真面目な勇者達は深呼吸して息を整えて向かい合う。
「ええっ!?これも防ぐの?」
「青葉の術理の通らぬ動きに比べればまだ対応できる範囲だな」
姉と友奈は予想通り高いレベルで技術の応酬を繰り返しているようだが、二人に見え隠れする負けず嫌いの気質ゆえにか徐々に白熱して習ってない技術も混ぜての組手にエスカレートしている。
「ズルいぞ千景!なんで手足がそんなに長いんだ!縮めろ!」
「体格差って……こんなに有利なのね」
球子と千景の組手は一方的だった。技を行使する球子に合わせて千景が猫のように素早く一歩下がるだけで避けきり、ついでに球子の額や肩に手を伸ばして押すだけで完封している。そのやりとりはじゃれつく子犬が大人の猫にあしらわれている様によく似ている。
「……もしくはかまちょな子と面倒くさがるお姉さん?」
「また口に出てるよ」
「おっと」
それなりに激しく動く二組に比べて僕と杏のペアは平和だった。なにせ杏がほとんど仕掛けてこない上に僕も姉の失敗を見ていた故にか加減をしきれる自信が余り無いので手を出しきれずにいる。お互いに控え目に手を出しては避けられたり引っ込めたりと接触自体が少ないのである。
「坊主、真面目にやれ~。坊主がしっかりサポートしてやりゃ勇者の技能向上に繋がって嬢ちゃん達の為になるんだぞ~」
そうは言っても脳裏にちらつくのは何て事無い軽症とはいえ怪我をさせてしまった千景の事、対峙しているフワフワと動く杏はその千景よりも、いや、今まで出会った女の子の中でも最もひ弱に見えて、拘束するための技術でもその細い手足に力を加える事を躊躇ってしまう。加減を知り尽くし合っている姉とは余りにも違いが在りすぎるのだ。
「へいへ~い、坊主のちょっと良いとこ見てみた~い」
煽る格闘術の先生の声に微かに苛立つ。
頭では杏もまた幼馴染や他の勇者と同じように護身をしっかり身に付けるべき女の子だと解っているし、その為にクラスメイトとして男子としてしっかりサポートするべきだとも解っている。だが、どうしても手が出ないのだ。
「ぐぬぬぬぬ」
「青葉くん?」
「……こうなったら自棄だよ」
教わった護身の構えを解いて自然体、そのままゆっくり杏に歩み寄って杏の動きを待つ。
「ばっちこい」
「え?」
「ばっちこ~い」
技を掛けられないなら掛けさせる、重要であろう初手の練習にはならないかもしれないが技その物の練習にはなるだろう。
「えと、良いのかな?……行くよ?」
杏が細い指で控え目に絡み付いてくるのを合図に深く集中する。技を掛けさせるつもりだが簡単に制圧拘束されるつもりは無かった。
全神経を剥き出しにするイメージで全意識を杏だけに集中。おずおずと僕の様子を伺う杏の瞳に目線だけを合わせて杏の全身を深く観察し続ける。
「ええぃ!」
杏の全体重を用いた押し込み、体勢を崩す目的であろうそれを片足を下げて上体を反らし受け流す。続けて行使された前後に開かれた脚の前足に自分の脚を添えてからの左右への揺さぶり。基本的な相手の転倒を狙うその流れを敢えて掴まれたままその場で飛び跳ねて両脚を床から離し中断させる。揺さぶりの反動で少しだけずれた場所に着地する。振り出しに戻った。
「あ、あれ?」
「ばっちこい」
杏が掴み方を変える。片手を手首に残る手を僕の顎に、少しだけ攻撃的なその掴みのまま体重を掛けて前進してきた杏に対して片足を立てた立ち膝の体勢で受け止める。急に落ちた体勢につんのめる杏を肩で転倒しないように支えてから顎からズレて口を覆った手のひらをペロリと舐める。相手が僕ではなく攻撃の意思を持つ悪い人なら噛まれていたと無言の警告である。
「んぴゃあっ!」
「ばっちこい」
「ばっちいよぅ!」
「ばっちこ~い」
赤面して涙目の杏が若干の怒気を帯びながら再び掴み方を変える。片手を襟にもう片方を袖に、柔道の技術の流れを汲む解りやすい掴み方。少しだけ後ろに体重を流した杏に次の動きを予測し、こっそり片足を杏の横に伸ばしておく。案の定体を横回転させて僕の体を振り回すように引っ張る杏だか、伸ばしておいた脚で軽く踏ん張って耐えきる。自分の引っ張る力で杏が僕の胸に背中から倒れるようにスッポリ収まった。
目の前にひょっこり現れた杏の耳にフッと息を吹き掛ける。これも相手によっては耳を噛みちぎられてたという僕なりの警告だ。
「ッ~~~~!!」
「ばっちこい?」
そのままその場にしゃがみこんだ杏に動く気配が無くなったのを感じて集中を霧散させる。自分の荒い呼吸が耳に響き胸骨の裏に激しい鼓動を感じる。集中が短くない時間持続させれた事にそれなりに体力が戻った事を実感した。
「青葉、加減なしだな」
「それは普通に抑え込まれるよりツラいよ」
「あんず、大丈夫か?酷い奴だな青葉は」
「舐めプで完封……鬼のする事よ」
「青葉ちゃんはもうちょっと相手の事を考えてあげるべきだと思います」
気付けば非難轟々だった。何故だ。
「……やべえ……ウケる……笑い死ぬ」
道場の端でヒーヒー言いながら使い物にならなくなっている格闘術の先生を無視して動かなくなった杏の顔を正面に回って覗き込む。
「杏ちゃん?」
「……ばくん……か……」
両手で顔を覆う姿とここまで近付いて解った微かな体の震えにもしや僕は女の子を泣かせてしまったのかと首筋にヒヤリとしたものを感じる。時たま姉や幼馴染に注意されるのだが僕は無自覚に女の子を驚かせるらしく、またやらかしたのではないかと心がざわついた。
「杏ちゃん、もしかして……」
「青葉くんの馬鹿ぁ!!」
何か傷つける事をしちゃったかな?とは聞けなかった。
ガバッと上げられた杏の真っ赤な顔と目尻に浮かんだ涙の粒に思考停止した僕は、杏には余り似合わないキュッと握られた小さな拳に鼻の頭を打ち抜かれた。
「……うぐぅぅおぉぁ」
「ふぅ、スッキリしたぁ」
「報いを受けたな」
「あちゃー、でも仕方ないよね」
「あんずにグーを握らせるか、凄いな」
「……残念だけど……当然」
涙で滲む視界の端っこで幼馴染が無言で首を左右にふっていた。味方はいないらしい。何故だ。
─────
しばらくのたうち回った僕が回復したのを見計らった姉に道場の隅に引き摺られた僕は何故か今正座させられていた。
他の皆は格闘術の先生に休憩を指示されて少し離れた場所で体を休めている。
「青葉、何故舐めて、何故息を吹き掛けた」
「はい、噛みつきの代わりです。怪我させないように考えました」
噛みつきと同じく口を使う行為で解りやすく危険性を伝える名案だと思ったのだがどうにもよろしく無かったらしい。
「動機は解った、だが他に手はなかったのか?」
「はい、この方法が一番必要だと思いました」
他の方法としては手のひらを吸ってみたり耳に指を入れてみたりと考えたがこれが一番インパクトかあると思ったのだ。それもしっかり伝えると姉は指で眉間を揉んだ。
「お前にはセクハラと言う概念はないのか?」
「え?」
頭の中で話の前後が繋がらない故に少し混乱してしまう。何故鍛練で必要だと思うことをしてセクハラになるのか、僕が本当に攻撃の意思を持つ悪人ならば手の肉は齧り取られていたかもしれないし耳も同様だ。僕の行為では怪我もなく相手は口だって使うのだと経験で頭に叩き込める名案のはずだが……。
「実際に甘噛み位はした方が良かったって事?でも、加減間違えたらそれこそ怪我しそうだけど」
「……どうしようひなた、解ってはいたが青葉が鍛練に妥協が無さ過ぎて言いたい事が伝わらない」
「方向性は違うけど似た者姉弟ですものね」
「青葉くんはやっぱりガチなんだね」
「……脳筋ね」
「脳筋……いや、馬鹿だな」
「甘噛み……この程度で済んでよかったのかな?」
「んん?私も脳筋枠に含まれているのか?」
「やったーおねーちゃんとおそろいだー?」
軽く拳骨された。
「それじゃあ休憩終わりー。ペアを変えてもう一度組手だ、勿論普段とは違う相手と組むんだぞ。」
球子と友奈と千景が固まった。もしかして僕はババ抜きのババ扱いされているのかな?そうだとしたら心外である。
「土居さん、乃木くんとは……仲良しなのだから……」
「え、遠慮する事無いんだよタマちゃん!」
「いくら仲良しでもタマだって舐められるのは無理だ!」
心外である。必要無ければ口なんて使わないのに。
「このペア変更は全員がそれぞれ組むまで続くんだなぁ」
『…………』
格闘術の先生の一言で三人の顔が曇った。誠に心外である。
「更に言えばそれぞれ組んだ後も何度もローテーションしていきます」
杏もその場に崩れ落ちた。そこまでか。
こういうのがもしかして性別の違いによる認識の差なのかなって思った心の寒い冬のはじまり。
青葉くん
イメージで関節を増やしてとかではなく純粋な鍛練の結果タコっぽくなった、刀を自在に振るためだけにひたすら柔軟。必要なら色々やる、ガチかな?鍛練でできないことが本番でできるはずかない、命懸けの戦闘だったら耳じゃなくて瞼かほっぺに噛みついてたかも、隙を見せる相手が悪いよね。スイッチはいれば脳筋
杏ちゃん
被害者。しっかり格闘術を上達させないとこれからもセクハラされてしまうかも。なーに涙を見せてからのワンパンでよゆーよゆー。大人の恋愛描写は平気だけど子供のイタズラは無理だった。
若葉さん
あの体制からなら首に腕をまわして絞め落とす。ローテーションでも普通に組手、勇者最大戦力見込みは伊達じゃない。常に軽度な脳筋、スイッチ入ったら野武士脳、化物にだって噛みついちゃう。
友奈ちゃん
無自覚セクハラボーイにはひたすら打撃で組み合いには絶対持ち込まない、正しい選択です。青葉くん相手に遠慮が無い気がする。
千景ちゃん
無自覚セクハラボーイにはアウトレンジからひたすら引き撃ち、これも正しい。掴まれたらレバガチャしなきゃ。ゲーム脳
タマっち
体格的に上記二つの対策が取れない、詰んだ?でも普通に頑張ったら相手に口を使う隙を作らなかった、腕白少女は運動センスが良好のようです。腕白少女が包囲網に参戦、挟撃するぞ。
格闘術の先生
こんなんでも大社の職員、授業が無いときは警備のお仕事してます。お上品なお嬢ちゃん達に混ざるエキセントリックボーイを見て毎回笑うのを我慢してたけど無理だった。笑いのハードルが低い。
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誤字報告機能、そういうのもあるんですね。報告ありがとうございます。