乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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60:見せたかった感じの景色、もしくは空の話

 

 五月の心地好い暖かな空気が満ちる頃、丸亀城の敷地内にある寄宿舎の前にて勇者教室の全員が集合していた。

 それぞれが普段通りの装いで普段通りの雰囲気の中、僕の腰には手入れを欠かさない愛刀の白鞘と鉄板スマホなみに肌身離さず持ち歩いてる棒手裏剣、袖には隠し持った焚き火セット。そして、背中の鞄の中身はAEDを始めとして骨を固定するための添え木や出血を抑えるための止血帯などの素人でもしっかりと講習を受ければ効果的に救命、応急処置に活用できるさまざまな道具。このいつものフル装備にプラスアルファで携えた一式はお役目のために大社から持たされた物なのだ。

 

「なぁ、青葉」

 

「ん? どうかしたの若姉さん」

 

 生大刀を手に携えた姉がなんて事無い話題を振るような自然さで口を開く。

 

「今日の青葉は荷物持ちとして応急処置の道具を持って私達の後ろに待機するとは聞いているが……その腰の刀は必要か?」

 

 皆はこれから大社からの指示で瀬戸大橋のすぐ近くに現れたらしいバーテックスの進化体を討伐しに行くのだが、前回の球子と杏の負傷から勇者の負傷に対しての迅速な対応をもっと強化すべきとの提案があったらしく、今回の神樹が時間を止めてない状態でこちらからバーテックスへ攻撃を仕掛けるというバックアップしやすい状況を利用して試験的に応急処置に必要な道具をもった人員を勇者達のすぐ後ろに待機させる事になったらしい。そして、そんな荷物持ちな人員として僕に白羽の矢が立ったのである。──表向きは。

 

「ん~~、常在戦場的な?」

 

「疑問符つけながら常在戦場を語るのは青葉くらいだな」

 

「でも説得力があるのが青葉くんの不思議さだね」

 

 やれやれと呆れたように球子がかぶりを振り、杏が納得と苦笑の入り交じる声色で頷く。背中の傷が完治して抜糸もとうに済ませた球子は今回の戦いに問題無く参戦するが、医者が驚く早さで傷を癒して退院したものの未だに本調子ではない杏は神樹の結界の内側にてどうしても参戦せねばならない戦況にならない限りは僕と一緒に待機する予定になっている。

 

「常在戦場……いや、まさかあり得ないとは思うが結界から飛び出してその白鞘で戦おうだなんてしないでくれよ」

 

「バーテックスを倒せなくても青葉くんなら戦えそうな気がするのは気のせい……だよね? 気のせいじゃなかったとしても出てきたら危ないから絶対やめてね」

 

「青葉ちゃんが無茶しないようにその刀は没収するべきでしょうか?」

 

 冗談めかして『まさか』とは言ったものの眉尻を下げて心配そうにする姉に続いて僕がやらかすのではといらない心配を前提にしたであろう発言をする友奈と幼馴染。

 

「結界から出るのは……それだけで命懸けになるわ……だから……」

 

「ん、大丈夫。バーテックスは僕がどう足掻いても勝てる相手じゃないからね、そんなただ命を捨てるだけの意味の無い無茶はしないさ」

 

「これは意味のある無茶はするって遠回しに宣言してるんだろ、タマにはわかる、詳しいからな」

 

 話の流れで僕が無駄な危険に踏み込むと不安を煽られたのか今しがたの姉のように眉尻を下げる千景に言葉を返せば球子が茶化す。

 

「どうだろうね、まぁ少なくとも神樹様の結界の外は僕が戦える場所では無いってしっかりわかってるさ。それは体で覚えたよ」

 

 言いながら短い左腕の先端をぺしりと叩く。そう、僕が戦うべき場所は結界の外ではない、戦うべき相手は人類の天敵であるバーテックスではない。僕が戦うべき場所は結界の内側、戦うべき相手は皆へ害意を向ける人間だ。

 表向きの今日の僕に課せられたお役目は荷物持ちだが、この場の皆に伏せられている本当のお役目は結界の内側にて予備戦力として待機する杏を一人にしないようにする事と戦闘を終わらせた皆が結界の内側に安全に戻れるように周囲の警戒をする事なのだ。

 止まってない時の中でなら勇者ではない人間も行動できて皆のバックアップができる。しかし、それは皆に害意を持つ奴等も同じように行動できると言うことだ、皆の動向は徹底的に隠されているのでお役目中に襲撃される可能性はかなり低いだろうけど万が一に備えたこの警戒兼荷物持ちが必要とされたのである。ちなみに、余計な不安を煽られないように皆の近くにいるのは僕だけだが遠巻きにしっかりと警備もされる段取りでもある。

 

「体で覚えたって……リアクションしにくい!」

 

「んん?」

 

「ちょっとした冗談のつもりとかじゃなくてナチュラルに発言した結果なんだね」

 

 なにやら軽くいきり立った球子に小首を傾げれば呆れたような苦笑するような雰囲気になる友奈、そして微妙な周囲に微妙な空気が満ちる。

 

「む、いかんな。こうして駄弁っていては気が緩み過ぎてしまう、そろそろ移動してしまおう」

 

 そんな緊張感が薄れてしまいそうな微妙な空気を払拭するように姉が自身の気を引き締めて皆に呼び掛ける。

 

「ん、あの長くて冷蔵庫付きの車が敷地前に迎えに来るんだったよね」

 

 事前の打ち合わせでは温泉への慰安旅行の際に使った移動するVIPルームのような装甲車で瀬戸大橋まで送って貰える事になっている、あの動くシェルターとも言える車で移動するならば目立ってはしまうもののちょっとやそっとの危険なんてはね除けて移動時の安全を確保できるからだ。

 

「あぁ、それ、変更になったぞ」

 

「ん?」

 

 車が停まっているであろう敷地前まで移動しようと一歩踏み出した時に姉がやや楽しそうに言葉を放ち、振り替えればいつの間にやら勇者装束を纏った姉の姿。皆も次々にスマホを操作して勇者装束を身にまとっていく。

 

「んんん? 変更ってどーいう事? なんも聞いてないよ。それに、変身するのにはまだはやくない?」

 

「青葉には敢えて伝えてなかったんだ」

 

 姉からまさかの連絡の不備をわざとやった宣言。それなりにショックを受けた直後に球子がニヤニヤとしながら口を開く。

 

「いつだったか勇者は空なんか飛ばないって言ったよな」

 

 唐突な話題に聞こえる球子の言葉に記憶を掘り返せば僕が丸亀城に来たばかりの頃にそんな話をしたと思い当たる事があった。

 

「えーと……言ったね、たしかタマポイントの特典はどんなのかって話をした時だったね」

 

「そうだな、飛ばないけど実はめっちゃ跳べるんだ」

 

 つまりはどういう事なのかと姉に視線を向けて解説を求めるが、手に携えていた生大刀を腰に帯びた姉は楽しげにニッコリと笑うだけだった。

 

「青葉くん、エンジョイだよ」

 

「きっと、普通なら一生涯でこれを体験できる人なんて……ほとんどいないわ」

 

「慣れるととても刺激的で爽快ですよ」

 

 横合いから既にエンジョイのテンションになってるらしき友奈と穏やかながらも楽しげな千景の声。幼馴染もこれから皆がどうしようとしているのかを解っているらしくニコニコと感覚的な解説だけをしてくれる。本当にどういう事なのか。

 

「サプライズと言う訳ではないが、空の旅に連れて行ってやろう」

 

「まじか」

 

 僕に向けて両腕を広げて宣言する姉、複数の意味を込めた『まじか』が口からまろび出る。

 僕にこの青空の中を生身で突き進めと? 幼馴染は生身の空中散歩に対して刺激的で爽快だと感想を抱いているのか。姉のそのハグする寸前なポーズはつまり僕にその腕の中に抱えられて移動しろと? とにもかくにも複数の意味で『まじか』だ。

 

「どうした? 遠慮せずにどんと来い」

 

「とても素敵な眺めが見れますよ青葉ちゃん」

 

「まじかぁ」

 

 全部マジだった。

 あんまりにもあんまりな事実に思わず腰が引けて一歩後ずさってしまう。

 

「もしかして……嫌だったか?」

 

 そんな僕の様子を見た姉が楽しげに笑っていた顔から一転してシュンと萎れてしまう。そういう泣き落としみたいなのは勘弁してほしい、僕にとって姉のそれはどんな無理な頼みでも二つ返事で請け負ってしまいそうになる魔法だ。

 

「ん、いや、流石に抱っこで運ばれるのはテレる」

 

「青葉くんが……テレる?」

「羞恥心があったのか」

 

 後ずさった理由を取り繕えば思いっきり首を傾げる友奈と衝撃を受けて驚愕した素振りを見せる球子。僕を何だと思っているのか。

 

「だき抱えられるのがテレるのならばおんぶをしよう」

 

「ん~、おんぶかぁ」

 

 取り繕った理由に納得したらしき姉がそれならばと背中を向けて提案してきたおんぶだが、僕的には大差無い提案に感じどうにも尻込みしてしまう。

 

「なぁ青葉、おんぶ紐は必要か?」

 

「なんと」

 

 せせら笑う球子のからかう声、この発言には遺憾の意を隠しきれない。一言文句を言ってやろうと球子へと視線を向けたのと同時に僕が振り替える以上に視界がクルリと回って腹部にストンと軽い衝撃。

 

「おんぶも気が進まないならこれでどうだ」

 

「ほぅ、その発想は無かったよ若姉さん」

 

 気付けば地面しか見えていなかった視界を自信に満ちた姉の声が発される元に向ければどうだと言わんばかりの姉の顔。ムスー、と鼻息強く胸を張っている様子からこれが名案だと疑ってないのがよくよく見てとれる。

 

「俵担ぎ、とってもワイルドだね」

 

「乃木くん……それでいいの?」

 

「ん、消去法でこれが良いってなったのさ」

 

 準備体操なのかアキレス腱を伸ばす屈伸運動をしながら面白そうに笑う友奈に続く小首を傾げている千景の声。年齢の変わらない姉に女々しくお姫様抱っこされたり、僕より細身な姉に覆い被さるようなおんぶで背負われるよりはこの開き直った運搬方法の方が僕の羞恥心的にかなりマシだと感じるのでむしろコレが良いのである。

 

「荷物持ちのお手伝いをする青葉くんを荷物みたい運ぶだなんてなんだか面白い状態だね」

 

 くすくすと笑う杏。存在がお荷物だとなかなか痛い所を突かれた気がするが移動時くらいは眼を瞑って欲しいものだ。

 さて、移動時の運ばれ方は解決したが、もう一つの問題点として天恐の僕が空中散歩という視界のほとんどが青空になるであろう一時を耐えれるかどうかだが──

 

「戦いの直前だと言うのにワクワクし過ぎてしまうな、実はずっと空中からの眺めを青葉にも見せてやりたかったんだ」

 

「そっかぁ」

 

「あぁ、そうなんだ。青葉もきっと気に入ってくれると思う。何に隔たれる事無く視界が何処までも拡がって行くんだ、勇者の強化された視力ほどじゃないとしても青葉の鋭い感覚ならばきっと私達と似たモノをその身で感じられると思う」

 

 僕を思い、笑ってくれる姉がこうして触れ合える場所で一緒にいてくれるならば耐えられる気がしてきた。むしろ、姉が感じた素晴らしい世界を僕も知りたくなってくる。

 

「それじゃあ、行くぞ」

 

「ん」

 

「若葉ちゃん、青葉ちゃん、皆さん、お気をつけて」

 

 姉が準備万端な皆に呼び掛け、幼馴染が見送りの言葉を全員に贈る。直後、地面が離れていった。

 

「ひょわっ!」

 

 慣れない感覚に思わず口から情けない音が漏れる。

 一度角度高い軌道で跳んだ姉が天守閣の屋根を踏む。

 

「さぁ青葉、ここから一気に私達の育った街を跳び越えるぞ!」

 

「ん!」

 

 身体から魂がこぼれてしまうような急激な慣性は今の軽い一跳びで覚えた、肉体的な負担に間違っても負けぬように、懸念される空への恐怖に取り乱さぬように期待に満ちた姉の掛け声に歯を喰い縛りつつ返事を返す。

 

「────ッ!!」

 

 予測していたよりも少ない慣性の負担と同時に全身を前から後ろへと撫でていく強い風の感触。

 僕は姉と共に跳んだのだ。そして──

 

「うああぁぁぁーーーーっ!!」

 

 姉と一緒ならば大丈夫だという希望的観測は容易く打ち砕かれた。

 空が近付いてくる感覚、見渡す限りの小さな白混じりな青、どこかへ身体が消えていくかのような浮遊感、空へと身体がずり落ちる錯覚、空が僕を飲み込む恐怖によって感情と直結した音が自らの喉から放たれる。

 

「青葉!?」

 

 取り乱された精神が感覚を狂わせ、浮遊感に定まらない方向感覚が前後左右上下全てに空を感じさせる。恐怖の対象に全ての方向囲まれ、自らの意思で移動できないがために逃げ場もない。ただ一つ、腹部にあたる姉の肩と背中までまわされた姉の腕に唯一安堵を与えられ、それにすがりつく為に身を丸めて姉にしがみつく。

 

「こわい! こわいよわかねえさん!」

 

 身が震え、思考の無いままに感情だけが叫びになる。

 

「解った! もう高くは跳ばない!」

 

 焦りを感じられる姉の声、直後に着地した姉が次の一跳びから建物の屋根や電柱の上を辿るように小刻みに跳ねて走り出す。

 それでも、喉の奥、臓腑全てを掻き回す激しい恐怖の渦によって催した吐き気は収まらなかった。

 

 

 ─────

 

 

 瀬戸大橋の欄干に体を預け、結界の境界になっている植物質な壁の内側で揺れる海面に胃袋の中身をこぼし落とす。どうやら僕は僕が思ってるよりも空を恐怖していたらしい。

 

「…………ぉっふ」

 

「あ、青葉、まだ辛いか?」

 

 弱りきった声の姉が僕の背中を優しく何度もさする。姉に心配を掛けてそんな声を出させてしまった事と晒し続けている醜態に自らが情けなくなる。

 

「いきなりはぐれたと思ったら先に着いてたんだね……って、青葉くんがダウンしてる!?」

 

「の、乃木くん……何が?」

 

 ひとしきり胃袋の中身をひっくり返し終わった頃に低空を高速で駆け抜けた姉と僕に追い付いた友奈と千景の驚愕と困惑に染まった声を欄干にもたれ掛かりつつ耳で拾う。

 

「めっちゃこわかった」

 

 空が、とは言わない。しかし、空中で取り乱した際に姉へとすがりついて『怖い』とすでに言ってしまっていたので恐怖を感じた事そのものは誤魔化さない。

 

「最初の一跳びで完全にダメだったらしい」

 

「えー、自分ではスッゴく跳んで走ってぐるんぐるんなのにものすごい大ジャンプはダメだったんだ……」

 

「乃木くん、高い場所がダメなのね」

 

「……ん、地に足がつかない感じがダメっぽい」

 

 詳細をぼやかした言い方をしたら丁度良い方向に誤解してくれたのでそれに便乗する。実際に一切の踏ん張りができずに身体の自由が利かない状態にもそれなりに恐怖を感じていたのであながち嘘ではない。

 

「青葉が高い場所を吐く程に怖がるとは知らなかった……無理をさせてすまない」

 

 背中越しに聞いた姉の申し訳無さそうな声に体ごと振り替えって視線を絡ませ合い、これ以上の心配をさせないように意識して微笑む。

 

「んーん、僕も自分が高い所……踏ん張れない感じがこんなにダメだったなんて今まで気付いて無かった位だし気にしないでよ、僕はもう大丈夫さ」

 

「そうか……そう言ってくれると気がかなり楽になる」

 

 姉は僕を喜ばせようとしてこのサプライズ気味な空中散歩の機会を作ってくれたのだ、僕の精神状態的な理由で楽しむ事はできなかったが姉が僕のためにこういった遊び心のある何かを考えてくれた事自体は心の底から嬉しく思っている。姉がそんな萎れた表情をする理由なんてないのだ。

 

「とーちゃ~く。杏、体は大丈夫か?」

 

「うん、平気だけど、ハァ、思ってたよりもかなり体力が落ちてるみたい。ハァ、ちょっと疲れちゃった」

 

「それはもう仕方ないな、ようやく退院したばっかりなんだしあまり無理するんじゃないぞ」

 

 大丈夫の一言で表情がやわらいだ姉の背後に着地した球子と杏の会話。どうやら二人は杏の調子の確認がてらゆっくりと移動してきたらしい、疲労の様子が見えない球子と肩を軽く上下させて呼吸をしている杏の対比に杏の衰えた体力が見てとれる。

 顔色を見るためなのか杏の顔を間近から見上げるように見ていた球子が一度頷く。そして、満足気な表情で振り替えった球子と僕の視線が交わり、その表情を一転させてしかめっ面を見せる。

 

「おいおい青葉、なんて顔してんだ、いつものぽやぽやはどうした? 超レアな体験をエンジョイしてたんだろ」

 

 意識した笑い顔は球子の言うぽやぽやとやらでは無かったらしい、しかめっ面のまま歩み寄ってきた球子が僕の頬に手を伸ばしてムニッと軽く引っ張る。

 

「なぜ伸ばすのさ」

 

「変な顔のマスクを被ってる訳じゃ無さそうだな」

 

「大ジャンプがダメだったみたいだよ」

 

 むむむ、と口をへの字にする球子に友奈が横から簡潔に説明する。それを聞いた球子が溜め息を吐きながら姉が僕の背中をさするために下ろしていた鞄をあさって一本のペットボトルを取り出して蓋を開ける。

 

「青葉の意外な弱点だな。取り敢えずこれでも飲んどけよ、大社のおごりだ」

 

「……飲めるの、これ?」

 

「飲める、飲め」

 

 渡されたペットボトルのラベルには生理食塩水の文字、負傷した際に傷口を洗うために複数本持たされている物の内の一本だ。

 

「ホントは経口補水液ってのが良いんだけどな……吐いたんだろ、水分補給しとけ」

 

「ん」

 

 吐いていた姿は見せていないはずなのだが球子は僕が嘔吐していた事に気付いてしまっていたようだ、もしかしたら頬を引っ張れるほど近付いた球子が残っていた匂いに気付いたのかもしれない。なにやら有無を言わせない球子の雰囲気に圧されて素直に水分補給しておく。

 

「まったく、世話の焼けるへたれだ。ひなたがコレを楽しんでるってのはよくわからんな」

 

 大袈裟にやれやれと首を振る球子に礼を言い、一度口を濯いで海に吐き捨ててから塩気のある水を喉に流し込む。

 

「飲んだら座ってさっさと回復しろ、出番になったら頼むぞ相棒」

 

「ん、心得た。身命を賭すよ」

 

「お、おう。荷物持ちに命賭けるのか……」

 

 勿論だ。もしも皆の内の誰かが前回の球子や杏のように負傷してしまったとして、僕が持たされているこの鞄の中身がその誰かにとっての命綱になりうるのだ、その重要な鞄はなにがあっても死守するつもりである。更に言えば、皆には知らされてない方の僕のお役目である周囲の警戒もおろそかにするつもりなんてない、危機を察知するのは早ければ早いほど良いのである。

 球子の言葉通りにその場に腰を下ろし、呼吸を深くして身体の力を抜き全身を休ませて整える。そうしている間に皆が姉の元に集まって話し合いを始め出す。

 

「結界の境目まで来たが進化体の姿が確認できないな」

 

「海の中とか……空の高い所にいるのかしら?」

 

「それは困るな、こっちからの攻撃方法が全然無いぞ、あんずはどう思う?」

 

「空の高い所なら友奈さんのアレで飛んで届くならなんとか……着地が怖いね」

 

「海の中だったらホントに困っちゃうね」

 

 意識を自らの内に沈め、先程乱した精神を自戒する。

 お役目の最中、あるかもしれない危機の中で心を乱せば危うくなるのは僕だけではないのだ。恐怖に取り乱す未熟はこれっきりにしなければ。

 呼吸緩やかに、深く。心鎮め、平坦に。

 

「青葉」

 

 姉の呼び掛けに意識が自らの外へと戻る。

 

「調子はどう……もうかなり良さそうだな」

 

「ん、もう大丈夫。タマっちが水を飲むようにすすめてくれたおかげかな?」

 

「青葉くんは塩水で回復するんだね」

 

「いや、さっきまで半分病人みたいな顔してたのにただの塩水で回復し過ぎだろ。」

 

 姉が僕の顔を覗き込んでわかりやすく安堵の息を吐き、友奈がなにかを納得したように頷いたのに反して球子が納得いかなさそうな顔をする。先程の僕は半分病気みたいな顔をしていたのか、自分で思っていたよりももっと恐怖に心を乱してしまっていたのかもしれない。

 

「私達はこれから結界の外に出て進化体を捜してみる、杏と一緒にここで待っててくれ」

 

「ん、わかった。皆、気をつけてね」

 

 短い見送りの言葉の後に全員がスマホを操作してグループトークの機能を起動させる。この機能で結界の外に出ない司令塔の役割を持つ杏と連絡を密に取り合う段取りなのだろう。

 全員が無言のままお互いの顔を見合わせて準備が整った事を確認し、僕と杏を残して四人は結界の境界を越える。

 

「ん!?」

「え、消え……?」

 

 そして、瞬きの間もなく四人の姿が消えた。

 瞬間、心臓を締め付ける急激な感情の乱れ。

 無意識の内に、反射的に、自らの精神を律するために喰い縛った奥歯がピキリと音を鳴らした。




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
今回は皆の為に荷物持ち、戦闘する皆の後ろで待ってるだけの簡単なお役目…に見せ掛けて実はいつもの番犬タイム。わー、お空を飛んでるみたーい……ごめん、ヤッパ無理、空が落ちてくる(錯乱)な天恐ムーブ。自分の状態を隠していたツケを払った結果が魚への餌やりと結界の植物に肥料撒き。精神集中、気合いで肉体を調整する。姉が消える→奥歯が悲鳴を上げる。

若葉さん
追い詰められてもなお人類の営みを感じられる景色を弟にも見せたかった、準備運動という建前で勇者状態で走っていきたいと申請したら装甲車で行くよりも安全かもねと許可された。しかし、担いだ弟がかつて無いほど怖がった。ドンマイ、若葉さんは悪くない。強いて悪い奴を上げるのならば状態を隠してる青葉くんと元凶のバーテックス、あと取り敢えず大社も悪い。弟の弱った姿にオロオロした。

ひなたちゃん
今回はお留守番、皆の無事を丸亀城から祈ってる。青葉くんがやらかさない事も祈ってる。

友奈ちゃん
ぐんちゃんと一緒にダイナミックにパルクール、例の如く一番エンジョイしてる勇者。ゴール地点でクラスメイトの男子がダウンしてた。何があったの?え?大ジャンプがダメだった?えぇ、全力だしたら絶叫マシンよりも激しい挙動してるのに……。

千景ちゃん
結界から出るのは…命懸けはやめて。楽しそうにくるくるぴょんぴょんしてる『友達』と一緒に控えめだけどくるくるした。とっても楽しかったけどゴール地点でもう一人の『友達』が楽しくない状態になってて心配になった。

タマっち
あんずと一緒にゆっくりぴょんぴょん。跳びながら一応自分の調子も確認したけど絶好調だった。アウトドアに強い奴はちょっとした体調不良への対処にも詳しい。へたれがへたれ顔のままだったら落ち着かないから世話を焼いた。

杏ちゃん
退院おめでとう。さぁ、早速だけど次の戦いだ!神樹の加護なのかお医者さんもビックリな回復力を発揮した。おら!はやく治して戦えよ!って神樹が急かしたかどうかは定かではない。傷は塞がってるけど落ちた体力は戻ってない、今回はスタメンから外れてベンチスタート。青葉くんと一緒にベンチを暖めてね。

丸亀市民
頭上を跳んでいく勇者達を目撃した人が複数いる。ありがたや。カッコいい。色々な気持ちを抱いた。ビル上ピョンピョン、対魔忍?と感想を抱いた青年は心の奥底に言葉を封印した。
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