乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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61:見えない感じの外、もしくは見えた話

 

「ッ!?」

 

「いったい何が……!? 皆さん、無事ですか! 状況の報告を!」

 

 感情の乱れに意味の無い言語を叫び出してしまいそうになるのを歯を喰い縛って飲み込み、強く噛み過ぎて奥歯と歯茎に感じた痛みが気付け薬代わりに精神の均衡を保つ。

 

『なんだ、これ……?』

 

「若葉さん! 何があったんですか! 今何処にいるんですか!」

 

 スマホから聞こえる姉の声に姉の無事を知るが、少しの刺激で精神を乱してしまいそうな感情のうねりは止まらない。この感情は姉から形代となった僕へと移された"負の何か"なのだろうか、それとも前触れ無く姉が消失する光景を見たが為に感じた僕の感情なのか、恐らくは両方なのだろう。姉はいったい何を見てこの感情を沸き立たせたのか。

 

『バーテックス、とんでもなく大きいやつが瀬戸内海の上に。何故こいつが今の今まで見えなかったんだ』

 

『伊予島さん、貴女達から私達も見えてないのね? 私達は結界を一歩出てから動いてないわ』

 

「はい、もしかしてそっちから私達がみえてるんですか?」

 

 杏の問い掛けた声の直後に突然目の前、結界の境界を一歩内側に入った場所に現れる球子。

 

「タマっち先輩!」

 

「な、なるほどな。中から外は色々と見えなくなってんのか」

 

 驚いた様子の杏をよそに結界の境界を一歩越えては姿を消し、戻ってきては現れるを何度か繰り返す球子。球子が内側で足を止めた直後に結界を出ていた他の三人も内側に戻ってきて姿を現す。

 

「杏も一度やつを見てくれ、意見が欲しい」

 

 姉の打診に頷いた杏が緊張の面持ちのまま姉と球子に伴われて境界を越えて姿を消す。

 

「乃木くん……顔、凄いことになってるわ」

 

「眉毛がピーンってなってるよ」

 

「ん、樹海化の警報も無いのに皆がいきなり消えたもんだから凄くビックリしちゃった」

 

 悲しいとも辛いとも違う眉尻を下げた表情の千景と自分の指で流麗な眉をやや斜め上に伸ばす友奈に偽らず答え、そのまま眉間から眉の外側まで指で揉みほぐす。僕は今普段通りの顔ができているだろうか、自分ではよくわからない。

 

「どう考える?」

 

「きっと、結界で意図的に隠してるんだと思います。アレが普通に生活してる四国の人達にも見えていたら大変な事になっちゃうと思うので」

 

「あんなのが見えてたらそこら中でパニックだもんな」

 

 結界の外側から戻ってきた三人が意見を交換し始める。その表情は厳しいもので結界の外によほど衝撃的な光景があるのだろうと容易く察する事ができた。

 

「急に現れた仕掛けがバーテックスの策略じゃないのなら……それを追及するのは後で良いわ」

 

「戦わなきゃいけないんだろうけど、あんなに大きいのってどう戦えばいいんだろ?」

 

 皆にとって結界の外の光景はかなり予想外の様相だったらしく顔を付き合わせて意見の交換を始める。バーテックスとの戦いにおいて完全に門外漢である僕は皆の話合いを邪魔しないようにそっと一歩下がって離れた。

 

「融合途中だというのは通常の個体が今も集まり続けてる事から見てとれますし、完成させないように邪魔しつつ戦うべきなんじゃないかと思います」

 

「それは……いつも通りでもあるわね」

 

 臓腑を掻き乱し続けている感情の奔流、今もこれを感じているのは姉が受けた衝撃が今も後を引いているのか、それとも始まり直前と終わった後だけではなく皆が戦いに身を投じる姿を目の当たりにしているからなのか。舌でいまだに痛みを感じる奥歯を撫でると欠けた破片が奥歯から剥がれた、こっそりと吐き捨て精神の均衡を求めて深呼吸を繰り返す。

 

「青葉」

 

「ん?」

 

 話し合いをしていたはずの姉から唐突に名を呼ばれ、意識をそちらに向ければ皆からも視線を向けられていた。

 

「参考までに聞きたい、とてつもない体格差があって頑丈だと予想される相手と戦うにはどうするべきだ?」

 

「あれだ、青葉がゴジラと闘うならどうすんだ?」

 

 姉の問い掛けに被せるイメージしやすい球子の問い掛け、皆がこれから戦う相手はそれほどまでの相手なのか。

 

──そんなのと戦う位なら、逃げてよ。

 

 心底から思ってしまったコレを言葉にするのは皆への侮辱なのだろう。最初に武器を握ったのは成り行きなのかもしれないが、皆は怖い思いをしても辛い思いをしても痛みを知っても尚自分の意思でここにいるのだ、僕の弱気でそれを辱しめる事をしてはならない。

 

「青葉?」

 

「ん、斬れるまで、斬る」

 

 ほんの一瞬だった言葉の詰まりに小首を傾げた姉に思い付いていた方法を告げる。

 元より、僕は戦う方法をそれしか知らない。

 

「納得の青葉くんスタイルだね」

 

 友奈の言葉に皆が納得したように頷いた。

 

「ふむ、やはり私も同意見だ。結局の所私達は勝つまで戦い続ける以外に無い、最初から出し惜しみ無しで全力で取り掛かるべきだろう」

 

「そうね、前回のサソリ型以上に厄介な相手だと想定して……その厄介さを発揮される前に仕留めるのが理想だわ」

 

 聞いた話ではサソリ型とやらは身体の何処にも脆弱な部分が見つけられずに何十何百と攻撃しても刃が通らず、球子の全てを出し尽くした切り札でようやくダメージを与える事が出来たほどの頑丈さを有していたとか。更に、サソリと称されるだけあって尻尾の針に掠めるだけで致死に至る猛毒を備える高い攻撃性も有していたらしい。このようにバーテックスが融合して進化した個体はそれぞれ特有の能力を得ているらしく、それで戦いの場を掻き回される前に速攻を仕掛けるべきだと姉と千景が提案する。

 

「他に進化体がいる様子も見えなかったし、私も一度全力であの大きな進化体に攻撃を仕掛けてみるのに賛成です」

 

「決まりだな、リーダーと相談役と司令塔の意見が噛み合った」

 

「……相談……役?」

 

「タマが今決めた、今までもそんな雰囲気があっただろ」

 

「ぐんちゃんが相談役に就任だね!」

 

 二人の提案と杏の意見が一致した事により皆の作戦が決まったようだ。そして、同時に千景が役職を得たらしい。

 

「よし、全体の手筈としては全力であの超大型を叩きつつ隙を突ける者が集まってくる通常個体を散らせる。杏は戦況を見つつ必要に応じて結界から出て参戦するで良いな?」

 

 士気の高さを感じられる姉の確認に、同じく皆が士気高く声を返す、いよいよ戦闘が始まるようだ。ほんの少しの間治まっていたかに感じられていた感情のうねりがぶり返す。この恐れはきっと、僕と姉の両方のモノだ。

 

「出し惜しみは、無しだ」

 

 静かに吐き出した言葉と同時に変化する姉の勇者装束、白い羽織と風に靡く首巻きが姉の装束をかざる。

 そして、根源のわからない感情のうねり。怖い、辛い、苦しい、悲しい、このどれでもあってどれでも無いただただ"黒い"と表現するしかない感情が汚染された水槽に発生するドブのように沸き立つ。止められた時が動き出した直後ではなく、リアルタイムに実感する忌々しい概念にコレが"穢れ"なのかとなんとなくの納得を覚えた。

 

「私も、全力!」

 

「あんなの相手にするってのによくわからん穢れってやつを気にしてなんかいられないもんな」

 

 姉に続いて友奈と球子も切り札を行使してそれぞれ装束を変化させる。友奈には片目を大きく覆うバイザーのような物と羽衣のような帯を、球子は羽織と車輪のような飾りを背負う。

 

「鏖殺……絶対に、生きて帰る」

 

 一呼吸遅れて千景も切り札を行使して装束を変化させる。頭巾と一体化した大きな白い羽織がふわりと揺れる。

 姉が目の前で切り札を行使した事により改めてどんなものかと実感した穢れ、それを僕とは程度が違うらしいとは言え姉に続いて切り札を行使した三人にも発生するであろう事が胸中に引っ掛かる。

 

「青葉」

 

「ん──」

 

 いざこれから戦闘へと向かおうとしていた姉が唐突に僕の名を呼び、はらりと目の前を麦穂色が舞った。

 産まれた頃から慣れ親しんだ匂いを感じ、わしゃわしゃと後頭部を撫でられる感触。

 

「そんな顔をしてくれるな」

 

 耳元で優しく語りかけてくる産まれた頃から知ってる声。

 僕の顔にどんな感情が浮かんでいたのだろう。そう考えても今、僕は自分の感情がどんなものかと特定出来ないほどに不安定な精神をしていたことを自覚。

 

「案ずるなとは言わないさ、そんな事は無理だって私は知っている」

 

 そうだろう。仮に僕が戦えたとして、姉が僕を見送る立場だったとして、僕がどんな前向きな言葉を尽くしても姉の不安を拭う事はできないたろう。

 

「うむぅ、難しいな……どれだけ前向きな言葉を尽くしてもきっとその不安を晴らしてやる事はできないだろうな」

 

 やはり、姉も同じ結論に至っていたようだ。

 

「……青葉、仮に私が散っても一人で、いや、ひなたがいるから一人ではないが、それで生きていけるか?」

 

 無理だ、幼馴染はとても、とても大切な存在だが僕の半分ではない。姉を、半身を失えばきっと僕は立てない。

 

「どうだろうね、寂しくて死ぬかも」

 

「そうか、私も一人で死ぬのはきっと寂しい」

 

 姉は何を言いたいのか、今までのこの問答は言葉にしなくてもお互いに解りきった事のはずだ。

 

「だから、私が散れば後を追ってくれるか?」

 

 あぁ、なるほど。合点がいった。

 姉は自分自身に対して僕を人質にしたのだ、自分が死ねばそのまま僕も死ぬとなれば姉は絶対に死を全力で回避し続けるだろう。言葉の表面だけを受け取るならば後ろ向きな言葉だが、お互いを必要とし合う僕達にとってはこの上なく絶対的な生還の誓いだ。

 口角が緩むのを感じる。

 

「喜んで」

 

「そうか、ありがとう」

 

 後頭部を撫でられていた手が止まり、一度だけギユッと抱き締められた。

 

「なんでこのやり取りでお互いが笑顔なのかがタマにはわからん、二人揃って重いな」

 

「笑顔で死を誓う価値観が野武士すぎるよ」

 

 うわぁ、と言いたげな球子と杏の引いた声色。

 僕達が通じ合ったモノは、僕達だけがわかるモノなのかもしれない。

 

「最初から誰も死なせるつもりなんて無い……要らない心配にしてみせるわ」

 

「皆で勝とう!」

 

 決意を感じさせる千景の強い声と常の通り前向きさに陰りを見せない友奈の声。

 ふと、二人の前向きさに頼もしさをおぼえると同時に少しだけ心が軽くなっている事に気付く。

 

「なんだろうな、さっきまでは奴等に報いをという義務感が私を駆り立てていたのだが、今はそれを上塗りするほどの戦意とやる気が、勇気が漲っている」

 

 もしかしたら、この心の軽さは姉自身が抱くはずだった負の感情を上回る正の感情が沸き立ち、移されるはずの負の感情が薄くなったからなのかもしれない。だとすると、この残った負の感情は僕自身のモノと穢れによるものか。僕が形代になっていなければ姉はあれほどに恐ろしい思いを抱えながら今まで戦っていた事になるのか。

 

「青葉くんをハグすると勇気が湧いてくるのかな?」

 

「その通りかもしれないな。友奈も試してみるか? 貸すぞ」

 

「ううん、いらない」

 

 友奈が首を傾げ、姉が何故か胸を張りながら提案し、即答で拒否される。そんな僕の意志が介在しない二人のやり取りに皆の空気が少しだけ緩んだ。

 

「さて、そろそろ行かねば……勇者達よ、私に続け!」

 

 姉の号令に皆が士気高く応え、僕と杏を置いて姉達が結界の外へと姿を消す。この場に留まるしかない僕が皆の様子を知るにはもうスマホのグループトーク機能から漏れ聞こえる音声に頼るしかない。

 

『タマは最初っからクライマックスだぁー!』

 

『超連続ぅ~、 勇者パーンチぃぃー!』

 

 スマホから聞こえる大声、まるで巨大な扇風機が風を掻き回すような轟音や現実に有り得なさそうな大きな甲虫が羽ばたいてるかのような重たくて激しい連打音がスマホのスピーカー越しに耳に届く。皆は結界の外、世界中の大多数が認識する事のできない場所でどんな戦いを繰り広げているのだろうか。

 

『球子の一撃でも友奈の連撃でもびくともせずか』

 

『やっぱり……硬いわね』

 

 風切り音が混ざる姉の忌々しげな声に続く冷静さを崩していない千景の声。皆が戦っている相手はとてつもなく頑丈らしく、姉と千景の得物も弾かれているのか鉄を打ち鳴らす硬質な音も耳に届く。

 

「新しく融合する一群は今のところ無し、だね。皆さん、戦況に大きな変化はありません」

 

 結界の外へとしきりに顔を出して戦況を何度も確認している杏がスマホで全員に細かく戦況を伝え続ける。皆が自分達の役目に勤めているのだ、僕も自分の役目を果たさなければ。

 

「コーー……フーー……」

 

 欄干に背中を預けて腰を下ろし、呼吸を整えつつ神経を研ぎ澄ませて周囲全てに意識を向ける。

 結界の際に立ってスマホの画面を見たり結界の外へと顔を出したりを繰り返す杏、恐らくはマップ機能で結界の外の俯瞰図を見つつ自身の目でも戦況を確認しているのだろう。異常無し。

 四国内部へと続いていく大橋の路面、この場所に至るための道は全てを大社の人員で封鎖しているので基本的に誰かが現れる事は無い。異常無し。

 肌に感じるそよ風も、風に乗って感じる潮の香りも、どうあっても目に映る嫌な青空も、空を飾るバーテックスを連想してしまう白い小さな雲も、それら全てを見下ろす太陽も、何もかも異常無し。

 

『通常個体が集まって形を作ってる最中の部分が他よりも脆い! 集中して狙え!』

 

『オーケー、若葉! 叩ける所が解ったならタマの本領発揮だ!』

 

 スマホのスピーカーを震わせる調子の良い声、とんでもない化物と戦闘になっているらしいが聞こえている声から察するに戦況は悪くないらしい。

 

『何か……動きが変わった?』

 

『アンちゃん、そっちから見て何かわかるかな?』

 

「今から目視で確認します」

 

 こんなにも僕の目に映る世界は忌々しくも平和なのに、杏の一歩先にある不可視の隔たりの向こうは人類の未来を左右する戦いが繰り広げられている。

 

「時が止まってても動いてても、待つのは嫌だなぁ」

 

 どれほど神経を研ぎ澄ませても確認できない周囲の異変、そのせいかほんの一瞬だけ逸れた集中によって無意識に口から言葉が漏れる。皆の戦いを感知できなければあの時の止まる一瞬が堪らなく嫌だと感じるし、今のように皆が戦っている傍で何もできないのもまた歯痒く感じてしまう。

 

「融合を中断してる……? もしかしたら不完全な形態のまま反撃してくるかもしれません」

 

『どうやらそのようだな、通常個体からの攻撃が激しくなってきた』

 

 戦況が動いたらしい。それでも、今の僕にできる事はこの結界の内側で神経を張り巡らせるだけだ。

 

『ぐんちゃん! 超大型がそっち向いてるよ!』

 

『把握してる──』

 

「……っ!」

 

 友奈の警告に応えた千景の声が途切れ、スピーカーを震わせる今までに無かった爆発音、下ろしていた腰と欄干に触れていた背中に伝わる振動。

 千景の身に何が有ったのか、音声だけでは知れる限界のある情報では何も解らず、心に形が在るならば既に捻り切れていそうな不安を歯を食い縛って噛み殺す。先程欠けたばかりの奥歯の痛みがぶり返した。

 

『ぐんちゃん! 無事!?』

『千景!』

 

『一瞬で六人持ってかれた……危なかったわ』

 

 友奈と姉の呼び掛けにやや焦りを感じさせる声色で応える千景の声を聞き、知らず全身に籠っていた力が抜ける。

 

『無事なんだね、良かった~』

 

『なぁみんな、タマが思うに未完成の癖にこんな町一つふっ飛ばしそうな攻撃をしてくる奴を完成させたらマズイと思うんだが』

 

 千景の無事を知って安堵の息を吐く友奈に続く緊迫感を感じさせる球子の声。町一つを瞬時に破壊できる化物、球子が先程例えに出したゴジラは本当に冗談でもなんでも無いのだろう。

 

『私も丁度今の攻撃を見てました、あの火球を今の私達に防ぐ手段が無い以上四国に向けてあれを撃たれないように立ち回るしかありません。私も切り札を使って通常個体の殲滅に参戦するので皆さんは超大型に集中して立ち回りに気を付けて下さい』

 

 杏の参戦を示す声に振り向けば装束を変化させて大きなサイズの羽織を纏った背中が結界の向こうへと消えていく姿を一瞬だけ見ることができた。

 

『いや、病み上がりの杏だけでは切り札を使ってもこの数のバーテックスは厳しいだろう。これ以上この超大型を完成に近付けないために攻撃範囲の広い球子も殲滅に回って欲しい』

 

『おいおい、この中で一番威力の強いタマを超大型の攻撃に回さなくていいのか?』

 

 平坦に言葉を紡ぐ姉に聞き返す球子。

 

『問題無い』

 

『若葉ちゃん?』

『……乃木さん?』

『若葉さん?』

 

 更に平坦なままな声色の姉に球子以外の三人も違和感を感じたのか訝しむように呼び掛ける。

 皆は余り姉のこの状態を知らないから戸惑っているのだろう。姉は今、理性を保ったまま冷静にキレている。

 

『この瞬間から私が一番高威力だ──降りよ、大天狗!』

 

「……カヒュ……」

 

 姉の言葉と同時に、今まで以上に僕を蝕み始める黒い感情。突然の事に呼吸の仕方がわからなくなる。

 

『それはっ! 通常の切り札よりも影響が大きいかもって大社から禁止されてるはずじゃ!?』

 

 詰まる呼吸によって陥りかける混乱のなかで杏の驚愕と困惑の声を聞きつつ、呼吸の仕方を身体で無理矢理思い出すために自身の胸を何度も叩く。

 

『後先考えても今を守れなければ意味が無い! 今放たれた奴の火球が本州ではなく四国の方向に向いてたら多くの人々が、青葉やひなたが殺されていたかもしれない! 四国を害される前に滅ぼしてやる!』

 

 まったく、無茶をする姉だ。

 酸欠に視野が狭窄してきた頃に身体が呼吸の仕方を思い出して意識を繋ぎ止める。僕のお役目はまだ終わっていない、きっと勝ってくれる皆が安全に帰るために周囲の警戒を続ける。

 

『私も同感かな、取り返しがつかない事になる前に倒さなきゃ──来て、酒呑童子!』

 

『高嶋さん!?』

 

 姉に触発されたのか友奈も禁じられていた切り札を行使する。これで姉の身に魔縁の王たる大天狗、友奈の身に鬼の王たる酒呑童子が宿ったのだ、きっと二人は今まで以上の戦闘力を有するのだろう。

 

『武闘派ぁ! ほとんど相談無しで無茶したんだから絶対に結果出せよ!』

 

『任せろぉ!』

『任せてぇ!』

 

 叱るような球子の叫びに叫び返す姉と友奈、直後にスマホのスピーカーが嵐のように空気が乱れる音と硬いものを潰す破砕音を響かせた。

 

『すごい……あんなに頑丈だった超大型が削れてく……』

 

 激しい戦闘音に紛れた感嘆を感じさせる杏の声を辛うじて拾うことができた、二人はどんな暴れっぷりを披露しているのだろうか。きっと、その身に降ろした精霊の伝承に劣らない大立回りなのだろう。

 

『超大型がダメージを無視して旋回してるわ! 四国の方向に向かれる!』

 

『まさか、不利を悟って倒される前に神樹様を狙ってる!?』

 

『やっこさん、最後っ屁のつもりか!』

 

 皆が追い詰めた化物がやぶれかぶれに逆転を狙っているのか、化物の癖に随分と人間臭い事をする。

 ここにこのまま待機していたら死ぬのかもしれない。だが、僕が今すべきは逃げる事ではない。あるかも解らない安全な場所を探して逃げるよりも皆を信じ、ここでお役目に勤めながら皆を待つ事の方が大事だ。

 

『若葉ぁ! 友奈ぁ! 急げぇ!』

 

『うおおぉぉぉぉっ!』

『うわあぁぁぁぁっ!』

 

 球子の叫びに応える事無く叫ぶ姉と友奈、二人の叫びに強い戦意と焦りを察する事ができる。

 

『完全に旋回されちゃった!』

 

『いつ撃たれてもおかしくないわ!』

 

 焦燥に満ちた杏と千景の叫び。何度目かも解らない姉と友奈の戦意の迸る叫びと激しい戦闘音は今も続いている、もういつ町一つをふっ飛ばす火球を放たれてもおかしくないのだろう。

 

『火球の予備動作を確認! ダメージのせいか発射に溜めが必要みたいです!』

 

 ほんの少しだけ猶予があると杏が叫ぶ。

 猶予が在ろうと待つしかない僕にできることは何一つ無い──いや、一つだけ思い付いた。

 

「みんな、信じてるよ」

 

 なんて事は無い、只の声援。既にこんなにも頑張っている皆に『がんばれ』とは言わない、ただ勝利する事を信じてるとスマホのマイクに向かって言葉にする。言ってから気付く、激しい戦闘音に紛れて伝わらないかもとの懸念。

 

『信じるってんなら応えてやるよ! 大太法師ぃぃ!』

 

 他の皆には解らないが、球子には伝わったらしい。

 力強く叫んだ球子がその身に降ろすために喚んだ精霊、その名はだいだらぼっち。山や湖を造る"国づくり"の大妖怪。この精霊も姉の大天狗や友奈の酒呑童子と同じく大社が禁じていた切り札のはずだ。

 

『壁? え? タマちゃんの盾!? スッゴい!』

 

『太陽だろうが一発くらいなら防いでやる! 次の攻撃までに今度こそ倒せよ!』

 

 怒涛の叫びを上げていた友奈が手を一瞬だけ止めたのか破砕音が途切れ、困惑から驚愕まで徐々に声色を明るくする。

 壁に見間違える程の盾とはどれほどなのだろう、球子が太陽を防いでみせると豪語できるほどには頑強で巨大なのか。

 

『おぉりゃ──』

 

 球子が発した気合いの籠った烈声、同時にそれを上から掻き消す激しい爆発音。先程背中と腰に感じた揺れとへ比ではない地震が発生したのかと思えるほどの振動が大橋から僕へと伝わる。

 

『タマっち!』

 

『球子!』

 

 杏と姉の緊迫な叫び。

 僕がこの目で見える範囲がただの平和な光景であるという事は、この不可視の隔たりの向こうで球子は無茶の果てに太陽と称した攻撃を防ぎきったのだろう。球子は『応えてやるよ』と言った、だから太陽をはね除ける無茶をした球子もきっと無事だと思いたい。

 

『けほっ、タマは、防ぎきったぞ! そいつを……倒せえぇぇぇぇ!』

 

 先程の爆発音にも負けない球子の掠れた叫び、球子は生きている。掠れた声に負傷を予感させられて黒い感情とは別に嫌な感覚が沸いてくるが、球子は間違い無く生きていて叫べるだけの元気がまだある。

 

『やっべ……動けね……』

 

『今回収して結界内に運ぶわ!』

 

 荒い呼吸音混じりの球子の声に千景が即座に反応する。僕の表向きのお役目の出番か来てしまったようだ──来て欲しくは無かった。

 

『全方位に規模がバラバラな融合を確認! バーテックス達が超大型の完成を放棄しました!』

 

『それらの対応は杏の裁量に任せる! 今は超大型が最優先だ!』

 

 杏の切羽詰まったような通信に続いて姉が力強い口調で指示を出す。

 これが話に聞いていたバーテックス達の化物の癖に臨機応変に戦術を変えてくる嫌らしさか。超大型への攻撃を中断して他の融合を阻止しようとすれば次こそ防ぎようの無い攻撃が四国に向かって放たれ、かと言って超大型に集中すれば後から多数の強力なバーテックスに囲まれる事になる。人に仇なす化物らしい実に嫌な戦術だ。

 

「乃木くん! 土居さんをお願い!」

 

 化物の嫌らしさに眉間に皺が寄るのを感じていると切り札姿の千景がぐったりとしている通常の勇者装束姿である球子を背負って結界の中へと飛び込んで来た。

 

「タマっち!」

 

 千景の背中から抱きかかえるように煤けた匂いの球子を受け取り、まずは念のために意識の確認をしなければと名前を呼び掛ける。そして、ほんの少しの時間も惜しいのか僕が球子を抱えた事を確認した千景がすぐさま身を翻して結界の外へと飛び出していく。

 軽いはずの球子が重く感じるのは脱力しているからなのか、この重さが恐ろしい。

 

「ぅ~~ぁぁ……」

 

『土居さんの安全は確保したわ、どの融合を妨害すべきかの指示を!』

 

 球子の掠れた呻き声が僕の鼓膜を弱々しく震わせる。そして、勇者の力を維持する余力も失ってしまっているのか勇者装束から私服のジャージ姿に衣服が変換された。

 

「……青葉ぁ」

 

『四人が切り札を使ってる現状、小規模の融合は完成されても対処は苦ではありません。大きな順に融合を阻止して下さい!』

 

『了解よ!』

 

 僕の名を呼べる程度には意識がハッキリとしている事に安堵しつつ、大橋の路面へ球子に負担を掛けないように気を付けて慎重に寝かせる。

 

「なに、どうして欲しいの、どこか痛い?」

 

『おのれ! これ程に刻んでも形を保つか!』

 

 意識があるのが解れば次は状態の確認、球子を抱えた時から鼻に感じていた煤けた匂いと太陽と称したほどの火球を防いだらしいと言う情報からもしかしたら球子は火傷しているのかもと予測。降ろしたままにしていた鞄を手繰り寄せ、中身をひっくり返して使えそうなものを探す。

 

「水くれ……熱いのは、一瞬だったのに……干からびちまいそうだ」

 

「ん!」

 

『壊れるまで叩いてみせる! 勇者ぁ、ラッシュぅっ!』

 

 目に付いた水の入った容器を鷲掴んで封を開き、指先を動かすのも億劫そうに見える球子の上体を軽く起こして頭の下に僕の膝を滑り込ませる。

 

「ほら! 水!」

 

「ちょ、まっ、がぼぼ」

 

『っ! 超大型、火球の予備動作を確認! 若葉さん、友奈さん、急いで!』

 

 そのまま球子の口に水の入った容器を宛がえるとぐったりとした様子を裏切るような勢いで喉を動かして飲み下していく。

 

「溺れさせる気かっ、勢い強すぎだアホ」

 

「……ごめん」

 

『高嶋さん! 乃木さん! もう猶予が無いわ!』

 

 飲み下す勢いの良さは僕のせいで溺れそうになった球子が頑張ってしまったからか。

 

「しかもこれ飲み水じゃなくて生理食塩水だろ、しょっぱくてマズイ、こんなもん人に飲ませんな」

 

「え、え~~……」

 

『墜ちろ、化物ぉぉっ!!』

『諦めるもんかぁぁぁっ!!』

 

 ぐったりと脱力したままなのに表情だけは呆れた半目になる球子、先程僕が球子を有無を言わせない雰囲気で飲まされたのも同じ物だったのだがそれはどうなんだろうかとの思いに返す言葉が見つからなかった。

 

「それよりも、痛む場所は無い? 怪我は?」

 

 受け答えに淀みがなく意識がハッキリとしている事と、痛がったり苦しんだりする様子が伺えない事から緊急性の高い負傷は無いだろうと更に少し安堵しつつ寝そべったままの球子の全身を見回す。煤けた匂いの通り手や頬など露出していた肌に煤汚れが見えた以外に球子自身に異常は確認できなかったが、球子の左腕に携えられた旋刃盤に大きな亀裂か走っているのと六枚有るはずの刃が三枚に欠けていた。

 

「無い。それよりも、もうどうしようも無いくらいに疲れたからそんなヘタレ顔見せんな、余計に力が入らなくなる」

 

『まだ倒せない、なんて頑丈なの……このままじゃ、四国が……!』

 

 気を取り直して必要ならば手当てを施す為に状態を訊ねてみれば、路面に四肢をへばりつかせたままの球子が即答する。

 

「ん、そっかぁ。よかったぁ」

 

「よしよし、それで良い、ぽやぽやしてろ」

 

『火球が、あんなに大きく……!』

 

 僕の膝に頭を預けたまま、ふっと微笑む球子。僕は今、笑えたらしい。

 スマホから聞こえる戦況は決して良くない、むしろ人類が滅びる一歩手前にも聞こえるが球子は動じること無く微笑んだまま微睡み始める、疲労が強いにしても肝が座り過ぎだろう。

 

「タマっち、随分と落ち着いてるね」

 

「……んぁ? そう言う青葉も、ヘタレてるくせに、そこそこ、落ち着いてるだろ……多分、理由は一緒だ……」

 

『青葉とひなたが待っているんだ、滅ぼさせてたまるかぁぁっ!』

 

 言われて気付く、心には相変わらず呼吸の仕方を忘れてしまいそうな程の黒い感情が噴き出しているものの自らに課されたお役目を全うしようと動く思考と肉体。

 

「お前が信じたみたいに……タマも、信じてるからな」

 

 そうか、僕は皆を、滅びの瀬戸際でも皆の無事と勝利を信じる事ができているからこそ、自分がどんな顔をしているかも自覚できない精神状態になって尚、まだ理性を残していられるのかもしれない。

 

『……っ! 火球の消滅を確認、超大型が崩壊していきます!』

 

『やったぁぁーー!』

 

「ほらな? 後は今の若葉と友奈がいるなら中途半端な雑魚だけだ……タマは寝る……勝ったら、起こせ……」

 

 杏の報告に友奈の歓喜が響き、それを聞いていた球子のが当然だろと言わんばかりに微笑みを強めた後にそのまま細めていた瞳を閉じた。

 

「ん、おやすみ、タマっち。お疲れさま」

 

「……今度は、守りきった……皆も……タマも……」

 

『気を緩めるな! 残党を狩り尽くすぞ!』

 

 眠りに落ちる寸前の意識がぼんやりとしてるであろう球子がぼそりと満足そうに呟き、その後に気絶するように微かな寝息を立て始める。球子の頭を膝から降ろすタイミングを見失ったままの僕は勇ましい姉の声をスマホのスピーカー越しに聞いた。

 

『残党の数と詳細は!』

 

『近くに角持ちが三とムカデみたいなのが二、私達を囲むように反射盤持ちが三、更に囲むように矢持ちが八、ずっと奥に千景さんが融合を妨害してる百体程の融合が一です!』

 

『ぐんちゃん、すぐに応援に行くよ!』

 

『いいえ、こっちはどうとでもしてみせるわ。それよりも既に完成してしまってる方をお願い』

 

 超大型を討ち倒した後も息をつく暇も無く続く皆の戦い、四人が戦いながらも細かく交換している情報から球子の言葉通り姉と友奈が次々と進化体を討伐している事を聞きつつ、なんとなくざわついた心に見たく無いはずの青空をふと見上げてしまった。

 

「あぁ、これは──」

 

 そして、僕を見る白い化物を見た。

 膝に乗せた友達の温もりと重さが僕の精神を寸での所で恐慌へと至らせない。

 僕が今発狂して何もかもがわからなくなれば無防備に休んでる球子に危険が及ぶかもしれない、そんな事は有ってはならないのだ。

 

「──幻覚だね」

 

 穢れに蝕まれたからなのか、天恐の症状が進行したからなのか、そこにいるはずのない存在を見てしまった事に自分の果てが近付いてきた事を知る。

 そして、いつの間にか幻覚が消えていた頃に全ての進化体を姉と友奈が討伐し、千景が三人の応援を待たずして百体程の一群を鏖殺、杏が融合から漏れた通常個体を薙ぎ払った事により戦いは終った。

 

 瀬戸大橋に出現した進化体を討伐するために行われたこの作戦、バーテックス側の損害は一匹も残らない全滅。それに対して人類の、勇者達の損害は球子の旋刃盤が修復の目処が立たない程に損壊した事と、頑強な超大型を殴り続けた友奈の両拳が骨折した事。 被害が無かった訳では無いが、それでも皆は勝利して生き残った。

 

 心が、ざわつく。




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
のわゆ時代において敵の単体での最大戦力と勇者達の総力戦なのに何故かクローズアップされてふがふがしてる所を描写されちゃったボーイ。書こうと思ったのとなんか違う、邪魔だなこいつ。「死んでくれ」「うん、いいよ」が笑顔で即答な死生観、ただし一緒に死んでもいいと考える相手は限られる。仮に若葉さんが全身散華(意味深)したとして、後を追おうとしたらひなたちゃんに泣いて止められて結局生きちゃう、そして姉と居合のないまま約束を破った自責と幼馴染の優しさに溺れる生きた屍になる。わ~、お星さまが見える~、ふひひ。結界から出て生のバーテックスを見たとしたらどうなるのかな?そんな事より歯医者行かなきゃ。

若葉さん
ヘタレ顔の弟を抱き締めてわしゃわしゃしたらヤル気ゲージMAX!敵の元気っぽい玉を見て殺る気ゲージもMAX!二種類のゲージを解放して超必殺技の大天狗!死なせる約束をしてしまったので死なせないためにめっちゃ頑張った。今から私が一番攻撃力が高い→直後に友奈ちゃんもやべぇ切り札を使ったので短い一番だったかもしれない、実際の所火力はどっちが上なんだろうね?天の逆手補正があるぶん友奈ちゃんが有利?

タマっち
神樹、四国、仲間、自分、全部守りきった女タマっち。ついでに寝てるだけで青葉くんの精神状態も守っちゃった。守る女タマっち。第二の切り札はだいだらぼっち、旋刃盤をやべぇ程に重くてやべぇ程に大きくてやべぇ程に硬い盾にした。後は仲間がなんとかするって信じてるから堂々と寝た。無防備に寝るとか誘ってるのかな?隙の多い女タマっち。旋刃盤壊れちゃった。

杏ちゃん
病み上がりだけど凄く頑張った。細かく戦況を確認して見守ってたら自分の出番が来たと察して戦場に飛び込んだ。大雑把な攻撃範囲の吹雪は雑魚狩りに凄く便利。死が二人を別つまで?いいや、共に死ぬるぞ!な双子のマジな笑顔にわりと本気で引いた。おかしい、恋愛小説ではロマンチックな言葉なはずなのに……。

友奈ちゃん
青葉くんのハグは要らなかった、繰り返す、青葉くんののハグは要らなかった。大事な事なのでもう一度言う、青葉のハグは要らなかった。青葉くんのハグは要らない自前の勇気で戦える勇者。自分にはまだできる事があるのに大勢の人を危険に晒し続けるなんてできなかった、スーパーな切り札発動。拳が砕けても諦めるもんか!諦めない勇者!拳が砕けたまま残党狩りもしちゃう、だって自分はまだ戦えるから。青葉くんのハグは要らなかった。

千景ちゃん
相談役に就任。眉毛ピーンな凄い顔をした『友達』の表情はなんだか嫌だった。死ぬ約束なんて辞めて欲しいと思ったけど笑顔になってたから口を挟む事はしなかった、誰も死なせないように立ち回ってみせればいいと考えたんです。戦場で動けなくなった土居さんを7分の1ぐんちゃんで運んだ、手数が物理的に多いから同時に色んな事に対応できる。

超大型バーテックス
おっきくて、かたくて、すっごい。ついでにパワーもヤバい。ゴジラ級。

だいだらぼっち
でかーい、説明不要!……もっと前の話から伏線的にちょろちょろっと書きたかったけど青葉くんがやらかして話がずれるから書けなかった。説明不足過ぎる。やっぱり青葉くん邪魔だわ。
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