乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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63:新しい感じの天井、もしくは特訓の話

 

 一部天井板が新しくなった道場に木製の得物を打ち合う乾いた音が鳴り響く。弾く強い音、いなす摩擦音、牽制を交差させる軽い音、何度も何度も鳴り響く。

 

「それっ、まだまだ加速していくぞ!」

 

「くっ、余裕ぶって……!」

 

 楽しそうに得物を振るい続ける姉と悔しそうな表情を見せながらもそれでも加速する姉に食らい付いてみせる千景。加速と制止を激しく切り替える姉と緩急が有りながらもリズムよく身体を捌く千景の対照的な動きがそれぞれ奏でる床板を踏み締める音も鳴り響く。

 そんな道場の中ならではなBGMを耳にしながら僕と球子は組手中の二人から離れた場所に座って向かい合っていた。

 

「特訓だ、特訓するぞ」

 

「ん」

 

 ジャージ姿の球子の左手には旋刃盤を模したらしき円盤。今日は先日のお見舞い時に僕と球子が交わした約束、球子の特訓に付き合うために僕は道場に訪れているのだ。

 

「特訓を手伝うってのは全然構わないんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

「ぶっちゃけ僕は何をすればいいのかな? 盾は門外漢だから何をどうすればいいのかさっぱりだよ」

 

 居合の体捌きの延長でその他武術にもある程度通用する身体の運用に理解は有るつもりだが、盾を扱う為のあれそれはさすがにちょっとわからない。特訓を手伝うとは言ったものの今更ながらどうすれば良いのかわからずに首を傾げつつ球子の顔を見る。目に映る、ニヤリとした笑顔。

 

「なーに、問題無い」

 

「ん?」

 

「タマが青葉に求める事は単純だ、何も頭を使うような事なんて多分無い。そもそも青葉に複雑な事を求めるなんて酷な事はしないぞ」

 

「……ん?」

 

 もしかして軽く貶されたのかと直感しつつも追及せずに組手中の二人を指差して続ける球子の言葉を聞く。

 

「丁度タマの目指したいやつを二人が当たり前のようにやってるからな、説明を省けるしまずは見てろ」

 

 二人が当たり前のようにやってる事とはなんだろうか、実際に見れば言葉に聞くよりも解りやすいだろうと促す球子に従い目を皿のようにする。

 

「おっと、青葉と球子に技術の披露を求められてるようだ。これは無様を晒せないな」

 

「また余裕ぶって……安い挑発だわ!」

 

 質実剛健な動きから見せる事、魅せる事を意識した動きに変わった姉に更に食らい付く千景。口では挑発だと切り捨てつつも張り合うように動きを変えて舞うような螺旋軌道で大鎌を振る千景と姉の打ち合いはさながら滝の飛沫に花弁が踊るような美しさだ。

 

「おぉ~、きれいだなぁ」

 

「……動きがなんか変わったとしかわからん」

 

 思った事がそのまま口から出た僕の隣でちょっと難しい顔をする球子。

 激しく打ち合う技の応酬が技術を更なる技術で返す迅くて滑らかな仕掛け合いに変わり、それに準じて道場に響く音も変わる。牽制に相手の得物を引っ掻ける細やかな音、擦り合わされる得物同士の涼しい音、相手の得物を受け流す軽やかな音──

 

「今のだ!」

 

「ん?」

 

 無言で二人の魅せる組手を見守っていた中、唐突に大声を出す球子。

 

「あの攻撃を滑らせて逸らすやつ」

 

「あぁ、タマっちは受け流しを盾でできるようになりたいんだね」

 

 たしか球子は盾を扱う術を警察官の中でも盾の扱いに長けている人達を教官役に習い、その指導の方針で攻撃を背に守る人へ向かわせないように受ける事を重点的に習っていたのだったか。しかし、球子は習っていた事以外の技術を僕に求めているらしい。

 

「太陽を受け止めた時にな、ちょっと押し負けそうになって傾いたらそっちに勢いが流れてなんとか堪えられたんだ」

 

「へ~」

 

「そんで戦いが終わった時に思ったんだ、これ近距離で戦うみんなが組手やってる時にやってるヤツじゃん、こんなにヤベェ攻撃も耐えれるなら教わっていつでもできるようになるべきだろって」

 

「なるほど~」

 

 偶然できた受け流し、それを今後のためにしっかりと教わって自分の技術として会得したいとの事らしい。教わった事以上を求める球子は向上心が高いなと思う。

 

「なんで僕?」

 

「あん?」

 

 ちょっとした疑問、通り受け流しの技術というのは多くの武術に幅広く存在し、球子の言う通り姉も千景も友奈も得物の違いや練度の差違はあれど等しく習得している。怪我で未だに入院している友奈は別として、同じ勇者で、同じ敵と実際に戦い、同じ目線に立てる姉や千景では無く僕に助力を頼んだのは何故なのか。

 

「若葉はちょっと説明がわかりにくいからな」

 

「そう?」

 

「……むぅ……」

 

 組手の最中の姉がやや納得いかなげな表情を見せる。

 

「千景はあれだ、タマが大鎌の技術を盾で応用できる気がしない」

 

「薙刀と鎌術を練り合わせた特殊な理合いだもんね、四国の中では殆んど唯一なんじゃないかな」

 

 僕が知らないだけで大鎌術が流派の一つとしてどこかにあるのかも知れないが、殆んど千景専用の技術を盾の技術として応用するのは難しいかもしれないとなんとなく納得、腰をしなやかに動かしながら盾で攻撃を受ける意味を僕も見出だす事が出来ない。

 

「つまり消去法だ」

 

「そっかー」

 

 必ずしも僕である必要は無かったのか。

 

「だけどよ」

 

「んー?」

 

 一度言葉を区切って間を作る球子に視線を向けると自信に満ちた微笑み。

 

「スッゲー動ける青葉なら盾っつー分野違いのタマにも問題無く教えれるだろ、消去法って言ったけどタマが知る限りいっちばんスッゲーのはお前だかんな」

 

 上げて落とすのではなく、落としておいて上げるとは球子は人にやる気を出させるのが上手い。元より最大限の助力をするつもりだったが更にその上、限界を越えた助力をしてみせよう。

 

「タマっち」

 

「なんだよ、キモいくらいニッコリしやがって」

 

「僕は限界を越えるよ」

 

「意味わかんねぇ」

 

「青葉が一番……ぬぅ、なんだこの悔しさと嬉しさが混ざるモヤモヤは」

 

 球子にやる気を表明していると組手中の姉が曖昧な声色をこぼした。

 

「そこっ!」

 

 その姉の声に集中が乱れたと踏んだらしき千景が今日一番の気合いが籠った声を発して大鎌を横一文字に振るう、が──

 

「掛かったな」

 

 それは姉の誘いだったらしく、木刀を大鎌の柄と刃の交点の内側、くの字の部分に引っ掛けて受け止める。

 

「しまっ!?」

 

 そして、動きを止められて流麗な動きを塞き止められた千景の表情を驚愕に染めさせたまま大鎌ごと木刀を風車のように回して大鎌を床に叩きつけ、同時に柄の中程を踏んで千景の手から大鎌を引き剥がす。

 

「私の勝ちだ」

 

「…………負けたわ」

 

 千景の首に添えられる木刀、姉と千景の組手は姉の勝利に終わったらしい。全身から悔しそうなオーラを醸し出す千景とご機嫌な姉が互いに一礼し合う。

 

「ん、良いもの見た」

 

「なんかスゲェしかわかんねぇ」

 

 終始余裕なフリをしていた姉だが一対一の技の応酬にて普段はしないのに言葉さえも用いて相手の隙を作ろうとしていたのだ、実際には余裕なフリが必要なほどに余裕が少なかったのだろう。そこまでして勝ちたかったのは皆のリーダーとしての矜持なのか負けず嫌いのせいなのか、きっとどっちもだろう。あのご機嫌な顔はそれほど負けていられないと強く思いつつその激戦を制したがためだろうなと確信。

 

「んじゃ、僕達もやろうか」

 

「おう、タマはどうすればあのシャッとかシュルっとかツルッてやつが出来るようになるんだ?」

 

 期待に満ちた球子の視線が僕に刺さる。

 

「わかんない」

 

「おい、タマの期待を返せ」

 

 輝いていた瞳をじっとりとした半目にする球子。

 僕や姉はひたすらに型の反復練習やイメージの果てにいつの間にかコレができるようになっていたのだ。指南役の老人が剣術を姉に伝授し、僕がそれを見て技術を盗む事もあるがやはり多くの事は鍛練によって身体が覚えたモノなのだ。それを受け流しに限定し、なおかつ盾への技術の転用しながら教えるなどまるっきり初めての試みなのである。

 

「まぁまぁ、慌てないでよ」

 

「あん?」

 

「わからないけどさ、まずはやっぱり体験すべきなんじゃないかなって思うんだ」

 

 言いながら壁の金具に掛けられた木刀を二本、指で挟んで取り外す。そして一本を球子に渡してもう一本をそのまま自分が携える。

 

「つまり、どうしろって?」

 

「タマっち、木刀、振る。僕、受け流す。タマっち、見て、体験、覚える」

 

「オーケーオーケー、タマ、青葉、ボコる」

 

 なんか違う。そう思いつつも球子が左手に携えていたベニヤ板の円盤を道場の端に置いてからなんだか慣れてなさそうに正眼の構えっぽく構える球子を見て僕も構える、左半身を大きく引いて緩やかに前に出した右手で木刀を順手に持つ変形した正眼の構えだ。

 

「ばっちこーい」

 

「よっしゃ、まずはフルスイングから」

 

 打ち込んでくるように促せば正眼っぽい構えから一度振り上げて鍬のように振り下ろされる球子の木刀。容赦無く振るわれたように見える真剣ならば刃筋の通らないであろう乱暴で乱雑な一振り、それだけ力を籠められた一振りでも僕なら問題無くいなせるという信頼なのだろうか。僕の前に出した腕に向けて振るわれた木刀の先端付近に横から僕の木刀を当てて払う。

 

「おー、真っ直ぐ振ったはずなのに斜めになった」

 

「さぁ、どんどんおいでよ」

 

「おうよ」

 

 驚いている球子に更に促せば振り下ろしてそのままだった木刀を斜めに斬り上げる。僕の肩を狙ったのであろうその軌道に対して斜めに重ねるように木刀を先回りさせて構えれば鍔の部分から鋒まで滑って跳ね上がる球子の木刀。

 

「どう? なんとなくわかる?」

 

「なんか、こう……ぐにゃりって動きを変えられるな」

 

 一度や二度の体験ではしっくりと来ないらしい、それならばもっと沢山やってみようと促す。この二度で球子の振り方は覚えたので遠慮しないで全力で何度でもやってみなよとも言ってみる。

 

「きっとタマっちは僕に一度だって当てられないさ」

 

「おっ? 言ったな?」

 

 ちょっと挑発的に言ってみれば挑戦的に笑う球子。

 

「ほぅ、なにやら面白い事をしているな」

 

「見てるだけで……参考になるかもしれない」

 

 道場の壁際で汗を拭って先程の組手で崩れていた息を整えていた二人が僕と球子に注視しているらしい。これは無様を晒すことなどできない。

 

「そりゃーーっ!」

 

 球子の大声と共に斜め軌道で振るわれる木刀、鋒を真下に向けた木刀で受けた瞬間に身体を真横にずらしつつ木刀も引けば勢いの死んだ球子の木刀がストンと床に落ちる。

 その後も間髪入れずに何度も何度も角度を変え軌道を変え時折突きも混ぜて振るわれる球子の木刀。しかし、狙われる場所の殆んどは肩、腕、足ばかり。何故かと考える迄もなくもしも僕が受け損ねても重大な怪我をしないようにと球子が加減しているのだろう。

 

「タマっち、まだ遠慮してるね」

 

「は? かなり本気で振ってるぞ」

 

「うん、本気で加減してるね。そうじゃなくてタマっちはただ木刀を振ってどんな風に受け流されるかに集中しなよ」

 

 余計な遠慮は邪魔なのだ、きっと僕の培った技は些細な事に気を散らしながら会得できるほど甘いモノではない。僕はそれだけのモノを鍛え、練り上げたと自負している。

 

「甘さは無用、ただ全力で振りなよ。どうせ当たらないからそれで丁度いいさ」

 

 今、僕の身を案じる球子の優しさは必要無い。

 必要なのは受け流すとはどういう事なのかを球子が体感する事だ。

 

「そこまで言うなら絶対当ててやる、後悔すんなよ」

 

「僕は居合で後悔した事なんてないさ、これからもそうなるよ、絶対にね」

 

 挑戦的な輝きを灯していた瞳に、更に闘志を灯らせる球子。一度だけ大きく息を吸って上段っぽく構える。

 

「おりゃーーっ!」

 

 身体の運びはやはり整っていないが先程よりも苛烈な縦一直線の一振り。気迫はあるがそれでも球子の優しさ故にかその狙う先は僕の額ではなく左肩、どうにも甘い。身体の芯からズレてる剣閃など逸らすことは容易い。

  頭の上に木刀を握る拳を持ち上げて左肩に木刀の鎬を乗せて待てば勝手に球子の振るう木刀が流れて最後にはスルリと空を斬る。

 

「うわわっ」

 

 木刀を流されて体勢を崩して前のめりにたたらを踏む。そして額でぽすんと僕の胸に軽く着地した球子に手を貸さないまま次の一撃を待つ。

 

「まだまだ、タマっちはこんなもんじゃないでしょ?」

 

「ぐぬぬ、今のまでが準備運動だ!」

 

 これからが本番らしい。

 

「絶対当ててやる!」

 

 更に気迫を増していく球子がほとんど半歩も無い間合いから一歩下がりつつ不意打ち気味に視界の外に出ていた木刀を引き寄せるように振るう。しかし、球子の木刀を握る手が何処にあってどの角度を向いていたかを把握していたのでそれへの対処も容易い。

 意識しているのかしていないのか、やっぱり腕を狙って振るわれた木刀に上体を逸らしながら軽く木刀を当てて逸らす。

 

「当てたと思ったのに!」

 

「まだまだ、甘いよタマっち」

 

 今の一振りが肩や腕ではなく腰を狙って振るわれていたのならば対処のしにくいものだったが球子の優しい気質のせいでこんなにも容易く逸らせてしまった。球子のその気質は人に向けて得物を振るうには向いて無さ過ぎるのか。

 

「目的がズレてきてないか?」

 

「もう少し……様子を見るべきかしら?」

 

「今度こそぉ!」

 

 姉と千景がなにやら話していた声を大きな声で押し潰しながらムキになってるらしき球子が何度もがむしゃらに木刀を振るう。縦、横、斜めに更に時々突き、何度も振るわれるそれらはがむしゃらに当てようとする意思のみが前のめりに感じるおよそ太刀筋が通ってるとは言えない棒振り、それでもやはり球子の性格なのか当てようともがきつつも絶対に胸や顔へは向けられない。どうしようもなく甘い。

 しかし、当てる事に集中しきってるいるのが見受けられるのにそれでも木刀を叩き付けるべき対象に無意識でも優しさを向け続ける友達がどうにも誇らしい。だが、それでも──

 

「危なっ!」

 

「乃木くん!」

 

 肩目掛けて振るわれた横一文字に対してほんの少しだけ腰を落として顔面直撃の一振りにさせ、僕の危機に対して迷いが生じて軌道のブレたそれを当たる寸前に首を横に倒して頬をかすらせるように空振りにさせる。

 

「ちょっ、おまっ、変な躱し方すんな! 心臓止まるかと思ったぞ!」

 

「甘過ぎるよタマっち、今のは迷わず振り抜くべきだったんだ。躊躇してしまえば額を割られるのはタマっちなんだよ」

 

 ──その優しさ、甘さは球子自身にいずれ牙を剥く。

 

「躊躇すれば死ぬのは自分、僕はそれを知ってる。僕はタマっちに死んで欲しくないよ」

 

 戦いの場において敵に情けを掛ける甘さは不要。その甘さは付け入れられる隙になるし、迷いに生じた微かな間も敵に先手を許す事に繋がるのだ。そうなれば球子だけではなく球子が戦いの場にて肩を並べる皆にも危険が及ぶとしっかりと球子の瞳を見据えながら説明する。

 

「青葉、お前……」

 

 目を見開く球子。

 

「さぁ、構えて。次からはタマっちが迷う度に僕は反撃するからね」

 

 友達、それも女の子に対して打ち据える事など決してしたくは無いが、どんな戦いであっても無事に生きて帰って貰う一助として僕が教えてあげれる事を最大限伝授するためには心を鬼にしなければ。

 

「……最初の目的忘れてんだろ、対人ガチ勢にしてくれとは頼んでねーよ」

 

 途切らせていた言葉の続きを吐きながらジットリと呆れたような半目で僕を見る球子。

 

「ん? あれぇ?」

 

 そういえば球子は受け流しを教えて欲しかったのだったかと思い出し、いつの間にか鍛練の目的が刀を扱う稽古にすり変わっていた事に思い至る。そして、直後に背後から肩を軽く叩かれる。

 

「乃木くん」

 

 振り返れば能面のような表情の千景、更に奥には指で眉間を揉みながら呆れとも怒りとも違う、ましてや悲しみとも違う形容しがたい表情をしている姉の姿。

 

「お話があるのだけど……そこに座って」

 

「はい」

 

 理由はわからないが、身体が自然に選んだ姿勢は何故か正座だった。

 真正面に膝を突き合わせて座る千景。この雰囲気を僕はよく知っている気がする、この雰囲気を千景が醸し出すのは初めてだがもしかしたらお説教なのかもしれない。

 

「鍛練は多少なりとも危ないものだけど……限度があるわ」

 

 やはりお説教だった。

 言葉を選びながらなのかゆっくりと紡がれる言葉を耳にしつつ、眉尻が下がっている以外は能面のような表情をしている千景のお説教が終わるまで鍛練は中断される事になった。

 

 

 ─────

 

 

 球子曰く、人選ミスったかも、ってかお前はもっと躊躇えとの事。やれやれと首を振りながらそう言った後は姉と千景による二人掛かりのお説教が終わるのをぼんやりと座りながら待っていた。

 千景曰く、もっと自分を大事にして、見ていて怖かったとの事。お説教の最後の辺りで少し悲しげにも見える弱った表情にさせてしまった事が申し訳無く思う。

 姉曰く、言いたい事は大体千景が言ったからとくに無い。無いが、お説教がぬるく見えたので拳骨をくれてやるとの事。頭頂部が鈍く痛いし千景に弱った表情をさせてしまって心も痛い、二重に痛い。

 と、鍛練を中断している間に色々言われたが球子は受け流しの技術を修める事を諦めるつもりは無いようで、二人掛かりのお説教が終わった事に気付くと僕に鍛練を再開するぞと急かし始めた。

 

「なんだ、人選を間違えたかもと言ってたのに青葉との鍛練を続けるのか?」

 

「この通りあっぱらぱーだけど腕前は信頼してるからな、とんでもなくあっぱらぱーだけど」

 

 きょとんと首を傾げた姉小さく溜め息を吐きつつ答える球子。

 

「教え方はやべースパルタだけど今のところ解りにくいってわけでも無いし、実際に受け流されるってのを体験して目指すべき動きもほんのちょっとだけわかったしな。こう、何て言うか、斜めにフワッでくいって感じか?」

 

 へにょっとした身振り手振りで受け流された感覚を説明しようとする球子、出来損ないの盆踊りのようで少しながら間抜けに見えてしまう。

 

「スパルタ過ぎて……色々と不安だわ」

 

「ぶっちゃけタマもかなり不安だ」

 

「うむぅ、信頼とはいったい?」

 

 千景が弱った表情を続けながらこぼした言葉に球子が自信満々に返し、姉が傾げていた首を更に反対側に傾げ直す。なにやら三人が得も言えぬ調子外れな雰囲気になりながら話し合った結果、取り敢えず今は僕と球子が無茶な鍛練をしないように姉と千景が監視する事になったらしい。

 監視が必要と思われた事はいささか遺憾だが、姉がいるならばできそうな鍛練を思い付いたので好都合でもある。姉に木刀を渡して無手になってから球子の元へと歩み寄る。

 

「よーし、ばっちこーい」

 

「耳元で元気よく喋るな、耳に響く」

 

「うーん、青葉の受け流しを流す側で体験させようという魂胆なのはわかる。だが見た目が間抜け過ぎて尻込みしてしまうな」

 

 球子の背後に寄り添って背中越しに球子が元々握っていた木刀を一緒に握る二人羽織のような体勢、姉の言う通りこのまま体勢で姉が振った木刀を受け流してみせれば今度は球子にもっと解りやすく受け流しを体験させてあげれるかもしれない。

 

「……わかったよ、タマっち。こんな感じで喋れば言いかな?」

 

「み、耳元で囁くな! こそばゆい!」

 

 声量を下げろと言うから静かに喋ったのに文句を言われるとは、どうしろと言うのか。

 

「鍛練となると普段よりも更に無頓着になるからなぁ」

 

「やっぱり……不安だわ」

 

 嘆息する姉と眉を寄せる千景。

 それはそうとこれから自分達目掛けて木刀を振るわれる事に球子がちょっと緊張してしまったのか身体に力が入って強張ってしまっている、このままでは僕も木刀を振りにくいので少々やりにくいかもしれない。

 

「タマっち、力を抜いて。これじゃあやりにくいよ、僕を信じて身体を任せて」

 

「のひゃぁ! 変な体勢で変な事囁くなぁっ!」

 

 ビクリと更に身体を強張らせて声を震わせる球子、ちょっと危ないかもしれない事をするのに自分以外の誰かに全身を預けると言うのは確かに変な事に聞こえるかもしれない、だがそこは互いの技量を深く知り合っている僕と姉を信じて欲しい。基本的に身体に力を入れすぎた状態というのはそれだけ感覚が自然な状態から離れてしまうので、このままでは折角のダイレクトに技術を体験できる機会なのにうまく受け流しのコツを感じ取りにくいかもしれなくもあるのだ。

 

「大丈夫、痛い事なんて無いよ。リラックスして僕が動くのを受け入れて」

 

 滞りなく姉の木刀を受け流せば痛いことなど発生しようが無い、そもそも僕と姉がこのように意図を示し合わせて加減しながら得物を振るうのだから事故なんて有り得ないのである。もしも、万が一僕がやり損なっても姉ならば容易く寸止めに留める事もできるだろう。

 

「最初はちょっと怖いかもしれないけど、タマっちはこれからする事を全身で感じれば良いだけなんだ」

 

「……まじで……やめろぉ……」

 

 身体を強張らせたて震わせながら胸を抱くように身を縮めて小さくなる球子。球子の背後から同じ木刀を握っていたため球子が動かした腕に僕の腕も追従して抱き締めるような体勢になってしまう。

 

「さっきまであんなにやりたがってたのにどうしたの、 こんなに堅くなってたらできないよ?」

 

「これでわざとでは無いのだから恐ろしい」

 

「わかっててやってたとしたら……尚更怖いわ」

 

 震えたまま何も言葉を発っさなくなってしまった球子にどうしたものかと少しだけ首を前に伸ばし、球子の顔を覗き込むと唇を引き結んで顔を赤くしている球子と視線が交差した。

 

「タマっ──」

 

「この、どスケベェ!」

 

「──ちぶふっ!」

 

 その赤面はどうしたのかと訪ねようとした瞬間に眉間に叩き込まれた球子の側頭部、つーんと鼻にまで届く痛みが迸る。

 なんだ、容赦無く打撃できるではないか。と、ほんの一瞬だけ痛みによって思考が明後日の方向へと逸れる。

 

「おふぅ、ボールを顔面キャッチした時の匂いがする」

 

「懐かしいな、あれは小学校の体育の授業でドッジボールをした時だったか。普段はどうやってもアウトにできないが外野にいて油断していた青葉を狙ったボールを顔で受けていた事があったな」

 

「えぇ、それは反則じゃ……?」

 

 あまりの衝撃にたたらを踏んで球子から離れつつ、思考と直結した深い考えの無い言葉が口からまろび出る。その言葉にしみじみと姉が思い出を語り、千景が困惑の色が濃い声を放つ。

 姉の言葉になにがなんでも僕にボールを当てたかったらしき当時のクラスメイトの顔を思い出したが、そんな事より重要なのはちょっと怒った感じになってしまった今のクラスメイト、球子の事だ。唐突に感じる怒った風な雰囲気と赤くなった顔、今までの経験から考えるに僕はまたいつもの失敗をしてしまってらしい。しかし、何が悪かったのかつーんとした痛みによって集中できない思考ではよくわからない。

 

「ねぇ、タマっち」

 

「なんだ、どスケベあっぱらぱー」

 

 口を利いてくれるくれる程度には激怒では無いらしい。ならば今後同じ失敗をしない為に原因を聞こう、謝るにも何が悪かったのかわかっていなければ謝りようが無いという理由もある。

 

「僕、何が悪かったのかな? 教えて欲しいんだ」

 

「お、お前、タマにそれを説明しろってか」

 

 顔の赤みを増す球子。纏っていた雰囲気も怒りより呆れと羞恥が増したように感じる。

 

「なんつーか、お前って、ほんと……この……はぁ~~~」

 

 言葉に詰まった後に深い深い溜め息を吐き流す赤ら顔の球子。

 

「青葉、その説明を求めるのもわりとアウトだ」

 

「ん、そうなの?」

 

 片手で額を抱えた姉の言葉に聞き返せば三人が同時に溜め息を吐く。それほどか。

 

「なんでこのあっぱらぱーはこんなにもあっぱらぱーなんだ? どうにかしてくれよ若葉ぁ」

 

「すまない、私にも何故こんな風になったのかさっぱり……もしかして、他に思考を割かないほど居合に打ち込み過ぎていたのが悪いのだろうか?」

 

 赤さが少しだけ治まってきたように見える顔でげんなりとした表情を見せる球子の言葉に申し訳無さそうな声色で返す姉。たしかに僕は居合へ全力で打ち込んでいるがそれしか考えて無い訳ではない、他にもご飯の事だったり自身の身命の使い方だったりと色々と考えている。

 

「若葉にも原因がよくわかんないなら誰にもわかんないいだろーな。それじゃあ、そういうの意識するようにどうにかしてくれよ千景」

 

「えっ、私に言われても……困るわ。どうしろと言うのかしら?」

 

 自らに話を振られると思っていなかったのか小さく驚いた後にまたも困惑の表情をする千景。これがトークのキラーパスというやつなのだろう。

 

「やっぱほら、意識してないせいでこんなアホなんだからそういうのを意識しちゃうようなアレな感じの何かをだな。言わせんなよ恥ずかしい」

 

「その発想が……既に恥ずかしいと思うわ。それに、そういうのは私じゃなくてもっと違う人の方が良い気が……」

 

 治まってきていた赤面を停滞させる球子と急激に頬を赤らめ始める千景。

 

「千景じゃなくて違う誰かがやって良いのか?」

 

「……ぁ……ぇ?」

 

 目の前で繰り広げられる女子から女子へのセクハラに見える謎の会議、これはもしかしなくとも僕のいない場所でやるべきものではないのだろうか。

 

「その、なんだ……それは既に似た事を試して失敗してる」

 

「そういえばそんな事あったね、若姉さんが自爆したんだっけ」

 

 あの時は姉が僕へ逆セクハラしようとしたけど姉自身もそういった話題が苦手だったから途中でギブアップしたのだったか。しかし、その後に姉の目的を理解したので『ハレンチを頑張る』と宣言したら怒られたので今に至るまでそれについては特に何も行動を起こしてなかったのだ。

 

「自爆済みって、マジで若葉試してんのか、恥ずかしい奴だな」

 

「逆セクハラなんて……はしたないわ」

 

「思わぬ流れで毒舌が飛んできたな」

 

 表情をニヤニヤとした笑みと薄ら笑いにそれぞれ一転させた球子と千景の言葉に姉が豆鉄砲を打たれたような顔になる。

 鍛練に真面目に取り組んでいた空気は何処に行ってしまったのやら、いつものぐだぐたな空気の中でこの後も駄弁り続けた僕達は晩御飯の時間が近付いてきたので道場を掃除してぐだぐたしたまま食堂へと向かった。




 
 
 
 
 
 
 
青葉っぱらぱーくん
自分の技術を伝授するにも説明下手を自覚してるので取り敢えずやって見せてやらせて見せようとした。居合ガチ勢はスパルタだった、相手の資質を無視して無理矢理高い水準に引き上げようとするやべー奴、人に何かを教えるという事に向いてない。悪い事をしたと思ったなら謝ろう、でも何が悪かったから解らないから質問、しかし新手のセクハラだった。成長してない?いいえ、敢えて弁護するならば抱き締めたタマっちから香ったのが牛乳石鹸から爽やか系なシャンプーの匂いに変わった事を口にしなかった。でも鍛練の最中じゃなかったら言葉にしてた疑惑。

若葉さん
余裕に振る舞えるだけの余裕があったのか、それとも余裕のフリをしようと考えるほど余裕が無かったのか、事実なのは普段は言葉を用いて相手に揺さぶりを掛ける事はしないという事。後半はずっと『どうしてこうなった?』って表情をしてた。まさかの流れ矢にまたも『どうしてこうなった?』だった。おいおい、耳は駄目だと思うぞ。

千景ちゃん
凄く勝ちたかった、とても頑張った、でも勝てなかった、悔すぃ。これからも激化するであろう戦いに備えて実力の向上に余念が無い。逆セクハラなんてダメよ、はしたないわ。

タマっち
男子のやる気を出させるのが上手い、男子を手の平の上で転がす悪い女タマっち、しかし計算ではなく天然、天然悪女なタマっち!耳が弱点ってわけではないが優しく耳元で囁かれたのがキツかった。あっぱらぱーがあっぱらぱーなのはどうにかならないのか?薬をつけてもきっとあっぱらぱー。特効薬はあんまり無い。
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