乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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66:企む感じの狂人、もしくは不味い茶の話

 

 心臓が弾けそうな程に激しく脈打つ。

 

「ふ ざ け る な!」

 

 これ程までに声を荒らげたのはいつぶりか、自分自身の叫びが脳髄に反響して際限無く感情を増幅させる。

 

「皆はまだ誰一人として諦めてない! 今だって姉と球子は次の戦いに勝つため鍛練している、千景と杏はより良い作戦のため調べものに奔走している、負傷している友奈だって鍛練がしたいと言って心が前を向いている!」

 

 言葉を吐くだけで息が上がる、それでも止めどなく燃え上がる怒りが僕の口を動かす。

 

「それなのになんだ! 守られ続けてきた大人達が先に音を上げるのか、一番辛くて痛い思いをしてきた皆の心はまだ折れていないのに!」

 

 いつの間にか立ち上がって対面の梟笑いの老人を見下ろしていた視界、軽度の酸欠によるものか憎悪とも言える激怒に荒ぶる感情によるものか、かつて僕の左腕を喰らった白い化物の幻覚が現れる。

 幻覚ごときが僕を阻むな。

 

「報告により、大社の全てがそれを存じ上げております」

 

 僕を見据える梟笑いの老人が吐く言葉、それが更に僕の怒りを呼び起こす。

 

「知っていてよくもそんな言葉を吐けたな!」

 

 今しがた耳にした『敗北を是とする』という戯言はこの四国すべてのために頑張り続けてきた皆のこれまでを否定する最大限の侮辱だ、こんな言葉を許せる訳がない。

 

「不利なんて最初から解っていたはずだ!相手は四国以外ほぼ全てを滅ぼした化物、こっちはたった五人の、いや、諏訪を含めて六人だった女の子、それなのに状況が悪化し続けただけで諦めるのか! いったい誰がそんな事を決めた!」

 

「大社の総意にございます」

 

「ふざけやがって! 冗談じゃない!」

 

 慣れない怒鳴り声の連続に引き起こされる酸欠、咳き込むと同時にほんの一種の目眩が僕を囲む沢山の化物を見せる視界を狭窄させる。

 

「大社には誇りが無いのか……皆がいなければ、皆が頑張ってなければ、去年の夏には既に滅んでいたのに、皆に何も知らせないまま大社は先に白旗を揚げるのか……みんな、あんなにも、頑張ってきたのに……」

 

 荒らいだ呼吸に言葉が詰まる。それでも感情のうねりは治まる事を知らずに荒れ狂う。

 皆のこれまでを嘲笑ったかのような言葉が許せない、されどもここで吼える事しかできない自身が不甲斐ない、こんな情けない組織に身を保護される事でしか衣食住を保てない自身が恨めしい。

 

「勇者様達の人類への貢献、全て、大社はその全てを存じ上げております。故に、このままただ敗北して全てを無にする訳にはいかぬのです」

 

 半死人の眼差しで僕を低い位置から見据え続ける梟笑いの老人、何が言いたいのか。

 

「人類はまだ、負け方を選べる可能性があるのです」

 

「……負け方?」

 

「はい、勇者様達のこれまでを含めて全てを失くす完全な敗北ではなく、いつか遠くの未来、次に繋げるための負け方があるのです」

 

 敗北に種類があると言うのか、そんな事は考えた事も無かった。僕にとって前例のない視点によるであろう言葉に少しだけ拍子をずらされる。

 

「勇者様達を強く想う心を持つ若武者殿は敗北と聞けば激昂すると予想しておりました故に、一度発散して冷静に話を聞いて頂くために敢えて挑発的な物言いをせざるをえませんでした。御無礼を謝罪いたします」

 

 僕のこの取り乱した有り様は梟笑いの老人に手のひらの上で踊らされた結果か。

 眼で話の続きを促す。

 

「これより先の話、他言無用にございます。少しでも漏れればこの箱庭のごとき四国、騒乱に陥るでしょう」

 

 訝しむ思いと腹の底に居座る煮え立つ思いのまま続きに耳を傾ける。

 

「まず前提として、人に力を貸すは地に属する神々。対して人を脅かし殺戮を尽くすは天に属する神々にございます」

 

「は? ……天……?」

 

 なんだそれは、敵は、敵も、神?

 

「明確な動機は不明ですが、天の神は人類を滅ぼさんとしてバーテックスと我等が呼称する怪物を地上へと降ろし、今、それを成し遂げる寸前にございます」

 

 突拍子が無い、とは言い難い。現に皆に力を与えているのは地の神々で、この現実に樹木という形で顕現しているのだから天の神々が存在してもおかしく無いのだろう。

 だが、この言葉が真実ならば残酷に過ぎる。この四国を結界にて覆い守護する神樹様と同等、いや、きっと同等以上の強大な存在が皆の敵だという事になるのだ。

 

「我等大社は、この尋常ならざる人類の敵による滅びを回避するために以前より二つの策の準備を進めていました。一つは確実な成功を見込まれていた更なる抵抗の為の策、もう一つは念のために用意だけを進めていた策にございます」

 

 呆けに取られている内に進む梟笑いの老人の話。

 

「まず一つ目は神樹様の根による結界の強化、多くの大掛かりな儀式を神樹様の御力の糧にし、増された力を以て結界を強化、それによってバーテックスの四国への侵攻を阻止する策にございます」

 

「……そんな事ができるの?」

 

「できるのです」

 

 進められる話に理解を追い付かせるため、呆けによって停止気味だった思考を知ってしまった敵は神だという衝撃的な話から引き剥がす。必死に思考を回してなんとか理解した眉唾な話の真偽を問えば断言を以て返された。

 できるなら最初からやれと、そう思ってしまうのは神道に無理解な浅知恵なのだろうか。

 

「できるなら最初からやればいいじゃないか、どれだけ皆が大変な思いをしたか」

 

 思った事が飲み込めず、口から言葉になって飛び出ていた。

 

「四国を囲む根がいったいなんなのか、それの正体を大社が知った当初からこの策は練られ、準備を進めておりました」

 

「そう」

 

 つまりはこの結界の強化とやらは数年掛かりの策だったらしい。それほどまでに練られた大掛かりな策ならば期待ができるのかもしれない。

 

「しかし、この結界の強化をもってしてもバーテックスの侵攻を完全に防ぐ事ができないかもしれないのです。それほどまでに強力な個体が勇者様方とバーテックスとの戦闘で確認されてしまったのです」

 

 バーテックスは知性無き獣ではなく、高い知性を持つ化物だ。奴等は皆との戦いを経る度に敗因を考え、対策し、次の戦いでそれを補う作戦なり進化なりを用意してくる。その進化によって現れる強力な個体がとうとう前回の戦いの時には一撃で切札を行使して強化している勇者の盾を損壊させるほどの強さに至った。

 神霊の力で強化されている盾の守りを損壊させられるならば、神霊の力で創られている結界の守りを損壊させられるかもしれないという事か。

 

「成功すれば更なる抵抗の為に力を蓄える時間を稼げると見込まれていたこの策、しかし、想定外なバーテックスの進化速度によって信頼性を著しく失いました」

 

「みんなが強かったのが悪いとでも?」

 

「いえ、まさかそのような事」

 

 目の前の半死人のような老人に強く当たっても仕方無いと解っていても、どうにも棘のある言動になってしまう。幻覚の白い怪物が打ち合わせる無機質な歯を睨み、怒りに忘れていた恐怖を無理矢理引き摺り出して煮え立った頭を強引に冷ます。

 怒りと恐怖が混ざり合い、心が平坦に近付いてきた頃に握り締めてい指の爪が手のひらに食い込んで出血していたことに気付いて握り拳をほどいた。ほんの少しだけ手のひらに視線を向けて傷の程度を確認した後に幻覚の化物が前兆無く消えていた。

 

「消耗が続く勇者様方、成功しても安心できぬ結界の強化、それ故に念のために用意を進めていた二つ目の策が大きな意味を持ってしまったのです」

 

「その二つ目の策って?」

 

「天の神々に降伏し、赦しを乞い、人類の生存圏をこの四国に留め、戦力を放棄する事を条件にバーテックスの侵攻を停止する事を求めるのです」

 

 なるほど、故に『敗北を是とする』か。

 胸くそ悪い。

 

「それで、具体的にどうするのさ。そもそも話を聞いて貰える相手なの?」

 

「尋常な方法では不可能にございます。しかし、尋常ならざれば可能とも言えます」

 

 なんとなく気に障る梟笑いの老人の言い回し。

 

「謎掛けはいらないよ、可能なんだね」

 

「はい、巫女を神性を帯びた火より昇る煙に乗せて天まで送り、人の言葉をとどけるのです」

 

「だから謎掛けはいらな……は? なんだって?」

 

 巫女を、天まで送る? 火? 煙に乗せる?

 僕にとっては難解とも言える話を理解するために必死に動かしていた思考、それが幸いしたのか災いしたのか迂遠な言い回しに濁された言葉の本質に届く。

 巫女を焼くと言うのか、それはまるで──

 

「まるで……生け贄、じゃないか」

 

「まるででもなんでもなく、生け贄にございます」

 

 ふざけるな! とは、あまりの衝撃に言葉が出なかった。開いては閉じる口がただ呼吸の音を漏らす。

 

「天に捧ぐは巫女として適性の高い者から順に選ばれるでしょう。基準としては神樹様からの神託をより正確に託される者や神託を授かる回数が多かった者となるでしょうな」

 

 半死人の面持ちの瞳に狂気的とも言える剣呑な輝きを携えた梟笑いの老人、その魂を搾り出すかのような苦痛染みた言葉に最悪の予想が脳裏をよぎる。

 

「適性……まさか、まさか……冗談じゃない!」

 

 僕の幼馴染は丸亀城にて勇者を補佐する役目を務めながらも重要な神託を授かるために大社に呼び出される事があり、なおかつバーテックスの襲撃の度に皆の帰還場所の神託を受けたりと神託の頻度も多い。梟笑いの狂人の言葉通りならば生け贄に選ばれてしまうのではないのか。

 

「まったくもって冗談ではありませぬ。上里、鷲尾、安芸はこの生け贄に指命されるでしょう、特に上里はまず間違いありませぬ」

 

 平坦に近付けたはずの精神が瞬時に燃焼、腹の底がドロドロと沸騰する。

 

「ひなたを! ひなたを焼くとのたまうならば、頭骨ごとその口を斬り別けて閉じれなくしてやるぞ!」

 

 僕の"大切"を害するならば躊躇う理由は無い、斬る。

 

「大社の老人は皆、口を閉じれぬ事になりますな」

 

「ふざけやがって! これが神職を務める者の考える事か! って言うかなんだ! 大社は何人も巫女を焼くって言うのか! それが人間のやることか!」

 

 喉がかすれて痛むほどに怒鳴り散らす。

 生きたまま焼けるのは痛く、苦しいのだ。今更ながら梟笑いの狂人の放った言葉の文脈からそれを複数人の女の子に強いようとしている事に気付き、怒りの熱が止めどなく上昇する。

 しかし、そんな僕の怒鳴り声に臆すること無く狂人の面持ちな老人が瞳の剣呑な輝きを更に増しながらも言葉を繋げる。

 

「人故に、死にたくないがために、死なせたくないがために贄を捧ぐのです」

 

「贄に選ばれる僕の幼馴染は、僕にとっての死なせたくない"大切"だ!」

 

「私も、姪を、堅物と小心者の忘れ形見を、人に仇をなした神なんぞに捧げたくありませぬ。それらこそが私の生かしたい者達なのです」

 

 たしかその三人も巫女だったか。梟笑いの狂人にとって姪子さんは数十年貫いた信仰を曲げる程に大切な存在だったなと思い出す。そして、この狂人の言葉にようやく剣呑な眼光と魂を搾り出す苦痛の声の理由に思い至る。

 僕にとっての幼馴染のように、この老人も大切な存在を奪われかけているのか。

 

「……なんで、この話を僕に……?」

 

 気付きによって少しだけ戻った平静さが思考を微かに理性的に動かし、更なる小さな気付きを僕に与える。今この梟笑いの狂人が僕にこの胸くそ悪い話をした目的が不明なのだ。幼馴染を"大切"に思っている僕にこの話を教えればこのように激怒するのは解っていたはず、最悪の場合幼馴染を生け贄にされないように大社の関係者を手当たり次第斬り捨て始める事ももしかしたらあったかもしれないのだ。それなのに何故事の阻止ができなくなる状況になるまで黙さなかったのだろうか。

 

「ほっほっ、流石は若武者殿、一度気付けば話が早い。勉学は苦手と聞いておりましたが勘は鋭いと見受けられる」

 

「今は心がいっぱいいっぱいなんだ、余計な事やまわりくどい謎掛けは言わないで欲しい、手当たり次第目に映るモノを壊したくなる」

 

 剣呑な眼光のまま粘りつくような笑みを浮かべた梟笑い狂人に答えを急かす。

 

「代わりになる贄を調達するのに助力して欲しいのです」

 

「代わり……?」

 

 それはつまり、今いる巫女達とは違う巫女、それも巫女としての適性が高い者を探しだして連れてこいという事か。

 幼馴染を死なせぬために、代わりに死なせる者を連れてこいと、この狂人は言っているのか。

 

「大社の管轄の外にいて、死ねと頼まれて『イエス』と答えるような都合の良い人間がいるっての? それも複数人」

 

 仮にいたとしても幼馴染以上に巫女としての適性が高くなければ意味が無いし、安芸や鷲尾、三羽鴉の親族達をその生け贄の選考から外させるだけの人数もいなければならない。無茶振りに過ぎる。

 

「然り、この上なく好都合な者達がいるではありませんか。生きていても危険を振り撒く害悪で、尚且つ巫女としての適性も申し分無い者達が」

 

「まわりくどい、もっと解りやすく」

 

「ほぅほ、天の神の巫女と名乗る、テロ集団にございます」

 

「は? ……あ?」

 

 今日、四度目の精神的衝撃。梟笑いの狂人が語った難しくないはずの短文の意味を理解するために空転する思考が僕の口から意味のなさない音を鳴らす。

 

「神樹様の結界を越えて神託を授かる天の神々との親和性、組織だって暴力行為を行える人数、更には多くの四国の民に厭忌され、"いなくなればいいのに"と思われている好都合な存在にございます。こやつらを、殺しましょう」

 

 テロ集団達の天の神の巫女と言う自称は気狂いの戯れ言では無かった? 大社はあのイカれ達が本当に巫女だと知っていた? いつから? これが事実ならば奴等が逮捕された時の自供も事実? 天の神は勇者の抹消を望んで……戦力の放棄とは勇者の力の放棄か! 降伏を認めさせるための交換条件か! 捕まえたとしてイカれ達が素直に天の神に降伏の言葉を届け……元からアイツらは天の神に許しを乞うために勇者である皆を狙っていたな! しかも、そのために自爆テロを行おうとする程度には自分の命を最初から捨ててる、なんて好都合なんだ!

 

 新たな疑問と納得が脳内で入り乱れ、パンクしそうになった思考を自覚したので取り敢えず深呼吸。

 

「ん~~……うん。わからない事だらけだけどやるべき事はわかった、テロ集団をぶちのめせば良い訳だね」

 

「概ねその通りかと」

 

 よし、テロ集団をふん縛って大社に連れて行き、後は神官に任せて焼いて貰えばいい訳だ。その間接的な殺人、やってみせよう。

 喋って暴れる薪を捜して捕まえればいいだけだ、なんとかなるだろう。

 

「ん、たしか既に三人捕まえていたよね、元旦のテロ未遂の時に二人と轢き逃げ未遂の時の一人、それを含めて後何人捕まえれば良いのさ」

 

「……若武者殿、公共機関が収監している犯罪者を『焼き殺すから身柄を渡せ』と言って素直に応じるとお思いですか?」

 

「駄目なの?」

 

 剣呑な眼光をぼやけさせて曖昧な表情を見せる梟笑いの狂人。なんだか馬鹿にされた気分だ。

 

「それができるほど融通が聞くならば勇者様達にもっと良い食事や施設を用意できてますし、いつかの大社での剣術試合も必要有りませんでしたなぁ」

 

「ふーん」

 

「そもそも、この話は私と若武者殿と極々一部の神官のみの企みにございます。この企み事が主流派や公共機関に知られてしまえば『せっかく一網打尽のために追い詰めてきたテロ集団を刺激するな』と邪魔されるでしょうなぁ」

 

「あっ、これそういう感じのヤバい話なんだ」

 

 最悪の場合、大社の巫女達が贄に捧げられるまで身柄を拘束されてしまうらしい。それは非常にまずいので回避したい。

 

「更に言うなれば巫女達に『贄にされそうだから逃げろ』と伝えるのも控えて頂きたい。巫女とは個人差はありますが勘が鋭く非常に感性が豊かな者達にございまして、その一言が巫女達の心に何かしらのショックを与えて精神の安定を崩せば神託を授かれる者がいなくなりうると思われます」

 

 なるほど、神に捧げる為に死んで貰うかもしれないけど別の神とは言え同じような存在の声を聞けとは酷な話なのかもしれない。声を聞けば聞くだけ贄に選ばれる可能性が上がるとも知れば神託なんて授かりたくなくなるだろう。

 そうなれば神樹様の声が人に届かなくなって神の視点でしか解らないことが解らなくなるのか。それがどんな風に困る事に繋がるのかは解らないが大社にて日々神事に務める巫女が必要とされているのだからきっととても困る事になるのだろう。もしかするとまわりまわって勇者の皆が困るかもしれないのは僕としても避けたい事態だ。

 

「わかったよ、この事はとにもかくにも他言無用なんだね」

 

 そもそもにして、『ちょっとテロリストやっつけてくる』だなんて誰にも言えた事ではない。そんなに事を口走った挙げ句、まかり間違って信じられたりしてしまえば幼馴染は心配で泣いてしまうだろうし姉なんて心配を通り越して激怒するだろう。他の皆もきっと似た反応をすると思う。

 

「理解して頂けたようですな」

 

「ん、ついでに聞くけど丸亀城でこれを知ってる人は?」

 

「贄の件を含めて誰も何も知りませぬ。丸亀城には例え必要でもこのような外道を許せぬ者達を集めさせたのです」

 

 穢れ無き無垢、そんな少女に自然と接する事が多くなる場所に外道を許容する大人を配置する訳にはいかなかったと説明する梟笑いの狂人。鷲尾先生や格闘術の先生、庭師のおじさんがどんな大人かと考えれば納得だ。

 

 この企み、近しい誰にも知られる事なく成し遂げなければならないのか。

 

「捕まえたらどうすればいい?」

 

「私か、部屋の前に待機しているあの者に連絡をいただければ。逆に天の神の巫女の情報を得ればこちらから連絡させていただきます、私にはよくわかりませぬが部屋の前の者は"ぱそこん"に強いらしく警察からさえもうまく情報を抜けるやもしれませぬので」

 

「へぇ」

 

 手掛かりが以前警備の詰所で暗記した資料だけかと思ったが少しはやり易いようだ。話が一段落したと感じて怒鳴り散らした挙げ句に長い言葉のやり取りに渇いた喉を潤すために冷めきってしまったであろうお茶に手を伸ばして呷る。

 

「このお茶、渋くてえぐい味だね」

 

「ほっほ、普段は姪に任せておりましたからなぁ、腕が落ちましたわ」

 

 冷めたお茶を啜りながらも眉尻を少しだけ落とした梟笑いの狂人。「そう言えば」と思い出したように補足した話によれば多くの人に隠しながらも大社の主流派が神性を帯びた火を用意できるのはまだしばらく先の話らしく、天の神の巫女を捕まえるのは急がねばならないけど焦る程でも無いだとか。

 しかと好機を見計らって行動に移すのが吉らしい。

 

「皆には内緒でヤバい奴等を捜し出してふん縛る、なんか色々と疲れる話をしたけど要はそれだけできればいいんでしょ? やってみせるさ」

 

「それだけ、の部分がかなりの綱渡りにごさいますが」

 

 もう一度、二人で冷めきった不味い茶を啜った。

 

 

 ─────

 

 

 不味いお茶を啜りながらの胸くそ悪い話をしてから早数日、時間に余裕を作っては入院している友奈のお見舞いをするために足しげく病院へと通う千景に同伴し、もはや見馴れてしまった帰り道を今日も二人で歩いていた。

 

「友奈ちゃんの退院、もうすぐみたいだね」

 

「えぇ、後遺症も無いらしいし……良いことだわ」

 

 相変わらず帽子を深く被って僕の半歩後ろを歩く千景に振り返りながら話題をふると、少しだけ顔を上げて嬉しそうに瞳を細める千景。

 

「退院のお祝い、何かしたいね。最近は天気も良いし外でバーベキューとかどうだろう?」

 

「バーベキュー……」

 

 少しだけ眼を丸くした後に考え込むような少し困ったような表情を見せる千景。

 

「バーベキューは苦手?」

 

「やったこと無いから……わからない。高嶋さんは喜んでくれるかしら?」

 

 なんと、千景は屋外で肉を焼いた経験が無いのか。これも焼き芋と一緒で一度体験すればまた何度でもやりたくなるだろう、何故ならばバーベキューとはエンジョイ度数が高いエンジョイオブエンジョイだからだ。

 

「きっと喜んでくれるさ、千景ちゃんも一度やってみればやみつきになっちゃうくらい楽しめるよ。これもエンジョイさ」

 

「エンジョイ……バーベキュー?」

 

「そう、レッツエンジョ~イ、バーベキュ~」

 

 顔を見合わせて、互いに微笑む。

 千景も乗り気になってくれたようだし、丸亀城に帰ったら姉や他の皆にも相談してみよう。きっと球子ならばはバーベキューの"バー"の部分を聞いただけでテンションを上げてしまうだろう。

 

「……ッ!」

 

 なんの不審さも見受けられない通行人とすれ違う直前、機嫌良さそうに微笑んでいた千景が顔を道路のアスファルトに向けて隠す。これで何度目だろうか、最近の千景はなんら関わりの無いであろう赤の他人相手に顔を見られないように、自分の存在を隠そうとしているように見える。何故そのように振る舞うのか、わからない。

 

『知らないままで……いて欲しい』

 

 かつて僕に対して願われたこの言葉が僕を縛り、何故千景は人目を避けようとしているのかと問おうとする口を塞ぎ続けている。

 

 一人にさせる事ができない。

 

 最初はこの千景の違和感を覚える行動に対して穢れのせいでちょっと心が不安定になっているからなのかと考えた。しかし、以前『どうしたのか』と訊ねた時に千景は『知らないで欲しい』と答えたのだ。

 千景はなんとなく人目を拒んでいるのではなく、知られたくない明確な理由を抱えて今のこの状態なのだろう。これに気付くまでに時間が掛かった、掛けてしまった。

 

「ん」

 

「…………」

 

 こっそり歩くペースを落として千景の隣に行き、じんわりと暖かい華奢な手を握る。そして、ほどなくしてしっかりと握り返される。

 なんだか心が辛いときは誰かと一緒にいるとなんとなく安心できる、親しい誰かと触れ合えているのならばなおのことだ。僕はそれをかつて連日の悪夢に苛まされていた時に姉が抱き締めてくれた事で知った。

 

 僕はあの時の姉がしてくれたのと同じように、千景を安心させる事ができているだろうか。僕にとっての姉のように、今の千景にほんの少しだけでも安心を分け与える事ができているだろうか。わからない。

 

 一人にさせたくない。

 

 お見舞いのために出歩く千景の傍で周囲を警戒するためという理由もある。もしも、ひょっこりと天の神の巫女達が千景を狙って現れたなら返り討ちにしてあわよくば身柄を確保したいという理由もある。だが、それ以上に何かを悩んでいる千景の表情を曇らせたままでいたくないのだ。

 

 一人で暗い表情をさせたままになんてしてたまるか。

 僕は千景の笑う顔が見たいんだ。

 

「ねぇ、千景ちゃん」

 

「……なに?」

 

 千景の悩みを知ることができないなら、悩みの解決に協力する事ができないなら、その変わりに曇った表情を打ち消して余りあるくらい千景が楽しくなれるよう尽くそう。

 

「あの約束、覚えてる?」

 

「もちろんよ、私は次も……その先もずっと、生きて帰るわ」

 

 何があっても生き抜く、その約束も僕にとってとても大切な約束だが今重要なのはそちらではない。

 

「ん、そっちじゃなくて鰹のタタキ」

 

「……そっちなのね」

 

 なにやら間を外されたような千景の微妙な微笑み。

 

「炭火で鰹のタタキって作れるのかな? 職人が作った鰹のタタキも美味しいんだろうけどさ、自分達で作った鰹のタタキって食べてみたくない?」

 

「どうなのかしら、鰹のタタキは藁を燃やした強い火で焼くものらしいけど」

 

 それは知っている、藁の瞬間的に燃える火力と独特の匂いが鰹のタタキの美味しさの秘訣らしいとテレビで見た。だがしかし、例え"なんちゃって"な作り方のモドキのような鰹のタタキでも皆で楽しみながら作ればエンジョイのテンションも相まってものすごく美味しいのでは無いだろうか。エンジョイとは空腹に並ぶ万能の調味料でもあると思う。

 楽しければ美味しい、美味しければ嬉しい、嬉しければ楽しい、正のスパイラルによる無限のエンジョイ、無敵の理論だ。

 

「ん~、なんなら藁も用意して本格的にやってみるかな? いや、やりたくなってきたからやろう」

 

「乃木くんのやりたい事……増えてしまったわね」

 

 苦笑いだが、それでも楽しそうに微笑む千景。

 

「うん、増えちゃったね。一緒にやろうよ」

 

「タタキ?」

 

「ん、千景ちゃんと一緒にやりたいんだ」

 

 そして、一緒に笑いたい。

 

「……そう」

 

 やや間を空けてからの、言葉短い返事。

 そして、とても前向きな微笑み。

 

「エンジョイ、ね」

 

「エンジョイなのさ」

 

 この笑顔をもっと見ていたい。




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
なんだかんだ専守防衛だったけどなんやかんや攻めの姿勢になってしまった狂人予備軍、もしかしたらもう狂人かもしれないけどね。一度目は一対多数の殴り合い、二度目は血みどろの斬り合い、三度目は不特定多数を相手に人拐い、幼馴染のためにそこまでやっちゃう、これもう狂人かも。最初の挑発でキレずに我慢してたらその後の話題で殺ってしまったかも。色々あったけどバーベキューしたい、鰹のタタキを作りたい、だって君の笑顔が見たいから。

千景ちゃん
あんまりお外を歩きたくない、でも『友達』のお見舞いに行きたい、青葉くんが一緒に行ってくれるようです。約束と言われて真っ先に思い出すくらいには大切な約束、それは生き抜く事。え?カツオの方?そうですか。『友達』の退院が楽しみ、バーベキューも楽しみ。

梟笑いの狂人
姪っ子達を神に捧げたくない、考えた結果青葉くんの所に嫁に行かせれば勇者の血縁を残す名目をゴリ押しして生け贄の対象から外せないかななんてダメ元で考えた。青葉くんは大社的にちょっぴり英雄感あるしイケる気がした。まぁ断られたんですけどね。仕方ないので本命の企み、人拐い。青葉くんの地雷原でタップダンス。

扉前の胡散臭いオッサン
ギーク系神官。梟ジジイがヒートアップした若武者につい殺られちゃった場合のバックアップ、ジジイの後釜。瞳以外は何もかも生き写しなあの娘まで神に連れていかせるつもりは無い。神官だけど神嫌い。

天の神の巫女
都合の良い女達。ロックオンされた。

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