乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
丸亀城の整然と管理された資料室、新書古書を問わずに神道に関する文献や勇者という存在に少しでも関係のありそうな書物などを蔵したこの広くも狭くもない部屋にて、僕を含めた四人の男女が思い思いに資料を手にとって眼を通していた。
「何かめぼしい物は見つかりましたか?」
「いえ、なにも……今解っている事以上を知れる資料は見つかって無いわ」
「こちらも同じですね。むしろ、調べれば調べるほどに穢れと称されてる存在の難しさが増すばかりです」
長時間の無言と紙の擦れる音だけがあった資料室にそっと広がった杏の問い掛け、それに応える千景と幼馴染の声は明るいものでは無かった。
「僕も手応え無しかな、穢れをどうにかする方法のヒントになりそうな事すら見付からないや」
「専門家とも言える大社の神官の方々が研究を重ねても解らない事ばかりなのですから、やはりそう簡単に見付かるようなモノじゃないのでしょうね」
それぞれが読み掛けだった文献を本棚に戻すなり栞を挟んで腕に抱えるなりして皆で備え付けの簡素な長机の元に集まる。なんとなくな流れだが資料を読みあさるのは一旦休憩にしようということなのだろう。
「穢れ……分け御霊みたいな神様の欠片、本当に知れば知るほど扱いが難しいのね」
「何て言うかこう、最初はテレビで見るようなお祓いみたいな感じで無くせないかななんて考えてましたけど……ちょっと楽観的に考え過ぎてたみたいですね」
「呼ばれ方が穢れだなんて聞こえの悪い呼称ですが、それでも神性の類いですから、私達巫女や神官がお祓いしてどうにかできる存在では無いんですよね」
溜め息混じりの三人。
この資料室で眼を通した様々な文献によると、神道におけるお祓いとは基本的に神様にお祈りして人にとって悪いモノを取り払ってもらう儀式らしく、悪い影響を与えてしまうが悪い存在ではない皆の"穢れ"をどうにかする手段にはならないのだ。
「小さくても薄くても元々と同じ性質を持つ。ん~、つまりは神様がうっかり置いていった神様の分身みたいな存在なんだよね」
「人の意思で神を祓う、そんな畏れ多い事はできませんから」
幼馴染が言うにはどうしても人にとって良くない事ばかりをしてしまう神様をどうにかする方法は限られているらしく、祀り上げて悪い方向に働いてる力の向きを良い方向に向けてもらうか、その神様に場所を移動してもらうかというのが基本らしい。
「私達についてる穢れを祀り上げたらどうなるのかしら……?」
「祀り上げて良い方向に力を向けてもらえれば……運勢が良くなったりしないかな?」
幼馴染の説明に小首を傾げて疑問を呈した千景、杏が小さく期待するような表情を見せる。
「えぇと、たしか先日の神官さんは『一つの肉体に本人の魂以外の高位な霊的存在が憑いてしまってるが故に副作用的に影響が出ている』と言ってましたよね。神様の力が何らかの作用で悪い方向に働いてるのではなくて、ただ近過ぎる場所に神性が在るから障りがあるらしいので、それでは根本的な解決にはならないかもしれません」
「ん~、いるだけで迷惑だなんてなかなかスゴいね」
存在がマイナス要素、なるほど、これは神性の存在でありながら穢れと称されてるだけはある。
うんうんと頷いて納得していると三人が苦笑いしていた。
「ところでさ、ちょっと疑問に思ったんだけど」
「何がですか? 青葉ちゃん」
「もしもホントに穢れを祀り上げる事になったとして、その場合はどんな事するんだろう?」
穢れは皆にそれぞれこべりついているのだ、ある意味では皆がそれぞれ御神体のような存在とも言えるのかもしれない。神社の御神木のように皆に注連縄でもくくりつけてなんらかの儀式でもするのだろうか。
「神官が担いだ御輿に皆を載せて練り歩いたり?」
「うわぁ、想像しただけで恥ずかしい」
「それは……遠慮したいわね……」
ちょっと思い付いた予想を口にしてみれば露骨に嫌な顔をする杏と千景。見世物みたいな扱いをされるのは嫌なのだろう、気持ちは解る。
「タマっちなら最初は恥ずかしがるだろうけど、いざやり始めたら開き直って『わっはっはっ、タマをあがめタマえよ!』なんて言い始めそう」
タマっち大明神、拝めばなんだか元気になれる御利益。
「あ、それ言いそう」
「物真似……似てないわね」
球子の物真似を挟みつつ予想に予想を重ねれば杏がほほんのわずかに吹き出しつつ納得し、千景が苦笑するように微笑む。物真似が似てないと言われたが、物真似していると解る程度には特徴を捉える事はできていたようだ。
小さく笑い合う少しおちゃらけた空気だった中で、一人だけ考え込む姿を見せていた幼馴染が眉を寄せながら重たく口を開く。
「穢れごと皆さんを祀り上げる……もしも、それで穢れの悪い影響が無くなるとしても、余り良い事では無いかもしれません」
「ん?」
「穢れの悪影響が無くなるなら……良いことなんじゃ?」
不思議そうに訊ねる千景、杏も疑問に思ったのか同じように疑問を感じていると言わんばかりの視線を幼馴染に送る。もちろん、僕も悪影響がなくなるならそれで良いのではないかと思いながら幼馴染を見た。
「悪影響が無くなるのはもちろん良いことだと思います。ですが、皆さんが祀られて信仰を集めてしまうのが良くない事かもしれないんです」
生きながら信仰を集めて祀られる、すなわち生き神や現人神。幼馴染は皆がそういった存在になってしまう事を危惧しているらしい。
「みなさんは人です、神樹様の加護を受けて勇者として戦えますがそれでも間違いなく人なんです」
「ん、そうだね、普通に人で、女の子だね」
「勇者って、普通なのかな?」
「万が一普通じゃないとしても、人です」
僕の言葉に対して白い顎に細い指を当てながら疑問符をこぼした杏、それに対して幼馴染が念を押すように断言する。
「今まで人だった存在が神性の存在と共に祀られる、神性に並ぶ存在として扱われて信仰を向けられる。それはもう神として扱われると同義、神になってしまうんです」
鰯の頭も信心からとは少し違うが、樹木でも岩でも獣でも信仰を向けられて崇められれば神になる、それはこの国に古くからある様々な逸話が示している。皆が神として多くの人から信仰されればその通りに神になると言う事だろう。そうだとして、それの何が良くない事なのだろうか。
「例えるなら、そうですね……今まで球子さんだった人の女の子が、球子さんという人の女の子の形をした神になるという事なんです」
「んんん? ちょっと難しいなぁ」
「球子さんという"うどん"に神性という"カレー"を混ぜて"カレーうどん"にします」
「元のタマっちうどんとはまるっきり別物じゃん」
「はい、別の存在になるんです」
そうなってしまえばもう元に戻る事は無く、どれだけ神性という"カレー"を薄めるために球子の人間である部分の"うどん"を強調しようがそこにすでに混ざっている"神性カレー"が無くなる事は無いらしい。ただの"薄味なカレーうどん"になってしまうだけだとか。
薄味なタマっちカレーうどん、けっして純粋なうどんではないしカレーうどんとしても中途半端、あまり食べたいとは思わない。
「えぇと、タマっち先輩がカレーまみれで……薄めても結局カレーがついてて……カレーの汚れは洗濯しても落ちにくくて……あれ……?」
「乃木くん向けの感覚的な説明で……伊予島さんが混乱してる……!?」
幼馴染の説明は解りやすいと思うのだがどこにそんな混乱する要素があったのか。
「一度神性という神秘を得て人の外に出ればどこまで行っても人の外なんです」
「んん? 人の……外……?」
「……あっ、そういう事だったんですね」
「同じ事を説明してるはずなのに……言葉が違うだけでこんなに反応が変わるのね」
タマっちカレーうどんはどこまでいってもカレーの匂い、そういう事なのだろう、多分。
「んで、結局何が良くないの?」
「青葉ちゃんが最初に気付いた事ですよ、神に成ればそこにいるのは元々の姿と同じ姿をしてるだけで別の存在なんです。例えば球子さんが神になったのなら、そこに在るのは球子さんと同じ姿、同じ記憶、同じ性格の神様であってそれまでの球子さんでは無いんです」
僕にとって球子は大切な友達だ。例え姿を失って恐ろしい怪物に成り果てても、記憶を失って僕の事を忘れても、人格が豹変して誰かに酷い事をする悪い奴になっても僕は球子を友達だと言うだろう。仮にそんな事になったとしても僕は変わらずに球子と一緒にふざけて遊び、新しい思い出を作り、酷いことをしてしまった相手に対して一緒に謝りに行くはずだ。
「ふんふん、それで?」
「タマっち先輩はどうなってもタマっち先輩だと思うなぁ」
当然ながら杏も同じ思いらしく、幼馴染の言葉になんら思う所は無いようだ。
「勇者の条件、無垢であること、少女であること、心霊と相性がいいこと、神に成ったとしてこれらは保たれるのでしょうか、神であることが勇者になれない条件に当て嵌まったりしないでしょうか」
「あ、そういう事なのね……神様が戦えるとして、それなら今までに直接神様が戦いの場に現れないのは……かなり不自然な気がするわ」
得心を得た様子の千景が小さく頷く。
たしかに言われて見ればその通りだ。神樹様は樹木という形で実際にこの世界に現れ、四国を丸ごと囲む壁を作ったり時を止めたりと神の御業を実際に行える力が有るのに、直接バーテックスと戦わないのは何故なのだろう。何か理由が有って神様は戦う事ができないのだろうか。
「んん~、考えれば考えるとほど解らない事が増えるね」
「人類は神秘に対して無知、だったけ。大社の神官さん達はどこまでの事を知っているんだろうね?」
難しい顔をしながら呟くように言葉を落とす杏。これは勘だが、おそらく大社の神官は公にできないような多くの事を知っている気がする。僕が先日梟笑いの狂人から聞いた話もきっと公にできない事の一部でしかないのだろう。
「戦えなくなる、良くない事かもしれない理由はそれだけでは無いんです」
「なんとなく予想はつくかも」
「そういう話は……ゲームみたいな創作や逸話でもあるけど、実際にもそうなるかも知れないものね」
「ん?」
悲しそうにも見える表情の幼馴染、杏と千景が訳知り顔で重々しく頷く。
「人から外れればもう人には戻れません、戦いが終わっても神のままなんです」
「ん、タマっちにカレーをかけたら何をやってもカレーの匂いなんだよね」
「どういう理解をしてるのか凄く気になるなぁ」
「乃木くんワールドね」
「青葉ちゃんですから」
重々しい表情から一転して苦笑する三人、もしかして馬鹿にされているのだろうか。いや、別に頭の回転が鈍いのは自覚してるので馬鹿だと直接言われたとしても怒りなんて沸かないのだが。
「人が生きたまま神になる、そんな逸話もこの国には数多くあります。ですが、その多くはどんな幸せな過程を経たとしても人の視点から見て不幸な結末に終わってしまう事が多かったんです」
「例えば?」
気を取り直して話を続ける幼馴染に合いの手を挟んでみる。
「そうですね……とても短命だったり」
「すぐに心を壊したり死んだりよりはマシだね」
「う~ん、これは野武士ですね」
溜め息混じりの杏。
「価値観、思考が人から離れて生死に無頓着になってしまったり」
「んん? どう考えたとしても命は一つで生き死になんて平等じゃない?」
「そうなんでしょうけど……たぶんちょっとズレてるわ」
眉尻を下げながらも困ったように笑う千景。
「他者から迫害されたり」
「何事にも報いを。タマっちをイジメるやつがいるなら僕がそいつをイジメるよ、二度とそういう事ができなくなるまでね」
イジメが起こる前に阻止するのがきっと最善なのだろうがそう上手くいかない事もあるだろう、僕はそれを小学生の時にドギーが幼馴染に質の悪いイタズラをした時に学んでいる。
「わぁ、すっごい本気を感じる」
「そうなのかも知れないけど……やっぱりズレてるわ」
「イジメはいけませんよ青葉ちゃん」
語気が強くなった幼馴染、何故僕は叱られたのか。イジメなんてやるやつが悪いだろうに、やるからにはやられる覚悟をしておけと声を大にして言いたいが、反論したら余計に幼馴染が怒る気がしたので口を噤む。
「おぃーっす、やっと居残り補習終わったぞ」
「あっ、タマっち」
落ち着いた空気だった資料室に響き渡るハツラツとした声に出入口へと振り替えればやりきった表情の球子。昨晩、テレビを見ながらそのままうっかり寝こけてしまって宿題をやり忘れてしまっていたためにに課された補習を終わらせて来たらしい。
「結構時間掛かったね、若姉さんは?」
「あー、忘れた宿題の倍の量の問題解かされたからな。若葉のやつはまだ教室で大社の人と演説の原稿を打ち合わせてたぞ、まだもう少し掛かるんじゃないか?」
言いながら皆で集まってる長机まで歩み寄り、そのまま備品のパイプ椅子にひょいと腰を降ろす球子。
姉の演説、テロ騒ぎがあった元旦の演舞以来公の場に姿を見せていない勇者の皆を案ずる声が四国に増えてきたらしく、そんな人達を安心させるために近い内に記者を丸亀城に呼んで勇者の皆を代表である姉が演説する計画があるのだ。
「それで、穢れについての調べ物は進んだのか?」
「うーん、あんまりかなぁ。理解できた事がちょっと増えたらそれ以上の解らない事がが増えちゃったかも」
「なんだそりゃ? まぁ、わかった事だけでも教えてくれよ」
杏の言葉に大きく首を傾げて眉をしかめる球子。
「ん、もしもタマっちがカレー臭でも僕達は友達だって感じだね」
「はぁ? 加齢臭? 何言ってんだ、誰か翻訳してくれ」
なにやら激しく困惑の表情を見せた球子が三人に対して順に視線を巡らせるが、三人はそれぞれ苦笑するだけだった。
「カレー臭でイジメられたとしても僕がそいつをイジメ返すよ、タマっちをやられっぱなしになんかさせやしないさ」
「加齢臭でイジメられるようなツラい老年期を過ごすつもりは無いぞ」
「んん? 老年期? そんな未来の話はしてないよ?」
「それじゃあなんだ、タマが既に加齢臭だってか。鼻がおかしくなったんじゃないのか?」
「え? タマっちもうカレー臭……神になりかけてるの?」
「そうか、青葉のおかしい部分は頭か」
突然失礼な事を真顔で言い始めた球子、馬鹿と言われるのは仕方無いと自分でも思ってはいるが、頭がおかしいと言われるのはなかなか心に刺さるものがある。
「急にヘタレ顔すんな、今日はいつも以上にワケわからんな」
「えっとねタマっち先輩、つまり──」
もしや、話が噛み合って無いのかなと思い始めた頃に苦笑していただけの杏が口を開き、それに続いた幼馴染と千景も球子に今の僕と球子のやり取りを詳細に説明し始める。
「青葉、言い方。お前なんでそれで国語だけ成績良いんだよ」
「感覚で答えが解るからかな?」
三人の説明が終われば僕に変なモノを見るような視線を送る球子。返事を返せば盛大に溜め息を吐かれた。
「それで、さっき説明の中で少し言ってた『神様に場所を移動してもらう』ってのが気になったんだけどさ、それっぽい感じで穢れにどっか行ってもらうってのはできないのか?」
気を取り直したように話題を変える球子。その内容に穢れを実際に姉から移されていて、それを隠していたい僕はドキリとしてしまう。
「神様に祀られている社を移動して頂く、遷宮というものがあります」
「せんぐう?」
「おっ、もしかしてイケる感じか?」
苦笑ばかりだった幼馴染が一度表情を引き締めて講義のように話を始め、球子が期待を感じさせるように机に身を乗り出す。
「遷座とも言うのですが、身近な例えをするなら神様のお引っ越しですね」
古い地から新しい地へ、古い社から新しい社へ、元の場所に神様が在っては都合が良くない時やどうしても新しい場所にその神様が来て欲しい時に行われる事らしい。
先程は皆の事を御神体と例えたが、今回は穢れという神性が腰を落ち着ける社と例えたら解りやすいのかもしれない。
「居心地の悪い場所や気に入らない場所に連れていかれたとして、それからずっとその場所で過ごすことになるとして、毎日を機嫌良く過ごせるでしょうか?」
しかも、自分の意思ではその場所から移動する事ができませんと締め括りながらそれぞれの顔を見回す幼馴染。
「ん~~……公衆便所に軟禁される感じなのかな、そうだとしたら機嫌悪いどころか毎日ストレスで何かに怒ってそうな気がする」
「嫌な例えだけど納得だな」
うへぇ、と嫌な顔をしながらも頷く球子。
「お引っ越しした先がそれほど悪くない場所だとしても、今いる場所がこれ以上無いほどにお気に入りの場所だったとしてもどうでしょう」
「そうね……きっと、いえ、絶対に元の場所に戻りたいと願うと思うわ」
一瞬だけ目が合った千景が強く言い切る、それほどまでに確信を持っているのだろう。
「皆さんに憑いているであろうとされている穢れ、それは切札によって降ろされた神霊のいわば分身です。そして、降ろされた神霊は皆さんのそれぞれと相性が良かったがために降ろせたはずです」
「うん、鍛練の一環でしていた瞑想の時になぜだかフワッと『あっ、力を借りれる』って感じれた相手だけを降ろせるのが切札だから、これがきっと相性が良いって事なんだと思います」
幼馴染の解説に混じった推測を肯定する杏、それを聞いた幼馴染が一度頷いてから解説を続ける。
「相性が良い相手に呼ばれたから特別に降りてきたのに用が終わったら『もういいよ』と追い出されて何処かへ送られる……かなり失礼ですよね」
「ん、相手が神様じゃなくて普通の人だったとしてもぞんざいな扱いだね、送られた先が居心地良さそうな場所でも色々と気に食わないかも」
「つまり穢れってのはわりとスゴい奴等のくせにタマ達から離れたくない甘えん坊か、どっかのあっぱらぱーみたいな奴等だな」
何故か僕を見ながら鼻で笑う球子。
「そんでさ、穢れがヘソを曲げちまったらどうなるんだ?」
「そうですね、ほんの一例ですが……」
球子の問い掛けに答えようとしながら一度間を明けて皆を見回す幼馴染。
「雷が落ちます」
「まじか」
「マジかよ」
シンクロする僕と球子の『マジか』の声、千景と杏も驚いたようで眼を丸くしてしまっている。神様の意思表示とは加減を知らないのか。
「これは秋田県のとある神社の話なのですが、訳あって社を移動した時に元々社が在った場所に何度も雷が落ちたそうです」
「神様の駄々のこねかたってハンパじゃないな、おっタマげだ」
「人に向かって雷が落ちなかっただけマシなのかな?」
はぁ~、と息を吐きながら目蓋をパチパチと動かす球子、杏も今日何度目かわからない苦笑を見せる。
「慌てて社を元の場所に戻したら落雷はピタリと止んだらしいですよ」
「ある意味……とてもわかりやすいわね」
「常にそれくらいわかりやすくして欲しいなぁ」
「神様には神様の道理が在るようでして、それが人の視点からは奔放な気分屋さんに見えたり嫌な事を全力で拒否するわがままさんに見えたりと、神様という存在の難しさに繋がるんです」
要するに神様はめんどくさい奴等という事か、実際に現在進行形でめんどくささを感じてるだけに納得である
「……と、色々と巫女として学んだ知識を元に解説させていただきましたが、これまでの事が皆さんの穢れに当て嵌まるかは解りません」
「えぇと、たしか『神秘は不定形、数値や法則に当て嵌めれない』だったっけ、神官さんが言ってましたね」
「はい、やってみなければ結局何もかもわからないんです」
「本当に……面倒な存在なのね」
「どう頭を捻っても最終的にはタマ達が体張って試すしかないのな」
この場にいる全員の溜め息が揃う。専門家である大社の神官達が知恵と知識を寄せ合ってもわからない事ばかりなのに、普通の中学生である僕達が集まっても大した事はわからないだろうとは予感していたが、その通りに実際に試してみるまで何もわからないという結果に思考が至ってしまったからだろう。
「んー、せんぐう、神様の引っ越しかぁ……神様ってどんな場所から来てどんな場所に行きたいんだろうね」
「おぉ? 青葉がなんか哲学し始めたぞ」
「そんなに難しそうな事考えちゃうと青葉くんは知恵熱でちゃうんじゃないかな」
もしかして、馬鹿にされてるのだろうか。その知恵熱という使い方は誤用……いや、杏はわかっているがからかうために使ってるのだろう、イタズラっぽい笑顔が僕にそう確信させる。
「どこから来る……あの、少し思い付いたのだけど」
「どうしたんだ相談役」
「なにか名案ですか相談役」
「さすが頼りになりますね相談役」
「賢いね相談役!」
一度空気が弛んだせいなのかぐだぐだし始めた資料室の空気。球子の発言をきっかけに杏と幼馴染も茶目っ気な顔で千景を持ち上げる。もちろん、僕もこのノリに乗る。
「あ、あの……その……切札で呼んだ相手が元々祀られている神社とかに……帰ってもらう感じで遷宮するのはどうかと……相談役は思い……ます」
唐突なノリに包囲されたからかたじろいだ千景、自信無さげに語尾をしぼめながら弱々しくノリに乗る。
「私の場合は七人御先……高知に伝承の元になった戦国武将を祀っている神社があるから……そこに……」
やはり自信無さげに補足する千景。
元々祀られてる場所が在ってその周辺で特に問題らしい問題が起きてないなら、他の場所に行ってもらうよりは大丈夫かもしれないという事だろうか。
「元々いた七人御先と千景産の七人御先で十四人御先か、数の暴力だな……お侍はん、穢れ党と名乗る十四人の賊が暴れて困っているのです、どうかお助けくだせぇ」
腰を低く手を揉み合わせて似非商人な演技を始める球子、時代劇か。
「拙者、一対一を都合十四度繰り返し連勝、数の不利をひっくり返して見せ候う」
「うわ……青葉ならホントにやりそう」
ノリに乗ってすぐさま梯子を外された、球子得意の手のひらひっくり返しを喰らわされたようだ。
「でもどうなんだろう、結構名案に思えたけど元々いたのと移されたので双子みたくなっちゃうのかな? 七人御先だったら十四人が一つの神社に……なんだか窮屈そう」
うーん、と小さく声を出しながら考え込む様子を見せる杏。
「んー、十四ツ子かぁ、やっぱり神様はスケールが大きいね」
「七人御先は……元々の伝承では兄弟でも姉妹でもない他人よ」
十四人の赤の他人が一つの場所に押し込まれる、これが噂のタコ部屋というやつか。
「神様の在り方とは蝋燭に灯した火に似ていると聞いた事があります」
幼馴染が言うには少し触れ合う程度にでも縁ができれば燃え移るように移動し、元々の灯っていた火と新しく燃えた火で二つに増えるように数を増やす事もあるらしい。逆もまた然りで燃える二つの蝋燭を寄せ合えば一つの火にまとまる事もあるとの事。
「んー、神様は一つに纏まる不定形……スライムだね」
「まさかの神様スライム疑惑にはタマも驚きを禁じ得ない」
「たくさんいても一つに纏まって形も自由、神様って省スペースなんですね」
タコ部屋に押し込まれる神様はいないのか。いや、押し込まれてもタコ部屋がタコ部屋として成り立たないだけか。
「それで……帰ってもらうのは結局……どうなのかしら?」
「もしかしたら、新しく社を作ってそこに送るよりは良いのかもしれません」
駄弁りによって宙ぶらりんだった提案の可否を幼馴染に問う千景。前向きな返答に少し表情を明るいものに変えるが、幼馴染が「ですが」と言葉を繋げた事でほんの少しだけ不安を思わせる表情に変える。
「球子さんの輪入道や杏さんの雪女郎を祀る社などがあるのでしょうか?」
「あっ……」
「あー、タマの喚んだ輪入道って人拐いしたり魂抜いてくおっかない妖怪だもんなー。ちょろっとどんな奴なのか調べた事あるけどどこどこの神社でとかってのは知らないな」
「私も、雪女郎がどんな妖怪なのかって調べた事はあるけどどこかの神社で祭神様になってるかとかはわからないなぁ」
幼馴染の言葉に千景がハッとした表情になり、球子と杏が納得したように頷き合う。
「切札の更に奥の手の方、だいだらぼっちは香川で土盛って山作ったり立ち小便して川造ったらしいけどこれはどうなんだ? そこに送っていいものなのか?」
「ん~、小便が流れる所に帰される……適当な場所に送るよりヒドイんじゃないかな?」
「だよな」
「もぅ、二人とも内容が下品だよ」
ちょっと呆れた風な杏。文句は川になるほど盛大な小便をした下品な奴に言って欲しい。
「そういえば、タマっち先輩と青葉くんの話で思い出したけど」
「小便で思い出すってどんな──」
「そっちじゃないよ! んもぅっ!」
球子の茶々入れに強めの語気で返す杏。下ネタが嫌だったようで珍しくちょっとだけ怒ってる素振り。
「タマっち、あうとー」
「……ゴメンチャイ」
「ん、反省の色あり、故にペナルティの腕立て伏せを十回にしてやろうぞ」
「仕方無いな、青葉と半分こして五回だけ腕立て伏せしておくか、連帯責任だぞ」
「まじか」
なんとなくペナルティを申し付けてみたら巻き添えを喰らってしまった。渋々ながらもしっかりと掃除が行き届いている床に手を着けて腕立て伏せを始めようとしている球子の姿と、言い出しっぺの身である事が災いしてしまってこのノリに乗らざるを得ない。
「海よりふかーく」
「ひとーつ」
「本当に腕立て伏せを始めてしまったわ……」
ゆっくりと上下する視界、戸惑いの声を漏らす千景が激しく困惑の表情を見せる。
「反省してまーす」
「ふたーつ」
「それで、杏さんは何を言おうとしてたんですか?」
「えっと、私の切札の雪女郎じゃない方は滋賀県の山が縁の地だったなぁって」
千景の困惑をよそに慣れきった様子で会話を続ける幼馴染と杏。千景がおろおろと僕と球子の腕立て伏せをする姿と平常な幼馴染と杏の間に視線を往き来させる。
「飽きた、後六回頼んだ」
「みーっ……んんっ!?」
「土居さん……自由ね」
「滋賀県は遠いですねぇ」
またも喰らわされた球子の手のひらひっくり返し。これには流石に驚きを隠し切れない。
「私のまだ喚んで無い方は……どこか適当な稲荷神社では駄目なのでしょうね」
「成り立ちが違いますからきっと駄目でしょうね、姿は似てても中身は完全に別物ですし」
「反省する心があるならこの腕立て伏せ、完遂できるはずだぞ……例えタマが背中にのってようが……っ! ってな訳でよっこいしょっと」
「よーっつ!」
裏切りを通り越して妨害まで始めた球子が腕立て伏せをしている僕の背中に腰を降ろす、たしかな負荷が僕の右腕へと集中する。
「うわー、マジかよ。平然と片手腕立てするならまだしも背中に人乗っけて片手腕立てとかやべーな」
「いつーつ!」
「片手で腕立て伏せの時点で……かなり凄いと思うわ」
「青葉くんのせいで感覚が麻痺してるね」
「青葉ちゃんですから」
なにやら見世物にされてる雰囲気、なんだか気恥ずかしいのでもう辞めてしまおうかと動きを止める。
「諦めんなよ、青葉の反省力はその程度か! もっと気合い入れろ!」
「青葉ちゃんはもっと頑張れるはずです!」
「がんばれー」
「むーっつ!」
辞めようかと思ったがこうも応援されてしまえば頑張ってやりきるしかない。
「趣旨が行方不明だわ……」
ふっ、と力が抜けたように笑う千景。趣旨など既にエンジョイでしかない。
「謝罪の言葉が途絶えてるぞ、反省力を高めろ!」
「謝って、謝ってよ青葉くん!」
「ななつめの、ゴメンチャーイ」
謝罪しながらの腕立て伏せ。身体を上下に往復させていると視界の端で資料室の出入口である扉が開き、姿を現した姉が入室しようとしたが僕達を見た瞬間ドアノブを握ったままの姿勢で硬直する。
「…………なんだこれは?」
「あら若葉ちゃん、打ち合わせは終わったんですか?」
「やっぱり……困惑するわよね」
「よし、最後に八つ目のゴメンチャイだ! せーのっ!」
『ゴーメンチャーイ!』
「許します!」
今日も僕らはエンジョイだった。
青葉くん
みんなと一緒に調べもの、なんとなくで字を読んでなんとなくで理解する。部屋の掃除はズボラな癖に汚い場所は嫌い、公衆便所や小便の川は嫌な場所にカウントされる。下ネタの責任を取らされた、え?謝れって?反省してま~す。硬くて太くて血管の浮き出てる脈動するものは健在。許された。樹海で青葉ポジションに接ぎ木→神樹と強い縁が結ばれる→頭にミニマム神樹(たんぽぽ)が遊びにくる、そんな初期プロットは検閲されたのだ。綿毛を散らかしてひなたちゃんに怒られるお茶目な神樹は存在しない、いいね?
若葉さん
その内演説するらしい、大量に文字を記された原稿を暗記しなければいけない罰ゲーム。がんばれリーダー。……えっ?調べものしてたんじゃないのか??なにやってるんだお前達?……あっ、いつもの謎の盛り上がりか。
ひなたちゃん
巫女として学んだ知識を駆使してみんなの調べものをサポート。青葉くんとの付き合いが長いから感覚的な説明を自然と身に付けている、しかし感覚的送信はできるが感覚的受信はあまり得意ではない模様。おなじくスルースキルもちょっと高い。既に青葉くんに乗って上下に動いた過去があるから驚きは無かった。
カレーうどん大明神っち
加齢臭のする年齢になっても青葉くんと友達付き合いがあるという前提の話に違和感なんて無かった。ズッ友だもんな!梯子外したり手のひら返しは得意技。テレビ見てたら寝落ち、ぼんやりし過ぎたとも言うかもしれない。青葉くんフィジカルに感覚狂わされてる。ちゃんと謝れる素直。
杏ちゃん
資料室の住人、戦術を記した本とかをちょっとした読み物感覚で読みあさってる。下ネタはそんなに好きじゃない。あーっ!タマっちが嫌な事言ったぁー!謝って!ほら謝って!嫌な事言ってごめんなさいって謝ってよ青葉くん!許した。
千景ちゃん
御輿に担がれるのは勘弁して欲しい相談役。神様ってめんどう、ステータス表記くらいしっかりして欲しい、すべてのステータスが隠しステータスとかクソゲーだと相談役は思います。私はどんな事があっても"ここ"に帰ってきたい。
神樹
直接戦わないのは別にめんどくさいからサボってる訳ではない。
輪入道
いるだけで迷惑。人拐いとかした。
雪女郎
いるだけで迷惑。溶けたり子供産んだりした。
七人御先
いるだけで迷惑。切腹したりした。
だいだらぼっち
いるだけで迷惑。立ち小便で川つくったりした。
滋賀県のとある山のヤベーやつ
いるだけで迷惑になるだろうけどまだ来てない。よだれで死んだ。
お稲荷さんに似たヤベーやつ
いるだけで迷惑になるだろうけどまだ来てない。ダメ男製造機説がある。
───
勉強会の名目で集まったけど結局遊び始めるノリ
誤字報告ありがとうございます。