乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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68:喰われる感じの……、もしくは肉塊の話

 

『私たち勇者はこれまでも、これからも天敵と戦い続けます! 報いを返すために! これまでに散った者達に報われてもらうために!』

 

 友奈が退院した事により久々に誰も欠ける事無く全員が揃った勇者教室の面々で賑やかに朝食を楽しんでいると、食堂のテレビが一昨日に行われた姉の演説の様子を映し出した。

 

「若葉ちゃんの演説だね。生で見たかったなー」

 

 咀嚼していた白米を飲み下した友奈がテレビの画面を見て残念そうに言葉を漏らす。先の戦闘で両の拳を負傷してしまっていた友奈は治療の為に入院していたのだが、昨日になってようやく退院したのである。

 

「そう大したものでは無かったのだがな、少しかしこまって諳んじた原稿の通りに語っただけだ」

 

 自身の映像を公共の放送で映されてるからか、友達に自身の普段には無い姿への興味を持たれているからなのか、きっと両方の理由で照れの混じる表情で言い切る姉。

 

「いえいえまさかですよ若葉ちゃん、力強く演説する若葉ちゃんはとっても素敵でした」

 

「映像でも迫力あるけど、実際に見ていた時はそれよりももっと迫力ありましたよ」

 

「派手な演出は無かったけど細かい所でめっちゃ凝ってたからな、何て言うか、こう……凄みがあったぞ」

 

 謙遜する姉に対して幼馴染と杏と球子が褒め上げる。姉の頬に少しだけ朱色が差した。

 

「舞台の演出家とか脚本家が協力してくれたって聞いてるわ……納得の仕上がりだったのじゃないかしら」

 

「そーなんだ、いーなー、直接見たかったな~」

 

 千景の言葉に羨ましそうに『見たかった』と繰り返す友奈、その表情はとても残念そうに見えた。

 

「う、うむ……その、あれだ、つまりは私が特別な事をしたのではなくて協力してくれた劇作家の方々が凄かったのだと思う。だから、そんなに持ち上げ無いで欲しい」

 

「一人舞台の主演女優が謙遜すんなよ」

 

「演技派若葉ちゃんです」

 

 頬の朱色を濃くして更に謙遜する姉を更に持ち上げる球子と幼馴染。とうとう姉が完全に照れてしまって口を閉ざす。

 

「テレテレ若葉ちゃんですね、一枚撮っちゃいました」

 

「おっ、舞台の小道具役も映ってるな」

 

 姉の恥じらう顔を機敏な動きでスマホを操作して画像に収める幼馴染。球子が姉をからかっていた流れからそのままの調子でテレビの画面に映されている映像に視線を向けながら口を開く。

 テレビには丸亀城の天守を背景に夕焼けに強く照らされながら生大刀を掲げる凛々しい姉と、強く照らされたが故に濃く浮かび上がった姉の影の中に侍るように膝をついている片袖が垂れ下がった仮面姿の武装した神官が映されていた。

 

「むっ、青葉の事を小道具と言ってくれるな。大社の神官達がどうしても二人でカメラの前に立って欲しいと言うからそうしたが、実はあの構図に今でも納得してないんだ」

 

「復帰はやっ! これがブラコンパワーか」

 

 球子の言葉に食事の箸さえ止まっていた姉が瞬時に再起動を果たし、球子がおののく。

 演出家が施した演出の一つに、たくさんの鏡で西陽を反射させて姉自身が光輝いているのではと感じるほどに照らすという演出があったのだが、更にその演出を利用して作られた濃い影に神官を潜ませるという演出もあった。輝く勇者と影に潜む神官、この差異によって勇者を実際に見えてるよりも心強く感じれるようにとの事らしい。しかし、姉はこのように僕を引き立て役として扱う事が気に食わないでいたようだ。

 

「ん~、僕は気にしてないんだけどね。むしろ、バッチこーいな感じさ」

 

 姉の引き立て役に僕を使う事に対して何も異存は無い。むしろ、四国の人々に安堵してもらおうと演説した姉の言葉に迫力を持たせる一助になれたのならば望むところでもある。僕が僕自身に定めた"姉の力になる"という事をこういった些細な事でも実践していきたいのだ。

 

「この通り本人が嫌がるどころか乗り気だから何も言わなかったがな、正直あれだけは気乗りしなかったな」

 

「んふふ、四国全土にピッカピカでシュパーンな若姉さんを見せれたから満足した」

 

「きっと同じ感情が根源なのに、一つの事でこうも反応が違うのは……なんだか面白いわね」

 

 静かな動作で木製の椀に口を付けていた千景が味噌汁を飲み込むのに喉を動かし、僕と姉を一度だけ交互に見て小さく笑う。その後も皆で他愛ないような話に小さく盛り上がりながらも朝食を楽しんでいるとふと視線を感じ、その気配の元に視線を向けると咀嚼していた口を止めながら何かを思考しているらしき杏と目が合った。そのままなんとなく何を言う事も無く目を合わせ続ける

 

「おうおう、このあっぱら葉め。なにあんずに色目使ってんだー?」

 

 目を合わせたままの僕と杏の横から球子が安いドラマに描写されるチンピラを彷彿させるわざとらしい口調で茶化す。

 

「なんか目が合ったら目を離すきっかけができるまでそのままってたまに有るよね」

 

「なんだ、あんずの魅力にやられちまった結果か。あんずだからな、仕方ない結果だ」

 

 納得したようにやれやれと首を振る球子。

 

「はっ……! もしかしてアンちゃんの目から魅惑のメロメロビームが発射されて──」

 

「されてませんし発射できません。もしも発射できたとしても青葉くんに向かって発射しません」

 

「杏から断固たる拒否の意思を感じるな。青葉はいろいろとアレだがそんなに拒否するほどアレではないと思うのだが」

 

 とっさに思い付いた勢いのまま発言したであろう友奈の発言を言いきる前に全否定する杏、そのやり取りを見てもにょもにょとした感情が湧いているのが表情でまるわかりな姉が首を傾げる。

 

「そのアレな部分が致命傷だろ」

 

「そんなにか!? 青葉のアレな部分はそんなにもダメなのか!?」

 

「あ、青葉ちゃんのアレな部分も含めて青葉ちゃんの良いところでは?」

 

「たしかにアレな部分を含めて青葉くんなのかもしれませんけれど、ダメです」

 

「乃木くんがアレだとしても……ダメな人はもっと際限無くダメだから……まだまともじゃないかしら?」

 

「ぐんちゃん、正気に戻って。ちょっとアレなのとまともなのは両立しないよ」

 

 球子の発言に姉が目を丸くさせ、幼馴染の少し震えた気がした言葉を杏が否定し、前向きな発言と見せかけてダメだと否定してはいない千景に友奈が心配そうな視線を向ける。

 

「ん~……みんなが寄ってたかって僕の事をアレ扱いするこの悲しみ。そもそもアレってなにさ、もっと具体的に言って欲しいな」

 

 よく解らないが悪い部分があるなら治すべきだと思うので詳しく聞いてみる。

 

「アレとしか表現しようが無いな」

 

「そうですね、アレですね」

 

「その……ごめんなさい」

 

「そっかぁ、アレかぁ」

 

 どちらかと言えば僕を庇うような発言をしていた姉と幼馴染が言葉を濁しつつも断言するという器用な事をこなし、一瞬の逡巡ののちに何故か千景に謝罪された。この話題をこのまま続けたら切ない思いしかしない気がしてきたので話題を変えてみようと思う。

 

「んで、結局杏ちゃんはなんで僕を見てたの? もしかして、最近溢れ出してきた僕のダンディズムに──」

 

「おい、そういう所だぞあっぱら葉」

 

 発言の途中に挟まれる球子の呆れた声、僕のダンディズムがダメな所らしい。

 

「えっと、演説する若葉さんと一緒に人前に出る神官役が何で青葉くんだったのかなって考えてて……」

 

「? ……青葉だからだろう? 私と青葉が一緒なのは当然の事だ」

 

「ものの見事に……思考停止ね」

 

 ダンディズムについては一切の反応を示さずに僕を見て考えていた内容を話す杏、それについて姉が考える事など何も無いではないかとキョトンとした表情になる。そして、千景が音の無い溜め息を吐いた。

 

「私も最初はたまたま双子の青葉くんがいたからなんとなくそうなったのかなって思ったんですけど、それだったらなんでわざわざ仮面で顔を隠させたりしたのかなって」

 

「ふむ、何故青葉の顔を隠したか……わからん。演出の都合なのだろうか?」

 

「僕のダンディズムで世間を魅了しないように──」

 

「そういう所だって言ってるだろ、次はペナルティだからな」

 

「三枚目青葉ちゃんです」

 

 僕のダンディズムはペナルティを課されるほどに溢れてきているのか、少し控えねばならないらしい。

 

「それで考えたんですけど、仮面で顔を隠してても勇者である若葉さんの傍にいる隻腕で帯刀している神官姿の人なんて世間ではきっとまず青葉くんを連想すると思うんですよね」

 

「お正月の事件の時に青葉くんも結構話題になってたもんね」

 

「ん、やっぱり僕のダンディズムが世間を賑わせてしまっ──」

 

「おい、ペナルティだあっぱら葉。後で買い出しの荷物持ちに付き合え」

 

 杏の言葉に相槌を打つ友奈の言葉にちょっとふざけてみたら盛大に呆れ返った球子にペナルティを課せられてしまった。喜んでそのペナルティを遂行しよう。

 

「うーむ、ここまでは聞けば納得の内容だ。それで、結局なぜ青葉が私の影に潜まされる役をやらされる事になったんだ?」

 

「多分ですけど……示威行為なんじゃないかなって」

 

「あぁ……そういう事……」

 

 首を傾げていた姉に対してやや自信無さげに杏が答え、その言葉に何を言うでも無く話を聞いていた千景が納得の意を示した。

 

「しいこーい? えーと、つまり?」

 

「あの事件で少し知られた存在になった乃木くんを利用して……私達勇者に危害を加えようとしている奴等に脅しをかけたって伊予島さんは推測したのよ」

 

「へー」

 

 コテンと首を横に倒した友奈に千景が噛み砕いた説明を施す。

 

「演出では勇者である若葉さんの影に武器を持った青葉くんが隠れていたのが『勇者の近くには常に噂の大社忍者が潜んでいるぞ』っていうのを暗示しているんじゃないかなって思ったんです」

 

「えっ! 忍者さんってホントにいるの!? 会ってみたいな」

 

 杏の説明に対して斜め上な興味を示す友奈。

 

「たしかにあんずの言う通り噂のアレはいつもタマ達の近くにいるな」

 

「私会ったこと無いよ。ねぇタマちゃん、今もいるの?」

 

「いるぞ、ほら、そこで呑気に食後のお茶すすってやがる」

 

 僕に向けられる球子の小さくも日々の鍛練で少し硬くなっている指。僕は決して忍者ではないがちょっとふざけるタイミングだと見た。

 

「いえいえ、それがしは草を掻き分けさすらうただの浪人、忍術使いと比べればそこらに生える雑草と同義にござるよ。ニンニン」

 

「忍者にござらぬ?」

 

「ん、ござらぬ。草にござる」

 

「草にござるか」

 

「ござるござる」

 

『ござるー!』

 

「草って……忍者を示す隠語じゃなかったかしら……?」

 

 微笑むような苦笑を見せる千景をよそに僕と友奈の間でなんとなく交わされるハイタッチ、パチンと小気味の良い乾いた音が鳴らされる。そして、ハイタッチした自分のその手を一度まじまじと見詰めた友奈が笑顔を花開かせた。

 

「えへへ、ハイタッチしても痛くない、高嶋友奈完全復活にござる!」

 

「おめでとうにござる!」

 

『ござるー!』

 

 再度声を合わせながらのハイタッチ。まだ激しい鍛練は禁じられているものの医者が驚く程の回復力で早期に癒えた友奈の両拳、痛みがないまま自由に手を使える事を自覚し、それが嬉しいのか友奈がニコニコとしながら両手を閉じては開くと繰り返して動かす。

 

「久々の感覚派空間だな。それはさておき、青葉である理由も影に潜ませた理由も言われればなんとなく納得できるが、仮面で顔を隠させたのは何故なんだ? 仮面の中身が青葉だと容易く推測できるのならば仮面など不要ではないのか?」

 

 一度ほっこりと笑った姉が杏に向き直って問いを重ねる。それに対して杏は「あまり自信の無い推測ですが」と前置きして言葉を繋げた。

 

「顔を隠している事より大社の紋様が印されているのが重要だったんじゃないかと」

 

「大社の紋様か……すまないがもう少し詳しく説明して欲しい」

 

「もしかして……ヘイト管理……?」

 

 杏の言葉に少しの間考え込んだ姉が更なる説明を求め、千景がおずおずと自信を感じさせない話し方で問う。

 

「ヘイト管理っていうのがどういうものかはわからないのでなんとも言えませんが、注目を青葉くんから離させるって意味なら多分私の推測と一緒だと思います」

 

「やっぱり……そうなのね」

 

「む? むむ? 青葉を演出に使っておきながら青葉から注目を離させる? むぅ?」

 

 杏と千景がなにやら通じ合い、姉は残念ながら理解が少しだけ及ばなかったのか首をしきりにひねる。僕は最初から理解するつもりはあまり無かったので首をひねるまでも無く、球子と友奈も同じだったようでござるござると言いながら食後の予定について話し合っている。ちなみに幼馴染は何を気にした様子もなく人数分のお茶を急須から注いで食後のお茶のお代わりを用意していた。

 

「ある意味では特殊な立ち位置であるとはいえ普通の中学生の青葉くんが武器を持ってる事に世間では不信感を感じてる人もいるらしいですから、大社の紋様が印された仮面と神官姿で大社の存在をアピールして『大社忍者は大社の所属、これは大社がやらせてる事ですよ』って感じで青葉くん個人に不信感を向けさせないようにしてるんじゃないかなって」

 

「ん? なんか今まで色々あったけど基本的に僕がやると決めたからやっただけだけど?」

 

「ややこしくなるから青葉くんはお茶飲んでて」

 

 杏の説明に口を挟んでみたら遠回しに『黙ってて』と言われた。ちょっと切ないが言われた通りに幼馴染が用意してくれたお茶のお代わりをすする。

 

「ふむ、だいたい解った。そう言う事だったんだな」

 

「本当に理解したのか……疑わしいセリフだわ」

 

 力強く頷いた姉に胡乱な視線を送る千景。

 

「何を言う、つまりは大社は青葉が好きって事だろう」

 

「……うん、そうですね」

 

「……それで、いいんじゃないかしら」

 

 姉の断言に疲れたように笑いながら息を吐いた杏と千景。

 

「……はっ! ってことは大社は僕のみなぎるダンディズムの虜──」

 

「よーしよし、学習しないあっぱら葉への追加のペナルティは荷物持ちついでに同行者全員をエスコートする事だ」

 

「ナイトでダーリンな青葉くんがもう一度だね」

 

 思い付きでふざけてみれば球子から重ねて課されるペナルティ、それを聞いて友奈が面白そうに笑う。

 

「友奈と千景も買い出し行くんだろ? 青葉がなんかやって楽しませてくれるらしいぞ」

 

「うん、もちろん!」

 

「……私は……その……」

 

 語尾に疑問符を付けてはいるものの確定事項を確認するかのような口振りの球子、それに元気良く応える友奈とは対称的な千景のまごついた雰囲気に球子と友奈が意外そうな顔を向ける。

 

「なんだ、何かあったのか? 青葉を殴れば良いのか?」

 

「もしかして、どこか調子良くないの?」

 

「どちらでも……無いのだけど……」

 

 軽い調子で斜め上な発言をする球子と案ずるように声の調子が少しだけ下がった友奈、対する千景の様子は煮え切らないものだ。

 もしや、千景のこの外出に乗り気では無い様子は、この前のお見舞いに行った帰り道に確信した『人のいる所で何かが怖い』という思いの影響なのだろうか。そうだとすると、それについて『何も知らないでいて欲しい』と言っていた千景にとってこの乗り気では無い理由を訊ねられている状況は好ましくない事態なのではないだろうか、知らないでいて欲しい対象が僕だけではなくてここにいる他の皆も含まれているかもしれないからだ。

 千景が嫌な思いをして欲しくない僕が、千景が何かを怖がっていると少しだけ知っている身としてどうするべきかと必死に思考を回し始めた瞬間、友奈が一切の躊躇を感じさせない早さで行動に移る。

 

「じゃあ行こうよ、きっと楽しいよ」

 

「……うん」

 

 まごついたまま困ったような表情を浮かべ千景の両手を治りたての両手で包み、前向きと形容する他無い笑顔を咲かせた友奈。勢いに押されたのか、それとも友奈の前向きさが千景に伝播したのか、友奈に釣られるようにはにかんだ千景が頷いた。

 僕が一瞬だけ必死に思考を回したのは全くもっていらない事だったようだ。

 

「ぐんちゃんもナイトでダーリンな青葉くんツアーに参加けってーい!」

 

「ナイト? ダーリン?」

 

 友奈の嬉しそうな宣言に千景が首を傾げる、単語二つだけの情報では理解も何も無いのだろう。

 

「いやいや、それがしは草にござる」

 

「お忍びな騎士の旦那様?」

 

 千景の脳内ではどんな科学反応があったのか非常に気になるところではあるが、先ほどのまごついていた時の千景とは違うゆるやかに微笑む姿を見るとどうでも良くなった。笑えているのならそれで良いと思う。

 

「しっかし世間ではこのあっぱらぱーが大社の闇な部分の凄腕忍者って噂されてんだもんな、闇って言葉に謝った方がいいとタマは思うぞ」

 

 深く深く息を吐きながらやれやれと言わんばかりの表情を見せる球子。

 

「忍者にござらぬよ、草にござる」

 

「青葉くんは草にらしきござるよ」

 

「そのネタ随分と引っ張るな、気に入ったのか」

 

『ござるー!』

 

「しまった、共鳴している感覚派に挟まれちまった! しばらくぶりだから油断してた!」

 

 友奈と二人で球子に手のひらを向けてぐるぐると回す、十秒も回してやれば球子も特に理由は無くともテンションが上がってくるだろう。

 

「それで、今の杏の推測はどれくらいの確度であり得る事なんだ?」

 

「状況から見てそういう解釈ができるってだけですから、こうだとしたら反感無く若葉さんも納得できるんじゃないかなって理由付けですよ」

 

「そうか、杏は私の納得仕切れてないモヤモヤを解消させようとしてくれていたのか。気を使わせてしまったか?」

 

「いえ、こういう事を考えるのも面白いですから」

 

 顔を合わせて小さく笑い合う姉と杏の二人。姉の中で燻っていた微妙な感情が落ち着いたようでなによりだ、僕も姉がモヤモヤとしたモノを抱えていた事に気付いてはいたが、自分の拙い弁舌では『僕は何も気にしてない、むしろ楽しんだ』と言うしか思い付かずに解消の手助けになれなくてどうしたものかと考えていたのだ。

 

「へいへーい」

 

 唐突に現れる格闘術の先生、手には空の食器を重ねたトレイ。食堂の何処か僕達の気付かない位置で朝食を摂っていたのだろう。

 

「敢えて言わない方がカッコいいのにそうやって暴こうとするの先生は良くないと思うぜ」

 

「んーふふふ、つまりせんせーは僕のダンディズムに──」

 

「うるせぇ」

 

 短く辛辣な一言。しかし、特に胸に刺さる事はなかった。

 

「的確なタイミングでお馬鹿さんのフリができる方が女子はモテるらしいぞぉ~」

 

 そう言いながらさっさと退散してカウンターに空の食器を下げて食堂から出ていく格闘術の先生。

 

「あーー、うむ、せっかく格闘術の先生が遠回しにだが杏の推測を肯定してくれたのだからそう思っておく事にしよう」

 

「なんだか軽い感じのせいなのか、私は逆に自信無くなってきましたけどね……」

 

 納得したとは口に出しつつも曖昧な表情を浮かべる姉と投げ遣りな苦笑を浮かべる杏。格闘術の先生は軽薄な態度のせいで些細な信用が足りないのだろう。

 

「ござる、そろそろ買い出しに行くでござるぞ」

 

「ござる! バーベキューに必要な物を揃えに行くでごさる!」

 

 姉と杏の話が一段落したのをきっかけにしたのか球子が意気揚々と出発を急かし、満開の笑顔で友奈が応じる。

 

「友奈さんの退院祝いのバーベキュー大会なのに友奈さんも準備する側なんですね」

 

「うん! こういうのは準備している時から既に楽しいからね、皆がお祝いしてくれるって聞いた時から私も準備のお手伝いするって決めてたんだよ」

 

 投げ遣りな苦笑から一転して面白そうに微笑む杏に答える友奈、皆で一緒にイベント事をする時は準備の段階から既に楽しめるというのは僕も大いに同意できる。

 

「買い出し組ではない私達は球子さんの用意してくれたレシピを元に材料の下拵えをしておきますね」

 

「ん? 肉を焼くのに下拵えってあるの?」

 

「おっとぉ、青葉、ばぁべきゅうを侮ったにござるなぁ?」

 

 幼馴染の言葉に疑問を呈してみると横合いからねっとりと粘りつくような口調で言葉を挟む球子、何事かと振り替えってみれば球子が翡翠色の瞳を爛々と輝かせていた。

 

「タマちゃんが本気の顔してる、もしかしてこれが鍋奉行ならぬバーベキュー侍……!?」

 

「タマは、いや、拙者はばぁべきゅう侍。薄っぺらい肉をチマチマ焼くだけのエセバーベキューではなく真のばぁべきゅうをえんじょいする者ぞ」

 

 きっと思い付きであろう友奈の言葉にピクリと反応した球子が不敵な笑みさえ浮かべ始める。面白い、そのノリに見事ノリきってみせよう。

 

「んぬぅ、バーベキュー侍なにするものぞ、肉はきちんと焼けばどれも美味しいではないか」

 

「ふっふっふっ、そんな事を言えるのはこの瞬間までよ、次に貴様が口を開く時は『なにそれメッチャ食べたい』と言うぞ……」

 

 言葉を句切り、不敵な笑みを深めながら焦らすように無言の間を作る球子。沈黙の中で姉と幼馴染と杏の三人がカチャカチャと食器を片付ける音を鳴らして我関せずを態度で示す。

 

「炭火でじっくりと炙った肉の大きな塊を皆で切り分ける、厚切りステーキだ」

 

 まじか、なにそれまじかよ、やべーよ。

 

「んひょ! なにそれメッチャ食べたい! うひょひゃぁ!」

 

「えぇ……乃木くんのテンションが壊れたわ」

 

 皆で炭火を囲んで肉を焼くだけでも楽しいだろうに大きな肉の塊を切り分ける楽しみまで発生させるとはバーベキュー侍恐るべし。しかも、肉もしっかりと下拵えしてるのだからきっと味も格別なのだろう、楽しくて美味しい、実にエンジョイな一時になるのだろう。

 

「塊肉はおさんどんのおばちゃんに頼んで最高のサーロインを卸業者から仕入れてもらってる、後は下拵えするだけだ」

 

 球子の言葉にカウンターの向こうの定位置にいるであろう年嵩の女性に向かって振り向けば素敵な笑顔で親指を立てている姿。そして、直後に立てていた親指を拳ごとひっくり返して床へと向ける。早く食器を片付けなければ地獄に送られるのかもしれない。

 

「エビ、イカ、サザエ、海の幸も用意して貰ってる。もちろん青葉が熱心に食べたがっていた鰹もだ」

 

「おぉ、おぉぉ……タマっちが素敵すぎてやばい。さすがバーベキュー侍、もう心の中のナニかがオーバーフローしそうだよ」

 

 心の中のなナニか、僕はこのナニかを具体的に言葉で表現する術を知らない。しかし、このきっと尊いであろうナニかがどれだけ素晴らしいモノなのかを誰かに伝えたい、表現したい。

 

「そうだろー? タマを、ばぁべきゅう侍を崇めろ」

 

 おもむろに立ち上がり腰に手を当てて胸を張る球子、その小さな体躯ながらも圧倒的な存在感を放つ姿には神々しさすらも感じられる。

 

「あぁ、そっかぁ……これが、畏れ敬うって気持ちなんだ、これが信仰なんだ、神様ってこうやって産まれたんだね」

 

「タマ神ちゃんだね、私も拝んでおこっと」

 

 尊いナニか、きっと畏敬と呼ぶにふさわしい感情を表現するために球子の前に膝をついて頭を垂れればすぐ隣で友奈も同じ体勢になって両手を合わせる。

 

「ほら、ぐんちゃんも」

 

「え……え? …………えぇ…………うん」

 

「ふははははは、タマはスゴいだろう!」

 

 友奈に促されて困惑の後に激しく葛藤していたかのような表情を浮かべていた千景が友奈の隣で控え目に膝をつけば更に調子に乗り始める球子。

 

「ははははは! 拝めばばぁべきゅうが更に美味しくなるでござるぞ!」

 

 際限無くテンションが上昇している球子に頭を垂れ垂れたままチラリと横に視線を向けるとイタズラっぽい笑顔を浮かべている友奈と目が合い、仕掛けるならばこのタイミングだと絡んだ視線で通じ合う。

 

「今だよ! 青葉くん!」

 

「承知、そぉい!」

 

「ははは──ぐはぁっ」

 

 友奈の指示したタイミングで素早く立ち上がって高笑いを続ける球子を手刀で斬り捨てるフリ、斬られたと理解するまで高笑いを続けていた球子が時間差で崩れ落ちるように膝をついた。

 

「何故タマは斬られたのか、まるでわからん」

 

「突然の神殺し……理解が追い付かないわ」

 

「ふっふっふぅ、あのねぐんちゃん、タマ神ちゃんはバーベキューの神様、美味しいお肉の神様なんだよ」

 

「ん、つまりタマ神のお肉もきっと美味しいはず、なら食べなきゃ」

 

「へ? タマ喰われるのか?」

 

 勿論である、この殺生を無駄な行為に終わらせないためにも僕がタマ神を斬ったその瞬間から今回のメインディッシュはタマ肉だと確定しているのだ。

 

「ごめんなさい、説明されてもわからなかったわ」

 

「うわぁぁっ! イヤだ、食べられたくない!」

 

「タマ神よ、今まで同じこと叫びながらも骨付鳥になった鶏達の訴えに耳を傾けた事が在ったにござるか?」

 

「食物連鎖って非情なんだよタマ神ちゃん。だからね、いただきます」

 

 膝をついたまま大袈裟に震えて叫ぶ球子の背後から包むように抱き締める友奈、そのままゆっくりと口を大きく開いて健康的な肌色の柔らかそうな球子の首筋に顔を近付けていく。

 人が神を喰らう、神々の守護なくして人類が安寧を得られぬこの世界において禁忌的でスペクタクルなクライマックスが今、僕の目の前で行われようとしている。

 

 カァンと、鉄の打ち合う音が食堂内の空気を震わせた。

 

 その場の全員がその硬質な音に体を瞬間的に硬直させ、音源の方へと振り向けばカウンターの向こうで泡だらけの手にフライパンとお玉をにぎる年嵩の女性。もしかしなくとも遊んでないで早く食器を片付けろとの合図なのだろう、地獄に送るぞと言わんばかりの恐ろしい眼光が僕達に突き刺さる。

 

「はしゃぎ過ぎたな、さっさと片付けて買い出しに行くか」

 

「ん、そーだね」

 

「バーベキュー楽しみだね!」

 

「この切り替えの早さも……エンジョイなのかしら?」

 

 いいや、ただこれ以上殺気にも似た怒気を向けられるのが嫌なのでさっさと退散したいだけなのである。

 良く晴れた初夏の休日、地獄送りを回避した僕たちは球子主導で買い出しのために街へと繰り出した。




 
 
 
 
 
 
 
ゴッドスレイヤー青葉くん
溢れるダンディズムなど無い。自慢の姉を全四国に見せびらかして満足。なんか……こう……すごくアレなやつ、一言では表現できない例のアレ。忍者という事は否定しているがいずれ人拐いという闇な行いをしようとしてる闇属性。

バーテックススレイヤー若葉さん
弟を蔑ろにされたような気がしてちょっと気に食わなかったけど弟本人がノリノリだったから我慢した。光に照らされて四国民の希望を寄せられる光属性。これからひなたちゃんと一緒にバーベキューの下拵え、包丁の扱いは任せろ!

ひなたちゃん
幼馴染達がたくさんのカメラと聴衆の注目を集めているのを舞台の横から見守ってた。光だろうが闇だろうが幼馴染達が自慢。演出された幼馴染達も様になっていて素敵だけど素のままありのままの幼馴染達も多くの人に知って欲しいなとちょっと思ってる、私の幼馴染達はこんなにも素敵なんです。巫女属性

タマ神っち(非カレー味)
カレーまみれにはなってない、ふざけたノリでガチの神様になってたるか。ばぁべきゅう侍はバーベキューにメッチャこだわる、アウトドア本格派なタマっち。よっしゃ、やるからには最高のバーベキューを教えてやろう……鰹もたべたい?仕方ねぇなぁ、任せタマえよ。友達の願望を叶えてあげる優しいタマっち、マジでリスペクト。最近二人でお見舞いと称して外出してるのよく見かけたし友奈もいるから当然一緒に来ると思ってたけど予測が外れた、さてはオメー何かやらかしたか?殴っとくか?ウォッチングしてる被捕食者属性。

杏ちゃん
あんずはカワイイからメロメロビームなんて発射しなくてもモテるとタマっちが断言しています。はい、金色のふわふわだから路地裏の汚いアイツからモテてます。ついでにアウトローファッションなアイツからもナンパされかけてました。考える事はたのしい。ふわふわ属性。

ゴッドイーター友奈ちゃん
復ッ活ッ!高嶋友奈、復活ッッ!でもまだ完全じゃないから無茶しないでねってお医者さんが言ってた。入院中にはできなかった騒がしくて楽しいノリにテンション上がっちゃう。みんなが退院のお祝いしてくれるってだから更にテンション上がっちゃう。テンション高いから押しが強い。私もお祝いの準備のお手伝いしたい!花満開な笑顔の花属性。

千景ちゃん
『友達』が退院してニコニコ、『友達』と『友達』が一緒に楽しそうで更にニコニコ、でもそのノリはちょっと難しかった。ちょっとのヒントがあれば色々と考えて勇者で一番の頭脳派と同じ答えに至れる。押しに弱い。とてもダメな人を見て育ったのでダメな人の許容範囲が広い。放置してると悪い男に引っ掛かるかもしれない属性。

格闘術の先生
バカの使い方はこれでいいのかスゴく悩んだ。

おさんどんのおばちゃん
台所を取り仕切る人は強い。

───

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