乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
地に堕ちて、頭蓋が割れる。
身の丈を超える分銅に殴られて、全身がひしゃげる。
物理的な衝撃を感じる程の音波に、意識が途絶える。
「また死んだ、また殺された……!」
二体のバーテックスの周囲を飛び交う千景達の一人が忌々し気に顔を歪めて吐き捨てる。攻撃的な感情が爆発するままに突撃を始めてから両手の指の数より遥かに多く死を経験した頃、千景は数多のおぞましい経験によるショックと時間の経過によりある程度の冷静さを取り戻していた。
(私、なんであんなに冷静さを欠いていたのかしら……?)
自身へ抱いた違和感の正体を探るために戦闘を続行しながらも思考を割く千景。自分を切り殺したから、手に残った命を奪う感触が気持ち悪いから、仲間が負傷したから、戦況が不利だから、嫌な事を思い出してしまったから、頼りにしたい仲間が挫けてしまったから、穢れによる精神への影響、要因になりそうな事柄を思い出してその多さに辟易する。
鐘の騒音と衝撃に三人の千景が意識を失い、地に墜ちた。
(伊予島さんに……酷いことを言ってしまったわ。心無い言葉はつらいって、私は知ってたはずなのに……謝らなければいけないわね)
自身を顧みて連鎖的に思い出した挫けた仲間への追い打ちのような仕打ち。きっと心に深く傷をつけてしまっただろうと思い至り、胸中に罪悪感が膨れ上がる。
(そのためには勝って、全員で生還しないと)
気絶した若葉、戦意喪失した杏、仲間を保護するために動けないであろう友奈、この三人が動けない現状で戦えるのは自分だけ。死の記憶と共に蓄積した敵の情報を整理しながら勝利の糸口を探し続ける。そして、切札を行使していても現状ではなにもかもが足りて無いことに気付く。
鐘の衝撃と騒音、同時に四人の千景が墜ちた。
(風と音をやり過ごすだけの機動力が足りない、辛うじて接近できても攻撃力が足りない、せっかく相手の情報を引き出せたのに活かす方法が思い付かない、このまま戦い続けてもただ死に続けるだけ……)
機動力のある若葉も打撃力のある友奈も情報を活かせる知恵のある杏も今は動けない、千景は三人を置いて一人で突出した自身の愚かさに眉をしかめた。
(じり貧ね、このまま消耗し続けたら敗北が目に見えてる……戦いの流れを変える一手が必要だわ)
バーテックスの情報を得れども活かす手を思い付けない千景は思考の方向性を変える、相手をどうにかする手段が無いのならば自分がどうにかなれば良いのではないかと。そして、思い付いた手段が大社より行使を控えるように言われていた二つ目の切札だったのは、超大型との戦闘で凄まじい攻撃力を発揮していた友奈と若葉の姿が強く記憶に残っていたからだろう。
しかし、それだけでは足りないと千景は確信していた。
(今は六人掛かりだからこそバーテックスの周囲を絶えず飛び交って足止めができているのに……七人御先解除してしまえばどちらか片方に掛かりきりになって片方の進行を止められなくなる。それに、最後の一人が抱えてる乃木さんが無防備になる)
戦場から離れた場所にて若葉を抱えて隠れていた千景が気絶したままの若葉の顔を覗き込むが、ぐったりとしままの姿にいつ目を覚ますのかは少しも予測できなかった。
(数を減らさないまま二つ目の切札を切れれば──)
『んー、神様は一つに纏まる不定形……スライムだね』
「──っ!」
行き詰まった思考で半ば投げ遣りに案を思い付いたのと同時に、日常の中で『友達』が口にしていた冗談なのかよくわからない言葉を思い出した千景が息を飲んだ。
切札を解除して精霊が離れていっても少しだけ残った欠片が穢れ、穢れを身に宿していても若葉と友奈と球子は第二の切札を行使できた、穢れとは精霊の欠片で大元と同じ性質を持つ、千景の脳内で過剰書きのように蓄えた知識が浮かんで混ざり合う。
(穢れという第一の精霊の欠片を抱えながら第二の切札で他の精霊を喚ぶことができたなら……一つ目の切札を行使しながら二つ目の切札を行使して一つに纏めれたっておかしくない! ……だけど……)
自身でも衝撃を覚える程の思い付きに至りながらも、即座に懸念事項にも思い至る。それは、穢れ。
この大社の神官さえもが想定していたか怪しい無茶な切札の行使、七人に増えている千景がそれぞれ第二の精霊を降ろしたとして蓄積される穢れはどれ程なのだろうか、仮に先程の杏への心無い言葉を浴びせかけた事に穢れの影響もあったとして戦闘を終えた後の自分はどうなっているのだろうかと千景は強烈な不安を覚える。
生じた不安に迷いが生まれ、それによって生じた行動の遅れ。
鐘に五人の千景が落とされた。
(できるの? そんな事ができるの? できたとして私はどうなるの? 勝てたとしても……私は正気でいられるの? その先で私は笑えるの?)
突撃を開始してから初め六人中五人落とされた動揺も、思い付きの案が成功するか否かの不安も、自分がどうなるかという恐怖も、千景は一つの決意で捩じ伏せる。
──何があっても生き抜くって、言って欲しいんだ
──私は生きるわ
千景と『友達』とのやくそく。
(どうなるにせよやらなきゃここで全部終わる! 勝って、生きて、帰る!)
勝たねば皆死ぬ。自分も、四国の人々も、仲間も、帰りを待ってくれる『友達』も、かつて四国外遠征の時に見つけた地下街のように化物に喰われて皆死ぬ。
そんな事は許せないと、千景の心が燃えた。
勇者、郡千景は騒がしい土居球子の事を好ましく思っている。煩わしい事も多いが『お前も楽しめ』と気に掛けられるのは悪い気がしないからだ。
勇者、郡千景は賢い伊予島杏の事を好ましく思っている。教養に富んだ杏との会話は身になる事が多いし、戦いの中で勝機を見出だす機転の良さは素直に尊敬できるからだ。
勇者、郡千景は大人びた上里ひなたを好ましく思っている。周囲の人間によく気を配り、悪いことを悪いと窘められる姿に当たり前のようで難しい人としての正しさを感じるからだ。
勇者、郡千景は強い乃木若葉を妬ましく思っている。幼い時分に天災で多くを失っても支え合える大切な存在が二人もいたから、妬ましく思いながらも羨んで、前を向き続けているその生き様に憧れた。
勇者、郡千景は無邪気な高嶋友奈が好きだ。誰に対しても分け隔てなく優しさを向ける無垢な心の美しさが尊く感じるからだ。そんな美しい存在が自分を対等に『友達』と呼んでくれるのがうれしいからだ。
少女、郡千景はクラスメイトの男子である乃木青葉と一緒にいたい。力強くも優しい手に安心感を覚えるからだ。朝焼けと宵闇の溶け合う夜明けの瞳が"勇者"でもなく"いんらんの娘"でもなく、純粋に千景という存在を認めて見据えてくれるのを感じるからだ。
皆を死なせたくない、ここで終われない。それだけの思いで千景は戦える。
七人七ヶ所の千景が吼えた。
「来なさい、玉藻の前!」
千景がその身に降ろしたのは玉藻の前、心惑わす美貌と妖術で国を滅ぼさんとした"国くずし"の大妖怪。その力を借りて七人御先の力によって発現した装束に重なるように優美な羽衣と毛皮の腰飾りが千景を飾る。
七人の千景がそれぞれ強力な精霊を降ろす、そんな無茶な切札の行使に成功した事を喜ぶ間も惜しいとバーテックスを囲んでいた六人の千景が第二の切札を行使した瞬間に本能で知った力を振るう。
「あああああぁぁぁぁっ!!」
叫びながら空中を払うように腕を振り、細長くチロチロと燃える火の玉、狐火と呼ばれるそれをバーテックス達に目掛けて射出した。そして、着弾と同時に狐火が瞬時に膨れ上がり、バーテックス達を包みながら樹海の空を焦がすほどに激しく燃焼させる。
球子の輪入道の力を借りた全身全霊の一撃を彷彿させるような超火力、狐火を放った本人である千景さえもがその熱と光に怯み顔を腕で庇う。これほどの威力を直撃させたのだから戦況を動かす一手になるだろうと、狐火を放って虚脱感に蝕まれる体を気合いで支えつつ千景は光に眩んだ眼を細めながら火の中にいるバーテックス達を睨んだ。
「…………うそ……」
火柱の中で天秤型が回転し、風が巻き上がる。
風に火柱が散り、煤けた体を申し訳程度に欠けさせたバーテックス達が焼かれる前と同じ挙動で動き出す。
牛型の鐘が鳴り、意識を失った一人の千景が回転し続ける天秤型の分銅に掬い上げるように殴り飛ばされて消滅した。
(あれだけの火力で焼いたのに焦げただけ……!?)
驚愕と動揺を抱えながらも攻撃を回避するために動き出す千景達。しかし、その動きに先程までの軽やかにバーテックス達の周囲を跳び回る精彩は無く、体に鉛を巻き付けられたかのように鈍重さで走り回るばかりだった。
「身体が……重い……!」
七人の千景がそれぞれ降ろした強力な精霊、七倍の強力な切札、七倍の手数による七倍の消費と疲労、それを負担するは千景という一人の人間。ただそれだけの単純な話だが、疲労によって思考さえも鈍くなってしまっている千景は訳も解らずに走り回って回避行動を続ける。
切れる息、笑う膝、大鎌を握ることさえ苦痛に感じる脱力、肉体的な限界が近いことが嫌でも解らせられる状態に千景は逆転の一手が失敗に終わり、勝機を失くした事を悟る。
だが、それはあくまでもこの戦場に千景しかいなければの話だ。
「……ぐっ……耳が痛い…………酷い耳鳴りだ」
「乃木さん! 意識が戻ったの!?」
戦場から離れた場所で七人に増えた中で唯一戦闘に参加していなかった千景に保護されていた若葉が意識を取り戻す。
「誰かが叫んだ気がしたのだが……千景か?」
千景の腕に抱かれていた若葉ゆっくりと眼を開き苦痛を堪える表情を見せる。
「む?……いかんな、自分の声さえまともに聴こえない。耳を完全にやられたようだ」
「え? …………えぇ? えぇぇ……」
眉間に皺を寄せながらも自身の負傷の具合を確認しつつ千景の腕から離れてのそりと立ち上がる若葉。そんなリーダーの自己申告に状態の悪さを知った千景が愕然とした声を放ち、直後に肩を回したり屈伸したりと元気に体の調子を確かめ始めた噛み合わなさに困惑し、引いた。
「すまない、どうやら戦闘を始めて早々に落とされて負担をかけてしまっていたようだな。もう大丈夫だ、耳以外は万全、復帰できる」
「ふざけないで! 耳をやられていて万全なんて有り得ないでしょう!」
気絶から目を覚ましたばかりで早々に戦闘へと復帰するとあっけらかんに告げる若葉に呆れや心配などが複雑に混ざった感情が瞬時に沸いた千景が叱りつける。
「ッ! ……声を張らないでくれ、かなり響く」
「~~~~っ!」
叱りつけてなおあっけらかんと振る舞う若葉に苛立ちを募らせて更に叱りつけかけた千景だが、相手が耳を負傷しているのならばそれは良くないと思いとどまってスマホを取り出して荒々しく文字を入力し始める。
『ふざけないで、それが万全な訳ないでしょう』
『なに、ものすごく聴こえにくいだけで何も聞こえない訳じゃない。他の部位に負傷はないし大丈夫だろう』
『若葉ちゃん目が覚めたの』
千景が勢い余って入力した文字をクラスメイト達皆で作ったグループチャットに送信すると、若葉も律儀に送信し返して通知に気付いた友奈もチャットに参加し始める。
『それで、戦況はどうなんだ? 目が覚めたばかりで解っている事は千景がいつもとは違う切り札を使っているという事しか解らないんだ』
スマホに文字を入力しながらも千景を見る若葉は千景の装束がいつもとは違う事から切札の事を察していたが、それ以外は申告の通り何も解っていないのだ。
『今のすっごい火はぐんちゃんのだったんだね』
『簡潔にでも説明が欲しい』
『牛型の鐘は音響兵器、やじろべえ型は鈍器使いでそれを振り回して暴風を発生させる、近付けないし遠距離攻撃も風で払われる』
叱りつけたのを軽く流された挙げ句説明を求められた千景が諦めにも似た思いで集めた情報を簡潔に三行で説明、それをスマホから読み取った若葉が眉間を揉みながら「完封しにきてるな」と小さく呟いてスマホを操作する。
『策をくれ杏』
策に困ったら取り敢えず杏に聞くと言わんばかりに送信されたチャットだが、待てども返信が無いことに若葉が首を傾げる。
『ごめんなさい』
「ん?」
やや間を置いてから返されたチャット、謝罪だけが記されたそれに若葉が首を傾げて千景は察しろというのは無理かと思いつつ頭を抱えた。
『自分の作戦を信じれません、無理です。そんなの提案できません』
「んん?」
更に間を置いてから続けられたチャットに傾け首を更に傾ける若葉がキョトンとした表情でスマホを操作する。
『信じられなくても構わん、私が信じる』
『ごめんなさい』
若葉の前のめりな思考が見え隠れする文言に再度返された謝罪。
『そうか、それならば私は勝つまでひたすら突撃するしかないな』
「……ぇえぇぇ………」
聴覚をやられて気絶した直後なのにさも当然のように戦おうとしている挙げ句、若葉自身は事実を言っただけなのであろうが文言だけでのやり取りでは察するのが難しいとはいえ心挫けてる相手に自分を人質にするかのようなチャットに千景はまたも引いた。ドン引きした。
「…………ふむ、仕方あるまい」
「本当に突撃するつもりなのね」
しばらく間を置いても返らないチャットに若葉が指で顎を撫でながらスマホを腰のホルダーにしまい、膝を曲げて伸ばしてと屈伸運動をして体をほぐし始める。そんな様子を見ていた千景の心に得も言えない乾いた感情が芽生えた。
「よし、行くか」
六人の千景とバーテックスの争う場に向かって若葉が走り出そうとした時、作戦を記された杏からのチャットの通知音がスマホから鳴らされた。
─────
チャットを介して説明された作戦を開始する直前、千景は瞳に戦意を輝かせながら呼吸を整えていた若葉に両手を伸ばして捕まえていた。
「千景?」
今日既に一度見たキョトンとした表情を見せる若葉の顔を挟むように両耳を覆う華奢な手、何を言っても耳を負傷しているのでまともに聞こえないと解っているが千景は顔を向き合わせて口を開く。
「今から貴女の耳に幻術をかけるわ、何も感じなくなる幻術を」
人が失神するほどの騒音と衝撃によって若葉は鼓膜が破れているのだろうと素人知識ながらも当りをつけていた千景、ゲーム等の創作物でそのような状態では耳に感じる全てが苦痛になると知っていたが故に麻酔変わりに自身の力を応用したのだ。
「…………む」
「本当は敵を撹乱するための術よ、長く効果が有るものではないわ」
顔には出さずにはいたものの意識を取り戻してから微かな空気の動きすら耳で苦痛を感じていた若葉だが、突然耳に強風の音のような耳鳴りや痛みを感じなくなった事に眼を剥く。
「良い? この作戦、貴女が鍵よ。貴女が失敗すればその後の全てに支障がでるわ、まかり間違ってまた墜ちれば今度こそ伊予島さんの心も完全に折れてしまうかもしれない」
「…………」
辛うじて聴こえてた僅かな音さえも幻術に遮断されて何も聴こえなくなってる状態の若葉に千景は言葉を一方的に掛け続ける。
「絶対に成功させなさい、さもなくば全滅よ。私達だけじゃなくて四国の全てが、貴女の大切な幼馴染と半身も死ぬわ。そんな事は貴女も許せないでしょう」
向き合い続ける二人の視線、一方的な言葉、負傷している耳を麻痺させるという目的を果たしたのに届くはずのない言葉を投げ掛け続ける自分に妙な間抜けさを感じた千景が若葉の耳から手を離そうとして──若葉のハッキリとした硬さを感じる手を優しく重ね合わされる。
「千景の手は、あたたかいな」
「──っ!」
何も感じないはずの耳で温もりを感じるとのたまい、千景にとって既視感のあるぽやりとした笑みを浮かべる若葉。
「やさしく、面倒見の良い手だ。酔った青葉がこの手を好きだと言った気持ちがよくわかる」
「~~~~~~ッッ!!」
手を重ねられたまま身動きが取れなかった千景の頬に熱が集まる。
「何も聴こえなかったが、私を激励してくれたのだろう? 任せろ、大丈夫だ。私が大丈夫と言ったからには大丈夫だ。青葉が保証する」
強い輝きの紫水晶で千景を見据える若葉、何故かいたたまれなくなった千景が眼をそらして逃げるように後ずさった。
時を同じくして友奈と杏が身を隠している場所にて、友奈は過剰なほどに深呼吸を繰り返している杏へと心配を隠さない視線を送っていた。
「 …… ……」
「大丈夫?」
何が、とは明確に言わない友奈。心の負担、作戦の中に組み込まれた杏の第二の切札、激しく緊張感しているのが見てとれる姿、様々な事に不安を感じているが故に漠然としか訊ねる事ができないでいたのだ。
「だ、大丈夫のはずです。勇者システムの起動、できましたし」
「……でも」
「それに、あのままだったら絶対若葉さんが突撃を始めて大変な事になってたでしょうし……」
チャットのやり取りで『あ、これはホントに突撃する奴だ』と今までの若葉の猪武者ぶりで悟った杏。そうなれば何の戦果も得られずにまた墜とされて最悪の場合そのまま死んでしまうと予測し、そんな事をさせるならば自信の持てない作戦でもまだ勝利の可能性があるだろうと渋々ながら作戦の提案をしたのだ。そして、その作戦を実行するためには自身の切札が不可欠だったのだが、作戦を提案したからには自身の役割を果たさねばならないという責任感で杏は再び勇者装束を纏えるだけの精神状態に復帰したのである。
「そっか、でも辛かったら言ってね、そしたら後は私達がなんとかするから。私達は助け合えるんだから!」
「はい、ありがとうございます」
心に残り続ける自身の提案した作戦への不信、それでも提案したからには頑張らなればと強迫観念にもにた思いを抱えていた杏だが、自信に満ちた様子の友奈より前向きな言葉で励まされでほんの少しだけ心が軽くなるのを感じた。
(私達は助け合える、助け合えるなら、まずは私ができる事をして助けなきゃ)
決意を胸に、責任を果たすために杏はその身に精霊を降ろす。
「力を貸して……大百足!」
杏がその身に降ろしたのは三上山の大百足、龍神を力で脅し、その縄張りを荒らしては龍神の眷属達を拐っていた"神脅し"の大妖怪。神さえ恐れる禍々しい力を表すかのような毒々しい装飾の胸甲が杏の心臓を守るように、もしくは拘束するように現れ、杏の弩の神具が刺々しい装飾を発生させながら弩砲と呼べる程に巨大化する。
「作戦を始めます」
「うん!」
不安も恐怖も変わらずに抱えたまま戦意を取り戻す事ができた杏の宣言に友奈が離れた場所で作戦開始の合図を待つ二人にチャットを送ってスマホの通知音を鳴らして振動させる。
「合図か、頼むぞ千景」
合図を受け取った若葉が千景に視線を送り、同じく合図を受け取った千景が熱を感じる頬を叩いて冷ました後に頷いて返した。
「行きます!」
作戦の初手、隠れていた物陰から飛び出した杏が弩砲と化した神具の照準を回転し続ける天秤型に合わせる。大百足の"神を脅した"という謂れの通りに矢を射出して力を振るう前から切札の力が発揮され、天秤型を不可視の圧力で締め付けて回転の勢いを著しく低下させる。
「風が弱くなった……行けるわ!」
作戦の説明時から何度も命を落としながらもバーテックス達の足止めを続けていた六人の千景達が天秤型の弱体化を確認。その情報は自分自身である離れた場所で待機していた七人目の千景に一切の齟齬なく伝えられる。そして、作戦通りに事が進んでいることを共に待機している若葉に頷いて伝えればすぐさま若葉は第一の切札を行使しながらその場で高く跳び上がった。
勇者の脚力で高く跳んで戦場を俯瞰し、位置関係を完全に把握する若葉。上昇する力が途切れて重力に従って落下し始めると、膝を曲げて脚を畳みながら前傾姿勢になりつつ背を丸めて体勢を整える。
「行くぞぉ!」
「行きなさいっ!」
若葉と千景の声が揃う。野球のバッターのように大鎌を振った千景、落下してきた若葉がその柄を踏むと同時にバネのように体を真っ直ぐ伸ばして天秤型目掛けて矢の様に空中を突き抜けて行く。若葉が狙うは細長い体の先端から垂れ下がる分銅を吊るす鎖、回転しながら分銅を振り回して発生させる風を封じるための重要な一手である。
音の無い世界の中で肌に感じる風に乗り、体勢を変えて軌道を調整した若葉が生大刀を抜いて構える。
「獲った!」
一閃、疾風のような斬撃が千景の狐火に焼かれて微小ながらもひび割れた箇所に食い込み、硬質な快音を樹海に響かせながら振り抜かれる。鎖が断ち斬られた事によって慣性に従い飛んでいく分銅、回転の最中に突如左右のバランスが崩されて勢いよく傾いていく天秤型、回転は止まり暴風は収められた。
「まだまだぁ!」
天秤型の暴風を止める、それがこの作戦において若葉の役割であり実際にそれは果たされたのだが、開戦早々に気絶して仲間に負担を掛けてしまったと思っている若葉は更なる戦果によって仲間に報いようと追撃の手を打つ。
「大天狗ッ!」
鎖を断ち斬った勢いのまま空中を滑って天秤型から離れていく若葉、それまで身に降ろしていた第一の切札である源義経の力を解除してすぐさま第二の切札である大天狗をその身に降ろす。変化する装束、羽織と首巻き姿から山伏装束で翼を背負う姿に。
「うおおあぁぁぁっ!」
自身の肺腑が震えるほどの叫びを上げながら翼を羽ばたかせて慣性に対して鋭角に空中を跳ねる若葉、狙うは今しがた断ち斬った分銅を繋ぐ鎖の反対側、若葉は天秤型から完全に攻撃手段を奪う目論見で生大刀を振るった。
一閃、迅雷のような斬撃が分銅を繋ぐ鎖を荒々しく断ち砕く。今この瞬間、若葉は天秤型を丸裸も同然に追い込んだ。
「 …… ……」
そんな若葉の暴れぶりを天秤型に照準を向けながら見ていた杏が深呼吸を繰り返しながら作戦を次の段階へと進ませる。
弩砲の照準を倒れいく天秤型から牛型へ、"神脅し"による不可視の束縛で縛りつける。鈍重だった動きが更に遅くなり、ほぼ制止させられた状態へ。
「 …… ……」
この作戦においての杏の役割は若葉が天秤の分銅を落とすための補佐とどうあっても近付けない牛型の鐘を破壊する事、深呼吸によって最大限研ぎ澄まされた集中の中で杏は弩砲の照準を鐘に定める。
「 …… …… 捉えた……」
自身の役割を果たせる事を確信しながら杏は細い指で引き金を引き絞る、指に感じた軽い感触とは裏腹に全身に感じる射撃の強烈な反動。狙いは違わずに弩砲の矢は発射とほぼ同時に鐘へと突き刺さり呪毒で侵し、ぐずりと鐘を崩れさせる。そして、その破片が牛型の頭上に落ちて牛型の本体にまで呪毒を伝播させる。
「 …… ……ふぅ……」
役割を果たした安堵に息を吐きながら勇者の力によって強化された視力で戦場を見回す杏、見えたのは当初の予定を上回って戦果を上げた若葉がだめ押しに天秤型に蹴りを見舞って完全に転倒させる姿、破片を浴びて呪毒に侵された牛型が頭部からひび割れながら黒い煙を発生させる姿、そして、そんな牛型目掛けて樹海の大地から飛び上がった友奈の姿だった。
「しゅーてーんー……童子ぃ!」
作戦の開始と同時に牛型へと全速力で接近していた友奈の役割は単純明快、杏が音を封じた牛型を全力で殴って破壊する事。牛型に取り付こうと高く飛び上がった友奈は呪毒にひび割れた部分に気付いてこれ幸いにと牛型を駆け上がって鐘のあった場所へ。
「勇者ぁぁーー、ハンマーーッ!」
振り上げた両の拳を並べて全力で振り下ろし、ひび割れが一番激しい気がした箇所に叩き付ける。友奈の手を包む鬼の手を模した手甲が牛型の呪毒に侵された箇所を砕いて大きく陥没させ、散らばった呪毒に侵された破片が更に牛型を蝕む。
「ハンマーーッ! ハンマーーッ! ハンマーーッ! ハンマーーッ! ハンマーーッ! ────」
執拗に振り落とされる友奈の両拳が牛型の巨体を粉砕し続ける、砕いては破片で呪毒を拡げ、呪毒でひび割れて脆くなった部位を更に砕く。友奈が牛型を砕き切るのはもはや時間の問題だった。
「ハァ……ハァ……作戦は、八割成功……後は私ね」
友奈に砕かれ続ける牛型を尻目に六人の自分が待機する目の前に転倒してきた天秤型を睨む千景、役割は若葉が追い込んだ天秤型にとどめを刺す事。
バーテックス達を引き付け続けて消耗した体力に些かの不安を抱える千景だが、打ち合わせ以上に天秤型を追い込む事に成功した若葉に負けていられないと余力を振り絞って奮起する。
「さっきは二体に対して三と三で火を分けた結果風に払われたけど……倒れて身動きの取れないあなたに六の火が耐えられるかしら?」
酷薄な笑みを浮かべながら挑発的に言葉を投げ掛けた千景が腕を振り、樹海の大地に倒れ伏す天秤型へと狐火を灯らせる。
ちろりと六つの細い火玉が天秤型を舐めた瞬間、その細長い体躯を呑み込むように膨れ上がって火柱を発生させる。しかし、空まで焦がすような火力に包まれた天秤型だが、それでもまだ動けるのか悲鳴のように熱に軋む音を鳴らしながら身を起こそうと動き始める。
「これだけ焼いても……まだ足りないっていうの……!?」
「手を貸すぞ!」
「!?」
全霊を籠めた一撃、それでも尚動き続ける敵。相手が特別しぶといのか自身の攻撃力が足りないのか、千景が自身の目に映る現実に歯噛みした瞬間に頭上から強さを感じる声を掛けられ、直後に目の前で燃え盛る火柱に巨大な火の玉が投げ込まれた。
千景が見上げれば、そこには未だ大天狗をその身に降ろしたままの若葉が片手で耳を押さえながら苦痛を堪えるような笑みを浮かべて千景を見ていた。
「……礼を言うわ…………ありがとう……乃木さん」
聞こえる訳が無い、そう解っていながら呟く千景。
千景の狐火、若葉の火の玉、それらが天秤型を燃やしながら混ざり合い火柱を更に強力な物に変え、空を焦がす程だった火柱が空の向こうの天の果てまで焼き払うような火力に昇華する。
ここまでやってようやく崩れ始めた天秤型の姿に自身の役割を果たせるだろうと喜びと達成感を感じる千景、その耳に常に届いていた牛型を破砕する音が止んだ事に気付いて友奈のいる方へと振り返る。
「トドメのぉーー、勇者パンチぃぃっ!!」
そして、千景が目にしたのは巨体の半分を砕かれて残りの半分を黒く煙らせながらひびを走らせた牛型に対して瓦割りの様に拳を叩き込む友奈の姿。その破壊力に牛型の巨体は砕け散り樹海にその破片を撒き散らす。
牛型は完全に討伐され、友奈の役割は果たされた。
「……勝利ね」
千景が崩壊する牛型から目線を切って未だ燃え盛る火柱の中を見れば起こし掛けた体を完全に崩壊させた天秤型の姿。
天秤も討伐され、千景の役割も果たされた。
そして、その瞬間四国を守るという勇者達全員の役目も果たされた。
若葉さん
ナチュラルボーン野武士、目が覚めて即戦う。ビビるって感情がおまじないで青葉君に流れるからね。本人にそのつもりは無いけど自分を人質にして策を無理矢理献上させた。たっぷり休んだ(気絶)からその分仲間に報いるよ!大暴れ、最高戦力は伊達じゃない。ふやけたようにぽやりと笑えば青葉くんといつも以上に似てた。
杏ちゃん
あっ、私がしっかり作戦練らなきゃリーダーがバーサーカーになっちゃう(悟りの境地)落ち込んでる場合じゃなかったと気付いた。今回の戦闘で射った矢は一本のみ、火傷痕のある女スナイパー。提案した作戦は反撃の隙を与えないハメ殺し戦法、作戦を練る時間があった分容赦ない作戦ができあがってた。第二の切札は三上山の大百足、あんずんは脅しのプロになったのだ。
友奈ちゃん
やる事が解れば一直線、牛型にマウントとってボコボコに殴り潰した。アンちゃんが毒で牛型をぐずぐずにして防御力を下げてくれたので拳は無事。呪毒で脆くなった場所を殴り砕く、飛び散る破片で毒を更に拡げる凶悪コンボ。舞い散る毒破片の中で暴れてたみたいだけど大丈夫なのかって?ただちに人体に影響を与えるようなモノではない、この毒は神を殺すための毒なのだ。
千景ちゃん
今回の戦いでも『友達』とのやくそくを果たせた。第二の切札を発動する時に精霊の名を呼んだ声がリーダーの目覚めのきっかけになった事には気付いてない。リーダーの野武士っぷりに素でドン引き。リーダーのスゴく敏感な場所に手を這わせて怪しい術をかけた。第二の精霊は玉藻の前、お狐コンコン!耳と尻尾は切札を二重発動させる無理をした結果生えてこなかったのかもしれない。単独発動なら生えるのかな?派手に立ち回ってたけと高耐久な七人御先も怪しい術を使える玉藻の前もサポート向きな力、ぐんちゃんは仲間を支える時にこそ輝く。
三上山の大百足
山を七巻半する大きさのヤベー奴。龍神相手に色々やってた。でも最後はヤベー妖怪ハンターに射殺された。神相手に大暴れしてたのに人に退治されてる。実は書き始めの頃コイツのポジションは雪女郎と気象現象繋がりで雷獣さんだった、でもゆゆゆいの方でちょっと……
玉藻の前
いろいろと有名な女狐。力押しはそんなに得意じゃないけど頑張ってた。ぐんちゃんに耳と尻尾を生やしてあざとい系ぐんちゃんを創造できる可能性を秘めてる。
───
誤字報告ありがとうございます