乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
淀みの中にたゆたう精神、幼い頃に酷い風邪を患った夜のような鈍く重たい意識が動き始めた瞬間、寝てる場合ではない、起きろ、護れと意志が発火して目が覚めた。
「球──ん?」
名を呼びながら瞬時に伏していた身を跳ね上げて立ち上がったものの周囲におぞましい景色などなく、整ってはいるものの見覚えのない暗い部屋で清潔なベッドの上に素足で着地する。化物蠢くおぞましい世界から現し世へ、状況を知るために周りに視線を巡らせて見えたのは簡素ながらもしっかりとした造りの棚に載せられた小刀と棒手裏剣の暗器や傷だらけのスマホ、棚に立て掛けられた白鞘、枕元に立っていた黒いヒトガタ、壁際に立ちながら疲れたような顔を晒す人拐い仲間の神官、状況の不明さに思わず傾いた首に視界も傾いた。
「っ…………ここは病院で今は夜ですよ、お静かに」
なにやら驚いた表情を見せながらもすぐに真顔に戻った人拐いの神官に窘められたのでゆっくりと腰を降ろしつつ急いで確認したいことを聞くために口を開く。
「そんな事より球子は」
「土居様は無事です、今は丸亀城に戻られてます」
「化物は」
「今回の襲撃も欠員無く勇者様達が勝利し、四国の防衛は成功しました」
訊ねてみれば質問されると解っていたかのようにすぐさま返される答え。
化物の至近で意識を落とす失態をおかしてしまったがその後の事は皆がどうにかしてくれたらしい、それゆえに僕の命も繋がったのだろう。
「そっか……そっかぁ、みんな無事かぁ」
皆は無事、それを知れただけで心に安堵が満ちて緊張していた肉体と精神が弛む。そのせいか刃を受け止めた背中の傷が急に痛痒くなってきた。
「報告にあった通り危機を越えて真っ先に気に掛けるのは御自身の負傷よりも御友人の事なんですね」
「ん? 何か変ですか?」
「いえ、何も。そんな事より私も至急確認したい事があるのですが」
そちらの質問が終われば今度はこちらの番だと言わんばかりな人拐い神官が疲れた顔を引き締めながら視線を合わせる。いや、もしかしたら僕の目を観察しているのかもしれない。
「若武者様、貴方は正気を保てていますか?」
「この通りですよ?」
質問に人拐い神官の意図が読めないまま答える。頭おかしいとからかわれる事は多いが正気を疑われる事はそんなにないので些か戸惑いを感じてしまう。
「…………勇者様達がバーテックスを退けた直後、一人の老人の心臓が止まりました、その老人とは若武者様にとある企みを持ち掛けた人物です」
「は? ……え?」
「医者が言うには心不全、地震に酷く驚いてしまったのかもしれないとの事です」
困惑、驚愕、唐突に思える共犯を約束した老人の死に言葉が出ない僕をそのままに人拐いの神官が話を続ける。
「ですが、私が思うに死因はまるで違うものです。地震の直前、胸を押さえながらあの老人は何も無い目の前を見て言いました、『鬼か?』と」
「……鬼、物陰から出てきたんだ」
かつて梟笑いの老人が見ていると言っていた幻、物陰から狙う鬼。それがとうとう目の前に現れて命を奪ったのだろうか。
「見えてしまった鬼、鬼を見たタイミング、ショックで止まった心臓、仮説ですがあの老人は穢れを身に溜め過ぎたが故に発狂し、その影響で心臓が止まったではないのでしょうか。そして、そうだとすれば人が死に至るほどの穢れが死したあの老人から離れて同じ形代である若武者様に流れた可能性があるのではないかと」
形代は然るべき方法で処理しなければ穢れを元の場所に戻す。しかし、姉の穢れは僕の元へと来るようにおまじないが施されている。人を呪わば穴二つ、僕と姉に呪いじみたおまじないを施したせいで同じく形代となって穢れを背負った老人達、それらは皆然るべき方法で死ねなかったので唯一残った僕に穢れの全てが押し付けられているのかもしれないと言うことか。
「元々若武者様にあった穢れ、老人達から押し付けられた人が死ぬほどの穢れ……私は若武者様の正気を疑い、狂気に堕ちているならば天の神に捧ぐ生け贄を調達する方法を更に考えなければなりません」
表情を圧し殺しているのか無表情な人拐いの神官から感じる目的のためならなんでもやるであろう強く残酷な意志。
「そうは言われても……幻覚は今回の襲撃よりずっと前から見てるし正気を証明する方法ってどんなのですかね?」
「そんなの私も知りませんよ、私にはお化け云々なんか見えないし頭おかしいと見抜けるような精神科医でもありませんからね」
吐き捨てるような口調の神官、僕にどうしろと言うのか。
「ん~、取り敢えず正気って事で良いと思いますよ」
「そうですか、是非そうであって下さい。若武者様ほどに使いやすそうで荒事をこなせる人材を他に調達するのは中々に手間ですからね」
「調達って? 他に人の当てがあるんですか?」
なんとなく棘を感じる言葉で言いのける神官、本当に他に誰か当てがあるならもしもの事態に備えて手間を惜しまずに共犯者を増やしておいて欲しいと思うので聞いてみる。
「えぇ、まぁ、その場合は説得……いえ、脅迫……も、微妙なので騙す事になりそうですね。そうなると信用のある協力関係を結べないと思われるので選びたい手段では無いです」
「説得も脅迫も通じないから騙すしかない荒事のできる人、なんだかアクの強そうな人ですね」
「はい、義務教育が終わっても本気で特撮ヒーローを目指してたアホでおまけに足も臭いです。あの不良神官嫌いなので関わりたくないんですよね」
すごく聞き覚えのある特徴だ、僕の想像した人物とこの神官のいう当てが同一ならたしかに戦力的には頼もしいが人拐い計画を持ち掛けたならその場で殴り飛ばされそうな気がする。
「さて、受け答えはしっかりしてるし視線や表情の動きにも不審な点が見受けられないので若武者様は正気だと判断させていただきました」
「そうですか……ん?」
もしや、この神官の質問に対してどう答えていようが正気かどうかの判別に余り影響は無かったのだろうか、もしかしたら穢れ云々の話をせずともお見舞いのフリをして適当に話をして判別する事もできたのかもしれない。
「これを返却しておきます、誰かに見られたら弁解に困るだろうと思い隠していた物です」
言いながら神官が懐から出したのはいつも中身の無い左袖に忍ばせていた燃料入りのペットボトルと火種変わりの発煙筒、受け取ってそのまま枕の裏にしまう。
「暗器は棚にあるのに終活セットが無いのはなんでかと思ったら隠してくれてたんですね」
「終活セット……」
神官が言うには心停止した梟笑いの老人がこの病院に運び込まれたのに付き添っていた時に意識を失って運ばれてきた僕に気付き、様子を確認したついでに勇者の皆を含む第三者に形代の事が露見する種になりかねないこれらをこっそり回収していたとの事。
「若姉さんやひなちゃんに見られてたら言い訳に困っただろうし助かりました」
「……でしょうね。まぁ、私も若武者様が正気っぽくて助かりました、発狂していつどんな死に方をするのかわからない状態だったのならば私がそれを使わざるをえませんでしたので」
「……ん?」
真顔で声色を平坦にした神官の言葉に引っ掛かりを覚えて首を傾げる。
「風雲児様に穢れが帰れば四国の未来は明るいモノでは無かったでしょうから」
「あっ」
首に刃物を押し付けられたかのように肝が冷える。化物の至近で意識を落としたあの時、僕は死んでもおかしくなかった。本来ならばあそこまで追い込まれたのなら意識を失う前に僕は僕自身に火を点けてなければなかったのだ。不様の上に失態を重ねる愚かぶり、姉に穢れは帰らず僕も生きてるこの状況は奇跡のような幸運でしかないのだと気付く。
「たしかにそれは阻止したいですね、ホントに生きてて良かった」
「重めなブラックジョークのつもりだったのですがなんとなく齟齬を感じますね」
こっそり終活セットを回収していた本当の理由は僕を焼かざるをえない状況だったら使うためだったというブラックジョークらしい。薄い笑顔で「ジョークの解説をさせられるのは心にキますね」とのたまう神官だが眼が笑ってなかったのは実際に心にキてるからなのか、それとも丸亀城でちょっと怖い話をした時のような雰囲気作りなのか、もしくはジョークというのは誤魔化しで真意が他に有ったからなのか、僕にはわからなかった。
「さて、夜も遅いですし見舞いもそこそこに私はそろそろ帰ろうと思います。実は朝からてんやわんやで疲れててとても眠たいんですよ」
「ん、これお見舞いだったんですね」
ちらりと腕時計を見ながら放たれた神官の言葉にやや戸惑う。正気を疑いつつ人の死を伝えに来るお見舞いだなんてとても斬新ではなかろうか。
「えぇ、勿論。大社の神官が災害と交通事故から勇者様を守って負傷し、入院してしまった御方の無聊を小粋なトークで慰める。至って当然の事で大社の権力を乱用して面会時間を無視してても問題無いのです」
「へーー……ん?」
交通事故? まるで覚えがない。災害とはあの地震の事だろうが交通事故とはいったい何の事なのだろうか、切迫していたあの状況の記憶を振り返っても思い当たる節が無いので無意識の内に首少しだけ傾いていた。
「何か?」
「ん~、なんでもないですよ」
どうにも釈然としない感覚が顔にも出ていたのか怪訝そうな神官に訊ねられるが、眠いと口にする人に説明を求めてこれ以上夜更かしさせるのも悪い気がするので適当に誤魔化した。怪訝そうな表情から真顔に変えて一礼をし、静かな動きで退室した神官を見送った後にゆっくりと思考を回し始める。
意識を失う直前、僕は同時に四つの事態に直面していたはずだ。一つ目は近くにいた球子を認識できなかった事、二つ目は地震、三つ目は突然降り注いだ刃、四つ目が突然現れたバーテックスだ。交通事故から球子を守っただなんて全く以て記憶に無い。
「…………ん~」
ベッドに身を倒し、ただ突っ立っているだけの黒いヒトガタをぼんやりと見ながら思考を深める。今僕が感じてる違和感を捨て置けないと感じるのは千景や球子達皆に感じた違和感が穢れという重要な事柄に繋がっているかも知れないと知ったからだろうか。
地震はまぁわかる、おそらくこれは姉達がバーテックスを撃退する際に神樹様が展開させた結界である樹海にダメージがあったから発生したものだろう。だが、その他がよくわからない。
突然降り注いた刃も今の落ち着いた精神状態ならなんとなくわかる、きっと地震の影響で砕けた落ちてきた建物の窓ガラスを見間違えたのだろう。恥ずかしい話だがあの時の僕は非常に切迫していた、それで鋭いという共通点だけで窓ガラスを刃に見間違えてしまったのだと思う。
目の前にいるはずの球子を認識できないってどういう状態だったのか、触れる事はできたしその場に球子がいなかった訳ではないはず。穢れによる幻覚だろうか、見えないはずのナニかが見えたのならわかるが見えてるはずの誰かを認識できないという事も幻覚で起こりうるのだろうか。
突然現れたバーテックスは単純に襲撃に来ただけだろう、今回も姉達か返り討ちに──なぜ四国を囲む神樹様の結界内に奴等が現れたんだ? 結界の中に奴等は入れないはず。あの時あの場所にバーテックスが現れるのはあり得ないはずだ。
「……あっ…………もしかして」
僕が見たバーテックスはバーテックスではないのかもしれない。その思考にたどり着いた瞬間に得体の知れなかった違和感が答えとして姿を現した。
幻覚。そして、幻覚と現実の区別がついてなかった自分。
よくよく考えれば地震が発生していた時には既に姉達の戦いは終わってバーテックスを返り討ちにした後のはずなのだ、どう考えてもあそこにバーテックスが現れる訳がないのである。それに、戦いの後であるならば時が止まっていた間に姉から僕へと新しく穢れが移り、それによって一時的に頭がおかしくなった僕が激しい幻覚を見ていたとすればタイミング的にも色々と説明がつく。
ガラス片を刃と見間違えたのは幻覚。
球子を認識できなかったのは錯乱してたから。
そして、バーテックス。これは幻覚で車を化物に見間違えたのだろう。今思えば地面を滑るように蛇行する動きは地震にハンドルを取られて事故を起こしそうになっている車のそれだし、鳴らされていたキュルキュルという不気味な高音もタイヤのスリップ音そのものだ。
「そっかぁ……は、はは……ははは……」
納得と同時に変な笑いが臓腑の何処かから滲み出る。簡単な事だったのだ、それこそ目の前に答えがあるも同然に簡単な事だ。
「お前当たり前みたいな雰囲気で突っ立ってるんだもん、この状態がおかしい事に気づかなかったよ」
なにが"今の落ち着いた精神状態"だ、馬鹿らしい。今まで鏡越しにしか見えてかった黒いヒトガタが目の前で鮮明に見えているじゃないか。
穢れを蓄積し始めてから少しずつ見えるようになっていたコイツが実際にそこにいるかのように見えてしまっているのだ、基準としては曖昧だがそれほどの穢れが僕に溜まっているという事なのだろう。
かなり溜まっているであろう穢れ、穢れとは精神を冒す猛毒、僕の精神は多量の毒で壊れてきているのだ。
「物陰から狙う鬼……か。目の前に現れたお前は僕を殺すのかな?」
問い掛けるも答えは帰らず。思い付きと好奇心で黒いヒトガタに手を伸ばすも何かを触る感覚など感じずに黒い胴体を突き抜けた。触れないという事は斬り捨てて解決なんて荒業はできないのだろう。
「僕の果ては発狂かな? 完全に壊れる前に薪拾い……済ませなきゃだね」
このまま穢れを溜め続ければ僕はあの化物蠢くおぞましい幻覚の世界に囚われて戻れなくなるのだろう。それが何時僕の身に訪れるかは解らないがそうなる前に幼馴染達の代わりになる薪を集めておかねばと改めて心に決める。
"幼馴染の笑顔のために"とは僕が僕自身に定めた決まりの一つだ。笑うためには生きてなければならない。死なせてたまるか、天の神にその身を捧げさせてたまるか、迫り来る僕の果てなど些細な問題だ、それまでに護る、これからも幼馴染が笑えるようにしてみせる。絶対にだ。
もう一つの自分に定めた決まり、"姉の力になる"のためにもやり遂げてみせる。姉はかつて『半身を失えば立てない』と言っていた、これは誇張された表現や思い違いではない純然たる事実だろう。だが、姉は立てなくなったとしてもいずれ前を向いて這ってでも進み始める、これも事実だ。そして、姉が前を向けるまでは絶対に幼馴染が支えてくれる、幼馴染がいれば大丈夫だ。
果てるのは僕だけでいい、二人が生きて笑ってくれるなら。
なんて事はない、色々と考え込んでしまったが結局の所今までとさして大きな変化なんてなかったのだ。強いて言うなれば僕は僕が思ってるより頭がおかしくなっていたというだけだ。
モヤモヤとした考え事が一段落し、違和感も解消できたスッキリ感のせいか徐々に目蓋が重たくなってくる。このまま睡魔に任せればゆっくりと十ほど数えるコロには眠りに落ちているだろう。丁度良い、さっさと薪を拾いに行くには背中に感じる縫われているであろう怪我を治さなければと思っていたのだ、沢山休めばその分治りも早まるだろう。
そういえば此処は病院だったか、姉達も戦闘後の検査のために此処にいるのだろうか?
ちらりと浮かんだ疑問の代わりに、意識が沈んだ。
青葉くん
順調に頭おかしくなってきてるし色々言われたり制限時間の近さを感じたけど元気です。まぁなんやかんやあるけど今まで通りなのさ。
人拐い神官
ジジイがいなくなったから大変
梟笑いの狂人
最期になんか見た
黒いヒトガタ
プライベートとかガン無視してる