乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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74:眠れぬ感じの夜、もしくは求める話

 

 眠れないままに夜が更けていく。

 昼間にされたお説教の終盤、病室の硬い床での正座で足が痛くなってきた頃に与えられた釈明の機会にて、千景の様子がおかしかったと説明してからようやく周知された千景の変調。僕が見たままあったがままを説明したところ変調を自覚していなかったらしき千景が首を傾げていたが、ほぼ同じ時に昼食を配膳された皆が食事を終えている程度には時間が経っているのに、食事の前に手を洗い始めた千景が今しがたまで手を流水に浸していたのではと杏が指摘し、時を忘れる程に手を冷やす行為に没頭していた事実に気付いて驚いていた様子だった。そして、この変調を重く受け止めた姉と幼馴染が大社へとすぐに連絡して皆がカウンセリングを受ける事が決められた。

 

『すまない、私を庇ったせいで千景の心に負担をかけてしまった』

 

『いいえ……なんだか今は、大丈夫だから』

 

 とは、人の肉を切り裂いた感触が手から消えなかったと言った千景と、それに対して苦悶の表情で謝った姉のやり取りだ。自分で自分を殺す、そんなあり得てはならない行為が千景に負担をかけてしまい心のバランスを崩してしまっていたのではないかと姉は予想したとの事。

 

『切札、それも本来なら制限されていた強力な精霊を分身しながら七回分を同時に……もともと行使していた分も含めて八回分を同時に切り札を使った事も関係あるかもしれません』

 

 とは、僕が千景の様子を証言していた時から深く思考を巡らせていた様子だった杏が言った言葉だ。穢れを溜めるとされる切札、それの想定されていない無茶な行使方法が通常以上に穢れを発生させて千景の精神に影響を及ぼしている可能性もあると杏は推測しているらしい。

 

「穢れ、か」

 

 暗い病室、ベッドに寝転がりながら自然と口から出ていた呟き。

 あれやこれやと皆で話し合って色々と推測したのだが、自傷行為や穢れ、それ以外にも戦闘による疲労の影響やただぼんやりしていただけ、これらの可能性には全く関係ない別の悩みによる精神の負担などと複数の可能性を列挙されてはいたが、人の心や神秘という目に見えない不確かな物について特に専門家である訳でもない僕達は何一つ答えを見つける事なんてできなかった。

 そう、何一つわからなかった。

 だがしかし、もしも列挙された可能性の中にある穢れの影響だとしたら、これはもしかしたら千景以外の皆にも遠からずの内に違和感どころではないあからさまな異変が発生し始める予兆なのかもしれない。

 

「……はぁ…………」

 

 溜め息を押し殺す事ができなかった。

 姉の穢れを移されている僕も黒いヒトガタが見えてしまっているという影響が発生しているのだ、同じように穢れを溜めている他の皆にも幻覚や幻聴などの症状が出始めてもおかしくないのである。

 戦うという事は、精神に異常をきたしている状態で行えるような簡単な事ではない。きっと、一度影響が出てしまえば苦戦ばかりを強いてくるバーテックスとの戦闘に大きな悪影響を及ぼすだろう。

 

 皆に残されている正気がどれ程かわからない現状、皆を戦いに赴かせるのは最大限避けるべきなのだろう。

 皆をこれ以上戦わせるべきでは無いのだ。

 そのために僕にもできることがある。バーテックス達が攻めて来ないように天の神へ降伏を示す、そのための薪をいち早く集めることだ。

 悠長に怪我が癒えるのを待ってる暇などない。

 

 逸る精神が眠気を奪う。

 蠢く戦意がすぐにでも走り出せと囁く。

 拾うべき薪が何処にあるのかもわからないのに。

 

 薪の在処が解らない、だが、調べる事ができそうな人物に心当たりがあった。梟笑いの老人が僕に薪拾いを持ち掛けた場にいた神官だ。梟笑いの老人が言うにはあの神官は警察からも情報を抜き取れるほどの人物との事、それ程に情報に通ずる人物ならば拾うべき薪の所在地を把握できているかもしれない、それならば教えて貰おうと思い付いてすぐに連絡を取ったのだ。

 

『なるほど、火の用意を急がせなければなりませんね。早目に必要な薪を手元に確保しておいて損はありませんし、明日の朝までには情報を纏めておきます』

 

 とは、電話越しに聞いた神官の声だ。そして、疲れを感じさせるような重たい声でこうも言っていた。

 

『もしも、少しでも世間に若武者様の行いが露見しようものならば、公機関は若武者様を動機不明、目的不明の拉致犯として捜査する事になるでしょう。そうなれば大社は若武者様を庇う事が困難となります』

 

 一度ここで言葉を区切る神官。まぁ、禍根を残さない解決のために一網打尽を狙って捜査している警察組織の努力を無視するような企みなのだ、そういう事もあるだろうと納得。そして、次の言葉を強調するような間を作ってから神官は言葉を繋げた。

 

『失敗とはつまり、風雲児様を含む全ての勇者様、並びに巫女と今後一切の接触ができなくなる事と覚悟して下さい』

 

 大社としては理由があれども悪事を働いた者を無垢な少女である勇者や巫女と会わせる訳にはいかないのだろう。実に解りやすいし、僕もそうなるだろうなとの予想はしていた。

 

『問題無いよ。会えなかろうが、皆が生きて笑える事だけが優先されるべきだからね』

 

 例え人拐いの罪に裁かれようと、その先に皆の笑顔があれば僕の目的は果たされるのだ。例え僕の人拐いが公になって犯罪者だと謗りを受けようが構わない。何事にも報いを、僕の悪事で僕が裁かれればいいだけだ。

 

 何事にも報いを。

 頑張り続けてきた皆は報われるべきなんだ。

 皆の頑張りを死や発狂で終わらせてなるものか。

 

 薪の所在地が解れば明日の夜から焦らず、急いで、一人づつ確実に拐う。皆に守られるだけの日々は今夜で一旦終わりだ、寝て、体力を蓄えなければ。だが──

 

「眠れないなぁ……」

 

 戦意が昂り続けて訪れない眠気。やる気が逸って目が冴えてしまっている事に僕が目指した日常の居合の遠さを自覚してしまう。刃を日常に、平常の精神で刀を振るう。たかが荒事ごときに僕の精神は乱れているらしい。

 

「……まだまだ、未熟かぁ──ん?」

 

 自身の情けなさに辟易しつつ自分の心を誤魔化すように寝返りを打ち、視界に映った違和感に思わず喉から音が漏れた。

 

「お前、何を見てるんだ?」

 

 視界の中にいれば常に僕を見ていた黒いヒトガタ、それが月明かりの入り込む窓から外へと顔らしき部分を向けていたのだ。今までに無かった黒いヒトガタの行動に興味を惹かれ、どうせ眠れないならとベッドから立ち上がって視線を向けているであろう何かを探して外へと目を向けた。

 

 瞬間、虫の知らせのような悪寒。

 直後、眼下を音を殺すように走り病院のエントランスへと侵入した不審な人影。

 直感、敵襲。

 

 こんな外来患者の受け付けてない夜更けに誰が病院に駆け込む、音を殺して走るなんて怪我人や病人ができるか、正当な理由があって病院に来るならば足音を殺す必要なんて無い、正当な理由が無いならば不当な理由か、病院に訪れる不当な理由──大概は碌でもない事だろう、いたずらや盗み、だが、ここには皆が、勇者がいる。

 戦闘後の疲労が残る皆を狙い、天の神の巫女が現れたのかもしれない。

 

「コーー……フーー……」

 

 呼吸深く、意識冷たく、肉体を整える。小刀を袖に、刀を手に、入院着故に棒手裏剣を腰に仕込む事はできないので諦める。隻腕の僕がただでさえ足りない手数を補う為には武装の幅も重要なのだが、持ち歩けない物はどうしようもない。

 

「飛んで火に入る……か、ならば僕が本当の火まで案内してやるさ」

 

 あの不審者が天の神の巫女という確証は無いが、怪しすぎるアレの目的はどのみち碌でもない事のはずだ。もしも、勇者である皆と僕しかいないこの階に足を踏み入れるのならば問答無用で無力化する他無い。

 武装を整えたついでに、もしも、本当に荒事が発生したのならばすぐさま共犯者の神官か格闘術の先生と連絡が取れるようにスマホの電源を入れて懐に仕込む。画面が起動して複数の着信通知が表示されたが、今は構っている暇はない。

 

「コーー……フーー……」

 

 繰り返し、深い呼吸。これより先、事を終えるまで精神を乱す不様は許されない。

 意を決する──などという事はなく、ただ在るがままの精神にて静かに引戸を開いて暗い廊下へと身を滑らせた。

 

「コーー……フーー……」

 

 耳を澄ませる、非常口へと誘う深い緑色の灯りが足元を照らすだけの廊下に音などなく、この階にいる皆はとうに寝静まっている事が解る。ほんの一瞬、皆を起こして避難させようかと迷ったが、そうするとあの不審者が本当に天の神の巫女だった場合に身柄を拘束できても自然な流れとして警察を呼ばざるをえなくなるので保留にする。あれが天の神の巫女ならば、拘束してすぐに共犯者の神官へと引き渡したいのだ。

 

「コーー……フーー……」

 

 廊下の突き当たりにあるエレベーターの表示灯へと視線を向けて確認、『1F』と表示されたまま動かないのを把握しつつもう一度耳を澄ませる。

 神経を研ぎ澄ませ、深く深く聴力に集中。階段の方向から放たれている違和感しか感じない音を捉える、消灯時間を過ぎて静まりかえっている病院だからこそこの音を捉える事ができたのだろう。

 音と音の間隔が狭い奇妙な低音の振動、スリッパで廊下を擦るのではなく、スニーカーの靴底で廊下を鳴らすのでもなく、ましてや革靴で廊下を叩くのでもない絨毯の上を踏むかのような静かな足音。なにか靴の裏に厚い布でも挟んでいるのだろうか。そんな足音を殺しながらの早足での移動、看護師がそんな事をする必要はないはずだ。この足音の主が先程の不審者なのだろう。

 

「……コーー……」

 

 廊下と階段の繋がる箇所の手前に移動して息を潜める。不審者がこのままこの階を通り越して過ぎ去っていくならば良し、追う必要はない。だが、この階が目的で廊下に侵入しようものならば即座に制圧しよう。

 階段を登る静かで間隔の狭い足音が近づいてくる。もう、すぐそこまで来ているのようだ。

 

 足音がこの階へと接近し、直後に荒らいでる呼吸音を押し殺しながら廊下へと侵入してくる人影。

 迷いなくこの階へと足を踏み入れるか、やはり目的はこの階だったらしい。

 

「フッ」

 

 肺腑から空気を吐きながら即座に踏み込んで接近、侵入を確認して未だに一秒も経て無いことと暗さ故に詳細な姿を把握できてはいないが、なんとなく女性らしさがわかる細身の体格と、手に微かに発光している何らかの機械が握られていることだけは認識することができた。

 

「ヒュッ!」

 

 肺腑から更に空気を吐きつつ、不審者の手に握られた何らかの機械を払うために鞘に納めたままの白鞘で手首を一切の加減無く叩く。もしかしたら、爆弾の起爆スイッチである可能性があるので優先的に処理しなければならない。

 

「あ゛っむぐ!」

 

 唐突な痛みに反射的な悲鳴を上げようととした不審者だが、開いた口へ即座に鐺と呼ばれる鞘の先端の部分を捩じ込んで声を封じる。払い落とした何らかの機械が床に落ちて小さく軽い音を鳴らした。

 

「騒ぐな、動くな、抵抗するな。そうすればこれ以上の痛みを与える事は無い」

 

 聞き取りやすいようにゆっくり、廊下に声が響かないように静かに、抵抗させないように威圧的に、手に握った白鞘から震えている事がわかる不審者へと告げる。そして、僕の言葉を正しく認識したのか動きを止めた不審者と視線が交わり、ここでようやく闇の中で不審者の顔を認識することができた。

 

「っ──スーー」

 

 対峙した女性、暗がりの中で怯えを見せる眼鏡を掛けた女性は太陽の下で会ったのならただ神経質な印象を受けるだけの女性だったのだろう。そこにいたのは、かつて喫茶店で共にコーヒーを飲んで勇者への憧れを隠さずに熱弁した眼鏡女。

 見えてしまった見知った顔に乱れかけた精神だが、深く呼吸と共に動揺を呑み込む事で平静を保つ。

 

「必要だと判断した行動全ての許可はされている、貴女を拘束して連行させてもらう」

 

 自分でも馴染みを感じない淡々とした冷たく声が溶ける暗闇の廊下、床に落ちた機械の光が僕と眼鏡女を薄く照らしていた。

 

 

 ─────

 

 

 消灯時間を過ぎ、明るい時間帯にはクラスメイト達が集まって賑やかだったのに、今では宵闇と静寂に占拠された物寂しい病室で両手を擦り合わせて熱を求める。

 

 手を冷やし、感覚を鈍らせてもこの感触は消えない。

 きもちわるい。

 

 日中にこの感触が薄れた時、そのきっかけは手が温められた事だった。でも、蛇口が出てくるお湯でいくら温めてもこの感触が薄れる事はなかった。

 きもちわるい。

 

 手を擦り合わせる。何度も、何度も、何度も。

 日中にこの感触を忘れる事ができた時、温めた方法は人のぬくもりだった。だから、自分の肌と肌を擦り合わせて発生させた熱でこの感触を忘れようと試みた。でも、感触が薄れる気配はない。

 きもちわるい。

 

 熱が足りないのかもしれない、温めた時間が足りないのかもしれない。だから、もっと手を擦り合わせ続ける。何度も、何度も、何度も。

 きもちわるい。

 

 眩暈がするほど、きもちわるい。

 きもちわるくて、落ち着かない。

 嘔吐するほどに、きもちわるい。

 きもちわるくて、眠れない。

 

 きもちわるい手が、私を追い詰める手が、疎ましい。

 いっそ、切り落としてしまいたい。

 壁に立て掛けてある大鎌に視線が吸い寄せられた。

 

『千景ちゃんの手は暖かくて好きだなぁ 』

 

 鮮明な思い出から咲いた、優しい声。視線が擦り合わせ続けている両手に落ちる。

 この手は今、私にとって疎ましいけど、それでも私に価値を与えるものかもしれない。

 失いたくない、疎ましくても、私の価値だ。

 

 きもちわるい手を温めるために擦り合わせる。

 何度も、何度も、何度も。摩擦にじりじりとした痛みを覚え始めても、何度も、なんども、なんども。

 それでも、手が熱を帯びていても、きもちわるい。

 

『千景』

 

 記憶の中から、私を呼ぶ声。ふにふにとやわらかくて、ぽやぽやとあたたかい、そんな感触が疎ましいはずの手に一瞬だけ甦った気がした。

 

 自分の熱ではこの気持ち悪い感触は消えないのかもしれない。もしかしたら、あの心が昂るような、落ち着くような、不思議で幸せなぬくもりじゃないと駄目なのかもしれない。

 

 気付けば腰掛けていたベッドから立ち上がっていた体、虚無な夢の中にいるかのような暗い世界が妙にゆっくりと感じる。

 ただぬくもりが欲しくて、しあわせが欲しくて、それを探すために病室から外へ繋がる引戸を開いた。




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
明日にでも開戦する予定だったけど先手を打たれてスニーキングおじゃましますされたから後の先でバイオレンスいらっしゃいませなお迎えして鞘をご馳走してあげたボーイ。刃こそ我が日常、刀在りて我が在り、我在りてこそ業が成る。やろうと思えば首ちょんぱいらっしゃいませ、でもやらない、殺生できない理由がそれなりにあるのだ。

眼鏡女
こんな夜更けになんの用事かな?とても手首が痛い。声が封じられるまで硬くて太いのを口の奥に突っ込まれたせいで苦しい。

千景ちゃん
かーーーっ!こんな夜更けにぬくもりを求めてさまようなんて郡の家の千景どんは卑しか女狐ばい!

黒いヒトガタ
見てる。
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