乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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75:抜刀する感じの青葉、もしくは乞う話

 

 床に落ちて僕と眼鏡女を薄く照らす機械にほんの一瞬だけ視線を落として正体を確認する。もしかしたら爆弾の起爆スイッチかもしれないと思ってたそれは、一見してなんの変哲の無いスマートフォンに見えた。

 一瞬だけ見えたバックライトの薄い液晶に映る『乃木くん(忍者くん)』と表示させる呼び出し中の通話画面に猛烈な違和感を抱く。音を殺してここまで忍び込んでおきながら僕に電話を掛けていたのか、思惑がまるで推測することができずに眉間に皺が寄るのを自覚する。

 最初に要求した『騒ぐな』『動くな』に従って震えるだけの眼鏡女に抵抗の意思はないと見て、ゆっくりと口に捩じ込んでいた鞘を抜いて意図を問う。

 

「目的が見えないね、僕を呼び出して皆から離そうとしたにしてもタイミングがおかしいし……なんのつもりかな?」

 

 数度咳き込む口に手を当てて音を立てないようにしていた眼鏡女、目を伏せながら震える声で静かに口を動かす。

 

「私は、爆弾騒ぎを起こした者達の……仲間です」

 

「天の神の巫女、だね」

 

 僕の相槌に伏せていた目を僕に向けて丸くする眼鏡女。

 

「知ってたんですか……大社の所属なら不思議ではないですね」

 

「それで?」

 

 驚いてる眼鏡女から視線を一瞬だけ離して床のスマホを見て、もう一度眼鏡女へと視線を向けて目的を無言で問う。再度目を伏せた眼鏡女が後ろめたそうに小さく口を開いた。

 

「裏切りました」

 

「ん?」

 

「私は斥候役で、私が合図を出せば爆弾を持った他の天の神の巫女が四人、ここに来ます」

 

「は?」

 

「それを阻止して欲しくて、貴方に連絡を取ろうとしていました」

 

 状況の説明に時間を掛ければ待機している他の巫女に怪しまれかねないと、事のあらましを簡潔に説明する眼鏡女。

 天の神からの神託を受けて勇者達を殺害して降伏の意思を示し、化物達の人類への攻撃を阻止しようとしている巫女達。それらが昨日の地震の後に球子が僕を背負ってこの病院へと駆け込んだのを知り、詳しく情報を探って四人の勇者がここに滞在している事を把握したらしい。襲撃の度に四国へ及ぶ何らかの悪影響、前々回は話題にもならない微小なもの、前回は局所的な竜巻、今回は大規模な地震、飛躍的に大きくなっていくこれらにやり方は違えど"人類のために"と行動する巫女達が焦りを募らせ、この夜襲を行うに至ったらしい。そして、天の神の巫女ではあるが、人類のためにという同じ目的のために戦い続ける勇者達を害する事には否定的だった眼鏡女はこの夜襲を阻止するために今回の人員に紛れ込んだとの事。

 

「説得では、身を捨てる決意をした者達を止める事ができません……それを勇者様達が演舞を披露したあの日に思い知りましたので、説得以外での方法を考えてこうなりました」

 

 歯噛みする面持ちの眼鏡女。

 

「何故僕だったのさ」

 

 仮に眼鏡女の言うことを信じるとして、何故この夜襲を阻止する方法が裏切りと僕への協力要請というまわりくどい方法だったのか、警察に通報するなり大社に連絡するなりの方法が確実な方法に思える故に、眼鏡女の言動が不自然に感じるので問い詰める。

 

「この夜襲が決まってから今に至るまでの時間が短過ぎた上に、一人になれる隙が無かったのでタイミングが無かったんです。ようやく一人になれたのがこの侵入を始める瞬間だったので警察に通報しても間に合わないかと……」

 

「……へぇ」

 

「それに……その……」

 

 これまでは達者に口を回していた眼鏡女が言い淀む。そして、少しの間を空けてから躊躇いがちに言葉を続けた。

 

「大社を信用できなかったので……」

 

 僕に連絡を取ろうとしたのは状況の中で限られた選択肢の中でもっともマシに思われたからという事か。しかし、何故"人類のために"という目的だけは一緒のはずの大社が信用できないのか。

 

「それはその、大社は神道、つまりは神秘の類の専門家のような集団のはずなのに貴方ほど"のせて"しまっている人を対処せずに放置し、更にはハエ取り紙のように扱っているのか勇者様達の傍にいさせる歪さがどうにも悪どく見えてしまって……」

 

「……ん?」

 

 つまりはどういう事か。ハエ取り紙に例えられたみたいだが馬鹿にされた雰囲気ではないし、どちらかと言えば僕がどうこうと言うよりは大社を胡散臭く思っているのが解りはする。それは兎も角として、選択肢が限られていた眼鏡女は勇者である皆を害したくないが為に僕を頼ろうとしていた事がわかった。

 

「で、結局のところ僕にどうして欲しいのさ。攻めてきた奴等を殺せって言うならお断りだよ」

 

 僕には殺生できない理由がある。殺しは穢れを産んで僕に纏わりついて正気を削るだろうし、巫女達はしかるべき時と場所で焼かれて貰わねばならない。それに、政府が発行したなんか凄い許可証があるとは言え法的にも多分アウトだ。巫女達がここに現れるならば生け捕りしたいが、邪魔をするというならばこの眼鏡女からどうにかしなければならないだろう。

 

「可能な限り穏便に、巫女達を止めて欲しいです」

 

 震える声で懇願する眼鏡女。爆弾なんて物を抱えて殺しにくる元仲間を死なせずに止めてくれと言うのか、面倒くさい立場で面倒くさい事を言うとは面倒くさい人だなと思う。しかし、その面倒くさい事は元より僕の目的でもあり、眼鏡女の思惑と一致する事でもある。あるが、問題点が一つ思い浮かぶ。この眼鏡女の言った言葉を何処から何処まで信用すべきかが解らないのだ。

 この眼鏡女は深夜の病院に忍び込んでくるという現れ方から既に怪しいのだ、そんな相手の言葉をどう信用できようか。もしかしたら、僕から逃れるためにこの場しのぎの嘘を並べてるだけかもしれないし、元々僕に見付かるのさえも予定通りで僕をこの場から離すのが目的の可能性もある。この場に知恵者である杏でもいればまた違う可能性を考慮したりできるのかもしれないが、勇者の皆を天の神の巫女と名乗る相手に接触させる訳にもいかない。自分の頭で判断しなければならない。

 

「…………」

「…………」

 

 無言のまま視線を交差させ続けて深呼吸二つ、考えは纏まった。

 

「今から貴女は人質だ。貴女は僕に脅されて残る全員をエレベーターで上がってくるように指示し、僕は貴方に刃を突き付けてエレベーターの出口前で待ち伏せる」

 

 そして、巫女達をエレベーター中に封じ、もしもの事があっても皆に危害が無い状態で巫女達と対峙する。

 僕は眼鏡女の言葉を信じるが、眼鏡女そのものは信じないで行動すると判断したのだ。

 

「脅され……? そんな事されなくても呼び出せと言われればそうしま──っ!」

 

 首を小さく傾げた眼鏡女に見せ付けるようにゆっくりと抜刀すると、言葉を詰まらせて息をのむ姿を見せられる。

 

「殺生はお断りだけどそれ以外ならなんでもする、人質、不意打ち、騙し討ち、それだけの話さ」

 

 言いながら、刀を突き付ける。

 想定するのはエレベーターという狭い密室で僕一人対爆弾をもった四人。不利すぎるこの状況でも僕の目的を果たすべく思い付いた事全てを実行しなければならない。そのために、眼鏡女には少々ながら手荒い目にあって貰わなければならなくなったのである。

 

 

 ─────

 

 

 エレベーターの表示灯が示す数字が均等な間隔で増えていく。この数字がこの階数に合わさり、目の前の鉄扉が開かれれば自身の命を捨てている四人の爆弾魔と対峙する事になるだろう。両手を上げさせている眼鏡女に抜き身の刀を突き付けながら一度だけ深く深呼吸し、その瞬間を待つ。

 

 表示灯がこの階を示し、鉄扉が無機質にゆっくりと開かれた。

 

「なっ!」

「えっ……!?」

 

「動くな、騒ぐな、さもなくばこの首を落とす。その後に騒いだ順で斬り捨てる」

 

 対面した四人の巫女、内訳としては僕と年のそう変わらないであろう女子が二人と年上に見える女性が二人。口を開いて驚きの声を発したのは二人だけだが、共通して目を見開いた顔を見せていた四人に対して警告する。予測していた事態の内の一つである"相手も爆弾をひけらかして脅してくる"という事は無く、確認したそれぞれの手に起爆スイッチと思われるような機械を持ってる様子も無い。想定していた最悪一歩手前である"誰かが指先を少し動かすだけでこの場全員が死傷する"という状況では無いらしい。ちなみに、想定していた最悪は"対面した瞬間に爆破される"だが、こうならないかどうかは完全に賭けだった。賭けだったが、巫女達にとってもそれは自分達の目的を果たせない犬死になるであろうから勝率は高いとは思っていた。

 

「……あっ、ぅあっ! 大社忍じ──」

 

「きゃぃん!」

 

 驚いた表情で声も出さずに呆けていた一人が唐突にパニックに陥ったかのように動き出す。動きやすさを重視していたのか地味なジャージ姿だったその女子が慌てた様子で手を動かして自身のポケットに手を入れようとして──頬を掠めた刃物に身を強張らせて硬直し、そのまま腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 

「動くな、騒ぐな、そう言ったはずだよ」

 

「お、お尻が……」

 

 刃物を握っていたのは、刀を突いたのは僕だ。ジャージ女子が声を絞り出した瞬間、僕は突き付けていた刀を握り直しつつ眼鏡女の尻を蹴り飛ばしてエレベーターの内部に押し込み、踏み込みながらの突きをジャージ女子の頬に掠めさせ、脅しによってだまらせたのだ。

 ギリギリだった、何をポケットから取り出そうとしたのかまでは解らないが、爆弾のスイッチだったら折角の有利が覆されるかもしれなかった。とても焦りはしたが、混乱に陥りかけたジャージ女子を黙らせる事ができて胸中で軽く安堵した。

 ひとまずの危機を越えた事を把握しつつ、今しがた蹴り飛ばしてうつ伏せに転ばせた眼鏡女の背中を軽く踏んで動きを封じる。

 

「次は容赦なんて無い、今度こそ斬り捨て……斬り……ふんっ……斬り捨てる」

 

 僕は僕自身が自覚したよりも焦っていたらしい。勢い余ってエレベーターの内壁に突き立てられた刀が完全に刺さってしまい、ちょっとやそっとの引っ張る力では抜けなくなってしまった。抜くために踏ん張ってしまえば足の下にいる眼鏡女が大変な事になってしまうだろうと内心で盛大に舌打ちしつつ、刀の回収を一旦諦めてこれ以上隙を晒さないように袖に隠していた小刀を抜く。

 長くはないが短くもない隙を晒していたが、巫女達は金属製の壁を貫いた僕の刀に唖然とした様子で動く気配が無かったのが幸運だった。

 

「全員僕の間合いの中にいる、身動きの気配を察知すれば動かそうとした部位を切り落とす」

 

 全員が壁に刺さったままの刀に注目している中での宣言。エレベーター内部という何処に誰が立っていても間合いに捉える事のできる狭い密室。僕のみが既に得物を抜いている優位性。そして、これまで巫女達の動きを観察して推察できた判断の遅さと訓練や鍛練を経験してないであろう脆弱さによって暴力による脅迫がとても有効だと判断したのだ。

 日々繰り返してきた居合という"日常"が、姉が『すごいな』と褒めてくれるのが嬉しくて練り上げた"武"が、武装しているとはいえ女性を脅すための"暴力"となる。必要な事とはいえ自らの行いに心がひび割れるような得体の知れない感情が膨らむ。

 

「貴女達を拘束する、拒否権は与えない」

 

 視線で巫女達を威圧しつつ、背後でエレベーターの鉄扉が閉じる音を耳にした。

 行き先ボタンに触れてないのに勝手に下降していくエレベーター、操作しなければ一階に戻る仕様なのだろう。図らずも爆弾を所持している一団と皆を離す事ができているようだ。

 

「あ、あの、話し合い、しませんか?」

 

 より相手の動きを制限するために四人で輪になるように手でも繋がせようかと思考するのと同時に、巫女達の中で唯一栗色の髪をした女性が真っ直ぐに僕を見据えながら震える声で口を動かした。

 

「……四人で輪になるように手を繋げ」

 

 栗毛女の発言を無視して要求を押し付ける。この薪拾いを失敗する訳にはいかない僕には余裕が無いのだ、成功するために少しでも多くの優位性を確保したいがために欠片の揺るぎもなく相手に不利を与え続けなければならない。時間稼ぎなのか言葉で僕を惑わすつもりだったのかは解らないが相手側の要求に乗るわけにはいかない。

 

「繋げば話し合いを──」

 

「繋げ。二度も同じ事を言わせないで欲しい」

 

 食い下がる栗毛女に小刀の鋒を向けて強い口調で要求する。すると、栗毛女が他の三人を見回してからへたり込んだままのジャージ女子の隣に屈んで手を握り、もう片方の手を立ったままな二人の内、年少のおさげを三つ編みにした女子へと向けて頷く。促されるままに手を握った三つ編み女子が躊躇いがちな動きで最後に残ったそばかす女の手を握ると同時にジャージ女子の空いていた手も握られて輪が完成し、簡易的過ぎるが動きの制限をさせる事ができた。

 

「今繋いだ手を離せばその手を手首から斬り落とす」

 

 更なる脅しの言葉を吐き、直後に小刀を口に咥えて急いで懐のスマホを操作する。ホーム画面にあるアイコンをタップして即座に発信される通話の呼び出し、電話を掛けたのは僕の目の前にいる巫女達の資料を纏める作業をしているであろう神官。こちらの状況を把握すれば都合の良い行動に移るであろうと期待し『呼び出し中』の表示が『通話中』に切り替わったのを確認して小刀に持ち直す。

 

「今から貴女達を連行しに大社の人員がここに来る、それまで大人しくしていてもらうよ」

 

「わかりました。抵抗してもどうにもならなさそうなのは目に見えてるので従います。なので、それまでお話しましょう」

 

 再三、話がしたいと繰り返す栗毛女。この状況を会話で覆せるとでも思っているのだろうか、だとしたらかなり図太い心根をしているのだろう。

 

「話す事なんて何も無い。僕が貴女達を捕まえて貴女達は大社に連行される、それだけだ」

 

 恐らくは共犯者の神官が巫女達の身柄を引き取りに来るだろう、それまでにより状況を確固たるものにするためには何が必要かと思考しながら言い放つ。すると、栗毛女が尚も僕を真っ直ぐに見据えながら震える言葉を紡いだ。

 

「……なぜ私達を捕まえるんですか?」

 

 この栗毛女は何を言っているのか、自分達は爆弾騒ぎを起こした一味の癖に捕まるような事は何もしていないとでも考えているのか。無性に腹が立つ。

 

「んぎゅ」

 

「っ……」

 

 苛立ちによって眼鏡女を押さえていた足に力を籠めてしまったらしく、足元から蛙を握り潰したような声を聞く。精神の乱れを自覚し、鼻で深く呼吸をしつつ足から力を抜く。

 

「お前達が何者で何をしようとしていたのかをよく考えてから口を開けよ」

 

「私達は天の神の巫女で、勇者様達を殺害しようとしてました」

 

「ちょっ、そんな刺激するような事……」

 

 つい口からこぼしてしまった悪態にまたも栗毛女が言葉を返し、焦った様子が解りやすいそばかす女が小声で諌める。だが、栗毛女はひたすらに僕を見据えたまま懲りずに口を動かした。

 

「なぜ、貴方は私達を手っ取り早く殺傷して排除するのではなく、危険だと理解している複数の相手と狭い密室に入ってまで捕まえようとしているんですか?」

 

 この声に、震えは無かった。

 栗毛女の怯えなんてない真っ直ぐな視線が僕に絡み付く。

 

「貴女は私達を殺さない、いえ、痛め付ける事も最大限避けている」

 

 そうであって欲しいという希望的観測やそうして欲しいという願望による言葉ではなく、確信したように言葉を放つ栗毛女。

 なんだこいつは、何を根拠にそんな強気になれるのか。得体の知れなさが、真っ直ぐな視線を向けてくる深い瞳が、僕の精神に揺さぶりをかけてくる。

 

「……口を閉じろ、僕には必要とされる行為が政府から許可されている。つまり、暴力を許可されているんだ」

 

 これ以上この栗毛女に喋らせては優位性を覆されると思考が警鐘を鳴らし、黙らせるために小刀の鋒を向けて脅迫する。

 

「最初にこの子がパニックになって爆弾のスイッチを出そうとした時に貴方は殺せるのに殺さなかった、脅しても痛め付ける事はしなかった」

 

「……黙れ」

 

「貴方が踏んで押さえつけてるその人にも負担を掛けすぎないようにしている、力を入れてしまってもすぐに力を抜いて苦痛を与えないようにしている」

 

「黙れ」

 

「きっと、私がこの手を離しても貴方は手首を斬り落とさない」

 

「黙れ!」

 

 狭い密室に僕の声が響き、栗毛女以外が肩をビクリと動かしておののく。そして、そんな様子を目に写してようやく栗毛女に気圧されて語気を荒らげた自分に気付いた。

 

「貴方は私達を殺さない理由がある、だから殺さないんですね」

 

「……いいや、殺す。ここでは殺さないというだけで別の場所で殺す」

 

 僕が"薪拾い"をするのは幼馴染を死なせないためだ。薪は燃やして燃料にするからこそ薪で、僕が薪と称している天の神の巫女もいずれ然るべき方法で燃えて貰わねばならない。人を薪にして燃やすのだ、これを殺すと言わずなんと言うのか。

 

 僕はこの人達を殺すのだ。

 

「やっぱり、ここで殺せない理由があるんですね」

 

「……チッ」

 

 挑発に乗せられてやり込められたようだ、自身の迂闊さに普段ならばしないはずの舌打ちが鳴る。

 真っ直ぐな視線、深い瞳、落ち着いた態度、栗毛女の全てが無性に腹立たしい。なぜこの女は僕の精神をこんなにも的確に揺さぶれるのか。

 

「私達も貴方を殺そうだなんてしません、私達は殺しが目的で勇者様達を害そうとしているのではないんです、殺しがしたい訳じゃないんです。だから、少しだけ落ち着いて話を聞いて貰えませんか?」

 

「お前達の話なんて知った事じゃない」

 

 僕は僕の都合で彼女達を捕まえて薪にするのだ、彼女達の都合に合わせてられる余裕など無い。話をしたところで何も変わる事なんて無いのだ

 

「私達の目的は世界中で殺戮を繰り返した化物を地上に降ろした天の神への降伏です」

 

 知った事じゃない、確かにそう言ったはずなのに僕を視線で射抜きながら口を動かして朗々と言葉を紡ぎ始める栗毛女。そばかす女がギョッとした表情で栗毛女を見てから「ハァ」と投げ遣りな溜め息を吐いた。

 

「いえ、降伏だけだと語弊がありますね。降伏によって容赦を願い、人類の滅びを回避する事です」

 

「そんな事はとっくに知ってる、どうでも良いから黙ってろ」

 

「天の神は私達巫女にこう神託を授けました『人が神の力に触れるな、放棄しろ。さすれば人の滅びの近い今、容赦を与える』と」

 

 黙れ、そう言ったはずなのにやはり口を動かすのを辞めない栗毛女。苛立たしい、腹立たしい。

 

「知ってると言ってるだろ、そのよく動く口を閉じるのが嫌だっていうなら永遠に閉じれないように両頬を斬って開くぞ。勘違いするなよ、痛め付ける事ができないんじゃない、まだしてないだけなんだからな」

 

 栗毛女の顔の横に小刀を添えて念入りに脅しつける。しかし、栗毛女の瞳は揺らがずに僕を射抜き続ける。気に食わない。腹が立つ。

 

「私達は、間近に迫った滅びを避けるために、多くの人を死なせないために、勇者様達に身を捧げて頂きたいのです」

 

 瞬間、脳髄が灼ける激情が迸る。

 

「ふざけるなよ、その多くの人ってやつには戦い続けてきた皆を含めてはいないのか」

 

「ひっ! ひぁぁぅ……」

 

 灼熱の憤怒。しかし、声が荒らぐ事はなく、ゆっくりと思考と直結した言葉が口から吐き出される。気付けば栗毛女の顔の横に添えられていた小刀を頬に押し付けていた、少しでも刃で肉を撫でれば先程の宣言通りの結果になるだろう。ジャージ女子が顔を青ざめさせて涙を流し始める。

 

「ふざけてなんていません、そうしなければ、滅びを回避できないんです」

 

 言葉を紡ぐ栗毛女の頬の動きに小刀と皮膚が擦り合い、ツゥと薄く皮膚が斬れて小さく赤色が滲む。間違いなく痛みは感じているだろう。なのに、栗毛女は怯む事なく僕をただただ深い瞳で射抜き続ける。

 精神の乱れに、眩暈を覚えそうなほどに気持ち悪くなってくる。

 

「お願いします、どうか……どうか私達を勇者様達の元まで通して下さい」

 

「この世に唯一残った肉親を、共に産まれて共に生きてきた半身を殺すと聞かされて、それでも通すなんてあるわけが無いだろう……! 死を覚悟してここまで来たなら覚悟したお前達だけで死ね」

 

「人の存続を為せないまま死ねないんです! 私達も、私達にも死なせたくない大切な人がそれぞれいるんです!」

 

「それでも皆を殺させない! 人の存続を祈るなら大社が天の神の元まで焼いて送ってやるからそこで好きなだけ祈ってろ!」

 

 栗毛女と言葉を叩き付け合う。

 

「僕達はお前達以外を死なせずに人を存続させてやる! 『殺しがしたいわけじゃない』って言ってたな、だったら誰も殺さないままに死なせてやる!」

 

「っ!」

 

 僕が叩き付けた言葉に、栗毛女が眼を見開く。深い瞳が動揺に揺れる。

 

「ほんとに……わたし達が誰も、勇者様達を殺さないままでいられるんですか……?」

 

 言葉を詰まらせた栗毛女に代わり、遭遇から今まで沈黙を保っていた三つ編み女子が繊細な声色で僕へと縋るように言葉を搾り出す。その声は荒れた言葉を叩き付けあっていたこの空間には不釣り合いな程に切実で、しかし、たった一言で空気を変える声だった。

 次に口から放とうとした言葉がなんだったのかを忘れ、視線が三つ編み女子へと引っ張られる。

 

「悪い事を……人殺しなんてひどいことを……しなくていいんですか……?」

 

 慈悲を乞うかのような、助けをを求めるかのような、救いを願うかのような、そんな弱々しくも耳にした人間に一言一句を聞き逃すなという義務感を沸き立たせるような声。

 

「あなたは、大社は……わたし達をたすけて、人をまもってくれるんですか……?」

 

 三つ編み女子の瞳から溢れる大粒の涙、それが僕の思考を鈍化させる。

 

「助けれない……僕は君達を殺す」

 

「わたし達が死ぬだけで、人を存続させれる……?」

 

 話が噛み合っているのかいないのか、輪に手を繋いだまま身を僕へと乗り出した三つ編み女子との会話。

 

「詳しく、話を聞かせて貰えませんか?」

 

 栗毛女が懇願するように口を動かした。

 

 

 ─────

 

 

 ぺたり、ぺたり、と自身の素足が廊下を踏む音だけが耳に届く。宵闇が絡み付いて重たい足が動くのに任せて辿り着いた先は今しがた自分が出てきた引戸と同じ造形である引戸の前、誘われるように、引き寄せられるように、吸い寄せられるように、欠片の抗いもなく引戸を開く。

 軽いはずなのに重たく感じた引戸を開き、廊下の宵闇が流れ込んだ先は自分に割り当てられた個室と大差の無い空間だった。強いて違いを上げるならば、備え付けの棚の上にお見舞いの品らしき高級そうな果物の詰め合わせが置かれている事くらいか。やはり、見舞い客なんて一人も来ない自分と違ってこの部屋に寝泊まりする『友達』は人望があるのだろう。

 

「……いな……い?」

 

 自分の部屋との最大の違いであるはずの"そこにいるはずの人物"の不在に思わずこぼれた独り言が闇に溶ける。

 ぺたり、ぺたり、と宵闇の中で歩を進めて部屋の奥へと入り込んで見回すもやはり人の影一つ見付ける事はできなかった。

 

「……どこ……?」

 

 なんとなく、念のため、『友達』が使うベッドに手を載せて確認するもぺしゃんこな布団の中には当たり前のように誰もいない。だけど──

 

「……あたたかい」

 

 ほんのりと手に感じる『友達』のぬくもりの残滓。もしかしたら、この熱があれば手に蠢く気持ち悪い感触を忘れる事ができるかもしれないと、予想し、期待し、願い、布団の隙間に手を差し込む。

 

「あたたかい」

 

 温まる指先、しかし、気持ち悪い感触が薄れる事は無かった。

 足りないのかもしれない、熱が、ぬくもりが、昂りが。

 

「……もっと……」

 

 もっと、もっとこのあたたかさを感じる事ができればもしかしたら感触を忘れる事ができるかもしれない。

 すがるように、求めるように、欲するように、ぬくもりの残る布団を抱き締める。

 

 感じるぬくもりとにおい、そして手の気持ち悪い感触。

 足りない、これでは足りない、残滓では駄目なのかもしれない。

 

 布団を手放してベッドの上に戻す、布の擦れる音が宵闇に吸われて消えた。

 

「……ど……こ……?」

 

 私に"うれしくてあたたかい気持ち"をくれる『友達』はどこにいるのだろうか。

 ぺたり、ぺたり、と冷たい床を踏んで重たい宵闇の中で宛も無く『友達』を探すために部屋を出た。

 

 




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
薪一本目GETかと思ったら連続で後四本来ると知ったから奇襲&人質&脅迫でこれどっちが悪いやつかわかんねーよムーブする中学三年生。パニックついでに爆破されると思ってクソ焦った。暴力で圧倒したけど挑発に負けてレスバして圧倒されるクソザコナメクジ。

天の神の巫女(薪)
エレベーターの扉が開いたら抜刀してる大社忍者(人質有り)あっ、これ死んだわって思ったら意外と死ななかった。あれ?めっちゃイキってるけど結局何もされてなくね?殺したほうが手っ取り早いだろうに思ったより穏やかじゃん、話通じるかも?栗毛女は相手をよく見ていてレスバ強かった。ジャージ女子は忍者が恐かった。そばかす女は『もうどぉにでもなぁれ』だった。三つ編み女子はぶちギレ忍者の言葉に救いを見出だした。眼鏡女はお尻痛い、この裏切り者め!

■■ちゃん
夜更けに異性の部屋に侵入する。ふむ、これは"いんらんの娘"ですね。かぁ~~っ!この女狐はなまらいやらしいずら!


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