乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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76:話し合った感じ夜、もしくは素足の話

 

 話をした、大社の迎えが来るまでの短くも長くもない時間の間に話せる限りの話をした。互いに武器を手放して誠心誠意言葉を尽くした。

 僕からは適性の高い巫女を煙に乗せて天まで送るという降伏の方法や、幼馴染と僕の為に禊をして祝詞を唱えてくれた巫女達を死なせたくなかったという事を。天の巫女達は曖昧なイメージという形でしか授かれない神託故に降伏するためには勇者達を殺害しなければならないと思っていた事や、身を捨ててでも人類を存続させて死なせたくない大切な存在がいるという事を。

 僕と彼女達の願いは同じだった、何をしてでも守りたい"大切"があったのだ。家族同然の幼馴染、冴えない自分に愛を囁いた恋人、歳の離れた幼い弟妹、苦労を掛けてばかりの両親、イジメから守ってくれた親友、対象はそれぞれ違えど守りたかっただけなのだ。少しだけ違う理由として、愛した故郷に帰れず行き場も無く、それでも憧れた勇者達のように強く在りたいという願いもあった。

 

 話をした、夜更けの暗くて人目の無い庭でそれぞれの"大切"がどんなに素晴らしいかを互いに自慢しあった。鞘に収められた大小二本と爆発しないように雷管を抜いた爆弾を放り投げたまま自慢しあった。

 誰の"大切"も素晴らしく、否定されるなんてあり得ないと思った。

 

 話をした、通話を繋げたままだった神官も交えて今後の事を話し合った。人を死なせて願いを果たすのではなく、自分達の命のみを使って願いを果たせるのならばと協力を約束してくれた彼女達は、いずれ来るその時が来るまで大社の施設で穏やかに過ごす事になった。今夜遭遇して協力を約束してくれたのは五人、火に焚かれる予定なのは六人、足りない一人の分は元々最も適性が高いとされていた幼馴染が選ばれるだろうと聞いた僕はなにがなんでももう一人を拐うと改めて決めた。

 

 話をしてくれた、たくさん怖い思いをさせて痛い事もしてしまった僕なのに、"大切"を護るために少しでも役に立てて欲しいと彼女達は自分達の知りうる情報を話してくれた。

 彼女達以外の巫女の多くはあまり正気とは言えないらしい。滅びを回避する手段を知りながらそれを実行できない自責、神託という神秘に遭遇するもそれは自分の頭がおかしいから妄想に取り憑かれているからだという思い込み、前触れなく授かってしまう神託で見えてしまう残酷なイメージでのショック、要因は様々だが誰もが少しずつ精神を追い詰められているらしい。特に強く神託を授かってしまって心のバランスを崩してしまった者の暴走が元旦のテロ騒ぎだったり、彼女達が持っていた爆弾の製造だとも言っていた。

 自分達が病院に侵入してきたのと同様に、巫女達の多くはいつ暴走するかもわからない程に心を張り詰めさせている、消息を断って何をしているかもわからない者も多いとも言っていた。

 

 謝った、たくさん謝った。刃物を用いた暴力で恐怖を押し付け、か弱い身体を蹴り飛ばして痛みを与え、流血を伴う怪我を顔にさせて、死を願って実際に死なせようとしている事を謝った。こんな事はとうてい許されるはずがない、許されていい訳が無い、そう解っていたけど謝った。

 

『貴方の"大切"を護り通して下さい。それを遂げたのなら、私達は貴方を許してあげます』

 

 そう言って、彼女達は微笑んだ。

 

 お礼を言われた、たくさんのお礼を言われた。お礼を言うべきは僕のはずなのに、彼女達は穏やかに微笑みながら、涙を浮かべながら、安堵したように息を吐きながら、僕の手を両手で握りながら、深い瞳で覗きながらのお礼を言われた。

 

『人を殺すしかないと思っていた私達を止めてくれて、ありがとうございます』

 

『でも……僕は貴女達を死なせ──』

 

『それでも、私達は貴方に救われました。だから、ありがとうございます』

 

 彼女達は嘘偽りなんてありえない透き通った表情で僕にそう言って、迎えに寄越された車に乗って去っていった。

 

 彼女達が去ってからようやく気付いた事がある。いや、もしかしたら最初からずっと気付いていたけどそう思いたく無かっただけなのかもしれない。

 神託を授かれる、ただそれだけな普通の人。幼馴染と一緒なのだ、彼女達もそれだけの普通の人で、普通の人だけど"大切"のために足掻いていただけなのだ。

 僕を真っ直ぐに見据えていた深い瞳、あれは、幼馴染が僕を見る瞳と同じものだったのだ。あの人は、刀を向けられていたのに、あの瞬間から僕を信じていた。

 

 そんな人を、僕は死なせる。

 悪人でもなんでもない普通の足掻いていた人を殺す。

 何事にも報いを──心のどこかが軋んだ。

 

 疎ましい星空に浮かぶ冷たい月を見上げる。普段ならば心を蝕む恐怖心に負けてこんな無謀な事はしないはずなのに、何故か吸い寄せられるように天を仰いだ。

 星空に腕を落としたあの日の恐怖と痛みを思い出しても良い事なんて何も無い、そんな事は解っているのに見上げるた僕はさながら誘蛾灯に誘われた羽虫のようなものか。

 

「 …… ……」

 

 深呼吸一つ、不思議な事にあまり精神は揺らがなかった。揺らげない程に精神が沈んでいるのだろうか、自分の精神を把握できないのもまた未熟の証なのだろう。

 このまま一人で星を眺めていても仕方ない、次の薪広いのために体を休めて備えなければと病室に戻るため放り投げたままだった大小二本を広い、足を踏み出した一歩目で気付いた。

 

「お前、なんか濃くなってるな」

 

 半透明だったはずの黒いヒトガタ、それが向こう側が見えない程に色濃い姿で僕を見ていた。決して夜の闇に視界が暗いせいではないだろう、確実に存在感を増しているのだ。

 

「あの人達を死なせるから、人を殺める行為に穢れを吸い寄せたのか?」

 

 質問に答えの声は無い、反応も無い、期待していない。

 最初は何も見えなかった、危機に乗じて姿を見せる事は有ったが常に見える訳では無かった、鏡や水面の反射に映るようになった、直接見えるようになった、そして、見える姿が色濃くなってきた。もしかしなくても僕が身に蓄積した穢れの量と比例して存在感を増していっているのだろう。

 

「穢れは心を蝕む猛毒……でも、まだ果ててやるつもりは無い。後一人捕まえるんだ、ひなたを死なせない、それまでは……まだ……!」

 

 言い捨てて歩を進める、当然のように反応は無い。

 今夜は多くの幸運に救われた、斥候役の眼鏡女に気付けた事や遭遇直後に爆破されなかった事、そして、彼女達が人を傷付ける事を忌避する普通の女性達で、多くの事を話し合えた事。次はきっとそうはいかない、残る天の神の巫女達は誰一人として正気の保証なんて無いのだ。

 

「…………ん?」

 

 庭を抜けて進み、建物のエントランスが見えた所で異様な雰囲気の影を目にした。夜闇の中で朧気に浮かぶその姿は華奢な人を形取った造形で、緩やかな速度で足にあたる部分を動かして一歩を進む度に力無くゆらりゆらりと風にそよぐように揺れ動いている。今しがた庭で見た黒いヒトガタが尋常を越えた動きで先回りして視界に入ったのかと、振り替えってそこにいるかを確認してみれば僕の真後ろで音も無く佇んでいるヒトガタ。

 

「……増え……?」

 

 気配無く間近へと近付いていたヒトガタに気持ち悪さを覚える。穢れを蓄積したから増えたのか、神秘とは理の通用しない不可思議なものらしいから何があっても『そういうものだ』の一言で済んでしまうのだろうが、この調子で濃くなったり数を増やされたら視界が煩わしい事になりそうだと嫌な予感に嘆息する。

 増えようが濃くなろうが踊り出そうが気にするだけ無駄だろう、話し掛けようが手を突っ込んでも干渉できないのだから放っておこうと決めて歩みを進める。

 

 ぺたり、と人影が動くのに合わせて幽かな足音を耳にした。

 まさか、と神経を研ぎ澄ませて闇の中にいる人影へと目を凝らした。

 

 黒いヒトガタは触れる事の無い幻影だ、音を立てることなど有り得ない。足音を立てるということは即ち其処に確かに存在して歩いている何かがいるのだ。

 もしかしたら先程の巫女達とは別に現れた巫女が皆に危害を加えに来たのかもしれないと、其処にいる誰かが何者かと把握するために神経を尖らせる。

 

 ぺたり、とまた足音。足音の主は病院の施設内に向かわずに敷地の外へと歩みを進めているようだ。目的は皆では無いのか、外へと向かっているということは元々病院内にいた誰かか、こんな時間に何者が病院わ出ていくというのかと警戒から疑念へと変化。

 

 ぺたり、とまた足音。人影がゆらりと揺れる。そして、違和感に気付く。この足音は素足で硬い足場を踏む音だ、幼い頃から道場や稽古場の床を数えきれない程に踏んで聞き慣れた音が何故屋外で聞こえるのか。あの人影は素足でこんな所を歩いているのか。嵩を増す疑念に困惑が付随する。

 

 ぺたり、ゆらり、人影が近付く。間違いない、あの人影は今僕に向かって足を踏み出した。あの人影は僕を認識している、何がどうなっている、今僕は何物と向かい合っているのか。

 

 ぺたり、ゆらり、ぺたり、ゆらりと繰り返した人影が闇から滲み出して姿を表したと同時、聞き慣れた声の聞き慣れない声色が僕の鼓膜を震わせた。

 

「……やっぱり……乃木くん……」

 

「え」

 

 訳が解らずに意味をなさない音が口から溢れる。何故千景が、何故こんな時間に、何故こんな所を、何故素足で、何故そんな顔で、何故そんなにも昏く澱んだような瞳で、疑問ばかりが浮かんで思考が一回りの果てに停止する。

 

「……見つけた……」

 

 ぺたり、ゆらりと歩き、千景の白く華奢な足がパキリと木の枝を踏む。靴を履いて歩いていたなら気にするような事では無いが今の千景は素足だ、無表情の中に迷子の幼子が不安がるような顔をしていた千景が表情を微かに歪めてぐらりと全身を傾ける。

 

「千景!」

 

 停止した思考のまま駆け寄って抱きかかえる。腕の中に収まった千景が力無いまま僕を見上げ、昏い瞳がぼんやりと僕の顔を眺めだす。

 いったい何がどうなっているのかと停止から混乱へと戻る思考。

 

「いったいどうしたってのさ、靴も履かないでこんな──」

 

「残り物じゃない……ほんものの乃木くん……」

 

 混乱のまま千景に状況の説明を求めようとして、両の頬に添えられたじんわりとしたあたたかさと目の前で幼子のように笑った千景に言葉が詰まる。

 

──あぁ、くそ、わかった、わかってしまった。

 

 瞳に潜む無垢と澱みの合わさる鈍い輝き。これと似たのを一度昼に見た。

 千景は今、正気から離れてしまっているのだろう。

 

 穢れの影響か。

 

 行動の意図が読めないまま、されるがままに千景に頬を触れられる。

 どうすればいい、僕はどうすればいいのだろうか。何も解らないのが悔しくて、何もできない自分が悔しくて、ただ歯を喰い縛る。

 

「やっぱり……気持ち悪い……の………なくなっ……た……」

 

 力無い声色で紡がれる千景の言葉。"気持ち悪い"と言うのは昼にも言っていた、戦いの際に自身の分身を切り裂いた感触を思い出してしまう事をいっているのだろうか。

 

「また、手が気持ち悪かったの?」

 

 返答は無い。

 満足したような表情で目蓋を落とし、澱みの潜んだ瞳を隠して既に寝息を小さく鳴らしていた。

 

「戦いを続けたら……みんなこうなるのか……こんなふうになってしまうのか」

 

 姉は僕が生きている限り大丈夫だろう。だが、球子は、友奈は、杏は、そうはいかない。千景ももっと悪化してしまうかもしれない。姉以外のみんなは戦いの負担を自分だけで背負っているのだ。

 あんまりだ、日々鍛練を積み重ね、命を危険に晒して戦い、癒えぬ傷を負い、人類と化物の戦争を生き抜けたとしても心を壊してしまっては報われないではないか。

 

 喚き散らす訳にもいかず、何かに拳を叩き付けて八つ当たりもできず、行き場の無い感情に意味を成す事は無かったであろう叫び声を飲み込みながら腕の中にいる千景を力を入れずに抱き締める。

 

 護らなければ。人類のために戦い続けてきたこの繊細な女の子を護らなければと、戦意に似た滾る意思が胸中に蠢く。

 

 千景に負担を掛けないように慎重に身体を動かして、やや手こずりながらも華奢な身体を背負う。目蓋の裏に澱みがあったとしても今は穏やかに眠っているのだ、そのまま眠らせておこうとゆっくりと千景に割り当てられた病室へと運んでいく。

 

「……いき……て……」

 

 背と腕に感じる温もりと軟らかさと軽さ。この繊細なガラス細工よりもなお繊細に思えるような四肢で四国に攻め入る化物達を何度も返り討ちにしてきたのか。このゲーム機や調理道具を握ってる方が似合う手で武器を握り、過酷な戦いに身を投じて四国の人類を守り続けてきたのか。

 

 報われるべきだ。

 

「……わ……らって……」

 

 耳を撫でるささやかな寝言、千景はどんな夢を見てこの言葉を口にしたのだろうか。生きて、笑う。僕は僕の大切だと感じる皆にそうあって欲しいと常々思っている。僕は千景にも生きて、笑って欲しいと願っている。

 

 何事にも報いを。

 人類を守って戦う千景、誰かに護られて然るべきだ。

 

 僕が護る。

 

 護らなければ。千景も、僕にとってかけがえの無い"大切"だ。絶対に護る、護り通す。これ以上精神を追い詰めさせてたまるものか。

 これ以上穢れを蓄積させないためにも戦いの回数を一度でも多く減らせるようにしなければ、そのためにはやはり迅速な降伏が必要だ。

 はやく、薪を拾わなければならない。

 

 

 

 千景を部屋に送り届け、また正気から離れた状態で歩き回るなんて事態が起こらないか心配だったので朝まで見舞い客用の椅子に腰掛けて見守っていたのだが、明るくなって起床した千景に眼を丸くしされて変な声を出された。もしやと思ってはいたが、夜中の事は殆んど覚えていない様子だった。

 

 千景の声に様子を見に来た姉に『寝てる異性の部屋に居座るな』と軽く拳骨されたのだが、落ち着いて考えればその通りだと僕も思うので甘んじて受け入れた。




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
どれだけ死なせてでも"大切"を生かす、青葉くんにとっての"大切"とはそれほどの存在である。青葉くんは隻腕、おんぶするときは安定させるために背負った相手の片足だけを支える訳にはいかない、そういう事だ。
「お願いします、死んでください」

天の神の巫女(薪)
殺して解決か死んで解決、選ぶなら死だった人達。神様の声が聞こえるだけの普通の追い詰められた人達。
「わかりました、死にます」

千■ちゃん
ほっぺたなでなで。夢遊病かな?

黒いヒトガタ
とっても濃ゆ~い、穢れ出汁増量中。
見てる。
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