乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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77:燃える感じの炭、もしくは鼓動の話

 

 科学的な観点から確認できる異常は無い。しかし、実際に正常とは言い難い行動をしてしまうのが今の千景の状態だ。時と場所に関連せず前触れの無い不規則なタイミングで判断力が低下して"手に残る気持ち悪さ"を解決するためになんらかの行動を始め、なんらかのきっかけで判断力が正常に戻った時にはそれまでの記憶が曖昧な物になっているらしい。夜中に素足で屋外を歩き、そのまま踏んでしまった枝のささくれが足の裏に刺さっているのを見た千景が酷く困惑していた事からも危うさを感じてしまう。

 そんな千景の状態をカウンセラーの人が言うには夢遊病の症状に似ている、大社の神官が言うには巫女達が神託を授かる時のトランス状態に似ていると、分野の異なる専門家がそれぞれ千景の状態を違う言葉で表現していた。

 

『勇者の皆様方は決して一人にならないように行動して下さい』

 

 千景の状態を知った大社から即座に通達されたのはそんな言葉だった。判断力が低下する状態に陥るのが千景だけに限らず、他の皆にも同じような状態が発生するかもしれないと大社は想定しているのだろう。皆が自分以外に眼を配り、誰かがその状態に陥っても周囲が手助けできるような状況を保つようにとの事だ。また、就寝時もなるべくなら自室で一人になるのではなく、可能な限り誰かと同室になるようにしろとも通達された。

 

『これからは毎日お泊まり会だね』

 

 ようは今まで以上に一人でいる時間を作るなと、不審者への警戒だけではなく仲間内でも注意を払い続けろと言われたようなものだが、通達された直後の微妙な空気感は友奈のポジティブな笑顔と声に吹き飛ばされた。

 

 

「さて、タマがいない状況での敵襲、タマげる規模の地震、あっぱら葉の怪我と退院の強行、無限お泊まり会の決定……色々とあった訳だが」

 

「ん」

 

「そんな事よりバーベキューだ、バーベキューするぞ」

 

「んふふふぅ、バーベキューだね」

 

 天気は晴れ、赤熱する墨、迫力の塊肉、収穫したてな手のひらサイズなシイタケ、勇者教室の変わらない顔触れ達のご機嫌な表情。タマ肉神の宣言によってバーベキューと言う名の素敵でスペシャルでワンダフルエンジョイが開始された。

 

「"そんな事"の一言で片付けていいのか?」

 

「わかんないからバーベキューしてから考えようよ若葉ちゃん」

 

 曖昧でささやかな皺を眉間にこさえた姉の言葉に友奈が紙皿と割り箸を配りながら応じ、そのまじゅんぐりと全員に配り終えてから続けて口を開いた。

 

「くぅ~~~っ! 高嶋友奈、大迫力なお肉にワクワクでお腹ぺこぺこりんでございます! タマ肉神ちゃん、お恵みを!」

 

「まかせタマえ! 最っ高にうんめ~のを焼き上げて見せようぞ!」

 

 大袈裟な動きで手を額にビシリと当てる敬礼をしつつ演技がかった口調で笑う友奈と鼻息たくましく背を反らして胸を張る球子。このバーベキューというイベントを全力で楽しもうとしているのが言動から見て取れる。

 

「よし、まずは炭の配置をいじる。青葉、ちょっとこのハンドルで焼き網を持ち上げてろ」

 

「ん、おおせのままに」

 

 手渡された金属製の道具でコンロに載せられて温められていた焼き網を持ち上げると球子が火バサミで赤熱する炭を寄せ始める。素人目には解らないが球子の真剣な面持ちからコレが重要な事だとは察する事ができた。

 

「タマっち先輩、さっきの炭の配置と何が違うの?」

 

 球子が満足気に頷いたのを合図に焼き網を戻すと好奇心を隠さない表情の杏が首を小さく傾げる。

 

「それはな、火力だ。塊肉を強火で焼いたら外だけ焦げて中は生焼けになっちゃうからな、こうやって炭を寄せてやれば弱火の所で塊肉をじっくり焼きながら別の場所でノーマルな肉を焼やけるんだ」

 

 簡単な理由だろと言わんばかりな余裕の態度で説明しつつ塊肉の鉄串を刺し始める球子。それを見た杏がまたも好奇心の問いを投げ掛けた。

 

「これはな、串から熱を通して肉の全体をじんわり焼くテクニックで……」

 

「なんでじんわり焼くの?」

 

「肉ってのは焼くときに温度が高すぎるとパサパサな歯応えになっちまうんだ」

 

「なんでパサパサじゃダメなの?」

 

 ふわふわと微笑みながら『なんで?』と繰り返して追究し続ける杏に答え続ける球子。これはもしかしてだが、杏は途中から好奇心を満たすためではなく球子が肉を焼く行為に集中しながらも問えば軽快に答えを返す様子を見て楽しんでいるのかもしれない。

 

「ねぇねぇタマっち先輩、美味しいってなぁに?」

 

「……おいしい……なんだ…………おいしいってなんだ……タマはなぜ肉を焼く……なぜ……」

 

 何度も繰り返された問いによって哲学の領域に足を踏み入れた球子。視線は網の上の肉に向けられてはいるが定まらない焦点から察するに集中力の全てが思考に注がれているのがわかる。

 

「なぜ人はおいしいを求める……肉とはなんだ……肉……にく……に、く……」

 

 ぶつぶつと呟くように自問自答にのめり込み始める球子。心ここに在らずといった様相だが肉を焦がす事無くしっかりと管理しているのはさすがと言うべきか。

 

「んを? タマ肉神様の精神が崩壊なされたぞ」

 

「無知を自覚させて神の座からタマ肉神様を引き摺り落としてみました、ここから立ち直れば無知の知に至ったタマ肉神様はより素晴らしい存在へと昇華されるでしょう」

 

「引き摺り落とすというよりは飛んじゃってるよ、意識が宇宙まで行っちゃってるよ」

 

 面白そうに笑う杏に友奈が焼き網の余っているスペースにシイタケを並べながら言葉を返す。

 

「…………あぁ、そうか。そういう事だったのか」

 

「あ、タマ肉神ちゃんが戻ってきた」

 

「ドント シンク イート ミート。考えるな、肉を喰え。そういう事だったんだ」

 

 球子は悟りを開いたらしい。そんな様子を見た杏が小首を傾げながら口を開く。

 

「つまりどういう事なの?」

 

「説明できるものじゃないな、まずは食え。もう少しで焼き上がるからその時にわかる」

 

 澄んだ瞳、穏やかな口調、理屈を越えた説得力、圧倒的な存在感、球子はタマ肉神として更に素晴らしい存在へと昇華したのだろう。

 

「青葉ちゃん、傷の調子は大丈夫ですか?」

 

「医者も引き止めはしなかったし、退院してもあまり支障は無かったのだろうが無理はするなよ」

 

 お茶を注いだ紙コップを手渡してくれながら幼馴染が少し心配そうに眉の形を変えながら僕へと問うと、近くにいた姉も曖昧な表情を僕へと向けた。二人とも大丈夫だとは解っているがぼくの怪我が気になるのだろう。

 

「大丈夫だいじょーぶ、出血が多かったり気絶したりしたけど怪我そのものは大したモノじゃないさ。チャンバラしてバッサリ斬られた時とか腕落っこちた時と比べればかすり傷だよ、平気へーき」

 

「比べる対象が大怪我過ぎるな、青葉はなんでそんなに怪我ばかりするんだ?」

 

「ん~……さぁ?」

 

 大きく首を傾げた姉に答える術を持たないので適当に濁しておく。

 

「まぁ、あれだよ、怪我しようが気絶しようが今が元気なら万々歳さ」

 

 いつだったかゲームの中で敵陣を駆け回って凄まじいスコアを叩き出した千景が言っていた『死ななければかすり傷』という言葉、限度はあるだろうが現実でも通用する言葉だなと今一度共感する。

 

「元気なのか?」

「元気なんですか?」

 

「ん?」

 

 二人に声を揃える意図はなかったのだろうが、それでも揃えて放たれた疑問の声に思わず喉が疑問符を鳴らす。特に元気が無いように振る舞ったつもりも傷の痛みにぎこちない動きになったつもりもないのにふたりは何故僕の元気を疑ったのだろうか。

 

「どう見てもいつもより元気が足りない気がするのだがな。いつもなら球子がバーベキュー開始の宣言した時にもっとアレなテンションになっているだろう」

 

「そうですね、お肉の塊に対して二礼二拍手一礼しててもおかしくはないはずです」

 

「他にも友奈さんと一緒にタマ肉神先輩に敬礼したりとかもしそうだと思います」

 

 断言するような姉に同調する幼馴染、それに続いて杏が苦笑しながら頷く。元気が無いのではなく足りない、姉と幼馴染が言うのならそうなのかもしれない。

 

「青葉くんに元気が足りない……足りない……タマ肉神様! お肉が必要です!」

 

「おう、わかってる……後三十秒待て、すぐに喰らわしてやる」

 

 再度敬礼する友奈と炭火に炙られ続ける肉を睨み続ける球子。皆が同じように思っているのならばきっと本当に僕の元気は足りていなかったのだろう。

 

「別に傷の痛みとかはそんなんでもないんだけどね、もしかしたらまだ流した分の血が回復してないのかな? まぁ、元気が無いって訳じゃないんだから大丈夫さ」

 

「……ふむ、青葉がそう言うのならそういう事にしておこう」

 

 なにやら含みが有りそうな姉の返事、よくよく姉の顔を見てみれば微かだが眉間に皺を寄せていた。

 

「本当に大丈夫だよ?」

 

「わかっている、わかってるさ。青葉が怪我やその痛みに慣れているのは十分にわかっている、例え痛みがひどくても隠せるだけの辛抱強さがあるともわかっている」

 

 やはり、なにか含みがありそうな姉。なにか気になる事や言いたい事があるのならば遠慮なく言えば良いのにと思わなくもない。

 

「おい、あっぱら葉、焼けたぞ。喰え、考えずにしこタマ喰え、とにかく喰え、考えずに喰え。有無は言わせないからな」

 

「んをっ!?」

 

 姉の眉間を眺めていた横から半ば強引に押し付けられた肉汁の滴る厚切りの肉。それを受け取りながらも強い口調だった球子に振り替えれば強い眼差しで僕を見据える翡翠色の瞳。

 視覚的にも食欲をそそられるが、それ以上に鼻に感じる鮮やかなスパイスの薫りや紙皿を通して手の平に感じる熱にも食欲が刺激されて唾液が口の中で迸る。食べる前から断言できる、この肉は美味い。

 

「んふふふぅ、いただきます」

 

「あぁ、喰え。たくさん喰えよ」

 

 切り分けられてもなお堂々たる迫力を携えた厚切り肉、きっと、行儀の良さを気にするのならばナイフとフォークで一口大にしてから食べるのが最適なのだろう。しかし、隻腕の僕にはそんな事はできないし、今この場でそんな事をきにするのは野暮に思えたので箸でまるごと摘まみ上げて大胆にかぶり付く。

 歯を食い込ませた瞬間に弾けるように溢れる肉汁、しっかりと歯応えを感じさせつつも容易く噛み切れる柔らかさ、咀嚼する度に舌のという舞台の上で旨味のダンスが激しくなる。これはまさしく神秘の肉だ。旨味のダンスは神に捧げる奉納演舞だ。

 

「おいし……んふ……おいし……」

 

「青葉くんが涙目でお肉食べてる……そんなに美味しいんだ」

 

 まだ肉に口を付ける前だった杏が戦慄するように呟く。

 

「お代わりもあるからな」

 

 皿の上の肉を平らげたと同時に穏やかに微笑む神の手によって再度恵まれる神肉。間髪いれずにかぶりつく。

 

「青葉は怪我した程度の痛みで元気が足りなくなるほどやわじゃない」

 

「うめ……うめ……ん?」

 

 不意に耳へと届く真面目な色をした球子の声。我ながら品が無さすぎるかもと思うほどに肉に貪りついていたのを中断して視線を寄せれば安心させるような、でもほんの少しだけ叱りつける大人のようにも見える表情の球子が僕を見据えていた。

 

「青葉がなんか変な感じになる時は事の大きい小さいに関わらずいつも何か考えてる時か悩んでる時だ。そして、それはいつも自分一人で抱え込みやがる」

 

「……ん……ん?」

 

「何かあったな? 小さな心配事じゃないような何かが」

 

「……!」

 

 球子の探るような、それでいて半ば確信に近いであろう決めつけたような口調に息を飲む。

 

「若葉は踏み込んで聞かなかった、それがお前ら双子の在り方なら口を出すつもりは無い。でも、タマは聞くぞ。タマが胸を張ってお前と友達だって言うためだ、タマがタマらしく在るためだ」

 

 僕を見据えながら一呼吸分の間を作り、再度言葉を放つ球子。

 

「なにがあった。お前の抱えるそれをタマ達は助けれないのか」

 

 なにも無かった。とは、口が裂けても言えない。

 僕は自分が生かしたい大切な人のために他の人を死なせようとしている、実際に死なせるために暴力によって拘束した。最終的に相手がそれを望んだとしても人殺しだ。

 元々頭ではわかっていた、わかっていたつもりだった。でも、本当はわかっていなかった。僕が死なせようとしていた相手達も生きた人間で、大切ななにかをそれぞれ抱えているのだ。

 

 死ねばそれでその人は終わりだ。

 

 今の僕達のように大切な相手と一緒に何かを楽しむ事はできなくなるし、死んだその人も誰かにとっての"大切"なのかもしれない。

 僕はそんな"大切"を護るために誰かの"大切"を奪い、壊している。

 

 脳裏にちらつくのだ。僕が"大切"達と同じ事を楽しんでいるとき、同じ喜びを分かち合っている時、同じ時を過ごしている時、僕に"大切"を奪われる人達も本当は同じように過ごせていたのだろうと。

 たった今"大切"な友達が焼いてくれた美味しい肉を食べた時もこれが脳裏にちらつき、胸が苦しかった。

 

 球子の問い掛けにより今の今まで自分の精神の中にあった感覚を自覚し、脳内で言語化することができた。

 これは、罪悪感だ。

 

「やっぱり、なんか悩んでたか考えてたかしてたんだな」

 

「……ん、そうだね」

 

 息を飲み、思考する事によってできてしまった会話の空白を作ってしまったせいか完全に確信されてしまったようだ。

 

「前にも言ったけどさ、タマ達に何も話さないってんならそれでもいい。だけどな、頑張り過ぎんじゃねーぞ。ここにいるお前の相棒様はすげぇんだからちゃんと頼れよな」

 

 やはり、叱りつける大人のような、そして、拗ねた子供のように言葉を紡ぐ球子。

 頼れ。その一言に縋りついて弱音を吐いてみたくなってしまうが、自制心で封じ込める。人を死に追いやって辛いですなどとどの口が言えるものか、本当に辛いのは"大切"を奪われる人達なのだ。

 これは僕が一人で背負い、いつか僕自身が報いを受けなければならない事なんだ。

 

「タマっち」

 

「なんだ」

 

 視線を強く絡み合わせて告げる。

 

「ありがとう」

 

 頼れ、見返りなんて欠片も考えずに放たれたであろうまっすぐな言葉。僕を案じてくれた球子に対して弱音ではなく感謝の思いを返した。

 

「でも、これはもうしばらく一人で抱えるよ」

 

「……だろうな、そんな気はしてた。話せるようになったら話せよな」

 

「ん」

 

 きっと、そんな時が来ることは無い。

 

「まぁ、それはそれで良いとしてよ。ドント シンク イート ミート、考えてるより肉を喰え。今のお前にはいつも通りポジティブあっぱらぱーになる義務がある」

 

「義務と申したか」

 

 真面目な眼をしながらもニヤリと笑う球子。まさか、あっぱらぱーを強要される日が来るとは思わなかった。

 

「そうだ、義務だ。多分お前がそうなるのが一番だからな」

 

「んん?」

 

「首を傾げてる場合じゃねぇぞ、喰え、考えるな、楽しめ」

 

 球子の手により貪りかけの肉が残っている紙皿の上に追加される厚切り肉。

 

「エンジョイを感染させろよな」

 

 それだけを言って僕から視線を切り離して新たに焼く肉の準備を始める球子、なんだか重要な事をぼかされた気がするが球子の言いたい事はこれだけだったらしい。そんな球子に姉と幼馴染が歩み寄って会話を始めたが、小声で交わされている言葉にどんな内容なのかはわからなかった。しかし、照れてるような球子と微笑む二人の表情から察するに和やかな会話なのだろう。

 

「……んまい」

 

 楽しめと言うのなら、この和やかで賑やかな場で大切な友達が僕を案じて気を揉んでしまうのなら、せめてこの一時の間だけは何も考えずに楽しむ事に全力を注ごうと熱々な肉に齧りつく。実際の熱よりもあたたかな何かを感じた気がした。

 胸の内にある罪悪感が軽くなったなんて事は断じて無いが、それでもどこか楽になったような気もした。

 

 

 ─────

 

 

 友奈がぷっくりとした傘の茸を大きく口を開けて頬張る。そして、何度も形の良い唇をもごもごと動かして味わった後に口を開く。

 

「むふ~~っ、おいすぃ~~っ! 青葉くんのキノコ、良い香りでおいしいね!」

 

 実に満足そうだが芝居掛かったように見えなくもない友奈。並ぶように設置していたアウトドアチェアが友奈のテンションに比例した大きな身振り手振りで揺れ動く

 

「自慢の逸品にござる」

 

 普段収穫した物を皆に振る舞う時もそうだが、今回のために用意したのはそれ以上に出来のいいシイタケばかりなのだ。自分の育てたそれらを食べた相手に絶賛された事の嬉しさと達成感、自然と顔が渾身のしたり顔を作っていた。

 

「ふふっ、面白い顔」

 

 頬を弛ませて目を細めた友奈。

 

「んん? 笑いになったのか嗤われたのか、少し問い詰めたい」

 

「どっちだろうね」

 

 きっとどちらでも無いのだろう。安心したような表情の友奈に先程までの僕は相当に難しい顔をしていたのかもしれないと今更ながらに思う。

 

「ぐんちゃんも青葉くんのキノコ食べた? とっても美味しいよこれ」

 

「…………ぇ、ぁ……うん」

 

 どこか上の空な千景の返事に弛めていた表情に少しだけ硬さが混ざる友奈。

 

「美味しいわ……とても……」

 

 取り繕った微笑みでそう言った千景だが、紙皿に載せられている肉はまだ半分ほどしか口をつけておらず、シイタケにいたっては一口だけしか齧っていないのが見てとれる。どうやら千景は食が進んでいないようだ。

 顔色は悪くないので体調不良ではなさそうだが、注意深く観察しなくとも色の薄い微笑みの奥に物憂げな気配のある千景。なるほど、きっど僕も先程まで似たような表情をしていたのかもしれない。これはどうにかしてポジティブな表情にまで引っ張り上げてやりたくなる、球子も僕を見てこんな風に思ってくれていたのだろう。

 

 千景を翳りの無い笑顔にするためにはどうすべきか。

 

 勘が根拠ではあるが、先の戦闘から千景が手に残ってしまったと言っている自害の感触や、それに関連しているであろう夢遊病じみた症状の事を考えているから気分が上がらないのではと推測し、それならば会話をしながらどうにか気が紛れる方法を一緒に模索してみるべきか。

 

──調子が良いって感じじゃなさそうだね、何か考え事かな? 僕に何かできることはある?

 

 と、問おうとして開いた口から声を出さずに閉じた。

 推測した原因の他にも以前より丸亀城の外では人目を避けるような振る舞いを見せていた事を思い出したのだ。

 

『知らないままで……いて欲しい』

 

 かつて千景の様子に違和感を覚えて訊ねた時に返された言葉。もしも、僕の推測が間違いで千景にとって触れて欲しくない事について思考をしていたのならば、僕が問う事によって嫌な思いをさせてしまうのではないかと脳裏によぎったのだ。

 問うべきか問わざるべきか、そんな俊巡が僕を沈黙させ、並んで座る僕と千景と友奈の誰もが声を発っさずに数呼吸程の無言が訪れる。

 どうするべきかと迷う中、ふと視線を感じて元を辿れば唇を引き結んだ友奈と視線が絡んだ。瞬間、言葉を交わさずとも互いに共通した目的を持っている事を感覚で悟り、刹那の内に一歩を踏み出す勇気をわけあった。

 

「千景」

「ぐんちゃん」

 

 また上の空になっていた千景の顔を二人で覗き込む。どこを見ていたのかわからない昏い瞳が丸くなる。

 

「元気控え目だね、何か気になる事があるのかな?」

「なにか心配事があるの? 私達、お話聞くよ」

 

「……えぇと……」

 

 二人で千景に話し掛けると丸くなっていた目が今度は眦を下げて眉尻もさがる。

 

「ごめんなさい、できれば二人同時にじゃなくて別々に話して欲しいのだけど……何を言ってるのか上手く聞き取れないから」

 

 ちょっと申し訳なさそうな千景。勇んだは良いものの間抜けな失敗をしてしまった事がむず痒くて友奈と顔を見合わせて苦笑いを交換し、一拍置いてから次は順番に言いたい事を千景に伝えた。

 

「私達なにかできるかもしれないし、話せる事なら話して欲しいな。話すだけでも楽になるかもしれないしね」

 

「大丈夫よ……気を使わせてしまってごめんなさい」

 

 ぐいと身を乗り出した友奈に千景がわずかに目を逸らしながら答える。その顔には未だ取り繕ったような微笑み。

 大丈夫には見えない、だから重ねて問い掛ける。

 

「大丈夫、なんだね?」

 

「……大丈夫」

 

「そっかぁ」

 

 僕を見て取り繕った微笑みを続ける千景。本当に大丈夫ならそれに越した事はないのだが、大丈夫じゃなかったとしても言葉にはしたくないのだろう。

 仮に大丈夫ではないとして、その原因を話す気がないのなら一緒に解決策を考える事すらできない。手詰まりだ。人を元気付けるというのは難しい、そんな当たり前の事を酷く実感してしまう。

 心配事の共有ができないのならば、解決の助けになれないのならば、せめて楽しいはずのイベント事の中では思考を考え事から逸らして気を紛らわせれないかと会話を続ける。

 

「とあるすっげえ人は言いました。Don't think eat meat」

 

「え?」

「わ、無駄に発音が良い」

 

「考えるな、肉を喰え。だ、そうだよ」

 

 自分に寄り添ってくれる人がいると実感し、美味しい食べ物を食べながら穏やかに言葉を交わしていれば考え事が何も解決してなくてもなんとなく心が軽くなるのは先程僕も実感したばかりだ。

 そっと千景の手を握る。

 

「大丈夫ならそれでいいさ。でもね、もしも大丈夫じゃなくなったらいつでも頼ってよ」

 

「うん、青葉くんの言うとおり。私達、友達なんだもん。私達、できることならなんでもするからね」

 

 優しく微笑む友奈がもう片方の手を両手で握る。

 僕と友奈の顔を交互に見た千景がちょっと困ったように顔を綻ばせた。

 

「私って、私が思ってるよりも周りから見てわかりやすいのかしら……でも、本当に大丈夫だから。ちょっとだけ考え込んでただけだから」

 

 もう何年も同じ教室で過ごしているのだ、例え多少なりとも解りにくくてもなんとなくで察する事ができるだけだ。それほどまでに僕は今までに千景を見てきた。

 

「やっぱり、例の感触の事を考えてたのかな?」

 

 ちょっと考え込んでた、そんな千景の小さな吐露を取っ掛かりにもう一歩だけ踏み込んでみる。

 

「…………うん」

 

 左右それぞれを握られた手に視線を落とした千景が小さな声で頷いた。

 

「今も残ってる?」

 

「…………うん」

 

「そっかぁ」

 

 感触だけではなく、きっと夢遊病のような症状も考え事の一つのはずだ。この二つは切り離して考えれるものではない。

 

 どうしたものか、なんて思考は無かった。

 思考よりも先に僕は行動に移っていた。

 

「……え、乃木くん?」

 

 ゆっくりと千景の力無く握られていた手をほどき、その手のひらを僕の胸に当てる。

 きっと、僕の熱と鼓動が千景に伝わるはずだ。

 

「これを、覚えて」

 

「! わぁ、素敵なアイデアだね」

 

 千景はまだよく解っていない表情をしていたが、僕の動きを見ていた友奈が目を輝かせて千景の手を自身の頬と首の境目に宛がった。

 

「殺した感触じゃなくて、生きる感触さ」

 

「…………あっ」

 

「嫌な事が忘れられなくても、それ以上に素敵な事で上塗りしちゃおうよ!」

 

 ネガティブな事を忘れるは難しい、実際に僕はそれを体験している。だが、だとしてもポジティブになれないなんて事はないのだ。

 

「僕の鼓動がわかるかな?」

 

「……わかるわ……とても強くて、あたたかい」

 

 一度震えた千景の手に力が籠る。

 取り繕った微笑みではなく、あるがままな千景の自然で柔らかい微笑み。僕の目を見て浮かべてくれたその表情が嬉しくて、胸が高鳴る。

 

「これを忘れてしまっても、何度でも僕は伝えるよ」

 

「私も、いつだって、何度でも!」

 

 細められた眦が輝く、まるで朝露で飾られた華のように美しい微笑み。

 更に胸が高鳴る。

 

「僕達が傍にいる、千景の心が悪夢に迷子になっても僕達が手を引くよ、だから千景は大丈夫さ」

 

「そのためのお泊まり会でもあるんだもんね。完全に安心するのは難しいかもだけど、私達が傍にいるからね」

 

「……ありがとう」

 

 大丈夫。大丈夫にしてみせる。

 皆の戦いを終わらせてゆっくりと休めるようになればきっと大丈夫になるはずだ。大丈夫になってくれ。

 

「ふふふっ、ぐんちゃん今日一番の素敵な笑顔だね。気分が良いときに美味しい物を食べると更に美味しく感じるし、今ならさっきよりも美味しく感じて食欲もスッゴくなるんじゃないかな?」

 

 そう言って紙皿からシイタケを箸でつまみ上げて千景の口へと運ぶ友奈。照れのある表情で戸惑いがちにそれを食べた千景かとても驚いたように目を丸くする。

 

「とても、おいしい……!」

 

「んふふ、Don't think eat meatさ。考え事なんて放り投げて今を楽しもうよ」

 

 丸亀城勇者教室の全員が心の底から笑顔なバーベキューが今この瞬間から始まった。




 
 
 
 
 
 
 
青葉くん
青葉くんにとって死とは生き物が生きる上でありふれた当たり前の現象。悲しくはあるが自然の摂理。しかし、死に付随する喪失はとても辛くて耐え難いものだった。例えそれが自分の事ではなくても胸が苦しくなるほど辛かった。死生観がちょっとズレてるかもしれない。

若葉さん
大丈夫だと言ったからには信じる。でも少しでも弱音を吐く気配があったらなにがなんでも思いを聞き出して解決に全力を尽くす。

ひなたちゃん
なにも言われなくても信じる。見守り続ける。助け続ける。

素晴らしきタマ肉神
千景がなんかおかしいな、いつもこういう時に真っ先になんかやるあっぱらぱーはどうした?ん?あっ、あいつもなんかおかしいじゃん。しゃーねぇなぁ、タマがケツを蹴り飛ばしてやるからどうにかしろよな。三人組には三人組のやり方があるのかもしれないけど関係ない、タマはタマだ。

杏ちゃん
神を堕とした。つよい。

友奈ちゃん
感覚派の共鳴だけじゃない。一歩を踏み出した理由にちょっと自分を出すささやかなわがままさがあったから。穢れの影響が何故かプラスに働いた友達思いの勇者。

千景ちゃん
不安はいっぱいある。安心もいっぱいある。この手に貰った生きる感触を忘れない。

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