乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
拾うべき薪の一本、天の神の巫女の一人が山中にて首を括っているのが発見された。遺体の傍に遺されていた遺書、支離滅裂に記されていた単語の並びから推察するに彼女は安寧を望みながらも世界に絶望し、他者の幸福を願いながらも自分の幸福を諦め、死を怖がりながらも生きることに疲れ、最後に神を恨んだらしい。
なにもできなくてごめんなさい。
その言葉だけは震えた筆跡ながらも大きくわかりやすく記されていたと、電話越しに共犯者の神官は言っていた。
無念だったろうに、そう思うしかできなかった。
退院したからにはすぐにでもやってしまおうと思っていた薪拾いだが、情報を掻き集めてくれた神官が言うには今現在消息のハッキリとしている巫女がいないらしく、新しく情報を得られるまで行動に移ることはできない状態だ。
複数の巫女の生存はほぼ確実だが、その巫女達はどうやってか一ヶ所に留まらずに不規則に移動を繰り返しているのが僅かな痕跡だけで確認されているとの事。やり手の協力者がいるのか巫女の直感で追跡を察知しているのかはまるでわからないが、警察でさえ巫女達の痕跡を追うだけで精一杯らしい。
追跡できなければ捕まえるなんてできやしない、しばらくはは焦りを堪えながらも大人しく休養に費やす事となったのだ。
まぁ、どちらにせよ今晩は無限お泊まり会の初日という事で全員が僕の部屋に集まると決められてしまったために深夜の時間帯に出歩く隙は無かったので、ある意味では都合が良かったのかもしれない。
「痛くはないですか?」
皆が集まる予定の時間までまだしばらくはある僕の部屋にて幼馴染が僕へと問う。
「ん、へーきへーき、心地いいよ」
「そうですか」
湿り気と熱を帯びた柔らかい感触が絶妙な力加減で僕の背中を撫でる。上へ下へ、右へ左へ、時に縫合された傷口に沿わせるように、負傷のせいで湯を浴びる事のできない僕の背中を幼馴染がタオルで拭う。繊細に背を移動する感触に幼馴染の気遣いを感じられた。
「また怪我が増えてしまいましたね」
優しさの中に憂いを帯びた声色、タオルではない細い感触が左肩にそっと触れられた。そこにはかつて刃物男の凶刃で切られた傷痕がある。
湯を浴びれないなら身を清めるのも大変だろうといつになく強く手伝いを申し出てくれた幼馴染、僕の身体の軟らかさなら一人でも殆んど苦もなく全身を拭えるのだが、妙な押しの強さに負けてつい頼んでしまったのは失敗だったのだろうか。
「傷は未熟を戒める彫り物で、痕はそれが残るほどの負傷をしても生き抜いたと証明する勲章さ」
肩に触れたまま背を拭う動きを止めた幼馴染に振り返る事なく口を動かす。
「大丈夫、同じ勲章を得たりはしないさ。そのための鍛練でもあるんだ。似たような状況にまた陥っても次はもっと上手くやってみせるよ」
「フフ……青葉ちゃんらしい言葉ですね」
なんとなく振り返ってはいけない気がして、前を向きながら本心からの前向きな言葉を吐いてみる。吐息を漏らすような笑う音を聞いたが、続けて聞いた声はまだ憂いを帯びていた。
「青葉ちゃん」
「ん~、なに?」
「私はとても心配です」
憂いそのものな声が僕の耳の奥を撫でる。
「左腕も、火傷も、切られた肩も、この背中も、青葉ちゃんはいつも自分以外の誰かのために頑張ってひどい怪我を負っています」
途中に相槌を打つことさえも躊躇われるような声。振り向かないままに耳を傾け続ける。
「誰かのために頑張れるのは青葉ちゃんの素晴らしい魅力です。誰かのために頑張るのを辞めて下さいなんて言いませんし、言えません」
声が震えている訳ではない、悲しんでいるのでもなく、怒っているのでもなく、ただただ憂いているとしか表現せざるをえない幼馴染の声。どんな顔をしているのだろうか、気になって仕方ないがどうにも振り返る気が起きない。
左肩だけではなく右の肩にも手を乗せられる感触。
「でも……頑張り過ぎないで下さい。誰かのために自分を使い潰さないで下さい」
うなじに当てられた硬くて滑らかな肌触りのあたたかい感触、さらりとした細い感触が幾本も首筋をくすぐる。
頭のすぐ後ろから懇願するような囁き声。
「咄嗟の事に自分を盾に誰かを守れてしまう青葉ちゃんの事が、心配で心配で堪らないんです。危機に対して身を削り続ける青葉ちゃんが、いつかその命まで削り落としてしまうんじゃないかって……」
「……そっかぁ」
きっと、僕がどれだけ前向きな言葉を口にしても幼馴染の不安を晴らしてあげる事はできないだろう。
必要ならば自分を使うが、それでも使い潰して果てるつもりは更々無い。可能ならば僕だって無傷で事を終わらせるつもりだ。そんな思いを言葉にしようと口を開いたが、いつも怪我ばかりな僕がそれを口にしてもなんの慰めにもならないだろうと音の無い吐息だけを漏らして口を閉じた。
僕は死なないよ。なんて言葉はあまりにも軽くて安い。
人は容易く死ぬのだ。
「バーテックスとの戦いが終わって平和になったとしても、青葉ちゃんはきっと青葉ちゃんの大切な存在に危機が迫れば身を削る行為を繰り返してしまうんでしょうね……若葉ちゃん達の戦いが終わっても青葉ちゃんへの心配はきっと無くならないんです」
「ん、そうかもしれないね」
そんな事はないさ。なんて言葉は意味をなさない。
僕が姉と幼馴染を見続けてきたように、幼馴染も姉と僕を見続けていた。お互いを理解しあっている僕達に上辺だけの誤魔化しは通用しない。
姉のために、幼馴染のために、皆のために、何を言われようと何があろうとそれを曲げる気なんて無い僕はただ肯定だけをする。
「心配させないとは、言ってくれないんですね」
「ひなちゃんは嘘では喜ばないから」
「……解り過ぎてしまうのも、考えものです」
数呼吸の間無言が続き、沈黙の中にぽつりと落とすように幼馴染が再び言葉を紡ぐ。
「ずっと、ずっとそうでしたから、青葉ちゃんが心配ばかり掛けさせるのにはもう何も言いません」
「ん」
「でも、若葉ちゃんが悲しい思いをするような事だけは絶対に避けて下さい」
絶対に。それは、とても重い言葉だと思う。
哀しませるな。間接的な物言いだが幼馴染は僕に死ぬなと言っているのだ。とても難しいことではあるが、僕自身も最大限そうありたいと思う。
「ん、がんばるよ」
「絶対にとも、約束するとも言ってくれないんですね」
拗ねたような口調でほんの少しの嬉しさを隠さない声の幼馴染。全力を尽くすという僕の気休めみたいな言葉をお気に召してくれたようだ。
再びの無言、お互いの息遣いだけが耳に届く。
「いつか、いつかきっと、人類がバーテックスに怯えなくてもいい世界になるはずです」
祈るようで、確信していると感じさせる声色。幼馴染は姉達の勝利を信じているのだ。
「そうだね、みんなそのために頑張ってる」
「そんな世界になった後に若葉ちゃんや皆さんが悲しむなんて、嫌ですからね」
「ん、僕もそう思うよ」
念を押す幼馴染の言葉に返す肯定の言葉。
背にスゥと、穏やかな吐息を感じた。
「若姉さんも、皆も、悲しい思いなんてさせないように頑張るよ。もちろん、ひなちゃんを悲しませないようにもね」
「っ……はい」
ほんの一瞬、それこそ勘違いや空耳だったかと思うような息を飲む音の直後に穏やかな声を出した幼馴染。なにか気になる事があったのかと聞こうとしたのと同時に玄関の扉が開く音が鳴った。
背の零距離にいた幼馴染が少しだけ離れる。
「青葉、入るぞ」
耳に馴染む姉の声に視線を向ければ布団を抱えた姉の姿、お泊まり会のために運んできたのだろう。
「布団持ち込み一番乗りは若姉さんだね」
「運んで汗をかくほどに重たい物でもないが入浴の前に運んでおこうと思ってな」
さっさとやる事を済ませてゆっくりと風呂を楽しむつもりなのだろう、実に姉らしい判断だ。
「ふむ、青葉の背を拭ってくれていたのか」
「青葉ちゃんの体の軟らかさなら自分でできるでしょうけど、それでもやっぱり大変なんじゃないかって思って手伝わせて貰ってるんですよ」
「そうだったのか。よし、私も一風呂浴びる前に手伝おう」
僕の意見が介在しないまま進む姉と幼馴染の会話。部屋の隅に布団を降ろした姉がタオルを幼馴染が用意していた盥に浸して絞る。
「小さい頃は毎日のように背中を流し合ったりしてたからな、なんだか懐かしい気分だ」
そう言いつつ僕の正面に回って喉元をこそばゆい力加減で拭い始める姉。上機嫌な紫水晶が至近で輝く。
「そこ、背中じゃないよ。どちらかと言うとお腹側だよ」
「なに、背中だろうがお腹だろうか表だろうが裏だろうが青葉は青葉だ。大して差は無いだろう」
「そうかな?」
「そうだとも、細かい事は気にするな、老けるぞ」
「そっかぁんぶむふ……」
喉元を拭ってから流れるような動きで顔をタオルで覆われて両頬をぐにぐにと揉むように拭われる。背中とは。
「白髪、増えたな。いつ頃かから生えているのには気付いていたが、やはり最近になって急に増えてきている」
顔をタオルで覆ったまま動きを止めて語りかけてくる姉、多くの感情が複雑に入り交じった姉の声に、塞がれた視界では見えない表情を思い浮かべる。
「……いつも心配かけて、済まないな……ひなたも」
「いいえ、私はただ、信じて待つだけですから」
ふに、ふに、と頬をささやかに揉みほぐされる。
とても、心地よい。
「心配するなと言っても無理だろうな、戦いが続く限り二人の心労はきっと絶えない」
タオル越しに頬を軽く摘ままれて上に下にとむにむにされる。
痛くはない。
「私達が勝利するまで、堪えてくれ。その後に皆でゆっくり休もう」
「ん」
くるり、くるり、と頬をの摘ままれた肉を回される。
「若ねぇふぁん」
「なんだ?」
頬の肉を回されたまま名を呼ぶと頬を弄んでいた姉の手が止まり、微妙に喋りにくい状態のまま固定された。
「そこは背中どころかお腹ですらないよ」
「そんな事は解ってるさ、青葉の頬は柔らかいな」
「そっかぁ」
楽しげな声色の姉が頬を弄ぶの再開し、僕も特段嫌な訳ではないのでされるがままにぼんやりとする。そのまま二回転、三回転と動かした姉がそっと頬から手を離してタオルを盥に浸し、軽くも揉んでからまた絞る。
顔から取り払われたタオルに視界が開き、真っ先に見えた姉の顔は鼻唄を奏でそうな程に上機嫌な表情。それを嬉しく思いながらまたぼんやり。
「青葉ちゃん、腕をこちらに」
「ん? ん~~……」
僕の右腕側に移動した幼馴染に言われるがまま腕を伸ばしてされるがままに拭われる。隻腕故に実は背中を拭うよりも面倒な腕を拭って貰えるのはとても楽だ。
「少し背を逸らして顎を軽く上げろ」
「……んん~」
腕を幼馴染に確保されてから間髪入れずに姉から指示を受け、その通りに大勢を変えれば姉が僕の胴体を拭い始める。
さすがにやや気恥ずかしさを覚えるし自分でやった方がさっさと済ませられるのだが、なにが嬉しいのかとても上機嫌な姉の表情に『まぁ、いいや』と開き直ってされるがままにやらせておく。
まるで、介護を受ける老人だな。なんて思いつつも丁寧に手を動かす二人のやりたいようにやらせ続ける。
「よしよし、残るは下半身か。それじゃあ下を脱いでパンツ一枚になれ」
「ん゛!?」
張り切る姉。
さすがにこれは恥ずかしさが勝る、されるがままではいられない。押し問答の末にパンツ姿は回避した。
─────
寝付けない、漠然とそんな事を考えながら寝返りを打ったのはこれで何度目か。
部屋のそこかしこで奏でられてる寝息が耳障りな訳ではない、公園のベンチで昼寝ができる僕は多少の物音でも関係無く眠れる。人の気配が気になって煩わしく感じているの訳でもない、黒いヒトガタに四六時中視線を向けられてる僕はもうちょっとやそっとこ人の気配なんて慣れきってしまっている。匂いはたしかに少しだけ気になるかもしれない。しかし、入浴を済ませて後は布団で寝るだけのホカホカな状態で皆が集合したせいか部屋中に人数分のしっとりとした香りが漂ってはいるが、不快な匂いではないしいつもより匂いが濃いというだけで慣れきった匂いなので眠りを妨げるほどでもないはずだ。
「……ん……んぅ……」
押し入れの位置から布の擦れる音と染み出るような吐息が聞こえた。友奈が寝返りを打ったのだろう、穏やかに眠れているようでなによりだ。
再び寝息だけが奏でられるようになった暗くて花の香りが漂う空間で思考する。
僕が睡眠関連で不調になるのは今に始まった事ではない。今までも夢見が悪かったり寝て起きてを繰り返す状態に陥った事なんて何度もあったし、最近なんて悪夢なんて毎日のように見ているので夢の中で『あぁ、またか』と夢だと認識して受け流しながら朝を待つことが当たり前になってしまっている。そして、それらの状態が悪化する時は大抵心配事を新しく抱えてしまった時だ。
少し考えれば複数の心配事がすぐに浮かんできてしまう現状、睡眠関連で少しだけ不調になってしまうほどに僕の精神は疲労してしまっているのだろう。自らの状態を把握できている事に成長を実感しつつも精神の弱さに未熟を実感する。
「……ぅ……」
また誰かが寝返りをうったのかささやかな吐息のような声が耳に届く。
「…………ぅ……ぅう……」
そのまま続く搾り出すかのような弱い声。
違う、これは寝相のついでに出た声ではない。
察知した異変にぼんやりと思考していた意識が活動的な物に切り替わり、布団に横たえていた上半身が跳ね上がって部屋にいる全員に視線を巡らせて状態を確認する。
「……あおば?」
「……ぅうぅ……」
人が急激に動く気配に目が覚めたのか隣で寝ていた姉が瞼を上げながら僕を呼び、その声に反応したのか更に隣の幼馴染もゆっくりと瞼を上げる。違う、この苦しむ声の元は姉と幼馴染ではない。声の発生している方向から考えて押し入れで寝ている友奈でもない。
「……ぅう……うぅ……」
途切れ途切れに押し出されてくるような呻くような喘ぐような声、その発生元は千景だった。
「……! 千景が魘されているのか」
「ん、そうみたいだね」
寝起きのぼんやりとした状態を一息に振り払った姉が身を起こし、案ずる気配を隠さない表情を千景へと向ける。ゆっくりと身を起こした幼馴染も同様に何を聞くまでもなく状況を把握したのか表情に眠気を感じさせる気配は無い。
「……んむぅ…………」
声の元が増えた事に戸惑ったが、杏がどんな寝相だったのか布団に侵入した球子に抱き締められて寝苦しそうにしているだけだった。
「……ぅぅぁ……あぅ……」
「起こしてやった方がいいのだろうか」
「……かもしれませんね、きっと気分が悪くなってるでしょうし、落ち着くためにぬるま湯を一口だけでも飲んでもらいましょう」
顔を合わせて短く相談した二人がすぐさま行動に移る。幼馴染が静かながらも遅くはない動作で台所へ向かい、姉が魘される千景へと音を立てずに素早い動作で寄って肩を揺らす。
どうするべきかと判断に困った僕と違い、すぐに対応できた二人がとても頼もしくて誇らしい。
「千景、起きろ。千か──」
「……ぅ……っ! ぅあああぁぁぁ!!」
「──っ、千景!?」
魘されていた声が途切れた瞬間、悲鳴じみた叫びを上げながら横たえていた体を跳ね上げて眼を覚ます千景。驚く姉に構うことなく千景は自らの首を撫でたり肩口や胸、腹部などを確めるように何度も触り始める。
開かれた瞼、見えた昏い瞳に浮かぶ濁り。
眼を見開きながらも何も見てないかのような虚ろな瞳の動き。
千景の心は今、夢から現実に戻ってきていないと直感。
「な、なんだ?」
「……ち、千景さん?」
「い゛っ! …………うぐぅ……」
千景の叫びに眼を覚ました球子と杏が不意の目覚めに困惑し、目覚めた勢いで押し入れ内部の何処かに体をぶつけたのか友奈が硬質な音を鳴らした後に呻く。
「っ……ひゅ……ひふっ……ぅ゛……」
弱々しく喉を鳴らす千景。
焦燥、目を覚ましながらも悪夢に囚われたままの千景に僕はどうすればいいのか、何をしてあげられるのか、空転しがちな思考が僕を激しく焦らせる。
「おい、しっかりしろ! 千景! 私が解るか?!」
困惑しながらも千景の両肩を掴んで目と目を合わせる姉。しかし、千景はそれに気づいていないのか何も見てない瞳を虚空にさ迷わせてはまた自分の体を確めるように触れる。
「どうしたってんだ、おい、千景、大丈夫か?」
「ひぅっ……」
困惑しつつも異常を察した球子が千景の背中を労るように撫でるとビクリと千景が体を揺らす。
「ゃだ、ばらばらになる、どぅしよぅ、たくさんころした、きった、やだ、ばらばらになるの、やだ」
片手で自身を抱くように肩口を押さえ、更に片手で自分の首を押さえる千景が姉の手を振り払って球子へと振り向く。
言葉の内容、口調、仕草、その全てによって千景の心が追い詰められていると周知され、暗がりの室内に嫌な緊張を走らせた。
「どいさん、どうしよぅ、わたしが、ばらばらになるっ!」
「ぐっ、だ、大丈夫だ。どこも切れちゃいない、な?」
千景の様子に言葉が詰まりながらも宥めようとする球子。しかし、千景の瞳は変わらずに濁ったまま。
どうすればいい、僕は何をするべきなのか。
「この手が、わたしをばらばらに、この手が……ゃだ、ぃゃ……」
普段の大人びた姿の面影無く幼子のように自分を抱き締める千景。誰もが困惑し、緊張し、混乱の中でどうすべきかと思考しているのが目に映る。
ふと、どうすべきかではなく、どうしたいかという思考へと至る。
僕は悪夢に怯える千景を安心させたい。
そして、そのための方法を僕は知っていた。
「青葉?」
思い立ったと同時に動き始めた体。狂乱している千景に歩み寄って手を伸ばすと姉が『どうするつもりだ?』と問う意味で僕の名を呼んだ。
構わずに、千景を抱き締める
「ぇ……ぁ……ぅ……?」
「大丈夫、バラバラになんてならないよ」
かつて僕が悪夢に怯えた夜、姉がしてくれたように包み込むように抱き締めて穏やかに語りかける。
これをされるだけでとても安心できる。少なくとも僕はそうだった。
「乃木くん……でも、わたし、いっぱい切って……」
「大丈夫、僕がこうやって押さえてるからバラバラになんてならないよ」
僕はあの日の姉のようにできているだろうか、千景に安心を与える事ができているだろうか。
「むねも、おなかも、首も……?」
「もちろん、こうすれば大丈夫さ」
背中に回していた右腕を動かして千景の頭を抱えるように少しだけ強く抱き締める。
「朝がくるまで、悪い夢から覚めるまで、こうしてるよ。だから、千景は大丈夫」
「…………ほんと?」
「大丈夫」
「……ばらばら、いや……はなさない、で……」
強張っていて千景の全身が唐突に脱力し、胸元から静かな寝息が聞こえてくる。悪夢が絡み付く現実からただの夢へと落ちたのだろう、落ち着いている千景の呼吸がその夢はきっと悪夢ではないだろうと少しだけ僕を安堵させる。
「青葉、お前凄いな」
「なにも凄くなんてないさ」
僕と同じように千景の寝息に安堵の息を吐いた球子。
僕は凄くなんてない、本当に凄い人というのはもっと早い判断で"大切な人"を安心させれるような行動に移れるだろうし、お手本なんて無くとも自分の考えで方法を探せたのだろう。
「謙遜すんな、お前はすげーよ」
「あぁ、そうだとも。流石青葉だ、私は何もできなかった」
僕を誉める言葉をくれる球子を見て、次に姉を見る。誇らしげに微笑むその顔に心底から僕を誇ってくれてるのが容易く解る。
本当に凄いのは姉だ。
姉が僕にしてくれたから、僕は千景にこうする事ができただけた。
「ん、取りあえずはあれだね、まだ夜も深いしもう一眠りしようか」
「青葉くんは、えーと、そのまま?」
額を押さえながら首を傾げる友奈が押し入れの中から僕へと問う。
「ん、約束したから。夢から覚めるまで僕は千景を離さないよ」
宣言しながら僕に凭れて眠る千景が寝苦しく内容に腕の力を少しだけ弛める。優しく包むように、でも、離さないようにしっかりと。今宵一晩、この腕が離される事はあり得ない。
「そうか、やっぱりお前はすげーよ」
「念のために私も傍で起きてますので、皆さんはお休み下さい」
フッと笑った球子に続き、お盆に湯気の昇るマグカップを二つのせた幼馴染が台所から戻ってきながら微笑む。そして、「今までみたいに変調した時の記憶が曖昧だったら起きた時に驚くでしょうし、説明する人が必要ですから」とも言葉を繋げた。
幼馴染の申し出が口下手な僕としては非常に嬉しい。
「うむ、勇者である私達が寝不足で体調を崩す訳にはいかないからな、そうさせて貰う。二人とも、千景を頼む」
素直に頷いた姉が音の無い動きで自分の布団へと戻ってするりと布団を被り、友奈が「切り替え早いね」と笑いながら押し入れの中で体を横にした。寝る姿勢ではあるが目を開いて千景を心配そうに見ている友奈に『今は任せて』という意味を込めて小さく笑みを向ければ力強い頷きで返され、友奈が張り切った表情で瞼を閉じた。
「……切り札を繰り返せば……私も──」
「あんず、ほれ、こっちの布団に来いよ」
ぽつりと溢された思い詰めた声色な杏の呟きを遮る球子。自分の布団を捲り上げ、てしてしと自分の横に作ったスペースを叩いて誘う。
「ちょっと怖くなったか? 大丈夫だ、ラブなハグでどうにかなるのも見たろ。あんずラブなタマがハグしてやるから早くこっち来い」
「えぇ……」
「なんだ、タマのハグじゃ不服か? 青葉は今千景が使ってるから空いてないぞ」
「青葉くんはいらないよ。って、そうじゃなくて……はぁ~……」
てしてし、てしてしと敷き布団を叩き続ける球子に根負けしたのか杏が溜め息を吐きながら球子の布団に潜りこむ。
「よしよし、寝るぞ」
「うん」
「そんじゃ、任せたからな」
僕に視線を向けて一言を置き去りにしてからさっさと瞼を閉じる球子。収まりが悪かったのかモゾモゾと身動ぎを繰り返した後に杏も大人しくなった。
「今からは、静かな夜になりそうですね」
「ん」
幼馴染の予想通り、僕達は夜が明けるまで寂寞に包まれた。
頬っぺたもちもちくん
死ぬ気は無いけど死が近いところにあるから悲しませない約束できずにがんばるとだけ言ってお茶を濁すボーイ。されるがままにお世話されたけどパンツは恥ずかしい。どうすべきかではなくてどうしたいか、千景抱き締めたい。抱擁は安心できるって自慢のおねーちゃんが教えてくれてた。白髪増えたけど元々髪色薄いからしっかり見てる人じゃないとあんまり気付かない。
若葉さん
器用だから身の回りの事あんまり困ってないだろうけどそれはそれとして愛する弟を手伝ってあげたいと思うのは姉として当然の事だから手伝わせろと常々言ってるのにさらっと断ってくる弟が隙を晒してたから容赦なく手伝ってご機嫌ガール。半身が「大丈夫」と言ってたから無敵の気持ちで寝た。毎日一緒の布団で寝てるくらい幼かった頃、声い夢に目を覚ました時は寝惚けた半身を『ぎゅっ』と抱き締めて『ほにゃ』と抱き締め返されてたからハグの心強さを知っていた。
ひなたちゃん
心配で心配で仕方無いけど気休めみたいな一言が嬉しかった、でもやっぱり心配。なにがあったとしても若葉ちゃんを悲しませるような事は避けて下さい、なにがあっても、です。なにがあっても、二人で助け合って下さい。
タマっち
コイツに任せときゃ頭がちょっと大変な感じになる位切札使ってもなんとかしてくれるだろーな。根拠はあんまりない、ただ信じてるだけ。でもタマっちの旋刃盤壊れてるから切札以前に戦えないよね!
杏ちゃん
戦い続けたら自分も覚めない悪夢に取り憑かれるのかな?なんて凄く怖くなったけど姉貴分が自信満々だから取りあえず寝る。青葉くんのハグよりもタマっちのハグが良い、っていうか青葉はいらない。
友奈えもん
ノリノリのダミ声で「うぅふぅふぅ、押し入れベッド~」って言いながら押し入れに布団を敷いた。おでこゴツン!青葉くんからなんか受信した。「うん、ここでは任せるよ。樹海では任せてね!」ちょっと齟齬がありそう。
■■ちゃん
自分にバラバラにされる夢を見た。