乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
真新しい補強材で円盤部分を覆い、刃を欠落させている旋刃盤。それを手にしながらやや緊張の表情を見せる球子が道場の真ん中にてスマホを操作して勇者アプリを起動させ、活動的な私服姿から勇者装束姿へと姿を変える。
壊れかけの神具故に正しく勇者の力を行使できるかは未知数だったが、勇者アプリの起動はできるらしい。安堵の息を吐きながら球子が口を動かした。
「一応変身できるんだな──あ?」
変身はできた。しかし、すぐに勇者装束が霞むように消えて私服姿へと戻ってしまった。間の抜けた顔で沈黙する球子、この場で球子の変身を見守っていた全員も同じように沈黙する。
「一応聞くが、今のは自分で解除したのか?」
「いいや、勝手に消えちまった」
姉の問い掛けに対して残念そうに答える球子。ひとしきり困ったように唸った後に「なんつーか、詰まった感じ」やら「ちぎれかけのイヤホンから聞こえる音」だのと体感した状態を悩みながら表現してくれた。
「むぅ、間に合わせではダメみたいだな」
「すまん。次の戦いもタマは戦えそうにねぇや」
「物は試し、ダメで元々のつもりだったし仕方無いよ。次の戦いも私達に任せて!」
残念そうに呟く姉と気落ちした様子の球子。少しだけ沈んでしまった場の空気を友奈の朗らかな声がすぐさまいつも通りの雰囲気に押し戻す。
「どこまでもつか解らない補強した武器っていう不確定な要素が消えて、次の戦いのメンバーが四人っていう確定的な要素が増えたから、作戦の幅は狭まるけどその分深く思案できるようになったよ」
「うんうん、悪い事ばかりじゃないんだね!」
「あんず……軍師役が更に板についてきたな」
「……頼もしい限りだわ」
球子にふわふわと微笑みながらポジティブな要素を強調する杏に頷きながら同調する友奈、やり取りを見守っていた千景がそっと微笑む。
「球子が抜けた分の攻撃力は私が埋めてみせるさ、安心して待っているといい」
「おっ、いつも以上に自信満々だな」
「青葉と私が二人揃えば負け知らずだからな、私が青葉の体術を完全に会得して一人二役をできるならば元々の倍以上の戦力、完全無敵だ。球子の抜けた穴を埋めても釣り銭が戻る」
「どういう理論なのかしら?」
胸を張って笑う姉。戦闘力を倍にするとまで断言するほどに僕の培った技術を高く評価してくれる事が嬉しくて頬が弛む。
「そんなにすげえのか」
困惑を隠さない千景をそのままに興味を惹かれている様子を見せる球子。
「勿論だ。これから会得のための鍛練を林でする、まだ完全な模倣はできていないが気になるならば見に来るか?」
「そんなに凄いなら戦術に組み込めるかもしれませんし、私も見たいです」
「青葉くんとの組手見ていかないの?」
見学に乗り気な杏の後に続く小首を傾げながらの友奈の声。それに対して姉は少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げて言葉を返す。
「いつバーテックスの襲撃があるか解らないから一刻でも早く技術の完成度を高めたいからな、こちらに集中したいんだ。それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」
「? そっか。それじゃ、そっちの鍛練も頑張ってね」
「あぁ」
短いやり取りの後に道場を後にする姉、それに球子と杏もその後についてこの場を後にする。組手をする僕と友奈以外で唯一残った千景が音もなく道場の隅に腰を降ろす姿が視界の端に映った。
「よーし、さっそく始めよっか!」
「ん、そだね」
意気揚々とスマホを操作して勇者装束を纏った友奈が鼻息強く道場の真ん中に立つ。あらかじめ柔軟体操を済ませておいた僕も木刀を片手に対峙、後は合図一つでいつでも組手を始めることができる。
「コーー……フーー……」
「ぐんちゃーん、合図して~」
姉が先ほど言い淀んで結局言わなかった言葉、『それに』の後に続く言葉が僕には解る。とても単純で簡単な言葉だ。
「えぇと、それじゃあ……始め!」
千景のちょっと鋭い合図の声。直後に数歩離れた場所に構えていた友奈が僕を拳を引く動作を見せたと同時に弾丸のように間合いを詰める。文字通り、弾丸。全力で集中していてなお反応さえ許さない速度で間合いを踏み潰した友奈が僕の顎先に拳を制止させて目を丸くさせる。
「あ、あれ?」
「ん~~、わかっちゃいたけど手も足も出ないね」
姉が言おうとして言わなかった言葉。それは、見なくても勝敗がわかるし、負け方もわかるという事。人と勇者の単純なパワーとスピードの差でやる前から勝敗は決していたのだ、跳躍一つで数百メートルの移動ができる存在に只人では勝負にならないのである。
負けるだろうとは予想していた、だが、せめてほんの少しでも抗ってみせると全力で集中していたのにわずかな逃げさえできなかったのには自分の弱さを恥じるしかない。
「スペックが違いすぎて……勝負にならないみたいね」
「加減しなきゃだめ?」
悪気なんて欠片もないのであろう友奈と千景の言葉。強さの差なんて解りきっているはずだし仕方の無い事なのに妙に心のどこかがささくれる。
「えーと、次は普通の力くらいに抑えるからもう一回しようよ」
「……ん」
あっけなさすぎる勝敗に微妙な空気になってしまった中で再戦を提案してくる友奈に頷く。手加減するという言葉が心のどこかに引っ掛かる。
再度数歩離れた間合いで友奈と対峙、千景が開始の合図を出す。
「そいやー」
「コーー……」
先程の弾丸のような速度から格段にスピードを落とした友奈が人並みの速度で間合いを詰めてくる。いや、加減を意識してるせいか人並みよりも遅いかもしれない。そんな友奈が僕の間合いに踏み込んだと同時に横一閃に最速の意気で斬りかかる。
「わ、はやい」
当然のように手甲で受け止められた。
「自然体に立ってたのにこんなに速い、横から見てるのと正面で受けるのだったらこんなに見え方が違うんだね」
「フーー……」
称賛の言葉、僕の剣を受けてなお崩れない余裕から放たれたそれが心のどこかを逆撫でる。勇者の強化された反射神経を越える速度なんて只人には届かない領域なのだろう。だけど、それは友奈に一矢報いる事を諦める理由になりはしない。
「コーー……フーー……」
「わ、わ、わっ、わっ、わわわ、わわわわわ!」
連撃。虚実を織り混ぜた剣を縦横無尽に走らせる。慌てるように口から音を垂れ流す友奈だが、その実危なげ無く全ての剣に対応して手甲で全てを受け止める。僕の最大速度の中で混ぜ込んだフェイントの全てに引っ掛かりながらも反射神経と僕よりも更に早い腕の動きで全てを防がれる、僕の速度は完全に通用しないと改めて実感する。
思い付いた次の一手のために剣の速度をゆっくりと落としつつ、剣速が落ちた事に気付かれないように派手な動きで注意を逸らしつつ連撃を続ける。
「なにこれ! すご! 腕が蛇みたいにぐねぐねしなりながら全部の方向から斬られてる!」
実際にしなってはいない、僕の腕には骨がちゃんと入っている。でも相対する友奈には僕の腕が面白く見えているらしい。
「そろそろこっちからも攻めるよ!」
防御に徹していた友奈の宣言に一矢報いるための仕掛け時が近い事を知る。更なる集中にて友奈の一挙手一投足を見逃さないように注意を払いつつ連撃の手を気付かれないようにまた少しだけ緩める。
好機は一瞬、これを逃せば不可避の拳に寸止めされる。好機を捉えてもほんの少し身体の動きをしくじれば二度目は無い。
半身になるほどに振りかぶり、叩き付けるように振るった袈裟斬りが友奈の裏拳に弾かれて木刀が跳ね上がる。
「──ふっ!」
大きく身体から離れていく木刀。大きく眼を開いた友奈、強く細く吐いたであろう息に友奈の唇が少し尖る。
木刀を弾いた手とは逆の手が腰だめに引かれる。友奈の強靭な全身を弓に例えるならばその拳はまさしく矢、しかし、威力は一撃必殺の砲弾。
僕の晒した隙を逃さずにここで仕留めるつもりなのだろう。
「貰っ──」
「フッ!」
この隙はわざと、誘いだ。
わざと木刀を手放して無手になったまま腕を振り切り、左の袖に隠した小刀を模した木刀を抜き放ち、落としていた剣速を解放して袈裟から逆に斬り上げる。
「──たわっ!?」
隙を打ち抜くつもりだったであろう友奈が拍子を崩しながら引いていた拳で小木刀を打ち払う。が、衝突とほぼ同時に手首から力を抜いて腕を振り抜く。
「え?」
こつん。そんな軽い手応えに更に拍子を崩した友奈。
手甲を撫でるように木刀を滑らせて柄を握る拳を友奈の防御の内側へ、友奈がぎょっとした表情を見せるがお構い無しに手首に全力で力を漲らせる。
「あっ」
ぺちん。音にすればその程度。勇者装束の守りがある友奈には蚊に刺された程度のダメージだろう。
友奈の腕から弾かれるようにピンと伸ばされ小木刀の鋒、デコピンの要領で跳ねたそれが友奈の胴を小突いた。
「ん、よし!」
最速より一段劣る速度に慣れさせ、腕一本を封じるために攻撃を弾かせ、こちらが整った状態での攻撃を誘発させるために得物を一つ捨て、拍子を狂わせるために相手の攻撃よりも微かに早いタイミングでこちらから攻撃し、最速の状態を誤解させて更に上の速度で斬り付け、予期せぬ低威力で拍子をさらに崩す。言葉にすればややこしいが一撃を当てるために沢山の嘘を見せただけだ。
「……負けちゃった」
「んふふ、一矢報いたよ。どーんなもんだいっ!」
ポカンとした表情で小突かれた胴を撫でる友奈。この一勝ももしかしたら姉は読んでいたかもしれない、加減してなお反射神経の有利によって僕の技を引き出せるだけ引き出してから勝利しようという油断をした場合、こうなる可能性は少なからず有ったのだ。しかし、友奈はちょっと勉強が苦手でも愚かではない、同じ油断はもうしないであろうからこれ以上組手を続けるならば僕に勝機は無いだろう。
「……すっごい……すごい!」
胴を撫でながら間の抜けた表情から蕾から華が開くように徐々に笑みに変わった友奈。弾丸よりは劣る速度で僕に駆け寄って手を握り、上下左右にブンブンと振り回す。
「すっごいよ青葉くん!もう一回しようよ!ね!」
僕の仕込みに仕込んだ一発芸は友奈のお気に召したらしい。すごいすごいと大はしゃぎして喜び、讃えてくれる友奈の姿には心のどこかに引っ掛かったりこべりついたりした何かが洗い流される気分だ。
「んふふ、いいよ、もう一回しよっか」
きっと勝機はもう無い。わざわざ負ける戦いに応じるほど僕は勝負事に熱がある訳ではないが、こんなにもせがまれてしまっては断る方が微妙な気分になりそうなので二つ返事で頷く。
「ぃやったーー!!」
大袈裟に思えるほどに飛び跳ねて喜ぶ友奈。
この後は何度やろうと友奈の勝ちは揺るがないだろう。しかし、今の組手でほんの少しだけ圧倒的である勇者達の力に抗う術を見付ける事ができた、組手の中で退屈だけはさせないだろう。
「あの……二人とも…」
「ん?」
「なぁに? どうしたのぐんちゃん」
喜びの飛び跳ねが治まった頃に小さく投げ掛けられる千景の呼び掛け。それに振り向くと控え目に伸ばした細い指で何処かを示している姿が目に写った。
「あ、あーー……」
「ん~~、やっちゃった」
友奈と二人、一緒に千景の指先を視線で追えば天井に深々と突き刺さる木刀。今しがた弾かれて手放した時に勢い余ってこうなってしまったのだろう。引っこ抜いて木刀を回収すれば板張りの床に天井の細かい破片が落ちた。
困ったような表情の友奈と顔を見合わせる。
「休憩がてら掃除してから、再戦しよっか」
「うん、手伝うよ」
何を言うでもなく自ら進んで手伝いをしてくれた千景とも三人で掃除、穴を隠すためのガムテープが貼られた天井以外は元通りになった道場の端に三人並んで腰を下ろす。
「天井……あれでいいのかしら?」
「バレて怒られるとしても困るのはその時の僕さ、今の僕達は困らないから大丈夫さ。怒られたとしても怒られ慣れてる僕はわりと無敵だからね、拳骨以外はへっちゃらだよ」
「怒られ慣れてる事に胸は張れないと思うよ」
組手を始める前から千景が差し入れのつもりで用意してくれていたというお茶を啜りつつ、大人に見付かる前にやらかしの隠蔽を済ませられた達成感に浸る。友奈も僕を嗜めるような口振りだが悪戯な微笑みを浮かべているあたりそこそこ程度には状況を楽しんでいたようだ。
悪戯な微笑みのまま友奈がほんのり戸惑っているような千景に問い掛ける。
「ねぇぐんちゃん、さっきの手乗り青葉くんの画像データ送って欲しいな」
「え、あ、チャットアプリに貼ればいいかしら?」
「うん、お願い!」
会話の直後に千景がスマホを操作すると、僕と友奈のスマホが軽快な通知音を鳴らす。確認してみれば勇者装束の友奈がまるで小鳥を乗せてるかのような気楽さで直立する僕を両手の平で持ち上げてドヤ顔をしている画像。乗せられている僕は丁度天井の穴にガムテープを貼ろうとしている姿だった。
この時はやらかしの隠蔽に夢中で特に格好なんて気にしていなかったが、第三者の視点で見ると思わず笑ってしまうほどに摩訶不思議で奇妙な姿だ。
「ふふふっ、青葉くんがとっても青葉くんな雰囲気」
「そうね、まさに乃木くんな画像ね」
「んんん?」
つまりはどういう事なのか、解らないので訊ねてみた。
「これぞ青葉くんとしか言えないや、ごめんね」
「説明するのが難しいわ」
「え~……」
顔を合わせて楽し気に微笑み合う二人の雰囲気から察するに決して悪い意味ではないのだろうと、そう思っておく事にした。
なんとなくな納得を自分にさせていると、またもスマホが軽快な通知音を鳴らす。確認すれば姉からのメッセージを受信していたようだ。
『説明』
たった二文字のメッセージ。ほんの一瞬なんの事かと首を傾げかけたが、姉のメッセージのすぐ上にドヤ顔で僕を手に乗せる友奈の画像があることに気付く。
「あっ……」
「うふふっ、ぐんちゃんはうっかりさんだね」
なんてことはない、千景が先程の画像データを送る際に個別に送信するのではなくうっかりクラスメイト共有のグループチャットにデータを貼り付けて拡散してしまっただけのようだ。いつもこのグループチャットを活用してるだけに僕もたった今まで違和感を憶えなかったので千景もそんな感覚だったのだろう。
「ん~、これは手乗り行為の意図の説明を求めているのか、この状況に至った経緯の説明を求めているのか、それともチラッと画像に写ってる天井の穴についての説明を求めているのか、どれだと思う?」
「わかんないけど、結局は最終的にやらかしが若葉ちゃんにはバレちゃうって事だね」
「その……ごめんなさい……」
今日一番の悪戯な微笑みを浮かべる友奈の言葉に千景がしょんぼりとしてしまう。
「怒られ慣れてるから大丈夫さ、へーきへーき」
拳骨されるかもしれないが今の僕は困らない、拳骨された時の僕が痛みに悶えるのだろう。そもそもこんな適当な隠蔽ならいつかは絶対にバレるのだ、千景が気にするような事ではないと言いつつ既読の表記をつけてしまったメッセージアプリを閉じてスマホをしまう。
「もうちょっと休憩したら組手再開しよっか」
別に拳骨なんて恐れてはいない、僕はそれ以上に痛い思いを今まで何度も体験してきている。だから、この微妙に唐突な話題の変更は決して現実逃避ではないのだ。
方向が変わった話題に華を綻ばせながら友奈が食い付く。
「木刀装備な青葉くんに一勝一敗、三本勝負なら次で決着だね。次は負けないよ!」
爛々と輝く瞳に溢れんばかりの戦意を感じる。きっと、次の組手は先程よりも加減なく突っ込んでくるのだろう。
「高嶋さん、加減を間違えたら乃木くんが大怪我してしまうかもしれないから、もう少し落ち着いた方がいいわ……乃木くんは、勇者装束無しの生身だから……」
千景が苦笑しながら注意を促す。僕と技を競い合う事に喜びと楽しみを見出だしてくれるのは嬉しいが、うっかり勇者パワーの打撃をあてられたら大惨事なので力加減については本当に気を付けて欲しいと思う。背中の糸を抜いたばかりなのにまた病院のお世話になるのは心の底から遠慮したい。
「ちょっと加減間違えても青葉くんならなんかよくわかんない方法で躱してなんとかなりそうな気がする」
「それは……ありそうね……」
「二人は僕をいったいなんだと思っているのかな」
「うーん、わりと本気で人として一番強いんじゃないかなって思ってるよ」
上機嫌な微笑みと真顔の中間な表情でそう言い放った友奈が「たぶん昨日の鬼ごっことさっきの組手を見たらほとんどの人がそう思うんじゃないかな」と付け足す。
「褒められてるんだよね? やったぜー」
弱いよりは強い方がいい、それは至極当然の事だ。褒められれば嬉しいので素直に喜んでおく。すると、二人がなんとも形容しがたい曖昧な表情で僕を見た。辛うじて何か疑問を抱いているのがわかる程度には怪訝そうにも見えた。
「なんだか棒読みだね」
「ん?」
「男子って強いと言われたら、もっと喜ぶものだと思ってたわ……乃木くんはいつも鍛練に一生懸命だから、特にそうだってイメージがあったわ」
「まぁ、嬉しいは嬉しいけど僕は別に強くなるのが目的で鍛練してる訳じゃないからね」
僕としてはこれで二人の疑問を解いたつもりだったが、じぃと見詰めてくる二対の瞳がもう少し詳しく話せと要求してきたので言葉を繋げる。
「僕はただ、自分に出来る事をしているだけだよ」
乃木の教え、何事にも報いを。丸亀城に来る前に自分へと定めた『命を選ばせてしまった姉には選んだ僕の命を以て最大限の助けに』と『涙を流した幼馴染には悲しみを消して余りあるほどの笑顔を』を成す、最初はただそのために何をするべきか解らなかったから一番得意だった居合いに打ち込んでいた。
いや、今でもあまり解ってない。
だからこそ、ただ自分に出来る事を続けているのだ。
昨日の鬼ごっこでは僕の技術を姉に伝授する事でかなり姉の助けになることができただろう。出来る事である居合い続けていたからこそそうなれたのだ、僕のしてきた事は無駄なんかではないと胸を張って言える。
「それなりに強くなれたのは言ってしまえばおまけ程度の事なのさ。まぁ、これのおかげで何度も危うい場面を切り抜けられたし万々歳なんじゃないかな」
「こんなビックリ人間な強さがおまけ程度の扱い」
「やっぱり乃木くんは……乃木くんね」
納得したらしき二人、友奈が「青葉くんをよくありそうな男子のイメージに当て嵌めようとする方が変だったね」と言いながらうんうんと頷いた。
「それにしても、できる事をかぁ……。できる事にいつも一生懸命なのは若葉ちゃんもそうだし、ヒナちゃんもそうだよね。若葉ちゃんは今も鍛練してるし、ヒナちゃんだって巫女のお役目で大社に行ってるし」
「結界の強化をするための重要な儀式……それの準備だったかしら」
友奈の言葉に対して千景が思い出したかのように言った。
「もしかしたら、次の総攻撃を凌げば戦いが終わるかもしれないって上里さんも言ってたわね」
丸亀城にいる人達は必要でも外道を許せない気質の者が集められている。ここの皆は結界の強化の話だけしか聞かされてないのだ。巫女を焼いて降伏し、それで戦いを終わらせるなんて話はほんの欠片程度の話も知りはしないのだろう。
「ん、戦いを回避して人類がこれ以上攻められないようにする、そんな勝利とはちょっと違う平和が近いのかもしれないね」
言いながら思考する。戦いが終わる日が近いという事はすなわち、巫女を火にくべて贄にする日が近いということだ。あと一人、あと一本の薪を確保しなければ幼馴染が火に焼かれてしまう。しかし、薪の所在を掴んだという報せはまだこない。焦燥感が募る。
「平和、欲しいね」
「ん」
「そうね」
常の友奈が見せる事のない、出す事のない、憂いを感じさせるようなしみじみとした表情と声。同意で応えれば同じく常では見る事のない大人びた微笑みが返された。
華のような爛漫な笑みではなく、どこまでも透き通る水のような清い微笑み。ふと、もしかしたら友奈の本質、心の奥底はこの水であって、この水がいつもの華の笑みを咲かせているのではないかと直感する。
「前にも話したかな、二人はなんの心配もいらないような平和になったらなにがしたい?」
「何がしたい……ん~、きっと僕は今と変わんないだろうね。皆と一緒にのんびりしながら楽しい事をいっぱいしたいよ」
「私も……一緒にいたいわ……ずっと……」
「ふふ、私も幸せなみんなをずっと見ていたいな」
三人同時にほっこりと微笑み合う。なんだかこの瞬間がたまらなく嬉しく思える。
「ね、三人で指切りしようよ」
「ん?」
たぶん思い付きの発言だろうが、それにしても前触れの無さすぎる友奈の言葉に小首を傾げる。水の微笑みからいつの間にやら華の笑みに変わっていた友奈が特に説明する事もなく僕と千景に小指を差し出す。
一度千景と顔を見合わせてから、三人で小指を結んだ。
「ゆーびきーりげーんまーん♪ ずーっと幸せ!」
「ん!」
結んだ小指を軽く上下に揺らして約束事というよりは願い事を歌うように口にする友奈。いかにもらしい振る舞いが妙に面白い。千景も同様の思いを抱いたのかくすくすと華を開かせていた。
この願いが約束として果たされ続ければどれだけ素晴らしい事か、この友奈の願いはきっと尊い物だろう。
「よーし、なんだかやる気がぐんぐん湧いてきちゃった! 次も絶対勝つぞー!」
僕と千景を残して一人だけ結んだ小指をほどいて立ち上がる友奈。両拳をぐっと握って気合いを入れる姿にまたもらしさを感じ、千景と微笑みながら顔を見合わせる。
一対一、三人で小指を結んでいた時には感じていなかったくすぐったい気恥ずかしさを急に感じ始めたのでそっと小指をほどこうとした瞬間、時が来た。
三人のスマホが掻き鳴らす、緊迫感を呼ぶ警報音。
「千景」
目と目が合い、視線が絡む。
見送れる時間は少ない、ちょっとずるいかもしれないけどほどきかけた小指を結び直して約束を押し付ける。
「幸せの約束、叶えたいんだ。無事に帰ってきてね、約束だよ」
「! ……はい」
ほんの一瞬眼を見開いた千景、目の前で華を開かせながら姿を消した。
総力戦は終わったのだろう。
激しい稲妻が幾重にも轟く。
拳大の雹が窓を突き破る。
衣擦れの音や足音、息遣いの音さえも鳴らしそうな程存在感を増した黒いヒトガタが僕を見下ろす。
そんな事はどうでもいいと感じるほどに胸中で恐怖がのたうち回る。
皆の安否がわからないのが不安で不安でどうしようもなく怖い。それ以上に、抑えきれない程に涙が流れ出る悲しみに胸が締め付けられる。
こわい。
なんだこの悲しみは、今までにこんな事は無かった。
この悲しみはまじないによって姉から移されたものなのだろう。ならば、こんなにも姉が悲しむような出来事が戦いの中で起こったという事なのだろう。
いったい、何があったというのか。
こわい。
姉から移された穢れや負の感情の影響もあるのかもしれない。だが、この恐怖の大部分は僕の恐怖だろう。
恐怖を上回る程に姉が悲しんでいた事実、それが僕は恐ろしい。
こわい。
僕の"大切"達の無事をひたすらに祈った。
手乗り青葉くん
真正面から不意打ちして一発当てるためだけに全ての技術を振り絞った。こわい、悲しいのがこわい。
若葉さん
説明しろ、え?何についてかって?全部に決まってるだろ。林でぴょんぴょんびゅんびゅん。
タマっち
戦力外勇者。変身を保てないから仕方無いね。手乗り青葉くんの画像みて「また訳のわからん事してんな……」って呆れを越えて安心した。
杏ちゃん
ふわふわ笑いながらたくさん作戦を考えてる。手乗り青葉くんの画像を見て理解が追い付かずに首を傾げていた。
友奈ちゃん
ねぇねぇ、しようよ~、激しいのいっぱいしようよ~。二人でいっぱい汗を流してエキサイトしようよぉ~。結んだ小指、願った約束、幸せを祈る。
千景ちゃん
何を言うでも無く自然と高嶋さんと乃木くんの鍛練を見学してた。間近で視線と小指を絡ませながら「幸せの約束を叶えたい」なんて言われてる。かぁ~~っ!この、かぁ~~っ!
黒いヒトガタ
ヒトガタはここにいます、よろしくおねがいします。