乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

86 / 96
83:誰も見ぬ感じの散華、もしくは神域の話

 

 戦況は不利、こちらからの攻撃は全て意味をなさず、むしろ、大蛇型に対しては斬れば斬るほどに敵が増えて戦況を悪化させる。為す術を持たない千景が苦し紛れに火の粉を散らしながら掠り傷を与える程度の攻撃を繰り返しながら逃げ回り続ける。

 交戦開始からしばらく後、千景は蠍型が尾を振り回す攻撃に尾の根元は死角になると見つけ、尾の根元付近にまとわりつくような動きで跳び回る。攻撃範囲の広い尾の薙ぎ払いは無くなったが、それでも尾の先にある毒針による突きと二体の大蛇型が繰り返す体当たりの苛烈な波状攻撃は千景の集中力と体力を削るには十分以上の脅威だった。

 

「くっ……!」

 

 徐々に荒さを増す吐息に混ざる小さな苦悶の声。舞うようなしなやかな挙動は未だ精彩を保ってはいるが、自身の消耗を把握している千景は遠くない内に敵の攻撃を回避しきれなくなる事を自覚していた。

 ちらり、と三方向からの攻撃から集中を逸らし過ぎないようにしつつ、敵の策に乗って散開した仲間達の姿を確認する。友奈、遠目では解りにくいが広範囲で激しく振動する樹海の植物組織から察するに地の利を奪われているらしい、まだ戦闘は長引くだろう。若葉、突出していた二体の進化体に挟み撃ちされるような位置取りだが、技量で完全に上回っているようで撃破はそう遠くないないかもしれない。だが、もう一体の進化体を受け持っているからまだ千景の援軍には来れないだろう。杏、とめどなく進撃してくる通常個体を広い攻撃範囲の吹雪で押し留めてはいるが、敵の多さのせいで余裕は無いようだ。

 誰もがまだ手一杯、圧倒されている訳ではないが苦しい戦況が続きそうだと千景は肩のすぐ横で風切り音を鳴らした毒針に冷や汗を流す。

 

「ハァッ!」

 

 空振りした毒針、突きにより伸びきった尾に千景の大鎌が叩き付けられた。ダメージなんてほぼ無しだと解りきっている千景だが、自分を無視して進化体達が進行を再開しないように注意を寄せるために攻撃の意思を見せ続ける。

 一つのミスで落命するであろう紙一重の状況、遠目に見える『友達』の苦戦、自分が墜ちれば連鎖的に仲間達の戦況も著しく悪化してしまうという予測によるプレッシャー、肉体的な疲労だけではなく精神的な消耗も千景を刻一刻と追い詰めていく。

 

(まだなの? ……消耗が予想より激しい、このままでは援軍まで耐えきれない……!)

 

「青葉! お前の技で報いを与えたぞ!」

 

「──っ!」

 

 焦りを募らせる千景が途切れそうになる集中の中で耳にしたのは力強い叫び。目の前の敵に集中しなければと解ってはいるものの微かに逸れてしまった集中力が目線を叫びの元へと向ける。そして、目の当たりにしたのは戦況が変化する瞬間だった。

 浮遊していた四本角の個体が急激な勢いで地に引き落とされ、人型の個体達が上半身を大きく欠損させながら炎上する。

 

「貴様等には死に花咲かせる事も赦さん!」

 

 樹海を震わせる咆哮、細切れに解体される人型の片割れ。今この瞬間、押され気味に膠着していた戦況が勇者達の勝利へと少し傾く。

 

 

 若葉の目の前で部位毎に切り分けた人型の片割れの残骸が地に散らばる。そして、激しく燃焼するそれらが地に焦げ跡を残しながら形を崩して消失していく。

 

「片割れを失えど戦意は翳らず、か……」

 

 上半身を大きく欠損し、全身を炎に包まれていても鋭い身のこなしを維持する人型の個体。片割れを失ったが故に半減した攻撃の手数によってできた大きな余裕に若葉の思考が戦闘から少しだけ逸れる。

 

(私と青葉も、半身を討たれれば必ず報いを返すために奮起するのだろうな……そして、事を終えればあの日交わした約束を果たすのだろう)

 

──私が散れば後を追ってくれるか?

──喜んで

 

 共に死ぬ。ただそれだけの単純な約束。

 

(最後に残されるひなたには辛い思いをさせてしまうが、私達二人はどうしようもなくそういう生き物なのだ。体を縦半分に別けられ、その片方を失って生きていられる人間なんていない)

 

 そんな生き物である若葉だからこそ、その身を焼かれながらも若葉を殺さんと攻め続ける化物に一瞬でも哀れみの視線を向けたのだろう。

 

(この化物ももしかしたら私達と同じだったのだろうか。いや、だとしても──)

 

「──死に花咲かせるなど赦さん、そう言った筈だ」

 

 若葉の花火のような"瞬間の剣技"が閃く。狙いは若葉の顎を狙って蹴り上げられた人型の個体の足。しかし、その斬撃は地に残していた軸足が後方へと跳躍した事により回避される。

 

「ほぅ」

 

 その一閃で確実に脚を斬り落とすつもりだった若葉が感心の息を漏らしつつ間髪入れずに踏み込んで追い詰め、その勢いを活かした"動くままの剣技"を瞬きの速さで三連。だがしかし、その連撃全ても寸でのところで回避される。

 

「身を焼きながらも私達の剣技を学習したか」

 

 まるで予習を済ませた問題を解くかのように最適な動きで剣を避けた様子を見て若葉が呟く。

 バーテックスは知性を持ち、戦いの度に学習しては次の戦いまでに戦術の幅を増やして対応できるようにするというのは今更の話だ。この人型の個体はそのサイクルをこの戦いの内に済ませたのかと若葉は一人納得した。

 

「だが、甘い。私達は二人揃うと負け無しだ」

 

 回避に徹する人型の個体を追って更に踏み込み、迎撃しようと悪足掻きのように放たれた人型の個体の回し蹴りを身を捩りながら躱した若葉。その素早い姿はまさしく翼を持つ獣が獲物を仕留めようと追い詰めたような姿だった。

 瞬間、人型の個体が体勢を崩した。

 尋常の剣術ならばそのまま剣を振るっても太刀筋の通すのは困難な蹴りを躱した体勢、しかし、その躱した動きのまま常のように冴えた若葉の剣閃が人型の個体の軸足を断ち斬ったのだ。

 

「捕らえた」

 

 瞬間、花火が咲き乱れる。

 動くままの剣技の動作で瞬間の剣技を振るう。どのような体勢からでも剣を振る青葉の動きで何よりも冴える若葉の剣。二人の剣術が高次元で合わさり、花火のような剣を咲かせた動きのままに次の剣を咲かせ続ける。

 とめどなく咲き乱れた剣が人型の個体を斬る度にその身を焼く炎を荒ぶらせて火の粉を散らす。

 

 折れぬ戦意に滾る心、バーテックスの学習と進化を軽々と上回る人の技の極致、神樹の加護による強靭な肉体と更なる軽さを与える天狗の翼。

 若葉は今、心技体が揃った世界で最も強い人間だった。

 

 細切れになった人型の個体が地に散らばると同時に、重たく硬い物同士で激しくぶつかったような音が若葉の耳に届く。残心のまま音の発生元を確認して見えたのは友奈が相手をしていた天秤型と四本角の個体が派手な土煙を巻き上げながら絡み合うようにして樹海の大地に転がる姿だった。

 

(大型の進化体を二体同時に追い詰めるとは流石だな)

 

 遠目に見ても亀裂だらけになったのが解る二体の進化体、その姿に仲間の奮闘を知り称賛の気持ちで若葉の心が浮わつく。浮わついてしまった。

 仲間の活躍を知っただけでは戦いの最中に若葉の心が浮わつく事は無い。強敵を討ち取っただけでは若葉は残心を忘れない。だが、今しがた振るった剣技で最愛の半身と共に戦場に立ったかのような錯覚を覚えて高揚し、その剣技で双子のように瓜二つな強敵を討ち取った達成感と優越感も合わさってしまった。

 故に浮わつき、その心の逸りに僅かな隙が生じた。

 

「!? なっ、くっ──」

 

 ほんの一瞬の意識の切り替わり、その隙の瞬間に突如背中に正体不明の冷たさを感じた若葉が反射的に振り向きながらその場から離脱しようと高く飛び跳ねる。たが、背中に付着していた冷たさが粘り強く若葉に追従して瞬時に若葉の全身を包み込んだ。

 

 水泡。掴めず、壊せず、斬れず、若葉を中心に球状を保ち続ける脱出困難な窒息の牢。若葉が波打つ水面越しの視界に見たのは水球を携えた個体が幾つもの水泡を若葉を捕らえた水泡に叩き付けて追加し、体積を増やした水泡の牢で若葉を厳重に封じ込める姿だった。

 

(今まで沈黙していたのは人型の二体に私の隙を作らせて捕らえるためだったのか)

 

 戦闘の最中に隙を作ってしまった未熟を恥じながらも脱出のために考えるよりも先に行動に移る若葉。背中の翼を力強く羽ばたかせるが、水泡も若葉を中心に据えて追従し続けて若葉を逃がさない。幾度も水中で羽ばたいて加速し、同じ動きで水泡も追う。

 

「…………!」

 

 冷静な思考による不規則な軌道で緩急激しい動きが徐々に精彩を翳らせ、窒息の迫る息苦しさの焦りに動きが単調なものに変化していく。

 

(このまま動き続けてはすぐに酸欠になる!)

 

 動きを止めた若葉が敵にしてやられた悔しさに強く歯噛みし、歪めた口から貴重な空気の泡が少しだけ漏れた。

 酸欠で鈍くなりつつある頭で必死に脱出のために思考する。水球を携えた個体が大量に質量を継ぎ足した水泡の中、若葉は屈折し歪んだ水面越しに進化体を睨みながら酸欠の苦しさと共に脱力していった。

 

 

 重力を無視して樹海の空に浮かぶ巨大な水泡、囚われた有翼の剣士、異界と称せるこの樹海の光景においてなお異質の存在に千景は目を奪われていた。

 

「乃木さん……!」

 

 最強のリーダーが囚われ、激しく抵抗した後に身動きを止めて沈黙する。溺死を予感させるその姿に千景は激しく動揺したように、著しく動きと呼吸を乱す。

 敵の注意を寄せる動きを辞めた千景が若葉の救助をするために蠍型の尾の付け根付近から離れ、焦燥一色に染まった表情で水泡に向かって駆け出す。しかし、大蛇型の二体が素早く先回りし、千景の目の前で交差して行く手を阻む。

 

「くっ! 邪魔──」

 

 斬れば増える大蛇型に対し、今後の不利など知った事かと一瞬の俊巡の間もなく千景が大鎌を振りかぶって強引な突破を試みる。が、

 

「──ぁ……?」

 

 二体の大蛇型をまとめて切り払おうとした大鎌は振るわれる事は無く、突如脱力した千景の手から落ちて硬質な音を鳴らしながら地面に落ちる。

 

「? ……ぇ? ……ごひゅ」

 

 麻痺したかのように全身から力が抜けていく千景。首の姿勢を真っ直ぐ保持する力すらも抜けて頭が前に倒れた事に脳裏が疑問符で埋め尽くされ、下がった視界に見えた自分の腹部を貫く巨大な針に口からか細い疑問符を溢す。そして、直後に口や鼻、耳等と千景の体に存在する穴という穴から血が噴き出して粘りつく水音を発生させ、目からすらも流れ出した血が視界を赤く染める。

 

 蠍型の象徴たる致死の毒針が千景を背から貫いていた。

 

 離れた場所からそれを目にしてしまった友奈が悲痛な叫びをあげる。

 戦場の中心から一部始終を見ていた杏が口許を押さえてえずく。

 

 この戦闘において戦果を上げず、誰かに言葉を遺す事も痙攣すらもなく、呆気なく落命する千景。表情など持たない蠍型が勝ち誇っている事を仕草で表すかのように尾を払って尾針に垂れ下がる亡骸をゴミのように打ち捨てる。

 べしゃり、と、水気を含む鈍い音を立てて地に叩き付けられた亡骸は千景の面影すら残さず破裂した。

 

 二体の大蛇型を引き連れた蠍型が悠然と進行を再開する。向かう先は樹海の大地にそびえる神樹の元ではなく、涙目になりながら自身の役割を果たそうと健気に吹雪を放ち続ける杏の方へ。蠍型は容易く勇者の一人を討ち取った勢いで行動の指針を神樹の破壊ではなく敵の殲滅に変更したのだ。

 

 吹けば飛ぶような羽虫が相手ならば煩わしく飛び回られるよりも手早く潰してから目的を達すればいい。次は侵攻を妨げる冷気を吐く羽虫を潰す。

 

 

──なんて、考えてるのかしら?」

 

 

 千景がバーテックスの群勢が押し寄せてくる瀬戸内海の方角へと戻り始めた蠍型を見てせせら笑う。そして、そのまま見送った千景が背後へと視線を切り替えて更に笑みを深める。

 真夏のアスファルトに掘り出されたミミズのようにのたうちながら全身をひび割れさせて崩れていく二体の大蛇型、双方共に頭部と思われる部位に大きな穴が空いていた。

 

「我ながら上手くいったわ」

 

 手の平に小さな狐火を舞わせて弄ぶ千景。千景は死んでいなかった。腹部に穴など空いておらず、口や鼻等からの流血も無く、血涙も流していない。ましてや、地に叩き付けられてすらいない。それらの全てが切札を用いた千景が生み出した幻だったのだ。

 以前の戦闘にて耳を負傷した若葉に対して麻酔代わりに用いた幻術、それを本来の使い方で用いて敵味方全ての認識を惑わせたのだ。激しい戦闘の中で自身のいる場所と他者から見えてる場所をずらして全ての攻撃を安全に回避し、若葉の救援に行くふりをして大蛇型を一ヵ所に集め、同じく互いの位置関係を誤認させていた蠍型に交差した大蛇型をまとめて貫かせる。そして、頑丈で攻撃力も強く厄介な蠍型の感覚を完全に狂わせて明後日の方向へと追い払った。

 

「動きを止められればと思ってたけど……こんな巨体を殺しきるなんて恐ろしい毒性ね」

 

 ひび割れながら、しかし、再生しながら、だが、結局は崩れていく二体の大蛇型を見て眉をしかめる千景。

 

「あの蠍型と戦うなら攻撃力の高い高嶋さんと乃木さんに協力してもらって速攻で倒さなきゃ危ない……幻術の効果が切れる前に二人の援軍に行ってあっちを先に終わらせ──」

 

「オオオォォォォ!!」

 

「──乃木さんに援軍はいらないみたいね」

 

 小さく呟きながら自分がすべき事を確認しつつ、体の半分以上を崩して身動きもろくにできなくなった大蛇型達から視線を切った千景。視線の向ける先を宙に浮く水球に移し変えた瞬間、氷結し粉々に粉砕された水球の内側から水球を携えた個体へと若葉が矢のように突撃するのを目撃する。

 

「弾けろ! バーテックスゥゥッ!!」

 

 突撃した勢いで得物を深く突き刺した若葉が叫ぶ。天上世界を焼き払ったと伝承される光焔の力が水球を携えた個体の体内で炸裂し、瞬時にその身を灰と水蒸気にして破壊する。

 

『ありがとう杏、助かった。吹雪であの水球を凍らせてくれたおかげで楽に脱出できた。それでなければ火傷覚悟で水泡を中から炎で蒸発させなければならなかったところだ』

 

 白い水蒸気が風に流れていく中で通信する若葉。若葉は窒息で脱出して身動きができなくなったのではなく、杏が吹雪を水泡に収束させている事に気付いて氷結させやすいように敢えて身を任せていたのだ。

 ひきつった声の杏が応答する。

 

『いえ、それよりも凍傷やその他の異変はありませんか? この吹雪、どうにも加減が難しいので……』

 

『変な味の水少しを飲んでしまったくらいだ、腹を壊さなければいいのだが……あの空飛ぶウジ虫が集まってできた奴の分泌液だと考えると気持ち悪いな』

 

『若葉ちゃん! 無事なの!? ぐんちゃんも!』

 

 若葉が唾を吐き捨てる音と同時に緊迫した友奈の声が通信越しに響く。

 

『あぁ、無事だ。負傷もほぼ無しだ』

 

『私も、無事よ』

 

『よかった……』

 

 噛み締めるようにこぼれ出された友奈の声。一呼吸の後に普段の爛漫な友奈を知る誰もが耳を疑う程に悲痛な色をした友奈の声がスマホのスピーカーを静かに震わせる。

 

『驚かせないでよ……あんなの、嫌だよ』

 

『……たしかにあの光景はちょっと……その、ほんとに串刺しになってしまったのかと……挙げ句にはじけるなんて……』

 

 友奈に賛同した杏が「しばらくお肉食べれないかも」と、ひきつったままの声で続けた。

 

『あー、えーと、すまない。もう捕縛される無様は晒さない』

 

『えぇと、その、ごめんなさい……隙を見つけて咄嗟だったから知らせる間も無くて……』

 

 氷りかけの白い水面越しにしか見えてなかった若葉があまり理解しないままに自分の救出のために薄くなった吹雪を越えてきた通常個体を斬り捨てつつ謝り、自分の幻術がグロテスクでショッキングだったと正しく理解していた千景がしどろもどろになる。

 

『……戦況の確認をしましょう』

 

『うむ、受け持った進化体は全て討ち取った。今の私は絶好調だな』

 

 戦闘中にこの雰囲気を長引かせるのはよろしくない。そう判断した杏がやや強引に話題を切り替えて全員の思考を戦闘に向けさせようと試みる。そんな杏の考えを知ってか知らずが若葉が誇らしげに応じ、それに続いて友奈と千景も自身の把握してる事を簡潔に報告して情報を共有した。

 

『蠍型にかけた幻術は後数分もしない内にとけてしまうから……それまでに戦力を集中したいわ』

 

『そうですね、その方向性でいきましょう。通常個体は引き続き私が抑えますので、皆さんは合流して進化体を各個撃破してください』

 

 杏の試みは成功し、若葉と千景が押し寄せてくる通常個体やふらふらと瀬戸内海へと向かう蠍型を無視して天秤型と戦う友奈の元へと一直線に走り出す。

 

「友奈、こいつのこの有り様はどういう事だ?」

 

 翼を持つが故に地形を無視した最大加速によってすぐに合流できた若葉が濃紫の煙が巨大な団子状に渦巻いているようにしか見えない塊を指差して訊ねる。

 

「えっとね、最初に倒した方の進化体が最後に出した変な煙を巻き込んでずっと回ってるの。ちょっとでも吸ったらスッゴく煙たくて苦しい感じになるからどうにも手が出せなくて……」

 

「このあからさまに毒っぽいのを吸っただと!? 大丈夫なのか?」

 

「ほ、ほんのちょっとだけだから! 今は全然大丈夫だよ!」

 

 自身がバーテックスの分泌液を少し飲んでしまった事を棚に上げて慌てる若葉。地震を引き起こす振動を直に受けて全身がボロボロになっている上に、片手が砕けてしまった事まで知られたら余計に心配させてしまうだろうと考えた友奈も慌てながら平気だと虚勢を張る。

 

「こいつ、神樹ではなく杏の方へと向かってるのか……杏の吹雪を妨害したいのだろうな」

 

 得体の知れない煙に二人が攻めあぐねている内に進行方向を修正した天秤型。若葉が通常個体の進行を単独で大幅に抑えている杏が狙われているのだろうと推測する。

 

『杏、どうやら神樹よりもそっちに狙いが向けられているようだ。ここからは単独行動を避けるべきだと思うのだが』

 

『はい、此方からもバーテックス全体の動きが私に向けられているのを確認しました。攻撃を継続しつつ合流します』

 

『通りすがりに伊予島さんとすぐに合流できるから、二人でそちらに向かうわ』

 

 通信を介した作戦の変更に勇者達の合流が決まる。自分達に向かって吹雪の始点が動き始めたのを見てから若葉達が団子状の煙塊に向き直る。

 

「さっき攻撃した時に全身ひび割れだらけにして弱らせられたからか風は前より弱いけど、こんなに危なそうな煙だらけだと近寄れないや……どうしよ?」

 

「焼き討ちだな、焼き討ちするべきだ」

 

「若葉ちゃんとぐんちゃんなら炎を飛ばせるもんね」

 

 吹雪で倒し損ねて近寄ってきた通常個体を事も無げに斬り捨てながら提案する若葉。その言動の全てが野武士染みてる姿に慣れきってしまった友奈が特にリアクションせずに賛同した。

 

「お待たせしました。ここまで移動してくる間バーテックス達の進行先が常に私を追い続けてるのを確認しました、神樹の破壊よりもまずその障害を排除する事に方針を変えたみたいですね」

 

 合流を果たすなり戦場の観察によって推測できた情報を共有しようと発言する杏。額から汗の滴を垂らした疲労の色が強い顔をしているが、絶えず知恵を搾り出そうとする姿に翳りは無かった。

 

「幻術の解けた蠍型もこっちに向かってるわ……あれと他の進化体を同時に相手なんかしてられないから、こいつの討伐を急ぎましょう」

 

「あぁ、まずは焼き討ちだ」

 

「え……え?」

 

「焼き討ちだよぐんちゃん。がんばって!」

 

「え、あ……うん」

 

 本人にとっては唐突な言葉に困惑する千景、雰囲気に流されるまま若葉と共に煙塊を挟み撃ちできる位置に移動する。

 

「いくぞ……せーの!」

 

 そして、若葉の掛け声と同時に以前にも二人でそびえ立たせた天の果てまで焼き払うかのような火柱で煙塊ごと中の天秤型を火炙りに。凄まじい火力の熱による上昇気流により濃紫の煙は吹き飛ばされ、露出した天秤型も増したひび割れや部位の破損に明らかなダメージの蓄積が見て取れる。

 

「そーーれっ!!」

 

 火柱を解除してすぐに飛び掛かった友奈が放つ拳。ついうっかり砕けていた拳で殴り付けてしまったが、それでもひび割れに脆くなっていた天秤型を問題無く粉砕する事ができた。

 

「友奈が放つ拳の威力は何度見ても見事なものだ」

 

「えへへ。でも、若葉ちゃんとぐんちゃんの焼き討ちが無かったらこんなに上手くいかなかったから、二人もスッゴいよ! もちろん、群れを殆ど一人で抑えてるアンちゃんも!」

 

 調子良く難敵の撃破数を増やしていく事が勇者達に勝利に近付く実感を与え、精神状態にゆとりを作り始める。つい先程までは単身で複数の強敵を同時に戦わねばならなかったり大群を抑えなければならなかった事との落差もあり、全員が合流している安心感もあってか常在戦場を心に戒めていたはずの若葉でさえ何処か少しだけ心が弛みかけていた。

 

「蠍型を倒せば……あとは大量の雑魚だけね」

 

「でも、あれだけいるなら相手もいつ進化を始めるか解らないので気を引き締めて──」

 

 唐突に四人の立つ地面が揺れ始め、杏の注意喚起は最後まで言葉にならなかった。瞬時に気を引き締め直した若葉が地を睨み、体勢を崩しかけた千景が地を踏み直し、杏がたたらを踏んで、先程倒した相手を連想した友奈が周囲に視線を巡らせて敵影を探す。

 

「下からくるぞ!」

 

「きゃう!」

 

 ほんの僅かな地の盛り上がりにいち早く察知して翼を広げた若葉が転びかけの杏を拐って宙に上がり、千景も杏の悲鳴を耳にしながら大きく跳ね飛んで退避。それとほぼ同時に白い巨体が海面を跳ねる鯨のように地から飛び出してきた。そして、勇者達が見送る中で大きなヒレのような器官をはためかせながら放物線を描くように宙を移動して地中へと戻っていく。

 

「くっ、地に潜る鯨か。伏兵は奴等の常套手段だったな」

 

「あれはかなり曲者ですね、こちらからの攻撃手段が限られてしまいます」

 

「……そんな!?」

 

 鯨型が潜って崩れた地面を見て眉を寄せる若葉と小脇に抱えられながらも分析を止めない杏。不意に、千景が慌ただしく周囲に目線を撒きながら顔を青ざめさせる。

 

「高嶋さん?! 高嶋さんがいないわ!!」

 

「なに!?」

 

 千景の狂乱に近い叫びに若葉も高所から周囲を確認するがどこにも友奈の姿を確認できず、まさか先程の体当たりに巻き込まれたのかと血の気が引く思いで友奈の名を呼びながら懸命に姿をさがす。そして、周囲の視認を二人に任せた杏が冷静を保つために深く呼吸しながらスマホにマップを表示させた。

 

「え?」

 

 画面に表示される『高嶋友奈』の文字、それがかなりの速度で神樹に向かって移動してる事を認識した杏の理解が一瞬だけ追い付かずに思考が空転する。そして、友奈の所在を示す表示に重なる大きなバーテックスの表示を認識した杏は直感のように理解が追い付いた。

 

「友奈さん、あの鯨型にしがみついてる?」

 

「は?」

「え?」

 

 直後、地鳴りや噴火を思わせる重い轟音と共に鯨型が釣り上げられた鯉のように地中から垂直に跳ねた。

 

『ごめ──逃げそび──でも──倒すか──任せて!』

 

 三人のスマホから響く轟音にかき混ぜられて途切れ途切れにしか認識する事のできない友奈の勇ましい声。勇者の力によって強化された視力で鯨型の頭と思われる部位に指が食い込む程に片手で掴み、もう片方の拳を叩き付けている友奈の姿をほんの一瞬だけ確認できた三人が唖然とする。

 足元ではなく周囲へと警戒心を向けすぎてた友奈は先程の不意打ちに対応しきれずに体当たりを受けてしまったが、反射的に前へと出した腕をクッションにダメージの大部分を軽減して鯨型に組み付く事に成功していた。そして、鯨型と共に地中を潜航し、自身を削る土砂の摩擦に耐えながら気力で放った拳にて鯨型を地表へと押し出したのだ。

 

「高嶋さん、なんて無茶を……!」

 

 友奈の安否を確認できたものの、ほんの一瞬、わずかにだけ見えていた負傷を増やした姿に気が気ではない千景が不安気な声をこぼす。

 

「友奈さんの攻撃力抜きであの頑丈で猛毒を持つ蠍型相手は芳しくないですね……一度吹雪を止めて蠍型に毒矢を射ち込むので、通常個体の殺到に巻き込まれないように後退しつつ毒がまわるまで時間稼ぎをしましょう」

 

「友奈が心配だが仕方あるまい、あの蠍型は倒せる時に倒さねば後々に厄介だ」

 

 地面に降ろされた杏の指示に頷いた若葉が後ろ髪を引かれながらも剣を構え、千景も轟音を立てて戦う友奈の方へと何度も振り返りながらすぐ近くまで迫ってきた蠍型へと向かって大鎌を構える。

 

「大百足!」

 

 吹雪が消えて杏の装束が白く美しい羽織から毒々しい装飾の胸甲へ、そして、すぐさま細い指が弩砲と化した神具の引き金が引き搾って神々が恐れる呪毒の矢を放つ。狙いと寸分違わずに命中する矢が蠍型に浅く刺さり、じわりじわりと蠍型の体表にひび割れを走らせていく。

 

「っ……ふぅ……。では、予定通りこのまま後退しつつ蠍型が脆くなるのを待ちましょう」

 

 神さえ蝕む呪いの毒、勇者とはいえ人の身で扱うには余りにも過ぎた力。強力過ぎる力の反動にたった一矢を放っただけで大きく疲労した杏が弩砲を抱くように持ち直して傍に立つ二人に指示を出す。

 駆け出す三人、毒によるひび割れを少しずつ増やしながらも追う蠍型、波打つ巨大な壁のように大群で迫りくる通常個体達。後退する三人が地に潜ろうとしては重い轟音と共に跳ね上げられる鯨型を見て顔を見合わせる。

 

「あの巨体を拳一つで跳ね上げるか、凄まじいな」

 

「でも、あれだけ攻撃しても倒しきれて無いのは……高嶋さんもかなり消耗してるからかもしれないわ」

 

「地に潜られるのは阻止できてるみたいですが、神樹への接近は続いてるみたいですね」

 

 駆けながら数秒ほど思考を巡らせた杏が言葉を続ける。

 

「友奈さんにも神樹にも万が一があってからでは遅いので、空を飛べて機動力の高い若葉さんに友奈さんの援護に向かって欲しいのですが……行けますか?」

 

「行ける。だが、奴等はそれをさせてくれないようだ」

 

 ちらりと背後を確認した若葉が忌々し気に吐き捨てつつ脚を止めて反転し、背に杏と千景を庇うように一歩前に出る。直後、横殴りな激しい矢の雨が三人目掛けて降り注ぐ。

 

「こちらの隙に矢を放つのも奴等の常套手段だったな!」

 

 背に二人を庇う若葉が縦横無尽に剣閃を描いて間合いに入る全ての矢を斬り払い、受け流し、叩き落とす。致死の矢雨に怯みながらも杏と千景がほんの一瞬前までは壁のようだった通常個体の大群の奥に大きな口の様な器官から矢を吐き出し続ける進化体を見付けた。

 

「矢を持つ個体が更に発展した進化体……! 雑魚の大群に隠れつつ進化したようね」

 

 矢が砕ける音、弾かれる音。地が抉れる音、はぜる音。空気が割ける音。聴く者の精神に多大なストレスを与える不協和音の中で心底うんざりした様子を露にする千景。

 

「若葉さん! 私と千景さんに矢を届かせないように叩き落としながら真っ直ぐにあの進化体に接近して討伐できますか?!」

 

 言ってる本人すら無理難題を押し付けていると自嘲してしまいそうな問い掛け。

 

「できる! 私を誰だと思ってる、青葉の姉だぞ!」

 

 しかし、矢を払い続ける若葉が振り返りもせずに可能だと声高に断言。それを聞いた杏はすぐに千景と視線を合わせる。

 

「コーー……フーー……」

 

「蠍型に連続で毒矢を射ちます! 矢の雨が途切れ次第、千景さんは接近してきた蠍型に単身でトドメをお願いします!」

 

「やるしかないわね!」

 

「蠍型と矢を吐く個体を討伐したらすぐに二人は友奈さんの援護に向かって下さい!」

 

 喉奥を鳴らしながら深く、ゆっくりと呼吸を整える音が不協和音に追加されるのを耳にしながら出された指示に半ば自棄のように頷く千景。

 

「作戦開始!」

 

 その場にて膝をついて照準を蠍型に合わせながら杏が叫び、若葉が応える声に肺腑の空気を消費するのが惜しいと無言のまま翼を羽ばたかせて突撃を始める。

 

「……くっ…………」

 

 狙い、射ち、装填。神脅しによる不可視の圧力で動きを鈍らせた蠍型に繰り返し矢を当てる杏が苦悶の息を漏らす。

 

(一矢放つ度にとても消耗する……強力な反動のせいだけじゃない、たぶん、精霊の力だけじゃなくて矢の一本一本に私の中からも何かを使って毒と威力の要素になってるのかも)

 

 おそらくは球子が切札に全ての力を注いで過剰な威力を発揮していたのと同じ理屈が全ての矢に応用されているのだと推測する杏。自分の何を消費しているのか解らない不安が胸を締め付けるが、なにも解らない不安よりも自分達に向かって進む蠍の形をした死への恐怖が勝り、不安から目を逸らしながらひたすらに射撃を繰り返す。

 今にも泣き出しそうな顔で、しかし、諦めからはほど遠い健気な表情で引き金を引き続ける射手。そんな杏の傍に立つ千景が迫る自身の出番に焦れながら矢の雨が放たれる元へと向かう若葉へと視線を向けた。

 その身を傘に背後の二人を致死の雨から守る若葉。これ以上無いほど危険な状況だが、翼を羽ばたかせる度に激しく後ろ髪を揺らす背中に千景は『とても大切な友達』の背中を見た時と似た安心感を覚えた。

 

「コォーーッ! フゥーーッ! コォーーッ! フゥーーッ!」

 

 呼吸激しく、されど乱さず。僅かな遅れ、微かな失敗が自分と背後の仲間を殺すであろう状況の中、若葉の魂は今まで生きた中でこの一瞬が最も強く燃え上がっていた。

 

 いける まだいける 

 もっとはやく もっとうまく

 

 極限まで集中を深めた若葉の脳裏には明確な思考などなく、ただそう在りきと輝く感覚が若葉の全身を動かして淀みない技を振るわせ、向かうべき敵へと前進させ続ける。

 矢を斬り、進む。矢を叩き、進む。矢を払い、進む。矢を落とし、進む。若葉の間合いより後ろには完全に矢の無い空間が出来上がり、その中で杏が健気に矢を放ち、千景が二人を信じて己の出番を待つ。

 

 繰り返し、矢を斬り、進む。矢を叩き、進む。矢を払い、進む矢を落とし、進む。幾度も繰り返す。

 しかし、先は遠く、敵に辿り着くよりも自身の消耗によって矢を捌ききれなくなり数本だけ矢を背後に通してしまう数手先が見えた。

 

 

 矢を通すな 守りきれ 追いかけたあの背中 わたしの半身 あれをこの身であらわせ あれこそが最適 翼はいらない

 

 

 そう明確に思考したわけではなく、ただそう感じた若葉が身に降ろしていた大天狗の力を解除し、喚ぶ。

 

「よ し つ ね!」

 

 必要なのは羽ばたく為の翼ではない、必要なのは人が元来持ちうる四肢を最適に動かすための高度な身体操作とそのための反射神経。そして、望む動作を叶えるための強靭な足腰。その全てを若葉に授けるは天狗より武芸を習い、その体術は大鎧を纏ったまま戦場の海に浮かぶ船から船へと八艘繰り返して跳び移ると伝承される存在、源義経。

 背負っていた翼が消え、瞬時に白い羽織と長い首巻きが疾走の風圧に激しく靡き舞う。

 

 矢を踏み、矢を斬り、進む。矢を蹴り、矢を叩き、進む。矢を渡り、矢を払い、進む。矢を走り、矢を落とし、進む。翼が無くとも若葉は討つべき敵が放つ矢を足場に宙を疾走する。その手に握る刀だけではなく、踏んでも矢を逸らせる事で同時に複数の矢を捌けるようになった若葉が翼を背負っていた時よりも更に速く矢を吐く個体へと接近していく。

 

「────っ!」

 

 あと少し、若葉が敵を斬れる間合いまでほんの数歩という所で突然に矢の雨が止まり、それによって足場を無くした若葉の突撃が止まる。矢を吐き続ければ必殺の剣が自身に届くと察して矢を吐く個体が口を閉じて攻撃を中断したのだ。

 

「おのれ! 化物風情が直接対決に臆したか!!」

 

 足場を無くしたせいで体勢を崩しながら落下していく若葉が吐き捨てる。しかし、その挑発は人の心を知らない化物になんら意味を持たず、罵られた化物は無機質な動きで再び口を開き、今まで乱射していた矢とは違う太く、長く、重い必殺の矢で若葉を確実に殺害しようと若葉に狙いを定める。

 崩れた体勢、足場は無く、矢を防ぐ盾も無い。後一手で詰み、どうしようもなく王手の状況だった。

 

「馬鹿め、射手は貴様だけではない」

 

 だが、詰みにはならなかった。

 若葉の背後から空気を裂いて飛来した矢、それが矢を吐く個体の口に装填されていた必殺の矢を放たれる前に射抜いて砕き、口内を呪毒で蝕む。

 若葉は、勇者は一人ではない。

 

「我等の軍師が放つ矢は旨かろう」

 

 言いながら、身を翻して崩れた体勢を整え直す若葉。直後に足元に飛来してきた矢を踏んで跳躍する。

 

「私達の剣も喰らわせてやる」

 

──青葉、お前の技が私達を生かしたぞ。

 

 一閃、更に一閃。若葉が通常個体の大群に突入し、その奥にいる矢を吐く個体を二種の剣閃で討ち取る。

 

「乃木さん、控え目に言って頭がおかしいわね」

 

 放たれる矢を足場に走る。そんな神域の絶技を目撃した千景が呆れながらも幾度も呪毒の矢を受けて脆くひび割れた蠍型に大鎌を振るう。千景は矢を吐く個体が若葉を殺害するために矢の雨を止めたと同時に自分の出番を悟って突撃を開始し、若葉が目的を達した時には蠍型に肉薄していたのだ。

 

「私達の軍師が放つ毒は強力でしょう?」

 

 嘲るような口調で挑発する千景が突き出される蠍型の尾針を流麗な動きで躱しつつ尾に乗り、尾の先にあるひび割れに食い込ませるように大鎌を振って針を落とす。かつてはどんなに攻撃しても掠り傷程度しかダメージを与えられなかったが、容易くダメージを与えられるようにする呪毒の威力に千景が感嘆した。

 針を落とされた蠍型が千景を振り落とそうと尾を大きく振り回すが、またも流麗な動きでそれを回避した千景が蠍型の頭部と思われる部位に跳び移る。

 

「馬鹿ね、そんな雑な動きで振り払える訳がないじゃない」

 

 大鎌を一回転、千景を叩き落とそうと迫る尾を切り落とす。

 

「私がどれほど一流の体捌きを見て学んだと思ってるのかしら?」

 

 言いながら、二回転、三回転。回転を重ねる度に遠心力によって加速する大鎌の斬撃で蠍型をミキサーが押し当てられた肉のように削り始める。四回転、五回転、六、七……何度も繰り返し無防備な蠍型を切り裂く。

 

「まぁ、私が見たものの素晴らしさなんて化物風情にはわからないでしょうね……」

 

 千景がそう言い捨てた頃には残骸となった蠍型が塵へと変わって霧散していた。

 危機的状況から仲間との協力で二体の強敵を立て続けに撃破、戦況を大きく逆転させる事に成功するも千景は気を弛めずに次に自分は何をすべきかと把握するため戦場に視線を巡らせる。

 至近に敵は無し、杏がひどく消耗してるのか片膝をついている、友奈が戦っていた鯨型が遠くで形を崩壊させている、若葉が突入した大群がその場に蠢めいて移動せず。

 

(鯨型は高嶋さんが倒したのね、乃木さんの脱出を手伝うべきかしら?)

 

 消耗している仲間から離れたままでは不測の事態に対応しにくいだろうと杏に駆け寄りながらもスマホを操作する千景。マップ機能で若葉が大群の中のどの辺りにいるのか見当をつけようとして、気付く。

 

「っ!! 高嶋さん……!!?」

 

 マップの中心に千景、そのすぐ近くに杏、離れた位置には敵を示す点の集まりの中に若葉を示す表示。しかし、画面のどこにも『高嶋友奈』の表示が無かったのだ。

 マップの表示は誰が何処に存在しているかを示す物、表示が無いという事はそれはつまり存在してないという事。

 今、樹海の中に高嶋友奈という生きた人間は存在しない事を千景は知ってしまったのだ。

 

「高嶋さん!! 応答して高嶋さん!!」

 

 自分が理解してしまった事を認めたくない一心で通信し友奈に応答を求める千景。混乱と驚愕の感情に冷静さを著しく損なった千景の思考からは既に消耗している杏と敵に囲まれている若葉の事は追い出されていた。

 

「何処にいるの! 今行くから! だから、応答して!!」

 

 

 必死に応答の無い通信を繰り返す千景。杏のいる場所へと向けていた脚を反転させ、消滅していく鯨型の大きな残骸の付近目掛けて友奈を捜すために駆け出した。

 

 




 
 
 
 
 
 
 
神域の技量を持つアルティメット若葉さん
シンプルに強い勇者。

杏ちゃん
普通の少女メンタルでありながら恐怖を飲み込んで冷静な判断で矢を放てる勇者。グロは勘弁。

千景ちゃん
(グロを仲間に)見せ(てめっちゃビビらせ)るプレイをする勇者。お腹(から毒針が)チラリズムからの汚ねぇ花火だぜ!

友奈ちゃん
そういう事だ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。