乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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87:勢いな感じの勢い、もしくは勢いの勢い

 

 球子は自室のベッドで何度も寝返りを繰り返して眠れない夜を過ごしていた。

 球子の心を騒がせて眠気を遠ざけるのは自身が参戦できなかった勇者とバーテックスの総力戦の結果だ。帰還した三人の数え切れないほどの負傷と仲間達の中で最も体力に優れた若葉でさえ帰還後一度も目を覚ましていないほどの消耗、帰還せず情報が少ないが故に未帰還とだけ伝えられた友奈の安否、勇者達を見送った直後に一人残された道場で泣いていた強い癖に弱い男子の涙。それらがぐるりぐるりと脳内で繰り返されて球子から落ち着きを奪い、ベッドの上で小さな体をころりころりと転がし続ける。

 

「眠れねー……」

 

 口の中で転がした独り言もこれで何度目か、球子はもはや数える事も忘れていた。

 もしも、自分の神具が万全で、総力戦に自分も参加していたら仲間達はあれほど負傷する事はなかったのではないか、友奈の未帰還なんて事態にはなってなかってのではないか。そんな鬱屈とした思考が球子を悶々とさせ続けている。

 

「うおっ?」

 

 暗闇の部屋に突然鳴り響く軽快な電子音に球子が驚く。音の元は枕元に置いていた勇者専用のスマートフォン。

 多くの人々が眠りに就いているであろうこの時間帯に誰がどんな用事で電話を掛けてきたのかと疑問に思いながらもスマホを手に取った球子だが、その瞬間に電子音が鳴り止んで暗闇に静寂が返された。

 

「なんだよ、誰がこんな時間……に……!?」

 

 間違い電話をしてしまった事に気付いて慌てて呼び出しを中断したのだろうか。そうだとしたらそんなおっちょこちょいは誰だろうかと着信履歴を見た球子が驚愕でスマホの画面を見ながら固まる。

 

『ゆうな』

 

 最新の不在着信の通知に表示された仲間の名前。

 無事だったのか、今どこにいるのか、何をしているのか、何を伝えようとしたのか、助けを求めているのか、一呼吸の間に硬直しながらも様々な思考がよぎった球子は急いで電話を掛け直そうと指を動かす。しかし、スマホが球子の操作に逆らって勇者専用のアプリを起動してチャット機能の画面へと移り変わった。

 

『お願い、青葉くんとひなちゃんを助けて』

 

 たったそれだけの短いメッセージ。

 送信者の名前も『ゆうな』の文字。

 

「なんだってんだよ! 訳わかんねーよ!」

 

 何か大変な事が起きていると直感する球子が説明を求めてメッセージを送信しようとするが、スマホに表示されるのは『Error:送信先がありません』の通知。苛立ちながらも送信を繰り返すが、その都度エラーの通知も繰り返される。

 

『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていない──』

 

 ほとんど何も解らないが、友達と相棒に助けが必要な状況に陥っているとだけは理解している球子が友奈に何度も電話を掛け直し、やはりその都度無機質なアナウンスを耳にしながら自室を飛び出す。友達、ひなたの部屋には鍵が掛けられており、何度もインターホンを鳴らそうが激しくドアをノックしても反応無し。相棒、青葉の部屋は鍵が開けっ放しだったので飛び込んだが不在、いつも定位置に置かれていた居合刀が無くなっている事に気付いた球子に得体の知れない嫌な予感が駆け巡る。

 

 繰り返す友奈へのメッセージの送信はエラー、繰り返す友奈への電話の呼び出しも繋がらない。嫌な予感と苛立ちを募らせる球子が青葉とひなたにも電話を掛けてみるがやはり繋がらず、苛立ちを越えて焦燥を募らせ始める。

 

「なんなんだよ、何が起きてんだよ!」

 

 焦りを自覚しながらも自分が何をすべきか解らない球子が夜闇に苛立ちの声をぶつける。

 

「くっそ、こんな訳わからん状況でどうするのか考えるのはあんずと千景の方が得意だってのに」

 

 悪態のような言葉を吐く球子だが、その二人は総力戦の消耗で未だ意識を失い続けている。無い物ねだりでは状況を打開できないだろと球子が内心で自分を叱咤した。

 

「手掛かりはスマホのメッセージだけ……本当にそうなのか?」

 

 友奈から他のメッセージを受信しているかも知れない、友奈じゃなくても青葉とひなたからメッセージを受信しているかも知れない、手掛かりを求めてスマホを睨みながら操作する。

 メッセージ、無し。メール、無し。着信、無し。その他通知、一切無し。しかし、手掛かりが無い八方塞がりの状況で悪足掻きに起動した勇者アプリのマップ機能に見慣れた文字列の見慣れない表示を見付ける。

 

『あっぱら葉』

 

 球子のスマホに登録されている助けを必要としているかもしれない相棒の名前。それが三人の仲間が入院している病院と同じ場所に表示されていた。

 

「そういやアイツのスマホって意味のわからん鉄板仕込みだけどタマ達と同じ大社特製の機種だったっけか」

 

 今まで戦闘の際にマップ機能を起動させても樹海に青葉はいないので表示される事は無かったが、この多くの一般人が生活する現実ならば只人の青葉も存在してその通りに表示される。長く使っていたアプリのたった今まで知らなかった仕様が球子の行動の指針を決める手掛かりとなった。

 一度自室に飛び込んだ球子が寝間着の上にジャージを羽織っただけの身支度で寄宿舎を飛び出し、丸亀城を抜け出して病院へと向かって全力で走り出す。

 

(わかんねー事ばっかだけど、今タマが何かをどうにかしてやんなきゃなんねー状況なんだろ?)

 

 息を切らしながらも夜の街を走り続ける球子、胸が痛んで苦しくなるほどに呼吸が荒くなっても地を蹴る力を緩めないのは一歩進む度、一秒が過ぎ去る度に感じている嫌な予感が増し続けているからだ。

 走り抜けてたどり着いた深夜の病院、建物の目の前に止められた大社の車輌と静けさを保ちながらもどこか慌ただしい雰囲気に球子は嫌な予感がただの予感ではなく実際にここで何かが起きている事を悟る。

 

「すいません、そこの人!」

 

「え、え? 土居様? 何故ここに?」

 

「青葉とひなたは!」

 

 大社の車輌に待機していた男に声を掛けた球子が相手の戸惑うのを無視して二人の居場所を問いただす。

 

「上里様なら乃木様の隣の病室で手当てを──」

 

「わかった! ありがとう!」

 

「──若武者様の事は解らな……行ってしまわれた」

 

 手当て、その言葉にひなたの負傷を知り、助けを必要としていた事態に間に合わなかったのかと歯噛みした球子が男の話を最後まで聞かずにまた走り出す。ひなたがそこにいるならば青葉もそこにいるだろうと判断したが故の行動だった。

 

「二人とも無事か!!」

 

 若葉の眠る病室の隣、人の気配の濃い一室に飛び込んだ球子が見たのは剣呑な雰囲気を醸し出す大社の人間であろう屈強な男達と球子も負傷の際には世話になっている柔和な医者、そして、静かに涙を流すひなた。

 ひなたの首に巻かれた包帯と頬を濡らす涙に球子は激しく動揺するが、自分が取り乱している場合ではないと心の中から動揺を蹴り飛ばす。

 

「球子さん……」

 

「その首はどうした、大丈夫なのか! 何があった! 青葉はどうした!」

 

 突然の入室と大声に誰もが驚きながら球子に注目する中でひなたが震える細い声を漏らし、部屋を一度見回した球子がひなたに掴みかかるような勢いで矢継ぎ早に訊ねる。直後、ひなたの細い涙の流れが大粒の涙で幅を増した。

 

「青葉ちゃん……青葉ちゃんは……私のせいで……」

 

「アイツに何かあったのか!?」

 

 溢れる涙と言いよどむ様子に今度こそ動揺してしまった球子。まさか、人間一人抱えて突っ込んでくる車を踏み越えるアイツに、単身で武器を持った不良集団を蹴散らすアイツに、何があってもなんだかんだどうにかしてしまいそうなアイツに、いつも気丈に微笑み続ける心の強い友達が言い淀んでしまうような何かが起きてしまったのかと、球子は全身の血が冷たくなるような錯覚を感じる。

 

「……球子、さん……」

 

「お、おう」

 

「青葉ちゃんが……青葉ちゃんが私のせいで、人を殺めてしまうかも……」

 

「はぁ!?」

 

「そんな事して欲しくなかったのに……止めたかったのに……青葉ちゃんが……」

 

 人を殺める、殺人。頭が悪いが人が良い、居合の鍛練に熱心、姉や幼馴染とのんびりお茶を啜りながらのほほんと過ごし、クラスメイト達とテンションに任せてふざけ合う、そんなシスコンで幼馴染コンで友達思いな頼れるバカが人を殺すかもしれないという言葉に球子が驚愕の声を放つ。放った後に、以前寝たフリで盗み聞いた言葉を思い出した。

 

『僕は"大切"の為なら大勢の人を手に掛けれる。僕にとっての"大切"はそう言う意味を持つ』

 

(あの覚悟ガンギマリ野郎が"大切"にしているのはなんだ? 姉とかダチ公とか家訓とか色々あるけどひなたっていう幼馴染もアイツの"大切"だ。ひなたは自分のせいでって言ったけど、たぶん、ちょっとちがう。アイツは誰かのせいで何かやらかそうとしているんじゃなくて、他ならないひなたのためにやらかそうとしてるんだ)

 

 頭が良いだけでは解らない、愚か者には尚更解らない。乃木青葉という強いくせにヘタレな男を相棒と呼ぶ程に心を許し、深く理解している球子だからこそ最短の思考で辿り着く答え。

 

(今はいないみたいだけど確実にさっきまでこの病院にいたはずのアイツが泣いている"大切"の傍にいてやらないで、"大切"のために人を殺しかねない状況。それはつまり、泣いてる"大切"の傍にいてやれないほど急いで誰かを殺さなきゃいけないかもしれない状況、つまり、ひなたはまだ危ない状況で、アイツはそれをどうにかするために人を殺すかもしれないって事か?)

 

 ひなたを死なせないために代わりに死ぬ誰かを拐いに行った青葉、自分を死なせないために青葉が大社で暴れようとしていると誤解しているひなた、それらの事実と誤解を足して半分に割ったような思考に至った球子が部屋に飛び込んだ時に放ち、答えが帰って来なかった問いを繰り返す。

 

「なにがあった。今、なにが起きているんだよ」

 

 スマホのマップ機能を使えば青葉を追い掛けて凶行の邪魔をする事は可能だ、素早い青葉を捕まえるのは難しいがひたすら殴り掛かれば回避に徹するだろうから誰それを殺すだなんて状況じゃなくなるだろう。と、自分にも間違いなく青葉の"大切"に含まれていると知っていて、それ故に決して自分には反撃してこないと信頼しているからこその乱暴で無茶苦茶な解決策を既に思い付いてる球子。だが、それで今も危険な状況かもしれない目の前の友達も守れるのかと球子の思考に引っ掛かっているのだ。

 だからこそ、状況を知るためにひなたの濡れた瞳を真っ直ぐに覗いて問いただす。

 

「それは、その……」

 

 まさか、自分はこれから死ぬつもりで、青葉はそれを阻止しに行ったなんて説明してしまえば球子も青葉と同じような行動をしかねないと気付いたひなたが口を開いてすぐに言い淀む。

 その様子を見た球子が思うのは、まだひなたは危険に晒されているんだろう、説明しようとしたけど自分の事よりも青葉の事を優先させるために言葉を選んでいるんだろう、という確信。まだ危険があるからこそ、いかにも屈強な大社の人間がここでひなたの警護をしていたのだろうとも推測する。

 

「めんどくさい誤魔化しなんていらねーから、ありのままに全部言ってくれ」

 

「…………ぅ」

 

「ひなたから見たタマは、ちょっと大変な事程度も解決できねーって位に頼りないか?」

 

 勇者、土居球子は常に仲間から頼られ、その期待に応えて仲間を守り、逆境を跳ね返し続けた心身共に強い勇者だ。

 少女、土居球子は常に友達の事を思い、根拠が無くとも自信満々で、友達が困っているのならばどうにかしてやりたいと首を突っ込む強くて優しいガキ大将だ。

 

 自分は未帰還の癖に二人を助けてと頼ってきた友奈、解らない事だらけだけど涙を流しているひなた、ヘタレで怖がりなところもある癖になにやら覚悟ガンギマリ状態らしい青葉、全部ひっくるめて解決してやるからと嘘偽りを許さない瞳でひなたを射抜く球子。

 

「わ、わたし……」

 

「詳しくは話せませんが、上里様がこれから果たさねばならないお役目がとても辛く厳しいものでして、それを若武者様が反対し──」

 

「肝心な事を濁した言葉はいらねー! そのお役目とやらを話せないなら黙ってろ! それに、今タマはひなたに聞いてんだ!」

 

 強い眼差しに選ぶべき言葉が何も解らなくなったひなたに助け船を出す大社の男。しかし、球子は一瞥すらせずに黙らせる。

 球子が意識したものではないが、勇者としての立場や数々の死線を越えて培われた胆の座った態度、そして、なによりも誰かのために頑張れるガキ大将、人の前に立って率いる器の大きさが小柄な球子を巨人のように大きく見せてこの場にいる全ての人間を気圧していた。

 

 気圧されたのは、勿論ひなたもそうだった。

 

「よくわかんねーけど友奈からもひなたと青葉を助けてくれって頼まれてんだ、だから助けさせてくれよ」

 

「え、ゆうな、さんが……?」

 

「いや、頼まれてなくたって全部タマがなんとかしてやる。だから全部話してくれ」

 

 上里ひなたという少女は深い慈愛の心を持ちながらもとてもしたたかな少女である、気圧されただけでは弱音を吐かず、自分の思惑から外れるような言葉も口にしないだろう。

 

「ひなたが今まで見てきた勇者ってのは、乃木若葉の仲間達ってのはそんなに頼り無いのかよ!」

 

「っ!」

 

 しかし、今のひなたは気圧されただけでは無かった。

 安寧を与えたい幼馴染が武器を手に戦いに赴いたのが心配で、それはそのために自分が引き受けたお役目を幼馴染が知ってしまうという裏目に出たからだと思っていて、意識が落ちる間際に聞いた幼馴染の『ごめんなさい』の声に籠められた悲しみが苦しくて、とにかくひなたの心は限界だっのだ。

 頼れるガキ大将が全部解決してやると豪語し、幼い頃からずっと凄い所を見てきたもう一人の大切な幼馴染の名前を出された事も加わり、ひなたは遂に死の役目を引き受けてから堪え続けてきた弱音を吐き出す。

 

「……青葉ちゃんに、手を穢して欲しくないです」

 

「おう!」

 

「もっと、若葉ちゃんと青葉ちゃん、皆さんと一緒にいたい……神樹様の下へ逝きたくないです……!」

 

「おう!」

 

「死にたく、ない……!」

 

「おう! やっぱり状況がよくわかんねーけど、任せタマえ!」

 

 噛み合っているようでその実絶妙に噛み合ってない会話、それによって球子はひとまず理解する事を諦めた。そして、なんとなく理解できた三つ、青葉を止めなければならない、ひなたは皆と一緒にいたい、ひなたは死にたくないの全てをどうにかするために勢いで行動を始める。

 

「全部なんとかしてやるよ!」

 

 言いながら球子がポケットから取り出したのは勇者専用のスマートフォン、画面は勇者装束を纏うために一度だけタップすればいいアイコンが表示されていた。

 

「ど、土居様!? 何をなさるおつもりで!?」

 

「全部なんとかするんだ! 勇者の強さなら死にたくないひなたを守りながら青葉のところまで連れて行けるしついでにあのあっぱらぱーをぶん殴れる!」

 

 困惑する大社の男達に堂々と応える球子。

 

「それは困ります! 上里様にはこれより大社にて儀式の準備を──うわっ!?」

 

 屈強な肉体を持ち、それなり程度には訓練を受けてる男であっても超常の存在である勇者を引き留める事なんてできない。それを理解している大社の男達が球子を説得しようとしたが、突如砕けた病室の窓ガラスと球子の足下に床を砕いて刺さった円盤に驚いて言葉を途切れさせる。

 

「来てくれたか、タマのもう一つの相棒!」

 

 その円盤の正体は球子の神具である壊れかけの旋刃盤、戦闘の際に球子の手から離れていてもひとりで動いて球子の左腕に収まるお利口さんが勇者の力を発揮したいと奮起する主人に応え、置いてけぼりにされていた丸亀城から飛来してきたのだ。

 

「土居様! 上里様を連れて行かれてはお役目が滞って人類の未来が!!」

 

「うるせー! 知らねー!」

 

 勢い、ひたすらに勢い、ただただ勢い、本人すらなぜこんなにも勢いのスイッチが入ってしまったのか解らない程に強い勢い。もしかすると、穢れによる影響で球子の感情のタガが外れやすくなっていたのかもしれない。

 球子は足下の旋盤を拾い上げてスマホを力強くタップし、姫百合を模した勇者装束を纏う。直後に感じるちぎれかけのイヤホンから聞こえる音のような、神樹から贈られてくる力が何かに詰まって正しく贈られてこない閉塞感。このままではまた意思に反して変身が解除される事を感じた球子だが、これも勢いでどうにかしようと試みる。

 

「巫女がたった一人嫌な事を嫌だって拒否して滅んじゃう世界なんかがあってたまるかー!!」

 

 叫ぶ球子が思い付いたのは神樹の力ではなく自分の力で勇者の状態を維持する事。切り札に自分の何かを上乗せして威力を何倍にも引き上げる事ができた、それはつまり、切札という勇者の力が発展したものに自分の中の何かを消費して使う事ができるということで、切札に使えるのならば勇者の力そのものにだって自分の中の何かを使えてもおかしくないと球子は決めつける。

 そして、球子は気合で自分の中の何かをひり出し、勢いで勇者装束の維持に成功した。

 勇者、土居球子は神々の加護を得るのと同等の力を人の開発したシステムと人の意思のみで発現させる。それは、まさに神の領域、しかし、人の所業。球子は代償の重さを知らないまま勢い任せに無理を押し通して道理を引っ込ませたのだ。

 

「落ち着いて下さい土居様!」

 

「ひなた、行くぞ!」

 

「……ぇ?」

 

 力では絶対に敵わない球子に対して説得するしかない大社の男達を無視してひなたへと手を差し出す球子。勢いに飲まれて涙を流す事さえ忘れていたひなたが訳が解らないと言いたげな面持ちでか細く戸惑いの声を漏らす。

 

「え? じゃねーよ。一緒になんとかしに行くんだ!タマがあのあっぱらぱーの所に連れてってやるから一緒にあのあっぱらぱーのやらかしを止めてやろう!」

 

 球子からしてみれば一石三鳥の妙案、ひなたからしてみれば縋りたくなる提案、大社の男達からしてみれば勢いで数年掛かりで用意した人類全てのための儀式をぶち壊されかねない戯れ言、その場に居合わせただけの柔和な医者からしてみればよく解らないけど愛らしい少女が死にたくないと助けを求めてそれをわんぱくな少女がどうにかしようとしてるドラマチック。

 球子にとっては焦れったい待ち時間、大社の男達にとっては嫌な硬直、ひなたにとっては世界のために、大切な幼馴染達のために死ぬ準備をしなければいけないのにその小さいけど大きな手を掴んでもいいのかと俊巡する間。

 

「待ってられん!」

 

「きゃ!?」

 

 深呼吸たった一回の間だけ待った球子だが、大社の男達が思いとどまってくれと必死に祈るのを知らんぷりして戸惑いに揺れるひなたの手を強引に掴んで引き寄せ、勢いのままにひなたを横抱きに抱える。

 

「よし、行くぞ!」

 

「た、球子さん!?」

 

 やはり勢い、どこまでも勢い、勢いとしか説明できない程に勢い、もしかしたら勢い云々というよりはただの暴走かもしれない。

 勢いのまま球子は旋刃盤が突き破った窓の枠を踏み、跳ぼうと踏ん張った力を一旦抜いて首だけ振り返って柔和な医者と目を合わせた。

 

「窓割っちゃってごめんなさい!」

 

「大社に請求するから問題ないよ」

 

「そっか! でもごめんなさい!」

 

 勢いに任せた謝罪。そして、跳躍。

 病室に残された大人達は割れた窓から入ってきた風を感じながら既に米粒のように小さくなった小さくて大きな背中を見送るしかなかった。

 

 

「タマのスマホのマップ機能を起動してくれ、両手が塞がってるから操作できないんだ」

 

「え、あ、はい」

 

「アイツのスマホの場所が表示されるはずだからそれを追おう」

 

 勢いで跳躍して街中をなんとなく移動している球子が両腕に収まってるようで収まってないひなたに自分のスマホを持たせて操作させる。ひなたの目に映る勇者専用のマップ機能、それに表示される『あっぱら葉』という青葉の位置を示す文字。

 

「え、あら?」

 

 勢いに押しきられて連れてこられ、本当にこれで良かったのかと自問自答しながらも球子の言う通りスマホを操作したひなた、高速移動の跳躍に発生した風圧で後方に流れる長い髪が傾げた首に波打った。

 

「どうした?」

 

「青葉ちゃん、大社に向かったのではなくて大橋にいますね」

 

「反対方向に進んでたな、Uターンだ」

 

 Uターンと称しながらも着地した瞬間に一八○度方向転換する鋭角なターン、むしろ、Iターン。暴力的な慣性にひなたが「ふぐぅ」と、おおよそ女子中学生の悲鳴には不恰好な声を漏らし、風に流れていた髪が鞭のようにうねって球子の顔面を叩いた。

 

「勇者の脚でもここからだったら大橋までちょっと時間がかかる。その間に今何が起こってるのか簡単にでも説明してくれよ」

 

「え」

 

「さっきまでの話じゃひなたが危なくて青葉がやらかしそうだって事までしかわからなかったからな、ここまで来ちまったならもう全部教えてくれよ。青葉がガンギマリするほど過酷なお役目ってなんなんだ?」

 

 跳躍しながらも球子は腕に抱えたひなたの瞳を一度だけ覗き込む。安全な移動のためにすぐに視線は切られたが、曇りない瞳に見据えられたひなたが目を逸らす。そして、やや沈黙の間を作った後、こんなにも全身全霊で助けの手を伸ばしてくれる球子に嘘や誤魔化しを語るのは不義理に過ぎるという思いと、球子の勢いに感化されて球子の助けがあれば案外どうにかなってしまうのではと不覚にも思ってしまったひなたが全てを語る。

 結界の強化だけでは人類を守るには足りないであろうという事、天の神への降伏とその条件、そのために自分は贄に選ばれてそれを承諾していた事、深夜の病院で青葉と遭遇してからの経緯、球子は全てを短くまとめられた簡単な説明を受ける。

 

「──という事なんです」

 

「おーけーおーけー、だいたいわかった。色々と気に食わないけどまずは青葉をぶん殴る」

 

「……えぇぇ…………」

 

「あのあっぱらぱーには頑張り過ぎんなとか、ちゃんと頼れってがっちり言い付けてたのにま~た一人で抱え込みやがったからな、だからぶん殴る」

 

 鼻息荒く宣言する球子にひなたはどう考えても返す言葉が見つからなかった。むしろ、青葉が変に頑張り過ぎてしまうのに対して諌めたい気持ちは一緒なので心境的には球子に寄っている。

 

「つーか、ひなたも後で何か罰ゲームだかんな」

 

「……はい」

 

 何故罰ゲームなのかだなんてひなたは訊かなくてもわかっていた。青葉と同じく、なんの相談も無く命を捧げようとした事を球子は怒っているのだ。それに加え、いずれ球子の口から若葉にも伝わり、若葉からもひどく哀しまれて怒られるのだろうとさっきまでの自分には存在しなかったはずの未来を予測する。

 

「そういや、なんで大社へ暴れに行ったはずの青葉が大橋なんかにいるんだ?」

 

「えと……わかりません」

 

「この訳のわからなさ、まさしくあっぱら葉だな……っと、見えてきたぞ」

 

 深刻な事態のはずなのに二人が感じていた微妙にしまらない空気が目的地の接近により引き締まった物に戻る。ひなたにはまだ橋の形が解る程度にしか見えていないが、勇者の力によって視力が強化されている球子は跳躍で風を切りながら大橋の隅から隅まで視線を巡らせて青葉の姿を探す。

 

「ッ! 見つけたァ!!」

 

「青葉ちゃん……!」

 

 球子が見つけた青葉の姿、流血する負傷を負いながらも鉄砲を構える女性と対峙する姿に激しく危機感を煽られる。まだその状況が見えていないであろうひなたが取り乱さないように球子は敢えて細かい状況を説明せずにいたが、声を荒らげて表情に焦りを滲ませた球子にひなたは状況の悪さを察して祈るように幼馴染の名を呼んだ。

 人が鉄砲に撃たれれば死ぬ、至極当前の常識。跳躍できても空中を自在には移動できない故に重力に従って大橋の中頃に落ちていく最中、すぐに助けに駆け付けたい球子が重力に対してはやくはやくと急かす。

 

 着地の瞬間、球子の強化された聴力が銃声を拾う。

 

「あのアホやりやがった!」

 

 歓声に近い驚愕の叫び。

 勇者の視力だからこそ離れた位置からでも捉える事のできた弾丸を斬り裂く人間離れの剣技。

 

「あ、青葉ちゃんは無事なんですか!?」

 

「あぁ! 鉄砲相手に勝ちやがった!!」

 

「え? 鉄砲? え、えぇ?」

 

 鉄砲という単語は解る、しかし、この現代日本で何故幼馴染が鉄砲相手に戦う状況になっていたのかがまるで解らないひなたが半ば混乱のような心境に陥る。

 

「こっから見えてる感じじゃ今すぐ相手をどうにかしちまう雰囲気じゃないけど、もしものやらかしなんてさせないようにタマは先に行く」

 

「お願いします」

 

 相変わらずひなたの目には遠い先にゴマ粒よりも小さな人影しか見えてないが、球子の大きく緊張の抜けた顔を見たひなたが落ち着きを取り戻しながら球子に抱えられていた腕から離れる。直後、球子が繊細な只人であるひなたを抱えたままでは発揮できない勇者の全力で青葉の元へと走り出した。

 

(あれ? アイツの脇腹にある怪我、服に丸い穴が空いてるけどもしかしたら撃たれて貫通しちゃってるんじゃ……)

 

 距離を縮めた事でより詳細に見えた青葉の後ろ姿、焦燥、安堵、焦燥と落差激しく感情を揺さぶられている事に対して青葉らしさを感じながらも球子は限界を越えるつもりで脚を早める。

 あと少し、青葉の元へとたどり着く前に球子は今日一番の驚愕と危機感に顔を強張らせた。

 

 肩で呼吸しながら天を仰ぐ青葉、眼を離された隙に懐から見覚えのある筒を取り出した女性。意識して記憶を辿らずとも筒の正体をいつかのテロ騒ぎから反射的に思い出す。

 

 爆弾。

 

「させるかぁぁぁぁ!!」

 

 咆哮、跳躍。

 球子はどうするべきかを考えて行動したわけではない。やはり、これも勢いとしか説明できない行動だった。

 

 青葉によって宙に弾き飛ばされた爆弾、危機の原因となった女性に覆い被さって庇う青葉。球子は宙を滑りながら共に戦場で仲間を守り通してきた物言わぬ相棒を振りかぶる。

 

(届け! 間に合え! 少しもズレるな!)

 

 祈るような心境で、しかし、神に祈らず。

 球子が自分で積重ねてきた鍛練と戦闘経験を信じて投擲。爆発する前にぶち壊す、そのつもりでの一擲。

 

 しかし、狙いは違えて旋刃盤は爆弾を掠めて青葉達の伏せる横の路面に突き刺さる。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 球子の叫び、同時に爆発音。そして、それらに重なる轟音。

 跳躍から着地した球子の瞳に映るのは大橋の一部を破壊する炸裂によって発生した土煙。できることを全てやり尽くし、これ以上は運次第だと今度こそ神に祈りながら球子は完全に壊れて戻ってこなくなった旋刃盤のワイヤーを辿って青葉達の元へと走る。

 

 潮風に土煙が流れて視界が晴れる。

 

「う? ()きてる……?」

 

 青葉は生きていた、青葉に庇われた女性も生きていた。二人を爆弾の炸裂から守ったのは突き刺さった路面の周辺をぶち撒けながらも巨大化した旋刃盤。狙いを外した瞬間の球子が決して諦めない一心で、もしくは勢いで更に自分の中の何かを旋刃盤に注ぎ込んで巨大化させ、二人を太陽すら防ぎうる盾で守ったのだ。

 

「生きてる? じゃねーよ、このあっぱらぱぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 青葉にとってはなんだかよく解らないが生きている事への安堵の呟き、球子にとってはいつもの暢気な発言。その二人の温度差によって球子の安堵が裏返って怒りに変わる。

 

「あ、タマっちとせんじんばん(旋刃盤)……たす()けてくれたたたわわわわ」

 

「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

 

 一呼吸遅れながらも状況を認識できた青葉にとうとう触れ合う距離までたどり着いた球子が青葉を引き起こして胸ぐらを掴んで怒りのままに前後に激しく揺らし、至近距離で顔を合わせた青葉の頬が完全に裂けて内側が見えてる事と顔面に跳ねてきた血に悲鳴をあげる。

 

「お、おまっ! 中見えてる! ほっぺから歯がみ、みえっ! 見えてる!! 見えっ……その眼もどうしたっ!?」

 

「う? あ、やっぱり? すごくいた()いんだよね」

 

「つーか脇腹ぁ! お前血でどろどろじゃねーか!!」

 

 怒りを忘れ、呆然とする女性の存在を忘れ、球子が瞬間的に沸かせた怒りの熱量がそのまま青葉を案じる感情にスリ変わる。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、これって()かん()じのけが(怪我)じゃ……あっ、ぼく()こんや(今夜)でほぼ()ぬんだった」

 

「このタイミングでブラックジョークはやめろ!! ってかなんで口がそんなんなってんのに喋れるんだよ!!」

 

かんかく(感覚)? ……はれ?」

 

 青葉という相棒のあんまりな姿に半泣きになっていた球子の目の前で突如膝から崩れ落ちる青葉。今までの負傷の経験で今回の負傷ならまだ大丈夫だろうと見積もっていた青葉だが、実際の所はそんな事は無い重傷だった。意識が戦闘に向きすぎていて痛みを無視できすぎてしまっていた結果、身体の感覚と実際の負傷具合に大きく齟齬が発生していたのである。

 負傷を無視する野武士メンタル、それが戦闘の終了と青葉にとっても頼もしい相棒である球子が助けに来てくれた事によって弛み、肉体の負担が精神に追い付いて青葉は完全に限界を迎えた。

 

「うわあぁぁぁぁ! 死ぬな青葉ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「それはむり(無理)。そんなこと()よりもそのひと()たいしゃ(大社)ひと()むか()えに()るからへん()()をおこさないように()ててあげて()しいんだけど」

 

「なんで! そんなに! 大怪我しといて! 変に! 冷静! なんだよ!」

 

「う、()れかな?」

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 既に足腰立たない程に失血しているのにも関わらずのほほんぽややんと振る舞う青葉の代わりに冷静さを著しく欠く球子が怒りと焦りと訳の解らなさで髪を掻き毟る。

 

いっしょう(一生)のおねが()いだからさ、たの()むよあいぼう(相棒)……あいぼう(相棒)にしかたの()めないんだ。ひなたを()なせないために……このひと()きょうりょく(協力)が……ひつよう(必要)…………なんだ……」

 

「え、私が……?」

 

 苦痛に息を詰まらせ、意識を遠のかせながらの懇願に呆然とした状態から復帰しつつも球子と青葉の勢いに圧されて沈黙を保っていた巫女が訳が解らないといった面持ちで困惑する。

 

「まずお前が死にそうなんだよバカ野郎!」

 

()にそう? ……あぁ、そっか、かつお()たたき(タタキ)いっしよ(一緒)に、うん、やくそく(約束)、だいじょーぶ……なんと、か……するよ…………」

 

 もはや正常な思考すら怪しい青葉が左の袖から燃料を取り出して自身の頭からかぶり、続けて発煙筒を袖から取り出そうとするもとうとう意識を途切れさせて一切の身動きを停止させる。

 

「なにやってんだ……油臭っ! お、お前ぇ! 傷口焼こうとしてる場合か! 今病院に連れていってやるからそれまで耐えろ!」

 

 叫びながらいつの間にか元のサイズに戻っていた崩壊しかけの旋刃盤を拾い上げて邪魔なワイヤーを引き千切り、慎重に青葉を背負った球子が病院目掛けて跳躍する。

 

「えぇ……?」

 

 自爆の失敗、先程までは勇者を殺害しようと凶行に及んでいた自分相手に勇ましく戦った勇者そっくりさんと乱入してきた勇者による独特の空気感、そっくりさんの気絶、そして、勇者による要救助者の空輸、めまぐるしく変化した状況に一人残された巫女が潮風に吹かれながら激しく困惑する。

 

「結局あの人は何をしに此処へ……?」

 

 滅びを回避する術を知りながらもそれを実践できなかった自分だが、せめて化物の侵攻に対して一番前に立って銃弾一発だけでも一矢報いようと四国を守る壁の一番前に来ていた。だが、遠目に勇者達のリーダーと見間違えるそっくりさんが出現し、その人を殺害すれば滅びを先延ばしにできるかもしれないと人違いしたまま銃を向けた。

 人違いによる殺人未遂と傷害。決して許されて良いことではないはずなのに、された方はなんやかんやあって『死なせないために必要』と意味深な言葉を残して空輸されてしまったのだ。

 困惑や罪悪感、唖然の思いでどうすればいいのか解らない巫女は勢いの強い二人が消えていった夜空を見詰めながら風に吹かれ続ける。ややあって、巫女は陸地の方から自分のいる場所へと向かってくる一台の車に気付いた。

 

「あれ? あの……ここに隻腕で麦色の髪をした男の人がいませんでしたか?」

 

「えぇと……勇者の土居さまに空輸されていきました」

 

「え?」

 

「ふむ、若武者様の事はともかく、貴女は天の神の巫女様ですね?」

 

「あ、はい、たぶんそうです」

 

 車から飛び降りるように下車したひなた。訳が解らないままの巫女。ひなたが病院で手当を受けた後に何が起きたのかを証言し、その情報が大社に報されたのをきっかけに青葉が行動を開始したの察知してスマホの位置情報を追って車を走らせていた神官。三人が誰の邪魔も入らない場所にて一同に会する。

 

「人類を救うために、愛のために身を捧げ続けてきた少年少女達のために、貴女の協力が必要なのです」

 

 巫女の浴びた血や大橋の路面に残る血痕を見なかった事にして無理矢理話を続ける神官。戸惑うばかりの巫女二人。

 

 死ぬつもりだったが、死にたくないひなた。

 人類の滅びを知り、死を覚悟していた天の神の巫女。

 

 多くの事を知っていて、どうせならば少しでも良い方向に事態を向かわせたい神官との話し合いによって二人の巫女の運命は大きく変わったのだ。




 
 
 
 
 
 
 
タマっち
Q:タマっちが勢いつけるとどうなるの?
A:無敵になる
勢いがすごい勝利の女神。タマっちが首を突っ込んでどうにかならない訳がない、だってタマっちだもん。勢いでタマっち式満開した、勢いでナニか失った、今までもナニか失ってる。

口裂け青葉くん
ほっぺたびろーんで白い歯がキラーン、めだまプチーン、脇腹トンネル。幼い子供が見たらトラウマになるくらい重傷。

ひなたちゃん
青葉くんの姿を見たら泡吹いて倒れたかもしれない。お話した。

猟師巫女
なんかよくわからんけど勢いに圧されて涙引っ込んだ。涙が引っ込んだ後にちゃんと青葉くんを見たら人違いしてた事に気付いた、罪悪感がヤバい。お話した。

共犯者の神官
お話した。


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