乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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犯人は伊予島
 
 
 
 
 



ナニも無かった青葉くんの話

 

 

 

 

 

 第三者から見てその少年には勉強の成績以外のおおよそのモノが在った。由緒正しい家柄、分け隔て無い交遊関係、自身を理解してくれる幼馴染、芸道百般武芸百般に通ずる才覚。特にこの底無しの才はそのそれぞれの道にて活躍する者達が舌を巻いて羨み、その才を目の当たりした識者が『刀を振るえば剣閃は月を描き、花を生ければ滝を立たせる』と評価した事もある程だ。

 

 しかし、その溢れる才は少年に"何をやってもできてしまう"という孤高の退屈を与え、その退屈は少年の精神の奥底何処かを腐らせた。

 少年にとって、自分の生きる世界のおおよそはモノクロでのろまでつまらなくて起伏の無いモノだったのだ。

 

 いつしか、少年はできてしまう退屈故に表面上では無難に事を済ませる程度に収め──それでも誰もが少年を褒める結果を出すが──その裏で多くの事に全力で取り組む事を辞めてぐだぐだとだらしなく不貞腐れ始めてしまう。そして、そんな少年をいつも傍で見ていた幼馴染は『勉強に全力を出せば良いじゃないですか、昨日のテストも赤点でしたよね』と、少年の尻を言葉で優しく蹴り飛ばすのであった。

 

 少年はてきと~な見せ掛けの努力で日々を過ごし、第三者達は心底から多才な少年が今後も多くの活躍をする事を期待し、幼馴染は少年の宿題を手伝いながら少年にとって夢中になれるような何かが現れる事を祈り続ける。

 そんな退屈で、期待に満ちていて、呆れと心配の入り交じっていた日常に少しの変化が訪れた。

 

「奈良県から転校して来ました、高嶋友奈です。趣味は武道です。今日からよろしくお願いします!」

 

 中学校生活も半ばの頃、桜舞う季節に現れた花咲く笑顔の少女。教室の戸を開いて教卓まで歩き、まっすぐ立って自己紹介するだけの間に身のこなしから滲み出た強烈な武の気配に少年は興味を惹かれたのだ。

 

「武道するんだね、足の運びから察するに打撃を主とした古武道かな?」

 

 転校生が来たならばお決まりとも言えるホームルームの時間を利用したクラスメイト間での質問タイムにて、『一日にうどん何杯食べるのか』『どんな武道を観戦するのか』『彼氏はいるのか』『ムエタイとカポエラはどっちが強いと思うか』などと質問の内容からしてこの花の少女の趣味は実践ではなく観戦だと思い込んでいたクラスメイト達の中に落とされた質問に見せ掛けた確認。幼馴染を除くクラスメイト達が『ま~た乃木が訳のわからない事言ってる』と言わんばかりの雰囲気を放つ。

 

「うん、打撃が得意だけど投げも締めもやるよ」

 

「やっぱり、そうなんだね」

 

 少女の爛漫な笑顔での肯定に驚きと困惑を混じらせるクラスメイト達。しかし、武を嗜む二人はそれを意に介さず会話を続ける。

 

「隠してた訳じゃないけど見ただけで解るなんてスゴいね、え~と……キミも何かやってるのかな?」

 

「ん、色々ね。あっ、僕は乃木青葉、よろしく」

 

「うん! よろしく!」

 

 それだけの短いやり取りでにこりと笑い合う武芸者二人。少年は言葉の通り相手の些細な身のこなしで相手の高い実力を知り、少女は少年の観察眼に"色々"が武に幅広く手を付けている器用貧乏ではなく文字通り万能に武を修めていると察する。

 

「……はっ! 草食魔王アオバーンが上里以外の女子に自分から絡んでる! ラブコメするの!? 明日槍降るよ! こわい! これ絶対槍降ってきて世界滅ぶ──」

 

「ドギー、うるさい」

 

「あれれれれぇ!? おでこ押さえられてるだけなのに逃げられない!? なんで!? こわい!! あぁぁぃぇぇぇ!! いたい! いたい!」

 

「わぁ~、合気道もやるんだね」

 

 お調子者で騒がしいクラスメイトを指一本で椅子から立てないように押さえつけ、なんとなく鼻を執拗にデコピンで責める少年に花の少女が感心しながら暢気な声を漏らす。そんな光景を見たその他のクラスメイト達が『あっ、高嶋さんも感覚派の武芸者(青葉とおなじ)なんだ』と確信し、幼馴染は花の少女との出会いに少年が退屈する日常の変化を直感した。

 

 出逢ってしまった二人の武芸者、互いに相手の実力の高さを察したならば実際に拳を交えて試し合う……等という事は無く、少年は道場で鍛練や自室で和楽器を演奏し幼馴染に聞かせてのんびり過ごし、花の少女は空手部に入部して自身が積み重ねた鍛練を生かして学校生活を満喫していた。二人は授業を同じ教室で受けるもののそれ以外での接点が少なく、互いに『強いんだろうなぁ』と認識する程度で技を競い合う事無く時が流れていく。退屈に何処かを腐らせて怠惰に身を任せる少年と格闘技を修めながらも人と争う事を好まない花の少女とではどちらも自発的に試合を挑む事をしなかったのだ。

 

 しかし、そんな日向で風に撫でられるタンポポのように平和な日常に突如強めの風が吹く。

 

「あーおばくぅ~ん、たっかしぃまちゃんっとどっちがつよーいの~?」

 

 自分の席で退屈そうに紙飛行機を折っていた少年にお調子者のクラスメイトが思い付いたように歌いながら訊ねる、いや、実際ただの思い付きで訊ねたその言葉に各々仲が良い相手と談笑していたクラスメイト達が視線を寄せて教室に静寂が広がる。

 勉強の成績全てを代償に体を動かす才を得た少年と、入部してから学校の内外を問わずに全ての試合で圧倒的勝利を繰り返す花の少女。この二者のどちらが強いのかという疑問を多かれ少なかれクラスメイト達は気になっていたのだ。

 

「ん? ……ん~…………そいっ」

 

 クラスメイト達の静寂と視線など知ったことかとのんびりと立ち上がった少年が開放されていた窓から紙飛行機を飛ばす。直後に向かい風に押し戻されて大した飛距離を稼げずに着陸した。

 

「あ~、自信作だったのに」

 

「ねぇねぇ、どっちがつよーいの?」

 

「……さぁ?」

 

 半ば無視されたような扱いをされてもめげなかったお調子者が再度訊ねれば適当な返答。眉尻を下げながら「くぅーん」と寂しげに鼻を鳴らしたかと思えば直後に少年から視線を切り、いきなりの静寂に小首を傾げていた花の少女へと向けて口を開く。

 

「たっかしぃまちゃん!」

 

「なぁに?」

 

「青葉くんとどっちがつよいの?」

 

「えっと、手合わせした事ないからわかんないよ」

 

「えー」

 

 確かめた事が無いからわからない、そんな単純な答えに不満気な声を放つお調子者。

 

「二人は確かめようとかって思わないーの?」

 

「んー、色々と武術やってはいるけど強い弱いに興味無いや」

 

「武道するのは好きだけど誰かより強いのを証明したいって感じじゃないかなぁ」

 

「えー」

 

 武を志すが争いに興味を持たない。そうのほほんと言いのける二人にお調子者がまたも不満気な声を放つ。

 

「どっちが強いのか知ーりーたーい~」

 

「えぇ、いきなり駄々こねはじめちゃった。床に転がってじたばたする中学生が実在するなんて……!」

 

「んー、こういう風にされるとほぼ皆無だったやる気がマイナス方向に突き抜けるね」

 

 制服を埃まみれにした挙げ句に俯せに顔を隠して「ふぇぇ……」と泣き真似まで始めるお調子者を爪先で軽く小突く少年。直後に教室の扉が激しく開かれる。

 

「乃木! さっき返却した小テストのプリント紙飛行機にして飛ばしただろ!」

 

 教室に入るなり怒声を響かせる年嵩の教師、手には複雑な折り目が付いた赤いバツ印だらけの答案用紙。

 

「ちゃんと名前消して証拠隠滅したのに何故バレたのか」

 

「今回の小テストで赤点取ったのはお前だけだ! ちゃんと持ち帰って復習しろと言っただろう!」

 

「えー」

 

 教師の怒声にやる気を感じさせない声で返す少年、その様子に鼻息を一度荒くした教師が教室を見回す。

 

「上里はいないのか、なぜ乃木を野放しにしてる」

 

「青葉くん係の上里は体調不良で欠席でーす。さっき先生の授業の時に出欠確認したばっかりでーす……ボケちゃった?」

 

 床に転がったまま教師をからかうお調子者の姿に眉を寄せて口をへの字にする教師。理解しがたい姿に気勢を削がれて溜め息を吐いた後に少年へと折り目の激しい答案用紙を押し付ける。

 

「度し難い……」

 

 呟くような言葉を残して酷く疲労した様子の教師が教室をさから退出し、その後ろ姿を見送った少年が押し付けられた屑紙をくしゃりと丸めて机の中へと放り込んだ。

 

 

「──って事が昨日あったよ」

 

「その答案用紙は机の中に入れたままなんですか?」

 

 翌日の朝、体調不良から復帰した幼馴染と共に登校する少年が他愛ない会話の一部として前日の出来事を話す。その姿は誰が見ても上機嫌にしか見えず、紙飛行機で退屈を誤魔化していた時の姿とはかけ離れていた。

 

「そういえばそうだね、机の奥で転がってるよ」

 

「なら今日の放課後はその答案用紙を元に復習しましょうか」

 

「……え~」

 

 有無を言わさぬ雰囲気で告げる幼馴染に少年が不満の声を漏らす。

 今この場で路面に体を転がしてじたばたと駄々をこねたら勉強しないで済んだりしないだろうかと思案している少年に幼馴染が僅かに眉尻を下げる。

 

「そろそろ勉強もちゃんとしないと何処の高校にも進学できませんよ」

 

「叶う事なら勉強せずに生きていきたい」

 

「その願いは叶いません」

 

 断言する幼馴染が一呼吸の間を置いて言葉を繋げる。

 

「勉強しないで進学もしない青葉ちゃんは一人だけ進学させて私を寂しい気持ちにさせるんですか?」

 

「……ん」

 

 これまでどこかおどけた雰囲気を纏っていた少年が口をつぐみ、無言で空を見上げながら通学路を歩き続ける。そんな少年の横顔を幼馴染は真顔で見詰めていた。

 

「……勉強、ちょっと頑張ってみようかな」

 

「はい、手伝いますよ」

 

 校門をくぐりながら声を搾り出した少年に満面の笑みを向ける幼馴染。風に撫でられた長い黒髪が嬉しそうに跳ねた。

 

「寂しいのは、退屈だからね」

 

 幼馴染が一人になるという事は幼馴染の隣に自分がいないという事で、それはつまり自分の隣に幼馴染がいないという事だから自分も一人になってしまうという事でもあると思考が至った少年。たった一日だけでも幼馴染が傍にいないだけで退屈を持て余していたのにずっと一人になるのはとうてい受け入れられないと判断したのだ。

 

「青葉ちゃんは色んな事ができますから、勉強もやる気を出せばすぐにできるようになりますよ」

 

「どうだろうね……ん?」

 

 上機嫌な微笑みの幼馴染とそのかんばせをみてふにゃりと笑む少年。和やかに言葉を交わしながら教室の入り口をくぐると一斉に視線を向けられ、その異様な空気に二人が揃って小首を傾げる。

 

「高嶋さんとどっちが強いのか放課後に勝負して確かめる事にしたらしいね」

 

「んん?」

 

「二人とも学校で有名人だから皆この話題で皆盛り上がってるよ」

 

「? んん? んんん?」

 

 クラスメイトの一人から憶えの無い事を言われて頭上に疑問符を山程浮かべる少年、クラスメイト達から向けられる期待と好奇の視線に首が大きく傾いた。

 

「おはよー! ……あれ? なぁにこのふいんき」

 

 少年と幼馴染がたった今通り抜けた入り口から花の少女が元気良く現れ、直後に少年から分けられた視線の束に困惑する。

 

「高嶋さん、乃木君の挑戦をうけたんだって? 応援してるよ!」

 

「ちょう……せん……?」

 

 理解が追い付いていない表情でコテンと首を倒す花の少女。盛り上がっていたクラスメイト達もこれから雌雄を決するはずの当事者達が状況をまるで把握してない様子を見てなにやら認識の違いがあると察し、教室全体が困惑の空気に満たされる。

 そんな中、こっそりと教室から脱出しようとしたお調子者に少年が気付き、肩を掴んで拘束した。

 

「何故こそこそしてたし」

 

「ふっ……」

 

 演技じみた静かな微笑みのみを返したお調子者の鼻の穴に少年の人差し指と中指が捩じ込まれる。

 

「鼻の穴で一本背負いチャレンジ! いっくよー!」

 

「ぶひぃ、ありとあらゆる手段で嘘のマッチメイク情報を流して場を整えちゃった。今更この鼻を豚の鼻にしても全校生徒の熱は冷めないとおもうーよ? これで中止にしたらきっとブーイングの嵐ぶひぃふががが……」

 

「えー」

「えー」

 

 ボウリングの玉を持ち上げるかのように少年が鼻を上に引っ張るとお調子者がフガフガとした声で白状する。その全く悪びれる様子のない姿に少年と花の少女の声が揃った。

 雑な策略で仕組まれた勝負、しかし、少年は『まぁ減るもんじゃないし、パッとやってサッと帰れるなら』と承諾し、花の少女も『せっかくだし楽しんじゃおっかな』と未知の技術を修めているであろう相手との組手として前向きに承諾した。そして、クラスメイト達や格闘好きのその他生徒達がそわそわと浮き足立つ中で放課後を迎え、空手部の練習場所を借りての試し合いの時となった。

 

 勝敗の決し方は時間無制限の三本勝負。グローブやプロテクター類を着用した二人が対峙するのを多くの見物人達が見守る。

 

「はじめ!」

 

「せぇい!」

 

「ぬあー」

 

 立会人役の空手部員による開始の合図、刹那に花の少女が最速の踏み込みで少年に肉薄して上段蹴りを決める。あまりの早業、気の抜けた声、なす術なく転がされたと思いきや綺麗に受け身を取る少年、僅か数秒以内に起きた出来事に対しての情報量の多さに見物人達が呆ける。

 

「乃木くん、もうちょっとやる気だしてよー」

 

「えー、お互いやる気満々でやったら絶対接戦になって長引くじゃん。早く帰って勉強したいんだよね」

 

「えー、乃木くんが勉強にやる気だしてる……」

 

 普段の授業態度がまったくもってやる気を感じさせないものなだけに嘘にしか聞こえない言葉を吐く少年に見物人達がざわめき、周囲から「嘘臭っ」「そのふやけたツラで勉強したいなんて言うのはダウト」「実は乃木ってそんなに強くない?」等の言葉が対峙する二人の耳にも届く。

 

「ほら、次を始めようよ」

 

「えー……」

 

 勝ち負けやそれに付随する評判なんてどうでもいいからさっさと帰りたい少年、強者相手に楽しい組手となる事を期待していたのに肩透かしで気落ちする花の少女、両者が勝負の二本目を始めるために再度対峙する。

 

 カッコいい青葉ちゃんが見たいです。

 

 そんな言葉を開始の合図が宣言される直前に少年の耳が拾った。

 

「わ、わわわ!?」

 

 直後、ふやけていた表情を引き締めた少年が幅広く修めた多数の格闘技術を複雑に組み合わせた攻め手で花の少女を翻弄し、慌てた隙を突く投げ技で床に倒して鼻先に拳を寸止めする。

 再度、見物人達が呆ける。格闘技オタクから見れば格闘技術の万国ビックリショー、居合わせた空手部員から見れば初見殺しのバーゲンセール、興味本位で見に来た素人から見れば挙動不審カンフーな少年の動きに圧倒されて言葉を忘れたのだ。

 

「やる気出してカッコよくしてみた」

 

 そんな少年の言葉にその場にいた人間の一部が見物人に紛れていた少年の幼馴染に視線をむける。誰かが「乃木の外付け制御装置」と呟いた。

 

「ほぇあー、すっごい……」

 

 目を丸くしながら立ち上がった花の少女が二度三度瞬きを繰り返した後にはち切れんばかりに笑顔を咲かせる。

 

「ねぇねぇ! 最後は空手っぽい組手じゃなくて使える技を全部使ってやろうよ! 空手っぽい感じじゃなければもっと色んな事できるんでしょ?」

 

「んふふ、本気の本気って事だね。いいよ、やろう」

 

 見物人や立会人役さえも置き去りに二人だけで盛り上がり、示し合わせたようにグローブとプロテクター類を邪魔だと言わんばかりに脱ぎ捨てる。

 

「使える技、全部使うよ」

 

「私も! 空手より得意な武道で全力!」

 

「え、あ、ちょっ」

 

 指の動きを確かめるようにぐにぐにと動かした少年の宣言に笑顔を満開にする花の少女。立会人役が制止する間もなく両者が合図を待たずに技の応酬を開始する。

 

 激戦、格闘技において素人だとしても両者の次元の高さを知る高速かつ紙一重な技の応酬。グローブを外さなければ不可能だった指の繊細な動きで相手を絡め取って組み付いたり、プロテクターを脱ぎ捨てていなければ不可能だった数ミリ単位での回避からの返し技が当たり前のように繰り返される。

 拳が、脚が、投げ技や極め技が、嵐のように渦を巻いて返しの技によっていなされ、外され、次の嵐へと加速する。見物する全ての人間が呼吸を忘れるほどに魅入る中で少年も花の少女も無邪気に笑い合う。

 花の少女は多彩な技にて今までに無い刺激を与えてくれる強者との出会いに喜び、少年は自身の本気と渡り合う強者との出会いで競い合う楽しみを知り夢中となった。

 そして、決着は──

 

「大怪我するような攻撃はいけませんよ」

 

「ん? うん」

「あ、はーい」

 

──飛び付き腕ひしぎにて少年の肘関節を逆に曲げそうになった花の少女と、組み付かれても倒れず逆に床に叩き付けようと花の少女を振り上げた少年が一線を越える前に掛けられた声に動きを止め、全力過ぎて双方最低限の加減を忘れていた事を恥じ入り組み手を続ける気分じゃなくなったのでうやむやとなった。

 

 自身の全力を受け止められたこの日、少年は初めて強敵()と競い合う喜びを知った。

 そして、この日から少年は鍛練に今までに以上の熱意を以て取り組むようになり、頻繁に花の少女に組み手をねだっては満面の笑顔で拳を交わせるようになったのだ。かつて幼馴染が直感した少年の退屈な日常を変えるという事が現実になったのである。

 

 熱心な鍛練によって自らを高め、同じように高みへと登りつづける強敵()と心踊る一時を楽しむ。少年は十代の半ばにしてようやく頑張る事の喜びも知り、格闘技に充実した毎日に退屈を忘れ始める。そして、あっという間と感じる時が過ぎていく中で、武術の合間に幼馴染より手解きを受けていた勉学が実を結び始めたのは学期末のテストの結果が出た時だった。

 

「最近の乃木は頑張っているな」

 

「んふふ、勉強を教えてくれる人が優秀だからね」

 

 答案用紙を手渡しで返却する年嵩の教師が万年赤点を脱却した少年を褒め、少年がふやけた笑みで胸を張る。

 

「ほほぉ、こいつめ……まぁ、褒められて悪い気はしないな」

 

「先生を褒めた訳じゃないよ」

 

「ふむ?」

 

「ん?」

 

 解いたとしても誰も得しない誤解による会話の違和感に小首を傾げる二人を見て微笑んでいた幼馴染(優秀な人)もそれなりに満足な結果。これにより少年は嫌いな勉強でも頑張ればしっかりと結果になる事を知り、この日から徐々に勉強嫌いを克服し始めていく。

 

 武術を頑張って強敵()との素晴らしい一時を楽しむ。勉強を頑張って結果を出し、幼馴染が喜ぶ姿に嬉しくなる。

 少年の日常に退屈などもはや欠片も存在せず、毎日を情熱的に生きるようになった。

 

 学校ではいつの間にやら『友奈ちゃん』、『青葉くん』と名前で呼び合うようになっていた花の少女と武術を考察して盛り上がったり拳を交えて過ごし、放課後は家で幼馴染と勉強したり息抜きに和楽器を奏でて聴かせて過ごす。充実し、心底楽しいが故にあっという間に過ぎる時間、いつの間にやら少年は進学のための受験を間近に控える頃になっていた。

 

──今日も友奈ちゃんとの組手は楽しかった、今日の授業の復習を終えたら龍笛でひなちゃんの好きな曲を聴かせてあげようか。

 

 そんな事を考えながら幼馴染を伴って帰宅した少年。充実して楽しい毎日に浸る少年はこれからもこれまでのような毎日が続くと無邪気に信じていた。

 両親は仕事の出張で不在、祖母も老人会の旅行で不在、二人きりな屋敷の静けさがこれから起こる事柄の予兆だったのかもしれない。

 

「ちゃちゃっと宿題済ませちゃおうか」

 

 今では幼馴染と並ぶ程の学力になった少年。それでも幼馴染と共に勉強するのは幼馴染と一緒の時間を楽しみたいからだ。勉強を教え合い、幼馴染がごく稀に手間取る難問を一緒に解いて『ありがとう』とお礼を言われて褒められるのが嬉しいからだ。

 今日の授業で出された宿題は少年にとっても少し難しい範囲だった。だから、今日ももしかしたら幼馴染を知恵を出し合う楽しみがあるかもしれないと期待しながら催促する。

 

「あの、青葉ちゃん……」

 

「ん?」

 

 自室の机に教科書とノートを広げてせかす少年に幼馴染がおずおずと声を掛ける。普段は淑やかに微笑みながら大人びた態度で振る舞う幼馴染にしては珍しい姿に少年は首を傾げた。

 

「勉強の前に、少し相談に乗って欲しいんです」

 

「?」

 

「こういう物を貰ってしまって……」

 

 困った顔で、しかし、頬を染めて少し照れた様子の幼馴染が一枚の封筒を少年に見せる。白い無地のそれは宛名が記されておらず、切手も貼られてない事から郵便以外の方法で渡されたのだと容易く推測する事ができる。

 

「……その、いわゆる……ラブレター……なんですが」

 

「え」

 

 照れながら、そして、嬉しそうに告げた幼馴染に少年の思考が一瞬の空白に満たされ、直後に激しく動き出す。

 いつ、誰から贈られた。なぜそんなに嬉しそうに笑う。ラブレターという事は恋慕の想い伝えられたのか。もう返事したのか。ならばどんな返事したのか。まさか、伝えられた恋慕を受け入れたのか。僕の傍からいなくなるのか!

 

 少年の精神の奥底の何処かは腐っていた。

 一年近く情熱に輝く日々を過ごしていたが、それでも少年の半生の多くは退屈の停滞にあふれていて一年ぽっちの情熱では解消できない程に膿が溜まっていのだ。輝かしい日々で封じられていた膿が負の思い込みで瞬時に心の全てを侵し、莫大な不安を暴発させる。

 自分を理解してくれる唯一無二の大切な幼馴染が離れていってしまうかもしれない不安、それに少年の心が瞬時にはち切れた。

 

「その、ですね、それで──」

 

「ひな、ちゃん」

 

「──え?」

 

 しどろもどろに言葉を続けていた幼馴染の言葉を遮り、立ち上がった少年が幼馴染の細腕を強く掴む。

 少年の胸の内で粘りつく膿が煮え立つ。もはや既に少年の正気は薄く、どす黒い衝動に行動全てを任せていた。

 この時点で幼馴染の少女が無防備過ぎなければ、相手の男子を傷つけないように断るにはどうすればいいかとしっかりと少年に説明を続けていれば、違った成り行きになっただろう。

 

「ひな、た……」

 

「? ……きゃっ!」

 

 少年が幼馴染を自分の寝台に押し倒す。整えられたシーツにはらりと扇に広がる長い黒髪。ここまでされて尚も無垢な信頼の瞳が様子を変貌させた少年を案じる色のままだった事が煮え立つ膿に冷たい炎を灯す。

 

「退屈は、さびしいのは──」

 

──いやだ、ずっと一緒にいたい。

 

 感情が振りきれた無表情の少年が何かを察してハッとした表情を見せた幼馴染に覆い被さるようにして両手をつき、決して逃がさないように自身の腕の内に閉じ込める

 

 少年の精神の奥底何処か、いや、性根が腐っていた。

 何よりも渇望する物が手に入らなくなるのならば、いっそ傷つけてしまえと狂ってしまうほどには性根が腐っていた。

 

「ひなた……!」

 

「…………」

 

 狂暴な、しかし、涙を流さない縋るような泣き顔に歪んだ少年と、豊満な乳房を力任せに鷲掴みされた痛みを隠して覚悟を決めた幼馴染の唇が乱暴に重なる。

 

 どこかへ離れていってしまうなら、自分という存在を消えない傷痕にして刻み込んでやる。

 貴方が孤独の幻影に怯えるのなら、重なる程に傍にいる私が何をしてでも癒します。

 

 男が女に敢えて苦痛を与える暴力的で一方的な行為に──

 

 

 

──ピェァーー…………」

 

 

 自室にて読書に耽っていた杏が意味を含まない音を吐息に混ぜながら手元の文庫本に栞を挟みながら閉じる。熱が集まった頬は赤く、瞳は挙動不審に揺れていた。

 文庫本を読み初めてすぐに登場人物達と身近な友人達がなんとなく似ていると感じ、読みながら脳内で友人達に情景を演じさせていた杏は過激なシーンまで読み進めてから己の失敗を悟っていた。

 

「……想像しちゃった…………」

 

 良く知る友人達の姿を用いたからこそ鮮明に妄想できてしまったイメージが杏を苛む。

 

「どうしよ……明日二人の顔をまともに見れる気がしないよ……」

 

 杏はしばらく悩んだ末に()()()()()()()()()()()を本棚に封印した。




 
 
 
 
 
 
 
 
最愛の姉は無く、天災も無い。
えっちなシーンも無いのだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
い、伊予じっ、伊予島おまえ、伊予っ……伊予島お前9000文字の前置きをムッツリのせいで台無しにしやがってこのやろう!お前ホントはえっちなの好きなんだろ?!!?!文学少女がえっちなの嫌いな訳無いもんな!!なんとか言ってみろ伊予島ァ!!!!

えっちなシーンをカットした犯人の伊予島を許すな。






 
 





 本編はまだしばらく書き貯めするよ
 詳しくは活動報告
 
 
 
 
 
 伊予島ァ!
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