生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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若葉が揺れ始める時。

誰もが秋の予感を悟り。

蝉の声は過ぎ去って。漂う空気は穏やかに。

そして、そんな毎日の中で。たった一つのわがままを許してくれるのならば。

君と共に歩く時間が、ほんの少しだけ長くなればと。


楓の木は少しずつ

 

 

 

【萩村スズへの挑戦】

 

 

 

 

 桜才学園の9月には、定期考査がある。

 

 この日の生徒たちは真剣に教科書を読みながら登校する者、さっさと諦めて時間が早く過ぎ去ってくれないかと祈る者と、まちまちだ。

 

 そんな中、津田タカトシは早朝に登校し、生徒会室で試験勉強の続きをしていた。昨日の夜に解いた問題や、纏めているノートの見直し。

 

 その姿は、いつにもまして真剣さが増している。瞳がキリリとしており、普段の穏やかな空気が微塵もない。

 

 ドアが開く。その入ってきた人物は、タカトシが最も意識をはらわなければいけない人物だ。

 

「おはよ」

 

「ああ。おはよ」

 

 表面上は、穏やかな2人のあいさつ。だが、その内心は試合前の格闘家の如く燃え上っていた。

 

 ――曰く。ぜってーブッ潰してやるぜ、こんな奴ぁ!! と。

 

 ……実際にはもっと違う応酬になるのだろうが、まあそう言う事にしておこう。

 

 とにかく。

 

 2人の間に流れる緊張感は、遅れて姿を見せた天草シノと七条アリアが近寄るのを躊躇うほどであった。

 

 

 

 

 結論から言って。

 

 

 

 

 当然というかなんというか。

 

 

 

 

 萩村スズの勝利であった。

 

 

 

 

【津田タカトシの敗北】

 

 

 

 

「く、悔しいな……なんで俺って、あの時Aを選んだんだろう」

 

「残念だったわね。これ、引っかけ問題よ」

 

 結果発表の日。それを確認した2人は、そろって生徒会室に集まっていた。廊下には試験の結果で、不満や喜びといったそれぞれの感情を思い思いに言い合う生徒ばかりだ。

 

 三葉ムツミや柳本ケンジは順位をいくらか上げたために、終始上機嫌であった。前日のタカトシ達の勉強が影響しているのだろう。

 

 順位は、以下の通りである。

 

 萩村スズ――――500点。1位。

 

 津田タカトシ――486点。4位。

 

 以前の試験よりも、順位は上がった。だが、やはりそれは何の慰めにもならない。そもそも、3位にすら上がる事ができなかったのだから。

 

 できる事なら、スズを越えたかった。それが、何より悔しいのだ。

 

「さーて。それじゃあ、約束の事だけど」

 

 彼女らしからぬ、にんまりとした笑みを浮かべられ、タカトシは背筋が寒くなる。

 

「え、えっと……まあ、お手柔らかにしてほしいかな」

 

「うふふ。さあ、どうしようかしら」

 

 わざとらしく考え込む仕草をするスズ。何となく、その姿が捕まえた獲物をどうするかという算段を立てる獣を思わせたのは気のせいだろうか。

 

 ちょっと早まった約束をしたかもしれない。タカトシは今更になって後悔の色が浮かぶ。

 

 まあ、でも。

 

 仕方ないよな。やっぱり、自分が言い出した事だし。

 

 そう心の中で納得する。うん、後悔はない。ないったらない。

 

「……ねえ、津田。何でも言う事聞くって言ったわよね?」

 

「え? まあ……そうだけど」

 

「男に二言はないわよね?」

 

「う、うん」

 

 ようやく要求を決めたらしい。さて、なにを言うのか。

 

 内心ドキドキしながらも、タカトシは次の言葉を待つ。

 

「それじゃあ……」

 

 スズは、勝者の権限を発動する。その内容は――――

 

 

 

 

【勝者の報酬】

 

 

 

 

 次の日の学園にて。

 

 午前中の授業が終わり、タカトシ達の教室内が開放的な空気に包まれる。

 

 食堂に行こうと教室のドアを開けるクラスメイト。そして、タカトシも席を立つ。

 

「なあ、津田。一緒に学食いかねーか?」

 

 試験が終わったうえに、自己ベストの成績を更新できたせいか、ケンジは妙に機嫌がよさそうだった。申し訳なさを覚えつつも、タカトシは遠慮の意を見せる。

 

「悪い。今日はちょっと約束があってさ」

 

「なんだ、また生徒会かよ。オメーも大変だな」

 

「まあ、そんなところだ」

 

 少し困ったように笑いつつ、タカトシは教室を出ていった。それを見送りつつ、ケンジはふと呟く。

 

「……あいつ、いつからあんなに食うようになったんだ?」

 

 

 

 

「ほらほら、遅いわよ津田」

 

 生徒会室に入って、開口一番に言われた言葉がそれだった。スズが椅子に座り、自分を目ざとく見つめてくる。

 

「これでも急いで来たんだよ。萩村は早いね」

 

 タカトシもスズの隣に座り、手に持っているものを机の前に置く。ナプキンに包まれた四角いモノだ。

 

「まあ、いろいろ言いたい事はあるけれど、今はいいわ」

 

 平静を装っているスズではあるが、視線はさっきからチラチラと目の前に置かれたものに注がれている。なんとなく、プレゼントを待ち望んでいる子供のようにも見えて、どこか可笑しい。

 

「何か変なこと考えてた?」

 

「まさか。それよりも、食べようか」

 

 平然とした様子で言い返すと、タカトシはナプキンの結び目を解く。中から姿を見せたのは、3段ほどの黒い重箱と、銀色の水筒。そして2人分の白い器。

 

 誰が見ても分かるように、弁当であった。しかも、タカトシとスズの2人分。

 

 彼女が出した要求とは、タカトシが自分の弁当を作る事だったのである。

 

「あら。結構本格的なのね」

 

「まあ、下手なものは出しちゃいけないかなって思ったから」

 

「当然ね。手なんか抜いていたら、どうしてやろうかと思ってたわ」

 

「あはは。怖いな」

 

 タカトシは器をそれぞれの机の手前に置き、水筒の中身を注ぐ。器に溜まっていくのはジュースではなく、赤いスープ。

 

 タカトシがアルバイト先で覚えた料理の1つ、ミネストローネだ。インスタントではない、正真正銘の手作り。程よい辛さを交えた香りが鼻孔を刺激する。

 

 へえ……お母さん直伝なのね。

 

 イタリア料理店を営む母親の下でアルバイトをしている事は、母自身の口から聞いていた。妙な巡り会わせもあったものだと感心したのをよく覚えている。

 

 それと同時に、ちょっと興味がわいてきたのだ。タカトシの料理の腕前を。そのため、この機に食べてみようと思ったのであった。

 

 好奇心に逆らわずに、スズは重箱の蓋を開ける。中に入っていたのは――――

 

 卵のような形をした、ケチャップと鶏ひき肉を混ぜたおにぎりが数個。

 

 ドレッシングがかかった、ミニトマトやレタスを主軸としたフードサラダ。

 

 グリルで焼かれた、鳥胸ロール。包まれているのは、パプリカだろう。

 

 程よい焼き加減で彩られた、パセリの卵焼き。

 

 イタリアンの、ベーコンを混ぜたポテトサラダ。

 

 どれもこれも、本当に美味しそうだった。なるほど。本当によく母親の下で勉強をしているらしい。

 

「どうかな。結構力を入れて作ってみたんだけど」

 

「そうねえ……まあ、味は食べてみないと分からないけれど」

 

 内心ではワクワクしつつも、口だけはあっさりと言い切った。ここで目を輝かせてしまっては、舐められてしまうからだ。

 

「そっか。じゃあ、遠慮なく食べてくれないかな。後で、素直な感想も聞きたいし」

 

「私、味には結構辛辣よ? あんたの店長の娘だもんね」

 

 母親の料理の腕は、当然ながら幼いころから知っている。そのため、スズ自身も知らず知らずのうちに舌は人並み以上に肥えていた。

 

「それじゃあ、いただくわ。津田シェフ」

 

「ごゆっくりどうぞ。萩村様」

 

 冗談めかして言うと、タカトシはそれが分かっているかのようにノッてくれた。

 

 しばらく、生徒会室には2人の笑い声が聞こえていたという。

 

 

 

 

 その日の昼食は、今までにないくらい美味しかった。

 

 

 

 

【朝の日常】

 

 

 

 

 外の景色から秋の色が増え始めている頃。

 

 朝ご飯を食べ終わったタカトシは、自室でブレザーを着用していた。

 

 この日から衣替え。残暑もいつしか名残程度にしか姿を見せなくなっている。季節の変わり目は体調を崩しやすいので、注意が必要だ。

 

「タカ兄。おはよー」

 

 開いたままのドアの奥から、妹の津田コトミが挨拶をしてくる。すでに制服に着替えていた。

 

「おはよう。今日は日直か?」

 

「あ、よく分かったね」

 

「珍しく早起きしているからな……って」

 

 ふと、タカトシは違和感に気づく。もう今は10月に入っているのに……

 

「コトミ。お前の中学は、もう冬服のはずだろ。去年はそうだったし」

 

「あ」

 

 言われて、自分の格好に気付く。というか、まだ夏服の習慣が抜けきっていないらしかった。

 

「や、やだなあ。私はただ、キャラも衣替えしようかと思ってたんだよ。ドジっ娘にね!」

 

「どうせなら、真面目っ娘にでも衣替えしてみろ」

 

 

 

 

「……なんてことがあったんですよ」

 

「それは……変わった妹さんね」

 

 朝の出来事を話しているタカトシの聞き手は、五十嵐カエデ。部活関連の話し合いのため、生徒会室に向かう道中であった。

 

 彼女の片手には、委員会と兼任して所属しているコーラス部のファイル。今年度上半期の活動報告や部費といった内容が記されているのだ。

 

「うちでは姉がいるんですが、妹はいないんですよ」

 

「そうなんですか。それは初耳でした」

 

「ええ。学業は優秀だと思うんですが、ちょっと面倒事を人に押し付けたりする悪癖があるんです」

 

「あはは。それは他人事じゃないですね。コトミの奴は、もう来年は高校なのに、未だに勉強を自分1人でできなくて」

 

「受験生なのに、ですか? 困ったものですね」

 

「まったくです」

 

 タカトシとカエデの会話は、大体こんな感じだった。

 

 カエデの男性恐怖症は、改善されたわけではない。相変わらず同じ風紀委員の男子生徒には距離を取ってしまうし、男性教師とも同様だ。

 

 なのに、タカトシだけは。

 

 夏休み明けは、タカトシと自然に接しているカエデを見て、コーラス部の友人たちが不思議そうにしていたものだ。最初は気絶していたほどなのに、いつのまに普通に話せるようになったのかと。

 

 カエデ自身は、もうその事に悩まなくなった。普通に接する事が出来るなら、それでいいかなと。いちいち理由を考えるのはやめたのだ。

 

 カエデの歩く足に合わせて、タカトシが横に並んでいる。こういう気配りが自然とできるのも、警戒しない理由の1つなのだろう。

 

 ――――と。

 

「それで……っ」

 

 目の前で談笑していたタカトシが、急に目つきを変える。カエデに対してではない。彼女を通り越した、向こう側に対して。

 

「え……?」

 

 その唐突な様子の変化が、カエデには理解できない。だが、タカトシの行動はさらに彼女を混乱させるものだった。

 

 なんと、タカトシがカエデの肩を抱き寄せたのだ。立ち位置は彼を挟んだ反対側に変えられ、自然とその大きな背中が目に飛び込む。

 

 視界の下。彼が片足を動かしたのが分かる。遅れて、バンと何かを打つ音が聞こえた。

 

 宙に回転しながら飛び上がる物体。サッカーボールだ。

 

「よっと」

 

 タカトシは慣れたようにボールをリフティングすると、それが地面につかないうちに右足で校庭の方に蹴り上げた。

 

 放物線を描いたサッカーボールは、ボールを追いかけてきたらしい体操服姿の女子生徒の足元でバウンドする。彼女は気後れしたように、慌てて両手でボールを手にした。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 呆けたような顔で礼を言う生徒。その向こう側にいる他の生徒達も、瞬きもせずにこちらを見ていた。

 

 タカトシは軽い会釈をすると、カエデに向き合う。

 

「五十嵐先輩。大丈夫ですか?」

 

「――えっ!」

 

「えっ?」

 

 必要以上に驚かれ、タカトシは首を傾げる。

 

「あの、すみません。驚かせてしまいましたよね。でも、先輩に怪我をさせるわけにはいかなかったものですから」

 

「い、いえ。ありがとうございます。むしろ助けてもらって……」

 

「そんな。怪我がなければ、何よりです」

 

 笑って、彼女が驚いた拍子で落としてしまったファイルを拾い上げた。カエデに差し出すと、どこか緊張したような顔で恐々と受け取る。

 

「……やっぱり、怖がらせてしまいましたか?」

 

「へ……? あ、いえいえ! ただ、津田君ってサッカー上手だったのね!?」

 

 自分でもズレた事を言っていると思っているのだろう。動揺した様子の彼女に、タカトシはあえてそれ以上は深く訊かないでおく。代わりに、疑問に答えた。

 

「まあ、中学の頃に3年間ずっとやっていましたよ。小学校の時は野球でしたけど」

 

「そうなんだ……どこの中学か聞いてもいいかしら?」

 

「私立の聖城中学です」

 

 隠すほどの事でもないと判断し、タカトシはあっさりと言う。

 

「せ、聖城って……あの中学ですか?」

 

 私立聖城中学は、カエデも知っている。文部両道をモットーとし、関東でも有数のエリート校だ。スポーツ分野では新聞にも名前が度々載り、入学希望者が後を絶たない。

 

 去年は新聞のスポーツ欄で、全国大会出場校の中に自分の知る学校の名前があったのを覚えている。地方紙の新聞には、より大きな記事として。

 

 試合そのものは、残念ながら2回戦目で優勝候補の一角に当たり、敗北した。しかし、内容は観客が終始大声援を送り続けるほどの激戦試合。お互いのチームが、最後の一秒になるまで血眼のままボールを奪い合っていたという。

 

「確か、3-4でしたよね。全国大会の試合は」

 

「よく覚えていますね。そうですよ」

 

「地方局で、特集をやっていましたから。私も見ていたんです、その番組」

 

「ああ、そういえばあの時、友達が驚いていましたね。お前がテレビに出ていたとか言われて。それの事でしょうか」

 

「私、男の人が多くいる場所は行き辛かったので、試合は生で見ていないんです。でも、友達が観戦に行っていて、凄い興奮しながら話していました」

 

「……まあ、負けちゃいましたけどね。でも最後の試合としては、本当にいい区切りになったと思っています」

 

 それは、間違いなく本心なのだろう。謙遜したような様子は、彼には無かった。本当なら、もっと自慢してもいいはずなのに。

 

 年下のはずなのに、全然そうと感じない男子。それが、彼女にとっての津田タカトシという男性だった。

 

「……」

 

 なぜだろうか。段々とタカトシの傍に立っている事に緊張を覚えてくる。男性恐怖症などが理由ではない、もっと別の何かだ。

 

 突然黙ってしまったカエデを妙に思ったらしく、タカトシが声をかけてくる。

 

「五十嵐先輩、どうかしましたか?」

 

「な、なんでもないです!」

 

 顔が熱い。

 

 今の自分の顔は、まるでリンゴのようになっているだろう。

 

 生徒会室につくまで、彼女はタカトシと顔を合わせる事が出来なかった。

 

 

 

 

「津田。ここに来るまでの間に、五十嵐と何をしていた?」

 

「私も興味あるなぁ」

 

「私はうるさく言う気はないけど……一応返事を訊いておこうかしら」

 

「え?」

 

 真っ赤な顔のままのカエデを見た一同が、タカトシを迎えていて。

 

 

 

 

【校内新聞】

 

 

 

 

 その後の話し合いは、特に問題がなく行われた。カエデだけでなく、他の部活の関係者と共に、簡単な報告で終わったのだ。

 

 用件が終わった面々は生徒会室から去ってゆき、中には生徒会役員とランコが残された。

 

「それで、会長。畑さんに何か用事でも?」

 

 スズが席に座ったまま、挙手をする。ランコはシノに言われて、ここに残ってほしいと頼まれているのだ。

 

「うむ。実は先日の話し合いの結果、生徒会新聞を作ろうと決めたのだ」

 

「生徒会専用の新聞、ですか。主にどういった内容にするんです?」

 

「我々の活動内容や、イベントの告知など。事を伝えやすくするためにだ」

 

 なるほど、と思う一同。それは、確かにメリットがある企画だ。

 

「そういうわけで、新聞部にも協力してもらう」

 

 シノがランコを手で指し示す。新聞部部長は、相変わらずの無表情と静かな声で頭を下げる。

 

「よろしく。写真の素材は任せてください。こんな時のために、普段からあなた方の写真を保存しています」

 

「用意周到ですね。この場合は助かりますけれど」

 

 タカトシが苦笑いしながら言う。しかし、次の言葉は聞き流せなかった。

 

「で……いくらで買います?」

 

「有料かよ! しかも何撮った!?」

 

 ツッコむタカトシを、ドウドウと落着けるランコ。そして、懐から一枚の写真を取り出す。

 

「今のは冗談。おすすめはこれ」

 

「どれどれ?」

 

 横から七条アリアが写真を覗き込む。

 

「さっき、津田君が風紀委員長の五十嵐カエデさんを助けた時――――」

 

「え?」

 

 目を瞬かせるタカトシ。それは、さっきサッカーボールを蹴った時の事だろうか。それにしても、こんな短時間で現像して懐に忍ばせておくとは。

 

 気になり、タカトシも写真を見る。そこには……

 

「――――に、嫌がる彼女の肩を抱き寄せているトコ」

 

「うええ!?」

 

 仰天するタカトシ。何だ、この誤解されるような絶妙のタイミングのシーンは!?

 

「あらあら」

 

 アリアは、どこか楽しそうに写真を見ている。その顔は、津田君も男の子だもんねと言っていた。

 

「……」

 

「……」

 

 シノとスズの失望に満ちたジト目が痛い。慌てて弁解するタカトシ。

 

「違いますよ! ただ、反射的に庇おうとしただけで――――!」

 

「そう言うと思い、コラっときました」

 

 もう一枚取り出された写真には、抱き寄せている手が、肩ではなくカエデの胸に触れているコラージュである。

 

「コラああああっ!!」

 

 誤解を解くのに、10分以上かかった。

 

 

 

 

 気を取り直して、話し合い再開。

 

「それで、どんな感じにする?」

 

 アリアが率直に言った。シノが腕組みをしながら考える。

 

「やはりインパクトがあり、全ての記事に目を通してもらえる内容にしたいな」

 

「いっそ、袋とじにでもしてみますか」

 

 タカトシが提案するが、それに対してアリアが首を捻る。

 

「袋とじって?」

 

「ページとページがくっついていて、中身が見えないようにすることですよ」

 

「ああ、イカ臭いエッチ本のことね」

 

「それは違う理由でくっついています」

 

 毎度ながらタカトシがツッコミを入れるが、そこへシノが口を挟む。

 

「ほう。では、どういう理由なのだ?」

 

「……」

 

 あ、絡まれた。タカトシはそう直感する。

 

目の前には、涼しい顔をしてタカトシを見るアリア。その顔は、どう見てもくっついている理由を知っている表情だった。

 

 左には、好きな動物を前にしている子供のような顔のシノ。狙っている。この表情は、絶対に狙っている。

 

 右には、目が合いそうになると首を逸らすスズ。駄目だ。フォローを拒絶されている。

 

 そして、背後にはランコが彼を逃がさないようにスタンバイしていた。いつもとは逆の立場だ。逃げ場はない。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。誰もが、タカトシの次の言葉を待っている。

 

 結局、彼がどんな返答をしたのかについては――――

 

 ――――彼の名誉のためにも、伏せておくとしよう。

 

 

 

【彼の才能】

 

 

 

 

 その日の放課後。

 

 新聞作成のため、生徒会役員は記事の作成作業に没頭する事となった。

 

 スズは新聞のレイアウトをパソコンで作りあげ、それを会長にチェックされている。

 

 アリアはランコと写真の選別と、発行日や今後の作業締切などの話し合い。

 

 そして、タカトシは新聞のインパクトを向上させるため、いくつかの記事を任されていた。生徒会の伝達事項とは直接関係はないものの、やはり読む者を引き付けるにはそれ以外の要素を取り入れるべきだろう。

 

 4コマ漫画や俳句を取り入れるなどの案もあったが、エッセイに落ち着いた。現在、彼は頭を悩ませながら用紙とにらめっこをしている。

 

 タイミングを見計らい、シノが来る。

 

「津田、出来たか?」

 

「あ、はい。正直、これでいいのか分かりませんが……」

 

 どこか自信が無さそうに言うタカトシ。シノは文字が埋まっている用紙を手に取る。

 

「まあ、誰にでも初めてはあるものだ。だからそれほど気に病むことは……」

 

 と、シノの言葉が止まる。目を僅かに見開き、後は放心したような顔になる。

 

 そして、全てを読み終わった頃、シノは号泣していた。目の幅涙を流し、感極まったように天を仰ぐ。

 

「か、会長?」

 

「う、うう……こんなに胸を打つ話は初めて読んだ……!」

 

「もう、津田君。シノちゃんを泣かせちゃあダメだよ!」

 

 頬を膨らませ、タカトシに言い寄るアリア。どうやら、エッセイを呼んだくだりは見ていなかったらしい。

 

「違いますよ。ただ、会長がエッセイを読んだ途端に……」

 

 慌てて手を振るタカトシ。女の子を泣かせたなどという濡れ衣なんて着たくはない。

 

「本当に?」

 

 半信半疑ながらも、アリアは未だに泣いたままのシノから渡された用紙を手に取る。

 

 ややあって、アリアも目の幅涙を流し始めた。タカトシの手を取り、上下に動かす。

 

「ごめんね、津田君。疑っちゃって……うっ、うっ」

 

「い、いえ。気にしていませんから」

 

「う、うそ……」

 

 これまでのやり取りを見ていたスズは、呆然としていた。そして、ランコも表情を変えないなりに驚いているらしい。

 

「津田君。私にも見せてもらえる?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 ランコにもアリアから返された用紙を渡す。彼女は後ろに立っているスズにも読めるように、前かがみになった。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 そして2人とも――――

 

 ――――目の幅涙を、流した。

 

「すごい……こんなの、初めて読んだ」

 

「んん……この畑ランコ、久しぶりにグッとくるもの読んじゃいました。新聞記者としては悔しい気持ちもありますが」

 

「ま、まあ喜んでくれたなら何よりです」

 

 断っておくが、手を抜いた覚えはない。真剣に物語や情景を考え、自分なりに読ませようと書いた文だ。

 

 だが、ここまでとは思っていなかった。今まで気づかなかったが、タカトシには文才があったらしい。

 

 

 

 

 そして、次の日。

 

 生徒会新聞は無事に刊行され、好評という結果となった。

 

 廊下を歩いている生徒会役員は、新聞を手に持ちながら涙を流している生徒達を満足そうに横目で見ていた。

 

「津田よ。感謝する」

 

「え?」

 

 前を歩いていたシノが振り向き、タカトシに礼を言った。

 

「実を言うと、私は生徒会新聞というのは本当に伝達事項を効率よく知らせる手段としてしか考えていなかったのだ。だが、まさかここまで素晴らしい結果になるとは予想外だったよ」

 

「いえ。それは発案した会長の手柄じゃあないですか。俺自身、ここまでとは……」

 

「いや。生徒たちがあそこまで感動しているのは、他でもないお前の力だ。私は見ての通り頭でっかちなところがあるから、今後も有能な君の活躍に期待している」

 

「あ、その……」

 

 ここまでストレートに感謝の気持ちを言われたのは、いつ以来だっただろうか。シノの両隣りには、アリアとスズがこちらを見ている。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 結局、腰を曲げて精いっぱいの言葉を返すしか、タカトシには出来なかった。目の前に立つ、素晴らしい会長の前で。

 

「あ、あの……」

 

 ふと、背中から声がかけられる。タカトシが振り向くと、カエデがどこかソワソワしているような様子で立っていた。手には、生徒会新聞を持っている。

 

「あれ、五十嵐先輩?」

 

「つ、津田君が書いたんですよね。このエッセイ?」

 

「そうですけど?」

 

 それを聞くと、カエデは1度だけ深呼吸をして、頭を下げる。

 

「かっ」

 

「か?」

 

「感動しましたっ!」

 

「え?」

 

 それ以上は何も言わず、早歩きでその場を去っていく。

 

 廊下を走らないためなのだろうが、あれは走っているのと大差ない速さであった。タカトシが思わず呼び止めるそぶりを見せたのも、まったく気づいていなかったらしい。

 

「ほほう、津田よ。三葉だけではなく、今度は五十嵐までとは」

 

「津田君ってすごいね。口説いたわけでもないのに」

 

「ま、私には関係ないけど」

 

 三者三様に好き勝手な事を言う。

 

 はて。彼女たちは何の話をしているんだろうか……?

 

 

 

 

つづく

 

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