あらゆる芸術を創りあげ。あらゆる文化を披露して。
運動とは輝く色が違っても、色鮮やかな光が見えて。
明日を思いながら、夕暮れの中で足並みを揃えている君の横顔は。
今でも色あせることもなく、僕の中に焼きついている。
【文化祭に向けて】
枯れ葉が舞う季節の放課後。桜才学園の廊下を歩く2人の生徒がいた。
津田タカトシと、五十嵐カエデである。
コーラス部に必要な書類の束をカエデが運んでいるところへ、タカトシは通りがかったのである。彼は書類を抱えるように持っている彼女を見かね、自分が運ぶよと告げたのだ。彼に悪いとは思ったものの、最終的にカエデも折れた形になったまま、現在に至っている。
ここ最近の2人は学園内で仕事中に会うと、決まってこういったさり気ない手伝いや雑談をすることがあるのだ。以前では考えられなかった変化である。
「これを、職員室へ運べばいいんだよね」
「うん……ごめんね、津田君。私が頼まれた事なのに」
「いいんですよ。こういう時くらい、頼ってほしいですから。せっかく先輩の男性恐怖症にもブレーキがかかってきた事ですし」
「まだ、それは津田君限定なんだけどな……」
「え、俺限定?」
困ったような顔をするカエデに、不思議そうな顔をするタカトシ。なぜ、自分だけは大丈夫なのだろうか?
「ほら。こうやって、仕事とかで普通に接している時間が長いから。短い期間だけど、色々あったし」
「ああ、そういう事ですか。でも、それなら他の男子ともそのうち接することができるんじゃ?」
「多分、津田君ほどは無理かな」
「そうなんですか……難しいものですね」
と、そうこうしているうちに職員室へとたどり着いた。両手が塞がっているので、さすがに出入り口はカエデに開けてもらう。
「失礼します」
と一言断り、室内へと入る。エアコンが効いているのか、この部屋だけは妙に暖かい。他の教室にも取り付けてほしいものだ。
「道下(みちした)先生。頼まれていた書類です」
カエデはタカトシから書類を受け取ると、席に座っている女性教師――道下アユミ(みちしたあゆみ)の机に置く。
「あら、ありがとう。津田君にも手伝ってもらっていたのね」
「いえ。俺が勝手にしただけですから」
「学園の英雄同士、気が合うのかしらね」
「言うと思っていましたよ」
特に呆れた様子も見せず、タカトシは体育祭以降から度々言われている評価を受け流した。
想定された社交辞令を終わらせると、タカトシとカエデは揃って職員室を出ようと出入り口へと向かう。と、そこで背中からアユミの声がかかる。
「あ、それと津田君」
「はい?」
振り向くタカトシ。つられて、カエデも足を止める。
「来週は文化祭ですから、生徒に配布したアンケートを明後日までに提出してもらえるかしら?」
文化祭。それは、体育祭に次いで秋の大イベント。
生徒同士の会話から、近頃になって文化祭の出し物や予定の話が出始めている。クラスや部活はそれぞれの出し物で盛り上げ、青春の忘れられない思い出の一つに収めるのだ。
ちなみに、生徒会は特に出し物などない。基本的に見回りが主な仕事だ。スケジュールに余裕があれば、自分のクラスや部活のヘルプに駆り出されることもある。
「わかりました。書類は昨日のうちに纏めましたので、これから持ってきます」
「あら、そうなの? いつも助かるわ」
「いえ。仕事ですから」
失礼しましたと言って、職員室を出る2人。これからカエデは部活なので音楽室へと向かうのだが、タカトシも生徒会室へ行く必要があるので、途中までは行き先も同じである。
自然、2人は肩をそろえて廊下を歩くことになった。
「もうすぐ文化祭ですよね。五十嵐先輩は、コーラス部で何か催しでも?」
「ええ。当日に体育館で吹奏楽部と共同のコンサートをするの。私は、3年生の先輩たちと一緒に演劇部の舞台にも出演するのよ」
「うわ、忙しそうですね。でも、五十嵐先輩って、演劇もできるんですか?」
「経験はまったく無いんだけれど、頑張ってみたいの。エンディングテーマを出演者全員で歌うから、それなりの役が回ってきているし」
なるほど。それならば、コーラス部に協力を仰ぐ必要があるだろう。演劇部も真剣なのだ。
「応援しています。できる事なら、俺も見てみたいんですが……」
少しだけ残念そうに、それでもどこか照れくさそうな様子でタカトシは言う。カエデは笑って手を振った。
「気にしないで。津田君は、生徒会の仕事で忙しいでしょう」
「何の役をやるんですか?」
「えっと……妖精の役なんだけど」
少しだけ言いにくそうに告げた。なるほど。自分には似合わないと思っているのかもしれないな。
不安を払拭させる為、タカトシは思いついた事を自然に言う。
「それでしたら、きっと綺麗なんでしょうね」
「……津田君。それ、深い意味はないわよね?」
「え?」
顔を背けるカエデの反応が、今一つよくわからない。彼女はやがて、諦めたように溜息をつく。
「なんでもないわ。それじゃ、私はこっちだから」
そういうと、タカトシの返事を待たずにさっさと階段を昇っていく。心なしがカエデの耳が赤かった。
タカトシは首をかしげつつ、生徒会室へと向かった。
文化祭となれば、当然生徒会の仕事も増える。
クラスの必要な物品の発注や、必要経費。そういった重大案件が、悉く舞い込むのが実情である。文化祭で催しをするわけではないとはいえ、実際は個々の役員が友人のヘルプに入ることもあるので、気は抜けない。
この日も、天草シノ会長率いる生徒会役員共は、書類整理に追われていた。
「津田。1年のクラスがやる喫茶店の材料の発注はどうした? 締め切りは今日までだぞ!」
「昨日、必要事項をこっちで記入して、先生に提出しておきました。萩村、経費をまとめたプリントは出来てる?」
「もう終わらせたわ。あんたこそ、発注の追加は抜かりないわよね?」
「今のところ、12件分終わった。あと3件だけだよ」
「シノちゃん、演劇部が使う、去年の衣装に不備ができた件なんだけど、こっちで必要書類を作っておいたよ」
「さすがだな、アリア。私も、柔道部の格闘技戦の受理が終わったところだ。次は――」
忙しい。とにかく忙しい。それでも仕事に殴殺されながらも、弱音を吐く者はいない。
進学校というだけあって、催し物にも妥協はしない。勉強だけでなくとも、こういった事には手を抜かないのが学園を盛り上げる秘訣なのである。
「ん?」
と、シノが出入り口に目を向ける。ノックの音がしたのだ。
「どうぞ。開いています」
「失礼します」
そっとドアを開けたのは、学生の生活区域にはふさわしくない格好の女性が立っていた。名を、出島サヤカ。
「あ、出島さん。待っていたよ」
席を立ったアリアに、静々と近寄るサヤカ。
七条家のメイドが、何の用だろうか。他の生徒会役員は首をかしげた。
「演劇のお手伝いで使用するというメイド服を、届けに参りました」
「ごくろうさま」
笑顔で労わるアリア。なるほど、そういう理由かと納得する。
アリアは演劇部の手伝いを頼まれているので、劇にも出演するのだ。そのための衣装として本場のメイド服を使うらしい。
そこで、ふとタカトシは気づく。
「あれ、でも出島さん、荷物のようなものを持っていないようですが。どこにあるんです?」
「これは異なことを。ここにあるではありませんか」
そういって、サヤカは自分の喉の下に手を当てる。要するに、自分が来ている物がそうだというのか。
「……ええと、着替えらしきものを持っていないという意味だったんですが」
「問題ありません。全裸で帰りますので」
「問題ありまくり」
天を仰ぐタカトシ。仕方がないと、彼は席を立った。
「少し待っていてください。教室に俺のジャージがありますので、取ってきます」
そう言い残して、タカトシは生徒会室を出た。
「……津田様は紳士な方ですね。私としては、露出プレイを楽しみたかったところだったのですが」
「昼間にするのは久しぶりだものね。でも、男の人の気づかいは無駄にしちゃあダメだよ?」
「知り合いから犯罪者を出すわけにいかないからだろうが、そこの主従」
仕事の手を休めないままスズが唸ったところで、今度は別の者が生徒会室へと入ってきた。
「おーす、生徒会役員共」
スーツ姿の横島ナルコだ。仕事の様子を見に来たらしい。
「お?」
当然ながら、ナルコが目にしたのは見慣れないメイド姿の女性。誰、と生徒会役員に視線を向ける。
「七条先輩の、お抱えのメイドですよ。なんでも届け物があったらしくて」
スズが説明した。アリアもまた、従者に言う。
「うちの顧問の、横島先生よ」
「そうでしたか」
納得したサヤカは、ナルコに頭を下げる。
「いつもお嬢様がお世話になっております」
「いやいや……って、なんだお前ら」
当然のように社交辞令を受け取るナルコだが、周囲のどこか不満そうな顔を見咎める。
「遅れてすみません。持ってきました」
タカトシが、ジャージの入った鞄を持って戻ってきた。
「あ、横島先生も来ていたんですね。お疲れ様です」
「おお、津田か。女共に仕事を任せて、どこ行っていたんだ。ん?」
「いえ。ちょっと、野暮用で」
そう言うと、タカトシはサヤカに鞄を差し出した。
「これ、俺のジャージです。文化祭が終わるまでは、体育の授業はありませんので。その時に返していただければ」
「お気遣いありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」
鞄を受け取ったサヤカ。その様子に、事情を知らないナルコが仰天する。
「な、なんだと……津田、お前……いつからメイドとそんな仲に?」
「は?」
「ほう。そのように見えるのですか」
惚けるタカトシに、何処か納得したような様子のサヤカ。
「ふざけんな! 年上の女が好きなら、なんで私に言わなかったんだ!! それともメイドか!? メイド属性だったのか!!」
「いや。その発想こそがふざけんな」
「くそう、これだから男は単純なんだ。制服1つでだまされやがって! ハッ、だったら私も制服を着ればチャンスがあるという事じゃ!?」
「ねえよ」
「うわあああああん! 津田なんか『誘惑メイド 大人の階段のぼる男子高生』やってればいいんだああああああ!!」
生徒会室を飛び出し、とんでもない事を喚きながら廊下を走り去るナルコ。あとに残ったのは、立ち尽くしているタカトシと七條家主従。机に座ったまま呆然としている生徒会役員達。
しばらくの沈黙の後、サヤカがポツリと呟いた。
「大人の階段、のぼりますか?」
「結構です」
【文化祭前日】
生徒会役員が廊下を歩けば、木材やペンキを持ち歩きながら歩く生徒とすれ違う。この日は明日に向けての準備の日なので、彼らも真剣という事なのだろう。
「活気づいてきたわね」
「文化祭は、もう明日だからな」
スズとタカトシが廊下を歩きながら言う。ところどころにトンカチや釘を使った作業をしている者を見かけるので、作業の邪魔にならないように歩く。
「む」
階段を降りようとしていたシノが、何かを見咎める。つられて、スズも視線を追った。
一階下の階段の影には、倉庫へと続くドアがある。そこは、身を乗り出さなければ確認できない小さな空間があった。ちょうど、人が数人ほど隠れられるスペースだ。
そこに、男子生徒が3人ほど座り込んでいた。スマートフォンを持って、何かゲームをやっているらしい。
さすがに見過ごせなかった。シノは眉を吊り上げて階段を降り切った。そのまま、彼らにツカツカと歩み寄る。夢中になっていた彼らもこちらに気付いたようで、ぎょっとして身をすくませた。
「こら、そこ。準備の方はどうした!」
「あ、ああ会長……その……今はみんなが休憩していいって言ってくれたんで」
しどろもどろになる男子。だが、その中の1人は若干冷静だったらしい。
「俺たち、大体の仕事は終わっていますから。部活にも入っていないんで、ここで休んでいるんですけど」
彼らにとっては、もっともらしい言い訳だと思ったのかもしれない。だが、2人には言い訳のように聞こえた。
「だったら、友人を手伝うなりする筈だろう。そもそも、こんなところで隠れている必要はないはずだ」
もっともだと、スズも思う。ただの作業の合間の休憩なら堂々と教室の隅でもできるだろうし、人目を気にしたまま離れた場所でゲームなどする事はない。間違いなく、彼らはサボっているだけだ。
「あんた達、クラスは?」
やや冷淡な声でスズが言う。こういう不真面目な怠け者は、彼女の嫌うタイプであった。
案の定、苦い顔になる面々。自供したも同然だった。
「ああっと、すいません。仕事が残ってるのを思い出しましたんで」
「あ、こら!」
作り笑いを浮かべて、足早にシノの横を通り過ぎる男子。置き去りの形になった他の男子は、慌ててついていく。
「すいません。そういう事ですんで」
「すんませーん」
シノが静止の声を上げるが、あっという間に逃げられた。廊下は走るなと、彼らの背中に言うのが精いっぱいだ。
「まったく。逃げ足の速い連中だ」
「困りますよね、ああいう男子は。津田の奴を見習ってほしいくらいです」
共学化というのも、いい事ばかりではない。2人は改めてそう思った。
以前、津田の口から報告を受けた事がある。ここ最近は妙にルーズな男子の姿を見かけるようになったと。入学してから時間が経てば、いい加減真面目に取り繕うのも限界なのだろう。
義務教育である中学生から社会へ向けての修業を積む高等学校への変化は、少年少女には強い刺激として身を引き締めるものだっただろう。だが、その緊張が学生生活を続けることによって自然と緩くなり、生徒たちの心に悪い意味での余裕が生まれ、ルールの隙を突く者も出始めてしまう。
彼らの年代や、好奇心旺盛な年頃である事を考慮すれば、この辺りはどうにもならないとしが言いようがない。インターネットを中心とした情報化社会が生活の一部として浸透しているために悪知恵を覚えたり、罪として問われる境界線を越えない程度に好き勝手をしてしまう者は右肩上がりというのが現状だ。
だが、自分達も目が黒いうちは、そういう輩を許してはならない。それこそが、生徒会役員としての在り方だ。
2人は一旦外を出て、吹き抜けになっている通路を辿る。すぐ先に、格技室という文字が彫られている表札のそばにある扉を開いた。
失礼しますと一言断り、中に入る。出入り口の傍の壁に背を預けている、顧問の大門ハルヨシ教諭と目が合った。
「ああ、生徒会役員か。見回りご苦労」
「お疲れ様です。柔道部の方は、問題はありませんか?」
「ん。特に変わった事はないな。あるとすれば、三葉の気合の入りようくらいか」
シノはスズと共に納得する。三葉ムツミは柔道部の催し物として、学園間で親交のある英稜高校(えいりょうこうこう)と格闘技戦を行うという。盛り上げて部員を増やすのが彼女の目的らしい。
英稜高校。それは、桜才学園に匹敵するレベルの進学校である。タカトシの家にごく近いが、登校するには急な坂があるために大抵の生徒はバスを使って登下校しているという。
特に運動に力を入れており、一部の噂では急な坂を使った筋トレが盛んに行われているため、運動部には強い生徒が多数存在できるという。
「しかし、いくら盛り上げるためとはいえ、異種格闘技戦というのはどうかと思った。当日は向こうの空手部が来るそうだが、どうなることやら」
ため息をつくハルヨシ。ムツミの真っ直ぐな提案に折れてしまった。そんな光景を容易に察してしまう横顔だ。
「まあ、三葉さんなら大丈夫じゃないですか」
他の人は知りませんけれど、とは言えないスズであった。
そして、当のムツミ率いる柔道部員と言えば――
「せい、やっ!」
「ちょ、ちょっとムツミ。気合入りすぎだって……」
「弱音を吐かない! せりゃあああっ!!」
「うひいいいい……!」
――部員の1人を相手に、背負い投げの練習をしていた。
そして、ところ変わって桜才学園演劇部。
この部活も、例外なく明日の本番に向けて熱を上げている部活の一つであった。現在は、演劇のリハーサル中である。部員の者達は、誰もが熱い視線をステージへと向けている。
たとえ学園の催し物といえども、演劇という形である以上、部員や関係者以外には劇の内容を見せることはできない。そのため、体育館のホールと演劇部員たちの間には緞帳が降ろされている。
緞帳が下りれば外部からの音を遮断できるため、部員たちは雑音に集中力を乱されることもなかった。ホールには現在、バスケットボール部の試合の調整が行われている。当日は3on3の大会が行われるらしい。
そして、演劇部は現在。この日3度目のリハーサルが始まっていた。
「――さあ、このリンゴを食べたのは、誰なのかしら?」
「お嬢様。確か、あのお方がリンゴを持って歩いている姿をお見かけした事があります」
「いや。それはリンゴを食べたという証拠にはならない。ただ持って行ったというだけだろうが」
豪華な館をモチーフにしたセットの中、演劇部員たちが劇を進める。その中には、生徒会役員であるアリアの姿もあった。
彼女は現在、友人の頼みで舞台に出てほしいと頼まれていたため、この場に立っている。本番の雰囲気を出すため、衣装であるメイド服を身に着けていた。
演劇部を手伝うために、コーラス部の面々もこの場に姿を見せていた。その中には、カエデも含まれている。
そして、もう1人。アリアのように演劇部員ではないにもかかわらず、この場に来ている者がいた。
「もしや、貴様が妻のリンゴを食べたのではあるまいな!?」
と、館の主人に扮する男――タカトシである。
「いいえ、滅相もございません。わたくしが奥様の食事を手にするわけなど――!」
そこで、メイドに扮するアリアが弱々しくタカトシの足元でシナを作る。しかし、主人の怒りは収まらない。言い分を聞かず、激高する。
「この恩知らずめ。誰がお前を雇っていると思っているのだ!?」
「ああっ!」
タカトシの靴を履いた踵が、アリアの腰に当たる。さすがに演技なので、痛みを感じない程度に。
しかし、罵倒は容赦をしない。なおもタカトシはアリアを罵り続ける。
「お、御館様。おやめください。この子がリンゴを食べたなどという証拠は、何一つないのですぞ」
待機していた演劇部員が、仲裁に入る。そこへ、新たな登場人物。主人公がこの館に表れるのだ。
「それは早合点すぎるぜ。御館さんよ!」
「なに! 誰だ、貴様!?」
タカトシはアリアを蹴るのを止め、背後へと振り向いた。他の登場人物も、一斉にそちらを向く。
と、そこで照明が消えた。ここで、シーンが切り替わるのだ。
暗闇の中、裏方や出演者がステージ上を行き来する。背景を描いたパネルや置物を移動させるので、役者はそれを邪魔するような移動をしてはならない。
舞台袖に引っ込んだタカトシとアリア。そして間もなく、主人公にスポットライトが浴びせられる。
大げさな口上を始める主人公は、かなりの破天荒なキャラクターらしい。身振り手振りで感情を表現する。もっとも、その方が演劇にはうってつけなのだろう。
2人の出番は、シーンを挟んだ後である。一息つくわけにはいかないが、肩の力を抜くくらいなら許される。
「あの、津田君。無理言っちゃってごめんね?」
アリアが、小声でタカトシに言う。実は、彼が出演するきっかけになったのはアリアなのである。
本当は演劇部からヘルプを要請されたため、生徒会からの手伝いへ向かうのはアリアだけのはずだったのだ。ただ、その際にちょっとしためぐり合わせが起きた。
生徒会室で演技の練習をしていたアリアは、たまたまその場にいたタカトシに練習に付き合ってほしいと頼まれたのだ。特に断る理由もなかった彼は、そのまま演技に付き合う事になる。
そこへ、演劇部の者達がアリアを呼びに生徒会室へ姿を見せた。演劇部の部長はタカトシの真剣な演技を見て、舞台に出てもらえないかなと考えたらしい。
あとは、押しの強い性格の部長がなし崩し的にタカトシを巻き込んでしまった、という事だ。彼自身は演技がうまいなどとは思ってはおらず、遠慮をしたかった。
だが、ここで部長から意外な事を聞かされる。なんと、部員の1人が急な用事で出演を断念しなければならなくなったらしい。部員はすべて役回りが決まってしまっているため、急いで代わりの人を探している最中なのだという。
舞台の経験などあまりないタカトシではあったが、さすがに事情が事情だ。人助けだと割り切って、出演を決めたのである。
「いいえ。俺も舞台が中止になる事は、生徒会役員として見過ごせませんから」
それよりも、とタカトシは神妙な声になる。
「すみません、七条先輩。演技とはいえ、先輩を蹴るなんて」
「ううん、そういうお芝居だから。むしろ……」
「悪くなかった、ですか?」
狼狽えることもなく、困ったような微笑を浮かべるタカトシに、照れたような様子のアリア。
「あらあら。津田君も言うようになったのね」
「別に、先輩方に染められたわけじゃありませんよ。ただ、いつまでも振り回されるわけにはいかないかなって」
「うんうん。振り回すのは、男の子のアレで充分だよね」
「ちょ、ちょっと七条さん」
人目を気にしつつ、会話の仲裁に入ったのはカエデである。同じように舞台裏にいる彼女の耳にも、今の会話は聞こえていた。
「今は稽古中です。変な話はやめてください」
「ん? カエデちゃん、何の話だと思っていたの」
「え……?」
口元を歪めて近寄るアリアに、顔を引き攣らせて後ずさりするカエデ。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、分からないよ?」
「あ、あの、その……」
目に見えて狼狽えるカエデに、タカトシは何となく不憫な気持ちになる。なんだか、普段の自分を見ているかのようだ。
七条先輩や会長は、ここで引かないからなぁ。そう思いつつ、タカトシは2人の間に割って入る。
「ほら、七条先輩。出番ですよ」
そういってアリアに、再び暗くなった舞台へ行くように促す。自分も出番なので、一緒についていかなければならなかったが。
「もう、津田君。空気読んでよ」
「はいはい」
アリアの抗議をあしらいつつ、タカトシはそっとカエデに頭を下げる。
「あ……」
つられて、カエデもつい会釈を返してしまった。そんな様子を見ていた友人の女子生徒は、そっと彼女に近寄る。
「へえ。あいつって、結構いいトコあるんだ」
「な、ナオミ……」
ナオミと呼ばれたコーラス部員の少女。彼女もまた、部活のゲストとして演劇に参加するのである。
ついでに言うと、体育祭のリレーでカエデに男が近づいているなどとのたまった事のある女の子でもあった。
「正直、共学化するときはどうかと思ったけどさ、ああいう子が入学してきたんだったら、まあいいんじゃないって思うかも」
「……そうね。他の男子はまだちょっと苦手だけど、津田君はいい人だし」
ナオミの言葉を素直に肯定するカエデ。そんな彼女を、マジマジと見つめる。
「……あんた、変わった?」
「なにが?」
「なんか最近、よく彼と一緒にいるトコ見かけるから。それに肩を並べて歩いてたり、普通に話をしてるしさ」
「そ、そうかな」
カエデの眼が泳ぐ。そういえば、心当たりがいくつかあるような気がしてくる。
そして、ナオミがまさかと思った可能性を口にする。
「もしかして、あんたもう男性恐怖症治ってんじゃないの?」
「え……? それはさすがにまだじゃないかな」
自信なさげに俯く。ナオミは少し確かめてみようかと思い、好奇心と野次馬根性を見せることにした。
「ちょっと、そこの男子」
「え、俺?」
出番を待っていた演劇部員の1人の腕を、ナオミは掴んだ。そのまま、カエデの前に差し出させる。
「ごめん。ちょっと協力してよね」
「はあ」
目を瞬かせる男子に、ナオミはそっと告げた。
「ほら、カエデ。この子と、握手してみなさいな」
「なっ……!」
口をあんぐりと開けるカエデに、ナオミは問答無用と言わんばかりに彼女の腕をつかむ。そのまま、2人の手を触れさせた。
「――」
「――」
女子の手に触れるのはめったになかったらしい男子が顔を赤くするのは置いといて、カエデの方は一瞬で真っ青になる。
「あ、だめだこれ。弁慶状態になってる」
自分が招いた事を一言で片づけるナオミ。カエデは硬直したまま、背後へと倒れ込んだ。
「ああっ、カエデ!?」
「ちょっと、どうしたんですかいきなり!」
舞台袖の奥で、騒ぎが大きくなる。リハーサル中の者達も、何事かと姿を見せた。
「あんたたち、今はリハ中で……ええっ!?」
「五十嵐先輩、しっかりしてください!」
ざわざわと大事になっていく舞台裏。たった少しの気まぐれが、どんどん部活レベルの騒ぎになっていく。
そんな光景を遠くから見ている男子生徒が1人。
「あのさ。これって、俺が気の毒じゃねえか?」
その声に答える者は、どこにもいなかった。
――そして、次の日の朝。
文化祭当日を迎えた。
つづく