生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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どんな変化が起きようとも、日は昇り。

空けない朝などなく、また沈まない夕日もなし。

それでも、人の心は変化したまま。

あの人と会った時、その変化が何をもたらすのだろう……


彼女の変化

 

 

 

【研ぎ澄ます刃】

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 感極まったような声を出しながら、津田コトミは夕食のミネストローネを飲み干した。

 

 真冬の最中、12月の上旬。身体に温かいものを作るため、津田タカトシは身体を温める効果のある食事を中心に振舞ったのである。

 

 程よい刺激ある辛味。それでいて、ほのかな甘さ。何より、身体を芯から暖める効果。

 

 コトミをはじめとした家族からも、タカトシの料理は好評であった。特に母は、料理店にいる気分で楽しいと喜んでくれたほどだ。

 

「ありがと、タカ兄。今日のラザニアとスープも美味しかったよ」

 

 お腹を満足そうに撫でながら、コトミは兄の料理を素直に誉める。

 

「そっか。それじゃあ、食休みした後は数学を2時間だぞ。それを終わらせたら、一度見せに来いよ」

 

「分かってるってば。タカ兄こそ、終わったら夜食のデザートを作る約束だからね」

 

「ああ、お前の好きな特製ズコットだろ。いい点とれていたらな」

 

「まっかせて!」

 

 意気揚々と、コトミは階段を昇っていく。食べ物で勉強のやる気が出るというのも、なんだか子供っぽいと思わなくもないが、やる気がないよりは遥かにいいのだろう。タカトシはそう思った。

 

 実際、妹の成績は目に見えて上がっている。桜才学園を受験するつもりなのだが、進路を中学の担任教師が知った時、諦めた方がいいなどと言われた事もあったという。

 

 しかし、今の調子を見る限りでは、その心配もなさそうだ。タカトシの観点から言えば、流石にのんびりできるほどの余裕はない。しかし年明けまでにある程度の基準さえクリアできれば、どうにか狙えるラインだ。

 

 妹は受験生として正念場だ。ならば、自分もまたできる限りのフォローはしてやろう。デザートを作る手間くらい、いかほどの事もあろうか。

 

 とはいえ、家族の心配ばかりもしていられない。タカトシは後片付けを済ませ、スイーツの下ごしらえを終わらせると、自分の部屋に戻った。

 

 机に向かい、勉強を始める。問題集を開き、順番に問題を解いていく。

 

 あと半月で、桜才学園は期末試験を迎えるのである。

 

 頭に浮かぶのは、あの少女の姿。萩村スズの、自信に満ちた顔。

 

 勝ちたい。彼女が途轍もなく高い位置に立っているからこそ、越えたい。これは、タカトシの意地だ。

 

 敵意すら籠めている目を問題集に向けているタカトシの顔はシャレになっていなかったが、この場でそれを指摘する者はいなかった。脳内で何度も問題の出題されるパターンをシミュレーションし、記憶に刻み付ける。

 

 続けて、英語。長文で読めない単語があれば、それはとりあえずパスする。最後まで長文を読み切り、また始めから読み直す。分からない単語は読み切った後に全て調べ、また読み始める。

 

 主に暗記を得意とする者が覚える手法だ。タカトシは昔からこうして速読の力を鍛えている。

 

 だが、スズは違う。一度読んだ文は、その時点ですべて覚えてしまう。瞬間記憶能力に近い頭脳は、タカトシにとって最大の難敵なのだ。

 

 さらに、彼と違って分からない単語など存在しないため、タカトシは単語を調べるたびに敗北感を覚えてしまうのである。比べる事が間違っているなどという言い訳は、できる事ならしたくはない。

 

 前回の試験では、あんたもやるじゃないと感心されている。しかし、タカトシは不満だ。お情けで本人から慰めの言葉をかけられて、嬉しがる男がどこにいるというのか。

 

 ――って、何を考えているんだか、俺は。

 

 いつまでも過去を引きずっていても仕方がないだろうに。要は、諦めずに何度も競い合えばいいだけなのだから。

 

 スズとて、努力を怠らない天才という理想的なスタンスなのだ。自分はそれを努力だけで補わなければならないのだから、険しい道のりなのは当然。黙って、努力あるのみだ。

 

 いったん勉強を切り上げると、すでに夜の8時まで30分を切っていた。

 

 今の時間なら、最後あたりの問題に取り掛かっている頃だろう。そろそろコトミの所へ行かなければ。

 

 コトミの部屋のドアをノックし、入室する。そこでタカトシが見たものは――

 

 ――ベッドの上で横になって、漫画を読みふけっている我が妹。

 

「……」

 

「……あ、タカ兄。これは……」

 

 無言でドアを閉めるタカトシ。そして、リビングでテレビを見ている両親に向かって大きい声を出した。

 

「あのさ、父さん、母さん。特製ズコットを作ったんだけど、コトミがいらないっていうから、よかったら――!」

 

「待ってよおおおおおおおっ!!」

 

 津田家に、コトミの絶望的な叫びが響いた。

 

 

 

 

【志望動機】

 

 

 

 

「もう! タカ兄ってば酷いよ」

 

「だから、悪かったって」

 

 頬を膨らませてプンプンと怒っているコトミ。現在は、2人とも食卓に座っている。

 

「でもな、ドアを開けていきなりマンガ読んでいる姿を見ちゃったから、てっきりと思ったんだよ」

 

「ちゃんと言われたところをやったもん。時間が余ったから、ちょっと休んでただけだし」

 

「……見直しをするとか、他の問題を解くとかいう発想がないあたり、お前らしいよ」

 

 実際、コトミはタカトシから言われた範囲の問題を解いていた。答え合わせの結果、受験勉強が始まる前よりは遥かに良い点数を取っていたが、それでもやはりというかミスや間違って解き方を覚えたような形跡はまだ残っている。

 

 それでも、どうにか繰り返し問題を解いていればどうにかなりそうな感覚はある。受験までに間に合うかはわからないが、これからの頑張り次第だ。

 

 ――と、いう事で。タカトシは合格点には届かなかったものの、努力をしたコトミに言われたとおりのデザートをご馳走していた。

 

 せっかくだからと、関心を向けていた父と母にもズコットを作る。父は甘いものがあまり好きではないので、別仕立てで砂糖を加減する事を忘れない。

 

 それぞれが満足そうに一服する頃には、すでにコトミも上機嫌そうに食後の紅茶を楽しんでいた。もともと怒っていたのは表面上だけだったのだろう。

 

 少し落ち着いた後、コトミの頭を休ませるために適度に話題をふる。

 

「コトミは、桜才に入ったら何がしたいんだ?」

 

「そうだね。面白そうな部活とかがあったら入ってみたいかな」

 

「桜才だと、運動にも力を入れているぞ。陸上や球技全般、新体操やチアリーディング部もあるし」

 

「ふーん」

 

「特に、柔道部は今年度から作られた部活だからな。その部長が特に気合入っているんだ」

 

 同級生の三葉ムツミは、柔道部の発案者だ。作る際には、タカトシも一役買ったのである。

 

「なるほどー。それじゃあ、文化部の方は?」

 

「美術部や演劇部。新聞部にコーラス部、吹奏楽部。華道・茶道部。書道部に生物部。料理部、手芸部。同好会なら、ロボ研究同好会やダンス同好会」

 

 スラスラと桜才の部活名を口にするタカトシに、コトミは少しだけげんなりした顔をする。

 

「……ごめん。たくさんあって、すぐには決められない」

 

「いや、まずは入学する事を考えなきゃな。考えるのはそれからだ」

 

「うん。桜才学園って、人気あるから」

 

「そうなのか?」

 

「競争率激しいんだよ。去年の先輩も、何人か落ちちゃったって言ってたし」

 

 言われて、桜才に合格した時の事を思い出すタカトシ。確かに、合格発表の際には何人かの同級生がいた気がする。

 

「制服も、人気の理由の一つだよ。かわいいって評判だから」

 

「ああ。そういえば、去年そんな事を言ってたクラスメイトがいた気がする」

 

 タカトシは中学時代に、そういう話を小耳にはさんだ事があった。制服を着るために受験をするという女子は、割と多いのだ。

 

「それじゃあ、コトミもそれが目的なのか?」

 

「ううん。私は家から近いから」

 

「……よくそれで受験しようって気になったな」

 

 タカトシは呆れる。

 

「それじゃあ、タカ兄は何で桜才を受けようと思ったの?」

 

 コトミは前々から聞きたかった事を訪ねた。

 

 タカトシは、聖城中学の中でも優等生に入る部類の人間だ。成績は常に上位ランクに入っており、気さくな性格で人付き合いも上手である。

 

 特に運動に至ってはサッカー部のレギュラーで、テレビにも出た事がある。もし桜才に入っていなければ、他の友人と同じようにスポーツ推薦の高校へ入学していたはずなのだ。

 

 そんな兄が桜才を選んだのはなぜなのか。そんな妹の疑問に、タカトシは少しだけ考えると自分の気持ちを素直に話した。

 

「そうだな……実は俺、高校を出たら就職するつもりでいたんだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。桜才は色々な大手企業の就職率が高い事でも有名だからさ。正直なところ、高校生活は社会人になるための修業期間だと割り切っていたんだよ」

 

「……」

 

 開いた口が塞がらないコトミ。この兄は、入学当初から灰色の高校生活を送るつもりでいたのだ。昔から自己中心的な欲求が少ないとは思っていたが、まさかここまでとは……

 

 そんなコトミの反応を予想していたのか、タカトシもそのまま話を続ける。

 

「けどさ」

 

「?」

 

「今では、ちょっと考えが変わっているんだ」

 

「どう変わったの?」

 

 ずっと黙っていた母が尋ねた。タカトシの進路の問題なので、どこか真剣だ。

 

「進学をしてみようかなって、考えてる」

 

「どこに?」

 

 また、母が訊いた。

 

「具体的に、どこの大学っていうのはまだ決まってないんだ。ただ、できる事なら留学ができる大学がいい」

 

「ああ。タカ兄って、ドイツ語も話せるようになったんだよね」

 

 手を叩いて言うコトミに、タカトシは頭を振る。

 

「いや、まだ日常会話程度だよ」

 

 それでも、コトミや両親から見れば充分に凄いと思える事である。独学でそこまで出来るのだから。

 

「それじゃあ、ドイツの大学に行きたいのか?」

 

 今度は父が言った。

 

「そうだよ。就職希望とはいっても、一応進学の可能性も考えていなかったわけじゃあないから。もし大学に進路を決めるとしたら、医療の道を進もうと思っていたし」

 

 タカトシもまだ一年生。就職を重視していても、心の中ではやはり別の道を模索していたのだ。単に、現在は進学の気持ちが強くなったというだけで。

 

「やっぱり、萩村の影響かな。俺も、もっと自分を伸ばしてみたいって思うようになって」

 

 萩村スズ。天才的な頭脳の持ち主。友人で、同じ生徒会役員。何より、いつか越えたい相手。

 

 スズのおかげだった。いや、天草シノや、七条アリアもだ。自分が井の中の蛙である事を、身を持って教えてくれた存在。

 

 彼女たちの出会いで、もっと自分を鍛えようと心に刻み付ける事が出来た。本当に、感謝してもしきれない。

 

 あの時。あの桜が舞い散る季節の中。もしシノからの生徒会役員への勧誘が無ければ、自分は今頃こんな充実した毎日を送る事は出来なかっただろう。もっと上を目指そうと、自分は今ほど強く感じる事が出来ていたのだろうか。

 

「……」

 

 両親は、そんなタカトシの顔をジッと見ると、やがて納得したように頷く。

 

「まあ、最後はあんたが決める事だからさ」

 

「うん」

 

「……」

 

 この日も、夜は更けてゆく。津田家の灯は、日付が変わる頃に全てが消えた。

 

 将来を模索する少年もまた、例外なく闇に溶けていく。明日への決意を、新たにしながら。

 

 

 

 

【いるモノといらないモノ】

 

 

 

 

 この日の生徒会役員は、全員がほぼ同じ格好をしていた。

 

 別に、彼女らが桜才学園の制服を着ているという意味ではない。役員達が、エプロンや軍手などを身につけていたからだ。

 

 身支度を整えた天草シノ率いる生徒会役員達が、これから行われるイベントの名称を宣告した。

 

「今日は年末恒例の、生徒会室の大掃除を行う」

 

「了解しました」

 

「では、始めましょう」

 

 スズとタカトシが返事をすると、書記の七条アリアが何かに気付いた顔をする。

 

「あ、そうだ」

 

「なんです?」

 

 スズが尋ねる。おかしい。清掃に必要なものは揃えているはずだが。

 

「アナ○の掃除もしなきゃいけないかな?」

 

「それは家に帰ってから考えてください」

 

 タカトシはツッコんだ。

 

 

 

 

 大がかりな掃除というものは、次から次へとゴミが出る。

 

 ゴミというものは床に溜まった塵に限らず、既に必要のない書類や本の類などもあげられる。生徒会で仕事をしていれば、自然と必要なものとそうでないのものの取捨選択が必要になるので、なかなか終わる気配がない。

 

 その有様に、様子を見に来た顧問の横島ナルコがまとまっているゴミ袋を見て、感心したような声を出した。

 

「えらいゴミが出たわねぇ」

 

「ええ。今もまだ出続けていますけれど」

 

 タカトシは同意する。実際、彼もここまでゴミが出るとは思っていなかった。

 

「でも、いざ捨てようと思うと……本当に捨てていいのかなって気になりますね」

 

「ダメよ、そういう風に未練を持っちゃうのは」

 

「そうですか?」

 

 割とまともな事を言うナルコに、タカトシは少しだけ彼女の評価を改める。

 

「そういうものって、結局は使わないのよ。時には、思い切って捨てる勇気も必要になるの」

 

「確かに、自分達で分別をしておきながら、今になって躊躇いを持つのもおかしいですからね」

 

「ちなみに私は、最近しつこい○フレを捨ててやったわ」

 

 親指を立てるサインをしながら誇らしげに言うナルコ。しかし、タカトシはまったくそれを評価する気にはなれない。せっかく改めた評価が、また元通りになっていく。

 

「……はあ。そうですか」

 

「あ、信じてないわね、その顔。いいのよ。どうせ、他にもまだセフ○はいるから」

 

 しつこいという事は、それだけナルコの事が真剣だったことの裏返しではないだろうか。タカトシはそう思った。いや、傍らで聞いているシノ達もだ。

 

 彼女は、現在知人が次々に結婚している事実に、焦りを覚えているという。だったら、そのナルコに対して真剣だった男を捨てたのはとても勿体ない事のような気がした。

 

 彼女には、フッた事に対する後悔の色はないように見える。おそらくは、結婚を思いつくには至らない男だったようだ。ナルコ自身にとっては。

 

 しかし、少なくとも体の関係を持っているという事は、そこそこ眼鏡にかなう男だったのだろう。もしかしたら結婚できるかもしれないチャンスを自らふいにした事を理解しているのだろうか。

 

 後になって捨てた男に取り残されなければいいのだが、とタカトシは思わず憐れみを込めた目で見てしまう。

 

「おいおい、どうしたんだその目は。濡れるだろうが」

 

 当の本人は、この調子だ。まあ、彼女の男性関係など自分達には関係のない事だ。

 

「別に」

 

「なんでもありません」

 

「お気になさらず」

 

「ご愁傷様です」

 

 それぞれが勝手な事を言うと、掃除を再開する。

 

「あれー?」

 

 ひとり何も気づかないナルコだけが、首をやたらと捻っていた。

 

 

 

 

【君たちに会えて】

 

 

 

 

 シノとアリアは床を箒ではき、スズとタカトシは棚を中心とした書類整理やゴミの分別。

 

 タカトシは棚の上の段ボール箱を下ろすと、それには埃がかなりの量で積もっていた。長い間放置されているものらしい段ボール箱を開ける。

 

 中に入っていたのは、数年前のものらしい生徒会のプリント。かなり黄ばんでしまっているそれには、見た事のないイベントへの注意事項が記されてある。

 

「このイベントって、たしか5年前に廃止されたやつだわ」

 

「卒業生たちが放置していて、そのまま忘れていったプリントだろうね。いい機会だし、処分したほうがいいかな」

 

「そうね。紙も古くなっているから、メモとしても使えないだろうし。」

 

 まとめて紐で縛ると、他のいらなくなった本などと一緒に廊下の隅へ。続けて棚の中のファイルを取り出し、必要なものとそうでないものを大まかに分けた。

 

「萩村。一昨年の書類は――」

 

「それはこっちに回して。後で年度予算の比較資料に使うから」

 

「わかった。それなら、このデータ資料も必要だよね」

 

「ありがと。それと津田。あんたが担当している予算承認申請書を纏めたファイルはどうしたの?」

 

「それは棚の2段目に入れてあるよ。関係するものは、全部挟んでおいた」

 

「それなら、あんたがやった今年度の総合会議のやつは?」

 

「それは別枠のファイルに入れた。今、必要かな?」

 

「いや。あるならいいのよ。そっちも仕分け、ちゃんとやってよね」

 

「大丈夫だよ。あと5分もあれば終わる」

 

 互いが手と目を激しく動かしながら、資料を分析していく。そこで、ふとタカトシは視線を感じて顔を上げる。

 

「……どうしたんですか、会長?」

 

 こちらをジッと見ているシノと目が合ったタカトシ。声をかけられると、シノは目を泳がせた。

 

「いや、なんでもない」

 

「そうですか?」

 

 それだけ言うと、タカトシは作業を再開する。シノもそこから先は何も言わずに手を動かした。

 

 机を廊下へ動かし、床に箒をかける。部屋の隅の置物を退かして、溜まっている埃をちりとりに入れた。

 

 しばらく作業が続いたところで、雑巾を持ったアリアがニコニコと自分を見ている事に気がつく。

 

「なんだ、アリア」

 

「だってぇ……シノちゃん、なんだか嬉しそうだったもの」

 

「む。そんなつもりは無かったが」

 

 心外だと言いたげに顔を背けるシノ。しかし、その反応は拗ねた態度そのものであった。

 

「そうだよね。津田君もスズちゃんも、本当にヤレる後輩なんだもの」

 

「そこはデキる後輩と表現しろ」

 

 珍しくもシノからツッコミを入れると、不意に彼女は真面目な表情になる。

 

「まあ、そうだな。今年は良い後輩に恵まれたものだ、と思う」

 

「……そうだね。シノちゃん、会長に就任が決まった時から、ちょっと不安そうだったし」

 

 アリアも、今度は困ったような顔をする。去年の生徒会を、思い出しているのだ。

 

 実際、今年から共学になる年の生徒会長という背景に、シノはプレッシャーを感じていた。前会長からは、天草なら出来ると励まされたものだが、当の本人はそれを素直に受け止められるほど単純な性格をしていなかったのだ。

 

 来年から学園生活が大きく変わるという事が予想されるという事で、シノはアリアと共に、教師を相手に連日議論を交わし合った。

 

 しかし、結果は散々なもの。そもそも男の存在する空間の何たるかを、余計な思春期を含んだ認識を持っている彼女たちに、共学をするうえで正しい校則や議案などを理解するなど、はなから荷が重かったのだ。

 

 それでも、シノは来年の生徒会長としての責務をこなそうと躍起になる。数多くの校則が新たに書き加えられ、削除された。

 

 そして、最もあおりを受けた項目が、恋愛方面の禁止を今までよりもいっそう強調された事。多感な男女にとっては、苦痛以外の何物でもない校則。

 

 しかし、それも無理からぬこと。男女という言葉は、思春期の者にとってはふしだらな事と認識されてしまう。当然、そのような行為を犯す可能性を、生徒会の立場の者が認める筈もない。

 

 そういった事の積み重ねから、シノは周囲に対する不安や焦燥を押し隠しつつ、入学してから2度目の春を迎える事になった。

 

 生徒会会長、天草シノ。書記の七条アリア。

 

 そして、シノに転機が訪れる。

 

 学園始まって以来の、好成績で桜才学園へ合格した才女。その話を教師から伝えられた彼女は、すぐさま生徒会へ勧誘する。成績だけではなく、人格面でも優秀であるというその人物は、きっと学園を変える力になってくれると信じたからだ。

 

 まあ、当人を目の当たりにした際、この学園に飛び級制度はなかったはずだがなどと口にしてしまい、彼女の怒りを買ってしまった事はご愛敬であったが。

 

 そして、転機はもう一つ。

 

 男子の生徒会役員。男の視点で意見を口にすることができる、貴重な人材。

 

 もちろん、ただ男子だったからなどという理由ではない。彼女は、彼の人格を高く評価したのだ。

 

 人助けをしても、それを心から当然と受け止めている謙虚さ。かといって人の言う事を聞いているだけではなく、己の意見を前面に押し出す積極性。これは後で知った事だが、萩村ほどではないにしても優秀な成績と、徹底した努力家。

 

 天才の萩村スズと、秀才の津田タカトシ。

 

 実際、シノの見立ては正しかった。彼ら2人は、自分たち先輩がいなくとも総合会議を取り仕切り、それどころか自分にはない考え方で学園を変えようと積極的に努めている。

 

 たまに意見をぶつかり合う事もある。それもまたシノにとっては良い刺激となり、考え方や仕事の手腕にも柔軟さが芽生え始めてくる。

 

 桜才学園は変わっていく。このメンバーなら、きっといい方向に。

 

 アリアはもちろん、そんなシノの喜びを理解している。誇らしく後輩たちの横顔を見ているシノを、親友として嬉しく思っていた。

 

 

 

 

 ゴミを指定の場所にすべて出し切ると、大掃除は完了した。

 

 遠くから見ても生徒会室の雑多な雰囲気が綺麗になくなり、見晴らしのいい空間に変わっている。

 

「大掃除が完了したわね」

 

「みんな。お疲れさま」

 

 スズの言葉の後に、人数分のお茶を湯のみに注ぎながら労うアリアの声。

 

 アリアは茶道も習っているので、生徒会役員にとって緑茶は欠かせない逸品である。

 

 冷めないうちに飲む。熱いお茶が喉の奥まで流れていき、身体が温まる。

 

 やっと一息ついた。適度な疲れも、どこか心地よい。

 

「ご苦労だったな、みんな。おかげで効率よく終わらせることができた」

 

 シノが皆を見回して言う。

 

「会長が、一番頑張っていませんでしたか?」

 

 スズが言った。シノはそんな事はないと首を振る。

 

「萩村も、津田も、アリアもだ。みんなが頑張っていた。それは私が保証する」

 

 謙遜だな。みんなは、そんな感想を口にはしない。ただ、黙って微笑んでおく。

 

 しばらく、お茶をすする音だけが続く。かといって、空気が悪くなったわけではない。なんとなく、この人の言葉を介さない静かな空間の中を過ごしていたかった。

 

 そんな空気の中で、ドアをノックする音が鳴った。まどろみの時間も終わりになってしまったが、メリハリはつけなければ。

 

「はい。どうぞ」

 

「失礼します」

 

 シノの声に、生徒会室へ入ってきたのは見覚えのある少女だった。手には何枚かの書類をクリップに留めたものを持っている。

 

 風紀委員長の、五十嵐カエデであった。

 

「次の風紀活動の提案書を持ってきました」

 

「ああ、ご苦労だったな」

 

「こちらです」

 

 机に近寄り、シノに書類を渡す。生徒会長は、チェックをするために書類に目を通し始める。

 

 カエデは要件を済ませたので、退出の言葉を口にしつつ部屋から立ち去る。

 

 いや、立ち去ろうとしたのだ。偶然タカトシと目が合い、彼女は思わず足を止めてしまう。

 

「……っ」

 

 ビクリと、全身を大きく震わせた。目を見開き、口を貝のように閉ざしたまま後ずさりをする。

 

 ああ、またか。最早驚きもせず、生徒会役員は諦め半分にその様子を見ていた。彼女の男性恐怖症は、周知の事実なのだから。

 

 だが、今回は僅かに反応が違う事に気付いた者がいた。すぐにそれを指摘する。

 

「五十嵐風紀委員長。風邪ですか?」

 

 それは、スズだった。訝しげに訊く。

 

「い、いえ。そんな事はありません」

 

「でも、顔が赤いですよ。保健室に行った方がいいのでは?」

 

「な、何でもありません」

 

 そう言いながら、視線はなぜかタカトシの方をチラチラと向けている。妙に思った副会長は、椅子から立ち上がった。

 

「あの……よければ、保健室まで付き添いますが」

 

「つ、つき!? い、いえいえ、結構です! 子供じゃあありませんから、ひとりで行けます!!」

 

「やっぱり。風邪か何かだったんですね。一緒に保健室へ――」

 

「ち、違いますからタカトシ君! それでは要件は終わりましたので、失礼します!!」

 

「あ、ちょっと、カエデ先輩!?」

 

 あっという間に生徒会室を出ていくカエデ。流石に棒立ちしているわけにもいかず、廊下へと出るタカトシ。

 

 しかし、廊下の曲がり角へ姿を消しているカエデに、タカトシはガックリする。ダメだ。もう追いつけそうにはない。

 

「またか……」

 

 ここ最近、カエデはタカトシの前ではずっとこんな調子なのである。少し前までは、彼女がタカトシに対して男性恐怖症をこじらせた事は極端に少なくなっていた。だというのに、どうやらまたぶり返してしまったようだ。

 

 正確には、街のチンピラから彼女の姉を守った時からであった。あれ以降、彼女は自分を妙に避けるようになっているのである。

 

 ――やっぱり、暴力を振るう男だと思われちゃったんだろうな……

 

 タカトシは、カエデの変化をそう解釈している。どうにか危ない男と思われないように誤解を解きたいのだが、いかんせんそのチャンスがない。

 

「ん?」

 

 ふと気づくと、生徒会の役員達が自分をジッと見ている事に気がつく。

 

 中でも、会長の視線はどういうわけか遠い眼だ。いったい何だ、この様子は?

 

「津田よ」

 

 静かな顔が、意味もなく恐怖心を抱かせる。タカトシの額にツツ、と脂汗が流れた。

 

「は、はい?」

 

「いったい五十嵐と、何があったんだ?」

 

 ゆっくりと椅子から腰を上げるシノ。無意識に後ずさりをするタカトシ。

 

「いえっ。それは……」

 

「先ほど名前で呼び合っていたな。少なくとも“何か”があった事は確実だ。うちの学園が男女交際に厳しい事は、副会長であるお前もよく知っているはずだろう」

 

 ギクリとするタカトシ。しまった。名前で呼び合っている事に関して、シノたちは今初めて知ったのだ。だからといって、反論を止めるわけにもいかない。

 

「いえ、ですから誤解だと……」

 

「ほう。誤解か。では、きっちりと説明してもらおうではないか。生徒会役員から校則違反者を出すわけにはいかんのでな。嘘偽りなく、かつ正確に答えてもらおうか」

 

 ジリジリと近寄りながら、妙に重苦しいシノの言葉。

 

 視界の隅で、何かを嘆くように額に手を当てているスズと、頬に手を当ててニコニコしているアリアが見える。そこのポジション、今すぐ代わってほしい。

 

 

 

 

 この後、滅茶苦茶説教された。

 

 

 

 

【彼女の真意】

 

 

 

 

 タカトシが正座されたまま会長に説教を受けている頃、カエデは1人だった。

 

 放課後のため、誰も通らない廊下の隅。背中が寄りかかっている窓の向こうには、グラウンドで陸上部とソフトボール部が練習に汗を流している姿が見える。

 

 時たま、指示や注意をする声が聞こえた。それが、かえって校舎内の静かな空気を強調している。

 

 この日は、コーラス部の練習はない。桜才祭が終わってしまえば部活動でもコンクールなどが無いので、カエデは委員会を優先しているのだ。

 

「はあ……」

 

 天を仰ぐ。視界には、白い天井が見えた。

 

 思い出すのは、さっきの醜態。生徒会役員の前で、タカトシから逃げ出してしまった事。

 

 どうして、自分はいつもこうなのだろう。

 

 男性恐怖症が、再発したわけではなかった。ただ、最近の自分はいつもこうなのである。

 

 タカトシの目を見た瞬間に、首筋から脳天がリンゴのように真っ赤になってしまうのである。呂律が回らなくなり、まともに彼の前に立てなくなってしまう。

 

 頬に手を当てると、案の定熱い。火照っているのが手からも伝わる。

 

「どうしよう……また逃げちゃった」

 

 きっと今頃、カエデはタカトシの事を乱暴な男だと認識しているとでも思いこんでしまっただろう。だからこそ、自分を避けていると。

 

 今から生徒会室に行って、謝ってこようか。いや、言い訳を思いついたみたいで不自然だ。泥沼にはまってしまうかもしれない。

 

 実際、カエデは確かに人助けとはいえ彼女の目の前で暴力をかざした事に、思うところがないわけではない。しかし、その理由は自分自身もよく知っているので、咎めようという気持ちは極めて薄かった。

 

 それよりも、彼女が気にしているのはもっと別のことだ。あの夜に見た、タカトシの隠された一面。

 

 怒りと侮蔑に満ちた、人を刺すような冷たい瞳。あの凍り付きそうな視線に、彼女は既視感を覚えた。

 

 それは、映画で悪魔が人を魅了する時の瞳。相手を悪と理解していても、人間はその誘惑に抗えない。

 

「あんなのズルい……タカトシ君」

 

 冬の季節。時刻は放課後。

 

 己の中に生まれてしまった、一つの感情。潔癖な少女は、未だにそれと向き合えてはいなかった……

 

 

 

 

つづく

 

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