冷たい風が吹く中で、暖をとりつつ心は騒ぐ。
聖なる夜。親しい者たちと胸躍る交流。
例え何があったとしても。この日、この夜だけは。
ずっと一緒に、手を触れ合っていたい。
【聖夜へのお誘い】
誰もが暖を求めあう季節。冷たい風が吹く中でも、日々は静かに過ぎ去っていく。
桜才学園もまた、その例にもれず。一つの山場を生徒たちは迎えようとしていた。
その名は、期末考査。この日、結果が発表されるのである。
学生にとって、新年を迎える上での最後の試練。誰もが不安と気合に折り合いをつけようとしている中、闘争心に似た気持ちを燃え上がらせている生徒がいた。
「今度は負けてないよ、萩村」
津田タカトシである。彼は会計の萩村スズに勝利する目標を持っているのだ。
彼もまた他の生徒のように緊張を覚えているはずなのだが、横を歩いているスズに向けているのは笑顔。どうやら、今回の試験に向けて相当勉強を重ねていたらしい。
自信があるというのなら、少しは面白くなりそうね。そんな感想を冷静に覚えつつも、スズは対して関心がないように立ち振る舞う。
「ああ、そう。回答欄をずらして書いたりとか、やってなけりゃあいいけどね」
出るのは、自然な口調の挑発。実際、スズは自分の成績など何も心配していない。自他ともに認めている優秀な頭脳と努力が、彼女の芯を支えているのだ。
「するわけないだろ」
「だといいけど。それよりも、あんた」
「え?」
「分かっているわよね。約束」
それが何を指しているのかを理解しているタカトシは、ハッキリと言う。
「ああ。また、成績が上になった奴が負けた方に一つだけ命令できる」
そもそも、提案したのは他ならずタカトシの方だ。今更とぼけるなどするわけがない。
「それなら何よりね。それじゃあ、今度は何を要求してやろうかしら」
「あ、もう勝った気でいる。もしかしたら、萩村の方こそスペルミスとかあるかもしれないよ?」
「あり得ないわ。そんなの、今すぐ超常現象が起きる可能性と同じくらいあり得ない」
「だといいけどね」
先ほどのお返しをするタカトシ。しかし、2人の表情は言葉とは裏腹にニヤニヤしている。不思議と険悪な空気にならないところが、心に満足感を覚えさせた。
階段を昇ると、肩を落としてすれ違う生徒が増えてくる。試験の結果を確認した者たちだ。
所定の場所には、成績順に書かれた生徒たちの順位表。当然ながら、数多くの生徒たちが集まっている。
「ああ、津田と萩村。お前達も見に来たのか?」
その取り巻きの中には、会長の天草シノの姿もあった。隣には、書記の七条アリアもいる。
「会長の方はどうでしたか?」
全く心配をしていない声でタカトシは訊いてみる。案の定、シノはあくまでも自然に返す。
「問題ない」
チラリと、シノは順位表に視線を向けた。タカトシも、それに倣う。
2年生の試験結果は――
天草シノ――895点。1位。
七条アリア――893点。2位。
「今回は危なかったな。もう少しで、アリアに抜かされるところだったぞ」
「あーあ。また2位だ。今回は自信あったのに」
アリアが残念そうに言う。彼女もまた、2位という結果に不満があるらしい。
「さてと。私たちは……」
スズが隣の順位表を確認する。タカトシは期待と緊張を覚えつつ、視界を真横に移動させた。
そこに記してあったのは、以下の通り。
萩村スズ――900点。1位。
津田タカトシ――893点。2位。
――ああっ! タカトシは心の中で悲鳴をあげる。実際、頭を抱えたほどに。
ショックだった。今回はいけると思っていただけに、落差は大きい。
「ま、当然の結果ね」
得意そうな顔も見せないところが、なおさら悔しさを感じる。タカトシはまたしても勝てなかったのだ。
「ほう。津田も目に見えて点数が上がっているな。萩村にもあと一歩か」
「点数も私と同じだね」
シノとアリアが、口々にタカトシを賞賛する。それは、彼自身が欲しいものではなかったが。
「今度こそは満点をとれると思ったのに……」
「甘く見過ぎよ。馬鹿」
実際、スズは自分が満点だという自負があったので、タカトシがどんな点数を取ろうが、それほど恐れる事はないと思っていた。
まあ、心の片隅では、ホッとしていた事も事実だが。
「さてと。それじゃあ、何をしてもらいましょうか。何でも言うこと聞くのよね?」
「……前にも言ったけど、可能な範囲でね?」
「そうね。ただし、人間に可能な事なら、何でもしなさいよ?」
「何やらせる気だ」
「……さあ?」
ウフフ、と黒い笑顔を浮かべるスズ。彼女の周囲にいる生徒が、青ざめて一歩後ろに下がる。
そんな空気に気付かないアリアは、何かいい事を思いついたような顔をした。すぐに、それを口にする。
「あ、そうだ。皆、クリスマスの前後に何か予定はある?」
「なんだ、藪から棒に」
そう言いながらも、シノはアリアの言いたい事をなんとなく察していた。クリスマスに予定があるかと言えば、何か楽しい催し物でもあるのかと期待してしまう。
「実は、小さい頃からよく使っている別荘があるんだけれど、そこでクリスマスパーティーを開こうかと思っているの。どうかな?」
「ほう。それは凄いな」
「私は問題ありません」
黒い笑みを収めたスズが、予定を脳裏に浮かべながら返事をする。参加しない手はない。
「俺も大丈夫です」
タカトシも、クリスマスには予定がない。思春期の男子高校生としては悲しくなるが、そのおかげでアリア主催のパーティーに出席できたと思えば、どうでもいいやと思えてしまう。
「……ああ。それじゃあ、津田。私が勝った特典、今思いついたわ」
「もう? 早いね」
スズが首を傾げているタカトシに耳打ちする。これならば、クリスマスの時期的にもちょうどいい命令なのかもしれない。
「これくらいなら出来るでしょ?」
「うん、わかった。どうにか間に合わせるよ」
タカトシから身を離したスズは、念を押す。彼も彼で、それほど嫌そうな顔はしていない。
「それじゃあ、津田。また特別に答え合わせをしてあげるわ。今から生徒会室に来なさい」
用件は済んだとばかりに、2人は試験結果を見ている群衆の中から抜け出す。
「それは正直有り難いけどさ。今度は、こうはいかないぞ」
「期待しているわよ。今度は、学年末考査で勝負よ」
「言われなくても。それより、萩村も結構俺との勝負を楽しんでくれているみたいで、よかったよ」
「そ、そんなんじゃないわよ。ただ、普通に満点を取るんじゃあ味気ないから、ちょっとしたスパイスのつもりで……!」
「スパイス……萩村にとって、俺は調味料でしかないのか」
「ああもう。そんな事でいちいち落ち込まない!」
2人の言葉の応酬は、彼らが階段の奥へと姿を消すまで続いていた。
そんな様子を見て、どこか面白くなさそうな様子で立っている少女がいた事は、タカトシとスズも最後まで気づかなかったという。
いまだに試験結果を見に集まっている生徒たちの中、アリアは訊く。
「シノちゃん。なんで膨れているの?」
「なんでもないっ」
むーっとしたまま、シノは言った。何だ、あの2人は。すっかり仲のいいライバル関係じゃないか……
【旅支度】
駅とは目と鼻の先にあるアーケード街。ここは地元でも若者向けに人気のあるファッションビルや、高級レストランなどが立ち並ぶ地区である。
「タカ兄と来るのって、久しぶりだね」
「そうだったな。一昨年までは俺も受験生だったから、あまりゆっくりと買い物なんてできなかったし」
芸術家が造ったとされるオシャレなオブジェを横目に、タカトシはコトミと一緒にこの場を歩いていた。
「ねえ。私達、周りからカップルとかに見られてないかな?」
「それはないよ。顔を見れば、兄妹ってすぐわかるからな」
「む。そういうつまんない反応やめてよ。精○が枯れ切ったおじいさんみたい」
「後半は後で説教してやるとして……他にどう反応すればいいんだ」
周囲には、休日という事もあって家族連れやカップルで賑わっている。そろそろ昼になる頃に、彼らは目的の建物へと入っていった。
エレベータを使い、5階に行く。たどり着いた先は、アクセサリーや化粧品などのような女性の専門店が立ち並ぶフロア。2人は、それこそ女性同士やカップルが来るような場所に用があったのだ。
「……」
コトミにはああ言ってしまったが、やはりこういう場は緊張する。妹と一緒にいるからこそ周囲が視線を向けてはこないが、自分一人だったら妙な趣味を持っている男とでも勘違いされてしまうかもしれない。
まあ、だからと言って身構えていても仕方がないだろう。タカトシは、別にやましい事をしに来たわけではないのだから。
プレゼント。そう、アリアのクリスマスパーティーに持っていく、プレゼントを買いに来たのだ。
ちなみに、パーティーにはコトミも一緒に行く事になった。勉強の合間の雑談で事情を知った妹がごねたのである。ズルい。私も行きたい、と。
アリアに連絡を取ると、二つ返事で了解が取れた。人数は多い方が盛り上がるので、タカトシも特に異論はない。
もちろん、受験生なので勉強道具は持っていくつもりだ。しかし、夜くらいは思いっきり遊ばせてストレスを解消してやろうと思っている。
昼間はシノ達にも手伝ってもらったうえで、勉強を付きっ切りで見てやろうと考えていた。受験生にイベントは無いが、せめて夜まで我慢してもらうとしよう。タカトシも鬼ではないのだ。
しばらくコトミと意見を交換しながら展示されている品物を回っていると、誰かが近づいてくる気配がした。ただの同じ客かと思っていたら、声をかけられる。
「津田君なの?」
「え?」
「ん、タカ兄。誰?」
顔を上げ、真横を向く。逆隣りにいるコトミも、声の主に関心を向けた。
タカトシは一瞬の間の後、相手の事を思い出す。五十嵐カエデの姉である、五十嵐ヤヨイであった。
「ああ、カエデさんのお姉さん。奇遇ですね」
「やっぱり。久しぶりねぇ」
ヤヨイは遠慮もなくタカトシの頭をポンポンと叩いてくる。相変わらずノリの軽い人だと思った。
と、そこで彼女がコトミの存在に気付く。
「あら、津田君って彼女いたの?」
「違います」
意外そうな顔で勘違いをするヤヨイに、タカトシがため息をつく。
もっとも、コトミはこの話の流れに乗らないほどノリの悪い女ではなかったが。
「初めまして。タカトシさんの妻で津田コトミです」
「ふぅん。学生結婚?」
「はい」
「おい。それ以上喋ると今日の食事代はお前持ちにするぞ」
火に油を注ぐ妹に対して、こめかみをヒクつかせるタカトシ。流石にマズいかと思い、コトミは頭を掻きつつ本当の事を口にする。
「すいません。妹の津田コトミです。でも、妻になりたいっていうのは割とガチなんで」
「なーんだ。残念」
本当に信じていたらしい。心底がっかりした顔をするヤヨイ。
「日ごろ世話になっている先輩の姉と実の妹だとしても、そろそろ本気で怒っていいよね?」
「はーい。すみませーん」
2人は揃って右手を上げ、異口同音に言った。初対面のはずなのに、どういうわけか阿吽の呼吸だ。
ヤヨイの波長が合っているのか、それともコトミが誰とでも仲良くできるからなのか。どちらにしても、厄介な人間関係が一つ増えた事は確からしい。
頭痛を覚えるタカトシを無視して、2人は勝手に盛り上がる。どうやら、お互いに話が合いそうだと感じたらしい。
「お手入れとか、大変なのよね」
「私は大丈夫ですよ。まだ生えていませんので」
「ええっ? 羨ましいなぁ。私、結構濃いから」
「手入れを気にしている女性を見る方が、男もそそられるんじゃないですか?」
「あいにく、そういう人はいないわね」
何の話をしているんだ、何の。
頭痛がズキズキと痛む。思わず、頭を押さえてしまった。男の前でそんな話をするなと。
ふと気づくと、自分と肩を並べたまま全く同じポーズで頭を押さえている少女がいた。
「あれ、カエデ先輩?」
「あら、津田君?」
タカトシの存在には気づいていなかったらしく、五十嵐カエデは少し意外そうな顔をしていた。どうやら、姉の買い物の付き添いらしい。
「こんにちは。奇遇ですね」
「ええ、こんにちは。妹さんとお買い物ですか?」
「はい。実は、少し揃えておかなければいけないものがありまして」
自然と会話ができる。まだ自分の事を怖い男と思われているかもと内心で身構えていたが、この分ではそれほど気にする必要はないのかもしれない。
「……」
「……」
と、会話が途切れる。カエデの顔が、すぐに俯いてしまったからだ。
訂正だ。やっぱり、気にしている。表情は分からないが、あまりいい顔はしていないに違いない。
楽観的だった自分を叱ると、タカトシは少しだけ遠慮がちに話しかけた。
「あの、カエデ先輩?」
カエデは過剰なほどにびくつく。恐る恐る顔を上げて、タカトシと視線を交わした。
「は、はい」
「あの……何か欲しいものでもあったんですか?」
「……はい」
「差し支えなければ、教えてはもらえないでしょうか?」
「化粧品一式です。友達が家に来ますので」
「クリスマスパーティーですか。実は、俺もそうなんですよ」
「そうですか」
どうにも会話が弾まない。
また沈黙が流れる。タカトシは思う。まずいな。これじゃあ、ますます夏休みの時の再現になってしまう。
どうにか、危ない男ではない事を分かってほしい。このままでは、人格を誤解されたまま新年を迎える事になってしまう。以前はカエデが許してくれたからよかったものの、今回もそうなるとは限らない。
思い切って、タカトシは頭を下げる事にして――逆に頭を下げられた。
「た、タカトシ君。先日は、失礼いたしましたっ」
「え……?」
タカトシは目を白黒させる。まさか、謝るつもりが、逆に謝られてしまうとは。
頭を上げたカエデの顔は、どこか不安に彩られている。許してくれなかったらどうしようという、自分の行動に不安を覚えている少女そのものであった。
「か、カエデさん、何を?」
「もう……最近、私ってタカトシ君を避けていたでしょう?」
「いえ。それは俺が悪いんですよ。カエデさんの目の前で、あんなものを見せちゃったから」
「ああ、やっぱりそう思われていましたか」
ガックリと肩を落とすカエデ。その様子に、ようやくタカトシは自分の勘違いに気付く事ができた。
五十嵐カエデは、自分を怖がっていたわけではなかったのだ、と。ただ、どう接すればいいのかが分からなかっただけで。
その事実を自覚した時、胸の中にあったモヤモヤとしたものが煙のように消えていく。今日、この場所でカエデに会えて本当に良かったとタカトシは心底思った。
「よかった。俺、てっきり怖がらせてしまったんじゃないかと冷や冷やしていたんです」
「いえ。本当に誤解です。まあ、ちょっと見る目が変わってしまったというのは確かで――」
「?」
唐突に、カエデの言葉が尻すぼみになっていく。目を逸らし、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
なんだろう、とタカトシは思ってしまう。彼女の反応が理解できない。
「カエデさん?」
「い、いえ。何でもないんです。すみません」
どう見ても何でもないとは思えないが、本人がそう言っているのだからいいのだろう。あまりツッコむと、なんとなく藪蛇になるような気がしたのだ。
一方で、その光景を離れて見ている者が、当然のようにヒソヒソと囁き合っていた。
「うわぁ。わっかりやすい反応していますねー」
「でしょう? 見ている分にはからかい甲斐があるんだけど、カエデもああいう雰囲気になれる男が今までいなかったから、口出しはしないでおいてあげているのよ」
「ええ? あの先輩って、レ○ですか?」
「本人曰く、男性恐怖症なのよ」
「ほほう。つまり女の方がいいと」
「それに関しては、昔から色々と諸説あって……」
「……」
こいつらが何を言っているのかはわからない。だが、楽しそうな姿を見ていると、まあいいかと思ってしまう。
ただ、なんとなく。
後で説教はしなければと思った。
【聖夜前日】
12月の23日。クリスマスイブを目前に、アリアをはじめとした生徒会メンバーを乗せた車で、人里離れた山へと向かっていった。
場所柄、残雪が目立つ風景が目立つものの、窓から漏れる空気は新鮮である。タカトシ達は出島サヤカが運転するワゴン車の中、他愛のない雑談を交わしながら時間を過ごしていた。
「だから、生理用品をうっかり忘れてしまいそうになってな」
「わかるよ、シノちゃん。わたしも、タンポンをお尻に刺そうとして……」
「あ、私もそういうの分かる気がする」
「……」
「……」
まあ、盛り上がっているのは3名のみであるが。残りのメンバーに関しては、既に車酔いしているような表情である事は言うまでもない。
「すみません、出島さん。騒がしくしてしまって」
「いえ。これからパーティーですので、無言というのもやりづらいでしょう。むしろ、楽しければいいと思います」
「そうですか。俺が気にしすぎなんでしょうね」
助手席に座っているタカトシは、ハンドルを握っているメイド服の女性へ声をかける。当の本人は、慣れたものだというように返した。
確かに、あまり顔色を窺うというのもよくない。そう考えた彼は、この話題をここまでにする。
「ときに、津田さん」
「はい?」
はて、と思うタカトシ。なんだか、サヤカの声のトーンが低くなったような気がする。
サヤカは前方から目を離さないまま告げた。
「今回は2泊3日、この先の別荘にて寝食を共にいたしますが……お嬢様には、妙な行為を行わないようお願いいたします」
「まさか。断じてそんな事しませんよ」
サヤカの敵意に近い声色に顔を引き攣らせそうになったタカトシだが、彼は心の底からそう答えた。
実際、そんなやましい気持ちなど微塵もない。アリアは確かに女性として魅力的な人間である事は確かだが、だからと言って関係を持つかどうかというのは別だ。
第一、自分に振り向いてくれると思うほど、彼は己惚れた男になった覚えはない。
その反面、サヤカの言いたい事も分からないでもなかった。彼女の立場からすれば、男の自分に一言釘をさすというのは当然のことだろう。だからこそ、誤魔化したりせずに正直な事を口にしたのだ。
それを真実と判断したサヤカは、若干口調を和らげて続けた。
「気を悪くされたのなら、申し訳ありません。しかし、主人の身を守るのもメイドの務めですので」
その言葉に反応したのは、後ろの席に座っているコトミであった。
「うわあ、格好いい」
「だから貞操帯の鍵も、私が預かっているのです」
「もっと物理的に守るんじゃないの?」
面倒な主従関係だ、と頭の中でひっそりと思う副会長であった。
そうこうしているうちに、広い空間にたどり着く。森が開け、途端に広々とした敷地が車の来訪を歓迎する。
「ここが、うちの別荘だよ」
車から降りたアリアが言った。目の前には、お洒落さを前面に出しているロッジが建てられてある。ここで、彼らは2泊3日を過ごすのだ。
そのロッジに圧倒されるように、シノは感嘆の声を上げる。
「立派な建物だな」
「りっぱー」
ワクワクしたようなコトミに続くように、スズも一言。
「立派だわ」
「は、萩村。その感想は駄目だ!」
「なぜです?」
突然大声を上げるシノに、スズは首を傾げた。なにが駄目なのだろうか。
隣には、タカトシが身体をスズに向けて立っている。その正面にスズが立つと、まるで股間に話しかけているような位置づけになるのだ。
「その位置で、そのセリフはやめた方がいい!」
「ですから、何が?」
やはり意味の分からないスズ。それを無視して、コトミが補足を入れる。
「実際、タカ兄のは立派だよ」
「な、なにぃ!?」
仰天するシノ。アリアと、なぜかサヤカまでもが目の色を変えた。
「コトミちゃん。それは本当なの!?」
「具体的に例えるとするならば、どれほどのモノなのでしょうか?」
顔を赤くするアリアと、目がいつにもまして真剣になるメイド。それを気にせず、いつもの清々しい笑顔のままコトミは答えた。
「えっとね。前にお風呂を覗いた時には、立っていない状態でこれくらいかな」
両手で大きさを表現すると、周囲の女性が揃って顔を赤くした。サヤカだけは流石に慣れのためか、一度納得したように頷くだけではあったが。
「つ、通常でも明らかに20センチ越えとは……どれだけ逞しいものを持っているんだ」
「じゃあコトミちゃん。大きくなったら、どれくらいになっちゃうの?」
「流石に、そこまでは未確認です。タカ兄って部屋に一人でもオ○ニーさえしないから」
「おや。それは大変ですね。男は物理的に溜まってしまうというのに」
「津田がEDという話は聞いていないが……」
「シノちゃんも、津田君に立ってもらえた方が嬉しいもんね?」
「な、何を言うんだアリア!」
「私も最近ご無沙汰でして」
「盛り上がっているようで何よりですよ。ただし妹。お前は俺が言う勉強を終わらせるまでパーティーは欠席だ」
「私は監視役ね」
コトミは命乞いをした。
【準備と開催】
そんなこんなで、パーティーの準備が始まった。
清掃に関してはサヤカが事前に済ませているので、生徒会役員達は真っ先に飾り付け作業に入る事が出来る。クリスマスツリーや、パーティーを意識したテーブルクロスの用意。
それぞれが聖夜の夜を心待ちにしつつ、作業の手を進める。当然ながら、唯一の男手であるタカトシは、この時も精力的に働いた。
「津田君。その箱、持ってもらえないかな。重いから気を付けて」
「わかりました」
段ボール箱を持ち上げ、指定の場所へ置く。30キロはある荷物が入っているのだが、彼は問題なく作業を済ませた。
「津田。テーブルクロスの端を持ってもらえるか。1人ではやりにくい」
「はい」
タカトシはシノの動きに合わせて、折りたたまれてあったテーブルクロスを広げる。
「津田。皿がまとめて入っている段ボール箱はどこ?」
「キッチンの隅に置いておいた。すぐ使いそうな分量だけ、水洗いして乾かしてあるから」
スズの声に、タカトシは言った。それにサヤカが反応する。
「おや。恐れ入ります。調理をするのは、私の役目だというのに」
「出島さん、これから下ごしらえを始めるんでしょう。僅かでもいいので、お手伝いをしたかったんです」
本当なら、出島さんの料理を傍で見て勉強したかったんですけどと、タカトシは困ったような顔をする。
「お気持ちだけで。しかし、津田さん」
「はい」
「お嬢様に手を出す事は許しませんと告げましたが……代わりに、私が今夜、直々に女を下ごしらえさせる方法を伝授する事は一向に構いませんよ?」
「お手伝いしていまーす」
あっという間にその場を去っていくタカトシ。
「おやおや。まだ津田さんには早すぎましたか」
「ふふっ。出島さんも素直じゃないね」
「どういう事です?」
アリアがどこか可笑しそうに呟くのを聞いたスズが、怪訝な目を向ける。
「出島さんの照れ隠しなんだよ。普段から誰かの面倒を見るのが仕事だから、逆に誰かから面倒を見られるのにあまり慣れてないんだ」
「はあ」
そういうものなのか、と思うスズ。有り体に言えば、純粋な好意に弱いという奴なのだろう。
「なるほど。Sの相手をするためにMになるのも、Mの相手をするためにSになるのも、どっちも同じ“面倒を見る”だものな」
「ご明察です」
納得がいったように、シノは頷いた。サヤカも正解と認める。
「親切をそこまで汚く見れる機会って、なかなか無いなぁ」
スズは遠い眼で呟いた。
そして、1時間後。準備は整った。
クリスマスの空間にマッチしたパーティー会場の中、全員がフロアに集まる。部屋の隅に用意した音楽デッキから、雰囲気の出る音楽が流れている中で、アリアが全員に向かって言った。
「では、これよりクリスマスパーティーを開催します」
おーっ、という返事と、全員分の拍手が上がる。
「では、シノちゃんより一言」
隣に立つシノから、アリアが一歩下がった。咳払いをした生徒会長は、手に持っているグラスを片手に宣告する。
「みんな、今夜は存分に楽しんでくれ。今日は無礼講だ」
だから、とシノはチラリとタカトシに目を向ける。
「S男の絶対王政もありだぞ」
「男って俺だけじゃん」
「実際、ドSじゃん」
がっくりと肩を落とすタカトシに、珍しくもコトミが追い打ちをかける。
「まあ」
「ほう」
顔を赤くし、頬に手を当てるアリア。そして、どこか感心した声を出すサヤカ。
「どうやら本当に素質があるようですね。津田さん、やはり私が手取り足取り……」
「結構です」
きっぱりと言った。
その後も、パーティーは続く。
サヤカが作った、和洋中華と取りそろえた料理を食べた。普段はダイエットで多くは食べない少女たちも、この時だけは遠慮なく好きなものを口にする。
次は、それぞれが用意したプレゼント交換。部屋を暗くし、音楽が止まるまでプレゼントを渡し続けるルール。
その結果、タカトシがもらう事になったプレゼントはコトミが用意したBLの同人誌であった。もちろん、正座させて妹を説教した事は言うまでもない。というか、前にアクセサリー関連の店でプレゼントの買い物行ったろうが。
カラオケ大会や、ゲーム大会。その頃にはみんなノリも良くなっていき、カラオケで自分の持ち歌を披露した。
――君の背中、いつもより大きく見える。僕を置いて、どこへ行くの?
――負けたくない。置いていかないで。僕も走るから。君を越えられるほどに。
――さあ、覚悟決めちまおうぜ。いつでもいいぞ。どれだけ長く走り続けても、僕は前からキミを見ていたいから……
タカトシもまた流行の曲を歌う。その時の真剣な顔には、女性陣が感心するほどに凛々しいものであった。
「いえーい! いいぞ、タカ兄の十八番!!」
「へえ。津田って、結構いい声だせるじゃない」
「そうですよ、スズ先輩。歌っている時のタカ兄って、いつもああいう顔をするんです」
「……なんだか、仕事をしている時とも違うな。真剣なんだけど、どこか楽しそうだ」
「シノちゃん、津田君の事よく見てるね」
「え!? ああ、いや……」
「天草さん。女性の照れた顔は私の好みですよ」
「で、出島さん。私はノーマルですので」
パーティーは時間が経つごとに盛り上がる。それぞれが笑顔で、たくさんの事を語り合った。どうでもいい事で騒ぎ、普段ならクスリともしない話題で、腹を抱えて笑う。
――咲きほこれ、咲きほこれ……
そして、午後の10時を過ぎた今も、カラオケ大会は続いていた。現在は、コトミとサヤカのデュエットである。
いま流行りの、トリプルブッキングというグループの歌だ。そう考えながら、タカトシはソファに座り、注がれたオレンジジュースのグラスを口元へ傾ける。
「なによ。もう疲れちゃったの?」
そう言って、タカトシと同じようにグラスを持ったスズが隣に座った。
「あはは……いや、体力はまだ大丈夫だよ。ただ、さっきはちょっと声を作ったまま歌っていたから」
「キーが高い歌なんかやめときなさいよ、馬鹿」
「でもさ、一応リクエストされたわけだし」
「あのノリだったから、ちょっと断れなくてね。それに、空気を悪くはしたくなかったから」
それはそうだろうな、とスズは思う。こういうパーティーなのだから、羽目を外しても責められない。
話題を変えようかなと思っていると、その前にタカトシが何かを思い出したようにポンと手を打った。
「あ、そうだ」
「なに?」
「ほら、アレだよ。確かここに……」
ゴソゴソと、タカトシは上着の胸ポケットをまさぐる。取り出したのは、小さな長方形の箱であった。赤いリボンでラッピングされている。
スズは、それに何となく思い当たるフシがあった。まさかと思い、訊いてみる。
「津田。それって……」
「そうだよ。はい、これ。約束のプレゼント」
「あ……覚えていてくれたんだ」
言われるまま、スズは渡されたプレゼントを受け取った。マジマジと手元の箱を見つめてしまう。
「そうだよ。期末考査の時に萩村が言っただろ。クリスマスに、何か買ってほしいって」
「言ったけど……流石に、無理して買ってくれなくても」
「無理じゃないよ。約束は守りたいし、萩村にはいつも世話になっているから。それに……」
「?」
「俺の事、ちゃんとライバルとして認めてくれたし」
呆然とするスズ。何か言おうとしているようだが、うまく言葉に出ないようであった。
その反応が理解できず、タカトシは顔を覗き込む。
「萩村?」
「あ、な、なんでもないわよ。それより、何が入っているか見てもいいかしら?」
「あ、もちろん。それはもう萩村のものなんだし」
なぜかぎこちない手つきで箱を包んでいるリボンを解くスズ。タカトシは、その様子に納得した気持ちになった。
――ああ、なるほど。なにをプレゼントされたのか気になっていたんだな。
隣に座っている男がそんな朴念仁な事を考えているとは露知らず、スズは箱を開けた。
中に入っていたのは、ボールペンであった。もちろん、それがそこらのコンビニなどで売っているような安物ではない事は一目でわかる。
凝った赤色のスワロフスキーが美しく、いかにも大人の女性が使いそうなデザインであった。手に持てば、社会人の一員になったような気分になれるだろう。
「津田。これって、高くなかったの……?」
「アカネさんのレストランの仕事って、結構給料がいいからね。余裕で買えたよ」
母親である萩村アカネは、プロの料理人の店長である。加えて、営業努力も欠かしていないため、地元では有名な店として繁盛しているのだ。
スズが自分の体形から、コンプレックスを持っていることは周知の事実だ。だからこそ、タカトシは気遣ったのだ。彼女のそういう意地を刺激せず、なおかつ大人らしく見せるモノ。
衣服の類は論外。バッグの類も、派手で目立ちすぎるために遠慮をされてしまう。
そこで、タカトシはできる限り小物を選んだ。ワンポイントに抑えつつ、決してつまらないと思われないプレゼント。それが、このボールペンであった。
「あ、ありがとう……」
気がついたら、スズはお礼を口にしていた。タカトシの気遣ったプレゼントが、スズには言葉にできない程に嬉しかったからだ。
その反応に、タカトシは安堵の表情を見せる。その様子は、まるで気に入ってくれなかったらどうしようという僅かな不安から解放されたようだった。
「よかった。喜んでもらえて」
「……」
スズはボールペンの入った箱のフタを閉め、大事そうに目の前の机に置いた。
と、そこに2人の後ろから声がかかる。
「ほほう。親密そうで何よりだな」
「うわっ!」
「ひゃっ!」
タカトシとスズは飛び上がりそうになるほど仰天した。慌てて振り向くと、2人の背後で、ソファの背もたれに肘をつけたまま半眼になっているシノがいた。いつの間にいたのか、全く分からなかったのだ。
「か、会長。何か?」
「いや、大した理由はないぞ、津田。我々生徒会役員の仲が良いというのはいい事だしな」
「あの、私たちは別にやましいことは……」
ビクビクしながら、スズも言う。もちろん、それで納得するはずもなく。
「たとえ個人的にプレゼントを渡す関係だろうとも、私はまったく気にはしない。ああ、まったく」
「いや、ただの勝負の約束を果たしただけですよ!?」
「そうですよ。会長は何も気にすることはありませんから!」
アワアワしながら弁解する2人の声と、カラオケの音楽をBGMにしつつ、ロッジの外からは白い雪が降り始めていた……
つづく