生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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かつて自分も乗り越えた試練。

ひとつの門出を迎えるために。

決して楽な道ではないけれど。

応援する声。いつも誰かが支えてくれて。

そのときの勇気を、今度は自分が与える時。

今は信じて。遠くない未来、同じ学び舎へ行くために。


受験日

 

 

 

【高校入試(準備する側)】

 

 

 

 

 この日、桜才学園入試試験前の会議室にて。

 

 生徒会役員と、各委員会長は受験会場としての準備を進めていた。

 

 受験を受ける生徒への気配りとして、前日の清掃を徹底させる事や当日の受験生への受け付けの準備の手伝い。そう言ったあれこれを話し合う事もまた、生徒の役割なのだ。

 

「――以上です。先ほどもお伝えいたしました通り、試験に使用されるクラスは私物を片付けてください」

 

 生徒会長である天草シノの言葉で話が終わった後、連絡事項をまとめ上げて会議は終了となった。ガタガタと、生徒たちが席を立つ。

 

 当然ながら、風紀委員長である五十嵐カエデもこの場にいた。彼女の教室もまた試験に使われるので、他人事のような顔は出来ない。

 

「お疲れ様です、カエデ先輩」

 

「あら、タカトシ君。そちらこそお疲れさま」

 

 彼女はタカトシの顔を見ると、微笑と共に返事をする。タカトシもまた、穏やかな顔で接していた。

 

「妹さん、明日はここを受験しに来るのでしょう?」

 

「はい。受験生の前では落ちるとか滑るというような表現はタブーですので、結構気を使いますし」

 

「私も、高校受験の時はそういう事をつい気にしちゃう“たち”でした。タカトシ君も、いつもより気を付けた方がいいですよ」

 

「ええ。なにしろ妹の成績って、本当に合格するかしないかの瀬戸際なんですよ。会長にも手伝ってもらったので、どうにか信じてあげたいところです」

 

「もう前日なのに? 本当に困った妹さんなんですね」

 

「はい。まあ、疲れを残させるわけにもいきませんので、今日の夜は最終試験をやらせた後は終わりにしようと思っていますけど」

 

 カエデも、その判断は正しいと思った。受験生の入試前日といえば、勉強よりも体調管理の方が重視される。どんな優等生でも、体調不良が原因で不合格になってしまう事はよくある事なのだ。

 

「ほほう、津田君の妹さんですか」

 

「わっ!」

 

「ひゃっ!」

 

 突然声が入りこみ、タカトシとカエデは揃って仰け反る。いつの間にか、2人の後ろに新聞部部長の畑ランコが立っていたのだ。

 

「は、畑さん……脅かさないでくださいよ」

 

「気配を消す事も、ジャーナリストのスキルよ」

 

「あんたは何を目指しているんだ」

 

 彼女は相変わらずの無表情のまま、タカトシに視線を向けている。知り合ってそろそろ一年に近くなるというのに、相変わらず彼女の感情は読めない。

 

「ところで実際のところ、妹さんの勉強度具合はどうですか? 確か、去年の末までは合格できるかどうかの瀬戸際だったそうですが」

 

「なんでそれを知っているんですか?」

 

 ランコには妹の話をした覚えはない筈なのだが、彼女は正確に内情を知っているらしい。

 

「いやだあ。世間話程度の情報なら、私だって知っていますよ」

 

「せ、世間話?」

 

「はい。あとは、せいぜい妹さん……コトミさんといいましたか。その子が当日受ける受験番号程度でしたら」

 

「んなっ……!」

 

 顔を引き攣らせるタカトシ。そんなものは、兄である自分ですら知らない。一体彼女は、どんな手段を使ってそんなことまで調べたのだろうか。

 

 目の前の新聞部部長に恐怖を覚え始めている副会長を放って、ランコは同じように気味悪そうに彼女を見ているカエデに向かって淡々とした口調で告げる。

 

「五十嵐さんのクラスも、試験で使われるんですよね?」

 

「は、はい。それが何か?」

 

 警戒心という言葉を全身に張り付かせているカエデに、ランコは一言。

 

「貴方の席、男子が使――もが」

 

「はい、そこまでです」

 

 使うかもしれませんね、と続けようとしたところで横から伸びた手に口を塞がれる。手の主はタカトシである。

 

「カエデ先輩。ちょっと畑さんと話がありますので、失礼しますね」

 

「え、あ、はい」

 

 つぶらな瞳をパチクリしているカエデに微笑むと、タカトシはランコを引きずるようにして会議室を出ていく。

 

「うふふ。津田君もすっかりカエデちゃんの味方になっちゃったね」

 

 ニコニコとしながら近寄ってくるのは、書記の七条アリア。手にはファイルを抱えている。今回の書類がまとめてあるのだろう。

 

「七条さん……あの、味方というのは?」

 

「んー。私も野暮じゃないから、あまり深くは触れないでおくわ。けど、ちょっと口を挟むくらいなら大丈夫かなって」

 

「?」

 

 思わせぶりなアリア。一方で、風紀委員長は本当にアリアの言葉の意味が分からない。

 

 カエデは、人の感情に鈍感な方ではなかった。しかし、だからといってすぐに相手の男の子が自分に気があるのではないかと思うほど、彼女は己惚れた少女になった覚えもない。

 

 タカトシ自身、何か含みがあってランコをカエデから遠ざけたわけではないのだろう。あんな光景は、いつもの事だ。

 

 アリアは、正確にタカトシらの感情の機敏を見抜いている。そのうえで、彼女に素直な感想を述べただけの事だ。

 

「分からないならいいわよ。私としては、シノちゃんとスズちゃんにもチャンスがあった方がいいかなって思っているから」

 

 それでも、これくらいなら許されるだろう。そんな気持ちでアリアは告げる。

 

「チャンスって……タカトシ君とは、そういう関係じゃ」

 

 そのさり気ない言い回しに、ようやくカエデはアリアの言いたい事をなんとなく察した。なんとなく肩身が狭い思いを自覚しつつ、ソロリと視線を横にずらす。

 

「アリア。さっきから五十嵐と何の話をしている?」

 

 当の天草シノが、ツカツカとこちらに近寄ってきた。遠慮がちに視線を向けていたカエデは、なんとなく気まずさを感じて顔を背ける。

 

「うふふ。なんでもないわシノちゃん」

 

「とてもそうには見えんぞ。そもそも試験当日は、特に五十嵐や風紀委員に伝える事はなかったはずだが?」

 

 仕事関連の話をしていると思われているらしい。これなら、さっきの話を聞かれていたわけではないと内心で安堵する。

 

「いやですね。私だって、プライベートな話くらいはしますよ」

 

「ふむ。五十嵐がそう言うのなら、そうなのだろうが」

 

 どうも、会話の内容そのものには触れない事にしたらしい。こういう気配りが、カエデには有り難かった。

 

「しかしな、五十嵐」

 

「はい?」

 

「プライベートに“する”のは、休日の時だけにしておけ」

 

「あ、カエデちゃんが気絶した」

 

 まあ、一言多いのは相変わらずではあったが。

 

 

 

 

 そして、授業も終了した後。生徒会役員は揃って帰る事になった。

 

 この時期、時間的にはまだ昼間であっても、日が落ちるのは早い。早くも夕暮れを通り越して、夜の気配が近づきつつあった。

 

 冷える空気の中、吐かれる白い息。空には、既に数えるほどの星が瞬いている。この天気ならば、明日は晴れる。雨の中で送り迎えするというような事はなさそうだ。

 

 寒さを紛らわすという意味も兼ねて、彼らは雑談を続けながら帰路についていた。

 

「それで、津田君。コトミちゃんも、桜才受けるんだよね?」

 

「はい。やはり思った通りというべきか、勉強に関しては本当にギリギリでしたけれど」

 

 アリアの話題に、タカトシは苦笑しながら言う。やはり明日は入試という事もあり、必然的にこの話題がでる。

 

「ああ、私も家庭教師に協力したからな。後は本人次第というところだが」

 

 と、シノ。あまり心配そうな顔をしていないのは、自分が教えたという自負からか。それとも、コトミを信頼しているのか。

 

「あ、会長も教えていたんですか?」

 

 意外そうな顔で言うのはスズ。当然という顔をするシノ。

 

「未来の後輩が入学するかもしれんのだ。まして我が生徒会役員の一員の身内とあらば、力を貸す事は不思議ではないだろう」

 

「……」

 

 ああ、なるほどとスズは思う。新学期が始まってすぐの時に、そんな事を言っていた記憶がある。

 

「それで、コトミちゃんは今日どうするの。流石に前日に疲れを残すのはお勧めしないよ?」

 

 アリアの言葉はもっともだ。カエデにも同じことを言われた覚えがある。

 

「今日は最終試験をして、それで終わりにしようと思っています。軽く見直しはさせますが、それで俺のする事は終わりですよ」

 

「よかった。その後は、オナ○ーしてスッキリすれば完璧だね」

 

「うむ。不安から来るストレスは発散してこそだからな!」

 

「言うと思っていましたよ七条先輩。そして会長、言っている事は立派ですが、全く心に響きません」

 

 

 

 

【高校入試(受験する側)】

 

 

 

 

 2月下旬。桜才学園入試当日。

 

 この日の冬は、朝早くから快晴であった。津田コトミは、普段からは信じられないほどの早起きをしたうえで、冷たい風が吹く街中を歩いている。

 

 周囲には、自分の知らない制服の上にコートを着た学生たちが数多く歩いている。おそらくは、この中のほぼ全員が自分と同じ受験生なのだろう。

 

 桜才学園へ足を運ぶのは、これで2度目だ。道に迷うなどという事はまずない。元々この辺りは自分も何度か遊びに来た事があるのだ。

 

 校門の前に立ち、緊張を帯びた顔でいる事が自分でも分かる。校舎に入っていく受験生たちも、何人かが似たような様子だった。

 

「頑張れ。あれだけ勉強したんだ。落ち着いてやれば平気さ」

 

 兄が声をかけてくる。ずっと、付き添いでついてきてくれたのだ。

 

「うん」

 

「それじゃあ、試験終了は3時半だったな。その少し前には迎えに来るから」

 

「分かってる。ここは私に任せて、先に行ってて」

 

 ニヒルに笑う中二病娘。一度言ってみたかった台詞らしい。

 

「いつも通りじゃないか」

 

 自分の試験なのだから、任せるも何もない。真剣に心配づるだけ無駄だったようだ。

 

 コトミが他の生徒達と一緒になって校舎の中へ姿を消していくところを見送ると、タカトシはその場を去る。迎えに来るのは4時15分の筈だ。それまで、ただここでジッと待っているわけもないのだから。

 

 さて、早めに仕事へ行こう。一応午前の仕事は遅れると通達はしてあるが、急いでおくに越した事はない。

 

 

 

 

【かみかみ】

 

 

 

 

 この日も、朝から大盛況であった。

 

 周囲には、朝早くから店の前に並んでいる客の行列の一部が店内へ入ってきた結果。満席になったフロアを、外で待っている客が羨むように見ていた。これも、いつもの光景である。

 

 当然ながら、従業員の全てにも多大な労働力が求められる。元々味や接客態度など細かいところにも上司からの雷が落ちる職場ではあるが、先輩ウェイターや津田タカトシにとってはすでに耐性のつき始めた事なので、今更それに怖気づく様子は見せない。

 

 指示や注文が飛び交う中、今日もタカトシはアルバイトの仕事を着実にこなしていった。

 

 実際、タカトシはよく働いている。普段の仕事にも色々と気配りを見せ、今や新人アルバイトとは思えないほどの腕前を見せていた。常に仕事を先読みする頭の回転にもさらに磨きがかかり、常連客からの評判も上々だ。

 

 彼自身、もともと料理には家事が駄目な妹の存在や、家族がよく家を空ける事情もあり、腕前は悪くなかった。それが、本格的に料理店でプロの味を身近で感じる事で、より洗礼された味を生み出すようになれたのである。

 

「ボスカイオーラ、仔牛とフォアグラのソテー完成。ウェイターお願いします!」

 

「了解!」

 

 調理場からのタカトシの声に、阿吽の呼吸で料理を運んでいく同僚。今の季節は凍えるように寒くとも、常に熱気が漂っている厨房では汗を拭く事すら許してくれない。

 

 結局、客のピークが過ぎ去る頃に、タカトシは解放された。具体的には、お昼時を過ぎて客足が落ち着き始めた時に。

 

 人手不足という理由でこのレストランに即日採用されたのは、伊達ではないと思う。仕事が下手な専門店よりもキツいので、ついていけるものが少ないのだ。ある程度スキルを持っている人間でなければ務まらない。

 

 その分、給料も勉強内容もタカトシにとっては申し分ない。若いうちの苦労は買ってでもしておく。年寄り臭い言葉が、彼の身に堪える。

 

 今日は、前半のシフトのみ。後は、午後を担当している者達へバトンタッチだ。

 

 やや遅刻してきた同僚が姿を見せ、その顔なじみに挨拶をしつつ店を出るタカトシ。腕時計を確認すると、今は3時を過ぎた頃。

 

 コトミを迎えに行くには、少々早い時刻だ。今から桜才学園へ行っても、若干の時間を待たされることになるだろう。

 

 まあ、中途半端に時間が余っているのは想定していた。どこかで、時間を潰せばいいが。

 

「あら。あんた来ていたのね」

 

 と、声をかけられる。聞き覚えのある声だ。

 

「あ、萩村じゃないか」

 

 駐輪場に自転車を止めていた萩村スズは、前にある荷物の籠から何かの紙袋を取り出しているところであった。おそらくは、何か店長である母親に届けるものでもあったのだろう。

 

「どうしたの。もしかして、店長に用事?」

 

「ええ。ちょっと書類をいくつか持ってきてほしいって」

 

「ああ。そういえば、今日は夜から取引先の食品会社で用事があるんだっけ」

 

 タカトシも、思い当たる話なら知っていた。今日の朝、萩村アカネがカバンの中を探っていたのを思い出す。

 

 ともあれ、タカトシも店内へついていく事にした。萩村は厨房の奥で指示を出しているアカネに声をかける。

 

「4番のパスタ、もう茹で上がっているわよ! 持ち場につきなさい――って、あら?」

 

「お母さん。はい、これ頼まれてたやつ」

 

「ああ、そうだったわね」

 

 店長としての威厳を前面に出していたアカネは、スズの姿を見てコロリと穏やかな顔になる。スズもまたそんな母の変化には慣れているのか、落ち着いた様子で書類を渡した。

 

 アカネは慣れた手つきで書類を取り出し、中身を確認する。不備が無いことを確認し、アカネはスズの頭を撫でた。

 

「ありがとう、スズ」

 

 小さな子供を若い母親が誉める図。そんな光景に、厨房にいた者達やタカトシも、仕事を忘れてちょっとほっこりする。

 

 だが、される側の当人はそんな気持ちを共有できなかった。

 

「……お母さん。子ども扱いしないでほしいって、前も言わなかったっけ?」

 

「あら」

 

 眉根を寄せるスズに、アカネは手を放す。娘はいつまでたっても見た目がこうなので、ついこういう扱いをしてしまうのだ。

 

「ごめんね。ちゃんと大人だと思わなきゃいけないものね」

 

 そう言って、アカネは娘の背後にしゃがみ込み、両肩に手を当てる。そして――

 

 ――かぷり、とスズの耳を噛んだ。

 

「ひゃああああっ!?」

 

「おおおおおっ!?」

 

 瞬間、スズの悲鳴と料理人たちの感嘆の声が同時に上がった。

 

 原因であるアカネは、狼狽する娘から離れて一言。

 

「何を驚いているの、スズちゃん。大人に対するお礼はこれくらいするものよ?」

 

「その基準、絶対におかしいだろ!」

 

 顔を真っ赤にし、鳥肌を立てた娘は渾身の力で怒鳴った。

 

 ちなみに、この手で己の父親を“堕とした”とスズが知るのは、もう少し後の話であったという。

 

 

 

 

【喫茶店でのひと時】

 

 

 

 

「――ふうん。仕事も軌道に乗っているみたいだったし、何よりね」

 

 クリームがトッピングされたチーズケーキをつまみながら、スズは小さく頷いた。

 

 お洒落な内装の喫茶店に、昼間の日光がフロア内を照らす。

 

 アルバイトが終わった後、タカトシはスズを誘って軽食に誘ったのだ。余計な下心があったというわけではなく、少し時間つぶしに付き合ってほしいという意味だったのだが。

 

 それに、せっかくプライベートの時間に会えたというのに、このままハイさようならというのも違うと思ったから。

 

 温まったコーヒーを一口飲み、タカトシはスズに普段の学園生活や2年生への進級に関する話題などをふった。聞かれた彼女もまた素直に自分の願望や抱負などを話す。

 

「来年は卒業する先輩が生徒会内にはいないから、引き続き俺たちのメンバーでやっていく事になるよね」

 

「そうね。普通、生徒会といえば庶務の役職もある筈なんだけれど、桜才には無かったし。わざわざ役職を作って新入生から新しく選ぶなんて事には、まずならないと思うわ」

 

 やがて生徒会長のシノやアリア、そこから派生して部活や委員会関係者といった人物で話が弾む。こうして話してみると、自分達には共通の話題が多い。無ければ教え合えばいいのだから。

 

「そういえば、昨日は七条先輩が……」

 

「あ、そうだったんだ。じゃあ、その後に先生が……」

 

 いつしか話も弾み、気がついた頃には2人には笑顔が浮かんでいた。不思議なものだ。いつも学園で肩を一緒に並べて仕事をして、雑談をする事なんて珍しくないというのに、なぜだか本当に楽しい。

 

 学園も、仕事も絡まない時間。そういえば、そんな風に完全なプライベートで遊んでいるというのは、思えば随分と久しぶりのような気がする。

 

「あんたって、レストランのメニューは一通り作れるんだったわよね?」

 

「うん。店長って料理に妥協が無いから、徹底して教えてくれていたしね。他にも、独学だけど自作の料理にも手を出しているんだ」

 

「今度、新作の発表会があるって聞いたけれど」

 

「そうだよ。店内で従業員が自分だけのメニューを一品作って、披露する発表会。周りの人は、もうプロって感じがする人たちばかりだけれど、それに採用されてみたいって思ってる」

 

「バイトのあんたが良く出席させてもらえたわね」

 

「そこは、正直言うとびっくりしたよ。けれど、それって見込みがあるって認めてもらえたのかもしれないからさ」

 

「油断しない方がいいわよ。もしかしたら数合わせで声がかかっただけかもしれないし」

 

 遠回しに活を入れているスズに、タカトシは誤解なく彼女の言葉を解釈した。

 

「そうかもしれないね。だとしても、本気でやるつもりだよ。俺だって、この半年間で色々な事を勉強したからさ」

 

 恥ずかしくない料理を出したい。その気持ちに、スズはこれなら心配ないかなと心の中で安堵する。

 

 頑張んなさいよ。

 

 そっと、声には出さないエールを送った。今はただ、彼の成長を願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そろそろコトミを迎えに行こうかと会計を済ませている時。マスターの一言。

 

「あ、兄ちゃん。バレンタインの時に連れていた女の子はどうしたんだい?」

 

「カエデ先輩の事ですか?」

 

「ちょっと津田。その話詳しく」

 

 

 

 

【お迎え】

 

 

 

 

 タカトシが学園の校門に姿を見せた頃には、既に受験生はチラホラと帰路についていた。

 

 コトミの姿は、すぐに見つけた。周囲の受験生たちが帰っている中、玄関の先にある広場の前に立っていたのだ。

 

 ただ、妹は1人ではなかった。見慣れない男子と話をしていたのである。コトミの通っている中学の制服ではないので、おそらくは他校の生徒なのだろう。

 

 遠目からのコトミは、割と楽しそうに男子生徒と会話をしている。男子の方は少々童顔ではあるが、眼鏡をかけていて真面目そうな印象を受けた。少なくとも、悪い男ではなさそうだ。

 

 少しばかり申し訳ない気持ちになりつつも、タカトシは声をかける事にした。

 

「すまん、コトミ。遅れた」

 

 その声に、2人は同時にこちらを見る。コトミは嬉しそうに、男子はなぜかタカトシの顔を見るなり不満そうな様子だった。

 

「あ、遅いよ。もう!」

 

 眉を吊り上げて駈け寄ってくる妹。怒っている風ではあるが、実際はそれほど待っていたわけではないのだろう。何度か謝ると、すぐに機嫌を取り戻す。

 

 ややあって、タカトシは男子に顔を向けた。男子は愛想笑いを浮かべているつもりなのだろうが、少しぎこちない。警戒されているのだろうか。

 

「えっと……誰なんだい?」

 

 彼はタカトシではなく、コトミに訊ねた。

 

 こういう時は、まずはこちらから話しかけるべきだ。タカトシは警戒を解くように声をかける。

 

「どうも。コトミの兄です。キミも、受験生だよね?」

 

「あ、ああ、そうでしたか。ええ、そうです」

 

 少しだけオドオドしつつも、彼は答える。黒縁メガネの向こうにある瞳が、緊張を表すように動いていた。

 

「もし、コトミが合格する事になったら、その時は仲良くしてあげてください」

 

 会釈する。タカトシはたとえ相手が年下であろうとも、礼儀を忘れる人間ではなかった。そんな彼の態度に触発されたのか、少年も慌てて頭を下げる。

 

「い、いえ。こちらこそ。それじゃあ、失礼します」

 

「うん。一緒に合格できたらいいね」

 

「う、うん」

 

 コトミからの笑顔の言葉に、少年はうやうやしくもう一度頭を下げる。そのまま、足早に去っていった。

 

 それを見送りつつ、タカトシはコトミに聞きたかった事を訊ねる。

 

「それで、手応えの方はどうだった?」

 

「それがね、聞いてよ。タカ兄から教えてくれた問題によく似たやつが結構あってさ。ビックリしちゃった」

 

「そっか。それなら簡単だったんじゃないか?」

 

「うん。でも、やっぱりどうしても解けない問題もあった……覚えておいたはずなんだけどな」

 

「……それは、まあ」

 

 心底残念そうに落ち込みかけるコトミ。それを聞いたタカトシも、本音を言えばあれほど教えてやったのにと思わざるを得なかった。しかし、本番では結果が全てだ。今さら妹の不勉強さをどうこう言ったところで、自分達にできるのは結果を待つ事だけ。小言を言うのは止めておく。

 

 ふと、そこでコトミはタカトシの後ろに立っている少女の存在に気づく。ずっと彼女はそこにいたのだ。

 

「あれ、なんでスズ先輩まで?」

 

「ああ、こいつがバイトを終わらせた時に鉢合わせしたのよ。一緒に時間を潰していたから、そのまま付き合いで来ただけ」

 

 あっさりと言うスズ。だが、コトミは何かに気づいたように口元に手を当てる。

 

「へえ、本当ですか。ソレ?」

 

「な、何よ」

 

「先輩達って、今日は休日でしたよね。ひょっとして、お邪魔しちゃいました?」

 

 一瞬の沈黙。ややあって、スズは僅かに目線を逸らす。

 

「別に……」

 

「あれ?」

 

 なぜか意味深な反応をするスズに、コトミはまさかと思った。

 

 これは、もしや――

 

「ほらほら。今日のところは、もう帰ろう。夕飯は萩村と3人で食べる約束をしたから、買い物に行ってからだけど」

 

「え、スズ先輩、家に来てくれるんですか?」

 

「ま、まあね。津田がレストランの発表会があるからって言うから、一応味見係として一役買ってあげようかなって」

 

「本当ですか。うち、今日もお父さんとお母さんが出張しているから、楽しくなりそうですね」

 

「萩村は店長のご飯を毎日食べているからさ。いいアドバイザーになってくれるかもと思って」

 

「別に無理強いをされた覚えはないわよ。ただし、マズいものを出したら考えがあるけれど」

 

「スズ先輩、タカ兄の料理は絶品ですよ。毎日のように修行して、戦闘力が飛躍的に上がっていますから」

 

「お前、受験前なのにまた格闘漫画とか読んでいただろ。まったく」

 

「大丈夫。結構手ごたえはあったと思うから。それよりも、帰ったら一緒にゲームとかやりません? やっと受験から解放されたから」

 

「……まあ、あんたなりにフラストレーションは溜まっているだろうしね。ちょっとくらいなら付き合ってあげるわよ」

 

「やだなあ。それは毎晩発散していますよ。ベッドの中とかで」

 

「……あんたが入学する事になったら、またツッコミの機会が増えてしまうのかしらね」

 

「まあ、そこだけは俺たちも覚悟を決めようか……」

 

 

 

 

 夕方に近づいていく昼間の時。雲の少ない青空の下を、彼ら生徒会役員が歩いていく。

 

 1つの季節が終わりゆく中、彼らが向かうのは商店街のスーパー。

 

 きっとこの日の夜は、温かい食事と時間が彼ら3人を取り囲むのだろう。

 

 春の気配は、すぐそこまで迫っていた――

 

 

 

 

つづく

 

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