生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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新生活を祝福する、桜吹雪の朝。

アナタとワタシの第一歩。

かつての自分。あの頃の私。

立つ場所はもう、あの時とは違うけれど。

今でも思い出せる、1年前の今日。

どうかこの学び舎で、強く成長して欲しいと願う。

きっと私も、もっと大きくなっていくから。


2年生編
2度目。そして初めての春


 

 

 

 

【式の初日】

 

 

 

 

 去年を彷彿とさせる花吹雪が舞う頃、津田コトミは桜才学園へ入学した。

 

 知らない顔。知らない視点で見る、知らない体育館。普段は快活な彼女も、さすがに今だけは僅かな緊張を覚えていた。

 

 それでも、不思議と気分は悪くない。なぜなら、目の前にはすでに知っている人々が自分達に向かって立っているのだから。

 

 生徒会長、天草シノ。

 

 書記、七条アリア。

 

 会計、萩村スズ。

 

 そして、自分の兄。副会長の津田タカトシ。

 

 自分が立っている列の少し前には、新しくクラスメイトになった男子達に混じって、1人の少年が見える。名を、高部ノリユキ。

 

 コトミの胸は高鳴る。この日から3年間、どんな楽しい事が起きるのだろうかと。

 

 

 

 

 式が終わった後は、新入生が体育館から去っていく。早くも友人関係を作ろうとしている者達は、積極的に周囲の者達と話をしながら歩いていった。

 

 生徒会は、教師たちに混じって椅子の片づけなどを行った後、新しい教室へと向かう。

 

 教室は、2-B。教室に入ると、すでにほぼ全員のクラスメイトがいた。そのほとんどが、顔見知りである。

 

「あ、津田君。お疲れさま」

 

 顔を見るなり、満面の笑顔で近づいてくるのは、柔道部の三葉ムツミ。その隣には、ロボット研究会の轟ネネもいる。

 

「スズちゃん。今年は1年間よろしくね」

 

「ええ。こっちこそお願いするわ」

 

 ずっとタカトシの後ろを歩いていたスズが、軽く返事をする。彼女も、タカトシと同じクラスなのだ。

 

「いつも大変だな。俺はああいうの面倒くさく思うから」

 

 柳本ケンジ。彼もまた、去年と同じように一緒になった。2年生になっても、彼は相変わらずらしい。

 

「あ、そうだスズちゃん」

 

 と、そこでネネが思い出したようにスズに訊く。

 

「スズちゃんって、ワンちゃん飼っているよね?」

 

「ええ」

 

 犬のボアだ。白い大型犬で、萩村家の一員である。

 

「実は今、新入生の勧誘の一環で犬ロボを作っているんだけど、動きにリアリティが無くって」

 

「ああ。実際に見て研究したいのね。そういう事ならいいわよ」

 

「ありがと」

 

 快く了承したスズに、ネネはニッコリする。

 

「ところで、オスとメスどっち?」

 

「え? オスだけど」

 

「攻めか受けかでモーションが変わるから」

 

「愛犬には会わせん」

 

「ちぇー」

 

 ピシャリと拒絶した。口をとがらせて肩を落とすネネ。

 

「ああ、今後もツッコミの機会が増えてしまうのか……」

 

 タカトシは頭を抱えた。意味を理解していないムツミは目を点にしているが。

 

「轟さんって、いつもそういう機械を作っているの?」

 

「うん。プログラミングとかを一通り理解できるようになってから、すぐかな」

 

「……ふうん。内容はともかくとして、本当に機械いじりが好きなんだね」

 

 少なくとも、機械への情熱は本物なのだ。個人的な趣味については、今更とやかく言うまい。タカトシはそう思う事にした。

 

 彼の一応の褒め言葉に、照れたような表情になるネネ。

 

「えへへ。私もよく機械にいじってもらっているから」

 

 なんて屈託の無い笑顔。そう。非常に清々しい少女の笑顔であった。

 

 そう。繰り返すが、機械の情熱は本物なのだ。それでも――

 

「あんたの人生、それでいいのか?」

 

 ――どうしても、これだけは言わなければいけなかった。人として。

 

「うん」

 

 そして、それに対する返答もやっぱり清々しかった。

 

「……そうか」

 

「……そうよね」

 

「?」

 

 ネネには、タカトシとスズが泣いている理由が分からなかった。

 

 

 

 

【勧誘合戦・コトミ視点】

 

 

 

 

「柔道に興味のあるはいらっしゃいませんか?」

 

「料理部に入りたい方はこちらです」

 

「ソフト部をやった事のある方は? 未経験者も歓迎です」

 

 朝の登校時間。津田コトミは校門の前で何度も色々な勧誘を受けた。あらゆる部活の代表者たちが、こぞって1年生に声をかけているのだ。

 

 昇降口に着くと、そこには何人かの1年生グループがパンフレットを熱心に回し読みしていた。正直なところ、自分は部活動に興味が無いので特に何も貰わなかったのだが。

 

 教室に入っても、何人かの女子が同じように話をしていた。楽しそうに、自分はこの部活をやりたいと言い合っている。

 

「あ、津田さん。おはよう」

 

 クラスメイトの男子2人と話していたノリユキが自分に気づき、近寄ってくる。手には、一枚のパンフレットを持っていた。

 

「あ、ノリーおはよう。ノリーは部活やる気あるの?」

 

「まだ決まっていないけれどね。津田さんの方はどう?」

 

「ん。私は無いかな。やってみたいと思うものが無いし」

 

「そ、そう」

 

「なんで、しょんぼりしてるの?」

 

 ノリユキの反応が理解できないコトミ。と、そこに自分の席に誰かが座っている事に気づいた。

 

「?」

 

 座っているのは、女子生徒。妙に迫力のある、不機嫌そうな目をしている。

 

「なんだよ」

 

「ひっ」

 

 その迫力に怯えたのは、コトミではなくノリユキ。その場に固まり、動けなくなる。

 

 睨まれた格好となったコトミはしかし、目を瞬かせて冷静に話す。一見すると強面の印象を受けるが、彼女は特に気にしない。見た目など、その人間の本質には何の関係もないのだから。

 

「ねえ。ここ、私の席だよ?」

 

「え、マジ?」

 

 席は窓側から出席番号順だ。よく確認するように、目で順番を確認する少女。やがて、気まずそうな顔で立ち上がった。一つ後ろの席に移動する。

 

 ドジっ娘かな、とコトミは大変失礼な事を考えた。

 

「わりいな……」

 

「ううん、気にしてないから。それよりも、津田コトミっていうの。名前教えて?」

 

 本当にどうとも思っていない顔で、コトミは尋ねた。少女としてはあまり相手にする気はないのだが、さっきの手前もあるので素直に答える。

 

「時(とき)だよ。時カオル」

 

 それが彼女の名前らしい。コトミはさっそく彼女のスタンスで話し始める。

 

「それじゃあ、トッキーって呼んでいい?」

 

「なんだそりゃ。できたらやめてくんね?」

 

「いいじゃん。その方が可愛いし」

 

 カオルは顔を顰めるが、コトミはまったく気にしない。

 

「そういう呼ばれ方、あんま好きじゃねえんだよ」

 

「あ、トッキーは入りたい部活とかある?」

 

「だから勝手に……まあいいか。どうでも」

 

 こういうテンションは苦手だ。カオルは抗議をするのも面倒になり、諦め半分にそのあだ名を受け入れる事にする。

 

「部活には、特に興味ねえよ。たりいし」

 

「ふうん。私も別に入りたい部活が無いからだけど……でもさ」

 

 ずいっと、コトミは顔を近づける。あんま近寄んなという抗議を無視して、彼女は提案する。

 

「よかったらさ、一通り回ってみない? どうせ授業は明日からだし」

 

「1人で行ってくれよ。マジでめんどくせえから」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

 ポフポフと肩を叩かれ、本気で嫌そうな顔をするカオル。

 

 それでも、結局は……

 

「それじゃ、早速行こうか」

 

「行きゃあいいんだろ。ったく、めんどくせえ……」

 

 いつの間にか、こうなっているのであった。

 

 

 

 

 なお、全くの余談であるが。

 

「あ、えっと……じゃあ、僕もいいかな」

 

「あ、いたんだ。別にいいけど」

 

「勝手にしろよ」

 

 存在すら忘れられていたノリユキも、ついて来ることになったという。

 

 

 

 

【勧誘合戦・タカトシ視点】

 

 

 

 

 桜舞う昇降口の前付近。

 

 生徒会役員は、その近辺で行われている部活動の勧誘を視察していた。それぞれの部活動も、新入生を入れるために必死なのだ。

 

「柔道に興味のある方は――」

 

「健康にもいいので、初心者も歓迎いたします――」

 

 柔道着を着て元気にアピールする三葉ムツミと、その部員の姿。

 

「コーラス部もお願いします――」

 

「コンクールに出場経験がありますので、一緒に歌ってみませんか――」

 

「吹奏楽部もご一緒に――」

 

 部員数人が勧誘の声を出し、コーラス部と吹奏楽部が協力して歌を披露する。その中には、五十嵐カエデと、その友人のナオミの姿もあった。

 

「部活の勧誘合戦、白熱していますね」

 

 スズが素直な感想を言った。実際、自分の持っている部活の魅力を最大限引き出しているという印象があったし、事実そうなのだろう。

 

「我々生徒会も、募集してみましょうか?」

 

「そうだね。募集するとしたら、庶務の役割かな」

 

 スズの提案にタカトシも頷いた。前々から、生徒会として庶務の役割が無いと思っていたのだ。この機会に、取り入れてみるのもいいかもしれない。

 

「ふむ、庶務か。少なくとも、私が1年生の時からその役職は無かったな」

 

「確かに人手はあった方がいいけれど、正直持て余しちゃうかもしれないね」

 

 シノに続いて、アリアも難色を示す。その反応に、スズも彼女たちの言いたい事を察した。

 

 別段、庶務という役職を作る事に不満があるわけではない。ただ、不安なのだ。自分達の激務についていけるのか。

 

 来年はシノとアリアが卒業してしまうため、新しい役員を作る事は必須問題だ。だが、今年はまだ彼女達は3年生。当然、今年も役職は変わらない。

 

 今のうちに1年生を新しい役職の椅子に座らせ、今年一年じっくりと勉強させようというタカトシとスズの提案は当然だ。そういう意味では、シノとアリアは反対しているというわけではない。

 

 しかし、桜才生徒会役員というものは、非常にハードルが高い。これが最大のネックなのである。

 

 あまり大きな声では言えないが、3年生の本音としてはやはり自主的に学園を良くしようという気持ちを持っている者こそ入ってほしい。半端な気持ちや興味本位で入っても、通常の業務にすらついていけなくなっておしまいだろう。

 

 そういう意味では、シノとアリアは人材や出会いという面で、非常に恵まれていたと言えるのかもしれない。

 

 では、今年の1年生はどうか。

 

 優秀な人間。確かに、ただ成績がいい生徒というだけならば、大勢いる事だろう。だが、その者が生徒会に興味が無ければ? 人格面で問題が無かったとして、当人が他にやりたい事があった場合は?

 

 もちろん、強制などできる筈もない。部活のように不特定多数の人間が、比較的簡潔に出入りできるものとは違うのだ。

 

「……まあ、この辺りは保留だな」

 

「異議なし、ね」

 

 色々と考えを巡らせ、結局たどり着いた結論はそれだった。アリアも困ったような顔で肯定する。

 

「いえ。難しいかもしれませんが、俺と萩村もそこまで高望みはしていませんよ。能力的に不満があるというのなら、俺たちで責任をもって育てればいいではありませんか」

 

 しかし、タカトシはそこで折れる2人に食い下がる。確かにいきなり優秀な人材を手に入れる事は難しいかもしれないが、だからこそ自分達が在学している今、後継者を育てるべきではないのか。

 

 そう。彼女達が、自分にしてくれたように。

 

「いや。キミが言いたい事は分かるんだ」

 

「?」

 

「実はね、去年と一昨年の話なんだけど」

 

 アリアも、困ったように告げた。

 

「なんでか知らないけれど、この学園の新入生って生徒会をすぐに避けようとする傾向が強いの。権力が他の学校に比べて強いせいで、萎縮しちゃっているんじゃないかって前の生徒会長から言われたくらい」

 

「そうだったんですか? 私、知りませんでした」

 

 初耳だとスズは思う。去年もそうだが、立候補者が影も形もないのは流石におかしいと思っていた。まさか、そういう理由だったとは。

 

「特に去年は共学になった始めの年だから、男子生徒が生徒会に欲しいっていうシノちゃんの拘りもあったんだけれどね」

 

「そ、それはアリアも反対しなかっただろう」

 

 シノが抗議するが、親友はそれを聞いていない。そのまま話を続ける。

 

「あと、横島先生が見学しに来てくれた男子を片っ端から食べちゃったのも原因かな。それで、生徒会に誰も来づらくなっちゃったみたいで」

 

「いえ。最初のは表面的な理由で、原因はそっちでしょう……?」

 

 結局、あの教師が原因か。タカトシは教師の横島ナルコに心底呆れかける。というか、顧問が生徒会の邪魔をしていいものなのか。

 

 ――会長達の下ネタについていけないってのも理由じゃないの……?

 

 こめかみを抑えつつ、スズは心の中で付け足した。

 

 と、話が途切れた所で――

 

 昇降口近くで勧誘をしていた部活の一角から、なにか声が上がる。

 

 なんだ、と近寄ってみる生徒会役員。どういうわけか聞こえてくるのは泣き声。

 

「どうした。なにがあった?」

 

 シノが率先して声をかけると、新入生に取り囲まれた形になっている中から、1人の少女が出てくる。新聞部の畑ランコだ。

 

「おや、会長。生徒会役員の皆さまも、お疲れ様です」

 

「それはいいが、畑。いったいこれは、何の騒ぎだ?」

 

 相変わらずの無表情の新聞部部長。手には、新入生に配布している新聞を持っている。

 

「いやですねえ。ただ、部活動勧誘の仕事をしていただけですよ」

 

 はい、とランコは一枚の新聞を渡す。書いてあるのは、桜才新聞の号外として去年1年間に起きた学園の主なイベントや、その際に起きたハプニングなどが書かれてある。

 

 中には、毛虫に驚いたシノを助けたタカトシに、カエデが突っかかってくる写真も載ってあった。これは、夏休みが終わってすぐの出来事だったはずだ。

 

 こんなものまで載せていたのか、とタカトシは思う。しかし、注目するのはその下にデカデカと書かれてある――彼が書いたエッセイであった。

 

「……あの、畑さん」

 

「はい。何か問題でも?」

 

「どうして、新聞の下半分を占めるほどに俺のエッセイが載っているんでしょうか?」

 

 感動の涙を流している新入生の中、いやですねえとランコは眉を顰める。

 

「津田副会長のエッセイは、毎月全校生徒が楽しみにしているんですよ? 部員を増やす今、これ以上ないアプローチだというのに」

 

「そうじゃなくて、これじゃあ俺が新聞部と生徒会を掛け持ちしているようにしか……」

 

 正規の依頼を受けたからこそ毎月書いているというのに、それがこの新聞には一言も書いていない。それを、畑は起伏の無い声でハハハと笑う。

 

「いやあ、相変わらずの素晴らしいエッセイですからね。これで物書きに憧れる方々が新聞部に入ってくだされば」

 

「検閲するんで回収していいですか?」

 

 ランコと新聞部――と、入部が決定した新入生は縋りついた。

 

 

 

 

【兄の女性関係】

 

 

 

 

 部活の勧誘活動も、そろそろ大詰めを迎えている頃。コトミは見回りを続けている兄を遠目で見ていた。

 

 相変わらず、兄はシノやアリア、スズといった面々と肩を並べている。仕事が同じなのだから、誰も気になどしていないのだが。

 

 カオルは周囲の喧騒に無頓着なままだが、ノリユキは未だに周囲をキョロキョロと見回している。

 

「ねえ、津田さん。入りたい部活とか、見つけた?」

 

「ん、別に」

 

 さっきから、5分に1回はこんな調子の会話が続いている。ここまで目の前でされてしまえば、嫌でもノリユキがコトミに対してどう思っているのかがわかった。

 

 ――自分のやりたい部活くらい、自分で決めろよな……

 

 カオルは口に出さずにそう思う。コトミと同じ部活に入りたいと考えているようだが、彼は自分自身がやりたいモノというのはないのだろうか。

 

 彼女自身は、特に入りたい部活はない。だからこそ、こうやって他人事のようにしていられるのだが。

 

 そんな2人の内心に気づかないまま、コトミの目の前でタカトシが柔道着姿の女生徒に声をかけられた。ポニーテールが似合う、健康そうな少女だ。

 

「部員が4人も入ってきたんだよ。この調子なら――」

 

「おめでとう。三葉なら、すぐに――」

 

 次は、タカトシがボブカットの少女に話しかけた。カメラを持っているのが印象的である。

 

「まあ、これも新聞の一部ということですし、今回は見逃してあげます。ですが、渡す時は一言だけでも依頼したエッセイだという事を――」

 

「いえいえ、もちろん肝に免じておくつもりです――」

 

 今度は、自分も知っている先輩だ。台の上で歌っていたコーラス部が歌を切り上げ、別の部員と入れ違いになる形で、五十嵐カエデがタカトシにねぎらいの言葉をかけてくる。

 

「お疲れ様です。とってもきれいな歌でしたよ――」

 

「ふふ、ありがとうタカトシ君。おかげさまで、新入生も興味を持ってくれたみたいだし――」

 

 男性恐怖症と聞いていたはずのカエデが、タカトシにだけは相変わらず自然な笑顔を見せている。家に来てくれた時もそうだが、彼女は生徒会役員と同じくらいに距離が近い気がするのだ。

 

 今度は、スーツ姿の女性だ。なぜか新入生の男子生徒を引き連れている。

 

「よう、津田。お疲れさん。ちょっとこれからこの子と――」

 

「横島先生。クビになりたくなければ今すぐに――」

 

「よ、横島先生! 問題発言で――」

 

 タカトシのツッコミに続いて、顔を真っ赤にしたカエデも三つ編みを逆立てて抗議する。当の横島という教師はどこ吹く風。代わりに、隣に立つ男子生徒が居心地悪そうにしていた。

 

「……なんだ、あれ。随分騒がしいな」

 

 一連のやり取りをコトミと一緒に見ていたカオルは、眉を顰める。

 

「あの副会長の腕章をつけているのが、私の兄だよ」

 

「ふうん。兄貴が副会長だったのか」

 

 納得する。正直、女に囲まれているところを見た時はいい加減な男なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。遠目からでも、立ち振る舞いに下心があるようには見えなかったからだ。

 

「随分人気があるみてえだな。お前の兄貴」

 

「うん。私も副会長としてのタカ兄は初めて見たけど、ここまでスミに置けないとは思わなかったよ。この学園には、私の将来のお義姉さん候補が沢山いるね」

 

 他の女子の先輩が何かを言って、タカトシがそれを注意しているのが見えた。三つ編みの先輩と、背が極端に低い女が一緒になって何かを叫ぶ。

 

「あはは……流石は津田さんのお兄さんってところかな」

 

「まったくだよ。デキのいい兄を持つと苦労するもん。昔から、妹の私もデキるコみたいに言われたことがあるし」

 

「その言い方だと、兄貴がお前を苦労させているみたいに聞こえるぞ」

 

 ノリユキとコトミのやり取りに、呆れるカオルの声。

 

 どこか白けた空気になったところで、生徒会役員がこちらに気づいて近寄ってくる。

 

「やあ、コトミ。入りたい部活動は決まったか?」

 

 片手をあげ、シノが訊いてきた。コトミは恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「いやあ、今のところはお恥ずかしながら、まだ……」

 

「ふむ。まあ、部活といっても強制ではない。そう深く考える事はないさ」

 

「そう言っていただけると。あ、それよりも」

 

 後ろに立っていたカオルを手で指し示す。ついでに、おっかなびっくりになっているノリユキも。

 

「新しく友達になった、トッキーこと時さんです」

 

「どうも」

 

 視線はそっぽを向いたまま、仏頂面で言う。一応挨拶はしているのだが、あまり心がこもっているようには見えない。

 

 ――コワモテ?

 

 一瞬だけ、生徒会役員は怯みかける。不愛想な視線は、明らかになれ合いの空気を示していない。

 

「はじめまして。コトミの兄で、副会長の津田タカトシです」

 

 しかし、タカトシはごく普通に挨拶をする。愛想のない人間など、世間では特に珍しくもないと思っているからだ。

 

 大体、人を外見で判断する時期はとうに過ぎているのだから。

 

「はじめまして。一応、こいつのクラスメイトやってます……」

 

 目線を一度だけコトミに向けるカオル。それをきっかけに、他の役員も自己紹介を続ける。

 

「生徒会長の天草シノだ。今年一年間、よろしく頼むぞ」

 

「はい」

 

「お願いします」

 

 シノのキリッとした態度に、ノリユキはつい背筋を伸ばす。カオルは適当に頭を下げるだけであったが。

 

「初めまして。書記の七条アリアです。津田君の妹さん共々、仲良くしてくださいね」

 

「はあ、どうも」

 

「は、はい」

 

 カオルとノリユキは、アリアの丁寧な物腰に大小の差こそあれ気後れする。特にノリユキに至っては、アリアの容姿と絶大なプロポーションに顔を赤くしていた。

 

「会計の萩村スズです。よろしくお願いします」

 

「……この学園って、小学生が生徒会を手伝いに来てんのか?」

 

 あんまりにもあんまりだが、誤解されても無理はない。しかし、本人にとっては堪忍袋の緒をキレさせるには充分すぎた。

 

「なあっ!? きっさま、言ってはならない事を!!」

 

 誰でも頭に血がのぼると、衝動的に思い切った行動をとるものだ。スズは入学当初にタカトシにした時と同じく、実力行使に出たのである。

 

「うりゃああああ!」

 

 周囲に視線が集まっている中、カオルに飛び蹴りを放つスズ。誰かが止める間もなく、彼女の小柄な身体は一直線に1年生の後輩へ向かっていった。

 

「――」

 

 瞬間、カオルの目が細まる。ポケットに手を入れたまま、僅かに状態を反らしただけで蹴りを躱したのだ。

 

「おっと」

 

「んなっ!?」

 

 躱されたスズは綺麗に着地し、カオルを睨む。その姿は、毛を逆立てた猫を思わせた。

 

 再び飛び掛かったスズだが、そこへタカトシが割って入る。空中にいる彼女の身体を抱え、まるでお姫様だっこのようにしたのだ。

 

「落ち着けって、萩村」

 

「へえ」

 

 それを見たカオルは、少し感心した声を出す。あの動きは、何か自分と同じように武道を習っているのだろう。

 

 その副会長は、カオルを見る。すまなそうな顔をしつつも、口調はハッキリと告げた。

 

「時さん、ですよね。萩村はれっきとした高校生なんですよ。俺と同い年です」

 

「……え、マジですか?」

 

「はい。ですから、今後はそのあたりを弁えてくれると助かるんですけど」

 

 立場上スズを庇ったとはいえ、カオルの気持ちも理解できる。実際、自分も初対面の時は似たような反応だったからだ。

 

「えっと、なんかすみません」

 

「い、いえ。分かればいいのよ。私も大人げなかったわね」

 

「大人……」

 

「ん?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 その後は、お互いに謝罪の言葉を口にし、どうにか気まずい空気も緩和する。

 

 と、そこで一連のやり取りを見ていた者が、彼らの中に入ってきた。柔道部の勧誘をしていた、三葉ムツミだ。

 

「ねえ、キミ。さっき、すごくいい動きしてたよね?」

 

「は?」

 

 今度はなんだという気持ちで、カオルは訝しんだ。そんな反応を気にもせず、ムツミは目をキラキラさせて彼女の手を取る。

 

「だったらさ、うちの柔道部に来なよ。まだ部活を決めてないみたいだし、絶対入ってほしいんだ」

 

「あ? いいよ、たりーし」

 

「もう、ノリ悪いぞ。大丈夫だよ。ルールとか知らないんだったら、ちゃんと教えてあげるから」

 

「やんねえって言ってんだろうが」

 

「ねえ、お願いだからさ。素質のある人を逃したくないんだ」

 

「だから……」

 

 そんなやり取りをしながらも、ムツミはカオルの手を取って離さない。むしろ、このまま格技室へ連れ込もうとする腹のようである。

 

 必死にカオルも抵抗しているため、自然と引きずるような形になる。ムツミはいつしか裸締めで拘束し、そのまま連れていった。

 

「あのさ。ムツミってあんな感じだったっけ?」

 

「……三葉って、結構強引なところがあるからなあ」

 

 スズの素朴な疑問に、タカトシは呆れ顔で答える。と、そこでカエデが近寄ってくる。

 

「タカトシ君。並びに萩村さん。お2人は、いつまでそうしているつもりですか?」

 

「あ」

 

「う」

 

 言われれば、タカトシはスズをずっとお姫様だっこしているままだ。この場にいる部活動の部員だけでなく、新入生も数多くの視線を向けている。

 

「まったく。お前という奴は……」

 

「あらあら」

 

 頬を膨らませているシノと、いつものように楽しそうなアリアがこちらを見ている。慌てて彼の腕から降りようとするスズ。

 

「ご、ごめん萩村」

 

「い、いいわよ。ラクチンだったし」

 

 すまなそうにしているタカトシと、顔を赤くしているスズ。腕組みをしているカエデは、明らかに機嫌を悪くしている。

 

「まったく……うるさく言いたくはありませんがタカトシ君は――」

 

 パシャリ、と。

 

 音がした。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 錆びついた機械のように、ゆっくりと彼らは首を横に向けた。この、ある機会が発する特有の音は――

 

「や、ご両人。今年度もますます、いい写真が取れそうですねえ」

 

 カメラを構えた写真部一同が、こちらにレンズを向けていた。

 

 全員が規則正しく、横3列に並んでいる。その中には、1年生の新入部員の姿もあった。

 

「は、畑さん……?」

 

「なにやってるん……」

 

「ですか……?」

 

 顔を真っ赤にする3人。その様子に、ますますフラッシュの数が増していく。

 

 撮られているのは、今の3人の姿。女の子にお姫様抱っこをしている男子生徒と、それに突っかかっている女子生徒。どう見ても修羅場の構図である。

 

「いえいえ。始業早々、見せつけてくれますねえ。4月の桜才新聞の見出しを、もう提供してくれるとは。いつも感謝いたします」

 

 ぺコリ、と頭を下げるランコ。続いて、部員全員に告げた。

 

「早速、新聞の制作に取り掛かりましょう。入学早々ですが、どうか気合を入れていただけると助かります」

 

「はい、部長!」

 

 元気のいい返事が部員たちから出てくる。というか、なぜここまで息ピッタリなのか。

 

「では、退散いたしましょうか」

 

「はい! それじゃあ、失礼いたします!!」

 

 みんなが一斉に頭を下げるのもそこそこに、足は別の生き物のようだ。サカサカと小走りのまま昇降口の向こうへと消えていく。

 

「させるかああああああああああっ!!!」

 

 3人の、絶叫が響いた。眉を吊り上げて、新たに加わった一年生部員を含めた新聞部一同を追う。

 

 それを、呆れたり驚きの色を浮かべている面々が見送っていた。

 

 

 

 

 桜才学園。入学式の朝。

 

 ますます騒がしくなりそうな毎日を予感させる叫び声と共に、学園生活が幕を開けた――

 

 

 

 

 つづく

 

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