僕達は、また新たな出会いを迎える。
それは、友人と言う枠では収まらない、ひとつの門出。
だからどうか、君も一緒に。
手を取り合って、生きていこう。
【ひとつの邂逅】
夕暮れになって、1人の少女が学び舎である高校を後にした。
入学式が終わって間もないこの時期、桜は花吹雪が吹き始めている。高校の敷地内や通学路が、花弁のカーテンとなって道行く者を歓迎していた。
だが、こんな光景はあと数日持つまい。今月中には、若葉が咲き始める事だろう。
茜空に照らされる中、1人歩く少女の姿。やがて、彼女も帰るべき電車に乗るために駅の中へ向かっていく。
改札を抜けてホームへ来た時、駅構内で放送が入った。どうやら、2つ隣の駅で線路に人が立ち入ったため、ダイヤが3分ほど遅れているという。
稀に起きるトラブルだ。特に驚く事もせず、彼女は白線の内側に立って、持っている鞄から本を取り出した。まだ読みかけのものなのである。
「――」
2行ほど読み進めていくと、周囲が騒がしくなった。騒がしいというよりは、近くにいる者がやたらと声を出している、といったところか。
少し眉根を寄せて本から視線を外すと、ホームに来た2人の男が意味もなく大声をあげて歩いている。内容はパチンコで大勝ちしただの、妻への不満だの。
お世辞にも真面目な人間とは思えない。顔はやたらと赤いところを見ると、おそらくは酔っ払いか何かだろう。まだ夜という時間でもないというのに。
周囲と同じように迷惑そうな感情を覚える少女。ああいう輩は、意地でも無視するしかない。
酔っ払いたちはテンションが高くなっているらしく、なおもおしゃべりを続けながらこちらへと歩いてくる。そして、少女の背後を横切ろうとする。
途端、少女の背中に衝撃が伝わった。あっ、と短い声が無意識に出る。
男は少女が立っていた事に気づいていなかった。それこそ突き飛ばすも同然の勢いでぶつかってきたのである。
当然、前のめりのようによろけてしまう。踏ん張る事ができず、さらに足は一歩前へ。
瞬間、背筋が凍った。足元には、自分の身体を支える足場が無い。数メートル下の線路へ落ちてしまう。
恐怖に目を閉じる少女。周囲は硬直し、誰も動けない。
「――危ない!」
いや、1人だけいた。ホームから大きな手が伸びて、彼女の腕をしっかりと掴む。
反射的に、背後へ首を向けた。自分を支えたものの正体は、いったい何なのかと。
「あ――」
ガクンと、落下しそうになる身体が停止する。そのまま腕を引かれ、少女の身体はどうにか元の場所に戻る事が出来た。
「大丈夫ですか?」
腕を放し、心配そうな顔で覗き込んでくるのは1人の男。この辺りでも有名な制服を身に着けている高校生である。
彼が、自分を助けてくれたのだ。
「……はい。本当にありがとうございました」
それが分かった時、彼女は自然と返事をしていた。それを聞いた彼は、目に安堵の色を浮かべる。
「そうですか。間に合ってよかったです」
そういうと、彼はホームに手放してしまった彼女の本を拾い上げ、渡してくる。鞄の方は、呆れた事にずっと少女自身が握りしめていたらしい。
「どうぞ」
「あ、どうも……」
頭を下げ、ほんの少しの緊張と共に受け取る。少年は軽く会釈をすると、また何事もなかったかのようにその場を去っていった。
「あ……」
呼び止めるそぶりを見せる少女。少年は彼女から1両分の距離を取ると、そのままその場を去ろうとしている酔っ払い達を呼び止める。同時に駅員に声をかけ、事情を話し始めた。
駅に、電車が来る機械音が鳴り響く。それでも、少女はそれに乗る気はなかった。自分もまた、もう少しこの駅に留まらなければいけなかったのだから。
次の日。少女が通う高校にて。
「今日は、これから学園交流会ですよね?」
「ええ。詳細は、以前渡したプリントに書いてあると思うけれど」
少女は教室内を四角く机で囲んだ上座の位置に、腰を下ろしていた。左右には、疑問の声を発した後輩の生徒が自分を見ている。
「他校の生徒を招き、互いの校風や行事を話し合い、今後の学園づくりに生かす行事でしたね」
「そうよ。時間はまだ少し早いかもしれないけれど、遅刻するわけにもいきません。皆さん、準備を進めて」
この日。授業は交流会のために午前中のみ。昼食を済ませた彼女たちは、早速出発の準備を始める。
全員が荷物を持ち、出てきた教室に鍵をかける。その教室に設置してある札には――生徒会室、とあった。
この高校の生徒会長。それが、少女の肩書きであった。
普段使っている駅から、帰り道とは逆方向のホームへ。電車に乗り、駅に着く。
駅からは徒歩だ。幸い、ここからはそう遠くない距離に校舎があるので、彼女たちは問題なく歩いていく。事前に向こうの学園から渡された地図は、既に暗記済みだ。
その途中、学園の制服を着た生徒達と何度かすれ違う。どうやらあちら側も今日は半日授業のようだ。帰宅部は、楽しそうに駅へと向かっていく。
校内で受付を済ませると、生徒会の顧問らしい女性教員が歓迎してくれる。スリッパに履き替えて、校内を案内された。
すれ違う生徒たちに視線を向けられると、少しだけ緊張する。元々引っ込み思案だった過去を持っており、未だに心の奥底では身構えてしまう自分がいた。
「ここだよ。みんな待っているから」
女性顧問は、やけに肩の力を抜いた口調で言う。自分が緊張していることを見越しているのか、それとも普段からこうなのか。
顧問がノックをし、室内から返事が来る。凛とした、少女の声だと分かる。
扉を開ける少女。失礼します、と生徒会室へ入る。
自分の高校と同じ広さの生徒会室。その中で、自分達に向かって学園の生徒達が横一列に並んでいた。
緊張するが、はじめが肝心だ。少女は努めて落ち着いた口調で口を開く。
「はじめまして――」
その時、相手の生徒会役員の男子と目が合った。途端、少女は一瞬だけ硬直する。
「あなたは確か……」
「え?」
何だろうかと目を瞬かせる少年。それでも、少女の呟きは続く。
「昨日、駅で……」
「昨日……って、ああ」
そこで、少年も思い出したらしい。その反応に、少女はやっぱりと確信を持つ。
「やっぱり、昨日の人だったんですね」
「こっちも驚きました。まさか、そちらも生徒会の人だったなんて」
桜才学園生徒会副会長、津田タカトシ。
そして、少女――英稜高校生徒会会長、魚見(うおみ)チヒロ。
これが、2人の出会いであった。
【交流会】
「先ほどは、失礼いたしました。挨拶をなおざりにしてしまうなどとは、生徒会長としてお恥ずかしい限りです」
「いや、気にしないでくれ。事情は既に理解したのでな」
桜才学園生徒会会長の天草シノは、そう言ってチヒロの謝罪を受け取った。続けて、副会長のタカトシも同じように頭を下げる。
「こちらこそ申し訳ありませんでした。つい驚いてしまって」
「お互い様ですよ、津田副会長。それにしても、うちの会長がお世話になった方だとは存じませんでした」
英稜高校生徒会副会長である森(もり)ノゾミが、そう言って話題を切り替える。場の空気を読める人だと、会計の萩村スズは素直にそう思った。
「ふふっ。なんだかドラマみたいだね。人助けのすぐ後に、偶然こんなふうに再会するのって」
書記の七条アリアの言葉に、同じく書記の青葉(あおば)トオリも同意する。
「はい。これをきっかけに、互いの高校が太いパイプでつながってくれると嬉しいです」
「ふふっ。ええ、本当にそうなってくれたら」
微笑みを浮かべて、チヒロはタカトシを見つめる。表情豊かではないものの、彼女が浮かべているのはまさに年相応の笑顔であった。
「……?」
その様子に、シノは若干ではあるが違和感を覚える。なんだ、この気安さは?
「天草会長?」
「ああ、すまんな」
ノゾミに声をかけられ、我に返る。そうだ、そろそろ交流会を進めないと。
「我が学園では、前年度から共学化されている。急な環境の変化によって、在校生の意識を変えるきっかけにも繋がった」
「男女の比率に差がありましたので、互いに異性への認識に良い刺激が生まれたんですよ」
シノの続きを、アリアが補足する。
「確かに、これまで学生生活の上で同性しかいなかった環境を続けていた立場からすれば、男子という存在は異分子と認識されてしまうのも無理はないかもしれませんからね」
タカトシは生徒会に入って間もない頃、女子から偏見の目で見られていた事を思い出す。今でこそそんな認識はされなくなっているが、当時は内心で酷く堪えたものであった。
「お恥ずかしながら、私も当初はそう認識を持っていました。男子というものは不衛生だとばかり」
隠すでもなく、スズは素直にそう告げる。
「なるほど。ですが、今は……」
「はい。男子も女子と一緒です。頑張れる人もいますし、その人にしかない悩みも持っています。それだけの事を理解するには、やはり桜才学園が共学に踏み切ったからこそだと考えていますから」
チヒロの言葉に、スズはハッキリと伝えた。共学化した事によって生まれた、自分の心境の変化を。
「そうですか。学園全体が、よりよい認識へ進歩していて、大変素晴らしい事だと思います」
「私達英稜では、設立当初から共学でした。ですが、それが当たり前と生徒からは受け取られていますので、そう言った感慨や意識の変化があるのでしょうね」
チヒロの納得した様子に、ノゾミも桜才学園側に感想を求める。それに対し、タカトシも素直な意見を述べる。
「そうですね。変化を受け入れるというのは、本当に大事だと思います。自分達がその変化のきっかけになったと思うと、確かに責任重大でした」
タカトシもノゾミの意見に共感する。
「ああ。我々も認識が変わった。生徒たち全体にとっても、価値観という意味では非常に意味のある変化となった事だろう」
シノもまた、そう感じている生徒の一人だ。生徒会長として多くの生徒と接しているからこその、万感を込めた思いであった。
その後もお互いの話は続き、やがて議題はお互いの校則に変わっていく。
「桜才学園の校則は、噂通りの厳しさですね」
渡された桜才学園の生徒手帳を読み進め、チヒロは素直に言った。
「ああ。去年までは、生徒からもそう言った声が後を絶たなかった。しかし、己を厳しく律しない事には、正しい人間など成れないと考えている」
それは、まさに桜才学園生徒会長の心情である。親友のアリアは、もう少しだけ補足する事にした。
「それでも、去年からはずっと変わらないでいた校則が、色々と緩和されているんだよ。特に、生徒会の意見書を通して携帯電話禁止が解禁された時は、全校生徒から感謝されたくらい」
「ほ、本当に厳しかったんですね」
ノゾミは他校の問題である事は分かっていたが、それでも内心で去年以前に桜才学園に通っていた生徒たちに同情した。今の時代で携帯電話を持てない生活とは、さぞ窮屈な学園生活だったに違いない。
「しかし、津田に諭された。トップに必要なのは、柔軟に時代の変化を感じ取る力なのだと」
「ほう」
「いえ。ただ、古い伝統に縛られているのは良くないという一般論を言っただけです」
マジマジとチヒロから見られ、タカトシは手を振る。そうとも。大したことは言っていないはず。
そこで、スズが手を挙げた。今度は、こちらが質問する番だと思ったからだ。
「そちらにも、何か特有の校則などはありますか?」
「はい。最近は、カラーコンタクト禁止という校則ができました」
「なるほど」
ノゾミの答えに頷くスズ。そこに、英稜高校生徒会長が言った。
「理由は衛生上のものです。間違っても、色目使いやがってとかではありませんので」
「……そ、そちらの会長もなかなかですね」
えええ……この人もウチの会長達と同類……?
さっきまで物腰の柔らかそうな女性が、スズの中で一気に変人へと変わっていく。というか、他校でもリーダーはこんななのか。
一方で、シノとアリアと言えば――
「確かに、人間関係でトラブルを起こしかねんな。遠回しに相手を挑発する暗黙の意図があるやもしれん」
「コンタクトが欲求不満の色だったら、誘い受けの合図かもしれないしね」
あまりにも普通に返していた。それを見たノゾミは思わず遠い目になる。
えええ……この人たちもウチの会長と同じレベル……?
ついでに、ずっと黙っているトオリは訳知り顔でうなずいているだけ。どうやら彼女もソッチ方面に理解のある人間らしい。
「一般人は、そこまで妄想豊かではないですよ」
「えっ?」
そこへ、地蔵のような目でタカトシがツッコミを入れる。ノゾミはつい救いを求める信者のような目で、タカトシを見てしまった。
お互いに目が合う。言葉などいらなかった。
「……」
「……」
この日、初めて出会った2人。しかし、この瞬間に彼らの思いは一つになった。
――今まで、本当に大変だったんですね。
――そちらこそ。本当に大変だったんですね。
無言の意志疎通。この人はボケない人なのだ、と。苦労の毎日の中に出会えた、確かな安らぎ。
この出会いを、2人は忘れない。これからも、繋がりを確たるものにしておこう。そう心の中で決意したひと時であった。
――ねえ、津田……私も仲間に入れてよ。そっち側に行かせて……お願いだから。
互いの会長達が至近距離で次第に下ネタに話をヒートアップさせている中、スズが心底羨ましそうに2人だけの空間を見ていた。
【解散前に】
新聞部の畑ランコが姿を見せたのは、交流会が終了する直前であった。部員を連れて、互いの会長が握手する姿を写真に収めるためである。
「それでは、2人共。もう少し笑ってください」
「作った笑顔というのは、少しばかり苦手ですが」
「うむ、同感だな。しかし、これも仕事のうちだ」
握手をした姿を、何枚か写真に収め始めるランコ。愛想が無い事を自覚しているチヒロにとっては少し難しそうだったが、ランコにとっては許容範囲らしい。
その光景を、他の役員達は部屋の横に立って眺めていた。少なくとも、握手以外にも何かしら撮るらしいので、しばらくはこのままだ。
「あの、津田さん」
「はい?」
声をかけてきたのは、ノゾミであった。
「少し、差し出がましい事を聞くようですが……津田さんは、いつもあれだけの人数を相手にしているんですか?」
「あはは……俺一人じゃありませんよ。萩村もいますし、うちの風紀委員長もそうです」
絶対に訊かれるだろうな、と思っていた質問であった。そして、訊きたくなる気持ちも理解できる。
「そちらにも、味方はいるんじゃあないですか? 森さんって真面目そうだし、力を貸してくれる人もいると思いますよ」
「一応、友達の中に同情してくれる人はいるんです」
ノゾミはそう言って笑う。しかし、それは逆に言うと、ただ同情するだけで何もしないと言えるのではないか。
その時の、彼女の目は遠い。その姿を、タカトシはどこかで見た事がある気がした。
――ああ、疲れた時の俺に似ているんだ。
なぜか、そう思った。
【交流会終了後】
「それでは、本当にありがとうございました」
「お疲れ様です」
学園の校門前。英稜高校の生徒会役員を見送るため、シノ達は一緒についてきていた。
空は、既に夕方に近い。思っていた以上に、長く話をしてしまったようだ。
「まあ、お互いにソッチ方面の話を長々としていたせいでしょうけどね」
「……それは言いっこなしだよ、萩村」
どこか疲れた様子のタカトシとスズに、例の後ろに立っているノゾミも同じ顔をしていた。
ちなみに、トオリはまったくと言って良いほど微笑のままだ。口数こそ少ないものの、意外とタフなのかもしれない。
「それでは、天草会長」
「む?」
「よければ、電話番号とアドレスを交換しませんか?」
「ああ、構わんぞ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ」
2人の生徒会長は携帯電話を取り出し、連絡先を交換する。そしてチヒロは、タカトシにも近寄る。
「よければ、津田君もいいですか?」
「あ、はい。構いませんよ」
続けてタカトシとの連絡先も交換が終わる。
「よかった」
「え?」
「いえ。何でもありませんよ」
そっと呟かれたチヒロの言葉は、誰にも聞かれる事はなかった。
「それでは、桜才学園の皆さん。ごきげんよう」
「うむ。また近いうちに会おう」
それぞれが頭を下げつつ、この日はお別れとなった。最後まで、小さくなっていく彼女たちの背中を、桜才生徒会の者達は最後まで見送ったのだ。
「シノちゃん。なんだか嬉しそうだね」
アリアがシノの表情を見て、可笑しそうに笑う。
「当然だ。本当に、気の合う友人になれそうだったからな。今日の出会いには感謝だ」
「随分盛り上がっていましたからね。正直、会話に入れませんでした」
「ああ、それはすまなかったな萩村。本当に楽しかったものでな」
「来月と言わず、本当に近いうちに会えるかもしれませんね」
タカトシのなんとなく感じた予感に、シノは頷いた。
「うむ。本当に、そうなったらいいな」
今は4月。桜吹雪が舞う午後の時刻。
桜才学園生徒会役員はこの日、新たなる出会いを経験した――
【その頃の英稜達】
ところ変わって、帰路についている英稜高校生徒会役員達。
電車内で、人もまばらな時間帯に乗れたのは良かった。あともう少しすれば、帰宅する学生や社会人で満員になってしまうだろう。
空いている車内の座席に座っているチヒロに、隣のノゾミから言われた。
「魚見会長」
「なんです?」
「随分と真剣に携帯を弄っているみたいですけれど……もしかして、天草さんと津田君のアドレスですか?」
「ええ、そうよ。すぐ分かるように、着信音も設定しているの」
そこまでなら問題は無い。しかし、ノゾミが訊きたかったのはそういう事ではなくて。
「会長が一番連絡先を欲しがっていたのは――」
「え? ごめんなさい。よく聞き取れなかったわ」
「あ、いえ。なんでもありません」
流石に野暮な事を訊きそうになってしまい、ノゾミは話を中断した。
「そう」
それだけ言うと、チヒロは再び携帯電話の画面に視線を戻す。そこに映っているのは、桜才学園生徒会副会長の携帯電話のデータ。
それを見ている彼女の横顔は、なぜかいつもより優しかった。表情が豊かではない会長だが、どう見ても機嫌が良いと分かる顔。
もともと内気な性格を直すためにチヒロが生徒会長に立候補した事を、ノゾミは知っている。その彼女は今、また一つ理想の自分へと近づくきっかけが生まれたのだろう。
――次の交流会って、いつだったかな?
ノゾミもまた、もう目に映らぬ彼らを思い出しながら、そう考えた。
やがて、電車は駅に到着する。ホームに降り、改札を抜けて3人は歩いた。
「ああ……まだ言っていませんでしたっけ」
ふと、チヒロが言った。
「明後日、親戚の結婚式があるんです」
「そうなんですか?」
トオリは初めて知ったらしい。少し意外そうに驚く。
「それじゃあ、交流会に関するレポートは明日までになりますね」
「はい。すみませんが、明後日の職員会議で提出する報告書は明日までに終わらせておきますので、当日は森さんが渡してくれますか?」
「お安い御用ですよ。会長こそ、結婚式はちゃんと出席してくださいね」
「当然です」
「そういえば……津田君も明後日に親戚の結婚式があるって言っていましたよ」
「あら」
ノゾミが、雑談の中で彼の口から聞いた事を思い出す。
「偶然ですね」
「そうですね」
少しだけ嬉しそうな顔になるチヒロに、ノゾミも同調する。
「初対面の時に救われ、次の日には交流会で繋がりをもって、今度は明後日の予定まで同じ……ですか」
「言われてみると、なんだか凄いですね」
トオリがシミジミと素直な感想を述べる。実際、偶然にしてもかなりの確率だ。チヒロが感慨深くなるのもある意味では仕方がないともいえる。
「まあ、さすがにこれ以上の偶然という事はないでしょう」
そう言って、この話題を締めくくるチヒロ。雑談をそこまでにして、今度こそ3人は駅を出る。
空が茜色に変わる前。この日の英稜高校生徒会役員達の仕事は、もう少しだけ続きそうであった。
そして、交流会から2日後。
この日は晴天。新たな夫婦が生まれるに相応しい、結婚式の日。
近代的なビルが立ち並ぶ街中。軽く化粧をしたチヒロが家族と共に式場であるビル内に到着した時に。
「え?」
結婚相手側の親族が会場に入ろうとしている中で、彼女は見知った男がいるのに気づいた。
「あれ?」
相手もまた、自分に気づいた。目を瞬かせ、お互いが棒立ちになっている。
「魚見さん……ですよね?」
「津田君……だよね?」
タカトシの親戚(あに)と、チヒロの親戚(あね)の結婚式。この日、タカトシとチヒロは親戚同士となった。
偶然という言葉で表現するには、2人にとってあまりにも稀有な偶然であったという。
つづく