生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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ふとした時に見せる、彼女の顔。

それは、まるで子供のように。

安らかに。穏やかに。

その顔のままでいて欲しくて、僕はそっとキミに触れる。

ねえ。

今は、どんな夢を見てる?


眠る彼女を抱いて

 

 

【親族とは】

 

 

 

 

「それじゃあ、ウオミーと親戚になったというわけか」

 

「はい。本当に式場で会った時は驚きました」

 

 桜才学園の昼休み。生徒会の者達は、昨日の結婚式でもらった引き出物のお菓子を食べながら話をしていた。

 

 話の内容は、英稜高校の生徒会長魚見チヒロと、津田タカトシの親戚同士が結婚したために、晴れて親戚の関係になったという内容である。

 

「それにしても、本当に変なめぐり合わせよね。たまたま人助けをして、そこから家族間の関係になるなんて」

 

「それも、3日間だけで。本当にドラマみたいな出会いって、あるんだね」

 

 感心している萩村スズに続いて、七条アリアもどこか楽しそうに笑う。

 

 タカトシとしては、本当に奇妙すぎる偶然と言わざるを得ない。出会って、僅か2日で身内と呼んで差し支えない関係になるなんて。

 

「それにしても、式の最中は本当に2人とも綺麗でした。スポットライトに当たっている姿とか、特に」

 

 話題は、少しずつ結婚した身内の話になっていく。タカトシも妹のコトミ、チヒロも本当に感動したものだった。

 

「写真撮影をした後は解散という形になりましたので、その後で少しだけ話をしていたんです。そうしたら魚見さんが、これからは私の事をお姉ちゃんって呼んでいいですよって」

 

「……ほう」

 

 自然、顔が僅かに強張ったのが自分でも分かるシノ。それに気づかないまま、タカトシは話を進める。

 

「それに、お姉ちゃんからはタカ君って呼ばれるようになっちゃって」

 

 自然とお姉ちゃんという呼び方になっている。おそらくは、相当その呼び方で呼んでほしいとクギを刺されたのだろう。

 

 しかも、タカ君ときた。なんだ、その愛称は。

 

「?」

 

 なぜか黙り込んでしまうシノ。そしてスズ。その沈黙の意味が理解できず、首をコトンと傾げてしまうタカトシ。

 

 アリアも不思議に思ったらしく、訊ねてみる。その返答は、お菓子が少し喉につっかえただけだという。不機嫌そうな顔のまま手近な湯呑を手に取る生徒会長。

 

「会長。それ、俺のですけど」

 

「あ、すまん」

 

 少し顔を赤くし、元の位置に戻した。いかん、少し落ち着かなければ。

 

 ――あやうく間接キスをしてしまうところだった……

 

 動揺を抑えるシノ。その反応を目ざとく確認したアリアは、もう少し煽ってしまう。

 

「もう、津田君。せっかくシノちゃんと間接キスできるチャンスだったのに」

 

「な、何を言うんだアリアっ」

 

「あ、あはは。大丈夫ですよ。俺、何も見ていませんから」

 

「津田。そういうセリフはかえって意識してしまうのだが……」

 

「す、すみません」

 

 プイッとそっぽを向くシノに、居心地の悪さを感じるタカトシ。少し気まずい空気が流れ始めた所で――

 

「こら、そんな事で盛り上がっているんじゃないわよ」

 

「いてっ」

 

 どこか機嫌が悪そうな声で、スズが机の下でタカトシの足を踏んづける。大して痛くはなかったのだが、つい言ってしまった。

 

「そんな怒らなくても……」

 

「別に」

 

「あらあら」

 

「……」

 

 生徒会役員から2人もそっぽを向けられ、途方に暮れる副会長。そんな情けない様子を、アリアだけが楽しそうに眺めていた。

 

 今日も、いつも通りの桜才学園生徒会室の光景である。

 

 

 

 

【2年生試験】

 

 

 

 

「来週から試験が始まる」

 

 放課後の生徒会室は、シノの言葉が始まりとなった。いつものように、役員限定の通常集会である。

 

「確かに、そろそろ中間考査ですね」

 

 スズが手を挙げて確認した。

 

「そうだ。我々のノルマはトップ20以内に入る事だが、まあ大丈夫だな」

 

 全員が頷く。聞くまでもないという顔だ。

 

 実際、この場にいる者たちは何の問題もない。1年生最後の学年末考査でも1位と2位しか取らなかった。

 

 ちなみに、タカトシはまたしてもスズには勝てなかった。満点の彼女とは違い、タカトシは3位と1点差。スズの点数には遠く及ばなかったのだ。当然、悔しい。

 

 その際、2人は例によって賭けをしていた。今回スズが嬉しそうに要求したのは、休日の日に動物園へ遊びに行くという要求である。

 

 もっとも、その約束は取り消しとなってしまう。その約束を偶然聞いたアリアが、シノに伝えてしまったからだ。

 

 ――こら、2人共! 獣のように交尾しまくる施設に行こうだなんて、そんなエッチな子に育てた覚えはないぞ!!

 

 プンプンと大声で怒り出すシノに、スズとタカトシは顔を真っ赤にして否定する。アリアかシノのどちらか、もしくは両方の自己解釈が混じった抗議は誤解だと訴えた。

 

 その後、例によって騒ぎを察知した新聞部の畑ランコが、そのセリフを主題にした。瞬く間に号外として新聞が発行され、全校生徒の目にさらされる事となったのだ。

 

 当然、その情報は風紀委員の五十嵐カエデの目にも入る。顔を真っ赤にして号外を片手に生徒会室へ特攻した彼女は、勢いのまま2人を説教した。弁解のタイミングを逃した2人は、肩を寄せながら床に正座をし、彼女の怒りが収まるのを待つしか無かったのである。

 

 結局、誤解が解けたのはそれから3日後。まったく、悪夢のような毎日であった。

 

「そこでだ。ここからが肝心なのだが……今年からの取り組みの一つとして、クラスごとの平均点が発表されるようになるらしい」

 

「この前、職員会議で提案された案ですね?」

 

「うむ。各自、問題ないと思うが、あえて言わせてもらう。気を抜くんじゃあないぞ」

 

「そうですね。今までとは違って、クラス全員の成績も考慮しなくてはいけませんから」

 

 タカトシは納得する。自分やスズの成績だけならばともかく、クラス全員の評価にも繋がるというのなら、自分達もこれまでとは違う形で勉強を行わなくてはならない。

 

「それなら津田、2-Bとしてトップ目指すわよ」

 

「ああ。俺も頑張るよ」

 

 2人は、早速ノートを広げて勉強会のスケジュールを立て始めた。誰をいつ、どれくらい勉強するかを決めていく。

 

「相手の都合もあるから……基本的には放課後にどこかの教室で勉強会って決めておいた方がいいわね」

 

「日曜日には、図書館とかにみんなで集まるっていうのはどうかな?」

 

「そうね。まずは、予定とか訊いておいてもらえる?」

 

「わかった。三葉は結構成績が厳しいって不安そうだったから、声をかけてみるよ」

 

 タカトシは携帯電話を取り出し、連絡を入れる。試験が近くなれば、桜才学園とて部活動は禁止だ。この時間は、おそらく下校途中だろう。

 

 数回のコールの後、ムツミは電話に出た。相手がタカトシのせいか、若干声が高い。

 

「もしもし。タカトシ君?」

 

「三葉。明日の放課後、ヒマ?」

 

「え!?」

 

「津田。ちょっと待って」

 

 いきなりその誘い方は誤解される。ずっと黙っていたシノは、天然男を止めに入った。

 

 

 

 

【試験対策期間】

 

 

 

 

 会議が終わった後、生徒会役員は各自解散となった。

 

 タカトシとスズは、試験対策のための打ち合わせを掘り下げるため、揃って図書室へ入る。部活が無いせいか、この時間まで学園に残っている者は少ないが、図書室は勉強をするために出入りしている者は大勢いる。現に、2人が来た時も生徒の数はかなりの人数であった。

 

 タカトシが教科書とノートを広げ、スズは図書館の問題集を取りに行く。かなり高い所にあったので、図書委員の轟ネネに持ってきてもらったが。

 

「いつも一番っていうのも、楽じゃないんだね。そういう仕事まで任されちゃうなんて」

 

「まあ、私にとっても復習にはなるし、ちょうどいいわよ」

 

 同情的な顔をするネネに、タカトシと向かい合わせに席に座ったスズは言った。自分が成績優秀者だという自負はあるので、それほど嫌な仕事というわけではないが。

 

「轟さんは勉強会に参加します? 確か学年では割と上の方だったと思うけど」

 

 タカトシが誘うと、ネネは照れたように頬を掻く。

 

「あはは。そういう事なら、参加してみようかな。実は、最近成績が伸び悩んじゃって」

 

「ああ……」

 

 スズは何となく恥ずかしそうにしている理由を察する。実は謙遜ではなく、本当にネネの成績は下降気味なのである。

 

 この春、めでたく新入部員を確保したために部に昇格したロボット部。その部長であるネネは、色々な機械を扱えるという事もあって、当然ながら頭はいい。それこそ、理系に関しては学年でも順位は一ケタ台に上り詰めていたほどに得意だ。

 

 だが、それだけの成績優秀者でも、やはりスランプというものはある。発明ばかりにかまけてしまい、それ以外の勉強に今一つ集中できないのだ。この機会に、今までのおさらいをしておいた方がいいと考えたのである。

 

 まあ、発明の内容が色々と“アレ”なせいで、自分を実験台にしすぎている事が一番のスランプの原因とはスズもタカトシも口には出さなかった。

 

 ともあれ、3人は揃って試験対策問題の作成に着手する。図書委員の仕事はいいのかと言われそうだが、この時期は生徒が本を私物化してしまう可能性もあるので、貸し出し禁止である。形だけの受付仕事よりは、こちらの方が有意義に違いない。

 

 問題を作りながら、勉強をおさらいする。これはこれで効率的な勉強方法なので、3人はノートと問題用紙を交互に使い分けつつ、時間を過ごす。

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

 ふと呟くタカトシに、スズが反応する。

 

「去年の秋にも、こんなふうに勉強会をやっていたっけ」

 

「そうね。ムツミと柳本が泣きついてきたんだっけ。他にも柔道部の人達も」

 

「この際だから、あの時のメンバーも全員誘ってみようか。今回は理系が強い轟さんもいるだろうから、教えるのに不自由はなさそうだし」

 

「そんなに期待されても困るよ、津田君」

 

 時折笑いながら、集中しながら。

 

 それでも、3人は作業を続けた。下校時刻になって、日が暮れるまで。

 

 やがて――

 

「それじゃあ、次の放課後に勉強会ね」

 

「わかった。帰ったら、人数分の用紙をコピーしておくよ」

 

「お願いね、津田君」

 

 2人とは図書室前で別れた。なんでも、ネネがスズに自分の家で勉強を教えてほしいと頼んだらしい。

 

 女子同士のお泊りというのはよくある話なので、タカトシも素直に納得する。コトミも、中学時代は友達の家でよく厄介になっていた。

 

 ……まあ、本当に“厄介”になっていたというのが玉に瑕だが。

 

 今後、新たに友人となった時カオルや高部ノリユキも、似たり寄ったりなトラブルに巻き込まれるんだろうなどと、これからの彼女たちの苦労を心配したりするのであった。

 

 薄暗い廊下を歩く。周囲には人の気配がしない。どうやら、校舎に居残っている生徒はもう自分だけのようだ。

 

「そこ。もう完全下校時間ですよ」

 

「え?」

 

 後ろからの声に驚き、振り向く。立っていたのは、鞄を手に持った五十嵐カエデだ。タカトシの顔を見て、彼女は少し驚いた顔をする。

 

「あ、誰かと思えばタカトシ君じゃない。副会長とあろうものが、こんな時間まで居残っているなんて駄目ですよ」

 

「これから帰るところだったんです。カエデ先輩こそ、どうしてこんな時間まで?」

 

「私は風紀委員長として不審者がいないかの見回りですよ。今日は当番ですので」

 

「試験が近いのに、こんな時間まで?」

 

 そう言いつつも、カエデの性格ならやるだろうと思っていた。校舎内の不審者にとって、校則や試験期間は関係ないのだから。

 

「居残って勉強をする生徒はいますから。タカトシ君も、もしかしてそういう理由で?」

 

「はい。さっきまで、クラスメイト達と試験対策をしていまして」

 

 タカトシは、クラスの平均点が公表されるがためにスズと勉強会の計画を立てていた事を話した。

 

「そう……それは、お疲れさま。学年次席も、楽じゃないわね」

 

「あはは。まあ、他の人をないがしろにするというのも違うと思いますし。それよりも、カエデ先輩?」

 

「はい」

 

「見回りは、あと何所をやればいいでしょうか? よければ、手伝いますが」

 

「い、いえいえ。もう終わりましたので、これから帰るところだったんです」

 

 カエデは目の前で両手をブンブンと振った。偶然会っただけだというのに、仕事を手伝わせるわけにはいかない。

 

「よかった。それでしたら……一緒に帰りませんか?」

 

「は、はい!」

 

 つい勢い良く返事をしてしまったのは、彼女のせいではないだろう。

 

 

 

 

【○○電車】

 

 

 

 

 空には、既に月が明るみ。車のヘッドライトが真横を通る。

 

 試験期間という事もあり、すれ違う者の中に学生は少ない。仕事帰りの中年男性や、外食帰りの家族連れ。

 

 そんな中に混じって、タカトシとカエデは歩道を歩いていた。

 

 足取りはゆっくり。それが、単に急ぐ事もないと思っているからなのか。それとも、少しでも共にいる時間を伸ばしたいからなのか。

 

「それじゃあ……英稜高校の生徒会長と?」

 

「はい。ビックリしました。あって間もないうちに、遠戚になるなんて」

 

「凄い偶然ですね。テレビで取り上げられるんじゃあないですか?」

 

 冗談半分、本気半分でカエデが言うと、タカトシは笑ってしまう。

 

「今のうちにテレビ局に応募してみましょうか」

 

「うふふ。もし番組に取りあげられたら、ぜひ見させていただきます」

 

 今度は、2人同時に笑った。周りから視線が集まるが、そんな事はまったく気にもならない。

 

「そういえば、カエデ先輩の方こそ試験対策は大丈夫なんですか?」

 

「ええ。普段から勉強を心がけていれば、それほど慌てる事はありませんから。生徒会の人達だって、そうだと思いますよ?」

 

「確かにそうですね。愚問でした」

 

 目の前に、駅が見えてきた。人の出入りが激しい時間帯のせいで、人口密度が増していく。

 

「やっぱり、今回も萩村さんと勝負をするんですか?」

 

「はい。前回はうやむやのままで終わっちゃいましたから、仕切り直しという形ですけれど」

 

「応援しています」

 

「ありがとうございます。カエデ先輩の応援って、一層気合が入っちゃいそうですよ」

 

「現金なんですね」

 

 改札を抜け、駅のホームに。今日は少し寄る所があるらしく、カエデはタカトシと同じ方面の電車を待つ。

 

 周囲には、疲れた顔をしたサラリーマンと、遊び帰りの女性グループらしき集団。自分達のような学生の姿はまばらに見えるだけ。

 

「カエデ先輩は、どこで降りるんですか?」

 

「ちょっと、下厚木(しもあつぎ)駅まで。姉が注文していた本を代わりに取りに行かなければいけないんです」

 

「あはは……」

 

 乾いた笑いをするタカトシ。カエデの姉である五十嵐ヤヨイは、かなりズボラな性格をしているので、たまに妹であるカエデがとばっちりを受けるのだ。それでも、こうして真面目に頼みごとを受けている分、彼女は律儀だと思う。

 

 アナウンスと共に、電車が来た。一目で、満員と分かる。

 

 ドアが開き、下車する者は多い。この桜才学園前駅は別の路線の乗換駅でもあるので、人の出入りが激しいのだ。特にこの時間帯は。

 

 人の流れに従いつつ、2人は電車の中へ。着席など期待はできない。自分が乗車する前に、車内が満員にならない事を祈るばかりだ。

 

「って、おっと」

 

「きゃ……」

 

 乗車する直前、カエデが後ろから押されたようにつんのめる。タカトシは、慌ててバランスを崩した彼女の肩を抑えた。

 

 しかし、その後はそのまま人の波にのまれていってしまう。あっという間に、2人は反対側のドアに押し付けられるような形になった。

 

 満員電車。身動きの取れない密室で、生徒会副会長は風紀委員長を正面から抱きかかえるような姿勢で身体を密着させている。

 

 電車が発車した頃に、タカトシはそっと小声で謝罪した。ただでさえ女性に対して失礼だというのに、これでは痴漢一歩手前だ。

 

「あの、すみません……こんな体勢になってしまって」

 

「だ、大丈夫です。ちゃんと判っていますから」

 

 そんな内心を察しているのか、カエデは恥ずかしそうにしながらも彼の顔を見上げている。怯えの心は確かにあるようだが、少なくとも抱きしめている彼に嫌悪感を持っているような様子はない。

 

 しかし、困った。こちら側のドアは、降りる駅まで20分も開かない。乗車している列車は急行なので、6駅ほど通り過ぎなければいけないからだ。

 

 電車がレールの継ぎ目を越えるたびに、まだ着かないのかという気持ちでいっぱいになる。しかし、外の景色はまだ初めの駅すらも通過していないことを雄弁に語っていた。

 

 まあ、なるようになるかな。タカトシはそう思う事にした。

 

 そうとも。自分さえ変な事を考えなければよいのだ。あまり意識してしまうと、カエデにも申し訳が無い。せっかく自分を信じてくれているのだから。

 

 そんな、ある意味気楽に構えているタカトシとは裏腹に、カエデの方はそれどころではなかった。

 

 ――だ、抱きしめられてるっ……わたし今、タカトシ君に抱きしめられちゃってるっ……!

 

 彼の胴体に顔をうずめているカエデは、目を見開いて口を固く結んでいた。色々なものを堪えているがゆえに。

 

 心臓の鼓動が聞こえる。彼女にとっての男性という存在は恐怖でしかないのに、今では別の意味で緊張をしっぱなしだ。

 

 首筋から頭の上まで、自分でも分かるほどに真っ赤になっている。冷や汗が止まらず、ついでに全身も震えていた。お互いに身体の正面をくっつけてしまっているので、それが伝わってしまわないか心配だ。

 

 ――これが、男の人の匂いなんだ……

 

 男子特有の、苦みがある汗の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 女子には不快感しか覚えないであろう匂いも、今のカエデにはどういうわけか不快感を覚えない。以前では考えられなかった感想を、素直に頭に浮かべた。熱い体温と、鍛えられた腕が腰に回されている。

 

 無意識に、ぎゅっとタカトシのブレザーを握ってしまう。彼が困惑しているような気配がするが、気にはしない。体勢が崩れそうになったという事にしておこう。

 

 温かいな……

 

 こんな息苦しいほどの満員電車の中。しかし、タカトシに包まれているというだけで、このまま眠る事さえできそうだった。さっきまでドキドキしてばかりだった心臓が、今では不思議なほどに落ち着いている。

 

 電車の揺れる音が、どこか遠い。降りるべき駅は、まだずっと先。

 

 少しだけ、ぼうっとした視界に映るタカトシの姿。心配そうな視線が、カエデを見返している。

 

 カエデは、ごく自然な手つきでタカトシの背に手を回した。なぜそうしたのか、自分でも分からない。

 

「……」

 

 タカトシが、小声で何かを囁いている。カエデだけに聞こえるようにしているのだろうが、よく聞き取れない。

 

 どうでもよかった。タカトシの温もりを独占できているのなら、他の事はどうでもよかったのだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、電車が駅に到着した時。

 

「あの……カエデ先輩?」

 

「……すー」

 

 タカトシに抱きつきつつ、立ったまま眠っているカエデの姿があったという。

 

 

 

 

【送り犬】

 

 

 

 

「それは……津田君もご愁傷さまねえ」

 

「なんでこんな事になったのか教えてほしいくらいですよ……」

 

 駅のプラットホーム。すでにカエデが降りる駅は乗り過ごし、今は自分が降りる駅のベンチに腰掛け。彼女が枕代わりにしているのは自分の膝。

 

 こうしている間にも、目の前には電車を乗り降りする者たちが自分を好奇の目で見つめながら去っていく。高校生男子が女子を膝枕している姿というのは、確かに注目を集めてしまう光景なのかもしれない。自分とて好きでやっているわけではないのだが。

 

 自分の上着をかけたまま、ベンチで横になって眠り続けている風紀委員長。僅かに笑みを浮かべている寝顔は魅了的には違いないが、今はそれを素直に堪能できる状況ではない。

 

 携帯電話を通じて会話をしている相手は、カエデの姉である五十嵐ヤヨイ。対応に困ったタカトシは、身内である彼女に連絡を入れる事にしたのだ。

 

「カエデも、最近は勉強と委員会で忙しいって言っていたからねえ。3年生になりたてで、色々と気負いすぎちゃっているのかも」

 

「それは、まあ分からなくもないですが。試験も近いですし」

 

 カエデは真面目すぎる。おそらくは、ここ最近になって最上級生として頑張っているうちに、無意識のうちに疲れが表に出てきてしまったのだろう。

 

 まして、今は彼女も受験生。年明けに話をした時、彼女はかなり上の大学を目指すという。無理もない事であった。

 

「それでも、このままにはできませんよ。カエデ先輩、起きる気配が無くて。お手数をおかけいたしますが、迎えに来ていただけませんか?」

 

「ああ、それなんだけど……実は私、今日は泊まりで友達の家に来ちゃっているの。明日は講義を入れていないから、家を空けていてもいいかなって」

 

「え……その友達の家って、遠いんですか?」

 

「うん。ぶっちゃけて言うと県外。ついでに、お父さんとお母さんも明後日まで帰ってこない」

 

 よりによって。そう思いたくなるタカトシだが、めげてはいられない。

 

「それでしたら、せめてカエデ先輩の家の場所を詳しく教えてもらえますか? 女の人の家へこんな時間にっていうのもアレですが、どうにか送っていきますので」

 

「う……本当にごめんね、津田君。カエデには、私からもちゃんと言っておくから。少しは休みなさいって」

 

「いいんですよ。俺の方こそ、カエデ先輩にはいつもお世話になっていますから」

 

 申し訳なさそうなヤヨイの声に、副会長は本当に気にしていない顔で言った。

 

 その後、電話越しに詳しい住所を訊き、家や近所の目印になる特徴を記憶しておく。通話を切って、膝の上に頭を預けているカエデを見る。

 

 彼女は電話に気づいた様子もなく、ただ静かな寝息を立てて目を閉じている。よく見ると、目の下にはうっすらとクマができているようだった。

 

 そういえば、シノやアリアもまた身体の疲れをよく話題に出す時があった。完璧超人に見える2人もまた、色々と覚える事のあるこの時期は参っているのだろう。

 

 カエデの体調も、自分達にとっては他人事ではないのかもしれない。だからこそ、自分などでもしっかりと彼女たちを支えてあげないと。

 

「すみません、カエデ先輩。もう少しだけ、触れる事を許してくださいね」

 

 一言だけ詫びると、タカトシは彼女を軽く抱き上げた。

 

「んっ……」

 

 悩ましい声を僅かに出すカエデ。それでも、やっぱり彼女は目を覚まさなかった。

 

 改札で待機している駅員に事情を話し、2人分の交通費を精算する。駅員を含め、駅構内を歩く者達からも妙な視線を向けられたのが辛かったが。

 

「彼女も幸せ者だね。彼氏がこんなにしっかりしていてくれて」

 

 去り際、駅員の一人がからかい混じりに言った言葉がそれだった。訂正するのも面倒なので、笑ってその場をやり過ごす。

 

 駅前にはタクシー乗り場がある。会社帰りのサラリーマンが次々に乗車している中に混じって、一台のタクシーに乗る事が出来た。

 

 運転手に行き先を尋ねられ、ヤヨイから聞かされた住所と周辺の特徴を告げる。それで相手には伝わったらしく、納得して発車した。

 

 後部座席には、タカトシと彼の肩にもたれかかったまま眠りこけているカエデの2人。制服姿でなければ、飲み会の後のカップルのようだと運転手に言われてしまった。

 

「そんな関係じゃないです。先輩、受験生ですから少し疲れがたまってしまっていて」

 

「なんだ、そうかね」

 

 色気のない関係だとでも思われたのか、どことなく残念そうな声を出す初老の運転手。その後は、とりとめのない会話が続いた。お客さんを退屈させないようにするため、こうして合間を縫って話しかけてくるのだ。

 

「この辺りはあまり来ないので、それほど詳しくはないんです」

 

「ああ。都市開発が進んでいると言っても、まだこの辺りは昔の街並みが残っているからね。面白いところも少ないだろうし」

 

「でも、俺の田舎はもっと静かなんですよ。娯楽もないですが、自然があって」

 

「おお、わかるよ。私も再就職が決まるまでは、そういう自然が多い所で働いていたからなあ」

 

「失礼ですが、そのお年で……ですか。凄いですね」

 

「ははは。このご時世で、と思うだろう。いや、私も内定が決まるまでは、まだ働けると信じられなかったさ」

 

 本当に嬉しそうだ。ニュースでは就職や再就職の問題がよく取り上げられているが、こういう身近にそれを克服している人間もいると知った。世間も、まだまだ捨てたものではないのかもしれない。

 

「っと、この辺りかな」

 

 大きな住宅街の中、タクシーが止まる。窓越しに外を確認すると、ちょうど真横の住宅を囲うブロック塀の一部に、表札が見えた。確認すると、五十嵐。

 

 運賃を支払い、2人分の学生カバンを降ろす。続いて運転手に手伝ってもらって、カエデをおんぶした。

 

 去っていくタクシーを見送りつつ、タカトシは家の門を開ける。

 

 カエデの家は、典型的な2階建てで造られた洋モダン式であった。周囲を自分の家と同程度の芝生で囲まれており、清潔感のある印象が伝わってくる。

 

 すまないと思いつつ、タカトシはカエデのカバンを探る。ほどなく、鍵の束を見つけた。

 

 いくつかの鍵を試し、3度目で玄関の扉が開く。誰もいないと分かってはいたが、一応お邪魔しますと一言言っておく。

 

 フローリングの廊下に、2階へ上がる階段が夜の闇の中でも薄暗く確認できる。タカトシは、玄関の電灯をつけた。白い壁や床が照らされる。

 

 廊下の少し奥には、2階へと続く階段があった。おそらくは住人の私室へ繋がっているのだろうが、あいにくとタカトシは五十嵐家のプライベートの空間にまで入りたいわけではない。

 

 2人分の靴を脱いでから手近なドアを開けてみると、そこは和室であった。8畳ほどの空間で、木製のテーブルが中央に配置されてある。

 

 ここに先輩を寝かせてあげようか。少し考えるが、やめる事にした。どうせなら、できる限り柔らかい所に寝かせてあげたいから。

 

 一旦廊下に出て、向かい側のドアを開ける。そこは、カーペットが敷かれているリビングであった。部屋内は白を基調として上品な印象があり、掃除も良く行き届いているのが一目分かる。

 

 左にはキッチンと食卓のテーブルと椅子。左には大型テレビと団らんとして使われているのだろう憩いの間。ガラスのテーブルと上質そうなソファ。

 

 ここにしよう。タカトシは迷わずそう決めた。

 

 室内に入り、そっと膝をついてソファの上にカエデを寝かせる。クッションも置いてあったので、それを枕代わりに。

 

 相変わらず寝息を立てているカエデの顔は、変わらずに安らかだ。心なしか、少しだけ微笑んでいるようにも見える。

 

 肩から息をするタカトシ。ここまできても、まったく起きる気配がないとは。意外と子供っぽい所もあるんだなと呆れてしまった。

 

「……ん?」

 

 そういえばと思い直し、タカトシは先ほどの和室へ戻る。襖を開けると、掛布団と敷布団がいくつか収まっていた。

 

 こういう部屋にあると思った。そう考えつつ、タカトシは掛布団を一枚だけ取り出すと、リビングで眠っているカエデの所へ持っていく。

 

「よっ……と」

 

 そっと、掛布団をカエデの身体の上に。これなら、風邪はひくまい。

 

 テーブルの上には、筆記用具と広告の紙が乗ってある。タカトシは簡単に書置きを残しておくことにした。

 

 さて、と。タカトシは自分のカバンを手に持つ。リビングから出て、玄関から外へ。

 

 外から出入り口の鍵をかけると、ポストの中へ投函する。このことは書置きに記してあるので、問題は無い。

 

「おやすみなさい。カエデ先輩」

 

 そう言い残し、タカトシは歩いて駅へと向かった。

 

 時間は、既に8時過ぎ。妹がお腹を空かせて待っているだろうが、さすがにここまで遅れてしまえば、カップ麺か何かでも食べているに違いない。

 

 かくいう自分も、身体が空腹を訴えている。今夜はいっそ、外食でもしてしまおう。

 

 駅前って、どういう店があるのだろうか。そんな事を考えつつ、タカトシは夜のイルミネーションの中を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。桜才学園の昼休みにて。

 

 仕事の都合で、カエデが生徒会室に来た時の一コマ。顔を赤くした風紀委員長が、食事中の彼に話しかけてきた。

 

「あの、タカトシ君」

 

「あ、カエデ先輩」

 

「姉から聞いたんです。昨日の夜は、本当にお世話になりました。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 

「いえ。当たり前の事をしただけですよ」

 

「そんな。本当に迷惑をかけてしまって、私……本当に恥ずかしいです」

 

 顔を赤くして俯くカエデ。タカトシとしては、ごく当たり前の親切をしたと思っているだけなのだが。

 

「それでは、何かさせてくれませんか? 試験が終わった後にでも、何か……」

 

「気にしなくていいんですよ。そういうつもりでやったんじゃないんですから」

 

「それでも、です」

 

 カエデもなかなかに譲らない。困ったな、と思う。どうやら、本当に何かしてもらわないと引っ込まなさそうだ。

 

 少しだけ考えると、タカトシは1つだけ提案する。

 

「それじゃあ……一つだけ」

 

「は、はい」

 

 つい背筋を伸ばしてしまうカエデに、タカトシは微笑みつつも言う。

 

「前に弁当を作ってもらうっていう約束を、少し変更させてください」

 

「変更、ですか?」

 

「弁当じゃあなく、思いっきり手の込んだものを、うちで作ってほしいかなって」

 

 深い意味はなかった。ただ、単に弁当を作ってもらうだけではなく、手間暇をかけて作ったものを食べてみたいという要求に格上げしただけのつもりである。

 

「――あ。は、はい……」

 

 カエデ硬直。顔を真っ赤にし、口をパクパクさせながらも何とか頷いた。よかった、と自分の要求を納得してくれたことにホッとするタカトシ。

 

「それじゃあ、試験明けの日曜日に――」

 

「に、日曜日……」

 

「?」

 

 なぜかギクシャクし始めるカエデに、タカトシは最後まで首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやっとんだ、こいつらは?」

 

「私たちがいるの、忘れているんじゃないですかぁ?」

 

「あらあら、うふふ」

 

 詳しい打ち合わせを始める2人を、他の生徒会役員達が呆れたように見つめていた。

 

 

 

 

つづく

 

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