生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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例え望んでいなくとも。

人の心に戸はなくて。

起きた事実は、如何様にも歪んでまわり。

君の背が、少しだけ遠く見えていて。

焦りの気持ちは、未だに僕を締め付けている。


深まる疑惑

 

 

 

 

【ゴシップは半分】

 

 

 

 

 噂を集めると、以下の通りだった。

 

 副会長の津田タカトシと風紀委員長の五十嵐カエデは、お互いに付き合っていることを隠している。

 

 タカトシとカエデは休日、お互いの家に寝泊りしている。

 

 2人は恋人同士でありながら、校内のカップルを注意して回っている。

 

 他にもいくつかあるのだが、どこかしらで性行為をしたなどという低俗なものばかり。怒りを覚える前に呆れてしまうタカトシ。そして、驚きもしている。他の人よりも親しくしているというだけで、ここまで言われてしまうとは。

 

 なにより、カエデが男性恐怖症だったということにも噂の信憑性に滑車をかけている。他の男は駄目だというのに、なぜタカトシとだけは平気なのかと。

 

 もちろん、始めのうちはそうでもなかった。ただ、あの2人は仲がいいという程度のレベル。しかし、それも時間が過ぎるごとに大きくなっていった。

 

 大きくなっていくのは、噂のインパクトを与える為だ。より面白く、より可笑しく。自分はこういう噂を知っているんだぞという優越感を、誰かに教えてやろうという見栄のためだけに。

 

 どうせ自分が流したなんてバレないだろうから。自分が捏造したなんて分からないだろうから。

 

 話の本筋を変えずに脚色を変えていく。ルール無用の伝言ゲームを続けていくうちに、いつかは自分達が愛憎の果てに人を殺したなどという話まで生まれそうだ。

 

 断っておくが、噂を気にしているわけじゃあない。噂の元凶である畑ランコが毎日のように自分で振りまいた噂話を他の誰かに脚色され、それをネタに付きまとわれるという日々は、もはや珍しくもない。

 

 特に疚しい事をしているわけでもないタカトシとしては、むしろ堂々とした態度でそれに応対していた。ただ、淡々と事実を口にするだけ。

 

 イエロージャーナリズムのランコが、その返答に満足したはずはない。だが、何度も同じ態度で同じ返答を続けていくうちに、少しずつ彼女の勢いも治まっていった。本人曰く、もう飽きた話題ですから、らしい。

 

 そういった事もあり、今ではタカトシとカエデの周囲も静かになっていく。今では、天草シノ、萩村スズ、七条アリアの生徒会役員も、話にすることはしない。

 

 しかし、それはあくまでも彼らの周囲の話だ。学園内では、未だにこの手の話は相変わらず続いている。受験を意識し始めている2年生や、本格的にその準備を始めている3年生にとって、他人の色恋沙汰というのは何よりのストレス解消になってしまっている。

 

「さて。今日はみんなで学食へ行くとするか」

 

 手をつけていたファイルを閉じて、シノが言った。他の面々も書類を整え、席から立ち上がる。

 

 生徒会室を出て、他愛のない話をしながら生徒会室を出た。半端に残っている仕事を片付けてから、一緒に食事をしようという約束になっていたのだ。

 

 さて。今日は何にしようか。

 

 

 

 

【マスメディアの接近】

 

 

 

 

 食堂で飯をつつきあいながら、4人で談笑する。昨日のテレビの事や、映画の事。そんな取り留めのない会話。

 

 話しながら食べるというのはあまり褒められる事ではないのだが、シンと静かな中で食べるのもつまらない。中国では楽しく話をしながら食事をする事が通例となっている所以だ。

 

 半分ほど食べたところで、肩を叩かれた。後ろを向くと、よく知る顔がトレイを片手に3人立っている。

 

 肩を叩いたのが、コーラス部のナオミという名の少女であった。そして、その友人であり、噂の対象であるカエデ。

 

「すみません。同席よろしいでしょうか?」

 

 会長の前だからか、少しだけ緊張している様子のナオミ。どうやら、席がなくて困っているらしい。

 

「隣、いい?」

 

「どうぞ」

 

 断る理由もないので、素直に了承する。カエデはそっとタカトシの隣に座った。ナオミは、その真向かいに。

 

 と、そこでガタガタと周囲の生徒が腰を落ち着けていた席から立ち上がる。混雑しているため、食べ終わった者は早々に食堂を去るのが礼儀だろう。

 

「……」

 

 なんとなく、シノとスズの視線がカエデに集まったような気がする。いや、実際に横目で見ていた。

 

 そう。彼女が座った途端に、偶然にも彼女らの周囲に空席ができあがったのだ。

 

 問い。今の状況を傍から見たらどう思うだろうか。

 

 答え。カエデから進んでタカトシの隣に座った。

 

「ほほう。今日も風紀委員長は積極的ですねえ」

 

「ひゃあっ!?」

 

 カエデは思わず座ったまま飛び上がりそうになった。ついでに生徒会役員とナオミ共々。

 

 いつの間にか、ぬるりとカエデの背後からランコが出現したのだ。本当に、傍から見ていたらしい。畑だけに。

 

「は、は、畑さん。いつからそこにいたんですか?」

 

「いえいえ。今しがた」

 

 そういう彼女は、持っているトレイの上にコロッケ定食を乗せている。どうやら、彼女も席を探していたらしい。

 

 相席を求められ、了承する。ランコは自然にカエデの隣に座った。噂を流した張本人であると言うに、このふてぶてしさ。流石であった。

 

 ま、いいか。タカトシは口に出さずに言いたいことを心に留めておく。畑ランコはこういう女性だと分かっていて、自分達も付き合いを続けているのだから。

 

 しかし、カエデ自身はどう思っているのかは分からない。少しだけ気になった彼は、カエデにそっと告げておく。

 

「そう緊張することはないですよ。畑さんが流した噂ですから」

 

「い、いえ。私は別に気にしてはいませんので」

 

 しどろもどろになっている。やはりランコが近くにいると落ち着かないようだ。ランコの視線が気になるようだが、隣の新聞部部長はそ知らぬ顔でコロッケを口にしている。

 

「……2人とも、噂のこと気にしてないの?」

 

 やや言いづらそうに、それまで見ていたナオミが声をかける。シノたちもその話題は気になるのか、視線をこちらに向けてきた。

 

「はい。もうこの手の噂に関しては慣れました」

 

 ここ数日間ですっかり板についた返答をするタカトシ。やや遅れ、カエデも頷く。

 

「……実際に交際しているわけじゃあないから。それは私達が一番良く知っているし」

 

「ふむ。正式な交際ではないものの、仲が良い事は事実であると」

 

 水を一口飲んでから、ランコは追求に参加する。しかし、それもタカトシは首肯した。

 

「そうですね。先輩は真面目ですし、一緒にいて落ち着きますから。つい頼っちゃうんですよ」

 

「い、いえ。タカトシ君こそ、私より年下なのに落ち着いているし、頼りになるし」

 

 ほんのりと頬を桜色に染めるカエデ。見ている周囲は深いため息を吐いた。

 

「ああもう、分かった分かった。あんまり仲がいいところを見せ付けないでよ」

 

「え? い、いえ。そんなつもりでは」

 

「おやおや。私としてはもっとやってくれというのが本心ですがね。そういうところが噂に信憑性を与えてくれますので」

 

 ランコはどこからともなくカメラを取り出し、2人がツーショットになるようにシャッターを押した。

 

「この写真、次回の新聞に使わせていただきますね」

 

「な、何するんですか。と言うか、何の記事に使うんです?」

 

 抗議するカエデに、ランコは何を今更という顔をする。

 

「そりゃあもちろん噂の渦中にいらっしゃる、お2人の現在の関係ですが」

 

「また噂が増えるという以前に、どうして俺達にそこまでこだわるんでしょうね。畑さんは」

 

 今更咎めようという気も起きず、タカトシは疲れたように呟いた。

 

 反対に、カエデの顔色は僅かばかり暗い。食事をする手を止め、座っている自分の膝を見つめてしまう。

 

「……」

 

「どうしたの、カエデ?」

 

「う、ううん。なんでもない」

 

 妙に思ったのか、ナオミが声をかけてくる。それに反応するのに、わずかな間があったことは自分でも理解していた。

 

 そんなこんなで、それ以降は特に怪しい空気にもならずに過ぎていく。みんなの話題は、やがて夏休みへと移り変わっていった。

 

 

 

 

 昼休みの時間が半分を過ぎた頃、タカトシとスズは一足早く食堂を出ていった。なんでも、次の授業の準備を担当の教員に頼まれているらしい。

 

 シノたちも、食事が終われば席を立つ。一緒に3年生の教室へ向かうことになった。

 

「ところで、天草会長」

 

「む?」

 

 歩きながら、シノは隣を歩いているランコへ目を向ける。新聞部部長は相変わらずの無表情のまま言った。

 

「夏休みに、私達新聞部が行う合宿の話なのですが」

 

「ああ、以前聞いた件か。問題ない。教職員からの許可は下りた」

 

「許可?」

 

 事情を知らないカエデが目を瞬かせる。そこでアリアが説明を始めた。

 

「実はね、夏休みの間に新聞部が学園内で合宿をするの」

 

「なるほど。しかし、新聞部が何をするんでしょうね」

 

「桜才学園にまつわる七不思議の体験取材だって」

 

「ああ、それは夏の定番ですよね」

 

 この季節、ホラー関係の話は良く聞く。というか、この学園にそういう話があったのか。

 

「萩村さんが聞いたら、ちょっと気の毒な反応をしそうですね」

 

「うふふ。でも、仕事だからね。今日中には教えるつもりなの」

 

「彼女のビクリとした反応は、隠れファンに売れますからねえ」

 

 そこでランコが茶々を入れる。そしていかがわしい商売はやめろ。

 

「まあ、実際に参加するのは新聞部ですからね。萩村さんがするわけでもなし」

 

「む。そんな事はないぞ」

 

 カエデの言葉に反応したシノが振り向く。

 

「危なそうなことには許可は出せないからな。私達生徒会が立ち会うのが条件と言う形で先生方には妥協してもらった」

 

「……ああ、そういう事ですか」

 

 ご愁傷様です、萩村さん。カエデは、そっと心の中で合掌した。

 

 

 

 

【ほんの少しの……】

 

 

 

 

「そうですか。だから萩村はあんなに元気が無かったんですね」

 

「……はい。ちょっと気の毒な気もしましたが」

 

 時刻は夜中。時計の単身が7時を回った頃。タカトシとカエデはそれぞれの自宅で、携帯電話を片手に話をしていた。

 

 別段、そういう習慣があるわけではない。ただ、少しだけ仕事の話をするためにタカトシが電話をかけ、カエデとそのまま話し込んでいるだけのことだ。

 

「合宿といえば、カエデ先輩も学園で?」

 

「そうです。コーラス部の伝統行事のようなものですね」

 

「日にちまでこっちの合宿と同じとは驚きました。畑さんが何か起きるかもしれないとか言って、日程を合わせたのかもしれませんけれど」

 

「まあ、ありえそうですね……」

 

「……?」

 

 なんだろう。カエデの少しばかり口調が硬い気がするのは気のせいだろうか。さっきまでは、普通の声色だったはずなのに。

 

「……という事だったんですよ」

 

「……そうですか」

 

 そんな彼の疑問を置き去りにしつつ、会話はぎこちないながらも進んでいく。しかし、どうにも上の空な返事ばかり。

 

「あの、カエデ先輩」

 

「なんですか?」

 

 黙っていられなくなり、タカトシは尋ねることにした。

 

「――今日、何かあったんですか?」

 

 数秒ほどの間。その沈黙が、タカトシには何か良いもののようには思えなかった。

 

「あのですね、タカトシくん……」

 

「はい」

 

 一拍おいて、カエデは告げる。

 

「わたし、しばらくタカトシ君とは話さないほうが良いと思っているの」

 

「……まあ、そんなことだろうとは思っていました」

 

 そう、予想はしていた。だからこそ、動揺はない。

 

「はい。今回ばかりは、さすがに誤解を与えるような振る舞いは慎もうと思っているんです。もとはといえば、男性恐怖症なのに男の人の家に行くなんてことをしてしまったのが原因ですので」

 

「そうですよね。たとえ疚しいことが実際になくても、周りはそうは思わない。今回みたいに、都合よく解釈されるんですよね」

 

 今、流れている噂は全てが出鱈目というわけではない。少なくとも、半分は事実なのだから。

 

 いまや、タカトシとカエデは桜才学園の見世物のようなものだ。主に、誰とは言わないが新聞部部長のせいで。そう、誰とは言わないが。

 

 共学化が導入されて以降、学園内にはすでに何組かのカップルが出来上がっている。そこへ学園内の副会長と風紀委員長の関係が問われるとなれば、注目の的となるのは当然。

 

「はい。今までは畑さんが捏造していたという事で、逆に注意することも出来たんですが。今回ばかりは、そう誤解とも言い切れないというか……」

 

 どうにか言葉を捜す、カエデの姿が目に浮かぶ。なんとなく、タカトシは聞いていられなくなった。

 

「少なくとも、記事の一部は事実ですからね。理由はどうあれ、家に泊まっていた事ですけれど」

 

「はい……」

 

 はあ、と溜息をしたのが携帯電話越しに聞こえた。相手のタカトシにではなく、自分に対してだろう。

 

「本当に軽率でした。実はわたし、今日の放課後に風紀委員の仕事で、学園内の見回りをしていたんです。その時に、言われてしまって……」

 

「言われたって、誰に何をです?」

 

「校舎内で2人きりになって、その……腕を組んで廊下を歩いていた男女の生徒です。2年生の後輩で」

 

 間違いなくカップルだ。さすがにそれを見咎めるのは風紀委員長として当然だろう。

 

「注意したのですが、その……こう言い返されてしまいました。先輩に言われても説得力無いですよ、って」

 

「それは……」

 

 完全に噂を信じている生徒達だ。そのときのカエデは、さぞ傷ついたに違いない。

 

「だから、もう仕事以外でなるべく話すことはやめようと思っているんです。その、決してタカトシ君と話すのが嫌になったわけじゃあないんですけれど、やっぱり……」

 

「いえ、いいんです」

 

 これ以上は言わせない。カエデが辛くなるだけだ。

 

「俺の方こそ、すみません。配慮が足りませんでした。俺も、カエデ先輩とは一緒にいて楽しいです。家に来てくれた時も、本当に嬉しかった。でも……今はそうですよね。これ以上、周囲に誤解を与えないためにも」

 

 思ったよりも冷静に言えている。タカトシは他人事のようにそう思った。

 

 電話口のカエデは無言。そのため、今彼女がどういう顔をしているのかは分からない。構わず、タカトシは続ける。

 

「ですから……明日から、お願いできますか」

 

「…………はい」

 

 その僅かな返事が、どこか震えているように聞こえたのは気のせいか。そうだったとしても、彼にはそれを指摘する気など毛頭なかったが。

 

「それでは……おやすみなさい」

 

 ややあって小さな声ではあったものの、うんと言ったのをタカトシは確かに聞いた。どちらからともなく、通話を切る。

 

 手に持った携帯電話を握り締めたまま、タカトシはポツリと呟いた。

 

「……何やってんだ、俺」

 

 周囲には、できる限り柔軟に対応していたつもりだった。今日の昼間、ランコやカエデに対する態度のように。

 

 噂に関する話題を向けられても、堂々としていれば良いと考えて、それを実行していた。だが、彼女にとってはそうではなかった。今日、食堂での対応を見て、生真面目な彼女はどう思っていたのだろうか。

 

 自分の軽率な約束が、カエデと距離をとる結果を招いてしまった。明日から、彼女とはどんな顔をして会えばいいのだろう。

 

 カエデとは実際、他の女の子に比べて距離が近いことは事実だ。かといって、すぐに恋愛感情を向けてくれていると思うほど、タカトシは自意識過剰な男ではない。そして、それはカエデも。

 

 ――そうだよな。別に先輩とは、付き合っているわけじゃあないんだし。

 

 そんな純然たる事実を考えることで、タカトシは無理やり自分を納得させた。

 

 椅子から立ち上がり、タカトシは着替えを持ったまま自室を出て行く。もう風呂に入る時間だ。

 

 ほんのひと時だけでも良い。今は、この胸に生まれた“しこり”を忘れたかったから。

 

 

 

 

【彼女達の警告】

 

 

 

 

 次の日。生徒会室。早朝の会議はシノの一言から始まった。

 

「さて。今回は今日の放課後に行われる委員会会議の議題について、だが」

 

「始めの議題は、共学化してからの生徒の変化でしたね」

 

 タカトシが口にする。

 

「そうだ。すでに施行されて1年半に差し掛かる頃。気づいた事があれば、遠慮なく言って欲しい」

 

「わたしは、やはり男子がいる事で女子が生活態度を改めたことでしょうか」

 

 片手を挙げ、スズが意見した。アリアがそれに同意する。

 

「そうだね。特に普段からナプキンやタンポンを隠す人が増えているから」

 

「共学化の前までは、わたし達も教室の中で手渡ししていたからな」

 

「うん。それは驚愕ですよ」

 

「共学だけにね」

 

 タカトシの突っ込みにスズが乗る。見事なツッコミではあるが、誰も褒める者はいなかった。

 

「他には、去年から新しい校則が追加されていることかな」

 

 今度はアリアが挙手する。スズは慣れた手つきで生徒手帳を開いた。

 

「それに関しては、異性の手から肘以外の身体の部位に触れるのを禁ずる、というものがありますね」

 

「ふむ。それは厳しいな」

 

「俺も正直、ずいぶん細かく決められているんだなって思いましたよ」

 

 シノの素直な感想に、タカトシも頭を掻いた。

 

「俺らって、結構触れ合っていますよね。今までのことを考えると」

 

「気軽にできんものだな」

 

「これじゃあ、津田君にお尻を叩いてもらう事もできないね」

 

「何を期待していた」

 

 至極残念そうなアリアに、タカトシは平坦な声で訊いた。

 

「それと」

 

 チラリと、スズはタカトシを横目で見る。

 

「もうひとつの校則は、学園内での男女間での恋愛を禁ずる……ですかね」

 

「ああ、なるほど……」

 

「……」

 

 少しだけ、空気が変わる。自然と口数も心なしか少なくなった。

 

「最近は、色々と噂が多くなってきたからな」

 

「……確かに。それは事実ですよね」

 

 シノの何気ない感想に同意しつつも、少しだけ居心地の悪さを感じるタカトシ。なんとなく、役員全員が自分を気にしているようにも感じてしまう。

 

「……まあ、いいだろう。ところで、もし違反した場合は?」

 

「基本的には厳重注意。ただ、場合によっては退学も視野に入れるそうです」

 

「……」

 

 その言葉に、少しチクチクした感覚を感じるのは気のせいか。スズはパタンと生徒手帳を閉じた。

 

 生徒会副会長は思う。分かっている。これは、彼女達なりの警告を含めた気遣いだ。

 

 これまで何度も広まっていたゴシップとは違う、れっきとした不純異性交遊のスキャンダルに対しての。

 

 これまで自分達が何の処分もなくいられるのは、周囲がランコの事をイエロージャーナリズムの精神を持っている人間だと認識しているから。もしそうでなければ、タカトシもカエデも何かしらの処分を受けていることだろう。

 

 シノたちは、一連の事実に気づいている。当然だ。魚見チヒロが直接、タカトシに外泊の約束をしていたのだから。

 

 その上で、生徒会役員としてできる範囲内で自分に注意を促してくれている。さらにタカトシ自身は知る由もないが、彼女達が己の心を封印したうえでこうしてくれている事もあった。

 

 なんだか、内心で情けなくなるタカトシ。彼女達は、気づいた上で何も言わないでいてくれているのに。いつまで自分は自分の事ばかり考えているのか。

 

「あとは、会議では重要視されていないようなものばかりですね」

 

「わかった。ならば、会議の流れとしてはまず……」

 

 シノは慣れた様子で、議題に関しての話し合いを続ける。先ほどの空気を吹き飛ばすかのように。

 

 ――気を使われちゃったな……俺も心を切り替えて、しっかりしなくちゃ。

 

 いつまでも好意に甘えてばかりもいられない。それ以降はタカトシも議論に参加し、共に自分の意見を主張しあったのであった。

 

 

 

 

【その頃の英稜】

 

 

 

 

 わずかに時は過ぎ、同日の昼休み。

 

 英稜高校生徒会室では、仕事の合間ということでそれぞれ役員が食事を取っていた。

 

 桜才学園と同じレベルの英稜もまた、夏休み前の追い込みを続けている。前日から仕事を半分ほど終わらせたので、心なしか空気も緩やかであった。

 

「そういえば、今週末からプール開きだね」

 

 話題は、来週の行事のこと。今年はプールのメンテナンスが入ってしまったため、やや遅れてプールの授業が開放されるのである。

 

「はい。今年は特に猛暑ですから、プールの水温にも気を使わなければいけませんね」

 

 青葉トオリが首肯する。実際、水温が高すぎてプールが中止になったというニュースも世間には存在しているのだ。

 

「……あ、そういえば」

 

 チヒロがそっと目を向けた先には、席に座ったまま項垂れている副会長の森ノゾミ。その理由は、みんなもちゃんと知っている。

 

「森ちん、泳げなかったんだよね」

 

「お、お恥ずかしながら……」

 

 ノゾミは、昔から泳げない。潜るくらいの事はできるのだが、それ以降がさっぱりだった。あの水に浮くという感覚がどうしても苦手で、未だに克服出来ていないのである。

 

 とはいえ、さすがに高校生になってもそのままというのは見過ごせない。チヒロは提案をする。

 

「学校のプールで練習する?」

 

「いえ、それはちょっと。顔見知りが多い場所じゃ、正直恥ずかしいというか」

 

「大丈夫。周りの視線なんて、そのうち快感に変わるかもしれないよ」

 

「何を言っているのかわかりません」

 

「おや。森ちんには早かった?」

 

 チヒロは終わらせた弁当を片付けながら言う。ふと、何かを思い出したように鞄から携帯電話を取り出した。

 

 慣れた調子で操作し、耳に当てる。10数秒ほど待つが、反応がない。わずかに肩を落とすチヒロ。

 

「どうしました、会長?」

 

 その様子に、ノゾミが弁当を片付けながら訪ねる。

 

「タカ君に連絡を入れたいんだけれど、ケータイ繋がらなくて」

 

「ああ、桜才の親戚でしたね。何か用事があるんでしたら、私が伝言役引き受けますよ」

 

「あら」

 

 チヒロは目を瞬かせると、しずしずとノゾミに近寄ってくる。

 

「ありがとう。さすが、私の右腕」

 

「い、いえ……」

 

 抱きしめられた上に頬ずりまでされながら、ノゾミはやや引きつった声を出す。相変わらず、会長のコミュニケーションは過剰だった。

 

「それじゃあ、伝言をお願いできるかな」

 

「まず離れてもらってからでいいですか」

 

「ちぇー」

 

 口を3の字に尖らせつつ、チヒロは副会長から離れる。

 

 これが、生徒会役員同士の会話であった。

 

 

 

 

【今の彼ら】

 

 

 

 

「男女間の立場を明確にするのは、いいことですね」

 

 会議が終わった後、片づけを手伝っていたカエデの感想がそれであった。真面目な彼女は、いつもこういう事には率先して手伝ってくれている。

 

「ああ。校内恋愛を禁止にするという校則は元々あったのだが、今回はそれを具体的にした形になったな」

 

「いい傾向だと思いますよ、わたしは」

 

 パイプ椅子を教室の隅に収める。タカトシは余った書類を整理した後、会議用に移動させていた机を戻す。

 

「最近はふしだらな空気が蔓延していますからね」

 

「ああ。最近は少々目に余る生徒が増えている」

 

 困ったものだという様子のシノ。カエデは苦笑いするしかない。

 

「正直……わたしも最近は少し気が緩んでいたかもしれません」

 

「む?」

 

 例の噂の事だ。シノはなんとなくそう思ったが、あえて口には出さない。

 

「実は少し色々あって、もっと気を引き締めて頑張ろうと決めているんです」

 

「おお。それは良いことだな」

 

「はい。浮ついた心は吹き飛ばして見せます」

 

 ケジメをつけるために、いったんプライベートの心を封じると宣言する風紀委員長に、生徒会長は素直に感心する。やはり五十嵐カエデという女性は真面目で頼れる女だ。

 

「凄いなあ、カエデちゃんは。よし、わたしも見習おうっと」

 

 そう言って、アリアが取り出したのは――

 

「本当に引き締めなくて良いんですよ!?」

 

「七条さんはもっと忍んで!」

 

 フンドシの帯が見えたところで、タカトシとカエデが止めた。

 

 と、同時にお互いがアリアに駆け寄っている事に気づく。無意識に、動きを止める2人。

 

「……」

 

 数秒ほど、奇妙な間が空く。カエデは少しだけ逡巡すると、彼に会釈をしただけで片付けに戻ってしまう。

 

「……」

 

 タカトシも話しかけるタイミングを逃してしまったのか、平静を装ったように仕事の続きを始めてしまった。

 

 室内の空気が、朝の生徒会と同じようになってしまった。ただ黙々と、物を移動させる音が聞こえてくるだけ。

 

 そんな中、シノとスズはほぼ同じ事を考えていた。誰が見ても分かるような呆れ顔で。

 

 ――なにやっとんだ、こいつらは……

 

 

 

 

【スタートダッシュを許す】

 

 

 

 

 片づけが終わった後、タカトシはひとり学園の校門に立っていた。

 

 生徒会のみんなと一緒に帰る予定だったのだが、タカトシ以外の3人は少しだけ用事ができてしまったらしく、この場に待たされているのである。

 

「それでね、あの子……」

 

「ああ。あいつらしいよな」

 

 楽しそうに笑いながら、一組の男女の生徒が肩を並べて歩いている。副会長の前だというのに、カップルであることを隠そうともしていない。

 

 まあ、タカトシはシノやカエデのように率先して注意する気はなかった。彼ら2人もそれが分かっているのか、こちらに気づいても暢気に挨拶をするだけだ。

 

 副会長も普通に挨拶を返しつつ、校舎の玄関を見る。シノたちは、まだ来る気配はない。少し用事が長引いているようだ。

 

「こんにちは」

 

 声をかけられる。後ろを振り向くと、校門の道路側にひとりの女性が立っていた。桜才学園ではなく、英稜高校の制服を着ている女子生徒だ。

 

 後ろで髪をまとめている、見覚えのある顔だった。すぐに相手の名前を思い出す。

 

「ああ、どうも。森さんですよね」

 

「覚えていてくれたんですね」

 

 学園の交流会にあった、同じ副会長同士の立場。

 

「どうしたんですか、わざわざ?」

 

「ええ。実はうちの会長から伝言を津田さんにお願いしたいと」

 

「えっ」

 

 タカトシは、慌てて学生鞄から携帯電話を取り出す。途端、顔を顰めた。

 

「しまった……午前中の授業前に電源を切ってて、そのままだった」

 

 そんなことだろうとは思いました、と言う顔をするノゾミ。

 

「すみません、わざわざご足労いただけるなんて……」

 

「いいんですよ。英稜とはそれほど距離があるわけでもないですから」

 

「そう言って頂けると」

 

 その後も少しだけ社交辞令のような話を続け、2人は本題に入ることにした。

 

 

 

 

 そして、数分後。

 

 

 

 

 用事を済ませたシノ達。

 

 そして、たまたまこのタイミングで帰ろうとしていたランコが見た光景――

 

「明日お弁当を持ってくるので、何かリクエストがあれば教えていただけますか?」

 

「そうですね。それじゃあ、サンドウィッチがいいですね。それと、今度は俺の方こそお弁当を作ってきますよ」

 

「分かりました」

 

 ――タカトシとノゾミが笑顔のまま、お互いに距離を縮めているとしか思えない光景が広がっていた。

 

 それを、みんなと揃って見ていたランコはポツリと。

 

「これは独り言ですが……学園外での男女交際は、新しい校則には含まれていませんよね?」

 

 無言になる生徒会役員。

 

「社交的な人なんだね」

 

 アリアが素直な感想を言う。実際、伝達事項を伝え合っているだけなのに、2人はとても楽しそうであった。

 

 そこでノゾミが鞄から鍵を取り出し、タカトシに渡す。

 

「これ、家の鍵です。帰りが遅くなるので」

 

「ああ、分かりました。何時頃になりそうですか?」

 

「夕方近くになるので、どうにか夕飯前には間に合わせます」

 

「じゃあ、食事を作って待っています」

 

 夫婦のやり取りじゃないか! シノたちは心の中で叫んだ。

 

 ふと、そこでノゾミの様子が変わる。何か言いづらそうだ。どこか、恥ずかしそうにも見える。

 

「どうしました?」

 

 心配そうな顔をするタカトシに、モジモジしていた彼女は何かを決心したように彼にそっと近寄る。

 

 んなっ!?

 

 瞠目するスズ。なぜ急に、頬を赤くしてタカトシと距離をつめたのだ?

 

 誰かが唾を飲む音が、やけに生々しく聞こえた。あるいは、それは自分のものだったのかもしれない。

 

 そっと、目の前のノゾミは――タカトシの頬に顔を近づけて。

 

 ――――。

 

 ゆっくりと、顔を俯かせたまま一歩だけ下がった。

 

 タカトシは少しだけ硬直すると、とても優しい顔で微笑む。照れたように俯くノゾミ。

 

 瞬間、頭が真っ白になるシノ。なんだ、なんだ。今、あの2人は何をしたというのだ。

 

 さすがに見過ごせないと、前へ一歩踏み出す。と、そこへ。

 

 ドサッ……

 

 何かが地面に落ちるような音に、シノは後ろを向く。

 

「あ……」

 

 その音に気づいたのか、タカトシとノゾミもこちらの存在に気がついた。

 

 音の発生源は、手から落ちた学生鞄。目の前の女生徒――カエデが、呆然とした表情で立ち尽くしていたのである。

 

 

 

 

つづく

 

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