生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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夏の空気。提灯の光。

昼の熱が冷めぬ中。人はざわめきを求めて足を運び。

それは遠い星の下で。天へ向かって種が飛び。

開花は一瞬。そして、儚くも消えていく。

その一瞬が、何よりも本当に美しく。

輝きに魅せられた人々は、己の心に何が芽生えたのか。


夜空に咲く華

【遠くから】

 

 

 

 

 猛暑の中。世間の学生たちは夏休みの真っ盛りの午前。

 

 炎天下の下で、勉学の日常を忘れ、開放感に溢れている表情がまとまって電車を乗り降りする姿が後を絶たず。

 

 しかしながら、熱中症などの危険ばかりはどうしようもない。暑さを避け、公共の施設が所有する冷房装置にあやかる者も多かった。そんな空間の中で、甘くて冷たいアイスなどを口にすれば、そこはもう極楽といってよいだろう。

 

 そして、そんな理由で。

 

 この駅前のレストランもまた、今日も大変繁盛しているのであった。

 

 今日から始まった、アイスクリームフェア。この暑さに相性バッチリなイベントに、飛びつかない者はいまい。通りがかった誰もが、自分の喉を鳴らした事は言うまでもなかった。

 

「12番テーブル、ラズベリーアイスパフェ2つ。抹茶のアフォガート1つ!」

 

「こちらです。5番テーブルのチョコミントアイスパフェ3つは、こちらです!!」

 

 もはや言うまでもない事だが、いつにも増して相変わらずの忙しさである。仕事の年季がある従業員ですら、周囲をフォローする余裕などあるはずもない。

 

 いや、その中の数人ですら仕事についていくだけで精一杯という有様。それでも、どうにか長年のキャリアを最大限に生かして切り盛りに貢献していた。

 

 その中でも、最も若輩者の津田タカトシもまた周囲に取り残されないように奮戦している男の一人であった。一瞬の気も抜かず、去年までとは比較にもならない手さばきで注文通りのメニューを作り続けている。

 

「9番テーブル、キャラメルアイス2つ、カプチーノ風アイスです!」

 

 タカトシの声に、即座に駆け寄ったウェイターがトレイにメニューを乗せ、足早にフロアへと小走りに消えていく。それを見送ることもなく、下ごしらえを終わらせている次のアイスへと取り掛かる。

 

 致し方ないとはいえ、今日の厨房はアイスの注文が圧倒的に多い。どこを見てもアイスばかり。

 

 周囲の同僚も言葉にこそしていないが、きっと自分の同じ気持ちのはずだ。アイスの類はしばらくの間、口にはしたくない。

 

 そんな、疲労と慌しさと胸やけに忙殺されている時間は、今もなお続いている。誰もが自分の休憩時間を心待ちにしているに違いない。

 

 でも、とタカトシは思う。休憩している時間なんて無いんだろうなと。

 

 どこまでも客足は途切れない。レストランの外には、未だ長蛇の列が外へ続いている――

 

 

 

 

 同じ頃。

 

 それまでのタカトシの仕事ぶりは、店内からも確認されていた。

 

 レストランの窓際の席。その眺めが良い場所から、仕事に奔走している彼を見ている視線があった。

 

 桜才学園生徒会長の天草シノ。そして英稜高校生徒会長の魚見チヒロである。

 

 彼女らがその席に座っているのは、偶然ではない。互いに近場のショッピングモールで買い物をした帰りなのだ。この日はいくつかの店舗でサマーバーゲンが行われていたため、以前からショッピングの約束を取り付けていたのである。

 

 そして、昼食が近づく頃の今。2人は食事のためにこのレストランに入った。学生が入るには少々高い値段のメニューが多いが、まったく気にはならない。この時のために、心持ち買い物の量を抑え目にしていたのだから。

 

 2人の位置からは、厨房の様子が良く見える。視線の先には、真剣な目で調理をしているタカトシの姿。自分達の姿には気づいていない様子だが、この忙しさではそれも当然だと思う。

 

「津田も、本当に良く頑張っているな」

 

「はい。お姉ちゃんとして誇らしいです」

 

 できることなら、挨拶だけでもしたかった。しかし、この店の忙しさではそうもいかない。まして、彼がいるのは厨房の方だ。

 

 外には、炎天下の中で並んでいる客の列。もちろん自分達も、随分と待たされた。

 

 ジェラートとチョコがトッピングされた季節限定メニューを味わいつつ、時折思い出したように高校生最後の夏休みの予定や、友人達の話をする。

 

 中でも話が弾んだのは、もちろん仕事に精をあげているタカトシの事。店内なのであまり大きい声で話したりはしないものの、やはり彼の話題は飽きない。

 

「つまり、ウオミーは週一で津田家に通っているのか」

 

「はい。いまや自分の庭のように歩けます」

 

 む、と頬を膨らませるシノ。まるで通い妻宣言をされたように聞こえたのだ。

 

「なんの。私だってやろうと思えば、目を瞑ったまま家の中を歩けるぞ」

 

「あら。それじゃあ今からウチに行く?」

 

「……一応聞くが、津田の家だよな?」

 

「はい。それが何か?」

 

「い、いや。別にいい」

 

 なんとなく、これ以上の会話は不利になる予感がする。シノはここで話題を終わらせることにした。

 

 店内は相変わらずの混雑だ。会計を済ませ、レストランを出る2人。ただ、ほんの少しだけ彼と話ができなかった事を残念に思いながら。

 

 

 

 

【負け気分】

 

 

 

 

 そして、津田家に来た2人。迎えたのは留守番をしていたコトミであった。

 

「いらっしゃーい、お姉ちゃんに会長っ」

 

「ああ、お邪魔するぞ」

 

「ただいま」

 

「……」

 

 目と目が合うシノとチヒロ。その沈黙が、妙に重く感じたのは気のせいだろうかとコトミは思う。

 

「ああ、2人ともおそろいで。シノちゃんもいらっしゃい」

 

 そんな空気を破ったのは、リビングから顔を出してきた母親であった。シノもチヒロも、さすがに心なしか背筋を伸ばす。

 

「こんにちは。おばさん」

 

「こんにちは。お義母さん」

 

「……」

 

 目と目が合うシノとチヒロ。その沈黙が、さっきより重く感じたのは気のせいだろうかとコトミは思う。

 

「お義母さんって呼んでいるのか」

 

「はい。先ほども言いましたが、週一で通っているので」

 

「ほう」

 

 取り繕うこともなく告げるチヒロ。その堂々とした態度に、シノは目を閉じる。

 

「ウオミーには一歩リードされてしまったか。いや、深い意味は無いが」

 

「いえ。私、股割りできるので二歩分です」

 

「ぬう。やるな」

 

 なんだか玄関で盛り上がっている2人。母親はおかしそうに笑っている。

 

「あれ。そういえばタカ兄はどこ行ったの?」

 

「なに言っているのよ。タカトシはバイトでしょ?」

 

「あ、そうだった。さっきまで部屋でゲームしてたから忘れちゃって」

 

 母親の呆れた様子に、コトミは頭を掻く。

 

「もう。コトミも高校生でしょう。そろそろ遊ぶお金くらいは自分で稼げるようになりなさい」

 

「あはは。それじゃあお2人とも上がってくださいっ」

 

 露骨に話を逸らすコトミだが、母はもう諦めているとばかりにそれ以上のことは言わなかった。代わりに、娘と一緒になって2人をリビングに案内する。

 

 ソファに腰を落ち着かせると、シノはタカトシの事を話題に出した。

 

「津田の事なのだが、さっきまで私たちもアルバイト先のレストランにいたぞ」

 

「ええ? いいなあ。今日からアイスのフェアをやってるって聞きましたよ」

 

「コトミちゃんも、たまには友達を誘って行ってみるといいよ。売り上げの貢献にもなるだろうし、あのレストランは本当に美味しいものばかりだから」

 

 チヒロの提案に、コトミはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「たはは。そうしたいのは山々なんですけれどねえ。実は今月、懐事情がちょっと」

 

「この子、先日も買い物でお小遣いを使いすぎちゃって」

 

 横から母が茶々を入れる。何の買い物をしていたのかは、大体予想がついた。世間で言う、薄い本というやつだろう。

 

「それよりも、タカトシには会った?」

 

「はい。ただ、厨房で働いている所を遠巻きに見ていただけですけれど」

 

 息子の働きぶりを気にしている母親に、シノは答えた。そこにチヒロも付け足す。

 

「お客さんが凄い行列でした。皆が本当に忙しそうで。あれでは休む暇もないでしょう」

 

「あら、残念だこと。それじゃあ、やっぱりタカトシは欠席になっちゃうわね」

 

「欠席?」

 

 シノが首を傾げる。欠席とはいったい何のことだろうか。

 

 その疑問に答えるように、コトミがテーブルの上にあるチラシの束から一枚だけ取り出す。そこに印刷されていたのは、夜の河原を背景にして、花火が写っている様子。そして、でかでかと文字があった。

 

 地元が毎年開いている、花火大会のチラシだ。ここから比較的近く、近所の者達は浴衣姿で毎回足を運んでいる。

 

 実は今日、地元の文化会館を中心にお祭りが開かれていた。その締めとして、大きな花火大会が行われるという事だ。

 

 屋台に足を運び、遠くからの太鼓や踊りを楽しみながら、最後は美しい花火。日本のお祭りの醍醐味である。

 

「夏休みも、もう半分くらい過ぎたでしょう。チヒロちゃんもシノちゃんも受験生だし、今のうちに皆で集まって、一緒に花火でもどうかと思ってね。もちろん、都合が合えばだけれど」

 

「いえ、もちろん参加させていただきますよ。それなら、アリアや萩村たちも誘いますから」

 

 願ってもないお誘いであった。タカトシの母親とあれば断る理由など何もないし、純粋に興味が湧いたことも確かだったので。

 

「じゃあ午後にウチで集まって、皆で着付けをするというのはどうでしょうか?」

 

「あら、それならいいわね。花火が始まるのは8時だから、6時にウチに集合ね」

 

「そのほうが時間に余裕もありそうですね」

 

 話が進んでいく2人。それを、じっと見つめるシノ。

 

「……一応聞くが、ウチというのはこの家の事ですよね?」

 

「そうよ。もしかして都合が悪かった?」

 

「……いえ、いいんです」

 

 母親にすらあまりにも普通に返され、シノは色々と言いたい事をグッと飲み込んだ。

 

 

 

 

【着付け】

 

 

 

 

 誘われた者達は、特に予定がなかったらしい。1時間ほどで、津田家に足を運んだ。

 

 面子は例によって生徒会役員の萩村スズと七条アリア。

 

 そして、七条家のメイドである出島サヤカである。例の大型のリムジンに令嬢を乗せてきていたので、近くの有料駐車場にとめていた。家の前では対向車が気の毒な事になるので。

 

 ちなみに、母親はこの場にはいない。親しい友人同士になるように気を使って、買い物に出かけたのだ。

 

「みなさん。我が家に良く集まってくれました」

 

「あの。ここって津田の家ですよね?」

 

 チヒロの言葉に、スズが挙手をする。そこを、諦めきった顔でシノが無言のまま肩に手を置いた。

 

「コホン。では、第3回ウオミー姉さんと」

 

「私、出島サヤカの着付け教室ですね」

 

 パチパチと朗らかに拍手をするチヒロとサヤカに、他の面々は申し訳程度にそれに習う。日本人は空気を読む民族なのだから。

 

 というか、まるで申し合わせたように2人が講師になっているのはなぜだろう。きっと、深く考えてはいけないのだ。

 

「3回という事は、他でもやっているの?」

 

 アリアの素朴な疑問に頷くチヒロ。

 

「私、着付け得意なので友人にも教えたりしています。たとえば、巫女服にボンテージ。あと女騎士の鎧も」

 

「幅広いね」

 

「いや、明らかに場違い」

 

 素直に納得するアリアに、スズが突っ込む。

 

「おや。やはりあなたは私が見込んだとおりのお方ですね。それでしたならば私にも心得はあります」

 

 案の定というか、話に乗っかるサヤカ。

 

「なにしろ私自身、それらを身につけて仕事をしていたことがありますから」

 

「そのお話、もう少し詳しく聞かせていただいても?」

 

「私、帰っていい?」

 

 スズは根をあげた。

 

「まあまあ、萩村。せっかく夏休みに皆でイベントに参加できるんだ。今更帰る事はないだろう」

 

「そういえば会長。何で今日に限って津田がいないんですか?」

 

「今日はレストランのアルバイトだそうだ。午後にもシフトが入っているらしくてな。誘えなかった」

 

「そうですか……」

 

 という事は、私ひとりで突っ込みを入れなくちゃあいけないんだろうなあと、スズは心の中で呟いた。

 

 とはいえ、クヨクヨしてばかりもいられない。どうせ女同士なんだからと、リビングの中で遠慮なく服を脱ぎ、持ってきた浴衣を取り出すことになった。もちろん、カーテンをしっかりと閉める事も忘れない。

 

「私はこのままでも構わないのですが……」

 

「そんなの出島さんだけですよ」

 

「私も別に」

 

「私もだ」

 

「私も」

 

「私は裸エプロンくらいなら……」

 

「ちくしょう、誰も味方がいない!」

 

 天井を仰ぐスズだが、ここで意外にもサヤカが同意する。

 

「何故恥ずかしがってくれないのですか……恥じらい分が足りないというのに」

 

 目の幅涙を流すサヤカであった。そして、違う理由でスズも一緒に。

 

 

 

 

 結局のところ、浴衣は振り袖とは違って比較的着付けが楽なため、特に問題なく着替えることができた。とはいっても、意外と細かいところは指摘されたのだが。

 

「ちゃんと着丈と上前の幅を決めてね」

 

「こうですか?」

 

「そうです。シワを整えてください」

 

「はい」

 

 チヒロとサヤカの着付けは見事であり、それこそ見本とも言うべき浴衣の格好が出来上がった。毎年着ている姿とはどこか違うと思わせてしまう。

 

 着替えが終わった時にも、まだ時間に余裕がある。そこに、席を外していた母親がリビングに顔を出した。綺麗どころが揃った浴衣姿に、さすがに目を瞬かせる。

 

「あら。みんな良く似合っているじゃない」

 

「ありがとうございます。そこで、お義母さん」

 

「なに?」

 

「さっきまでみんなと相談していたのですが、まだ少しばかり時間に余裕があるので、縁日の方に顔を出してきても?」

 

「あら、いいのよ。私とお父さんは、着付けが終わったら直接河原の方で場所を取っておいてあげるから」

 

 いつもやっている事だからと、母親は笑う。そういう気遣いのできるところは、きっとタカトシにも受け継がれているんだろうなとチヒロ達は思った。

 

 ともあれ、せっかくの好意なのだから、ありがたく受け取っておく事にする。もう一度母親に礼を言うと、彼女達は津田家を出た。

 

「チョコバナナが売っていたら、出島さんも食べようね?」

 

「ありがとうございます、お嬢様。ただ……」

 

「ただ?」

 

「最近ご無沙汰なものでして……それを思い出しそうなのです」

 

「言わなきゃ良かったのに」

 

 また涙を流すサヤカに、スズは疲れた表情で言った。

 

 

 

 

【待ち合わせの彼女】

 

 

 

 

 シノ達がたどり着いた時、すでに提灯や屋台の明かりによって街の通りは色鮮やかに輝いていた。

 

 楽しそうなざわめきや、通りがかるカップルや家族連れ。走り回る子供の集団に設置された長椅子に腰掛ける老人達。まさに、お祭りの真っ盛りといった空気であった。

 

 そんな中では、シノやスズたちも自然と足取りが速くなる。花火までは時間があるので、しっかりと楽しむとしよう。

 

 まずは何か軽く食べるものでも探そうかと周囲を見回してみる。その途中、ふと目に付いた人間の横顔が見えた。屋台が立ち並んでいる列から僅かに離れたところに立っている、浴衣姿の少女である。

 

 おや。もしかして……

 

 近寄って、声をかけてみる。相手は驚いたのか、僅かに肩を動かす。

 

「やあ、五十嵐。奇遇だな」

 

「天草会長。どうも、お久しぶりです」

 

 桜才学園風紀委員長の、五十嵐カエデであった。彼女も、この縁日に遊びに来ていたらしい。

 

「天草会長も来ていたんですね。それに、萩村さんや七条さんも」

 

「偶然だね、カエデちゃん」

 

「どうも。こんばんは」

 

 アリアとスズも挨拶をする。

 

「こんばんは。いつもお嬢様がお世話になっております」

 

「いえ、こちらこそ。出島さんもお久しぶりです」

 

 去年の体育祭に家まで送ってもらった人だ。ちゃんと覚えている。

 

「こんな所に一人でいるとは。誰か家族でも待っているのか?」

 

「ええ、そんな所です」

 

 シノの疑問に、カエデは曖昧に答えた。どうやら、待ち合わせ相手は少し遅れているらしい。

 

 おおかた、友人か家族を待っているのだろう。シノはそう考えた。

 

「それにしてもカエデちゃん。その浴衣姿、似合ってるね」

 

 アリアは素直にそう言った。実際、今のカエデは普段の印象とは違って見える。

 

「ありがとうございます。母が、今日のために買ってくれたものですので」

 

 清楚な柄で、赤を基調とした浴衣を身にまとっている姿は、どこか快活な大人の女性を思わせる雰囲気がある。髪もいつもの見慣れた三つ編みではなく、頭の後ろにアップしているため、見慣れている者でなければ一目でカエデと気づけなかっただろう。

 

「ずっと一人でいるのも退屈でしょうから、その人が来るまでは私たちと一緒に見て回りませんか?」

 

 ここではナンパ等の危険もありえるという意味で提案したスズだったが、カエデはやんわりとそれを断った。

 

「大丈夫です。ここは人目も多いですし、変な事は起きませんよ。それに……どこかで入れ違いになってしまうかもしれませんし」

 

「む。そういう事ならば……」

 

 少しだけ残念に思うシノ。せっかく、同級生にこういう場所で会えたというのに。

 

 かといって、いつまでもこうしていても仕方がない。後ろ髪を引かれる思いはあるが、ここは引き下がるとしよう。

 

「そうか。無理を言って済まない。五十嵐も、連れの方達と楽しんでくれ」

 

「はい。会長や皆さんもごゆっくり」

 

 縁日のざわめきに入っていくシノ達。その前に、アリアだけはカエデに向かって一度だけ振り向くと、友人達の後ろについていった。

 

 

 

 

【2人と彼女達】

 

 

 

 

 シノ達の姿が見えなくなって数分後。カエデの待っている人物が姿を見せた。急いできたのか、僅かに息を切らせている男性。

 

「すみません、カエデさん。待ちましたか?」

 

「いいんですよ。私が早く来すぎちゃっただけです」

 

「それでも、ごめん」

 

「本当に気にしていません。待ち合わせの時間よりは早かったんですから。さあ、行きましょう」

 

 そっと、手を繋ぐカエデ。男性恐怖症の彼女を知る者にとっては、考えられない行動であった。

 

 しかし、カエデも男性も、それが当然とばかりにお互いの手を握り合っている。逸れも当然だ。2人は――恋人同士なのだから。

 

 津田タカトシ。五十嵐カエデ。2人は今日の朝、この縁日でデートをする約束をしていたのだ。

 

 夏休み中というのは、学園で会うことがないので比較的自由に時間が取れる。とはいえ、さすがに毎日というわけにはいかない。

 

 カエデは受験生。片やタカトシもまたアルバイト。さらに道場にも通っている。それでも、こうして時間を見つけてはスケジュールを調整して2人は会っている。

 

 今日のアルバイトは、少しだけ長引いてしまった。家族の者達には言わなかったが、今日は午後の5時で仕事は終わるはずだったのである。それを、午後のシフトに来るはずの同僚が遅刻したため、混雑している仕事を抜けることができず、こんな時間まで遅くなってしまったのであった。

 

 とはいえ、それを言っても言い訳にしかならない。カエデもまた、遅刻の理由を問い詰めるなどという事もせず、黙って今を楽しもうと勧めてくれているのだ。

 

 本当に、できた人だよな。タカトシは改めてそう思った。

 

「カエデさん」

 

「なに、タカトシ?」

 

「浴衣姿、素敵ですね」

 

「ふふ。ありがとう」

 

 会った瞬間、言いたかった言葉。会った瞬間、言われたかった言葉。

 

 それを確かめ合いつつ、2人は周囲のカップルの中にまぎれて縁日の輪へと入っていった。

 

 

 

 

 15分もしないうちに、シノやスズの手にはお面や綿菓子。水の入ったヨーヨーが増えていく。縁日の定番だ。

 

「おっ、射的だ」

 

 そこで、コトミが屋台を指差す。奥の棚にある景品は数多く並べられてあった。

 

「皆で勝負しませんか? 私、こういうの好きなんです」

 

「いいだろう」

 

 シノも負けじと受けて立つ。他の者達も、依存はないらしい。

 

「それじゃあ、まずは私が」

 

 コトミが百円を余分に払い、射的の銃を両手にそれぞれ持つ。二挺拳銃のスタイルだ。

 

 まあ、いつもの中二病だ。いちいちツッコむ必要も無い。そんな生暖かい視線には気づかず、射的を楽しむコトミ。

 

 利き手ではない左を外しまくったまま終わると、今度はアリア。前かがみになり、銃を構える。

 

 そこで、店のおっさんの視線が妙に変わるのを見逃さなかったサヤカ。そう、まさにその視線は、さっきまで浴衣ごと突き出されたアリアのお尻を見ていた自分と同じ目をしているのだから。

 

「おっと。狙いが逸れました」

 

「あじゃぱあっ!?」

 

 サヤカの撃った銃の弾が、男の股間に直撃した。谷間を覗いて興奮していた分、先っちょの直撃はかなり効いたに違いない。

 

「もう、出島さん。何をやっているの?」

 

「失礼。なにぶん初めてなものでして」

 

「お、おお……じ、女王様、もっとお願いしますうぅ……」

 

 股間を押さえたまま、どこか恍惚とした表情をする中年。どうやら、今ので調教されたっぽい。

 

「……すいません。私、射的は辞退します」

 

 スズが手を上げる。というより、当然の判断だ。

 

 そんなひと悶着もあったが、それ以降は何の問題もなく多くの店に立ち寄り、楽しい時間を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 アルバイトをしているので、懐が暖かい。タカトシはりんご飴や、綿菓子を買ってあげた。

 

 2人は少しだけ集団から離れた休憩所を見つけ、その長椅子に腰を落ち着ける。祭りはまだ始まったばかりといわんばかりに、客で溢れていく。

 

「今年は、去年よりも大盛況ですね」

 

「そうなんですか。私、この縁日は今回が初めてですから」

 

「ああ、確かにカエデさんの家から来るのは、少し遠いですからね。たしか、あの辺りは万屋(よろずや)神社の例大祭でしたっけ」

 

「よく知っていますね。それ、再来週に行われるんですよ」

 

「それじゃあ、その時は」

 

「ええ。必ず誘います」

 

 ふふっと、2人で笑う。こうして遠慮もなく話ができるというのが、お互いに嬉しかったからだ。

 

 話も自然と弾む。初めて恋人同士になったカップルは距離の掴み方が分からずにギクシャクする場合もあるのだが、この2人はそういう部類には当てはまらないらしい。

 

 そこで、3人分ほどの距離をとって座っている2人組みが見えた。あちらもカップルで、むしろ距離の近さで言えばタカトシたちよりも上だ。

 

「ほら、ケンくん。あーん」

 

「あーん」

 

 呆れたことに、女性がさっきまで舐めていたりんご飴を、ケンと呼ばれた恋人の口に入れたのだ。男の方も、嬉々としてそれを受け入れている。

 

「……」

 

「……」

 

 訂正。今の彼らは、間違いなく距離を掴みかねている。つい、2人はカエデが持っているりんご飴に視線が行ってしまった。

 

「え、あ、あの……よかったら、これ食べます?」

 

 さっきまでの楽しそうな様子はどこへやら。すっかり取り乱したようにオロオロする風紀委員長。

 

 か、かわいい……

 

 ついそんな姿に見惚れてしまいそうになる。いや、実際に見惚れた。

 

「そ、それでは、まず私から」

 

「え?」

 

 包み紙を取り外し、持たせたまま口に含む。りんごの味が舌を包み込む。しばらく口の中で転がすと、そっと取り出した。

 

「ど、どうぞ。今度は、タカトシの番……です」

 

「カ、カエデさん?」

 

「あ」

 

 その戸惑ったタカトシの声に、ようやく我に返るカエデ。

 

 瞬間、みるみるうちに顔が赤くなっていく彼女。提灯の明かりだけでもそれが分かった。

 

 ――な、何をやっているのですか、私は!

 

 しまった。お祭りの雰囲気と、ついカップルに当てられて。

 

 普段の自分からは考えられない、大胆な事をしてしまった。カエデは、自分が信じられなかった。

 

「ち、違うんです。これは、その……単なる冗談で」

 

 しかし、その声は小さくなった。真剣な顔になったタカトシが、彼女のリンゴ飴をもっている指をそっと手で覆ったのである。

 

 大して強くないはずなのに、されるがままに彼の口元へ。そしてそのまま、パクリと口に含んだ。

 

「あっ……」

 

 小さな声で驚くカエデ。対して、タカトシは妙に真剣な顔でりんご飴を舐める。そして、カエデと同じように口から取り出した。

 

「……甘くて、とっても美味しいです」

 

「タ、タカトシ……」

 

「あはは。カエデさんに恥をかかせるわけにはいきませんから」

 

 カエデはしばらく口をパクパクさせていたが、やがて諦めきったように頬に手を当てる。やはり、掌から伝わる熱は相変わらずだ。

 

「さあ、次はカエデさんですよ」

 

「う。やっぱりやるんですね……」

 

「もちろんです。ほら。あーんしてくださいよ」

 

「もう……わかりましたから」

 

 子供のように楽しそうなタカトシの笑顔に、カエデも腹をくくった。また、そっと口にくわえる。

 

 口の中に広がる甘さは、りんごのせいか。それとも彼の味か。もう、どっちだっていい。

 

 飴は舐めた。最後まで、舐めた。

 

 

 

 

【秘密のスポットで】

 

 

 

 

 タカトシとカエデが花火の見える河原についた頃には、すでに他の客で賑わっていた。

 

 みんな縁日の帰りの者が多いのか、風船や綿菓子を持ったままの人が多い。

 

 とはいえ、これでは腰を落ち着ける事もできない。カエデがどうしようかと考えていると、タカトシがあっさりと解決方法を示してくれた。

 

「大丈夫ですよ。向こうに、穴場がありますので」

 

 そう言って、そっとカエデの手をとる。客の集団からは僅かに離れた、人気が少ない場所へ。

 

「ああ、なるほど。ここの方が眺めもよさそうですね」

 

 思わず感心する。でも、なぜこんな良い場所が空いているのだろうか。

 

 もしこの場にシノがいれば、人気がないから青カンカップルご用達の場だからだとでも言ったのかもしれない。しかし、現実に生徒会会長は2人よりも先にタカトシの母が用意していた場所に陣取り、みんなと共に集団の中に紛れていて。

 

「それじゃあ、カエデさん。ここに」

 

「ありがとう、タカトシ」

 

 自分の持っている大きめのハンカチを取り出し、シート代わりに。カエデは言葉に甘えてそこに腰掛けた。

 

 そして、予定の時刻。

 

 ――黄金の花が、大きな音と共に夜空へ舞った。

 

 群集から、おおーと声が上がる。やはり、この瞬間は何度見ても感動するものだった。

 

 二輪目は、赤い花。三輪目は、緑の花。

 

 だれかが、たまやーと声を出した。次は、かぎやーと。

 

 興奮したのか、子供らしい声がきゃあきゃあとはしゃぎだす声が混じる。その声すらも、夜空に咲く花の音には敵わない。

 

「綺麗です」

 

 傍にいたカエデの唇から、感嘆の呟きが聞こえた。つい、花火の光に照らされる恋人の横顔を見つめる。

 

 彼女の顔は、子供のように楽しそうで。学園にいる時とは違う、見知らぬ女性のようであった。

 

 タカトシは、ほとんど無意識に言ってしまう。貴女の方が綺麗ですよ、と。

 

 しかし、その声は花火の音にかき消されて。彼女の耳には届かなくて。

 

「……」

 

 もう一度告げる代わりに、彼はそっとカエデの浴衣に包まれた細い肩を、そっと抱き寄せる。

 

「あ……」

 

 彼女は、驚きこそした。だが、それだけだった。潤んだ瞳がタカトシを貫いた後、そっと微笑む。

 

 恋人は、黙って首を彼の肩に預ける。そのまま、一緒に花火の輝きに照らされて。

 

 花火は打ち上げられる。刹那に生まれる色とりどりの光が、街を照らし続けた。

 

「カエデさん」

 

「なに、タカトシ?」

 

「愛しています」

 

 今度は、花火に邪魔をされなかった。遅れて、ドンという音がする。

 

「はい。私も、愛しています」

 

 カエデは、見つめている恋人の目を見返す。花火よりも、もっと見ていたい相手がすぐ傍にいるのだから。

 

 タカトシは、指でそっと恋人の小さな顎を僅かに上げる。それだけで、彼女は唇を突き出している格好になった。

 

 唇が触れ合った瞬間、甘い味が広がる。今度はりんごなどではない、純粋な2人の味。

 

 大人の声。子供の声。周囲の歓声は、ますます盛り上がっていて。

 

 そんな空間から離れ、2人だけの時間を過ごすタカトシとカエデの2人。

 

 夏の夜空に咲きほこる花火の光は、全てを平等に照らしていた――

 

 

 

 

つづく

 

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