生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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僕達が始める収穫祭。

キミと僕は新しい祭りに胸を躍らせ。

手を取り合って、楽しもう。

一緒にいられる時間が、許されるまで。


収穫祭に向けて【前編】

 

 

 

【彼女の朝】

 

 

 

 

 朝、カーテンの隙間から漏れる日差しで目が覚めた。まどろみから覚醒する瞬間は、一日の始まりをいつも意識させられる。

 

 ベッドから上半身を起こす。時計を確認すると、時刻は5時を半分近く過ぎた頃。起きるには良い時間だ。

 

 五十嵐カエデは背筋を伸ばし、床に足を下ろす。用意している学園指定の制服と着替えの下着を手に、部屋を出た。

 

 脱衣所でパジャマと下着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びる。夏の残暑が遠ざかった今もなお、寝汗は乙女の大敵だ。

 

 身体を拭き、制服の袖に腕を通す。リビングを出ると、ちょうど今起きたらしい姉と目が合った。

 

「おはよう、姉さん。またレポートで徹夜したの?」

 

「おはよう。レポートは昨日提出した。それのお祝いでお酒飲んでた」

 

 この姉――五十嵐ヤヨイは一人酒が大好きであった。曰く、他のやつらが一緒だとすぐに酔いつぶれるから、らしい。

 

「まったく。いつも言っているじゃない。誰がゴミ出しすると思っているの」

 

「ん。明日は資源物の日だっけ。その時にまとめて出せば?」

 

「来週の月曜よ。もう」

 

 大学の成績は上位のはずなのだが、このズボラさはどうにかならないものか。いつもの光景ながら、カエデは姉の将来に選ばれる夫の苦労を偲んだ。

 

 続けて、母が台所に出てくる。カエデはその横に立って、調理を手伝う。これも、いつもの事である。

 

 朝食を済ませ、カエデは家を出る。登校の時間だ。

 

 電車に揺られ、短い乗車時間の中で最寄り駅に降りる。他の桜才学園の生徒達の姿はまばらだ。この時間帯は、まだ登校する生徒も少ない。

 

 校門をくぐると、まだ人気のない見慣れた校舎が目の前に。玄関で上履きに履き替え、自分の教室に荷物を置く。

 

 階段を降りて、外に出る。今日は、服装チェックの日だ。

 

 指定の場所に立つ前に、自分の服を見下ろす。家で着替えをする際にチェックは済ませているが、念のためにもう一度。注意をする側が服を乱していたでは説得力が無いからだ。

 

「おはようございます。カエデ先輩」

 

 声がかけられた。校門から近寄ってくる、一人の男子。

 

 ワイシャツの上からでも分かる、がっしりとしたアスリート体型の長身。自分を見つめる瞳は、どこまでも穏やかで。

 

 そんな彼に自然な笑顔を浮かべ、カエデは返事をする。

 

「おはよう。タカトシ君」

 

 今日も始まる。彼と過ごす、桜才学園の一日が。

 

 

 

 

 秋の紅葉が彩る季節。

 

 気温さえ差し置けば、衰える気配のない日差しの強さを、彼ら桜才学園生徒会役員達は木陰の下でやり過ごす。

 

 それでも、仕事は休まない。静かに吹く風を意識しながらも、登校している生徒達の服装チェックを続けていた。

 

「ネクタイはちゃんと締める!」

 

「すみません!」

 

 2学期が始まって、すでに1ヶ月を越す今。彼女達生徒会役員をはじめとした風紀の取り締まりは、相変わらずであった。

 

「まったく。いい加減気を引き締める時だろうに」

 

「3年生はもう推薦入試が始まる人もいますからね」

 

 シノのぼやきに会計の萩村スズが相槌を打つ。

 

「先週から残暑も無くなって、涼しくなりましたからね。コトミが布団から出られなくなってきて、今日もたたき起こす羽目になりました」

 

「ふうん。どこを叩いたの、津田君?」

 

「あなたが考えていない場所です」

 

 にっこりと笑顔を見せながら訊ねる七条アリアに、津田タカトシは冷静に返す。こんなやり取りも、夏休みを挟んでしまえば随分と懐かしく感じるものだった。

 

「まあ、それはそうと……会長。気づいていますか?」

 

「うむ」

 

 スズが指摘した先。校門をくぐり、2人の男女の生徒が歩いている姿。

 

 楽しそうに歩いている。注意するべき服装に問題はないが、あれは明らかなカップルだ。おそらくは、夏休み中あたりに関係を深めたのだろう。

 

 とはいえ、別段腕を組んでいるわけでもなければ、手を繋いでいるわけでもない。特に咎める理由もないので、そのまま見送った。

 

「あ、五十嵐風紀委員長。あそこ」

 

「え?」

 

 スズの指摘した先には、手を繋いで歩いている男女の生徒。あれは、明らかに注意の対象に入る。カエデは声を出した。

 

「そこ。ここはもう学園内です。ルールを守って下さいね」

 

「え、あ……すみませんっ」

 

 慌てて手を離し、そそくさと玄関へ向かっていく2人。

 

「まったく。学生が朝からイチャイチャして」

 

 ふしだらな、という態度を隠そうともせずにスズは言った。本当に夏休みが明けてからは、ああいう2人組みが増えてきたと思う。

 

「あ、あの2人もですね」

 

 カエデが目を向けたのは、男子の腕を組んで歩いている女子のペアだった。風紀委員長の注意の声が飛ぶ。

 

「そこ。ちゃんと離れる。学園内では自粛して」

 

 だが、すぐに離れると思っていた2人は、あろうことか足を止める。少しだけ驚いたような顔でカエデを見ると、作ったような愛想笑いをした。

 

「ああ、風紀委員長じゃあないですか。おはようございます」

 

「すみません。てっきり、男女の恋愛は解禁されているものかと」

 

 カエデはその言葉に、若干の棘を感じ取った。それは、タカトシやスズも。

 

「どういう意味ですか」

 

「いえいえ。誰が言い出したかは知りませんが、風紀委員長っていろいろと噂が立っていましたし。まあ、俺も又聞きなんで偉そうな事は言えませんけれど」

 

「取り締まる側に変な噂が流れているくらいだから、これくらいなら許されるかなって思っていたんです。本当にすみません」

 

 明らかに悪びれていない態度。どのような学校にも、多かれ少なかれこういう人間はいるものだ。校則の厳しい桜才学園も、例外ではなかったらしい。

 

「……っ」

 

 ここで、カエデは思い出す。この2人は、確か1学期にタカトシとの交際疑惑が広まり始めた頃、自分の注意に対して嫌味交じりに言い返した事があった。風紀委員長が注意しても説得力無いです、と。

 

 言葉が途切れたカエデの反応をどう解釈したのか、カップルの男子は饒舌に話を続ける。

 

「あれ、適当に言ったんですが図星ついちゃいました? 別に噂が本当だったとしても驚きませんよ。風紀委員長だって人間ですし――」

 

「言いたい事はそれだけですか?」

 

 静かな声が、男子の声を遮る。それだけで、機嫌良さ気だった彼の顔が彼女と共に強張った。

 

 カエデよりも一歩前に出たタカトシの目は、まっすぐに2人の男女を見据えている。

 

「まず、ハッキリと言っておきますよ。噂話なんていうのは、広める事も好きなように作る事も可能。風聞になんらかの解釈をされるのは心外です」

 

「そ」

 

 男子は取り乱した反応をしめした。どうやら、当人から堂々と反論される事を、まったく予想していなかったらしい。

 

「そんなつもりで言ったんじゃないですよ。俺は少なくとも、そういう話を聞いたってだけで。本当です」

 

「注意をされた事が気に障ったからといって、又聞きと言える程度の噂で人を揶揄して、自分の優位性を確保しようとするのは勝手です。ですが、理性を働かせてよく考えてください。この場でそんなレベルの反論をしたとしても、損をするのはあなた達だけですよ」

 

 男子は絶句し、オロオロと周囲に助けを求める目を向けた。他の登校中の生徒達は、関わりを避けるように遠巻きになりながらもこちらを見ているし、恋人の彼女にいたっては不利になることを悟ったらしく、とっくに彼から背を向けて足早に立ち去っていた。

 

 ここで、ようやくタカトシは口調を和らげる。これ以上は、彼にも気の毒だろう。

 

「キツイ言い方になってすみません。けれど、無責任な噂話に歯止めをかけるのも、生徒会の仕事なんです」

 

「は、はい。すみませんでした……」

 

 誰が見ても分かる。もう男子生徒の負けだった。

 

 周囲の視線から逃げるように去っていく男子に背を向け、タカトシはカエデに顔を向ける。どこか惚けて自分を見ている風紀委員長に、ニコリと笑った。

 

「気にしないでくださいね。俺たちは、やましい事なんて何もしていないんですから」

 

「は、はい……」

 

 それは、本人の心の持ちようで、いくらでも様変わりしてしまう言葉。しかし、その言葉こそが今のカエデには嬉しかった。そして、自分を庇ってくれた事も。

 

 顔が熱く、目を合わせられない。風紀委員長は俯いたまま小さい声で言った。

 

「それと……ありがとうございます。助けてくれて、嬉しかった」

 

「いえ。あんな場面になったら、放っておけませんよ」

 

「もしもし。お取り込み中のところを申し訳ありませんが、お仕事を続けなくていいのですか?」

 

 そんな穏やかになりかけた空気を中断したのが、スズのワザとらしい丁寧語と低い声。そこで、2人は我に返る。

 

「いちいちそういう空気を作るから誤解されるんですよ。怪しい関係を疑う事も生徒会の仕事ですので」

 

「ご、ごめん萩村」

 

「え、あ、そうですね。失礼しました」

 

 慌てて元の立ち位置に戻り、表情を取り繕う2人。そのまま、何事も無かったかのように仕事を再開する。ただし、自然とカエデの隣に立って。

 

 そこで、とうとう我らが生徒会長の機嫌も限界だったらしい。頬を膨らませて、強引にタカトシの腕を掴む。そのまま、自分の隣に引っ張りこんだ。

 

「ええい、注意をした事はともかくとして、お前たちはいちいちくっつきすぎだぞ。そしてお前は私の右腕なんだから、右側に立て!」

 

「シノちゃんも、時と場所を選んだ方が」

 

「え?」

 

 意外にも、アリアから注意を受ける。

 

「外野から見たら、ただのラブコメだよ」

 

 シノは、壊れたロボットのように周囲を見た。当然のように、ヒソヒソと囁きあっている登校中の生徒達。

 

「あ、副会長と風紀委員長だ。会長もいる」

 

「三角関係かな?」

 

「えっ、風紀委員長と副会長の間に割り込もうって?」

 

「会長って健気だね」

 

「やっぱ、諦めきれないのかな」

 

「ちょっとまて! 何だその最後のやりとりは!?」

 

 顔を真っ赤にし、すっかり怒髪天状態のシノ会長。虎の尾を踏んでしまったと悟った生徒達は、我先にと玄関へと走っていく。

 

「ま、まったく……これだから噂話というのは当てにならん」

 

 涙目になり、肩で息をするシノの様子に、他の面々は揃って顔を見合わせる。正直、なんて言って良いのか分からないからだ。

 

 その後、この短い秋の朝。彼女らの服装チェックは続いた。シノから時折向けられる視線には、気づかないふりをしつつ。

 

 まあ、そんなこんなで。

 

 2人の周囲にある人間関係は、危なっかしくも通常運転を保っていた。

 

 

 

 

【応援するよ】

 

 

 

 

 服装チェックを終わらせ、生徒会室に置いていた荷物を取りに向かう役員達。前を歩いているシノとスズに聞こえないように、アリアはそっとタカトシに話しかけてきた。

 

「津田君って、随分と大胆な事を言うんだね」

 

「何の話です、七条先輩?」

 

「ほら、さっき2年生の後輩達に言い返していた話」

 

「あれは、ああ言っておいた方がしっくり来ると思っただけですから」

 

 タカトシは肩をすくめる。アリアは笑顔の中にも、少しだけ真剣さが篭っているような表情のまま言う。

 

「格好良かったよ。特に最後の言葉。意訳をするんだったら“カエデ先輩は俺が守る”ってところかな」

 

「そうですね。今や噂話の半分は、本当の事なんですが。だからといって、いつまでも噂話に踊らされているわけにはいきません」

 

「へえ……」

 

 とはいえ、あのカップルには少しだけ悪い事をしてしまったのかもしれない。頃合いを見て、2人が別れたりしないようにフォローをしておくとしよう。

 

「カエデちゃんが津田君を好きになったの、ちょっと分かる気がするなあ」

 

「そうですか? おれはただ、できる事をやろうとしているだけですが」

 

「うん。だって……」

 

 アリアはタカトシの横に並んだまま、静かな声で言った。

 

「津田君、好きな人を守るのに必死だったから」

 

「それは当たり前の事じゃ?」

 

「そうでもないよ。これは私個人の考えだけど……子供に求められる美徳は正直さ。大人に求められるのは誠実さだと私は思っているの」

 

 あの時、タカトシはカエデのために嘘をつかない範囲で、あの男の子の言葉を否定した。実際に起きている事実とは違う解釈を植えつけた事は確かだが、残っている事実は彼女が噂話という悪意から守られたということ。

 

 だからね、とアリアはタカトシの顔を覗き込む。大人びた穏やかな瞳が、タカトシの戸惑った瞳を優しく射抜く。

 

「色々あると思うけど……津田君は、ずっとそのままで頑張ってね」

 

 それは、あの夏の日。卒業生で、短い時間を共に過ごした古谷サチコと同じ想いの言葉。

 

「もちろんです」

 

 タカトシは、万感の想いで誓った。

 

 

 

 

【衣装】

 

 

 

 

「そろそろハロウィンパーティーの準備が始まりますね」

 

 生徒会室。昼休みの会議にて取り上げられた議題がそれだった。10月も半ばになる頃、今年から新しく採用されたイベントである。

 

 ハロウィン。もともと日本ではマイナーであった海外のイベントであったが、数年ほど前から急激に世間に意識されるようになった催し物。お祭り好きな日本人らしいといえば、それまでなのだが。

 

「うむ。我々桜才学園も流行の波に乗り遅れるわけにはいかん。今日の放課後から、材料の調達や道具作りに取り掛かるぞ」

 

 おー、と握りこぶしを頭上に向ける役員達。

 

「それと今回行われるパーティーについて、生徒からのアンケートによりますと……外にはパンプキン型のバルーンを設置すると面白そうとか、ハロウィンに関係するコスプレとかをやってほしいという声がありますね」

 

 手元の報告書を読みながらタカトシが言う。同じ資料に目を通しているアリアが、小首を傾げた。

 

「他にもアンケートには色々書いてあるけれど……この七条先輩には、身体のラインがハッキリ出る悪魔っ娘衣装をお願いしますって」

 

「絶対に男子の仕業ですね。七条先輩のファンからじゃないですか?」

 

 やだやだと顔をしかめるスズ。こういう下心丸出しの意見をよくもアンケートに書けるものだ。

 

「会長。俺達がコスプレをやるというのは決定事項ですか?」

 

「ああ。我々生徒会が率先してパーティーに溶け込む事で、他の生徒も自分も楽しもうという気になれるからな」

 

「それなら私、着てみようかな。出島さんから借りればいいし」

 

 アリアが口にしたのは、出島サヤカの名前。れっきとした七条家のメイドである。あらゆる免許を取得しており、非常に多芸な人物なのだ。

 

「へえ。あの人、そういう衣装も作れるんですね」

 

「ううん。昔やっていた仕事の関係で持っているから」

 

「うん。予想してた」

 

 今更驚く事もあるまい。スズは悟っていた。

 

「それじゃあ、衣装はこれなんてどうかな?」

 

 アリアは自分が持っていた衣装案のプリントをシノに見せる。机に置かれたそれを、タカトシとスズも覗き込んだ。

 

「む。少し露出度が高いな……」

 

「これって、ビキニの水着の衣装に狼の体毛を再現していますね。どの道、学園で着るものではありませんが」

 

 シノの感想に、タカトシも難色を示す。

 

「それじゃあ、これは?」

 

「バニーガール……ハロウィンとは何の関係もないだろう」

 

「ニュースなんかじゃあ、わりと見る格好だと思うけれど」

 

「コスプレ大会と勘違いしているのだろうな。却下だ」

 

 次の衣装は、全身包帯。

 

「まあ、ハロウィンらしいといえばそうなのだろうが」

 

「会長。これ、素肌の上に包帯だけって」

 

「却下」

 

 なかなかいい案が決まらない。というか、思春期を刺激する衣装ばかりの中で、真っ当なものが決まるはずもなかった。

 

「失礼するよ」

 

 ノックの音の後、生徒会室に横島ナルコが入ってきた。一応顧問なので、たまに顔を出してくるのだ。

 

「横島先生。何か?」

 

「いやあ、実はね。衣装に必要な材料の発注が今日までって事忘れていてさ。悪いけど、今日の夕方までに出しといてくんない?」

 

「はあ。まったく……」

 

 シノをはじめとした役員達の呆れの顔に悪びれもせず、布などの注文書を机に置く生徒会顧問。そういう重要なものは、もっと早くに出して欲しかった。

 

 とはいえ、あまり責めることもできない。こちらとて、どういう衣装にするのかも決まっていなかったのだから。

 

 ふと、ランコは衣装案に書かれたイラストに目が留まる。バニーガールにビキニの衣装。

 

「おいおい、こういう格好のは許可なく作っちゃあダメだろ」

 

「いえ、すでに却下しているやつですよ。さすがに露出が多すぎるのは高校生としてマズイですし」

 

 タカトシがフォローを入れる。まあ、当たり前だろう。

 

「私が何着か持っている。貸してやるから、それ使え。そうすれば予算が浮くだろうが」

 

「うん。予想してた」

 

 今更驚く事もあるまい。やっぱりタカトシも悟っていた。

 

 

 

 

【釣り合うように】

 

 

 

 

 そんなハロウィンパーティーが間近に迫っている、ある日の事。

 

 周囲はすでに看板作りやパンフレット製作で忙しく、生徒は廊下を歩きながらも作業の邪魔にならないように気をつけなければならない。

 

 授業は通常通りに行われるものの、皆はどこか浮き足立っていて落ち着きが無い。休み時間も、話題はほとんどがハロウィンの事ばかりだ。

 

 そして、家に帰った後も。

 

「それじゃあ、カエデさんは妖精の衣装を?」

 

「ええ。コーラス部が去年作った衣装なんだけれど……もう少しだけ、アレンジを加えるって」

 

「去年の妖精の衣装も可愛いと思いましたけどね。今回はどんなデザインなのか楽しみです」

 

「いやですね。去年のあれも、けっこう恥ずかしかったんですよ?」

 

「あれよりも可愛いんですか。余計に楽しみになりました」

 

「もう、タカトシっ」

 

 秋の夜空が浮かぶ頃。タカトシとカエデは話に花を咲かせていた。彼ら2人の、ひそかな楽しみである。

 

「俺は、生徒会でドラキュラの衣装を着るんです。シルクハットにマントっていう、ちょっとありきたりですけれど」

 

「本当ですか。でも、変に凝った衣装だと着づらいでしょうから」

 

 しばらくは学園の事で盛り上がっていた話題が、不意に途切れた。次の話題を出そうと考えていたタカトシだが、それはカエデに先を越されてしまう。

 

「ねえ、タカトシ」

 

「なんです、カエデさん?」

 

 カエデが、2人きりの時だけ呼び合う名前を言った。タカトシも、同じように訊きかえす。

 

「なんだか、思い出しますね。夏休みの事」

 

「ああ。あのアルバイトの」

 

 サチコと海の家でアルバイトをした、短くも楽しい毎日。そして、2人にとっての思い出の最終日。

 

「あの時は、夕焼けの浜辺でしたね。とっても楽しかった」

 

「水着コンテストで、凄く緊張していましたっけ」

 

「たくさんの男の人が見ている中に、ちゃんとタカトシ君がいましたからね。それで、何とか倒れずに済んだんです」

 

「実を言うと、ちょっと嫉妬もしていたんですよ。他の男に見られているのが、なんだかカエデさんを取られたような気分になっちゃって」

 

「古谷先輩のお母さんも、そんなことを言っていましたよ。でも、嬉しい」

 

 照れたように笑うカエデの顔は、僅かに赤らんでいる。電話越しでも、タカトシはそう感じた。

 

 その後ももう少しだけ話が続いた後、どちらからともなくフゥと一息つく。そばの時計を見れば、もう話し始めてから30分近く経過している。

 

 学園で距離の近い話ができない分、この時間はつい長くなってしまう。お休みと言いながら、電話を切った。

 

「さて、と。そろそろ始めなきゃな」

 

 机の隅に置いてある参考書を開き、勉強に取り掛かるタカトシ。将来のために留学ができる大学に通いたい。そのためには、努力を怠ってはいけないのだから。

 

 数十分ほど勉強をした後、試験問題を解く。大学の過去問題だ。

 

 採点の結果は――まあ、ギリギリ合格圏だ。とはいえ、油断すればすぐに成績など落ちてしまうだろう。

 

 自分は、後1年間の猶予がある。その間にどれだけ巻き返せるか、だ。

 

「さて」

 

 椅子から立ち上がる。そろそろ風呂に入る時間だ。その後で、もう一度おさらいをしよう。

 

 着替えを持ち、階段を降りる。コトミは部屋でゲームでもしているのか、リビングに姿が見えない。

 

 風呂を済ませたタカトシは、再び机に向かう。目に入るのは、さっきまで解いていた試験問題と、カエデと通話した後のまま机に置いてある自分のスマホ。

 

「そういえば……」

 

 ふと気づいた。以前、カエデから教えてもらった事がある。彼女の夢は、教職だと。

 

「カエデさん、卒業するんだよな……」

 

 夏は過ぎ、今はもうハロウィンの季節。桜才学園の生徒として触れ合える時間は、少しずつ少なくなっているのだ。

 

 いままで、無意識に避けていた事実。こうして当たり前のように会えるのは、あと半年も無い。

 

「……」

 

 考えよう。これから先の事を。タカトシはそう思った。

 

 きっと彼女は、将来に向かってしっかりと歩いている。そんな彼女を、自分は本気で愛してしまったのだ。

 

 彼女が向かう先は、東京學堂大学の教育学部。受験日は何時だろうか。いや、その前にセンター試験だろうか。

 

 試験が終わったら、彼氏として迎えにいこう。彼女をねぎらい、今後の事を話し合おう。

 

 カーテンを少しだけ開け、夜空に浮かぶ月を見上げる。地球の周りでぼんやりと光っている衛星は、今日も夜の世界を照らしていた。

 

 ――彼女は今もこの月の下、夢に向かって頑張っているのだろう。

 

 タカトシはそっとカーテンを閉じた。そして、勉強を再開する。

 

 将来に向かって、彼女と共に歩くために。

 

 

 

 

つづく

 

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