生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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君と同じ学び舎に通う、2年目の夜。

聖夜はいつも人を賑わせ、高鳴る胸を感じさせ。

大人ではないかも知れない。

子供でもない。

手と手をつないで、ずっと前を歩いていこう。


クリスマスデート。そして・・・・・・

 

【誕生祭の朝】

 

 

 

 

 冬の朝に光が差す。

 

 住宅街からは朝餉の香りが漏れ、太陽は少しずつ上へと昇っていく。白く浮かんでいる雲は少なく、日差しは均等に人の社会を照らしていた。

 

 そんな朝に、津田という表札が掘られている家から、1人の少年が外へと姿を見せる。

 

 名を、津田タカトシ。桜才学園生徒会副会長の2年生だ。

 

 学生が朝早くに家を出るというのに、彼は私服だった。それも当然。今は冬休みの真っ最中なのだから。

 

 彼の表情は、どこか緊張を残しつつも嬉しさを隠しきれていない。おかげで、昨夜から妹には散々からかわれたのは苦い思い出だ。まあ、それは仕方が無いだろう。

 

 そんなことを考えながら、少年は早足で見慣れた風景の中を歩いていく。

 

 世間が“この日”を迎えたというのに、駅周辺の人口密度はまばらであった。無理もない。まだ朝は早いのだから、もう少しすれば、いつも以上に人だかりで賑わうだろう。

 

 駅構内の階段を上り、改札を抜けてホームへ立つ。まもなく電車が到着し、乗車。

 

 中吊り広告を横目に、スマホを取り出す。情報交換のアプリを起動し、確認する。待ち合わせの相手は、すでに自宅から最寄りの駅に着いているという。

 

 電車が到着する。ドアが開くと、タカトシの乗っている車両からは2人ほど乗客が降りていく。入れ違いの形で入ったのは、見慣れない中年夫婦。そして、1人の見慣れた待ち合わせの少女。

 

 黒のニットの上にストールを羽織り、膝から下までの清楚なスカート。普段生真面目な性格でも、やはりファッションには色々と気を遣うのだ。

 

 それとも、彼女も今日という日を楽しみにしてくれていたのかもしれない。

 

 彼女は、すぐにタカトシに気づく。パッと破顔させ、トコトコと近寄ってくる。タカトシもまた、笑顔で彼女の手をそっと取った。

 

「おはようございます、タカトシ」

 

「おはようございます、カエデさん」

 

 穏やかに笑い、2人は見つめ返した。

 

 揺れる電車の中吊り広告には、とある雑誌記事の見出し。

 

 “世間のカップルが寄るべきクリスマスデートスポットTOP10!”

 

 そう、今日は誕生祭。すなわちクリスマス。

 

 タカトシとカエデの、クリスマスデートであった。

 

 

 

 

【頬に感じた】

 

 

 

 

 都心よりやや外れた場所は、今現在も開発地区の一部として発展し続けていた。目的地もまた、土地を盛り上げる一環として作られているのだろう。

 

 東京都内で電車からモノレールに乗り継ぎ、15分ほどの距離だった。この辺りもまた、都心とそう変わらない風景であり、遠くにはうっすらと自然の集まった未開発の風景が見える。あと何年かすれば、この辺りも人工物で埋まるのだろう。それとも、自然はできる限り残すのだろうか。

 

「つきましたね」

 

「この辺りは、初めて来ました。一昨年に新しい駅ができていたのは知っていましたが」

 

 真新しい駅の改札を抜け、数多くの人と共に降りた土地の目の前。目的地は、歩道橋を挟んだすぐそこであった。

 

 巨大な乗り物。趣のある最新の施設や整備。それが一つにまとまった、レジャーランド。

 

 去年に公開された、巨大テーマパーク。タカトシとカエデの目的地は、ここであった。

 

「あれ、テレビで見たことがあります」

 

「今のうちに、写真でも撮りましょうか」

 

「もちろん、ツーショットですよ?」

 

 ウフフ、と笑う2人。彼らのすぐ近くには、すでに来たばかりの友人グループや家族連れがテーマパークを背景に写真撮影を始めている。自分達も、この中に混ざろうと思ったのだ。

 

 人混みの中なので自撮り棒は使わないし、そもそも持ってきていない。タカトシはスマホを取り出すと、レンズを自分達に向ける。

 

 そっと、彼女の肩を抱き寄せた。少しだけ驚かれたが、別に抵抗のそぶりはない。お互いの頬が触れあいながら、タカトシは写真を撮った。

 

「それじゃあ、今度は私ので」

 

「おっと」

 

 カエデは、さっきのお返しといわんばかりに彼の腕にしがみついた。続けて、写真。少し身長差があるので、タカトシはさりげなく腰をかがめるように。

 

 少しだけ照れたように画像を確認する。スマホに映っているのは、照れたように笑う2人の密着した姿。

 

 もう一枚。とどちらかが言った。それじゃあ、撮りましょうかと返す。

 

 同じように、スマホを掲げ。撮影しようとシャッターを切る直前。

 

 ―――Chu。

 

 柔らかい感触が、頬に触れた。

 

 

 

 

【ジェットコースター】

 

 

 

 

 斜めに陽光が差す中、2人は数多くの客と共にテーマパークの中へ入る。

 

 2人が受付で見せたのは、1日フリーパスのチケット。片手の甲に、テーマパークの入場証明のスタンプを押してもらう。カエデは、あえて女性の従業員を選んでしてもらったことは言うまでもない。

 

「なんだか、この不可視インクを見ると、先日のツアーを思い出しちゃいますよ」

 

「タカトシが持ってきていたアレが証拠になって、出島さんが犯人だって証明できたんですよね。私も、そんなものを持ってきていたなんて知らなかったので、驚いちゃいました」

 

「準備をしておくに越したことはないですから。役に立って良かったです」

 

「格好良かったです。疑われていたときも、毅然としていましたから。本当の探偵みたいだなって」

 

「よかったです。格好いいところを見せることができて」

 

 2人は、周囲の流れに乗るようにして歩く。敷地内の中程まで移動すると、一つの列に並んだ。

 

 行列の先は、巨大ジェットコースター。こういう絶叫系のアトラクションは、これからの時間のテンションを上げるために早めに乗っておくのが定番だ。順番待ちは避けられないが、今並んでおかなければ、もっと待つことになってしまう。

 

「20分待ち、ですか」

 

「正直、もう少しかかるかと思っていましたが、むしろラッキーと思いましょう」

 

「なるべく多くのアトラクションをまわるには、ロスは許されませんからね」

 

 何度か確認したパンフレットを片手に、カエデが言った。その姿勢だけでも、彼女がどれだけこの日を楽しみにしてきたかが分かるというもの。かくいう自分もそうなのだが。

 

「カエデさんは、たまに遊園地に来るんですか?」

 

「いいえ。中学時代に友達と行ったことはありますが、男性の方が多く来る場所は苦手でしたから」

 

「それじゃあ、久しぶりに遊園地の空気が楽しめるって事ですね。俺も小学校は家族と。中学までは部活仲間と来ていました」

 

 つまり、高校に入ってからはお互いが初めてということだ。なんだか、妙な共通点があって嬉しくなってしまう。

 

 列が、刻一刻と長くなる。それに比例して時間も過ぎるので、2人は適当に話をしながら時間を潰していた。

 

 自分達の番になる。従業員に案内され、2人は最前列の席に。最も見晴らしがいい場所に座れたのは、喜んでいいのか緊張していいのか。

 

 他の客が座り、ガタガタと音を立てた。ジェットコースターが動き出す。

 

 目の前の起伏になっているレールを上り出す。早くも悲鳴をあげたり、楽しそうな歓声の声が後ろから聞こえ始めた。

 

 隣を見ると、少しだけ緊張しているカエデと目が合う。さすがに、彼女も少しだけ怖いらしい。

 

「大丈夫ですよ。今日は1日、しっかりと楽しみましょう」

 

「頼もしいですね・・・・・・って」

 

 ガクン、と揺れた。最上部に達した合図だ。あとは、このまま――――

 

 誰かの悲鳴が響き渡りつつ、2人を乗せたジェットコースターは真っ逆さまに滑り落ちていった。

 

 

 

 

【メリーゴーラウンド】

 

 

 

 

 終わってみれば、ジョットコースターも楽しいと思える一時だった。乗り物に弱い者はこの時点で気分が悪くなるのだろうが、2人の精神にはむしろ良い刺激になったようだ。

 

 その興奮が冷めないうちに、足を運んだのはメリーゴーラウンド。馬や馬車の乗り物に、子供やカップルが乗っている。2人は、迷わず2人乗り専用の馬車の席を選んだ。

 

 やがてアトラクションが動き出す。それと同時に、フワリとした浮遊感を感じた。

 

 このメリーゴーラウンドは従来のそれとはひと味違い、アトラクションが回転する際にゆっくりと高く上昇していくのである。他の絶叫系マシンほどの高さには及ばないものの、それでも周辺のアトラクションを見下ろせる空の一時を過ごすことができるというわけだ。

 

 ピアノやベルを主体とした音楽が流れながら、メリーゴーラウンドはゆっくりと空の世界へ向かっていく。クリスマスだからか、どこかジングルベルを連想させるような曲調。

 

 子供は馬にまたがったままはしゃぎ、カップルは笑いながら身を寄せ合う。そして、タカトシとカエデの2人も。

 

 一定時間が流れ、昇ったときと同じ速度でゆっくりと下降していく。流れていたロマンチックな時間が、元に戻っていくかのように。

 

 テーマパークの衣装を身につけた従業員の支持で、2人を含めた客は次々と降りていく。心なしか、乗る前よりもお互いに身を寄せているカップルが増えたような気がする。

 

「次は・・・・・・」

 

 視線を向けたのは、カタカナのエの字型で作られているアトラクション。上部から放射線状に長いブランコが回っている。

 

「このテーマパークではスイングジェットっていうらしいですよ。普通の回転ブランコよりも、少し速度を改良しているそうです」

 

「建設計画当初よりも、8キロ速さを増やしたんでしたっけ。それはちょっと楽しみですよ」

 

「・・・・・・タカトシって、もしかしてちょっと怖いくらいが好きなのかな?」

 

「え、何か?」

 

「ううん。タカトシのことが知れて良かったなって」

 

「?」

 

 恋人の新しい一面を知りつつ、カエデはタカトシの手を取って巨大回転ブランコへと向かっていった。

 

 

 

 

【回転ブランコ】

 

 

 

 

 ビーッと音が鳴ると共に、ブランコが回転を始める。そして勢いが少しずつ増していくと共に、上昇も始まった。

 

 加速し、振り回される遠心力がなんともいえないスリルを生み出す。さらに足下と地面の距離は数十メートルも離れていた。

 

 悲鳴と歓声。2種類の入り交じる大声が耐えない中、回転がゆっくりと止まる。自然と、タカトシ達はブランコに座ったまま宙ぶらりんの格好になった。

 

 このまま降りるのだろうかと思うのだろうが、そうではない。中央部に近いブランコが、そろって半回転したのだ。そして、再び回転。

 

 中央付近のブランコは、さっきまでとは逆回転を。反転していない外周部付近の客は、後ろ向きに回転を。そして、歓声と悲鳴。

 

 自然と、カエデとはすれ違う形になった。遠心力と風に耐えながら、つい恋人の様子を見てしまう。

 

 彼女は、こちらが若干低い高さのためにタカトシには気づいていないようだった。ただ、とても楽しんでいるということだけは表情で分かった。

 

「・・・・・・っ」

 

 タカトシは、そんな恋人の様子を見たにもかかわらず、慌てて彼女から目を逸らす。

 

 彼女は今、膝下までのロングスカートを穿いている。当然ながら、スカートの裾は・・・・・・

 

 大事な部分までは流石に片手で隠してはいるのは分かったが、それでもタカトシには目に焼き付いてしまった。

 

 スカートの裾がまくれて、白くほっそりとした脚。女性らしい、適度になめらかな肉のついた太ももが。これは、回転ブランコよりもなお刺激が強い。

 

 見るな。黙ってアトラクションを楽しんでいればいい。そう思っていても、カエデとすれ違うたびに、視線はすぐに彼女の美しい脚へ。

 

 そして、またしても停止。色々な意味で残念と思う間もなく、今度は中央と外周の動きが逆に。なぜか、今度は歓声の中に混じって根を上げるような声が聞こえた。おそらく、どこかの子供の客だろう。

 

 そして、視線はやっぱり・・・・・・

 

 男のサガ。その言葉の意味をかみしめつつ、彼は黙って時間が過ぎるのを待った。

 

 

 

 

【レストラン】

 

 

 

 

 少しだけ落ち着こうということになり、足を運んだのはレストラン。

 

 野外のレストランにしようかとも考えたが、あいにくとそちらは満席だった。そのために少しだけ歩き、屋内のレストランに入る。

 

 中はシンプルながらもカラフルな色合いが印象的な内装であった。お昼時が近いこともあり、やはりここも混雑している。それでも、どうにか2席を確保できたのは本当に運が良かった。

 

 これから午後の時間も乗り物に乗るので、あまりお腹に溜まるモノは食べる気は無かった。それでも、この店にしか作られていないというスイーツを2人で食べる。

 

「んっ。このスイーツ、おいしい」

 

「そうですね」

 

 甘い物好きのカエデに倣い、タカトシも一口。パンケーキにバニラのアイス、イチゴにカスタードクリームと、なかなかに食欲をそそるデザートであった。味のバランスがとれるようにトッピングされているので、甘さが喧嘩をしていないところも流石である。

 

「これ、家で作れますかね」

 

「素敵ですね。出来上がったら、教えていただけますか?」

 

「はい。むしろ、一番始めに呼びますよ」

 

「期待しています。津田シェフ」

 

 そんな他愛のない時間を過ごし、会計を済ませて店を出る。

 

 2人の足取りは、どこか落ち着いていた。食事を挟んで心が安らいだのか、心なしか冷静に今のテーマパークを見つめている。

 

「今度、店のメニュー考案会があるんです。この前までは新しいイタリアンライスを作ってみたんですが、今回は見送ろうかなって」

 

「そうなんですか。でも、せっかく考えた案なのでは?」

 

「ええ。ですから、それは次の考案会までにもう少し改良を加えることにします。それよりも、あのスイーツを食べて考えが変わりました」

 

「スイーツですか?」

 

「はい。イタリア風のスイーツ。考案会にはまだ若干の間がありますので、年末までに細かいレシピを纏めておこうと思って」

 

 年明けになれば、考案会で採用されたメニューが本格的に店のメニューとして発表されるのだ。それを従業員が作れるようになるまでにも、当然ながら日数がかかる。

 

 採用されたとしても、店に並ぶのは年明けの話題が世間から無くなっている頃だろう。その前にタカトシが直接恋人に振る舞うといっているのだから、なんだか特別扱いを受けているような気分になってしまった。

 

「・・・・・・タカトシって、医者になるよりも料理人の方が向いているんじゃないですか?」

 

「そういう生き方も、もしかしたら有りかも知れませんね。でも、俺としては病気や事故と闘える人間になりたいんです」

 

「そう、ですか」

 

 笑って言い切れるタカトシの顔を直視できず、そっと顔を背ける。ただし、繋いでいる手は離さないまま。

 

 自分に誇りを持って、努力を続けて結果を出している。やっぱり素敵な人だと思う。

 

 

 

 

【観覧車】

 

 

 

 

 テーマパークにおける観覧車もまた、驚くほどの巨大さであった。

 

 有名芸術をモチーフとしたゴンドラが印象的で、どこか大人びた外観である。なんでも、夜になればカラフルな照明が点灯して、見る者を楽しませてくれるのだという。

 

 一周は約16分。その間に、テーマパークの先にある風景を眺めながら、ゆったりとした一時を過ごせるという。食事後に乗る乗り物としては、最適だ。

 

 2人は、迷わず乗ることにした。もちろん、帰宅する前にもう一度乗る事を約束して。こういう場所で一日の余韻を沈めるのは、やはり観覧車と相場が決まっている。

 

 十数分ほど並び、自分達の番に。動くゴンドラに取り残されないようにしながら、2人は観覧車に近寄る。

 

「おっと」

 

「あ、どうも」

 

 ゴンドラに入るタイミングを逃しかけたカエデ。それを察したタカトシが彼女の手を取り、迎え入れるような形で一緒に入った。

 

 ゆっくりと上昇していくゴンドラを意識しつつ、カエデはタカトシの向かい側に座る。

 

「ありがとうございます。久しぶりに観覧車に乗ったもので。危うく取り残されるところでした」

 

「昔は、俺もありましたよ。エスカレータ―でも、第一歩を踏み出すのに硬直したりとか」

 

「それと一緒なんでしょうか?」

 

 いまいち自信が持てず、カエデは首をかしげた。

 

「あ、ほら。あのジェットコースター、上からだとああいう形だったんですね」

 

「あのメリーゴーラウンドも、思っていたよりも高く上がっています」

 

 下からだと気づきませんでした。そう素直な感想を漏らす。

 

「うっすらとですが・・・・・・テーマパークの向こうって、海が見えますね」

 

「本当です。ここからでも見えるものだったなんて知りませんでした」

 

 しばらく、俯瞰していく景色を眺める2人。正午を過ぎたばかりのテーマパークは、それぞれの人の動きが一目で分かる。

 

 開園から間もない時間に来た自分達とは違って、いまから入場してくる客も数多く見えた。テーマパーク郊外の街並みや、それぞれの人々の動き。それを眺めているだけでも飽きない。

 

 ゴンドラが、最上の位置へ。ここでは、ハッキリと海が見えた。思わず、わぁと感嘆の声が漏れる。

 

 ゆっくりと、降りる動作に入っていくゴンドラ。もう、少しずつ地上へ向かわなければならない合図だ。

 

「そういえば」

 

「はい?」

 

 カエデが思い出したように言った。

 

「今日はクリスマスですが・・・・・・天草会長達は、今はどうしているんですか?」

 

「ああ。なんでも今夜に、七条先輩の別荘でパーティーがあるからって。俺も誘われたんですけれど、断っちゃいました」

 

「去年もそうしていましたよね」

 

「今年は三葉や轟さんも誘うって萩村が言っていましたから。今はおそらく、そのための準備でもしているんじゃないかと」

 

「魚見さんやコトミさんもですか?」

 

「はい。お姉ちゃんはサクラさんも誘うとか」

 

 学園の話となると、ネタに尽きない。気がつくと、もう降りる時間にさしかかっていた。

 

「お疲れ様でした」

 

 職員が、ゴンドラのドアを開ける。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 タカトシは手を差し伸べる。

 

「はい。次はお化け屋敷ですね」

 

 カエデは、そっと手を取った。

 

 まだ、テーマパークは終わってはいない。デートの時間は、まだこれからなのだから。

 

 

 

 

【お化け屋敷】

 

 

 

 

 和風ホラー。洋風ホラー。

 

 この2種類の恐怖を体験できるというお化け屋敷は、噂に違わぬ怖さを醸し出していた。

 

 山姥を思わせる妖怪。スイカの汁と思わせて、その中に収まっている首から流れている血。

 

 包帯の巻かれているミイラに、客が通り過ぎようとする。そこで包帯が解け、グロテクスな“中身”が襲いかかった。

 

 そこかしこから、子供や女の悲鳴が聞こえる。子供だましだと侮って入っている大人達も、いつしか背筋を冷たくされた。

 

 今の目を肥えた者達の感性に合わせた、正確に相手を怖がらせる表現を追求したお化け屋敷。その中に、今2人は踏み込んでいた。

 

「ひゃあっ」

 

 いつの間にか目の前にあらわれた、囚人を思わせる男の首が真下のライトに照らされる。カエデは思わず、タカトシの胴体にすがりついた。

 

「大丈夫。ゆっくり歩きましょう」

 

 こんな中でも、タカトシは冷静に声をかける。彼はこういうホラー系には強いらしく、全く動揺している気配がない。

 

 カエデのおっかなびっくりな足にも、ちゃんと歩幅を合わせてくれている。こういう気遣いが自然にできるところは、やっぱり優しい人だなと思ってしまう。

 

「この次は、右ですよ」

 

「はい・・・・・・って、ひゃっ!」

 

 曲がり角の先に入ると、そばに立っていた骸骨が崩れていく。関節という関節が、積み木のように落下した。

 

「へえ。こうやって骸骨を元に戻すのか」

 

 再び組み立てられていく骸骨を、タカトシは興味深く見つめる。そんな彼の腕を引いて、カエデは前に進んだ。

 

 瞬間。

 

 カッ、とライトが照らされた。先ほどのように、真下からだ。

 

「あれ?」

 

 と、怖がっていた目を瞬かせた。終始冷静だったタカトシも一緒に。

 

 目の前には、白装束を身につけた1人の女性。青白い肌に吐血の跡が口から出ているが、よく見ればメイクだと分かる。そして、不自然に左右の乳房がずれているのが特徴。

 

「おっと。胸盛りすぎましたか。固定が足りませんでした」

 

「出島さん、なにやってるんですか」

 

 七条家のメイド。出島サヤカが、なぜかお化け屋敷のスタッフをやっていた。

 

 しかし、サヤカにとってはその疑問こそが意外だったようで、仕事中だというのに普通に話しかけてくる。

 

「おや、ご存じないと? ここは、七条グループ運営のテーマパークですから」

 

「ああ、そういえば。でも、こんなところでも会えるなんて奇遇ですね」

 

 まさか、こんなところで知人と出会うなどとは予想もしなかった。しかも、こんな場所で。

 

 タカトシは思う。正直に言って、驚いた。お化け屋敷のホラーよりも。

 

「いえいえ。ただお手伝いを依頼されまして」

 

「あ。そういえばこのテーマパークのペアチケットをくださったのは出島さんでしたよね」

 

 カエデが思い出したように言う。例のミステリーツアーの後。事件を見事に見抜いたということで、七条家からお祝いの商品としてプレゼントしてくれたのだ。よくよく考えれば、このテーマパークが七条家関連のものだとしても、何の不思議もない。

 

「そういうことです。ところで・・・・・・早速この場をデートに使ってくれるとは。プレゼントしたかいがあったというものです」

 

「まあ、その・・・・・・」

 

 うりうり、と肘でカエデをつつくサヤカ。狼狽えたように頬を染めつつ、カエデはあわてて、タカトシの腕に抱きついた。

 

「隅に置けませんね」

 

「あはは。そろそろ解放してあげてください」

 

「おや。これは失敬」

 

 笑いながら止めに入るタカトシに、サヤカはあっさりと身を引いた。

 

「ところで、七条先輩は会長達とパーティーをすると言っていましたが、出島さんはここでお仕事ですか?」

 

 少しだけ意外に思い、タカトシが訊く。てっきり、七条アリアや天草シノ達と一緒にパーティーの準備でもしているのかと思っていたのだが。

 

「ええ。ですので、私は午後の5時で交代します。あとは、お嬢様とご学友の方々に合流いたしますので」

 

 サヤカは、アリアを通じてシノ達がパーティーに彼が欠席していることを残念がっていると聞いていた。なるほど。クリスマスデートというのならば、確かに参加はできないだろう。

 

 もちろん、サヤカも大人の女性だ。それを知ったからといって、わざわざ誰かに伝える必要も無い。相手が2人の学友ともなればなおさら。

 

「では、あまり持ち場をおろそかにはできませんので、これにて」

 

「はい。お疲れ様です」

 

 頭を下げ、通路の先を進んでいくタカトシとカエデ。その背中を見送りながら、サヤカは真下のライトを遮断するほど盛ってしまった胸を直し始めた。

 

 

 

 

【ミュージカル】

 

 

 

 

 このテーマパークには、自然をモチーフとしたライブ会場が設置されている。

 

 お化け屋敷を出た頃、ちょうどその会場で午後のミュージカルが開催されるという。お化け屋敷で肝が冷えてしまったカエデは、見に行ってみようという提案に快く頷いた。

 

 2人はそろって歩き、人だかりができている場所へ移動した。吹き抜けになっているこの会場は、遠くからでもミュージカルの様子を充分に見ることができる。

 

 さすがに多めに設置されている席も、今はそれ以上の人数の客で満員だ。2人はおとなしく、他の客とそろって立ち見に徹することにした。

 

 しばらくして、軽快な音楽が流れる。会場の舞台から、メルヘンの世界から出てきたような乗り物が姿を見せた。

 

 大型トラックほどの大きさの上に乗っているのは、数体のぬいぐるみに扮したマスコットキャラクター。テーマパークの入場スタンプと同じキャラだ。

 

 動物をモチーフとした、ゆるキャラのような外見。そのぬいぐるみが、軽快なダンスを音楽に合わせて踊る。いつしか、他の客も歌い始めた。

 

 この歌知ってる? タカトシはそうカエデに言おうとしたが、やめておいた。

 

 続いて出てきたのは、もう一体のマスコットキャラクター。踊っているキャラとは色違いだが、頭にリボンをつけていることから、おそらくはこっちが女の子版なのだろう。

 

 それを皮切りに、次々と色々なキャラが舞台へと上がっていく。それに合わせて、踊りもステップが鋭くなってきた。音楽が盛り上がりを見せ、紙吹雪も舞う。

 

 いつしか、座席に座っていた客も立ち上がり、盛り上がっていく。細かく歌えずとも、全く気にはしない。

 

 そして、キャラクター達が体操選手のように飛び跳ね、演舞を決める。フィニッシュとして全員でポーズ。観客からは今まで以上の歓声。

 

 その声が時間と共に少しずつ収まるタイミングで、観客席に歩み寄るキャラクター達。席の間の通路を上りながら、観客に手を振っていた。

 

 タカトシ達のような立っているギャラリーにも、それぞれにステップを踏みながら手を振っていく。子供達や赤ん坊を抱えている親が、意味を理解していない我が子に代わって手を振り替えした。

 

 その後は司会者の女性が現れ、それぞれのキャラクターの名前を紹介する。その後は、1体ずつダンスのパフォーマンスを行い、その後に写真撮影の時間。

 

 周囲が会場の舞台に向かいはじめる。タカトシとカエデは、そっと目を合わせた。

 

「カエデさん。そろそろ」

 

「ええ。行きましょうか」

 

 2人は笑って、階段を降りていく。

 

 ちょっと順番待ちをするだろうけれど、関係ない。マスコットキャラと一緒の記念写真も、きっといい思い出になるだろう。

 

 

 

 

【噴水】

 

 

 

 

 キャラクターと一緒に写真撮影を終わらせた後、少しだけ休憩をすることにした。

 

 流石に、立ったままミュージカルを楽しむというのは足にクる。タカトシはもちろん、カエデもそれなりに鍛えてはいるものの、やはり一服したいというのが本音だったからだ。

 

 2人が選んだのは、野外のカフェ。相変わらず混んでいたので、飲み物だけをお持ち帰りとして購入したのだ。店専用の方は満席だったが、アトラクション近くにはいくつかのベンチがある。2人は空いているベンチを見つけ、そこに腰掛けた。

 

「少し疲れた?」

 

 と、声をかけてくるタカトシ。

 

「あはは。実はちょっと」

 

 隠すでもなく、正直に答えた。

 

「ミュージカル、本当に楽しかったです。たまにはああいうライブ的なものを見るのも面白いですよね」

 

「俺もです。小さい頃、家族でサーカスを見たことがありますが、それ以降はなんとなく見る機会もなかったので」

 

「学園の文化祭やイベントくらいなものでしたからね」

 

「こういうのはプロが開きますから。スケールも違いました」

 

 しばらく、他愛のない会話で時間を潰す。周囲の客の行き来はとどまることがない。ここに来た当初は、自分達もああいうテンションでアトラクションを求めて歩いていたのだろう。

 

 だが、テンションを下げても仕方が無い。ここで、ポケットに差し込んであったパンフレットを取り出す。肩を近づけ、目の前で広げた。

 

「カエデさん。良ければ、今度はここに行ってみませんか」

 

「ここって、噴水ですか?」

 

 マップのページ。開けた広場の中央のイラストを指さす。

 

「ここの噴水にコインを入れると、願いが叶うらしいですよ」

 

「へえ」

 

 幸運の噴水、ということなのだろう。やってみるのも面白いのかも知れない。

 

 こうして、2人は噴水へと向かった。広い通りを歩き、ジェットコースターのレールの下をくぐれば、それはすぐに見つかる。

 

 バロック式の建造物が建ち並ぶ中、おしゃれな噴水は太陽の光を反射しながら水を真上に噴き続けている。その周囲には、すでに何人ものカップルがコインを投げたり、近くのベンチに腰かけていた。

 

 財布から硬貨を取り出し、カエデはタカトシと一緒に噴水へ近づく。

 

 別段、本気で占いを信じているわけではない。ただ、ちょっとした願掛けをするくらいの気持ちで。

 

 祈りや占いとは、自分を勇気づけるためにやるものだと思っている。だから、今はちょっと自分に勇気が欲しいだけで。

 

 ――――タカトシの恋人に恥じない女になれますように。

 

 そして、タカトシも。

 

 ――――カエデさんに相応しい男になれますように。

 

 僅かな期待を胸に、2人は硬貨を落とした。

 

 そんな願いだったから。

 

 

 

 

「――――おめでとうございます! あなた方は100万枚目のコインを入れた方です!!」

 

「え!?」

 

 

 

 

 ファンファーレと共に突然現れたスーツ姿のサヤカと職員達が目の前に現れ、こんなビッグイベントが起きるなどとは想像もしていなかった。

 

 

 

 

【最後の観覧車】

 

 

 

 

「いや、しかしビックリした」

 

「・・・・・・はい。まさか、私たちがよりによって100万人目に当たってしまうなんて」

 

 まだ、信じられないという様子で話し合う2人。カエデは、タカトシが持っているバッグに目を向けた。

 

 中には、記念品として宿泊券が入っている。しかも、七条グループが限定的に発行しているオフィシャルホテルの、だ。

 

「流石に受け取れませんって言ったんですけどね」

 

「だって、あんなにガッカリさせるわけにもいかないからさ」

 

 一度は拒否したカエデだったのだが、サヤカと黒服の職員は目に見えて落ち込んでいた。それを見かね、タカトシがカエデを説得したのだ。

 

 ――――カエデさん。もらっておきなよ。せっかく、七条家の人たちが用意してくれたプレゼントなんだからさ。

 

 ガッカリさせるのも忍びない。そんな拒否できない空気を感じたカエデは、記念品をもらうことにしたのだ。なんとなく負け気分なのはご愛敬。

 

 ちなみに、サヤカと一緒に姿を見せた職員は、見覚えのある初老の男性であった。彼もまた七条家に仕えており、普段からアリアの家で執事として働いているのだという。名前は、橋高(はしたか)さんと言うらしい。

 

 周囲の羨望の視線を感じながら、2人はそそくさとその場を退散したのであった。

 

 そして、今。時刻はすでに空が茜色に変わる頃。

 

 2人は約束通り、2度目の観覧車に乗っていた。上昇する感覚も、一度目に比べれば落ち着いて受け入れることができる。

 

 タカトシは、今日一日を思い返しながら夜の時へ変わっていく刹那の時間を、ゆっくりと見送っていた。

 

 正午近くに見た風景が、オレンジ色に変わっていた。朝に昇っていた太陽が、この一時だけは海の端へと近づいている。

 

 それがまるで、一瞬のように感じる日もあれば、永遠のように長く長く、時を重ねるように感じる日もあるのだ。まるで、今の自分達のように。

 

 このまま、時が止まってしまえばいい。ゴンドラの中で向かい合うように座っている彼女は、横から照らされる茜色に染まり、まるで別世界に住んでいるかのよう。手を伸ばせば、陽炎のように消えてしまうのではないか。

 

 夕暮れのせいか。それとも、空高く浮かんでいる2人の空気のせいか。なんとなく感傷的な気分だ。タカトシはそう思った。

 

 不思議と、お互いに会話が出てこない。おかしな話しだ。さっきまで、アルバイトや学園といった色々な話しで盛りあがっていたというのに。

 

 それでも、このままでは2人だけの時間が終わってしまう。彼は、それだけは嫌だった。

 

 ゴンドラが頂上へさしかかる。一緒にいられる時間も、半分にさしかかった。

 

「カエデさん」

 

「は、はい」

 

 彼と同じように外の風景を見ていたカエデは、呼ばれて背筋を伸ばす。気のせいか、オレンジ色に染まっている頬に、それ以外の濃い色も混じっているようだった。

 

「そっち、行ってもいいですか」

 

「え、あ。はい。どうぞ・・・・・・」

 

 断られるかと思ったが、カエデはすんなりと座席を横に詰める。タカトシは、そっと彼女の隣に腰を下ろす。

 

 そのまま、そっと恋人の肩を抱いた。

 

「あ、あの・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 戸惑った声を出すが、返事はしない。代わりに口にしたのは、別のことであった。

 

「カエデさん。さっき確認したんですけれど」

 

「は、はい」

 

「この宿泊券、今日から一ヶ月後まで有効なんです」

 

「そう、ですか。それが、何か?」

 

 タカトシは、カエデが彼の口から言わせようとしていることを咎めなかった。むしろ、絶対に自分が言わなければと思っている。

 

 さあ、言ってやれ津田タカトシ。今を逃したら、一生後悔するぞ。

 

 だからこそ、タカトシは言った。どんな最新のアトラクションにもめげなかった心が今、思い人に向ける自分の心によって強く動かしている。

 

「俺と一緒に、行ってみませんか。いえ、行ってください」

 

 ビクリ、とカエデの肩が震えた。口を固く結び、目は瞳孔が開くのが分かる。それでも、タカトシの口は止まらない。

 

「俺と2人で、今日、そのホテルに泊まりましょう。今日、このクリスマスの夜に」

 

 今すぐこのゴンドラから飛び降りるほどの気合いを持って言った言葉。それを受けて、カエデは顔を俯かせ、額を彼の胴体に当てる。

 

 ギュウッと、強くしがみつくカエデ。今の彼女がどんな表情をしているのか見てみたかった。しかし、それはしてはいけないことだと理解もしている。

 

 代わりに、タカトシも彼女を抱きしめ返す。しばらく、無言で抱き合う2人。

 

 やがて少しだけ落ち着いたことを悟ると、タカトシはゆっくりとカエデの顔を自分に向き合わせる。彼女の顔は、泣きそうな表情のままだった。

 

「カエデさん。俺が言っている意味、分かりますよね?」

 

 コクコク、と無言で頷く。喉が引きつっているのか、しゃくり上げている。

 

「ほら。もう泣かないで」

 

「だ、だってぇ・・・・・・」

 

 渡されたハンカチで、うっすらと浮かぶ涙を拭うカエデ。

 

「だって、夢みたいなんです・・・・・・」

 

「夢?」

 

「憧れていたんです・・・・・・ロマンチックな場所で、怖くない素敵な人が告白してくれたらって・・・・・・」

 

 出会った当初は、男性を誰よりも毛嫌いしていた五十嵐カエデという少女。それでも、心のどこかに憧れがあった。

 

 まだ、どこかにこんな自分を受け入れてくれる男性がいるだろうか。その人といつかは、と。

 

 現実を早々に知って恋愛慣れしている世間の女性には、決して持っていない純粋な乙女心の持ち主。それが、五十嵐カエデという少女であった。

 

「カエデさん」

 

 もう、余計な言葉はいらない。自分を見つめてくる彼女もまた、今日という聖夜に何を求めているのか。それは、言うまでもないだろう。

 

「タカトシ・・・・・・」

 

 

 

 

 ――――愛しています。

 

 2人の唇が、触れた。

 

 

 

 

【大人への階段】

 

 

 

 

 テーマパークのイルミネーションが映える。

 

 家族連れは帰路につき、新たに足を運ぶのは数多くのカップルや夫婦。

 

 その中でも朝早くから来場した一組の男女は夜空の下、光り輝くナイターのアトラクションもそこそこに、未だ熱気の絶えないテーマパークを後にしたという。

 

 高校生である彼らが向かうのは、中流家庭が泊まるには高級なオフィシャルホテル。きっとこれからの一夜は、生涯忘れられない思い出となるだろう。

 

 2人はゆっくりと手をつなぎ、大人への道のりを歩いていった・・・・・・

 

 

 

 

つづく

 

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