生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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誕生祭に生まれた奇跡。

絡みつく2人の指。

彼と彼女が乗り越えた証。

アナタに会えた。

アナタと歩けた。

それだけのことが、何より大きな勇気となって。

愛しい君よ。

ずっと共に、生きていこう。


聖夜の輝き

【一夜のVIP】

 

 

 

 

 そのホテルは、グランド・ロイヤルセブンホテルという名前であった。

 

 七条グループが経営しているホテルの名としてセブンの文字が加えられているところに、より一層のグループとの繋がりの深さを感じるようだ。

 

 5万㎡という広大な敷地に、客室数は1000を越える大型ホテル。施設内部にはプールやフィットネスも完備され、去年からはバラ園も併設されている。

 

 特にプールは外部にも設置されており、ナイトプールを楽しめるとして夏場は宿泊客で賑わう。

 

 さらに結婚式を目的としたチャペルや、宴会用の別館。食事も一流シェフの手によるもの。

 

 本館は上階に近くなるにつれて、一般客専用からVIP専用の部屋まで用意されている。

 

 そのVIPルームに高校生のカップルが入る、などという事は極めて難しい。しかも、2人とも平均的な中流家庭の生まれならばなおさらである。

 

「本当に、凄い部屋ですね」

 

 ホテルのボーイに指定された部屋。その部屋に入った初めの感想がそれだった。本当に、これ以外に表現のしようがなかったのである。

 

「こういう所って、テレビの中だけかと思っていました」

 

 津田タカトシの言葉に続くように、五十嵐カエデも呟いた。まさか、高校生のうちに親を抜きにしてこんな部屋に泊まる日が来るとは。

 

 正確には、VIPルームといっても融通は利く。七条グループは政財界や財閥の中でも考え方は柔軟な方だ。例えば、テーマパークの特定のお客様に、特別に一室を開けさせるという事も。

 

 近場で催し物や国際会議がある場合ならば話は別だが、そうでない時は割と空き部屋が多い。来る理由が限定されるVIPだからこそ、誰かがいつまでも出入りするわけではないのだ。

 

「まあ・・・・・・圧倒されてばかりもいられませんよね。少し、一緒に見て回りませんか?」

 

「はい。私もそうしようと思っていたところですので」

 

 見て回る、という表現は正しかった。実際、2人の部屋は歩いて回れるくらいの規模の広さだったのである。

 

 上質なテーブルや、椅子。ソファに冷蔵庫。おしゃれなライトに、上品なカーテン。

 

 そして、柔らかそうな高級のベッド。

 

 以前のミステリーツアーが行われた館にも格の高い家具が使われていたが、あちらはどちらかというと、雰囲気を出すために用意されたアンティークさに重点が置かれてあった。

 

 扉があり、そのうちの一つを開ける。

 

「凄いですね。バスルームはガラス張りです」

 

 足下は美しいタイルに、新品のシャワーや風呂。壁は一面がガラスなので、そこまで近づけば輝きを見せている都会の夜景が全て見下ろせる。

 

 空は、すでにいくつもの星が輝いている。冬のクリスマスは、満天の夜空だった。

 

 この夜なら・・・・・・と、つい一緒になって隣に立っているカエデの顔を見てしまう。

 

「っ」

 

 目が合った。慌てて、顔を背ける。

 

「あ、すみません・・・・・・」

 

 つい赤面して、恥ずかしそうに俯いてしまうカエデ。ひょっとして、彼女も同じ事を考えていたのかも知れない。

 

 思わず、ここで押し倒してしまおうかという考えが脳裏をかすめたが、それは持ち前の自制心で耐えた。

 

「え、ええっと・・・・・・次に行きましょうか」

 

 そう言って、そそくさとバスルームを出てしまうカエデ。どうやら、空気が変わりはじめたことを悟られたようだ。

 

 すこしだけ残念に思いつつ、タカトシはカエデの後を追った。

 

「ああ、ここはトイレでしたか」

 

 カエデが向かい側の部屋を開くと、清潔な洋式トイレがあった。ここは特に見るものはない。次は扉と思っていたが、クローゼットを開いてしまう。

 

「あれ?」

 

 よく見ると、クローゼットの中にいくつかの衣服がハンガーにつるされてある。

 

 前の客の忘れ物だろうか。でもそれならば、従業員が回収するはず。

 

「・・・・・・見なかったことにしましょう」

 

「はい」

 

 そっと、2人はクローゼットを閉じた。

 

 見ていない。ここは健全なホテルのVIPルームだ。2人は自分にそう言い聞かせる。

 

 そうとも。メイド服や旧式のスクール水着なんて、入っているはずがない。

 

 

 

 

【夜景の誓い】

 

 

 

 

「えっと、次は・・・・・・」

 

「こっちですよ。カエデさん」

 

 タカトシが恋人を促す。バスルームと同じく、ガラス張りになっているドア。その先が何であるかなど、一目見ればすぐに分かる。

 

「ここは・・・・・・」

 

 一緒にガラス製のドアを開くと、2人してその先に。

 

 バルコニーの出入り口。眼下には、今もなお夜空の下で生活を続けている人々の光の証。

 

 今もなお開発が続いている、故郷とは遠く離れた一つの都市。都会の夜景。

 

 別世界。そうとしかいいようのない光景を、今2人は寄り添って見下ろしている。

 

「素敵・・・・・・」

 

 カエデの唇から自然と零れる呟き。室内からとは違う、冬の風が頬をかすめる。だけど、なぜだか心地よい。

 

「本当に・・・・・・今日の幸運に感謝ですね」

 

 そう。今日、あのテーマパークでデートをしていなかったら、こんな夜は過ごせなかった。聖夜の夜、二人きり。眼下にイルミネーションが浮かぶこの場所で。

 

「ええ。なんだか、夢の中にいるみたいです」

 

 夢はいつか覚めるもの。だけど、今だけは。

 

「カエデさん」

 

「あっ・・・・・・」

 

 甘い声。誰もが惹かれずにはいられない、自分を呼ぶ彼の声。

 

「んっ」

 

 カエデの身体が、かあっと熱くなった。気付いたときには、タカトシは自分を抱きしめて唇を吸っていたのである。

 

 舌を差し出された。彼女の心に、驚きはない。絶対にそうしてくれると願っていたのだから。

 

 愛おしくてたまらない、目の前の恋人。絶対に離さない。それを眼下の街に誓うかのように、彼は恋人の腰に手を回す。

 

 そして彼女は、ぐっと彼を抱きしめ返した。

 

 

 

 

【捧げあった2人】

 

 

 

 

 五十嵐カエデが目を覚ました時、すでに意識が途切れる前から一時間が経過していた。

 

 まだホテルに入ってから、日付を跨いでいない。普段の自分でもまだ充分に起きている時刻だ。

 

 そう。ここは普段なら限られた人間しか入ることのできないホテルの一室。記憶をまさぐると、生まれて初めて経験した行為に気絶してしまったらしい。

 

 そうか。私、タカトシと・・・・・・

 

 思い出し、急激に恥ずかしさがこみ上げてくる。自分は、とうとう経験してしまったのだ。乙女ではなくなる、大人の行為を。

 

 彼の指。彼の舌。そして――――

 

「っ・・・・・・!」

 

 かあっと顔が熱くなり、ベッドの掛け布団に包まってしまう。自分は一糸纏わぬ全裸だったのだ。

 

 シーツには、汗やその他のせいで濡れてしまった跡。そして何より、彼女自身から流れた出血の滲み。

 

 それこそが、気を失う前の記憶が夢では無かったことの証。

 

 それでも、後悔はないことだけは胸を張って言える。

 

 周囲を見回すカエデ。夜の室内に浮かび上がる、上質な部屋の空間。なにより、外の街から入ってくる色とりどりの人工的な光。なんだか、不思議と世界が変わって見える。

 

 そこで気付く。自分は掛け布団をしたまま眠ってしまったのだろうか。横を見ると、自分と同じように一糸まとわぬ裸のタカトシが、身体をこちらに横たえて目を閉じている。自分が気を失ってしまったので、一緒に添い寝をしてくれていたのだ。

 

 気を失った私を、ちゃんと寝かせてくれたんですね。それが分かり、チュッと眠る彼の頬に軽いキスをしてあげる。

 

 心なしか、自分も随分と大胆になった気がして、少しだけ気分が良くなった。外を見れば、色とりどりのイルミネーションの世界。

 

 きっと今こうしている時でも、誰かが誰かと共にそれぞれの時間を過ごしている。どこかへ向かい、誰かと会う。人の数だけ交流があり、ドラマがある。この街で生きている人たちもそうなのだ。

 

 空は宵闇。その中にきらめく星の数々。いくつもの星座が確認できた。ここが高い場所にあるせいか、故郷の夜空よりも見える星が多い。

 

「ん・・・・・・」

 

 少しだけ眉根を寄せ、タカトシが声を漏らす。

 

 ギギ、と目がゆっくりと開いた。こちらを見ているカエデと目が合う。

 

「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」

 

「んっ・・・・・・カエデさん?」

 

 目を擦り、上半身だけを起こすタカトシ。横になっていた時間はそれほどでも無いので、眠気が中途半端なのだろう。

 

「眠れないんですか?」

 

「そうではありません。ただ、夜景が本当に綺麗ですから」

 

「そうですね。本当に、ここに来れて良かったと思います」

 

「思えば、本当に偶然が重なった結果ですからね。今日、あの時間にテーマパークに来て、あのタイミングでコインを入れていなかったら」

 

「今日は、もしかしたら大人しく帰っていただけだったのかも知れません」

 

「ふふ。本当なら、そうなるはずだったんですけれども」

 

 にっこりと笑い、カエデはそっと身を寄せてくる。タカトシは掛け布団をお互いの肩にかけ、しばらく2人で夜景を眺めた。

 

 それから、少しだけ時間が経った頃。

 

 カエデが、バスルームを使わせて欲しいと言った。汗を大きくかいてしまったので、洗い流したいと思ったのだ。

 

 タカトシも、もちろんですと頷いた。2人とも、初めての行為で身体の節々に匂いが付いてしまっているのだ。

 

 不快ではないが、やはり清潔でありたい。カエデはシーツを一枚だけ借りて、身体に巻く。セミヌード姿に少しだけ羞恥を覚えるが、不思議と必要以上の動揺はない。

 

「それじゃあ、お先に失礼し・・・・・・」

 

「カエデさん」

 

「え?」

 

 ベッドを降りようとするカエデの腕を、そっと掴むタカトシの手。

 

「一緒に入りましょう」

 

「あっ」

 

 ベッドから降り、腰に手を回された。そのまま、バスルームに促される。

 

 そう強い力ではないはずなのに、カエデは全く拒否できなかった。少しだけ痛む身体の一部を気遣われながら、2人はゆっくりと歩いて行く。

 

「ほら。痛いんでしょう」

 

「だ、大丈夫です。自分で歩きますから」

 

「俺には、今あなたを離す理由がありませんので」

 

 赤面して狼狽えるが、彼は全く離れようとしない。それが彼女の身体を支えるためなのか、それとも恋人とくっついていたいというシンプルな気持ちなのか。カエデには分からなかった。

 

「タカトシって・・・・・・こんなに積極的だったんですね。いつもはもっと紳士的なのに」

 

「もちろんです。こういう男は嫌いですか?」

 

「嫌では、ないですけど」

 

「よかった」

 

 結局、一緒に入ることになった。

 

 

 

 

【夜空の下のシャワー】

 

 

 

 

 2度目とはいえ、やはり絶景と言うほかない。壁がガラス張りで、ここでもベッドからとは違う夜景が見える。

 

 手をつなぎ、脱衣所に入る。バスタオルを身体に巻き、寄り添うようにバスルームの中へ入る2人。

 

 一度肌を許しあったとはいえ、やはりまだ緊張するし、抵抗はある。まして今は薄暗い夜に紛れている時とは違って、爛々と照らされるライトの下だ。

 

 互いの肌の色どころか、髪の毛の先までハッキリと分かる。現に今もタカトシの目の前では彼に背を向けて、できる限り前を見せないようにしていた。

 

 それでも、一緒に入って欲しいという自分の勝手なお願いを、彼女が聞いてくれたことが彼には嬉しく思う。2人だけの夜をできる限り一緒にいたいという思いは、彼女もまた同じなのだ。

 

「こっちからだと、別の夜景が見えますね」

 

「あそこって、テーマパークの観覧車ですよ。俺たち、もしかしたらこのホテルをあそこから見ていたのかも知れません」

 

「私は、タカトシと狭い場所で二人きりでしたから。それどころじゃあなかったです」

 

「実は俺もです。カエデさんの横顔から、目が離せませんでした」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。デートの時は、ずっとカエデさんばかり見ていましたから」

 

 回転ブランコの時だって、足が丸見えになっていましたよと言うと、カエデは恥ずかしそうに俯いてしまった。一応、下着は見えていませんでしたからとフォローをしておく。

 

「さあ、温まりましょうか」

 

「もう・・・・・・」

 

 タイルに足を踏み入れる。広々とした風呂場は、一晩だけの主を優しく迎え入れる。

 

 本当に、VIPルームというものは違いますね。今更ながらそんな場違い感を抱きつつも、カエデは三つ編みにしていた髪をほどく。

 

 パサリ。小さな音を立てて、カエデの髪が解放される。ややウェーブがかかった女性が、そこに現れた。

 

「あ・・・・・・」

 

「どうしました?」

 

「い、いえ。なんでも」

 

 突然、見知らぬ女性が目の前に現れたのかという錯覚を受けた。動揺を隠そうとするものの、彼の視線はずっとカエデの顔に。

 

 ああ、もしかして。カエデは悟った。

 

 ほんの少し悪戯心が湧き、耳元の髪を指でそっとすくう。そんな仕草に、タカトシの目が数回ほど瞬く。

 

 なんだか嬉しくなり、彼女は気付かないふりをしてあげた。男の人って、こういう所をよく見ているんだろうなと思ってしまう。

 

 たまに同級生から言われる。ストレートも似合うんじゃないか、と。自分としては三つ編みの方がしっくりくる気がするのだが、彼のこういう反応を見てしまうと、考えてもいいのかも知れない。

 

 クスリと笑いつつ、浴槽へ近寄るカエデ。

 

 風呂は新品同然で、大人が2人なら余裕で入れそうな広さであった。なみなみと熱いお湯を出しておき、続いて近くに取り付けてあるシャワーを出す。

 

「お先に失礼します」

 

「はい」

 

 ちょうどいい湯加減になったら、カエデは上から降りかかるシャワーを浴びた。白い湯気が立ち上り、疲れ切った女体を優しく温めてくれる。

 

 気持ちいい。夜の遠い夜空を見ながらシャワーを浴びるというのが、これほどまでの開放感だとは知らなかった。

 

 白く曇り始めている洗面鏡の中の顔と目を合わせてみると、いつも通りの自分の顔が映っている。三つ編みを解いたためにウェーブのかかった、ロングの髪の女性。

 

 しかし、どこか自分の殻を破ったかのような、1人の女の顔。

 

 自惚れかも知れないが、なんだか少しだけ顔が変わったような気がする。どこが、と聞かれると困るのだが、なんとなくこれまで見てきた顔とは別人のようにも思える。

 

 女になる、というのはこういうことなのでしょうか。彼女は思う。

 

 カエデさん、と声が聞こえた。いつの間にか、タカトシが背後に立っていたのだ。

 

「きゃっ・・・・・・」

 

 そのまま、肩から抱きしめられる。太い両腕が、バスタオルを巻いたカエデの肢体を捕まえた。

 

 彼の息が、耳元に伝わる。かあっと身体が熱くなるのが自分でも分かった。

 

「カエデさん。一緒に浴びましょう」

 

「タ、タカトシ・・・・・・乱暴なのは、困ります」

 

 それでも、抵抗はしない。それが、何よりの返事だと受け取った。

 

「洗ってあげます。俺に任せてください」

 

「・・・・・・はい」

 

 スッと、彼の手が僅かに降りる。

 

 カエデの身体を隠すバスタオルに、そっと指がかかった。ビクリと、怯えたように彼女の肩が動く。

 

 そして――――バサリ、と。

 

 足下に、2人分のバスタオルが落ちた。

 

 

 

 

【照らされる世界の中で】

 

 

 

 

 そして、時計の短針が僅かに動いた頃。

 

 2人は、浴槽の中に身を浸していた。

 

 ほどよい熱さの湯が、先ほどまでの行為で疲れ切った身体を優しく癒やしてくれる。カエデは心身共にぐったりとしながら、彼の逞しい身体の上に背中を預けていた。

 

 後頭部に彼の肩を乗せ、疲労感を隠せないまま潤んだ瞳で見上げている。長い髪が湯につかっているが、今は全く気にもならなかった。

 

「タカトシって、凄い・・・・・・」

 

 上気した身体のまま、息を切らせているカエデ。素直にタカトシの逞しい肩に頭を預けながら、余韻に浸っていた。

 

「はは。初めてにしては、本当にうまくカエデさんをリードできた気がします」

 

「もう・・・・・・終始、圧倒されてしまいました」

 

 プク、と頬を膨らませるカエデ。ほんの少しだけ悔しいのは、負けを認めた証拠である。

 

 ザバ、と手で恋人の小さい肩にお湯をかけてあげた。くすぐったそうに肩を寄せる彼女。

 

「・・・・・・あの、タカトシ」

 

「なんです?」

 

「本当に、だれとも・・・・・・経験、なかったの?」

 

 最後の方で、声が小さくなる。だが、ちゃんと聞き取れた。

 

「本当です。今まで、本当に恋人だっていなくて」

 

 前にも、こんなやりとりをしたことがある。それはいつの頃だったか。話をした相手はカエデか、それとも別の誰かか。

 

「ふうん・・・・・・でも、実際に付き合ったことはなくても、好意を向けてくれる人はたくさんいたんじゃないですか?」

 

「それは、どうでしょうか・・・・・・少なくとも、告白されたことだってありませんし」

 

 俺が気付いていなかっただけかも知れませんけれど。そう言って締めくくる。

 

 一方で、カエデは少しだけ考えてしまう。それは女子の方が牽制し合っていたとか、直接アタックできる勇気の無い子ばかりだったとか、そういう事ではないだろうか。

 

 それを、悪いこととは思わない。自分だって、男子と接することがだれよりも怖い人間だったから。

 

「ふう・・・・・・それにしても、本当に気持ちがいいです。タカトシの身体も、本当に落ち着きますし」

 

「はは。言うようになりましたね、カエデさん」

 

「初めて女になれた気がするんです。タカトシのおかげで」

 

「俺もです。これで、男になれたんだなって」

 

 しばらく、2人でクスクスと笑い合う。先ほどまでの濃厚な時間とは違う、穏やかな空気が流れていった。

 

「あ」

 

「わあ・・・・・・」

 

 パアッと、周囲が七色に点滅した。ガラス張りの外に、大きな花火が打ち上げられていたのだ。

 

 夜空に浮かぶ大輪。続けて、二度三度と大きな花が開いた。防音効果のために音こそ届かないが、2人が過ごすバスルームは打ち上げ花火の残滓に照らされ、美しいエンターテインメント照明の舞台になる。

 

「テーマパークからの花火ですね」

 

「今夜は、ナイターのイベントでもあるんでしょう。本当に、今日はラッキーな日です」

 

 うっとりと2人は身を寄せたまま、夜空に輝く打ち上げ花火を、飽きることなく見つめていた。

 

 もしかして、こうしてホテルに行くことがなかったとしたなら、あの花火の真下にいたのかもしれない。きっと笑いながら身を寄せ合って、大勢の客と同じように花火を眺めていたのだろう。

 

 そして、やっぱり2人はその時の感動を忘れないように、こことは違うどこかで肌を重ねていた。本当なら、そうなるはずだったのだ。

 

 けれど、今は。

 

 ここまでの素晴らしい場所で。絶景の中にいて。

 

「本当に、綺麗ですね。いつまでも見ていたいくらいに」

 

「夏の時も、同じ気持ちでしたよ。一緒に、ずっと見ていたかったです」

 

 タカトシは思い出す。そういえば、夏場で花火大会に参加した日のことを。

 

 あの時は、浴衣姿のカエデに心がときめいた。花火を見つめながら寄り添い、そっとキスをした瞬間。

 

 花火の光に、カエデの横顔が照らされる。潤んだ瞳は、穏やかに夜空の花に向けられて。

 

 それがなんとなく悔しくなって、彼は恋人にそっとキスをする。

 

 その視線を、自分に向けて欲しくて。そばにいる自分をもっと気にして欲しくて。

 

 目と目が合う。彼女は、光り輝く世界の中でにっこりと笑った。

 

 花火は続く。愛し合う男女が、もう一度肌を重ね合うまで。

 

 

 

 

【新しい朝に向けて】

 

 

 

 

 そして、朝を迎えた。

 

 荷物をまとめ、身支度を調えた2人。ロビーに降りた際に、最後の挨拶を受ける。

 

「またのご利用をお待ちしております」

 

 ホテルのボーイ、スタッフが頭を下げる。

 

 プロのホテルマンは、礼節を徹底するのが基本なのだ。つい、つられてタカトシとカエデも頭を下げる。

 

 その中には、七条グループの出島サヤカと橋高もいた。元々七条グループからプレゼントされたチケットから、今回のデートが始まったのだ。気を利かせて、見送りに来てくれたのだろう。

 

「本当に、ありがとうございました。今回のこと、本当に感謝しています」

 

 万感の思いを込めて、タカトシはサヤカに何度も礼を言う。

 

「いえいえ。お2人方の運が掴んだ成果ですよ。私たちも、まさかお嬢様のご学友の方達が100万人目のお客様になるとは思いませんでしたので」

 

 テーマパークのデートのことを言っているのだろう。本当に、数奇な巡り合わせだ。2人は今でもそう思う。

 

「夜景が綺麗でした。花火も見えて、眺めが最高だったんです」

 

 カエデの素直な感想に、橋高もにっこりと愛嬌のある笑顔を深める。老成した者にしか出せない、優しい笑顔であった。こういう懐の深そうな一面が、七条家を支えているのかも知れない。

 

「喜んでいただけたようで、何よりです。スタッフやお嬢様にも、お伝えしておきましょう」

 

「はい。七条さんにも、よろしくとお伝えしておいてください」

 

「かしこまりました」

 

 もう一度、深々とお互いにお辞儀。それを最後に、2人はホテルを名残惜しげに去って行く。

 

 外に出た瞬間、聖夜の開けた冬の晴天が2人を迎え入れた。ほのかな暖かさのある日光が2人を照らす。

 

 それじゃあ、帰ろう。自分達が暮らす街へ。

 

 誕生祭が起こしてくれた、小さな奇跡の時間は終わった。自分達はこれから、自分達の過ごすべき日常へと帰るのだ。

 

 2人は、ゆっくりと足を動かす。振り返ることはしない。ただ肩を寄せ合って、時折思い出したように短い会話をしたり。

 

 家族連れとすれ違う。テーマパークのロゴが入った紙袋を持った子供がいる。あの一家も、テーマパークのためにあのホテルを予約している宿泊客なのだろう。

 

 地元の人らしく、犬の散歩をしている老人。子供達同士で走り回り、遠くから大人達に窘められている家族グループ。

 

「楽しかったですね」

 

 そんな、シンプルな感想しか出てこない。それでも、その言葉に込められているのは、どれほどの気持ちが混ざっているのかは容易に理解できる。

 

「はい。楽しかったです」

 

 どちらかが口にし、どちらかが答えた。様々な思いが、心を駆け巡っているのだ。

 

 駅にたどり着き、改札を抜ける。出勤ラッシュの時間帯はとうに過ぎているので、車両の乗客はまばらであった。

 

 空いている椅子にそろって座り、互いにそっと肩を貸しあう。周囲からいくつかの視線が向けられるが、全く気にならない。

 

「カエデさん」

 

「はい」

 

「これから、カエデさんの家に寄ってもいいですか?」

 

「もちろんです」

 

 悩むこともなく、カエデは了承した。

 

 つまり。恋人として両親に顔を覚えてもらおうという意味だ。

 

 これまでのように、学園に隠れながらの関係ではない。積極的に公にする必要は無いが、もう自分達の家族には知ってもらうべきなのだ。自分達の素直な気持ちを。

 

 そして、それは己自身の口から告げなければならない。

 

 以前までのカエデなら躊躇したり、親の反応を怖がる反応を見せただろう。しかし、今はもう受け入れている。

 

 どんな反応を示されようとも、もう彼女の心は決まっていた。彼が言わなければ、自分から家に誘っていただろう。

 

 僅かに揺れながら、故郷へ向かって走り続ける列車に乗り続ける2人。

 

 両親にはどんな挨拶をすればいいか。姉は味方だと思いますという話で時間を過ごす。

 

 きっと故郷にたどり着いたときは、また新たなる騒動や友人達の掛け合いが待っているのだろう。

 

 2人が向かう先には、広大な街並みがいつまでも続いていた・・・・・・

 

 

 

 

つづく

 




完全版の方はホワイトデー記念にてイベントSSの方に公開いたしますので、よろしくお願いします。

ただし、良い子は見てはいけません。
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