生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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ほんの少し寂しくなった学び舎で。

頼るべき人は、今はいない。

だけど、僕たちは託された。

まだまだ未熟ではあるけれど、その信頼に応えたい。

あなた達が帰ってきた時、僕らももう少しだけ、大きくなっているはずだから。


任せられた1年生

 

 

【修学旅行】

 

 

 

 

 桜才学園生徒会の朝は早い。

 

 一般生徒が姿を見せる時間の30分前に登校し、制服の身だしなみのチェックをするのだ。

 

 この日も、津田タカトシと萩村スズは予定通りに登校し、校門の前で服装チェックをしていた。

 

「そこ。ネクタイが緩んでいるわよ」

 

「すみませーんっ」

 

 スズの注意に頭を下げつつ、走る足は止まらない男子生徒。さっさと横切ってしまおうという腹らしい。

 

「そこ。リボンが結ばれてませんよ」

 

「あ、すみません」

 

 暖かくなってきたので、服装をラフにするものが増えている。タカトシの指摘に、面倒そうな顔をしつつもリボンを直す女子生徒。

 

「まったく、相変わらずよね。私たちが1年生だからって、舐められているのかしら」

 

「まあ、そんなふうに考えているかもしれないよね。だって、今日からは――」

 

 ――2年生は、修学旅行なのだから。

 

 今年の桜才学園の修学旅行は、京都と奈良に2泊3日ほど出かける。そのため、その間の業務は津田とスズに任せられることになったのだ。

 

 だからこそ、規律に厳しいシノがいないうちにと、つい気を緩ませてしまう生徒がいてもおかしくない。タカトシ達もそれを理解しているからこそ、しっかりしなければと思うのだ。

 

「でもさ」

 

 と、タカトシがスズに言う。

 

「会長、随分と楽しみだったみたいだよね」

 

「そうね。カレンダーに、わざわざチェックまでしていたし」

 

 学校を離れるのは不本意であると口では言っていたが、誰が見ても楽しみで仕方なさそうだった。本人の前では言わなかったが。

 

「ほら、そこ。スカート短すぎるわよ!」

 

 すぐにスズが注意をする。そしてタカトシも。

 

「シャツは入れてください!」

 

 気は抜けない。自分は、あの会長に任されたのだから。

 

 

 

 

 そして、その頃の2年生は新幹線の中で。

 

「アリア。ちゃんと準備には抜かりないな?」

 

「バッチリだよシノちゃん。おやつも、Hカップのブラの替えも貞操帯も!」

 

「うむ。私的に許せない事があったがまあいいとしよう。なんといっても、今日は修学旅行。学生生活の肝と言ってもいいイベントだしな!」

 

「おやつと言えば、バナナはおやつに入らないっていう話があるけれど。あれってどうしてなのかな?」

 

「バナナがおやつであってたまるか。咥えて入れなければ、子を繁殖できないではないか!」

 

「そうだね。むしろ本命の1本だもんね!」

 

「他にも向こうでは、何か食べたいものでもあるのか?」

 

「うーん。私はアワビとかが苦手かなぁ。ほら、共食いしている気分になるから」

 

「そうか? 私としては舐めたり頬張りたくなる気がしないでもないが」

 

「おかずに大豆みたいなものも一緒についていたら、何とか食べられそうだけど」

 

「今から楽しみだな」

 

 そんな2人の様子を、カメラで写真に収めている新聞部部長がいた。畑ランコである。

 

 別段、盗撮というわけではない。むしろ卒業アルバムに使うと言うので、教師陣から写真撮影を依頼されているのである。

 

 ランコの制服の腕には、撮影係と書かれてある腕章があった。ここは、彼女が持つカメラの腕の見せ所である。

 

「ふむ。ツッコミ不在のためにヒートアップする会長と七条さんのエロトーク。これは……売れるっ!!」

 

 誰にも聞こえないように心の中で呟くランコ。若干の下心があるものの、与えられた仕事はしっかりしているので、何の問題もなかった。

 

 

 

 

【2人の生徒会役員】

 

 

 

 

 昼休み、タカトシが生徒会室へ向かうと、スズが部屋の前に立っていた。

 

 なんだろう。早く部屋に入ればいいのに。

 

 彼女は鍵を片手に何やら難しい顔をしている。タカトシはどうしたのと話しかける。

 

「それが、七条先輩から生徒会室の鍵を借りていたんだけど、なんでか鍵穴が合わないのよ」

 

「本当?」

 

 タカトシも鍵をもらい、確かめてみる。なるほど、確かに入らない。

 

 そもそも、鍵の形状が違いすぎた。どうやら、アリアが間違えて渡してしまったらしい。

 

「まいったわね。それじゃ、生徒会室の中にある資料とかはどうしようかしら」

 

「……しょうがないな。それじゃ、俺が職員室に行ってくるよ。事情を話して、マスターキーを借りてくる」

 

「ああ、それがあったわね。じゃあお願い」

 

 言われて、思い出したようにスズは言った。なるほど。その手があったか。

 

 タカトシは足早に職員室に入り、近くにいたナルコに話しかける。彼女は読書の最中だったのだが、こちらに気が付くと本を机に置いた。

 

「ああ、津田じゃない。何か用?」

 

「読書中にすみません。実は――――」

 

 用件を手短に話す。彼女は少し面倒そうな顔をしたが、黙って隣の事務室に入り、鍵を渡してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

「一応、使ったら返却する義務があるからね。ドアを開けたら、一度こっちに返しに来なさい」

 

「はい」

 

「もし返却が遅れたら、あんたの童○を……」

 

「即返しまーす」

 

 舌なめずりをするナルコに背を向け、速足で職員室を出るタカトシ。周囲の教師は『また始まったよ』という視線を彼女に向けていた。傍観してないで、止めてほしかったのだが。

 

 生徒会室の前につくと、誰かが萩村と話をしているのが見えた。誰だと思いつつ、近寄ってみる。

 

「萩村。マスターキーを借りてきたんだけど」

 

「あ、津田。ちょうどよかったわ」

 

 スズはタカトシに近寄る。そこで、彼は改めてスズと話し込んでいた者の姿を見た。

 

 紺のブラウスに、エプロンドレス。髪を後ろにまとめて、白いカチューシャ。長身の女性だった。これは、どう見てもメイドと言われる制服に他ならない。

 

「え、えっと……失礼ですが、どちら様ですか?」

 

「これは失礼いたしました。わたくし、七条家のメイドの、出島サヤカと申します」

 

「あ、い、いえ。こちらこそ、どうも失礼いたしました」

 

 静かな声で頭を下げるメイドの女性。その丁寧な振る舞いに、思わずつられて頭を下げてしまうタカトシ。

 

「って、メイド、ですか。本物の?」

 

「はい。正真正銘、七条家の御屋敷でお嬢様の身の周りのお世話を任されている者です」

 

 タカトシは視線でスズに尋ねる。萩村、七条先輩ってそんなにすごいお嬢様だったのか?

 

 スズも視線で見返す。本当よ。いつもお弁当に高級食材を入れているじゃない。

 

 そんな困惑している2人に、サヤカは用件を口にした。

 

「実は今回、萩村様に頼みがあってこちらに参った次第であります。実は、萩村様が現在手にしている鍵を、至急こちらに返していただきたいと思いまして」

 

「あ、そ、そうだったんですか。すみません、突然後ろに立っていいたものですから、つい驚いてしまったもので」

 

 なるほど。それで、はい、どうぞとすぐに言えなかったのだろう。ともあれ、それが目的の鍵でない以上、こちらがこれ以上持っていても仕方がない。

 

 スズは気後れしつつも、サヤカに鍵を渡す。彼女はそれを愛おしむように、そっと胸に当てた。

 

「ああ、よかった。これでお嬢様の頼まれごとも果たせます。それでは、私はヘリで奈良へと向かわなければなりませんので」

 

「わーそれは大変ですねー」

 

 棒読みでそれだけ言うタカトシとスズ。メイドってそんな仕事もするんだな。知らなかったよ、うん。

 

「では、私はこれにて失礼させていただきます。これからも、お嬢様をよろしくお願いいたします」

 

 もう一度頭を下げると、サヤカはあっという間にこの場を去った。2人が瞬きをする間に、彼女の姿は煙のように消えてしまったのである。

 

「……」

 

「……」

 

「メイドってすごいねー」

 

「私もまだまだ知らない事多いわー」

 

 

 

 

 そして、その頃の旅館では。

 

「シノちゃん。私の鍵知らない?」

 

「何のだ、アリア?」

 

「貞操帯」

 

 ヘリを操縦しながら1人のメイドが旅館へたどり着くのは、これから10分後の事だった。

 

 

 

 

【仕事再開】

 

 

 

 

 一悶着あったものの、2人は黙って生徒会室で仕事を始める。マスターキーは、早急に返した。

 

 タカトシはファイルをめくり、文を修正。次の書類に反映させ、生徒会専用のスタンプを押す。

 

 スズの手は素早い。計算機も無しに、数字の羅列を目で追いながら、書類に記す。あっという間に、書類の束ができあがっていく。

 

 意外だが、タカトシの手も負けてはいない。必要事項を素早くチェックし、教員へのレポート用紙にまとめていく。彼も1年生とはいえ副会長の立場なので、簡単な書類の決定権は持っている。許可するべき事項には躊躇いなく判を押す。

 

 スズの前には書類の束。判が必要なものに関しては隣の副会長に渡す。タカトシも決して遅くはない速さで仕事が片づけられていく。

 

 いつの間にか、2人の額には大粒の汗。それでも、無言で書類の作成。シノとアリアが普段やっている事を、自分達は任されているのだ。弱音など吐いてはいられない。

 

 ようやくひと段落ついた頃には、昼休みが残り5分へと差し掛かっていた。流石にそろそろ教室に戻る準備をしないと、遅刻扱いとなってしまう。

 

「萩村。そろそろ戻ろうか」

 

「そうね……さすがにちょっと疲れたわ」

 

 瞼を揉むスズに、苦笑いを浮かべるタカトシ。自分も、肘から先が少し痛みを感じている。

 

 書類を棚の中に収め、生徒会室を出る2人。タカトシはマスターキーをまた借りなければならないので、下の階へ移動しなければならない。階段の前で、次の予定の確認を取る。

 

「放課後は、確か部活の会議があるんだったよね?」

 

「そうよ。今回はあんたが会長の代わりを務めるんだから、しっかりしなさいよ」

 

「分かっているよ。何とかしてみる」

 

 と言いつつも、内心では割と緊張していた。学園の部活内のあらゆる訴えが話し合われるのだ。

 

 本来、こういう大事な会議は3年生が取り仕切るはずなのだ。だが、今年度は1年生の2人しかいないため、タカトシがそれを負担する事となったのだ。1年生だからといって、甘える事の出来ないところが辛かった。

 

 

 

 

 授業が終わり、鞄とファイルを抱えて教室を出るタカトシ。そこで、クラスメイトのムツミが話しかけてきた。

 

「あ、タカトシ君。放課後も仕事なの?」

 

「ああ、そうだよ。というか、三葉も出席するんだろ?」

 

「え。なんの話?」

 

「なにって……今日は部活の総合会議じゃないか。部長と副部長は、全員出席するはずだけど」

 

 この期間は修学旅行に出る者もいるので、部活内で予め代理を決めておく必要がある。ほとんどの出席者は3年生ばかりなのだが、ムツミは柔道部を発足したばかりなので、部長として参加しておかなければならないのだ。

 

「……」

 

「?」

 

 瞬間、硬直するムツミ。遅れて、パタパタと手を振る。

 

「や、ヤダなぁ。ちゃんと覚えてるよ。今日、放課後に生徒会室でしょ?」

 

「いや、会議室だけど」

 

 苦笑いするタカトシ。どうやら、完全に忘れていたらしい。

 

「いいから、昨日渡した書類を持ってきなよ。もし忘れちゃってたら、これからコピーしておくからさ」

 

「う、うん。ありがと!」

 

 あわてて自分の机の中を探り、他のプリントと一緒に取り出してしまう。急いで支度を整え、タカトシと並んで立つ。

 

「お待たせ。じゃ、一緒に行こっ」

 

「うん」

 

 揃って教室を出るタカトシとムツミ。背中から柳本ケンジの冷やかすような視線には、2人とも気づく事はなかった。

 

 会議室へ向かう2人。そこで、タカトシが話しかける。

 

「それで、三葉。部活の方はどう?」

 

「うん、毎日楽しいよ。顧問の先生もできたから、部員のみんなも喜んでたし」

 

 部活が発足してから、柔道部には大門という男性教師が顧問の役を引き受ける事になった。何でも柔道経験者で、学生時代はインターハイにも出場したことがあるという。

 

「本当によかったよ。ちゃんと生徒に教えられる人が顧問になってくれて」

 

 タカトシは心からそう言った。なにしろ、生徒会の顧問ときたら……

 

「うん。でも、部活を設立できなかったら、こんなふうに楽しく生活できなかったかも……」

 

 少しだけタカトシから目を逸らすムツミ。

 

「いや。部活を作ろうと決めたのは、三葉じゃないか。俺はちょっと、背中を押しただけだから」

 

「でも、それがあったから私……」

 

 そこで、会議室へとたどり着く2人。どうやら、プライベートな話はここまでらしい。

 

「それじゃ、俺は向こうの入り口から入らなきゃいけないから」

 

「う、うん。がんばってね」

 

 少しだけ残念そうに、ムツミは会議室へと入る。タカトシはもう一つの入り口から入り、上座の机へと近づく。

 

 会議室内には、既にほかの部長や代理の部員が集まっていた。スズは他の者達が座っている机から、少し離れた生徒会専用の椅子に座っている。

 

 全員の視線が、タカトシに集中している。少しばかり冷や汗をかくものの、負けるものかと会長が使う机の前に立つ。

 

 時計を確認する。定刻30秒前。

 

 頭の中で、議題や問題概要を予測し、その返答をまとめ上げる。分からないところは、手元の書類でカバー。いくつかマニュアルに頼るところがあるかもしれないが、怖気づいても始まらない。

 

 チャイムが鳴った。はやる心臓の音を意識しつつ、会長の普段の姿を意識して――――

 

「それでは、定刻になりました。第69回目、本年度の桜才学園総合部活会議を始めたいと思います。まずはお手元の資料に記されてある、今年度の予算案を――――」

 

 

 

 

 その頃の奈良では。

 

 

 

 

 街の歩道に設置されている、大きな信楽焼の狸が目に入ったシノとアリア。

 

 ジッと、頬を染めて見ている2人。そして、一言。

 

「……立派だな」

 

「立派だね」

 

 どこを見ながら言っているのかは、あえて記さず。

 

 

 

 

【初日の2人】

 

 

 

 

 会議が終了し、それぞれの者達が思い思いに会議室を出ていく。それぞれが自分の部活に戻りながら、友人や後輩と話をしていた。

 

 学生である者達からすれば、会議など退屈だと感じる者もいるのだろう。それでも予算や自分の部員の事を考えれば、真剣に会議に取り組んでいるものが大半だった。

 

 そういう者達を相手取り、とにかく説得や妥協案を踏まえながら会議を進めるというのは、想像以上に神経をすり減らした。最後の部長が会議室を出ると、タカトシは部屋に残っているスズと一緒に部屋の片づけと机の移動をする。

 

 一通り終わると、スズはタカトシに言った。

 

「お疲れ様。思っていたよりサマになってたわよ」

 

「そう? ありがとう」

 

 肩を回しつつ、タカトシは生徒会用の椅子に座る。会議中は、ずっと立ちっぱなしだったのだ。

 

 大きく息を突くタカトシを、スズはだらしないと咎めない。実際、書類を読み上げるだけのスズとは違い、その場で3年生の部長を相手に反論や具体的な案を出すというのは、とてつもなく難しい事だったはずだ。言葉に詰まるところも何度かあったものの、どうにか会議は問題なく終わらせることに成功したのだ。

 

「あんたって、本当に副部長としてやっていけてたのね。生徒会に入ったの、正解だったんじゃない?」

 

「いや、会長に比べたらまだまだだよ。あの人だったら、最後まで難なく終わらせていただろうしさ」

 

 それは事実だった。シノが仕事で何かに行き詰るところなど見た事が無い。片や自分は、こうして体力と神経を使い切ってしまっている。

 

 それでも、あの会議はそれぞれの部活の問題点を頭に入れておかなければ、そう簡単には出来なかったはずだ。そこからタカトシは、その場で解決案まで提示して、相手を黙らせたのである。

 

 今年は3年生がいないために、どうなる事かと思っていた。だが、彼はやり遂げたのだ。スズをして彼を見直すのも当然と言える。

 

 ややあって、2人は会議室を出た。鍵をかけ、生徒会室へ歩く。

 

 今日の会議の結果をまとめ、シノとアリアにレポートとして提出する必要があるのだ。家でやってもいいのだが、会議の熱が冷めないうちにやっておこうという話になった。

 

 再びマスターキーで生徒会室に入り、作業を始める。

 

 タカトシは2人のレポート作成。会議で話し合った内容や結果を出来る限り詳細に思い出しながら、ペンを走らせる。

 

 スズは会議中にまとめておいた各部活の求めている予算や、現状で出せる金額を総合。新たに増えた各部活の問題点や解決案を、それぞれ別々に纏め上げる。

 

 やがて完全下校時刻となった頃、2人は仕事を切り上げて帰宅する事になった。

 

 外はすでに、日が沈みはじめていた。グラウンドには、すでに人の気配はない。校舎も、今は職員室から漏れている照明の明かり以外は暗く静まっている。

 

 1度だけ、大きく伸びをするタカトシ。体中の筋肉が固くなっているのが分かる。

 

「悪いね、萩村。こんな時間まで付き合わせちゃって」

 

「関係ないわよ。今は2人しかいないし、私も自分の仕事終わらせられなかったし」

 

 やはり、仕事量が2倍というのはさすがに堪える。流石の彼女も、疲労の色を隠せなかった。

 

「こんな時間だし、送っていくよ。萩村も疲れているだろうから」

 

「別にいいわよ。あんたの方が疲れているんじゃないの?」

 

「大丈夫だよ。俺、こう見えても鍛えているし」

 

 実際、タカトシは体格がいい。男という背景を抜きにしても、かなり同年代の男子にしては力がある。

 

 あまり拒否するのも失礼かと考えたスズは、タカトシの提案を了承する。揃って、オレンジ色になった街を歩く事になった。

 

 あまり言葉多く話す事はない。2人とも、本当に疲れていたのだ。特に気まずい空気になっているわけではないので、黙ってこの沈黙を歓迎している。

 

 そこで、ふとスズが気になっていた事を尋ねた。

 

「そういえばさ、あんたって昔は何か部活やってたの?」

 

 鍛えているというのなら、何かやっていたという事だろう。スズはまだそれを具体的に訊いていなかったのだ。

 

「ああ、やっていたよ。小学校の時は野球。中学ではサッカー」

 

「私はバドミントンね。向こうでも成績としては特にないけど、それなりにやってたわ」

 

「ああ、確か帰国子女だったっけ。どこにいたの?」

 

「イタリアよ」

 

「ああ、それじゃあ真実の口とかやった事ある?」

 

「あるわよ。ちょっと緊張したけど」

 

 いいなあと、素直に羨ましがるタカトシ。別に凄い事をしたわけではないのだが、なんとなく気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「あんたって、海外とか行かないの?」

 

「実は、まだ経験ないんだ。憧れてはいるんだけど」

 

「そろそろ日本の外くらい出た方がいいわよ。大人になってからだと、世間知らずに思われるかもしれないし」

 

「そうだね。できることなら、俺も行ってみたいんだけど。でも、うちの家族ってめったに家に帰ってこないから」

 

 なるほどと思う。高校生で海外に行くのは珍しくないのだが、やはり家を空けられないのだろう。

 

「あんたって一人っ子だったっけ?」

 

「いや、中学3年の妹が1人」

 

「なによ。じゃあ、任せればいいじゃない」

 

 女の子1人に家を任せるというのもどうかと思うが、中学3年ならそろそろ自立心も芽生えている頃だ。連休でも利用して、観光にでも行けばいいのに。

 

「いや。あまり任せたくない」

 

「なによそれ」

 

 タカトシのキッパリした態度に、スズは訝しむ。

 

「あまり言いたくないけれど、ちょっと頼りないところがある奴なんだ。家事もできない。おまけに……」

 

「おまけに?」

 

「会長並に下ネタが得意で、人に見られると興奮して、罵倒されても興奮する。得意な科目は保健体育の保健の方」

 

 大真面目に言い切るタカトシ。流石にスズは気分が悪くなってきた。

 

「……さすがにそれは、冗談でしょ?」

 

「それなら、どれだけよかったか……」

 

 遠い目になるタカトシ。なんだか哀愁が漂っている。

 

「あんたも本当に苦労してるのね……」

 

 げんなりするスズ。なんだか、余計に疲れてきた。

 

 そうこうしているうちに、スズの家の前までたどり着く一行。ここまででいいわと言って、スズは玄関のドアを開ける。

 

「送ってくれてありがとね。それじゃあ、また明日」

 

「ああ、お疲れ様。また明日」

 

 ニコリと笑って、タカトシは来た道を引き返していく。わざわざ遠回りになるのに、彼はスズを送ってくれた。

 

 彼女はすぐには家には入らず、夜の影に消えていく彼の後ろ姿を見送る。何となく、このまま背を向けるのは違うと思ったのだ。

 

「……」

 

 ふう、と一息つく。そこで、スズは今度こそ玄関に入る。ただいま、と一言言って。

 

「おかえり、スズ」

 

「あれ、お母さん?」

 

 玄関には、妙齢の女性が立っていた。自分と同じ金髪の母親が、ニコニコと笑顔で立っている。

 

「今日は遅かったのね」

 

「まあ、今日と明日は先輩がいないから。ちょっと生徒会の仕事で遅くなっちゃって」

 

「あら、そうだったの?」

 

 どこか、残念そうな顔になるスズの母。

 

「せっかくスズが大人になったと思って、お赤飯炊こうとしてたのに」

 

「……」

 

 

 

 

 スズは、心の中でタカトシに訴える。

 

 津田……あんたには本当に同情しているの。だって、他人事じゃないから……

 

 

 

 

 その頃の奈良の旅館では。

 

 

 

 

 ランコが、シノに羽交い絞めをされていた。

 

「あ、ああ、ああああああ……!」

 

 スクープを撮りたいがあまり、女風呂をあらゆる機材を駆使して記録していたランコが嘆く。盗撮がバレた彼女の目の前で、2年生と付添いの教師全員の手によってこれまで撮ったデータが押収されていったのである。

 

 そして、目の前には。

 

「畑さーん。お部屋同じでしたよね。ちょっとお話しませんか?」

 

「お、おほほほほほ……」

 

 笑顔であるはずなのに、目がまったく笑っていない五十嵐カエデがいた。その姿は、魔女裁判を進行する牧師の如く。

 

 シノに拘束されたまま、諦め悪くバタバタともがくランコ。だが、桜才学園卒業旅行に参加した者の全ては、彼女の所業を許す事はしなかったという。

 

 

 

 

【津田家】

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 家に帰宅したタカトシは、靴を脱ぎながら家に入る。途端、ドタドタと2階から1人の女の子が降りてくる。

 

 容姿はどこかタカトシに似ていて、胸も大きい。綺麗というよりは可愛いタイプの女の子だ。

 

 正真正銘、タカトシの妹である。名前は、津田コトミ。

 

 彼女はタカトシの姿を確認すると、ニコニコと笑う。

 

「タカ兄、おかえりー。あのさ、今日もお父さんとお母さん、遅くなるって」

 

「ああ、分かった。ってことは、夕飯もまだなのか?」

 

「うん。もう、お腹ペコペコー」

 

 お腹を押さえ、大げさに言う。いい加減自分で料理を覚えてほしいものだが、コトミは絶望的なまでに手先が不器用だ。

 

「わかった。ちょっと着替えてくるから待ってろ。麺類でいいよな?」

 

「何でもいいから早く」

 

「へいへい」

 

 階段を上っていくタカトシ。そこで、ふと下に視線を向ける。

 

「……コトミ。妙な事をしたら飯抜きだぞ?」

 

「えへっ。何の事?」

 

 後ろからついてきているコトミに、ジト目を向けるタカトシ。途端、彼女がビクリと震えた。

 

 恐怖ではない。快感のためだ。

 

「ああっ、タカ兄。その眼、興奮するよぉ……」

 

「……」

 

 もはや諦めた顔で、自分の部屋に入る。そこで、コトミは後ろ手に隠していたモノを目の前に掲げる。

 

「うーん、失敗しちゃったか。これ、タカ兄に試したかったのになぁ」

 

 彼女の手には、ナイフのような大きさの機械。底のスイッチを入れると、ウィンウィンと先っちょが動く。

 

 俗にいう、大○のおもちゃ。その姿は男の○ンポそのもので――――

 

 

 

 

 鍋に水を入れ、キッチンで煮込む。その間に水洗いした野菜を切り、大皿に入れ、ドレッシングした。

 

 すでに食卓に着き、早く早くと急かしている妹に即席のサラダを出して黙らせる。とりあえずお腹にモノを入れたいコトミは、手早く口にかきこんでいく。

 

 麺をほぐした後は、残っているホウレン草と刻んだネギを入れ、2人前のうどんを完成させた。食卓によそってやると、コトミは飛び上がらんばかりに喜ぶ。

 

「うわお、タカ兄特製うどん!」

 

「そんな大げさなものじゃないよ。冷めないうちに食べとけ」

 

「りょーかい!」

 

 ズルズルと麺をすする音が、食卓に響く。ほふほふさせながら食べるコトミ。対して、タカトシはニンジンを入れてもよかったかと調理方法を反省しながら食べている。

 

 丼を空にした2人。タカトシが皿洗いをして、妹は自分の部屋へ。手伝えと言っても、皿を何枚も割るのがオチだ。

 

 部屋に戻ると、机に向かって生徒会の仕事を始める。と、そこで――――

 

「ねえねえ、タカ兄」

 

「なんだよ。入る時はノックぐらいしろって言っただろ」

 

 いきなり入ってくるコトミに、頭を掻きながら言う。これから仕事だというのに、いったい何だ。

 

「さっきお母さんから電話が来てさ。お風呂の掃除がまだだから、やっといてくれって」

 

「……なんだそりゃ」

 

「そういうわけだから、よろしくね」

 

 それだけ言うと、さっさと部屋を出ていくコトミ。タカトシは慌てて引き止める。

 

「ちょ、ちょっと待て。俺はこれから生徒会の仕事があるんだぞ。ずっと家にいたんだったら、お前がやれよ」

 

「私がやったら、風呂場が泡でいっぱいになっちゃうからって。あ、でも私と泡○りしたいっていうなら、大歓迎だよ?」

 

「……1人でやった方がマシだ」

 

「えーっ。でも、私と気持ちよくなれるんだし、仕事もできるし、いいことばかりだよ?」

 

「俺にとっては悪い事ばかりだよ」

 

 頭痛を堪えつつ、風呂場に向かうタカトシ。こうなったら、さっさと終わらせてやる。

 

 そして、30分後。

 

「きゃーっ、これでやっとお風呂入れる。さっすがはタカ兄!」

 

「ああ、そう。そりゃよかったな……」

 

 結局、コトミはただ見ているだけで、何もしなかった。掃除をしているタカトシの横顔を見て息を荒くしていたが、いつものことなので放置していた。

 

「それじゃ、れっつらごー!」

 

「ここで脱ぐな!」

 

 ぐったりとしながら、部屋に戻るタカトシ。全身に重りをつけたようで、身体が鈍い。

 

 それでも、まだ寝るわけにはいかない。今ここで休んだら、たぶん朝まで目が覚めないだろうから。

 

 改めて机に向かい、仕事を再開する。

 

 無言で書類に必要事項を記入し、不備が無いかをチェック。ファイルに戻り、次の仕事。

 

 学園で取り上げた各部活の目標や、生徒の要望に関する書類。生徒たちの声や現状における学園のデータを見返しつつ、どうにか半分までを片付ける。

 

 あと少しで終わりが見える。そう考えていたところで……

 

「きゃーっ!?」

 

 隣のコトミの部屋から、悲鳴が上がった。同時に、何かがガラガラと崩れ落ちる音。

 

「……」

 

 ウンザリしたように顔を顰めつつ、タカトシは立ち上がった。

 

「おい、コトミ。入るぞ」

 

 ノックをしてコトミの部屋に入ると、部屋の中が大変な事になっていた。開いている戸棚の中から、本が大量にカーペットの敷いてある床に落ちていたのだ。

 

 その崩れ落ちた本の山に、コトミが押しつぶされている。タカトシは溜息をつき、彼女の手を取って上半身を起こしてやった。

 

「ぶはっ……!」

 

「一応聞いておく。何があった?」

 

「いやー助かったよタカ兄。実はちょっと奥にある漫画の本が読みたくなって、引っ張り出そうとしたんだけど、予想以上に本がつめてあって……」

 

「ギュウギュウ詰めになっていた漫画を力づくで引っ張ったら、勢い余って他の本も出てきた、と」

 

「おう、さっすがタカ兄。私のこと、何でもわかってるぅ!」

 

「まったく。ちゃんと自分で片づけとけよ?」

 

 そう言い残して、部屋を去ろうとするタカトシ。

 

「えっ、タカ兄……手伝ってくれるんじゃ?」

 

「だから、俺は忙しいんだよ。自分でやったなら、ちゃんと自分で片づけといてくれ」

 

「た、タカ兄、お願い! 私じゃ、うまく整理整頓できない!!」

 

 腕をつかみ、イヤイヤをするコトミ。

 

 だめだ、こりゃ。こうなったら、妹はタカトシに手伝ってもらうまで手を離すまい。

 

「ああ、もう……」

 

 ヤケだと言わんばかりに、タカトシは片づけを始めた。途端、嬉しそうに顔が輝くコトミ。

 

「やったぁ! タカ兄が手伝ってくれるんなら、百億万人力だね」

 

「いいから、お前も手伝え! 世話を焼かせるな!!」

 

「はーい」

 

 タカトシには分かっていた。結局、彼がほとんど1人で片づける事になるだろうと。

 

 そして、今度は2時間後。

 

 片づけようとして、余計散らかしてしまうコトミに手間取りつつも、どうにか片づけを終わらせるタカトシ。自分の部屋に戻った時には、すでに目が霞みはじめていた。

 

「だ、だめだ……終わらせなきゃ……」

 

 息も絶え絶え。なぜ1人でも2時間ほどあれば終わっている筈の作業で、ここまで苦しめられなければならないのか。

 

 時計をチラリと見ると、すでに次の日の時刻。このまま仕事をすれば、確実に途中で寝れる自信がある。

 

 いっそ、寝てしまおうか。そんな弱気がふと頭に浮かぶ。明日早起きさえすれば、どうにか……

 

「……駄目に決まっているだろう」

 

 自分を叱る。スズは自分と違って、とっくに仕事を終わらせている筈だ。自分だけ出来ていないなんて事になったら、どんな顔をして苦労を共にしている彼女に会えるというのか。

 

 頬を両手で叩く。ヒリヒリと痛むが、少しは眠気も和らいだ。

 

「……そうだ。アレ、まだあったかな」

 

 思い直し、部屋を出て台所へ向かうタカトシ。コトミはすでに寝ているので、物音一つしない。

 

 暗がりの中、冷蔵庫の引き出しを開ける。中には、小さい茶色の瓶。

 

 中学の時、受験勉強のために買いだめしておいたスタミナドリンク。3本ほど取り出し、自分の部屋へ戻る。

 

 1本だけを、慣れた手つきで飲み干す。残る2本は、また眠気に耐えられなくなってから。

 

「よし、やるぞっ……!」

 

 タカトシはペンをとる。任せてくれた人達のため、そして共に歩んでいる仲間のために。

 

 

 

 

 その頃。奈良の旅館では。

 

 

 

 

 みんなが寝静まっている中、全ての女生徒の寝姿を盗撮していた罪で、引率の教師が全員で正座をしているランコに説教をしていたという。

 

 そして次の日の朝に、旅館の前で晒し者のように吊るされた彼女の姿があった事は、もはや説明するまでもないだろう。

 

 

 

 

【そして朝】

 

 

 

 

 早朝。

 

 机に向かったまま、朝を迎えたタカトシ。心なしか顔が痩せこけているが、それでもどこか満足そうな顔。

 

 最後の書類を書き切り、ファイルに収める。これで、全ての仕事が終了した。

 

 手元が言う事をきかなくなり、何度か字も間違えた。そのたびに訂正し、再チェック。それでも、タカトシは全ての仕事を終わらせたのである。

 

「や、やった……」

 

 とうとう、安堵の息を吐く事が出来た。不覚にも泣きそうになるが、それは堪える。

 

 結局、1度として彼は寝る事がなかった。寝ようとすれば、スズが悲しそうな顔で孤独に仕事に忙殺されている図を想像し、眠気を吹き飛ばす。

 

 立ち上がり、ファイルを大事に鞄に収める。そのまま、今日の授業の支度を始めた。

 

 シャワーを浴び、サッパリしたところで制服に着替える。コトミはこの時間は寝ているので、慣れた手つきで白米を炊く。

 

 冷蔵庫から鮭を取り出し、フライパンで焼いた。キャベツをみじん切りにして、4分割したトマトも乗せる。

 

 豆腐とモヤシの味噌汁を作り、2人分のお椀に注ぐ。と、そこで炊飯器から米が炊けた事を意味するアラームが鳴った。

 

 ご飯をしゃもじで掬い、まずは2人分の弁当箱の中へ。野菜やありあわせの食材を入れ、今日の昼食を用意。

 

 続けて、2人分の朝食を完成させる。そこでタカトシはコトミの部屋をノックし、朝食ができたことを知らせる。

 

 しばしの間があり、部屋の奥から呻くような声が聞こえる。

 

「た、タカ兄……今日はちょっと早いよ。あと10分くらい……」

 

「お前も受験生だろ。そろそろ起きないと、また遅刻するぞ。俺は先に行ってるから」

 

「ふぁい……」

 

「まったく。ご飯冷めても知らないからな」

 

 そう言って、タカトシは食卓に戻る。手早く朝食をとり、弁当を入れた鞄を片手に家を出た。

 

 徹夜をしていたので当然だが、時間には普段よりも余裕がある。桜才学園の生徒を1人も見かけないまま、タカトシは生徒会室へ向かう。

 

 と、そこで見知った後ろ姿に会った。他ならぬ、スズである。

 

「あ、萩村。おはよう」

 

 声をかけると、スズが振り向く。

 

「あ、津田。おはよ……って」

 

 タカトシの顔を見た途端、ギョッとするスズ。何か、凄いものを見てしまったような反応だ。

 

「どうしたの、萩村?」

 

「ど、どうしたって、あんた……何よ、その顔?」

 

「え、顔?」

 

 言われて、廊下の窓を覗き込むタカトシ。磨かれた窓に映り込んでいる男の顔は、目元が真っ黒に変わっていた。不格好な隈ができていたのである。

 

「うわ、いつの間に……!」

 

「き、気づいてなかったの? よくそんな状態で学校に来たわね」

 

 呆れたように言うスズに、しょうがないかと思うタカトシ。あれだけ頑張ったうえに、一睡もしていないのだから。

 

「いや、実はさ。家で妹が――――」

 

 昨日、家で起きた事をすべて話すタカトシ。初めは興味深そうに聞いていたスズだったが……

 

「ご、午前零時から、仕事……?」

 

「うん。でも、明け方に終わったから……って」

 

 タカトシは、スズの変化に気づいた。なぜかほけっとした顔になって、自分を見上げていたからだ。

 

 ややあって、スズは言う。

 

「えっとね、津田。あんたがとても頑張ってくれていたのは分かったけど……」

 

「いやあ。同じ生徒会役員だし。萩村に負担はかけられないからさ」

 

 

 

 

「あんたが持って帰った分の仕事って、締め切りは来週までじゃなかった?」

 

「あ」

 

 

 

 

 そして。

 

「……」

 

「……」

 

 かりかり。かりかり。

 

 生徒会室に、2人の持つペンを書類に走らせる音だけが聞こえる。

 

 虚ろな目をしたまま仕事を続ける男に、少女はかける言葉もなかったという……

 

 

 

 

つづく

 




今までの苦労はいったい……
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