生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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小さな音は、確かに聞こえた。

それでも、傍にあるぬくもりには届かなくて。


鈴の音色が終わる頃

 

 

 

【たとえ別れの足音が近づこうとも】

 

 

 

 

 新年の空気が未だに抜けきらない頃。

 

 桜才学園は、新学期がスタートした。

 

 冷える空気に耐えながらも、人々は街中を歩いていく。仕事が始まり、勉学が始まる。年が明けてからの全ての最初となる近日。

 

 生徒会長である天草シノが生徒会室に姿を見せた時、すでに他の役員達は集まっていた。

 

「あけましておめでとうございます」

 

「ああ。あけましておめでとう、津田」

 

 会計の萩村スズ、書記の七条アリアも挨拶をする。この2人は新年の挨拶をすでに終わらせているらしく、おはようございますの一言だった。

 

「あけましておめでとう、萩村。七条先輩も、あけましておめでとうございます」

 

「あけましておめでとう、津田君」

 

「あけましておめでとう」

 

 にっこりと笑って返事をするアリアに対し、スズはいつも通りの素っ気なさだ。まあ、いつもの事である。

 

「さて、改めて。皆、あけましておめでとう」

 

 所定の座席に座った生徒会役員達から、シノに対して返事がくる。

 

「さて、早速で悪いが」

 

 と前置きしつつ、我らが生徒会長は今後の予定を話し始めた。

 

 始業式後の話し合い。3学期はもう最上級生は受験に向かって最後の追い込みを駆ける時期だ。

 

 人によっては、今更猛勉強をしているようでは結果が知れると思うかもしれない。この時期に解けない問題があるでは済まされないのだ。

 

 その点、生徒会のシノとアリアは他の同級生の中でも比較的落ち着いていた。かなり難関の大学を受けるらしいが、今は心を落ち着けて生徒会業務に専念しているらしい。

 

 ならば、タカトシが何か言うこともない。この人たちなら大丈夫だという信頼が、後輩の2人にはあるのだ。

 

 とはいえ、そんな大事な時期だとしても生徒会の仕事はある。あと一ヶ月もすれば本格的に大学入試が始まり、桜才学園からも入学試験が始まるのだ。

 

 タカトシとスズが受け持つ今後の仕事は、入学試験に関すること。そして、シノ達からの引き継ぎ作業だ。

 

 3学期。そう、3年生は卒業が間近に迫っている。

 

 もうすぐ、シノやアリアも卒業生としてこの学園を去らなければならない。

 

 そして――――彼女も。タカトシは少しだけ、その事実が頭をよぎった。心がざわつくのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

「会長。入学試験に使用される教室は、もう決まっていますか?」

 

 挙手するタカトシに、シノは頷く。

 

「今朝、確認をしてきた。場所は2階の――――」

 

「――――分かりました。準備はこちらで」

 

「うむ。前日は休日だが、よろしく頼んだ」

 

 そう。日常は過ぎていく。近くに迫っている、ひとつの別れがあるとしても。

 

 彼らはその事実を受け入れて、今やるべき事に専念しなければならないのだ。

 

 

 

 

【ランコの調査結果】

 

 

 

 

「どうぞ。これ、今月の桜才新聞です」

 

 昼休み。生徒会室に現れたのは新聞部部長の畑ランコであった。机に置かれたのは、刷り終わったばかりの新聞である。

 

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

 部屋で仕事をしていたスズが手にし、早速内容を確認する。言うまでもないことだが、ランコは今までのイエロージャーナリズムぶりを考慮して、正式に発行する前に生徒会役員の検閲を行うことになっているのだ。

 

 今月の正座占い。近所で起きた出来事や宣伝。特に学園に関わる人間関係などが事細かに書かれている。

 

 別に、人間関係を公にすることはとやかく言わない。特にその人たちの関係を壊さない程度なら、多少のゴシップも見逃すことにしている。生徒会も鬼ではないのだ。

 

「・・・・・・畑さん」

 

「はい」

 

「この、学園内のカップル調査の記事なんですけれど」

 

「ええ。至って真面目な調査の結果ですよ」

 

 淡々とした声はいつものことだ。スズは気にせずに訊いてみる。

 

「カップルの数が18人って・・・・・・本当ですか?」

 

「はい。思春期の男女なんて、そんなものですので。校則があろうとも、気持ちの前には無関係です」

 

「いえ。それでも校則を守り通すのが我が学園の生徒会のあるべき姿です。すみませんが、そのカップルの名前を教えていただけますか?」

 

 生真面目なスズらしい意見だ。しかし、案の定ランコはかぶりを振る。

 

「教えられると思いますか? プライバシーに関わることですよ」

 

「それを調査していた人が言っても説得力はありません」

 

「仮に伝えたところで、その違反者たちをどうするつもりなのでしょうか。もしや校則に乗っ取って謹慎や停学にする、とか?」

 

「さすがにいきなりというのは、罰が重いでしょう。今のところは厳重注意にとどめ、それでも反省の色がなければやむを得ないということで」

 

 校内恋愛は禁止。それが、この学園のルールなのである。それでも今の生徒会はタカトシを通じて、若干の融通を利かせている風潮があった。

 

 あまり、他人事とは言えないはずなんですけれどね。ランコは思う。今、まさに彼女の所属している生徒会役員を含めたカップルが、その違反者に該当しているというのに。

 

「どのみち、個人情報にも関わることですので。こればかりはいかに生徒会役員といえどもお教えできません」

 

「違反者が分かっているというのなら、それを放置するのは生徒会の主義に反しますが」

 

「そういう姿勢は、かえってカップル達を焚きつけるだけですよ。ここはひとつ、我慢の子でいることもまたひとつの方法かと」

 

 口調はいつも通りだが、話すことはないという意思は感じられる。どうしようかとスズが考えを巡らせていると・・・・・・

 

「その通り!」

 

 音を立てて、生徒会室のドアが開いた。姿を見せたのは、最近めっきり姿を見せなかった生徒会顧問。

 

 そう。横島ナルコである。あまりにも久しぶりの登場であった。

 

「あ、先生。一瞬、誰かと思いました」

 

「おや、横島先生ではありませんか。最近設立されたヨガ部の顧問に鞍替えしたものかと」

 

「ちょ、ヨガ部は別の先生がやってくれているって知っているだろ。それより、忘れていたとか酷くないか!?」

 

 自分の知らないところで勝手に秋の始めあたりにできた部活に入れられていた事実を知り、ナルコは仰け反った。そもそも、自分は生徒会顧問を辞めた覚えなどない。

 

「それよりも、萩村よ。あまり物事を杓子定規に考えるのは良くないな。カップルがそこまで増えているというのならば、それを踏まえた上で柔軟な対応をするべきだ」

 

「はあ」

 

 言っていることはもっともだ。だが、それをこの教師が言うのは、妙にモヤモヤしてしまうと感じるのは自分がまだまだ未熟なせいだろうか。もちろん、身長のことではないが。

 

「ならば、とるべき方法はひとつ」

 

 クワッと目を見開くナルコ。まるで、ここぞとばかりに存在感をアピールするかのように。

 

「男女の恋愛は自由! 教師も含めて!!」

 

「下心感アリアリですね」

 

「というか、教師も混ぜろっ!」

 

「ボケの二段構え、ありがとうございます」

 

 

 

 

【やんちゃタイム】

 

 

 

 

「新たな刺激が欲しくはないだろうか」

 

 とある日の朝。生徒会室でシノが口にした言葉である。

 

「刺激というのは?」

 

 ファイルを纏めていたタカトシは、その作業の手を止めて訊いてみた。ペンを書類に走らせていたアリアが、代わりに言う。

 

「あれ、シノちゃん。もしかして、また新しいのが欲しいの?」

 

 生徒会書記が取り出したのは、片手で操作できそうなリモコン型の何かと、そこにコードがついており、その先端が卵形の何かであった。

 

 あれっていったいなんだろな。ふくかいちょうとかいけいにはさっぱりわかりません。

 

「い、いや。そういう意味ではない。第一、前に借りたアレは家にあるから」

 

「会長。それで、刺激というのは?」

 

 再び訊くタカトシ。動揺を抑えながら、話を続ける生徒会長。

 

「あ、ああ。すまない。実は、こうして卒業まであと何ヶ月もないだろう?」

 

 今は1月の上旬。入試が終われば、3年生は自由登校になる。その入試試験も、来週に迫っていた。

 

「そこで、だ。まだ高校生という立場でいられるうちに、できることをやってみたいと思っているのだ」

 

「できること?」

 

「うむ。ざっくり言ってしまうと、やんちゃしたいという事だな」

 

 シノは学園内では優等生として通っている。しかし、今までの学園生活ではそれを大きく発散する機会がなかった。

 

 そこで、高校生であるからこそできるはっちゃけを、今のうちに経験しておこうという考えに至ったということである。

 

「一気にスケールが小さくなりましたね」

 

 呆れるタカトシだが、シノはむっとして言い返す。

 

「他人事みたいに言うな。このやんちゃには、みんなも付き合ってもらうのだからな」

 

「いや、会長は大学受験のことを考えるべきでは?」

 

「毎日自宅でも健康的に行っている。やれることはやっているという自負があるので、問題はない」

 

「会長がそう言うのなら、付き合うのはやぶさかではありませんが」

 

「まあ、単調な生活は精神的に良くないですしね」

 

「これも思い出だものね」

 

 消極的ながらも、タカトシやスズは賛成する。アリアは初めから楽しそうであった。

 

 内心では、他の役員達も分かっている。これは、これから受験を受ける前の、彼女達へのストレス発散なのであると。無論、シノの言っていることも間違いではないのだろうが、流石に100パーセント受かる保証など誰にもできない。

 

 だからこそ、周りの人間にできることはその受験生のストレスや不安をできる限り軽くしてやることなのだ。普段からあらゆる人間に頼られているのがシノという少女なので、彼女もまた、誰かに寄りかかりたいという欲求があるはず。

 

 ならば、その役目は自分達だ。生徒会役員の後を継ぐ自分達の恩返し。

 

「分かりました。受験前のストレス発散、付き合わせていただきます」

 

「ありがとう、みんな」

 

 ニコリと笑うシノ。こういう時、ちゃんと相手の意図を察した上できちんと付き合ってくれるのが、この者達のいいところなのだ。

 

「と、いうわけで」

 

 ドン、とひとつの箱を机に置く。閉じた箱の上が丸くくりぬかれているので、くじ引きのためだろう。

 

「今日は1日、役職を取り替えっこしよう」

 

「いま思いついたことのわりには、下準備万端だなあ」

 

 

 

 

【サスペンス展開】

 

 

 

 

 そして、昼休み。

 

「失礼します、会長」

 

 一言断りを入れて生徒会室に入ってきたのは、1人の女子生徒。2年生の三葉ムツミであった。柔道部の主将である。

 

「何か?」

 

 と、返事をしたのは副会長であるはずのタカトシであった。いつもはシノが座っている場所に、彼がいる。

 

「あれ、タカトシ君。もう引き継ぎって終わっていたっけ?」

 

「いや、三葉。いまは俺が生徒会長なんだよ」

 

 事実を言ったのだが、ムツミは埴輪のような顔でしばらく間を開ける。そして、自分の解釈を交えた答えを言う。

 

「まさか・・・・・・タカトシ君が生徒会を乗っ取った!?」

 

「斜め上からの解釈!」

 

 

 

 

【やんちゃタイム2】

 

 

 

 

「会長・・・・・・いえ、天草先輩」

 

「・・・・・・ああ、いや。うむ」

 

 なんとなく狼狽えてしまう一日副会長のシノ。タカトシに名前で呼んでもらうのは、実は初めてなのだ。

 

「卒業式の企画なんですけれど、ここ」

 

 そう言って、書類の一文を指で示す。シノは彼の後ろからのぞき込むようにして確認した。

 

「ああ、それは以前言った意見で良い。ここと、ここは実行委員会に任せる」

 

「分かりました。それと、花束贈呈では・・・・・・」

 

「その事だが、津田自身としては・・・・・・」

 

「俺としては、やはり卒業証書授与が終わった後の方が・・・・・・」

 

「やはりそう来るか。そうなると・・・・・・」

 

 卒業式も近いので、今のうちにあれこれと必要な仕事は3年生がいるうちに済ませておく。しばらくの間、2人の意見交換が続いた。

 

「・・・・・・」

 

 そんな様子を、スズは冷めた目で見ていた。時折書記としてペンを走らせながら、次の書類へと手を伸ばす。

 

「さすがはスズちゃんね。計算をしているときとペースが全然変わってないよ」

 

「いえ、大したことでは。一応、文を書くのも得意ですので」

 

 IQ180は伊達ではない。勉強関連に関して、スズに隙はないのだ。

 

 そしてアリアもまた、手際よく電卓を片手で操作しながら数字を記録していく。見ている限りでは電卓は最小限に使い、後は全て暗算で済ませているので効率も良さそうだ。

 

 シノはスズ達が出した結果に目を通しつつ、2人のフォローと仕事の分担。決定権のあるタカトシ会長が許可を出しつつ、今後のスケジュールの整理や生徒会長のみが記す必要書類の片付け。

 

 昼休みの半分ほどで、この時間の仕事は全て片付けることができた。全員で、フウと息をつく。

 

「そうだ。みんなでコーヒーでも飲むとしよう。私が入れてやる」

 

「あ、会長・・・・・・じゃなくて、天草先輩。わざわざすみません」

 

 生徒会室の入り口近くには、来客用に紅茶やコーヒーを入れるための用意ができている。テキパキと慣れた手つきで準備すると、トレイの上に人数分のカップを乗せてきた。

 

「さて」

 

 トレイを机の真ん中に置き、シノは意識して張り詰めた声で告げる。

 

「この中にひとつだけ、砂糖ではなく塩が入っている」

 

「は?」

 

 タカトシとスズが同時に間の抜けた声を出した。

 

「ああ、塩は小さじ一杯で健康に影響ないから大丈夫だぞ」

 

「面白そうだね。じゃあ、私はこっち」

 

 アリアは乗り気らしく、自分で決めたカップを手に取る。

 

「じゃあ、私はこれを」

 

「俺はこれで」

 

 スズとタカトシもそれに続く。最後に残ったカップが、シノの分だ。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 沈黙。カップから生まれる湯気だけが、時間の経過を物語っていた。

 

 そして、シノの額から流れる、一筋の汗。

 

 ――――飲む前にオチが分かってしまった。

 

「くっ・・・・・・無念」

 

 震える手で自分の分のカップを手に取ろうとする。と、そこで。

 

「やっぱり、こっちにします」

 

 ――――横から伸びた手によって、自分のカップと交換された。

 

 理解が追いつく前に、シノは塩入りのハズレコーヒーを目の前で飲まれた。いや、飲んでくれたのだ。

 

 さすがに味が違うのか、顔をしかめている。それも一瞬で、最後までゴクゴクと飲み干してしまった。

 

「塩味のコーヒーってどんな味がするのか、知りたくなってしまって」

 

 そんな言葉で終わらせるのは、今日一日を生徒会長として過ごしている男。言うまでもなく、津田タカトシであった。

 

 女子一同、口を開けて目を瞬かせている。さっきとは、違う意味で沈黙が流れた。

 

「ひゃー。さすがは津田君」

 

 一番始めに冷静さを取り戻したのは、アリア。感心したように、いつもの静かな笑顔で褒める。

 

「まったく、あんたって・・・・・・」

 

 額に手を当てて、呆れたように言うのはスズ。何やってんだかと言いたげな様子であった。

 

「あ、いや、津田・・・・・・?」

 

 最も狼狽えているのが、やんちゃを仕掛けた当人のシノ。視線をさまよわせ、口をパクパクさせている。

 

「好奇心で慣れないものを飲むものじゃあないですね。いい勉強になりました」

 

 この話はこれでおしまい、という意味を込めておくタカトシ。続けて、シノに自分の分だったコーヒーを飲むように促す。

 

「・・・・・・」

 

 シノは何かに操られるようにカップを手にし、無表情のまま飲む。予想通り、砂糖の入った美味しいコーヒーだ。当人は、これっぽっちも味など分からなかったが。

 

「す、すまん。少しだけ、出てくる・・・・・・カップは私が後で洗っておくから」

 

「あ、シノちゃん?」

 

 フラフラと、シノは生徒会室から出て行った。流石に心配になったのか、アリアも後を追うようにして廊下へと出る。

 

「ええっと・・・・・・俺たちも行った方がいいかな?」

 

「止めときなさい。原因は分かっているから、騒ぐこともないわよ」

 

 席を立ち上がりかけたタカトシに、スズはそう言って座らせる。シノが出て行った理由を、彼は察していないようだ。

 

「はあ・・・・・・わたし、あんたがたまにワザとやっているんじゃないかって思う時があるわ」

 

「わざと?」

 

「ええ。わざと」

 

 もっとも、それを教えてやる気は毛頭ないスズであった。

 

 

 

 

【キミに会える時間】

 

 

 

 

「さてと」

 

 話を変えるスズ。取り出したのは、今日の放課後に使う資料の束。

 

「今日は最終部活会議でしょう。あんたは今日、会長として出るんだから今のうちにトチらないように準備はしておきなさい」

 

「え。まさか、今日の会議もずっとこの役職でいくの?」

 

「当たり前でしょう。あんたはもう来年度は会長なんだから、その予行練習のつもりで参加しときなさい。会長だって、そう言うわよ」

 

「それは・・・・・・」

 

 確かに、スズの言う通りかもしれない。タカトシは思う。

 

 自分が生徒会長。あの優秀なシノの後釜。

 

 それが、不安にならないと言えば嘘になる。だが、不思議とそれに相応しくなろうという気持ちがあった。

 

「そうだね。俺も会長の跡継ぎ、頑張らなきゃ」

 

「分かればいいのよ。ほら、さっさと見直しを手伝ってよね」

 

 席に着き、ペンを走らせるスズの隣で書類のチェックをする。その作業を続けながら、彼はゆっくりと放課後の会議のシミュレーションを頭の中で考え始めていた。

 

 この時、なぜ自分がそれほど怯まずにシノの後を継ごうという決意をする事ができたのか。

 

 それはきっと――――

 

「失礼します。今日の会議について、いくつか報告したいことがあるのですが」

 

 ――――五十嵐カエデ。この少女に釣り合いたいという想いがあるからなのだろう。

 

「ああ、カエデ先輩」

 

「お疲れ様です」

 

 2人が頭を下げると、カエデも会釈をする。風紀委員長の先輩は2人の傍まで歩くと、手に持っている書類を取り出した。

 

「失礼ですが、会長はどちらに?」

 

「会長は俺です」

 

「え。もう引き継ぎが終わっていたんですか?」

 

「そういう意味ではありません」

 

 大真面目に訊くカエデに、タカトシはどこか可笑しそうに笑いながら事情を説明する。話を全て聞いた後は、困ったように頬をかく。

 

「あはは・・・・・・まあ、いつもの会長のノリだったんですね。卒業も近いから、ですか」

 

「一応、会議も今の役職のままで出るつもりなので。そこの所よろしくお願いします」

 

「ふふ、分かりました。私も卒業する前にタカトシ君の生徒会長の姿が見れたので、ちょっと得をした気分です」

 

「俺もです。カエデ先輩の事を会長の立場として見れるなんて、ちょっと得をした気分です」

 

 今度は2人そろって、クスクスと笑う。

 

 こうして学園の生徒として接することができるのも、あと2ヶ月で終わる。その間、お互いにずっと笑い合っていられる時間でいたい。それが、2人の暗黙のルールであった。

 

 と、そこでゴホンという音がした。言うまでもなく、ずっと黙っていたスズの咳払いの音である。

 

 途端、我に返る2人。慌てて、手元の書類を確認する。

 

「え、ええっと、タカトシ君・・・・・・ではなく、津田会長。いくつかご質問が」

 

「は、はい。なんなりと」

 

「来年度の運動系の部活予算なのですが・・・・・・」

 

「ああ、実は文化系の方でコンクール優勝の実績があったために・・・・・・」

 

 赤面してギクシャクしながらも、お互いに仕事は続けている。それはいい。いいのだが。

 

 それを第3者の目で見せられる自分の身にもなって欲しい。スズはそう思いつつ、書類の処理に引き続き取りかかった。

 

 

 

 

【未来への自覚】

 

 

 

 

 唐突ではあるが。

 

 最終部活会議というのは、年度末最後における部活動最後の会議である。

 

 今代一年間の、あらゆる部活動における記録やデータをまとめ上げ、来年度への反省点や予算といった内容を決める、部活の今後における重大な会議である。

 

 部活動、といっても対象者は部活だけではない。各種委員会にも予算やら活動費などは必要な場合もあるため、いくつかの委員会代表者も出席が義務づけられている。

 

 ちなみに、2学期の中間の時期にそれまでの途中結果を発表し、部活動の部長達と共に議論をするのが修学旅行の時期に行われた総合会議なのだ。

 

 要するに。部活動をする者達はもちろん、その中心となって取り仕切らなければならない生徒会にとっては、一番の山場となる大仕事なのである。先輩として次代を担う後輩の今後がかかっているので、誰もが気を引き締めて取りかかるはずだ。

 

「――――だからこそ、俺たちもしっかりしなきゃあいけないんですよね」

 

「当然だな。もし、ここで気を抜いた態度をとっていたら、会長職を萩村に任せるつもりでいたぞ」

 

 廊下を歩いているのは、生徒会一同。会議室に向かっているので、自然と一列になっている。背が高い順に並んでいるのは、あえて誰もツッコまなかった。

 

「私は遠慮します。見えなくなるので」

 

「うん。知ってた」

 

 講演台に立てば、スズの頭しか見えなくなる。空しい現実だ。

 

 そうこうしているうちに、一行は会議室の前についた。中でかすかに声が聞こえるが、様子からしてほぼ全員集まっているのだろう。

 

 タカトシは自然、胸に手を当てて深呼吸をする。不思議と思っていたよりも緊張していない自分に、軽く驚いた。

 

 その事に、シノは満足そうに言う。

 

「平常心を保っているとはさすがだな、津田よ。まるで、童貞を捨てた一人前の男のようではないか」

 

 いつもの、シノの思春期なボケ。しかし、それこそがタカトシの心に届いた。

 

 純潔を捨てたから。あのクリスマスの夜、あの少女と共にひとつの壁を越えたから。

 

 男としての自信が生まれ。人としての自負が根付いて。

 

 それこそが、今の津田タカトシという男の誇りにつながっている。自分でも気付かないうちに、彼はカエデから男としての自信を与えてくれていたのだ。

 

「・・・・・・どうしたの、津田君。ドア、開けなくていいの?」

 

 後ろからアリアが手元を覗き込んでくる。今になって緊張していると思われてしまったらしい。

 

「いえ、大丈夫です。それよりも」

 

「?」

 

 シノとアリアに瞳を向ける。彼のまっすぐな視線に見つめられ、目を瞬かせる2人。

 

「俺、これから生まれ変わったつもりで励もうと決めたんです。会長の後釜、しっかり努めてみせますよ」

 

 ドアを開ける。幾多もの部活動部長や各種委員会の代表者が、一斉にこちらを見た。

 

 備え付けのホワイトボードを背に、会議長の座る席にタカトシは地下より、机の上に書類を置いた。

 

 生徒会長のシノがそこにいるべきじゃないのかという戸惑いの視線は、とりあえず後回しにするタカトシ。迷いのない手つきで持っている資料を所定のページに開いた。

 

 資料が全て行き渡ったと判断し、タカトシは会議室にいる全てを見回して言った。

 

「それでは定刻になりましたので、これより部活動と委員会における最終会議を始めたいと思います」

 

 そして、とタカトシは続けた。

 

「今日この時をもって、生徒会会長の役職に就くことになりました、津田タカトシです。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 

 堂々と、タカトシはこの場で宣言をした。周囲で、困惑したように顔を見合わせるものが出始める。

 

 事情を知っている柔道部部長のムツミは、特に驚く反応をしなかった。むしろ、背筋を伸ばして前を見据えている彼の姿に若干頬を赤くしている。

 

 そして、もう1人。風紀委員長としてこの場に座っている彼女。

 

 その一回り大きくなった彼の姿を、彼女は眩しそうに見つめていた。期待と信頼に満ちている彼女の眼差しは、確かにタカトシの心に届いているのだから。

 

 

 

 

【ホワイトクリスマスにお別れを】

 

 

 

 

「はあ・・・・・・ちょっと焦った」

 

 瞼を揉むタカトシは、そっと会議室の机にプリントの束を置いた。先ほど、部活の部長一同に配布した分の残りを回収したのだ。

 

 会議用に設置していた机を所定の位置に戻した後、シノは瞳に安堵感を漂わせて言う。

 

「はっはっは。いや、見事だったぞ津田よ」

 

「あ、会長。それならよかったです」

 

「世辞ではなく、本心だ。質問にも的確に答えていたし、何より運動部をしっかりと納得させていたところも大きい」

 

「特に、今年は文化部の方は若干発言力が強かったからね。少し強引に話を進めてくると思っていたから、ちゃんと説き伏せてくれて助かったよ」

 

 アリアも、今年度の部活予算には色々と思うところがあった。この会議でその心配を解決するところを見ることができて、いくらか安堵感があるらしい。

 

「・・・・・・」

 

 そんな中、スズはひとり纏めたファイルを持って、会議室を出ていく。チラリと一度だけタカトシの顔を見ながら。

 

 太陽は、未だに高い位置にある。外との堺の窓は、今日も冬の晴天の光を通していた。

 

 3年生の教室を通り過ぎる。中には授業を進行する教師はおらず、まばらな数の生徒達が自習をしているだけ。きっと、ほとんどの生徒は図書室にでも行っているのだろう。

 

 大学入試が始まる期間が迫っている。みんな、受験勉強の追い込みをかけているのだ。できる限り、音を立てずに意識して歩く。

 

 そうして生徒会室へと戻るスズ。今は生徒会役員として会議の結果を記録しなければならないのだ。

 

 中に入ると、先客がいた。さっきまで、会議に出席していたその人は、その足でこの場へ来訪していたらしい。

 

 廊下とは違って、室内は薄暗い。誰もいないときはカーテンを閉めているからだ。スズが開けると、中にいた人物も手伝いますと言ってカーテンを開ける。

 

「早かったんですね。五十嵐風紀委員長」

 

「お手間をとらせるようで申し訳ありません。実は、先ほどの会議でいくつか確認したいことがありまして」

 

 目の前の女性――――五十嵐カエデは、少しだけ申し訳なさそうな顔をして会釈をする。手には先ほどの部活動会議の書類を持っていることから、部活関連の話なのだろう。

 

「いいですよ。私に答えられる範囲なら」

 

「ありがとうございます。早速ですが――――」

 

 話し始めながら、向かい合うようにテーブルに着いた。カエデは何度か手元の書類と話を確認していき、スズは手にしたペンを片手に、説明の補正をその書類に書き加えていく。

 

 それから数分後、2人の話は終わった。頷くカエデに合わせるかのように、彼女の三つ編みのお下げが動く。

 

「・・・・・・と、まあ確認することはこれくらいですね。参考になればいいのですが」

 

「いいえ。本当にわかりやすかったですよ。さすがは来年の副会長です」

 

「今は会計ですらない書記だけれどね」

 

 カエデが笑うと、スズもつられて申し訳程度に笑みらしいものを作る。

 

「・・・・・・萩村さん?」

 

「え? ああ、なんでしょうか」

 

「いえ、すみません。何でもありません」

 

 そうですか、と深く訊ねることもせずに、スズは手に持っていたボールペンをペン立てに差し込む。

 

「・・・・・・」

 

「五十嵐先輩。どうしましたか?」

 

 今度は、スズがカエデに訊ねる。僅かに眉根を寄せ、貝のように口を閉ざしているカエデを見れば、誰だって声をかけたくなるだろう。

 

 やはり返事は、何でもありません、だ。それでも、お互いに言葉で何かを改めて確認する必要はない。

 

 表向きは要件を終わらせたカエデは、最後にもう一度礼を言って、生徒会室から退席する。スズも返事をしつつ、手元の書類を書き上げる作業に入った。

 

 廊下に出ると、声をかけられるカエデ。ちょうど、タカトシが会議室から帰ってくるところだったのだ。

 

「タカトシ。今日の会議、お疲れ様です」

 

「カエデさんこそ、お疲れ様です」

 

 ここが校舎内でなければ、手や肩に触れあうこともあったであろう2人。しかし、今は真面目な彼ららしく、しっかりと距離を取ってわきまえている。

 

「今日は、どうしますか。こっちは会議結果の報告書を作成すれば、今日の仕事は終わりになるんですけれど」

 

「教室で一通り総復習をやっておきたいので。図書室は人がいるでしょうし、なんだか落ち着かないので」

 

「分かりました。それじゃあ、終わったら連絡します」

 

「お願いしますね。それじゃあ、また」

 

「はい」

 

 2人は少しだけ周囲を見回し、誰もいないことを確認する。目を合わせ、そっと顔を近づけた。

 

 チュッ。2人だけが聞こえる音と共に、触れあうようなキス。お互いに、少しだけ緊張と照れの入った視線が交差した。

 

「それじゃあ、待っていますから」

 

「はい。すぐに終わらせます」

 

「・・・・・・それと、タカトシ」

 

「はい?」

 

 機嫌良くこの場を去ろうとしていたカエデだったが、ふと顔を少しだけ真剣なものに変える。

 

「・・・・・・たまには、ペン立ても使った方がいいですよ?」

 

「え?」

 

「いえ、忘れてください」

 

 首をかしげるタカトシに、カエデは思う。もしかして、気まずい気持ちにさせてしまったでしょうか。

 

 そんな気持ちを覚えつつ、カエデは今度こそ廊下の向こうへ歩いていった。キスをした空気を壊すなど、おおよそ彼女らしくない言動である。

 

「遅れてすみません」

 

 タカトシが生徒会室のドアを開けると、案の定中にいたのはスズであった。彼女はタカトシが入ってきても、視線も向けずに手元の書類作成に没頭している。

 

「遅いわよ。あんたの分もあるんだから、ちゃんとしなさい」

 

「すぐにやるよ」

 

 一日書記の彼女から書類を渡され、タカトシも一日生徒会長としての仕事を始める。

 

 白紙の書類に必要事項を書き記すため、ペン立てに手を伸ばした。

 

「・・・・・・」

 

 いや、伸ばそうとしたのだ。手が止まる。

 

 一秒間の後、タカトシはそっとボールペンを取った。そこいらのコンビニに売っているような、無地のペンだ。

 

 他のシャープペンシルや鉛筆に混じってペン立てに刺さっているのは、見覚えのあるオシャレなボールペン。赤色のスワロフスキーのデザインは、いかにも大人の女性が使いそうである。

 

 一昨年のクリスマス。1年生の頃、アリアの別荘で・・・・・・

 

 持ち主であったはずのスズの視線は、タカトシの視線に気付かない。いや、気付いるのだが素知らぬ顔をしているのかもしれない。

 

「――――」

 

 鈍感なタカトシでも、ここに来てようやく気付いた。

 

 ――――過去の、スズの気持ち。

 

 ――――今の、スズの気持ち。

 

 ――――そして、その変化の理由を。

 

 そう、だったんだ。

 

 愚鈍な自分は、ずっと気付かなかった。こうして、今この瞬間まで。

 

 彼女は何時から、想いを向けてくれていたのだろう。そして何時、どうやって気持ちに整理をつけたのだろう。

 

 全く分からない。だけどひとつだけ言えることは、彼女の中で、自分はもう“終わっている”ということだけなのだ。

 

「津田」

 

「え?」

 

 突然声をかけられ、タカトシは肩をピクリと動かす。そこで、スズはやっとこちらに視線を向けた。呆れのこもった瞳で。

 

「何ビックリしてんのよ。早く書いてもらわないと、私たち下校できないんだけれど」

 

「あ、ああ。ごめん萩村。すぐに取りかかるよ」

 

「とっくに取りかかると思っていたんだけれどね、私は」

 

 溜息をつきつつ、スズは再び手元に視線を。ここで、タカトシも今度こそ書類に集中する。

 

 しかし、その前にもう一度だけ視線を斜め前に。

 

 スズの様子は、見慣れたいつもの様子と変わりが無い。その調子に、内心で少しだけ安心する。

 

 自然と、言葉が出た。

 

「ねえ、萩村ってさ」

 

「なによ。仕事サボるんじゃないわよ」

 

「本当に大人だよね」

 

 スズは、思いっきり吹きだした。

 

 

 

 

【消えた想いを振りかえり】

 

 

 

 

 そして、その日の帰り道。

 

「そうですか。やっぱり気付いていたんですね、萩村って」

 

「はい。前にタカトシが話してくれたボールペンと、特徴が同じだったんです。だから、そういう事なのかなって」

 

「萩村が俺を、ですか。正直、俺って本当に鈍かったんですね・・・・・・情けないです」

 

「それは、本当にタカトシが悪いです。蒸し返すのも失礼ですから、萩村さんの前では話さない事にしますけれど」

 

「はい・・・・・・」

 

 夕暮れの街中。近所の下校中の小学生達に何人も追い抜かされつつ、2人は足並みをそろえて歩いている。夕暮れの太陽が、いつになく眩しく思えた。

 

「でも・・・・・・良かったです。正直、自分でも不謹慎とは思いますが」

 

「不謹慎?」

 

「はい。だって、もしかしたら・・・・・・」

 

 と、そこで躊躇うように口ごもるカエデ。

 

「・・・・・・もし、タカトシが萩村さんの気持ちに早く気付いていたら」

 

「・・・・・・」

 

「ひょっとして、萩村さんと付き合う可能性もあったんじゃないかなって」

 

 それは、きっとあり得たかもしれない未来。津田タカトシが、萩村スズを選ぶ世界。

 

「それは、あくまでも可能性ですよ。カエデさん」

 

 その世界を、このIfの世界に生きる津田タカトシは違うと否定する。彼はスッとカエデという恋人の前に立った。

 

「今、カエデの目の前にいる俺は、カエデしか見えません。愛すると決めた人を放ってしまう俺なんて、俺じゃありません。この津田タカトシは、五十嵐カエデひとりだけを愛しています」

 

「あ・・・・・・ありがとうございます」

 

 突然の愛の宣言に、それだけしか言えないカエデ。頭がクラクラすると同時に、ひとつの安堵を覚える。

 

 そう。彼が誰から好意を向けられていようとも。彼自身の気持ちは――――

 

 そっと、タカトシの腕にしがみつくカエデ。上目遣いに、恋人を見上げる。

 

「よかった」

 

「え?」

 

「なんでもないです」

 

 それ以降は、2人ともあまり会話をしないまま歩み続ける。

 

 今日、2人は己に向けられる想いに気付いた。そして、それに背を向けた。

 

 それでも、後悔などあるはずがない。なぜなら、2人の心はすでに・・・・・・

 

 冬の風が吹く中、身を寄せ合って歩く2人の姿。どこかに応えられなかった想いがあったというのなら、せめて胸を張って自分達の想いを刻みながら生きよう。

 

 時期は、大学入試。そして、進級。

 

 ひとつの変化を前に、2人の時間は止まることはなく・・・・・・

 

 

 

 

つづく

 

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