生徒会役員共 ~Ifの世界~【完結】   作:玖堂

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人は人。

神の視点の如く、全てを見渡すことは出来ず。

確かにある誰かの背中は。

まだここからは見えないだけで。


それぞれの月夜

【彼と彼女の勉強会】

 

 

 

 

 布の擦れる音。緊張に乱れた息遣い。紙を引っ掻くシャープペンシルの音。

 

 どれも小さな音なのだが、神経が研ぎ澄まされているせいか、さっきからいやに耳に付く。

 

 胸の鼓動が早いのは、本人以外には知り得ないのだが、あまりにも耳元でドキドキと音を立てているせいか、相手にも聞こえているのではと不安になる。もちろんそんなことはあり得ないのだが。

 

 ピリリリリ。突如鳴らされた甲高い音が、この沈黙に近い空気を破る。それは同時に、この空間にいる人物の肩を抜く合図でもあった。

 

 テーブルを挟んで真向かいに座る2人は、ほぼ同時にカランと音を立ててシャープペンシルを机に転がす。

 

 続けてスマホを操作し、未だにアラーム音を鳴らし続けるタイマーを切った。向かい合っている相手は、お互いの取り組んでいたプリントを交換する。

 

「それじゃあ、お願いしますね」

 

「はい。ちゃんと採点します」

 

 五十嵐カエデは、津田タカトシのプリントの採点を。

 

 タカトシは、カエデのプリントの採点を。

 

 2人の勉強会が始まったのは、これから大学入試期間が始まる1週間前のことだった。

 

 

 

 

【駆け抜ける追い込み】

 

 

 

 

 始まりは、タカトシがカエデを試験勉強に誘いに来た事だった。むしろ2人で勉強が出来るのだから断る理由などない。

 

 お互いにどちらの家に来るかと言うことで少しだけ押し問答があった気もするが、それも些細なこと。どちらの家に行っても、それぞれの姉と妹が余計なちょっかいをかけそうだったからだ。

 

 だが、近頃は津田コトミや五十嵐ヤヨイも2人の仲にからかいの声を挟むことは少なくなっている。恋人として接し合っているのが自然体になっているせいで、彼らの反応が今ひとつだからだろうか。

 

 そんな風に、決まってどちらかの家の部屋で勉強をするのが当たり前のようになって数日。

 

 この日も、学園から帰ってきた2人はタカトシの家に。そこで、玄関先でコトミとすれ違うことになった。

 

 なんでも、今日は時カオルの家に泊まることになるらしい。試験対策のために勉強会を兼ねていると言うが、おそらくは遊びの方に時間を割くことは目に見えている。

 

 まあ、さすがにコトミも学年末の試験の重要さは理解しているはず。タカトシもとやかく言ったりはせず、そのまま見送ってあげることにした。

 

 去り際に、避妊具の確認を促されたが、大きなお世話だと言ってやったのは余談である。

 

 そのまま私服に着替えると、勉強会を開始した。そこで、カエデがある提案をする。

 

「今日は試験をしてみようかと思っているんです」

 

 カエデは、入試問題の過去問。

 

 タカトシは、学年末考査の過去問。

 

 問題が解き終わったら、お互いの答案を答え合わせする。赤ペンがプリントの上を走る音が、タカトシの部屋に響く。

 

 結果を見ると、カエデは充分に合格圏の点数。タカトシは、2つのミスをしたために498点。

 

「タカトシ。ここはひっかけなんです。問題をよく読んでみると、答えが隠れていますから」

 

「ああ、なるほど。表現が分かりづらくて、勘違いしていました」

 

「これは、この手の問題特有の癖でしょう。今年も同じ問題は出ると思いますので、気をつけていれば大丈夫です」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 対して、タカトシがカエデに注意することと言えば――――何もない。2年生の彼が3年生の範囲を含む大学入試問題など荷が重すぎるのだ。

 

 それでも、解答用紙を片手に採点をするくらいなら出来る。そのため、注意する部分をチェックして、カエデに見せているのだ。

 

「この点数でも、まだ少しだけ心許ないですね。本番では、些細なミスも許されませんから」

 

 ジッと採点された結果を睨みながら、カエデは言った。どうやら、まだ彼女にとっては不満が残る結果らしい。

 

 気持ちは分かる。タカトシもまた、学年末考査で満点を狙っているのだから。学年次席の立場に甘えていては、さらに先を歩いている学年主席の萩村スズにはずっと届かないだろう。

 

 そうとも。かろうじて同点になったくらいで、慢心してはいけない。

 

 間違えた箇所は見直し。そして、やり直し。これは勉強の基本である。

 

 今は将来がかかっている時期。恋人の香りばかりを意識していないで、しっかりしなければ。

 

「しまった。ここをこうしてなかったのか」

 

「この単語、見逃していたみたいですね」

 

 その後も、勉強会は続いた。模擬試験の合間に、タカトシが入れた紅茶の品評会も織り交ぜつつ。

 

「前に飲ませてもらった時よりも、美味しくなっていますね。ちょっと、自信なくしちゃいそうです」

 

「ありがとうございます。でも、カエデさんの淹れてくれた緑茶も俺は好きですよ。和食では、まだ負けちゃっていますから」

 

「タカトシはずっとレストランで鍛えていますからね。すぐに追い越されちゃいそうで」

 

 カチャリ、と小さな音が鳴る。どちらかが、カップをトレイの上に置いたのだ。

 

「・・・・・・出来ることなら、毎日作ってみたいんですけどね。カエデさんの食事」

 

「もう・・・・・・タカトシは医者になるのが夢なんでしょう。専業主夫なんて勿体ないですよ。でも、嬉しいです」

 

「カエデさんこそ、将来は教師でしょう。立派な教え子を作って、今の社会を良くしていくなんて、流石だと思います」

 

「大袈裟ですよ。タカトシ」

 

 近い将来に、2人は全く違う環境で頑張っていかなければならない。それは、何度も心に刻んでいる現実だ。

 

 それでも、それが自分達の選んだ道を歩みたいというのなら。

 

「あとは・・・・・・模擬試験の見直しですね」

 

「そうですね。それが終わったら、食事にしましょう」

 

「はい。それじゃあ、私も手伝います」

 

 今日のメインは鶏肉を使った和風カチャトーラと、ヘルシーなトマトナムルだ。

 

 そして、デザートはボネッ。変わった名前が特徴で、簡単に言えばチョコレート風味のココアプリンであり、ボネットとも言う。フランス語ではボネ。

 

 気に入ってくれたら良いな。そんな風に考えつつ、タカトシはカエデと一緒に台所へと向かっていった。

 

 

 

 

【時家にて】

 

 

 

 

「で、お前はまたウチに避難してきたと」

 

「いいじゃん、トッキー。気遣いが出来る友達の頼みでしょ」

 

「だっりい・・・・・・」

 

 呆れたように髪をかき上げるのは、コトミの友人であるカオル。とはいえ、別にイヤな顔をしていないことは一目瞭然だ。

 

 場所は時家。友人関係になってからというもの、たまにこうしてお泊まり会をやっている。傍にある机には勉強用具が置いてあるが、本格的に使われるのはもう少し先になるだろう。

 

「しかし、兄貴の奴も図太いよな。うちって、確か男女交際は禁止なんじゃなかったっけ? ほらよ」

 

「わかってないなあ。そこを、こっそり人目を忍んで逢瀬を重ねるのが醍醐味なんじゃない・・・・・・おおっと」

 

「なんの醍醐味だよ。ほら」

 

 男女関係というものは分からない。それがカオルの本心であった。別にうるさく言うほど関心もないので、友人の兄の女性関係にああだこうだと言うつもりはなかったが。

 

 後はお互いに無言になる。2人とも、一方に視線を向けて手元を動かし続けた。

 

「やったか!?」

 

「やってない」

 

 コトミの起死回生の必殺技を避けられ、カウンターでトドメ。

 

「ああ、また負けた!」

 

「お前、これで何敗だっけ?」

 

 格闘ゲームの結果は、コトミの7敗であった。持っていたコントローラーを床に置き、天井を仰ぐ。

 

「も、もう一回。今度は、このキャラで!」

 

「じゃあ、私はこいつな」

 

「ああっ。それじゃあ相性が・・・・・・」

 

「始まるぞ」

 

 結局、コトミが根を上げるまでカオルはゲーム三昧に付き合わされたのであった。

 

 

 

 

【彼女達の進路】

 

 

 

 

「ふむ。こんなものか」

 

 大学入試試験の過去問題。それを自己採点した後の感想がそれだった。

 

 世間で一流と誰もが認める大学の入試試験。当然ながら競争率も高く、また問題のレベルも非常に高い。

 

 それでも、今や天草シノにとっては緊張するほどのものではなかった。彼女の頭脳のポテンシャルは、すでに入試試験を越しているのかもしれない。

 

「流石だね、シノちゃん。また満点だよ」

 

「あれだけ受験のために勉強したのだ。これくらいは出来なくてはな」

 

 当然、といわんばかりの様子だ。実際は言うほど簡単ではないし、勉強していても結果が伴わない者は世間に大勢いる。それでも成功するほどの努力を重ねているのは、桜才学園のトップを続けていた者としての自負だ。

 

「アリアの方こそ、全く問題ないじゃないか。これなら余裕で合格できるかもしれん」

 

「でも、私としては少し不安かな。一回もシノちゃんに勝ててないから」

 

 眉を八の字にするアリア。

 

 これまで、アリアは一度として成績でシノに勝ったことがない。言うまでもなくアリアもまた学年次席として、常に好成績をキープしていた。それでも、勝ってみたいという気持ちがあるのだろう。

 

「アリアとは、いつも本気でぶつかり合ってきたからな。手を抜けば、こっちが追い越されてしまう」

 

「学園に通っているうちに、一回くらい勝たせて欲しいな。こっちの方ではずっと勝っているのに」

 

 身につけているセーターの裾を少しだけ引っ張る。当然ながら、学園の誰よりも大きいソレは内側から押し上げている二つの山をことさら強調させた。

 

「ははは、譲らんぞ。勝ちなど、お前には絶対に譲らんぞ」

 

 成績こそが己の縁(よすが)。そう言わんばかりの怒りを燃やすシノ。

 

 なるほど。これでは意地でも成績で勝とうとするだろう。そのハイライトを失った瞳に晒されるが、アリアはどこ吹く風だ。シノの嫉妬の視線には慣れている、とも言う。

 

 そして、それはシノも同じ。いつまでも身体的特徴に目くじらを立てていても仕方がない。桜才学園元生徒会長は、テーブルの上で参考書の束をトントンと叩く。

 

「まあ、それはともかくとして、だ」

 

「うん」

 

「油断をするつもりはないが、このあたりで大体区切りをつけられそうだ。今日の所は誘ってくれて感謝するぞ、アリア」

 

「いいんだよ。私とシノちゃんの仲でしょう?」

 

 2人がいるのは、アリアの私室。当然ながら、七条家の豪邸の中だ。

 

 出会って交流がそれなりに深まった頃、シノはアリアに誘われてこの七条家の実家に足を運んだ。その時に資本主義社会に絶望した時のショックは、今もなお心に残っている。

 

 それも、今となってはいい加減に慣れた。今では出島サヤカ以外の使用人にも、顔を覚えてもらっている。

 

「なあ」

 

 本当は言葉にする気などなかった。だが、気がつけばシノの口が動いていた。

 

「私たち、ずっと友達だろう?」

 

「そうだよ?」

 

 どうしてそんなことを訊くの、とは言われなかった。きっと、アリアもまた近いうちに今の時間が終わりを告げることを理解しているからだろう。

 

 その気配を誰もが感じているが故の、ほんの些細な弱気。だからこそ、言葉にすることで心の寂しさに蓋をする。

 

「大学に行っても、また遊びに来てもいいか?」

 

「シノちゃんなら歓迎するよ」

 

「みんなも誘う。津田も、萩村も」

 

「もちろん。みんなともまた遊びたいから」

 

「大学で友達ができたら、アリアにも紹介したいな」

 

「私もだよ。いい友達が出来たら、一番先にシノちゃんに紹介する」

 

 その後も、2人は色々なことを誓い合った。この先、後悔なんてしないように。

 

 受験のこと。卒業式のこと。その後の春休みのこと。まるで、数年来の友達と会った時を思わせるように、2人は話し込んだ。

 

 そして――――話題は、これからの桜才学園について。

 

「私たちが卒業してしまえば、生徒会は2人しかいなくなってしまうが。まあ、津田と萩村ならば大丈夫だろう」

 

「私たちの時はシノちゃんが会長になったから、抜けた副会長と会計の席をどうするか分からなかったからね」

 

「来年は津田が会長。萩村が副会長か。良き人材に出会えるといいな」

 

 すでに、その2つの席は決まっている。後は、書記と会計だ。こればかりは、自分達が口出しをすることではない。

 

「アリアよ・・・・・・少し相談に乗って欲しいのだが」

 

「なあに、シノちゃん?」

 

 改まって、なんだろうか。アリアは疑問を心に浮かべつつも、シノの次の言葉を待った。

 

「津田は、好きな女子がいると思うか?」

 

 

 

 

【Last regrets】

 

 

 

 

 コトリ、とシャープペンシルを机に置いた。

 

 試験問題は、答え合わせをするまでもなく満点だと言い切れる。実際に採点したところ、その通りだった。

 

 その事に、スズは何ら感慨を持たない。自分が高校生レベルの問題を解けるのはいつものことだし、自惚れからではない事実だからだ。

 

 ただ、ずっと試験勉強の復習をしているというのも退屈だと思った。勉強は好きなので何時間でもやっていられる自信はあったが、流石に疲れは出てくる。スズはその小さな指で瞼を揉んだ。

 

 自室を出て、一階のリビングへ降りる。少し集中しすぎてしまったらしく、目が少しだけチカチカする。

 

 台所には、母親の萩村アカネの後ろ姿が見えた。特有の匂いが漂っているところから、今日の夕飯は特製のシチューなのだろう。

 

 アカネはイタリアンレストランの経営者なのだが、家庭的な日本料理やフランス料理も作ることが出来る。こと料理に関しては、まだまだ自分は母親の背中を追い続けているのだ。

 

 母がこちらに気付く。いつもの明るい笑顔を浮かべ、皿を並べてねと言う。スズは素直に従い、慣れた手つきで配膳を始める。

 

 間もなく父が来ると、食事が始まった。食べ慣れた料理だが、やはり美味しいものは美味しい。たまにテレビに目がいく父親と、それを咎める母親。いつも通りの食卓であった。

 

「スズちゃん。試験の方は順調?」

 

「問題ないわよ。いつも通りだから」

 

 形だけの確認に、こちらも形だけの返答。スズの成績がどういうものかくらい、両親とて知っているからだ。

 

 食事を済ませた後は歯磨きをして、もう一度机に向かう。今度は試験勉強ではなく、ラテン語の勉強だ。

 

 大学へ行けば、ラテン語も学ぶ機会がある。今のうちに予習として、日常会話くらいは身につけておこうと思っているのだ。試験勉強の時期に、これほどの余裕を持っているのはスズくらいなものだろう。

 

 しかし、ふと思い出したようにスマホを取り出す。

 

 そうだ。卒業式に生徒会の仕事がある。その事で、確認を取る事があったのだ。

 

 通信用アプリを立ち上げて桜才学園生徒会のグループを選び、確認内容を入力する。相手は当然シノとアリア、タカトシ。ついでのように入っているのが生徒会顧問の名前なのだが、些細なことである。

 

 返事は、数分も経てば返ってきた。シノとアリアは了解の意。顧問は、そんなのあったのかという返事。

 

 タカトシの返事は、まだない。まあ、勉強をしている間にでも反応があるだろう。彼だって、勉強に集中しているのだろうから。

 

「・・・・・・」

 

 胸が痛む、ということはない。もう、自分の気持ちに整理は付いているのだから。

 

 出会ったのは、どちらかというと最悪に近いと言っていいだろう。入学して間もない頃、早々に子供扱いされたのだから。お返しに彼のネクタイを使って首を絞めてやったので不問にしたが。

 

 男はみんなだらしのない下品な奴と思っていた彼女の認識を変えてくれた、希有な存在の男。何事にも一生懸命で、周囲の期待に答えて汗を流せる男と知ってからは、少しずつ惹かれていた、と思う。

 

 成績で張り合うようになってからは、退屈だった学園の試験が楽しみになり、仕事ではむしろ自分をサポートしてくれる手腕まで発揮する。

 

 夜の学園で警察沙汰になる事件が起き、それをどうにかしてくれたのもタカトシだった。あの頃までは、本当に心から彼に恋をしていたのだと思う。

 

 そう。その少し前から、彼が誰を見ていたのかに気付いていたとしても、だ。

 

 結局の所、自分がいつタカトシへの想いに区切りをつけたのかは、自分でも思い出せない。少なくとも、あの風紀委員長がタカトシに恋慕を向けたからではないはずだ。ライバルがいるからといって、すぐに身を引くような根性無しになった覚えはない。

 

 ただ1つだけ言えるのは、今の萩村スズは津田タカトシに恋をしてはいないという事実。来年度は互いに良き会長と良き副会長になる関係。成績でも相変わらず張り合うだろうし、これから生まれる問題に力を合わせて解決する。

 

 健全な、人間同士の関係。スズはもう、そうなる事を確信していた。

 

 それでも、一言だけ。

 

 ポツリと呟いた言葉が、彼女の心のどこかに残っていた最後の未練として吐き出された。

 

 ――――羨ましいな、五十嵐さん・・・・・・

 

 

 

 

【2人の影】

 

 

 

 

 食事も食べていってと誘われたものの、シノは丁寧にそれを辞退することにした。豪華すぎるシャンデリアやプロの使用人が何人もいる中、政治家や一流芸能人が食べるような上級料理をごちそうされる勇気は、彼女には無かったからだ。

 

 すでに7時を過ぎている夜の街で、シノは出島サヤカが運転しているリムジンで帰路につくことになった。実際の所、一般庶民のシノはそれでも充分緊張する扱いだったのだが、これはもう何度か乗っているということもあり、いくらか気分が楽だった。

 

 途中、コンビニに寄りたくなったので、その場で下ろしてもらった。家の近所なので、ここで充分ですと告げる。

 

「それでは。来週の入学試験の成功、心よりお祈りしております」

 

「ありがとうございます。アリアにも、よろしくお伝えください」

 

「承りました。それでは、お休みなさいませ」

 

 サヤカは顔なじみながらも、プロらしい丁寧な礼節と共にリムジンを発進させた。宵闇に消えていく車を見送ると、シノはカラフルな照明を放っているコンビニに入る。

 

 中には、親子連れや学生らしい少女が数人ほど来店していた。無愛想な店員は新顔だが、新しいバイトなのだろう。

 

 家の冷蔵庫に入っている牛乳が少ないので、2本ほど買っておく。ついでとして、卵も。

 

 食後にプリンでも作ろうかと考えながら会計に向かおうとすると、見知った顔が2人ほど見えたのに気付く。

 

 少しだけ意外に思いながらも、シノは話しかけることにした。

 

「奇遇だな、コトミ。それと、時も」

 

「え、あ。会長じゃないですか」

 

「あ、どうも」

 

 雑誌コーナーの前に立っていたコトミとカオルが、そろって頭を下げる。

 

「どうしたんだ、こんなところで。コトミの家からは随分離れているが」

 

「やだなあ、会長。別に夜遊びってわけじゃあないですよ。実は私、トッキーの家でお泊まり会をやっているんです」

 

「こいつの試験対策に付き合わされているんで」

 

 アッハッハと、いつもの調子のコトミだ。カオルも別段嫌がっているそぶりはないので、別に自分がとやかく言うことではないだろう。

 

「そうか。私は少し買い物をと思って出てきただけだったのだがな。勉強の方は順調か?」

 

「ええ、まあ。今はちょっと、息抜きにと思って」

 

 手に持っているゲーム関連の雑誌をさりげなく棚に戻しつつ、コトミは言った。その様子に、シノは肩を落とす。

 

「別に息抜きをするなとは言わん。だが、試験対策のためにお泊まり会をしているというのなら、遊んでばかりではいかんぞ」

 

「あはは。重々承知しています。流石に、タカ兄にも釘を刺されていますので」

 

「ならばいい・・・・・・と、待て。津田といえば、今日は家で1人ということになるが?」

 

 1人で留守番をさせているのか、という意味で訊ねるシノ。しかし、そこでコトミがハッとした表情に変わる。

 

「え、ええっと。今日は、その・・・・・・タカ兄も出かけると言っていたような」

 

「どこにだ?」

 

「知りません。その、聞きそびれてしまったというか」

 

「?」

 

 どこか挙動不審な態度を妙に思ったのか、眉根を寄せてくるシノ。隣に立っているカオルも、どこか咎めるような視線を友人に向けたのは気のせいか。

 

「コトミ。どうかしたのか?」

 

「ああっと、実は私たち、ゲームを一時停止したまま出てきちゃって・・・・・・それじゃあ、失礼します」

 

「あ」

 

 呼び止めるそぶりをするが、コトミはツカツカとコンビニの出入り口に向かっていく。あっという間にカオルを連れて去ってしまった。

 

 シノは呆然と立ち尽くして見送っている。

 

「津田の家に・・・・・・何かあるのか?」

 

 

 

 

【恋人同士の旋律】

 

 

 

 

 シャワーが2人の肌に打ち付けられる中、すでに気が昂ぶっている2人のキスは恥じらいも無く舌を絡めていく。いつもなら少なからず照れがあるというのに、誰もはばかることの無い場所では、何に気を遣う必要も無かった。

 

 浴室に入っているタカトシは、カエデと同じく全裸である。互いに抱きしめ合いながら、濃厚なダンスをしているかのように蠢いていた。

 

 いつもの三つ編みを解いて髪を下ろしたカエデは、人魚のような神秘さがあった。長い髪が鎖骨や細い背中、実っている胸に張り付いている。

 

「んお、おふ・・・・・・」

 

「あん・・・・・・んむっ」

 

 タカトシに抱きすくめられ、カエデは心地よさそうに息を漏らす。もう身体が熱くなってきているのが、互いの身体の全面を擦りつけている仕草で分かった。

 

「本当は、家に来てくれた時点でこうしたかったんですよ。でも、将来がかかっている試験があるからって、ずっと我慢していたんです・・・・・・勉強を疎かにするような男じゃあ、カエデさんと釣り合いませんから・・・・・・」

 

「私も、本当は・・・・・・ずっと意識していました。もし、大学に落ちてしまうようなことがあったら、もうタカトシに合わせる顔が無いと思って・・・・・・もしかして、受検が終わるまでこうなのかなって、ずっと不安だったんです」

 

 お互いに、似たようなことを考えていたのだ。それが嬉しくて、より強く彼女の肢体を抱きしめてしまう。

 

「嬉しかったんですよ、俺・・・・・・俺が誘ったときに、こうして応じてくれたの。もしかしたら、勉強に集中したいからって断られたらどうしようかって・・・・・・」

 

「ううん、待っていたんです。誘ってくれて・・・・・・こうして、お風呂場に入ってきてくれたのが、とっても嬉しかった・・・・・・」

 

 強引に押し倒されていたとしても、拒まなかった。カエデは、ハッキリと告げる。

 

「ああ・・・・・・」

 

 タカトシの手が、柔肌を這うように腰の下へと移動する。カエデの腰が、妖艶に震えた。

 

 視界いっぱいに広がる互いの視線が絡み合う。今はもう、デザートの時間だ。

 

「今日は、俺の方からしますよ」

 

「ん・・・・・・タカトシから・・・・・・?」

 

 カエデをバスタブの隅に座らせる。タカトシはその前にしゃがむと、顔をゆっくりと目の前の神秘へ向かって――――

 

「あっ、やだ・・・・・・いきなりは、困り、ま・・・・・・」

 

 可愛く囁かれる言葉を聞き流し、タカトシは行為を続けた。カエデの唇からは、困惑の声から吐息へと変わっていく。

 

 津田家のバスルームに照らされる照明は、当分消えそうには無かった・・・・・・

 

 

 

 

【押せない指】

 

 

 

 

 ようやく帰宅したシノが始めにしたことは、手洗いとうがい。そして、冷蔵庫を開けて夕食の支度をすることであった。

 

 といっても、時刻はすでに8時にさしかかる頃。いつもよりも少しばかり遅れているため、簡単なもので済ませることにした。

 

 自家製のおかずの残り物を掛け合わせ、炊いてある白米と一緒に炒める。即席の炒飯だ。

 

 自宅には現在、シノ1人しかいない。両親は共に、夜遅くまで帰ってはこないのだ。仕事の都合上、どうしてもこの時期は忙しくなるのだという。

 

 食事を終わらせ、洗い物を済ませる。歯を磨いて、風呂に入った。

 

 湯船につかりつつ、アリアと一緒に勉強した分の内容を頭の中で回想する。受験に対する意気込みが、もうほんの少しだけ強くなった気がした。

 

 適度に鍛えているスレンダーな身体にまとわりついている水滴を拭いて、下着とパジャマを身につける。髪を拭きながら、自室へと向かった。

 

「・・・・・・」

 

 デスクの椅子に腰をかけ、鞄の中を探る。スマホを指紋認証すると、見慣れたディスプレイが目に飛び込む。

 

 壁紙には、海を背景にした身近な同級生と後輩達。1年生の時に、みんなで撮った写真だ。自分を囲むようにみんなが穏やかな笑顔を浮かべて、今のシノを見つめている。

 

 シノは思う。もう、こんな時間は訪れる事はない。大学に行けば、みんなで集まることは難しくなる。

 

 同じ学び舎に通えなくなるのだから。去るべき者は、せめて後悔無くこれから向かうべき道の中で、時間を切り開いて生きていくべきなのだ。

 

 もう、別れの足音は聞こえている。来月の今頃になれば、自分達には新しい生活が待っているのだ。

 

 なにより、コトミの態度が気になった。今、津田の家には誰がいるのか。

 

 それでも、それは自分が訊ねていいものなのか。恋人でも無い自分が。

 

 それでも気になるから、少しだけ確認をすればいい。やましいことなど何も無いのだから。

 

 そう。そうだと分かっていても――――

 

「迷惑、かな・・・・・・」

 

 2年間もの間、ずっと世話になった男子生徒に通話のひとつも出来ない。そんな自分に目を伏せるしかないシノであった。

 

 

 

 

【その頃の妹と友人】

 

 

 

 

「なあ、本当に良かったのかよ?」

 

「仕方が無いじゃん。いきなり会長に会うとは思ってなかったし。こっちだってビックリしたから」

 

 テーブルに向かい合い、勉強を始めているコトミとカオル。いかにマイペースなコトミといえども、ゲームばかりというのは流石にマズイと思い始めたのである。

 

 それでも、雑談は合間に入る。特にコトミは遊び以外では集中力が長続きする方ではないので、話を振ってくれるカオルの気遣いには素直にありがたいと思った。

 

「でもさ、流石に口を滑らせちゃったかなとは思っているよ。後で、タカ兄に口裏を合わせてもらうように頼んでおかなくちゃ」

 

「今の時間は、流石に恋人さんと一緒に勉強しているだろ。あの会長も、こんな時間に男の家に行ったりはしないだろうし」

 

「そうなんだけどさ。もしかしたら、確認するために家に行ったりしないかなって心配になるじゃん」

 

 シノのことをそれほど知らないカオルとしては、それ以上どうとも言えなかった。友人の兄と恋人がどうなるかなど興味が無かったし、他人事だったからだ。

 

 それでも、コトミとしてはそうでは無い。慕う兄と、将来の義姉になる予定である女性の今後がかかっている。迂闊な態度を見せてしまったという後悔があるのだ。

 

「っていうかだな、お前。兄貴の心配をする前に、自分の試験の心配をしろよな。ほら、そこ間違い」

 

「ああっ、しまった。もうこの間違いはしないと誓ったのに」

 

「何に誓ったんだよ。それよりも次は、あたしの方の採点をやってもらうから」

 

 勉強内容の是非はどうあれ、2人の勉強会は深夜まで続いた。

 

 

 

 

【想い人は夜の中で】

 

 

 

 

 こうして、月が浮かぶ夜空の下。

 

「連絡・・・・・・どうしようか」

 

 1人の少女が自らの想いと葛藤する頃。

 

「・・・・・・今度は、俺の部屋で」

 

「嬉しい・・・・・・」

 

 愛し合う男女は、今もなお肌を重ね続けていた。

 

 

 

 

 そして、ほんの瞬きほどの日々が過ぎ去った後。

 

 大学入試が、始まった。

 

 

 

 

つづく

 

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