キミの背中を見送ったあの日。
瞼に焼きついた光景は。
今もボクの胸の中に残っていて。
その想いを糧に。
最後の1年を走り抜こう。
pure life ~キミといつまでも~
【噂の生徒会長】
ーー以下の文章は、今年度の新聞部員が今年初めて発行した校内新聞から抜粋したものである。
桜才学園。それは、関東地方に存在しているエリート校の一角。
歴史ある校舎に改装を加え、現代でも新築かと思わせる清潔な内装。交通の利便性もさることながら、行き届いた校内の穏やかな空気。生徒達は皆、自主性を尊重しつつも目標に向かって真っ直ぐ生きている者達ばかりなのです。筆者も、同じ学園に通う一生徒として、身が引き締まる思いです。
中でも、この学園の生徒会は自治組織として他校と比べても高い権力を持っている事が特徴です。
今代の生徒会長の名は、津田タカトシ。一昨年からこの学園は女子校から共学に変わったことにより、初めて生徒会に入った男子生徒でもあります。
先代も含め、我が学園には代々生徒会長には優秀な生徒がその椅子に座ることが特徴ではありましたが、今代の津田タカトシ会長はどのような活躍を今年一年、我ら桜才学園に見せていただけるのでしょうか。
筆者も噂の生徒会長とはどのような人物かが気になり、生徒会室へ足を運んでみました。そうしたら、なるほどと思わせられてしまうでしょう。出会ってビックリ。凜々しさと、穏やかさを同時に兼ね備えたような顔立ちで、親しみやすさを感じる方でした。モデルでもやっているのではないかと思うような才色兼備の男性です。
なにしろ、津田生徒会長は一年生の後半辺りから学年次席をキープするほどの秀才で、同学年であり学年主席である萩村スズ副会長とは毎回成績を張り合っているほど。萩村副会長には後日改めてインタビューをする予定が入っておりますので、彼女に関してはまた今後の新聞発行をお楽しみください。
仕事ぶりも素晴らしいの一言で、津田タカトシ会長は時代に合わせた先進的な生徒会をモットーに、書類整理や決算を日々副会長と共に消化しています。生徒会長に就任して間もないというのに、すでに夏までに行うべきイベントや行事はいつでも始められる準備が整っているようでした。ちなみに、生徒会顧問の仕事までこちらに回っているところを著者は確かに目撃してしまったのですが、なぜこれが生徒会長へ来ているのでしょうか。
そして、驚くべき事はまだまだありました。実は去年の夏に、この学園にて夜中に合宿中の女子の財布を狙った強盗が出没したという事件が発生したことに関して、皆さんはご存じでしょうか。なんと、実はその犯人を颯爽と取り押さえたのも津田タカトシ会長だという衝撃的な背景があるのです。詳しく話を伺いますと、どうやら会長は幼少期から護身術として拳法を習っているため、運動神経も極めて高いのだそうです。筆者も是非、その場に居合わせてみたかったと思いました。警察からも頼りにされる存在だと噂されながらも、ご本人はやはり「目立つのは好きではありません」と困ったように笑うだけでした。
桜才学園にて我らが誇る津田タカトシ会長。そんな彼が、どのように学園を変えていくのか、目を離せない一年となりそうですね。
【生徒会案件】
桜が完全に舞い散り、若葉の気配が近づく頃。
津田タカトシは生徒会室で、眉根を寄せていた。
上座の斜め先の席に腰掛けているのは、小柄な少女。現生徒会副会長の萩村スズである。彼女もまた、机に肘をついて頭を抱えていた。
2人しかいない生徒会室の中で、ウンウンと唸る声を出す。これは、到底他の生徒に見せられるような光景ではなかった。
やがて、そんな唸りにも飽きたのか、タカトシは背筋を伸ばして頭を掻く。
「さて、どうしようか。萩村」
「あたしに言わないでよ。こっちが訊きたいくらいなんだから」
2人の手元に置かれているのは、大きく生徒会役員の名簿と題された一枚の用紙。その枠内には2人の名前が記されている。
生徒会長には、津田タカトシの文字。
副会長には、萩村スズの文字。
では、書記と会計はどうだろうか。それは――――空欄。
そう。これこそが、2人の悩みの種だったのだ。今年は、生徒会の立候補者が誰1人としていなかったのである。
新入生が入学して、僅かな日々が流れた今日。部活動の新入生勧誘時期に混じって、生徒会もまた書記と会計のPRを積極的に行った。
部活動と違い、責任を持って学園のために働き、成績も優秀でなければ務まることのない生徒会。それでも、この学園の生徒達は優秀な人間が多いので、必ず誰かしらは興味を持ってくれると思ったのだ。
しかし、結果は前述の通り。候補者どころか、生徒会役員共を一瞥した後で足早に去って行く者達ばかりだった。これは、2人の心が沈むのも当然である。
無理もない、とも思うタカトシ。そもそも1年生の時点で生徒達を仕切る立場になれる人材などそうはいない。先代の生徒会役員のような人間が、むしろ珍しかったのだろう。
「・・・・・・とまあ、いつまでも落ち込んでいる気は無いけど」
だからといって、そう簡単に諦めるほど津田タカトシという男は柔ではなかった。
そう。去年の間に誓ったのだ。必ずこれまでの生徒会に恥じないように、桜才学園の生徒会長を務めてみせると。
そして、それは萩村スズも同じ。まるで、タカトシの目が沈んでいないことを知っているかのように肩をすくめた。
「当たり前でしょ。ほら、まだ生徒会の活躍を見せる機会は残っているんだから」
「もちろん・・・・・・っと」
ふと、タカトシが気付く。時計を見ると、もうそろそろ所定の時刻だ。
すると、そのタイミングでノックの音がする。生徒会室のドアが開くと、1人の女子生徒が入ってきた。確か、彼女は今年の美化委員長だっただろうか。
「失礼します。横島先生から伝言がありまして。職員室に来て欲しいそうです」
「?」
スズと、顔を見合わせる。生徒会顧問、横島ナルコ。彼女が、一体何の用なのだろうか。
【タカトシ専用】
数刻後、タカトシとスズは職員室のナルコの席の前に立っていた。
周囲は、他の教職員が彷徨いている。新学期が始まったばかりということもあって、誰も彼もが忙しそうだ。
ナルコはストッキングに包まれた足を組み、上半身をひねるようにして机の上の書類に取りかかっている。無理のある態勢だが、本人は別に気にした様子もない。
まあ、合法的に男子生徒に脚線美を見せつけられるのが理由だというのは2人ともすでに知っているのだが。そして、今のところ引っかかっている男子はいない。
「急に呼び出してすまないね、生徒会役員共」
「いえ。それで、用件は?」
「明日は放課後に生徒達の見送りがあるはずですが、それと何か関係でも?」
タカトシの声の後にスズが続く。ナルコは大当たりだよと、書類から目を離さないまま言った。
校門前の生徒達への見送り。最近の防犯意識を高めるために、校門前の挨拶だけではなく、下校時にも校門前で帰りの挨拶をするという仕事だ。今代から、タカトシによって企画された案が採用されたのである。
「実はさ、新学期が始まる前に例の業者から連絡が入ったんだ」
「例の業者って、もしかして・・・・・・あの?」
心当たりがあるタカトシは、そう訊ねた。
「そうだよ。桜才学園のマスコットキャラクターだ」
近年の地元特有のゆるキャラブーム。その流れに乗っかって、桜才学園でも独自のキャラクターを作ろうという企画案。2人はそれを思い出した。
実際の所、前任の生徒会長の代からこの企画は立ち上がっていたのだ。残念ながらキャラクターのデザインや業者の都合で、完成をする前に先輩達は卒業の日を迎えてしまっていた。
その試作品が、今回出来上がったというのだ。ナルコは机のそばに置いてあった、大きな段ボール箱をあさると、津田に押しつけるように手渡す。
モコモコした生地に、クリーム色のぬいぐるみ。頭は犬をモデルにしたのが垂れ下がっており、どこかネコを思わせる口元。額にはアクセサリーなのか桜の花びらのような飾り。
「ええっと、これは・・・・・・」
「安心しろ。サイズは君に合わせてある」
「着るの?」
「他に誰がいる」
当然のように、ナルコは頷いた。
【それが目的】
「似合うじゃないの。津田」
「へえ。ぴったりじゃないか」
スズやナルコをはじめとした、教職員のほぼ全員がタカトシを注視していた。当然ながら、ぬいぐるみに扮した彼に興味津々なのだ。
「これで、うちの学園も来年はさらに入学者が増えそうですね」
「津田君。期待しているぞ」
他の教員達から口々に褒められるものの、タカトシはいまいちしっくりこない様子でモコモコした腕で頭を掻く。
「流石にそこまで言われても」
「もう。始める前から情けない声を出すんじゃないの」
仕方が無い、と言いたげなスズ。ナルコは満足そうに頷くと、席から立ち上がる。
「それじゃあ、さくらたんは明日の放課後まで預かっておくぞ。授業が終わったら、準備室の方に取りに来てくれ」
「わかりました。それじゃあ、萩村。後ろのファスナー、下ろしてくれる?」
「萩村じゃあ無理だろ。私がやる」
「悪かったですね」
ナルコが着ぐるみ――――さくらたんのファスナーを下ろす。中から汗が浮かんでいるタカトシが姿を見せた。
「ふう。この季節になると中は熱いな」
Tシャツにハーフパンツの格好の彼は、ハンカチで汗を拭く。さくらたんを渡されたナルコは、丁寧に折りたたむ。
「・・・・・・」
そのまま段ボールにしまう直前――――
――――津田の、汗の匂い・・・・・・
その瞬間のナルコの顔は、間違っても教師のモノとは思えないものであった。
そして、嫌な予感を感じた新任教師の女性によって取り上げられた事は言うまでも無い。
【柔道部の反応】
そして、次の日。
桜才学園の校門前。初日と言うこと一部の教員達も含めた挨拶に立ち会っている生徒会役員のスズと、風紀委員の面々。
そして、いつもはタカトシが立つ位置に、見慣れぬ着ぐるみ。手を後ろに組んでいる姿は、なんともシュールな光景だ。
だが、そんな風景も好奇心旺盛な少年少女の前では、珍しいものに目を輝かせる役目を充分に果たしていた。
「なにあれ」
「可愛い!」
桜才学園の生徒――――特に女子生徒達が、さくらたんのモコモコした腕に抱きつき、写真撮影などを始めている。順番待ちをしている者もおり、誰もが生まれたばかりのマスコットキャラクターが好評なのは明らかであった。
「うわぁ、なんだか可愛いぬいぐるみがいる! ねえねえ、スズちゃん。これって、何の着ぐるみなの?」
柔道部主将の三葉ムツミと、その部員達が姿を見せてきた。今日は部活がないので、全員でそろって帰るらしい。
中には、見慣れない生徒が混じっている。おそらくは、今年は行った新入部員なのだろう。小柄な男子がいるところから、身体を鍛える目的で入ったのかもしれない。何にせよ、今年の柔道部は安泰のようだった。
「今年から、桜才学園のマスコットキャラクターになったのよ。ゆるキャラがコンセプトなんだけど」
「へーっ。そういうのを学園に導入できるなんて凄いね。うちの学園がますます有名になっちゃいそう」
スズの返答に、ムツミは目を輝かせる。元々純粋無垢な精神の彼女は、こういうぬいぐるみに憧れを持つ。
「いいなあ。今度、私にも着させて?」
「それは、先生の許可が下りたらね」
そこは念を押すスズ。ないと思うが、こっそり着られてはたまったものではない。
よほど気に入ったのか、ムツミは早速さくらたんの短い首に腕を回していた。頬ずりまでする姿に、柔道部の女子達がケラケラと笑う。
「あはは。とりあえず、写真を一枚っと」
友人である中里チリが、スマートフォンのカメラを使う。続いて、ムツミの耳元まで近寄り、こっそりと呟いた。
「あのさあ。気付いていないかもしれないけれど、その中身って多分・・・・・・」
「え!?」
この場にある男子生徒が姿を見せない所から、なんとなく中の人が誰なのかを察していたチリ。その名前を告げると、ムツミの顔が一瞬で真っ赤になった。
「や、やだなあ。そういう事だったら、もっと早く言ってくれればいいのに。タカトシくんも人が悪いなぁ」
「うん。だからさ、早く解いてやりなよ」
ミシミシと音が聞こえそうなほどの力を込めて、さくらたんに裸絞めをかけているムツミ。モコモコした腕が痙攣し始めているので、スズが止めに入った。
【疑いの半眼】
時には手を振り、時には近寄ってきた生徒と写真撮影に従事する。そんな振る舞いを続けるタカトシこと、さくらたん。いつの間にか新聞部の生徒達もカメラを片手に姿を見せており、今月の新聞のネタのために仕事を始めようとしていた。
「ほらほら、今は下校時間でしょう。このさくらたんに関しては明日の昼休みにでも取材の時間を作らせるから、今は黙って帰りなさい」
手をパンパンと叩きながら、ナルコが呼びかける。流石に教員の指示とあっては従うしかなく、周囲の生徒達が名残惜しそうに玄関へと向かっていった。
生徒達が手を振りながら帰路につくのを、タカトシは同じように手を振り返す。その反応が嬉しかったらしく、その女子生徒達は甲高い歓声を上げながら足早に立ち去っていった。
「大人気ね。さくらたん」
スズの白けた声に、ぬいぐるみは困ったように頭を掻く仕草をする。徹底してぬいぐるみと一体化しようとしているところは、なんとなく真面目な彼らしかった。
ふと、さくらたんは校門前に置いてある自分の鞄から、スマートフォンを取り出した。それをスズに渡してくる。
身振り手振りで、スズはなんとなく言いたいことを察する。どうやら、写真を撮って欲しいらしい。
そして、察したのはナルコも同じらしい。ニヤニヤ笑いながら、さくらたんの背中をポンポンと叩く。
「ほおお。お前がわざわざ自分の写真を撮りたいなんてな。さては、さくらたんになった姿を見せたい相手でもいるのか?」
大きなぬいぐるみは、困ったように頭を下げる。どうやら、図星らしい。
その反応に、ピタと停止ボタンでも押したかのように固まるナルコ。ゆっくりと半眼になり、目の前のぬいぐるみを睨む。
「津田。それは、まさか・・・・・・女じゃあないだろうな」
「・・・・・・」
「どうなんだ?」
「・・・・・・」
マズい。さくらたんは思う。忘れていたが、この女教師は年下好きだったのだ。
助けを求めるようにスズを見るが、綺麗に顔を背けられた。それはそうだ。誰だって関わりたくないよね。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長い沈黙。あまりにも長い沈黙。
やがて、ナルコはフゥと溜息をついた。
よかった。圧力をかけるのは止めてくれたようだ。さくらたんは心の中で安堵する。
「最近、寝取りに興味が湧いていたし・・・・・・絶好のチャンスだな」
「オレの安心を返せ」
さくらたん――――いや、タカトシがツッコんだ。
【海のような瞳で】
「というかだな、津田。いつの間にお前に女が出来ていたというんだっ! そんなに溜まっているなら、なぜ私に言わなかった!? 私をからかっているんだろう? なんとか言え!!」
「・・・・・・!」
「ちょっと横島先生、こいつはさくらたんですけど!?」
どうどうと両手で落ち着かせるようにするさくらたんに、文字通りつかみかかろうとするナルコ。婚期の執念は恐ろしい。
流石にスズが止めに入ろうにも、ビクともしない。端から見ると、母親に縋る娘のようにも見えてしまう。
騒ぎを止めようと他の教員も入ってくる。それでもナルコの悲痛な叫びはしばらく続いていた。
他の先生や生徒達は、またかと呆れた目で見ているだけ。唯一、タカトシに恋人がいるかどうかをナルコ以外に追求されていないことがせめてもの救いである。
平凡な夕焼けの放課後に響く、悲痛な女教師の声。それに振り回される生徒や教師の声が入り交じる。騒がしくとも、それは間違いなく日常の1ページだったのだ。
「・・・・・・」
そんな姿を、遠くから2つの青い瞳が見つめていることを、神ならぬ彼らは知る由もなかった。
【生徒会役員奮闘記】
次の日も、当然ながら生徒会業務の一環として役員募集のための努力は続いた。
朝の全校集会には、学園生徒全員にハッキリと募集をしている旨を伝える。その上で、タカトシとスズはあらゆる活動を企画し、実行していったのだ。待っているだけでは、何も結果は帰ってこない。
一つ目は、運動部の助っ人として練習試合に参加した。
今年から設立された、男子サッカー部や男子バスケット部などを代表とした運動系の部活。参加したのは、もちろんタカトシだ。
今年から女子だけのクラスは無くなっているので、桜才学園は本当の意味で共学化したことの影響である。それでも、女子の比率が相変わらず多いことだけが玉に瑕だが。
とはいえ、今年からは運動能力の高い男子も多く入学してくれたことは、本当に学園にとって嬉しいことであった。何しろ、中学時代に何らかの記録を持っている生徒もいるのだから。
それでも――――そんな中で立ち振る舞う生徒会長の姿は、彼らの目を持ってしても驚きの一言だったのだが。
試合が終わった後、新一年生の男子達は大小の差こそあれ、以下の通りの感想を口にする。
「何であの会長、部活入ってないんすか? 全打席安打で、最後にはホームラン打ってたんですけど」
「あれだけ動いていたのに、先に俺たちの方がついていけなくなっちゃいました。3ポイント、何回決めたか覚えてないです」
「ヘディングシュートなんか見本にしたいくらいでした。それとプレイも凄かったですが、監督になって欲しいくらい試合中の指揮が上手かったです」
こんな調子で、タカトシは地道に新入生からの信頼と尊敬の念を地道に積み重ねていく。元々中学時代で一通りのスポーツには参加経験のあるタカトシにとって、それほど苦にはならなかったのである。
特に野球とサッカーに至っては、小学校と中学校時点で本格的に取り組んでいた経験がある。そのため、部活の部長や顧問からは掛け持ちで良いから入部して欲しいと、真剣に頼まれてしまったほどであった。
スズはスズで、中学時代に培ってきたバドミントンの腕を遺憾なく発揮する事になった。ちょうど部員の数が少ないという声があったため、彼女は助っ人として他校との試合に参加することになったのだ。
結果は、桜才学園の快勝。イタリアでは地元のチームにも参加経験のあるスズにとって、わけのない試合内容であった。特に感慨もなく結果を受け入れたスズであったが、桜才学園のバドミントン部にとってはそうでなかったらしく、感激のあまりに顔を赤くしながら感謝の意を伝えたほど。
こうして、生徒会役員である2人の評価はますます上昇傾向となる。特に1年生に至っては、この学園のトップの活躍に目を輝かせる者が後を絶たなかった。
しかし。どれだけタカトシとスズ“個人”の評価が上がったとしても。
やはり、生徒会という組織そのものへの加入者は未だに皆無であった。
【放課後はリモートで】
桜の若葉が夕日を浴びる下で、生徒達が下校している。部活をしていない生徒は、この時間が下校時刻なのだ。
その生徒達に、片っ端から印刷したばかりの新聞を配っている一団があった。もちろん、桜才学園の新聞部の部員達である。
手に取った生徒達は、何事かと校門を目指しながら内容に目を通す。生徒会室にいるタカトシとスズは、その様子を尻目に机に向かっていた。
「・・・・・・というわけで、未だに生徒会の立候補者は0人というわけでして」
「そうですか。こちらとしても何か協力できることがあれば良かったんですが」
「いえ。単なる愚痴のようになってしまってすみません」
長机の上には、備え付けのノートパソコン。そのディスプレイには、数人の少女の顔が映っていた。
今年から導入することになった、リモート会議である。これまでは交流会と言うことでどちらかが直接相手の生徒会に足を運んでいたが、これで時間や手間を大幅に短縮できるのだ。
「こちらも、先日まで2人で活動していましたので。お気持ちはよく分かります」
画面の中央に移っているのは、真面目さと穏やかさを兼ね備えたような印象の少女。今年から生徒会副会長に昇進することになった、森ノゾミである。
「日頃からその日の仕事を片付けていれば、少人数でもどうにかなるんですけれど。やっぱり、人手はあった方が安心できますからね」
隣に座っているのが、副会長の青葉トオリ。いつも基本的に微笑を浮かべている彼女は、軽く関心を引くように手を振っている。
「羨ましいです。確か、そちらでは3人体制でしたよね。お姉ちゃん・・・・・・いえ、魚見さんが卒業しましたから、1人入ったのですか?」
「はい。といっても、名前だけお借りしてくれたようなものですが」
そこでタカトシとノゾミの会話に、別の声が入る。
「あっと、初めまして。桜才学園の生徒会の人たちっすよね?」
タカトシは、トオリの逆隣に立っている人物に視線を向ける。タカトシは、この人が新しく入った役員なのだろうと納得する。
「こちらこそ初めまして。津田タカトシと言います」
「萩村スズです。色々と大変かもしれませんが、お互いに頑張りましょう」
「これはどうも。桜才の人って、本当に丁寧な人が多いっすね」
とりあえず、桜才組は丁寧に自己紹介する。なんとなく、エロボケはしなさそうな人で良かったと思ってしまった2人。ざっくばらんな性格のようだが、飾らないさっぱりした印象を受ける。
「あたしは広瀬(ひろせ)ユウって言います。基本バレー部優先なんで、あんまり仕事は出られませんが、顔と名前だけでも覚えててくれればいいんで」
「バレー部ですか。どうりで」
タカトシは納得する。ユウは長身のために、口元から上がディスプレイの縁に隠れてしまっていたのだ。スポーツで頼りにされそうな体格だと思っていたのだ。
「津田先輩のことは、よく知っていますよ」
「俺?」
突然のユウの言葉に、タカトシは少しだけ意外に思う。彼女とは接点などなかったはずだが。
「実は先週、桜才でバレー部と練習試合したんすよ。その時に、男子の方の試合を成り行きで見ることになっちゃって」
「ああ、なるほど」
納得する。そういえば、例によって助っ人で出場していた事を思い出す。試合こそ負けてしまったが、なかなか白熱した試合ができたと相手チームから賞賛されていた。
「凄かったっすね。あたしも腕には結構自信はあるんスけど、あんなスパイクを見たら正直気合いが入っちゃいますよ。すっげー良い刺激になりました」
「褒めすぎですよ。見たところ、広瀬さんも相当鍛えていますよね。あれくらい出来るんじゃないですか?」
「いやいや。それほどでもないっス」
アハハと、お互いに笑い合う。同じ体育会系として。何か通じ合うものを感じるのだ。気が合いそうで良かった。
と、話が落ち着いたところで話題を変えるように声が挟まれる。
「広瀬さん。さっきから画面に入っていないよ」
「あ」
スズが指摘すると、ユウはようやくそれに気付いたらしい。笑いながら中腰になり、画面に顔が映るようにする。
中性的な顔立ちだった。一見すると男性に見えないこともないが、微妙な顔立ちの違いや1人称からして女性だろう。アスリートタイプの人が役員になってくれるなら、英陵の生徒会もさぞ頼もしいに違いない。
そして、そんな彼女らの安泰さが今のタカトシとスズにとっては何よりも羨ましかった。とはいえ、これ以上愚痴を言って時間を潰すわけにもいかない。
「でも、そういう萩村先輩もっすよ」
そう。実は英陵側からも、スズの顔は目元から上までしか映っていなかったのである。ノゾミとトオリは彼女のコンプレックスを知っているので口に出していなかったのだが。
「あはは。お互い身長で苦労しますねぇ」
「うおおおお!」
「萩村、落ち着け!」
悪気のない言葉は、人を残酷にさせる。タカトシは、暴れるスズを止めに入った。
【リモートは続く】
一騒動あった後も、会議は続く。騒ぎを収めた後に真面目な空気に戻す手腕は、お互いの生徒会長達が去年までに充分すぎるほど鍛えられていたからだ。
今後の春から始まるイベントなどにおける意見交換。
英陵と桜才以外の近隣の学校との交流について。
そういった話が進むにつれて、やがて話題はお互いの校則改正に移行していく。
「英陵では、バイク通学が許可されることになりました。急な坂道を登校するのは、身体の弱い人に負担がかかるだろうと言うことで、去年から教師側に申請をしていたんです」
「確かに。心臓破りの坂って言われているほどですからね。バスが通っているとはいえ、やむを得ず1人で登校しなければいけない場合もありますし」
「正直なところ、限定的なものです。寄り道は基本的に禁止ですし、審査の通った人のみという条件もありますので」
「それでも、教師の首を縦に振らせるんですから凄いですよ」
ノゾミの新しい校則に、タカトシとスズは納得の色を見せる。
近年は事故多発のため、バイク通学が認められている事は殆どがない。だが、場合によっては高校の立地条件のようなやむを得ないものを考えると、色々と融通を利かせなければならないようだ。
そして、これは同時にバイク通学に憧れている新しい入学者を増やせるという、一石二鳥の案でもあった。教師陣はいい顔をしなかっただろうが、ノゾミ達も生徒達の声を糧に味方を増やし、そして今年になって採用させたのだ。
今、モニターの中にいる彼女らの笑顔の裏では、どれほどの苦労があるのだろうか。そんな英陵高校生徒会の姿を見ていると、自分達も負けるかという気持ちが湧き上がってくる。
一瞬だけ、タカトシはスズと目配せをする。副会長も気持ちは同じだ。
そうとも。役員の採用程度で、負けてなどいられない。彼女達はもっと大きな仕事をやり遂げているのだから。
こちらも、新しい生徒会になって変われた事を言っておこう。そう思い、タカトシは言葉を返すことにした。
「桜才では、今年になって男女交際規制の緩和に成功しました」
「おっ、やりますね。具体的にはどんな感じっすか?」
興味津々という様子のユウに答える。
「大雑把ですが、交際相手を作ったとしても処分の対象にはならないということです。プラトニックな付き合いなら黙認するという意味では、英陵と同じですね」
「以前の会議の話、参考にしてくれたんですね」
ノゾミが微笑む。役に立てたことが嬉しいのだろう。そこに、スズが呆れ顔で口を挟んだ。
「正直こいつ、この件に関しては前々からやると思っていました。津田が男女交際禁止なんて言っても、説得力がないでしょうし」
「萩村」
咎める視線を向けるものの、スズはどこ吹く風。わざとらしい口笛まで吹いている。
モニターからの英陵高校生徒会の面々は、分かっていますよという顔でニッコリ笑っていた。ただ1人事情を知らないユウだけが目を瞬かせているだけで。
「あ、そうそう」
続いてトオリが見せたのは、1枚のイラスト用紙であった。白いペーパーには、ずんぐりとした2頭身のキャラクターが描かれている。
「実は、英陵もゆるキャラを考えました。名前は、えーりょくんです」
常に上を見上げている目が特徴のえーりょくん。若干ではあるが、似た瞳をしているさくらたんを意識しているような気がする。
「いいですね。採用されたら、コラボイベントでも開いてみませんか?」
「面白そうです。お互いの文化祭の時に、ゲストで登場するとか」
「あ、その時はあたし着てみたいっす。何かパフォーマンスとかやってみたくて」
ノゾミとタカトシの間に、ユウが挙手をする。
「その時は、さくらたんで俺もやりますよ。俺とユウさんでダンス担当なんてどうですか?」
「やりますよ。こう見えて、ブレイクダンスとか憧れてるんで」
「それなら、森会長は吹奏楽部ですから曲を担当してください」
トオリの言葉に、ううんと首をひねるノゾミ。
「やるとしたら、吹奏楽部から有志を募る必要があるけど・・・・・・みんなはそういうイベントは好きそうだし、大丈夫かな」
「学校を盛り上げるためですし。もし何か渋る先生方がいらっしゃるようでしたら、桜才学園は協力する方針ですよって口添えいたしますが」
スズの後押しに、英陵生徒会長は承諾することにした。
「そうですね。では、いざという時はよろしくお願いしても?」
「はい。ぜひ」
その後も、学園初のリモート会議は続く。その姿は、まさに学園の中心を担う生徒会役員の姿に相応しいものであった。
【待ち望んでいた誰か】
英陵高校生徒会が最後の挨拶と共にリモートを終了させると、タカトシはノートパソコンの電源を切った。
これまでの話し合いの概要は手元のノートにメモをしてある。それを元に一枚の紙に慣れた手つきでまとめ上げると、2人はようやく一息をついた。
タカトシが紅茶を入れると、スズは70点と評価する。まだまだ、萩村の母親の味には届かないらしい。
「英陵も、やっぱり変わっているんだね」
「そうね。森さんって、仕事になると割と積極的なところがあるし」
つくづく思う。やっぱり、負けたくない。英陵が時代に合わせて進歩しているというのなら、桜才もそれ以上に頑張らなければ。
と、そこで生徒会室のドアがノックされる。どうぞと言うと、2人の女子生徒が入ってきた。
「ふっふっふ。どうやらまだ生き残っているようだな」
「あれ、コトミじゃないか。生徒会に何か用か?」
「えへへ。タカ兄、ちょっと耳寄りなお願い事をしに来ちゃった」
いや、開口一番の台詞をスルーかよ。
相変わらずの中二病少女、津田コトミ。兄のタカトシも慣れたもので、スズの心のツッコミなど気付いた様子もない。
「何よ、耳寄りって?」
副会長の視線の先には、コトミの後をついてきている1人の少女。少なくとも、見慣れない子である。
見覚えがない。と、タカトシが思うのも無理はなかった。その少女は金髪のサラサラした髪に、青い瞳が特徴の少女だった。
そういえば、2年生に留学生が新年度に入ってくると聞いたことがある。おそらくは彼女がそうなのだろう。
「紹介するね。この子、私の教室に編入してきたの。この子が、ちょっとお願い事があるんだって」
ほら、とコトミが促すと、その外国人の少女はありがとうと言って笑う。続いて、一歩前に出た。
「ハジメまして。パリィ・コッペリンといいマス」
「これはどうも。はじめまして、生徒会長の津田タカトシです」
「2年生なのね。副会長の萩村スズです。生徒会に何か用かな?」
「パリーってアメリカ人なんだって。でも日本語は話せるからすぐに友達になったんだ」
コトミが解説をする。パリーというのはコトミがつけたあだ名らしい。本人が涼しい顔をしているところを見ると、特に気にしてはいないようだ。
「実はデスね、ワタシ・・・・・・」
続けて、パリィは用件を告げた。
その内容は、タカトシとスズの顔を埴輪のように変えたのである。
【相変わらずなワタシ】
「なるほど。それで、生徒会に新しい立候補者が入ったのか」
「渡りに船だったね、タカくん」
「はい。なんでも、日本文化に興味が深いらしくて。それで、学園のことをもっと知りたいというのが希望動機なんです」
日が沈み、夜空に星座が輝く頃。
タカトシは、繁華街のビルで経営している喫茶店にいた。相席しているのは、黒いロングヘアが相変わらず似合う、凜々しい女性である。
彼女の名前は、天草シノ。桜才学園を卒業してから一流大学へ入学した彼女だが、今でも相変わらずエリートとして大学生活を進んでいるらしい。
もう1人椅子に腰掛けているのが、魚見チヒロ。彼女は英陵高校の元生徒会長で、シノとは相変わらずの親友として連絡を取り合っているのだという。
この日も、講義が終わった後に一緒に帰る約束をしていたのだという。そして、2人が向かった先は駅前のイタリアンレストラン。
言うまでもなく、タカトシのバイト先だ。この日はシフトを入れていたことを、チヒロは遠戚の特権を使ってしっかりとチェックしていたのだという。特権と言っても、コトミにそれとなく聞き出したというものだが。
まあ、別に来られて困るというわけではない。むしろ去年度までのように、時間を空けて会いに来てくれるというのは嬉しいものだ。この行きつけの喫茶店に誘ったのも、タカトシの方からであった。
「正直なところ、学園に興味を持ってくれる人がいるというのは嬉しいものです。好奇心旺盛な子だって事は、短いやり取りでも分かっちゃいましたし。あとは、仕事ぶりを見てもらって、生徒会を好きになってくれたらなと」
「それは有望そうな子じゃないか。腕の見せ所だな。期待しているぞ」
「私も、講義のない日は遊びに行きますから。お義姉ちゃんとして」
「む」
自然な口調で、押しかけ宣言をするチヒロも相変わらずである。そして、それに対抗しようとするシノも。
「それは私だってだ。私は桜才のOGだからな」
「あら」
フフンと、余裕の顔になるチヒロ。
「いいんですか。シノっちは、もう“決着”がついているんでしょう?」
気まずい気持ちにならなければ良いんですが、と思わせぶりな口調。チヒロは偶に、友人ならではの挑発をすることが偶にあるのだ。だが、それにもシノは負けずに言い返す。
「余計なお世話だ。それに、そういう意味で言ったのではない。そのパリィという子にも会ってみたいし、生徒会には萩村もいるからな」
「えっと・・・・・・あとは、コトミもいますが」
やや遠慮がちに言ったのは、タカトシ。それで、シノも思い出したように瞬きをする。
「そういえばそうだったな。あのコトミも、生徒会に入ることになったとは」
その通り。コトミが生徒会室へ来たのは、何もパリィのことを紹介したいからというだけではなかった。実はパリィに続いて、コトミも同じように生徒会役員に立候補したのである。
「私は知っていましたけどね。コトちゃんからそんな話を聞いていましたから」
端でタカトシの話を聞いていたチヒロは、特に驚くこともなく納得した。今年度になってから生徒会の人数不足で悩んでいることを、コトミが気にしていたからだ。
兄が心配だったから、というものが2割。頼りになる兄と先輩がいるのだから、いざという時にフォローしてもらえそうというのが2割。就職するときに有利そうだからと言うのが2割。なにより、自分をステップアップさせたかったからというのが4割。チヒロはそう予想している。
要するに、ノリだ。まあ、空気を読んで口にするつもりはないが、タカトシもそれくらいは理解しているだろう。
その後も話題は尽きないまま、時間は過ぎていった。久しぶりにあったと思うと、どうしても話が弾んでしまうのだ。
コーヒー後のデザートを注文した後は、自然と恋愛関係の話に。
「それにしても、シノっちは大学ではどうなんですか?」
「む? 勉強なら問題はないぞ。友人と言える者も3人ほどできたが」
「ちがうよ。新しい人」
「あ、新しい人か・・・・・・ふむ」
腕を組み、ううんと小さく唸るシノ。そういう仕草は、学園時代と何も変わっていないなと、タカトシは変な関心をしてしまう。
しばらく考えていたが、やはり思い当たる異性は思い浮かばなかったらしい。腕を解くと、軽く肩をすくめた。
「全く思いつかん」
「だよね」
チラリと、チヒロは会話に入りづらそうにしているタカトシに視線を向けた。それは、一瞬のことであったが。
――シノっちがタカくんを冷静に見れるようになるには、もう少し・・・・・・ね?
チヒロは駅前に消えていくタカトシの背中に手を振った後、踵を返して街中の方へ向かう。隣にはシノも一緒だ。
「やっぱり、こうして偶に会うのも良いものですね」
「確かにな。大学に入ってからというもの、色々と目まぐるしかった。学園時代、いかに自由な生き方が出来ていたのかを思い知らされる」
目を閉じれば思い出せる。生徒会役員達との出会い。シノにとっては一つ一つの発見と経験。
応援され。時には助けられて。どんなに忙しくても、楽しくて仕方がなかった日々。
そして、初恋と失恋。今はもう、過去の思い出。
「明日から2日間ほど、アルバイトの休みが取れそうになくてな。論文の下準備もあるので、すまないが・・・・・・」
「分かりました。こちらは今のところ定時で帰れますので、次に食事に行く時はまた連絡をします」
シノは有名大学へ進学。チヒロは市役所へ就職。
社会に出る者。さらに学ぶ者。人はこうして、自分の道筋を決めていく。
強く結ばれた糸も、時の流れの前にはいずれ朽ちていくもの。だけど、変わらない繋がりも確かにある。
その今も解けない結びが、あいつとの間になかった事実。それが今でも心に痛むけど。
それもまた、いつか過ぎ去っていく時間の前には埋没していく。
「ではな、ウオミー。また来週に」
「ええ、シノっち。また近いうちに」
今のシノの足取りに、迷いはない。チヒロもまた、そうだ。
【今の君と】
2人の先輩と別れた少年は、真っ直ぐ家に帰ったわけではなかった。駅前の小さなベンチに腰を下ろし、学生鞄からスマホを取り出す。
アプリの通知を見ると、望んでいる相手からは電車の都合で少しだけ遅れるという連絡が入っている。了解の意を伝え、彼は腰掛けた体勢のまま脚を伸ばした。
夜空を見上げても、星は見えない。イルミネーションのせいで、光が届かないのだ。誰かの足音やざわめきが絶え間なく右から左へ通過していく音を、少年は静かに聞いていた。
あれから、もう一ヶ月が経とうとしている。
ふとした時に脳裏をよぎる、彼女の笑った笑顔。
夕焼けの校舎を見れば思い出せる、彼女の潤んだ瞳。
物思いにふけながら、少年は立ち上がる。そろそろ時間だ。
駅の構内に入り、ホームに足を運ぶ。ちょうどやってきた電車に乗った。
座席は乗客で埋まっている。時間帯のせいか、仕事帰りの社会人が多い。学生と思われる者はまばらだ。
約20分ほどかけて特定の駅に到着すると、タカトシはホームに降りる。ここ最近で、すっかり目に馴染んだ風景が目に飛び込んだ。
駅前は夕飯の買い物を目的とした客で賑わっている。タカトシはその中に混じり、必要な食材をいくつか購入した。
繁華街を通り抜け、アパートやマンションの建ち並ぶ区域に向かう。そのうちの一件に、タカトシは足を踏み入れた。
シンプルながらも清潔感のあるそのマンション。この辺りはとある大学が近いこともあって、ほぼ学生寮に近い。
エレベーターに乗って、5階へ向かった。503の部屋番号を確認すると、タカトシはチャイムを押す。
しばしの沈黙。中から声がかかる。どちら様ですか、と。
タカトシは正直に名前を告げると、鍵の外される音がした。ドアを開けたのは、1人の女性。
記憶の中にある彼女。何も変わっていないはずなのに、どこか大人としての顔に近づいているような錯覚を受ける。
無理もない。学園時代とは違って、髪を下ろしている彼女の顔は、いつ見ても別人か何かと錯覚しそうなほどに雰囲気が変わっているのだから。
それでも、彼の胸に去来するのは愛おしさ。理想の女神が目の前にいるというのに、落ち着けというのが無理な話だ。
来てくれたんですね。嬉しい――――彼女も自分に会えて、本当に喜んでくれている。もちろん、それは彼も同じである。
当たり前ですよ――――彼はそっと愛しい彼女の腰に手を回す。彼女も素直にそれを受け入れ、中に入るように促す。
今日は炊き込みご飯を作りたくて。それなら手伝います。そんな恋人らしい温かい会話をしながら、ドアは閉まった。
調理をする音が静かに聞こえる。談笑をする声が和やかに聞こえてくる。
そして・・・・・・
部屋の中の電気が消えた後も、ベッドの小さな明かりだけは、もうしばらく照らされていた。
お久しぶりです。作者の玖堂と申します。
突然このような形で、新たに投稿する事になったことをご了承ください。
今回のお話はここまで読んでくださったご親切な方達ならご存じかと思いますが、言うまでもなく事実上の3年生編です。
連載は考えてはおりませんが、それは今後の自身のモチベーション次第とだけ(と、生々しい話になってしまいそうですが・・・・・・)。
元々は番外編ということで今後の彼らと彼女らの姿を、触り程度に解説する目的で今回の話を途中まで執筆し、そのまま断念してお蔵入りとなっていました。
なにより一度は完結作品として幕を下ろしたはずの本作ですが、原作における生徒会役員共が、とうとう連載終了間近という大変残念なお知らせをきっかけに、自分も何か出来ることがないかと頭を抱えるようになりました。
そこで、中途半端に残っていた今回の話をどうにか加筆し、公開に踏み切りました。
当作品をここまで読んでくださった皆様には感謝を捧げると共に、どうか限られた期間ではありますが、今後も生徒会役員共の活躍を共に見守っていただけたら幸いです。
最終回で、カエデのふわーりが見れることを祈って。
(最後で台無しにしつつ閉幕)