泥棒と運命と 作:そんなことよりひもQ食べたい
「こいつは随分と派手にやってんなあ」
冬木の街は海に面している。海岸線の多くは工業地帯となっており夜中でも工場の灯は幾つか灯ったままであった。そんな工業地帯の外れのコンテナ置き場で動く人影があった。
金属が擦れ合い小さな火花が度々発生する。二本の槍を巧みに操る人物と不可視の得物を握る人物がそれぞれの武器で打ち合っていた。お互いの技量は並外れた物であり、一瞬の気の迷いがすぐに致命的な隙を生むようなやり取りであった。
そんな様子をモニター越しに眺める人物達がいた。
「おいルパン、サーヴァントとかいう連中はあんな化け物揃いなのか?」
黒い帽子に黒いジャケット、そんな姿の男がモニターを見て呆れたように言葉を吐いた。
「らしいぜ、むかーしむかしの神話かお伽噺にでも出てくるような連中がその話通りの力を持ってるって話だからな」
「けっ、ファンタジーも程々にして欲しいもんだな。それでルパン、あんな奴ら相手に勝ち目なんてあんのか?」
「心配すんなよ次元、なんのために俺がこの二年間準備してきたと思ってだ? おっと、そんな話している内にどうやら俺の出番みたいだぜ」
そう言って赤いジャケットの男、ルパン三世はハッキングしていた監視カメラの映像から目を離し、立ち上がった。
「おい、これから始まるんだろ? どこに行こうってんだ?」
「なあに、俺たちゃあコンピューターゲームで遊んでるわけじゃないんだからよ、ちょっとばかし自分の目で連中のお手並みを拝見しようかとな」
「そうかい、俺はあんな連中のドンパチに巻き込まれるのは御免だからここで見てるからな」
黒いジャケットの男、次元大介の言葉に軽く手を挙げて返答した、ルパンは薄暗い部屋の扉を開けて外へ出ていった。それを気にした様子もなく次元はモニターに目を向けたまま、ジャケットの内側から煙草を取り出し、咥えた。
「なんでも願いの叶うお宝ねぇ、胡散臭いったらありゃしねえ」
咥えた煙草に火を点けた所で、次元の背後で扉の開く音がした。次元はその音を聞いて、帽子の下の瞳をチラリと後方に向けた。
「よお五エ門、遅かったじゃねえか」
「なに、久方ぶりの日本故、茶の買い付けに行っていた次第」
次元の視線の先には着物で腰に白鞘を差した男がいた。
「それで、肝心のルパンはどうした?」
「あいつならついさっき出て行ったよ、なんでもこいつらの様子を自分の目で確かめたいんだとさ」
次元はそう言って、着物の男、石川五エ門にモニターを見るように促した。
「……これは両者とも凄まじい技量だ」
五エ門は暫くモニターを注視したあと、溢すように感嘆の声を上げた。
「分かるのか?」
「うむ、こちらの二槍の使い手の速さは目を見張るものがある、それに二本もの槍をこうも軽快に操れる者などそうそういないだろう。 そしてこちらの鎧姿の者、得物は見えぬが恐らくは剣であろう、速さが売りの槍の使い手とは異なりこちらは圧倒的なまでの剛剣、どちらも得物は違えどそれぞれの分野では極地に至っている」
「成程、なんにせよこいつら見てえなおっかねえ連中とやり合おうなんて思いたくもねえな。 おっとどうやらお出ましのようだぜ」
次元がモニターに目をやると、先ほどまで争っていた二人が手を止め、新しく現れた赤いジャケットの男に注視している様子が映っていた。
「そいじゃあまあ、お手並み拝見ってか」
次元の視線の先、モニターのその向こう側に舞台は移る。
「やあやあお二人さん、こんばんわ」
どこからか霞のように現れたルパンの姿に、争っていた二人は手を止め距離を離す。
「何者だ?」
暫しの緊張が走った後に鎧姿の方が、ルパンへと不可視の武器を向け訪ねた。
「おぉ怖い怖い、そんな物騒なもん向けなさんな。こっちには今日の所はやり合う気はサラサラないんでね」
ルパンのその言葉に今度は槍の操者がその槍をルパンの方に向けた。
「この場に割って入るということは貴様もサーヴァントであろう、戦う気概も無く我らの勝負を邪魔立てするならばそちらにその気がなくとも、こちらは容赦出来ないぞ」
「まったく、どいつもこいつも気が短い連中だねえ。 ま、そちらさんがどう思おうがこっちにもこっちの都合ってやつがあるんでね、今日の所は予告だけだ」
「予告だと? 宣戦布告のつもりか?」
予告という言葉に鎧を纏う人物が目を鋭くさせる。
「宣戦布告ねえ……、まああながち間違いじゃあないが、戦うっていうのとはちっとばかし意味合いが違ってくるがな」
「どのクラスのサーヴァントかは知らないが、いい加減勿体ぶってないでその予告とやらを言ってみたらどうだ?」
「おっと、それもそうだな」
ようやくルパンが予告の内容を言いあげるのかと、その場にいた者達は待ち構えるが、ルパンは不敵な笑みを浮かべたまま何も語ろうとはしなかった。
当然のことに、その場にいた者達の苛立ちが募っていく。今のルパンの様子は外見だけは隙だらけであったのでいっそ今の内に脱落させてしまうかと、その場にいた内の大半の者が考えた時、鎧を纏う人物が一番初めにそれに気が付いた。
「なんだこれは」
そう言って上を見上げた鎧を纏う人物に釣られ、槍の操者も上を見上げた。
「紙切れ?」
まるで狙ったかのように、宙をはらりと舞いながらそれぞれの手元に名刺程の大きさのカードが落ちてきた。槍の操者はそこに書かれていた文章に目をやった。
『ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナ様へ。 此度の戦争の終結のおり聖杯を盗みに参ります。 大泥棒ルパン三世より』
カードには流暢な筆記体で短くそう書かれていた。
その内容を見て、槍の操者、ランサーのディルムッドは目を見開いた。そして予告状を受け取った全ての者は同じように驚愕していた。
「貴様、一体何者だ!?」
「おいおい、そこに書いてあるだろ? 大泥棒ルパン三世ってな」
「ふざけるのも大概にしろ、どうやらそちらの騎士の様子を見るに俺と同じようにクラスと真名が書かれていたようだが、その様子だと他のサーヴァントの情報も筒抜けか?」
「ご丁寧に大泥棒って書いてあるだろ? その程度の情報なんざ俺にとって盗むなんて造作も無いからな、あんまりにも楽勝だったんで調べながら居眠りしちまったぜ」
「くっ……」
おどけたように欠伸をする仕草をしながら挑発してくるルパンの姿に、ランサーは思わず跳びかかりたい思いだったが、相手の力量が分からない内から闇雲に仕掛けるのは危険だと判断し堪えた。
「それで予告状はお気に召したかいランサーのディ……おっと真名までここでばらしちまうのは流石にフェアじゃあないか? ま、気を取り直してだ、ランサーにセイバー、っとこいつはアーチャーとライダーもお出ましか?」
「くっはははははは!! 成程、小汚い盗人風情かと思えば道化であったか! 我が財を盗もうなどとは随分と笑わしてくれるものだな道化よ!」
いつからそこに潜んでいたのか、端にある街灯の上に、全身黄金の鎧を纏った男が立っていた。その男は頭を抱えながらルパンの方を向き高笑いをしていた。そしてその手にはランサーとセイバーと同じように、予告状があった。
「これはこれは王様、ご機嫌麗しゅう。 どうやら冗談だと思われたようだが、生憎俺は本気だぜ?」
「本気! 本気と来たか! 成程、我に頭に垂れる程度にはどうやら礼儀を知っているようだが、この我から我が財を盗むなどということがどういうことか分かっていないわけではあるまい?」
「それは勿論、名だたる世界最古の王にして英雄達の頂点、そこに挑もうっていうんだこっちだって生半可な覚悟じゃあないさ」
「我に挑む、その言葉に嘘偽りはないな道化よ」
「当然、狙った獲物は必ず頂く、それがこの俺ルパン三世だからな」
「くっははははは! 大言を吐いたな道化よ! 善い、その覚悟に免じて我の財を盗むなどと言った不敬は許そう、そしてもし万が一、我が財を盗むなどといったことが出来たならその財は貴様に褒美としてくれてやる!」
「有難き幸せってか? じゃあまあ遠慮なく挑ませて貰うぜ?」
「善かろう、ではまたいずれ相まみえる時まで、つまらぬ諍いで脱落することなどないようにしろ」
ルパンと黄金の男の会話が終わるまで、誰も口を挟むことが出来なかった。黄金の男の威容に思わず皆口を噤んでいた。
「ではな道化」
「じゃあなアーチャーさんよ」
黄金の男、アーチャーはルパン以外の者には目もくれることなく消えていった。
やっと終わったかと、緊張が解けたランサーとセイバーが何か言葉を発しようとしたが、その声は更なる乱入者によって遮られた。
「うむむ、坊主どうやら出遅れてしまったようだぞ?」
「あほか! 敵がそろい踏みの中堂々と出ていったって袋叩きにあうだけだろう!」
「あほうは貴様の方だぞ坊主、堂々を名乗りを上げて敵陣の真っただ中に切り込む、確かに戦略として三流もいいとこかもしれんが、それこそが征服の醍醐味というものだぞ」
二頭の雄牛が引く
今宵の戦争はまだ終わらない。
ギル様の財を盗む、これすなわち最初に脱皮した蛇と同じ所業なり