「夏祭り?」
オレがその話を聞かされたのは、カレンダーも半分以上使い終わった、夏のある日のことだった。
「そ。 キミも頑張ってくれてるから、その労いの意味を込めてだ。まぁ、リフレッシュ休暇みたいなものだと思ってくれていいよ」
ダヴィンチちゃん曰く、夏祭り当日の日本の地方都市にレイシフトできるようにしてくれたらしい。
実際、カルデアの立地的にこの時期でも暑さに苦しむということはないが、連日の任務に疲れが溜まってきているのは本当だ。なので、こういうイベントはとても助かる。
夏祭りなんて久しく行っていないが、きっと楽しいに違いない。
「もちろん、1人じゃ退屈だろうと思って、サーヴァントも連れていけるようにしておいたよ。と言っても、連れていけるのは1人が限度だけどねー」
これは嬉しい報せだ。お祭りみたいなイベントは、誰かと一緒に楽しんでこそだ。あの非日常の空気は、誰かと共有した方がきっと楽しい。
「それじゃ、誰を誘うかじっくりと考えたまえ!」
それだけ言って、ダヴィンチちゃんは去って行った。
「うーん……誰を誘うか……」
夏祭りに行くのはいいものの、誰を誘うかでオレは頭を悩ませていた。
できるならみんなと一緒に行きたいが、今回は1人しか一緒には行けないらしい。なので、一緒に行きたい人を1人選ぶしかない。
多分誰とでも楽しいことに違いはないだろう。でも折角の2人で過ごすことになるイベントだ。本当に一緒に行きたい人を誘うべきだろう。
そう考えたとき、1番に思い浮かんだのは。
「夏祭りィ?」
「うん、きっと楽しいと思うんだけど……どうかな」
「ハッ、竜の魔女なんかを祭りに誘うだなんて、やっぱりマスターは変わり者ね」
悩んだ末にオレが声を掛けたのは、ジャンヌ・オルタだった。
普段のレイシフトでも彼女にはお世話になっているので、その恩もある。
それになにより。
「オレがジャンヌと一緒に楽しみたくて。……ダメ、かな?」
誰とお祭りを楽しみたいか考えたときに、最初に頭に浮かんだのが彼女だったから。それが、1番の理由だ。
「ま、まぁ? マスターがそこまで言うのでしたら? 一緒に行ってあげないこともないですけど?」
「本当?! ありがとう!」
オレは嬉しくて、思わず彼女の手を取ってしまった。
「あぁもう、本当に行ってあげるから! だから、その、手……」
「あ、ご、ごめん!」
急いで彼女の手から手を離す。彼女の顔が赤くなっているのを見るに、怒らせてしまったようだ。こういうのに気をつけないといけないな……。
「そ、それで?! 他に誰を誘うワケ?」
「あれ、言わなかったっけ? 今回は1人しか一緒に連れて行けないんだよね」
「……は?」
「だから、ジャンヌの他には誘わないよ」
そう言うと、何故か彼女が硬直してしまった。あれ、オレなんか変なこと言ったかな?
「……そう言うことは最初に言いなさいよこの馬鹿!」
「えぇ……」
何か理不尽に怒られてしまった。
「そしたら全然話が違うじゃない……! 全くもう!」
「ジャ、ジャンヌ? 嫌なら別に他の人を誘うけど……」
「行く! 行くわよ馬鹿!」
こうしてオレは、なんとか怒られながらも彼女と夏祭りに行く約束を取り付けることに成功したのだった。
「ジャンヌ、まだかな……」
今日は夏祭り当日。オレはレイシフトをすべく管制室で彼女を待っていた。一応約束はしたが、果たして彼女はちゃんと来てくれるだろうか。
不安になりながら待っていると、何処からか彼女の声がした。
「……ねぇ、ちょっと。ねぇ」
辺りを見回すと、近くの柱の影から、ジャンヌが顔だけ出して呼んでいた。
「どうしたの? そんなところに隠れて……」
不思議に思いながら、声のした方に行くと、そこには。
「や、やっぱり変じゃないかしら、これ……」
普段の鎧姿ではなく、浴衣に身を包んだ彼女がいた。
「ちょっと、何とか言いなさいよ……」
彼女の全身を見回す。濃紺色のその浴衣は、彼女の白い髪によく似合っていた。
「……うん、似合ってるよ。すごくいいと思う」
オレがそう言うと、彼女の表情がパァっと明るくなった。
「ま、まぁ、サーヴァントならこのくらい着こなして当然よね、うん」
やはり彼女とて褒められて悪い気はしないようだ。
オレとしても、こんなに綺麗な女の子と一緒に夏祭りに行けると思うと、とても楽しみになってきた。
「それじゃ行こうか、ジャンヌ」
「えぇ、精々楽しませてもらうとしましょうか」
「ふぅん、結構人が多いのね」
「この辺ではかなり大規模なお祭りらしいからね。花火もやるみたいだし」
「あら、それは楽しみね。花火を見るのは初めてだから」
「そっかそっか! きっと感動すると思うよ!」
雑踏の中を2人で歩く。確かに彼女の言うように、通りは多くの人で賑わっていた。これだともしかしたら彼女と逸れてしまうかもしれない。
「ねぇジャンヌ」
「何よ?」
「手、繋ごうか」
「……ハァァ?! な、何言ってんの?!」
「だってこれだけ人が多いと、逸れそうだから」
そう言って、彼女に手を差し出す。
「ほら」
「っ……し、仕方ないわね……」
ゆるゆると彼女がオレの手を握る。その手をオレも握り返す。
握った彼女の手が思っていたよりずっと小さくて綺麗なことや、掌から伝わってくる熱の感覚が、オレを堪らなくドキドキさせた。
「……こんなの、心臓が持たないわよ」
「え?」
「なんでもないわよ! ほら、さっさと行くわよ!」
何故か少し早足になった彼女に引っ張られるようにして、オレ達は通りを歩いていった。
花火の時間まで、2人で出店を見て回った。
「むぐむぐ……なかなか美味しいわね……」
「でしょ? お祭りと言えばこれだよね!」
2人で綿飴を食べたり、
「やった、当たった!」
「くっ……私に射撃スキルがあれば……」
射的で勝負してみたり、
「……不思議な感じね」
「でもそれがなんかいいよね」
水風船と戯れる彼女を眺めたりした。
どれもありふれたものだったけど、彼女にとっては初めて目に映るものばかりだったようで、ずっと楽しそうにしていた。
そんな彼女を隣で見ていると、オレまで楽しい気持ちになった。彼女を連れて来てよかったな、そう思った。
「このあたりにしようか」
花火の時間が近づいてきたので、2人で花火の見られる場所へと移動してきた。もうじき始まるということもあり、多くの人が集まってきていた。
「さて、どんなものかしらね」
「楽しみだね……」
2人でワクワクしながら待っていると、やがて大きな音と共に、花火の打ち上げが始まった。
赤、緑、青、様々な色、様々な形の花火が、夜空を彩る。
「綺麗……」
彼女の口からそんな言葉が溢れた。
花火ももちろん綺麗だったけれど。
それ以上に、それを見上げる彼女の横顔が綺麗で。
オレは思わず、その横顔に見惚れてしまった。
「いやぁ、花火綺麗だったね」
「えぇ、なかなか良かったわね。 わざわざレイシフトしてきた甲斐があったわ」
2人でのんびりと来た道を引き返す。
このまま今日が終わって日常へと戻っていくのが、なんとなく名残惜しい。
「今日は来てくれてありがとう。 初めての夏祭りは楽しかった?」
「まぁ、悪くはなかったですね。たまにはこういうのも」
帰り道は、行きと違ってさほど混んでいなかった。なので少し名残惜しいなぁと思いつつ、握っていた彼女の手を離した。
「あ……」
「もう逸れる心配も無いからね」
手を離した分、彼女と距離ができる。けれどその距離は、すぐに彼女によって埋められた。
彼女が自分の小指を、オレの小指に絡めてきたからだ。
「ジャ、ジャンヌ?!」
「うるさい! こういう時は最後までエスコートしなさいよ、馬鹿!」
彼女が顔を赤くして、そっぽを向きながら言った。
繋いでいる面積はさっきまでの方が大きかったのに、今の方がドキドキが大きい。
結局、レイシフトでカルデアに戻るまで、オレはずっとドキドキさせられっぱなしだった。
「……はぁ」
「……デート、終わっちゃった」
「……楽しかったわね」
「それこそ、夢じゃないかって疑いたくなるくらい」
「いきなりデートに誘われたときは驚いたけど」
「一緒に見た花火、綺麗だったし」
「……うまくやれたわよね?」
「手とか繋いだし、えぇ」
「……アイツ、誰にでもああいうことするのかしら」
「きっとそうだわ、えぇそうに違いない、だから浮かれたりなんかしません」
「……でも最後、私から繋いだし」
「……今になって思うと、よく頑張ったわね私……」
「……また、デートしてくれるかしら……」