彼らが登場、カエルチョコって中身も只のチョコなのだろうか
「ゲフッ」
エンドウ豆とベーコンを平らげて一息つく。向かいにはネズミとウズラのペーストを豪快に貪るワシミミズク。それももう、無くなるのは時間の問題といったところだった。
ちらりと時計を見やると、そろそろ出発の時だという事が分かる。
「アーディ」
「ホゥ」
返事をする様に鳴くワシミミズク、アーディ。嘴がベタベタになっていたので拭いてやった。
「まだ欲しいか?」
「ホゥ、ホゥ」
2回鳴くのは拒否のサインだ。コイツは賢く、ある程度のコミュニケーションならばしっかりとこなす事が出来た。食事の仕方はすっかり俺に似てしまった様だが。
「よし、行くぞ!」
アーディは鳥かごの中へ飛んでいき、自分でかごを閉めた。そのかごを手に、ローブを着た俺は家を施錠して飛び出した。
8月31日、まだまだ早朝であったが到着時刻を考えるとこれでも少し遅い位だった。
「あーつっかれたぁー」
9月1日、ホテルから出た俺は首を鳴らしてダイアゴン横丁を歩いていた。流石に16時間に及ぶ電車の旅は堪えた、ホテルでしっかり眠ったものの疲れはとれていない。
アーディもヘトヘトだった様で、今は嬉しそうに横丁の空を堪能していた。
「さーてまた魔法薬の材料を見て……あ、学費の事を考えると金を引き出した方が……」
少し余裕があったので、色々と横丁を見て回る事にした。まずは魔法薬の材料だ。
「いらっ……いらっしゃい!」
「お、おう……」
女の店員はどうやら顔を覚えてた様で、ニコニコしながらこちらを見ている。ちょっと引いた。
「なんか面白いのあるか?」
「新しいのだと……マンドレイクと、あとベゾアール石が久々に入荷したよ。両方とも少し値が張るけどね」
こうして再び魔法薬の材料で散財する事となった。干からびたマンドレイクは、正直直視すると笑いが止まらなかった。
「この辺りのハズだが……」
キングス·クロス駅、その9番線に到着したのは発車の1時間前だった。中々にデカイ駅で人の往来も激しく、こんな所に魔法学校への直通列車が来るとは思えない。
「……ん?」
と、1人の男が目に入った。カートを引き、大荷物を抱えた丸眼鏡の男が何かを探すようにキョロキョロしている。
間違いない、新入生だ。その証拠に荷物の上には真っ白なフクロウが鎮座している。
「よぉ、お前もか?」
男は俺を見て目をぱちくりさせて後ずさった。その気弱さに大笑いしてそのまま続ける。
「ヒーッヒヒヒ、心配すんな!取って食おうなんざ微塵も思っちゃいねえよ。その荷物からするとお前も新入生なんだろ?」
「う、うん。だけどこの9と4分の3番線っていう所が分からなくて探してるんだ」
「やっぱりか、まあこの辺りの筈だろうが……オイ、あれ見てみろよ」
男を振り向かせると、またもや大荷物を抱えた女が家族と話していた。ひとしきり話した後、女は壁に突っ込んでいったかと思うと……壁に吸い込まれる様に消えていった。
「オイオイオイ、面白いじゃねえかオイ」
「あ、あんな所に入り口が……」
「他に何があるってんだよ……ついてこいよ、俺が先に行ってやるからよォ」
壁に手をつこうと手を伸ばすが、その手は壁をすり抜けていく。ニヤリと笑って一気に通り抜けると、立派な汽車が停車している場所に出た。
男も壁を抜け、汽車を見て再び驚いていた。
「ようこそ魔法の世界へ、ってか?」
「す、すごい……」
「さあさあ行こうぜ、席を取らなきゃ立ち乗りになっちまうぞ」
男を急かして乗り込んでみると、やはり中もかなり豪華な装飾に彩られており、わざわざ座席は全てコンパートメントになっていた。魔法学校への直通便でコレだと考えると、学校自体もかなり豪華だろうと予想出来る。
しかし搭乗者は既に居る、それどころか後ろの男と座る為の座席2つすら空いていない。が、漸く空いている座席を見つけた。
「ココ、座ってもいいか?」
1人だけで座っていた赤毛の男は顔を硬直させて首を縦にブンブンと振った。俺はニヤニヤしながら心配そうな顔でついてきた男を手招きし、コンパートメントに入ってアーディを荷物置き場に置いた。
「いやー良かった、座れねえかと思ったぜ」
「ねぇ、さっきから思ってたんだけど君の荷物ってあのフクロウだけなの?」
「ああ?そうだが?」
「教科書とかは……?」
「ホレ」
ポケットに突っ込んだ手を抜き、変身学の教科書を取り出す。そうして2人が硬直している間にまたポケットへと仕舞い込んだ。
「凄い……それも魔法なの?」
「こういうローブなんだよ、別に魔法を使った訳じゃねえよ」
「こんなの見たこともないや……」
キラキラとした目で見つめる丸眼鏡君。これはあれだ、新しいスケートボードを買ったときに万年金欠の学生に見つめられた時の目と同じだ。優越感に浸れるから嫌いじゃない。
と、赤毛君が口を開いた。
「自己紹介してなかったね、僕はロン·ウィーズリーだよ。君達は?」
「俺はレネ·ショーペンハウアーだ」
「僕はハリー、ハリー·ポッター」
ロンがまた驚愕の表情を浮かべる。見ていて飽きない面白い奴だ。
「ハリー·ポッター!?凄い!こんなところで出逢えるなんて!」
「ん?コイツ有名人なのか?」
「有名も何も、<例のあの人>の魔の手から唯一生き残ったんだよ!魔法使いの間では知らない人は誰一人として居ないんだよ!?」
「うーん……知らんな」
「僕も本当なのか分からないんだ、人違いなんじゃないかと思っているんだけどね」
ハリーの顔を見てみるが、確かにこんな人畜無害そうなお坊ちゃんがそんな有名人だとは思えない。というか<例のあの人>って誰だよ。
とか何とか言っている間に列車は動き出した。列車の窓から見送りにきた人だかりが見える。
「じゃあレネってマグル出身なの?」
「マグルは魔法使いじゃない奴だったか?そういう意味で言うなら俺はマグルじゃねえ」
「そもそもこんなローブを持っていたらマグル出身な訳がないか、ごめんごめん」
そんな問答を繰り返し、俺達を乗せた列車は青い草原を駆け抜けていった。
「お菓子はいかがですか?」
発車してから暫くして、妙ちくりんな菓子が詰まったカートを押した女がやってきた。車内販売まであるとは、ホグワーツ恐るべし。
「僕はいいや、持ってきてあるから」
ロンはそう言って使い古しの巾着を取り出す。あまり裕福ではないのだろう……同じ席に座ったよしみだ、好きなモンでも買ってやるか。等と考えていたが、ハリーがポケットを探り──
「ぜーんぶちょうだい!」
満面の笑みで金貨の山を取り出す。ロンが何回目かも分からない驚愕の表情を晒し、感嘆の声を漏らしていた。
しかし俺はロンには目もくれず、ハリーの肩をバッシバッシと叩いた。
「ギャッハハハハッ!その豪快さ気に入ったぜハリー!俺にも半分出させやがれ!」
ポケットの金貨を掴み、ハリーの手に追加する様にジャラララっと落として大笑いした。
その時のロンの顔を、写真に収めることが出来なかったのが残念でならなかった。
「生きてて良かった……!」
「泣くな泣くなロン、ほら口開けろ」
「いや、どさくさに紛れて百味ビーンズを箱ごと口に詰めようとしないでよ」
「大鍋ケーキ美味しいよ!レネも食べなよ!」
「鍋の形をしたケーキか……凝ってんなぁ」
大量の菓子に囲まれてじんわり涙目のロンに、初めて見る菓子に目を輝かせる俺とハリー。まるでパーティー会場の様な光景だった。
あ、ハリーが開けたカエルのチョコが逃げた。チョコで出来たカエルとかすげえ技術。
「逃げちゃった……」
「そりゃカエルだもん、逃げるよ」
そう言ってロンが開けたカエルチョコも俺の顔目掛けて飛んで逃げてきた。落ち着いて口を開き、キャッチする。そのまま噛み潰してみると、ぶよぶよのチョコにチョコソースが入っていて中々に食いごたえがある。
「あ!僕のチョコレート!」
「逃がすのが悪いんだよ!そらお返しだ!」
新しいカエルチョコを手に取りロンに目掛けて勢いよく開封、ロンの顔にべちゃりと張り付き俺とハリーは大爆笑した。
「あむ、あむ……もう、酷いや!」
「キ、キヒヒ……あーやべ、笑い死ぬ」
「本当に面白いねこっちの世界のお菓子、買って良かったよ」
菓子も一通り食べ終わり、残った菓子をどうしようか悩んでいた。そこに、コンパートメントに顔を出した男がいた。
「あ、あの……」
「ああん?」
「ひっ!」
ギラリと目を向けて見やると、これまた気弱そうなお坊っちゃんが後ずさりしていた。恐怖の表情を浮かべて口をパクパクさせている。
「どうした、何か用か?」
「あ、あのその、えっと、あの」
「心配しないで、見た目ほど怖くないよ」
ハリーがそう言って微笑む、つまり俺は見た目は怖いんだろう。まあ顔隠れてる時点で第一印象としてはそんなもんか。
とりあえず大鍋ケーキをひとつ、お坊ちゃんの口に詰めてやった。
「ホレ、食って落ち着け」
「ちょっとレネ、強引すぎるよ」
「大体何か食ったら落ち着くもんだ」
目を白黒させながら男は何とか口の中のケーキを咀嚼し、なんとか落ち着いた様だ。
と、男の背後に何かが居る事に気が付く。
「なんだありゃ、またチョコが逃げたか?」
「いや違うよ、誰かのペットのヒキガエルが逃げたんじゃないかな」
目を凝らすと成る程、色も違うしそもそもデカイ。しかしペットにヒキガエルとかどうなんだとは思わざるを得なかった。次の瞬間、ケーキを食べ終えた男は凄い勢いで振り返った。
「トレバー!」
大急ぎでカエルを抱えあげた男はそのカエルの頭に頬擦りした。
「ああ良かった、急に居なくなるなんて!」
そうして自分の世界へと入り込み、男はコンパートメントから出ていった。
「……結局なんだったんだあのヤロウ」
「さあ……?あのヒキガエルを探していたんじゃないかな?」
「きっとそうだよ、見つかって良かったね」
笑って男が出ていった方を見続けるハリー、ロンは俺に顔を合わせて苦笑いしている。
そうこうしている内に、誰かの声が車両中に響き渡った。
「そろそろ到着するぞ!」
ハリーとロンはお互い慌て出す。荷物の多さもさることながら、これだけの菓子があると片付けるのも時間が掛かるだろう。
「ど、どうしよう!」
「まだ食べてないのも多いよ!」
「あー……ハリー、半分持て。残った分は俺が持ってってやるよ」
「あーうん、そうだね」
ハリーは空いた鞄に菓子を詰めていく。そうして持ちきれなくなった所で残りは俺の内ポケットに全部詰めた。
ロンは自分の荷物とハリーの荷物を整理している。俺は先に出ておくとするか。
「んじゃあなお前ら、どうせ後で会うだろうが中々面白かったぜ……特にロンの顔が」
「ほっといてよ!」
「あはは……またね、レネ」
そう言って鳥かごを持ち、程無くして列車が止まったので外に一番乗りで飛び出した。
外には荷物を回収する人員が居た、恐らくホグワーツまで荷物を届けてくれるのだろう。
「フクロウをお預かりします……荷物はこれだけですか?」
「心配すんな、教科書も道具も全部ある」
「分かりました、お名前は?」
「レネ·ショーペンハウアーだ」
「承りました……良い学園生活を」
そうして誰よりも先に荷物が無くなった俺は、ある男の前に案内される。デカイ、そしてなんというか……狩人っぽい男だった。
「お前はイッチ年生か?」
「ああそうだぜ、アンタも先生なのか?」
「いいや、俺は只の案内人だよ」
寄ってみるが明らかにデカイ、人間とは思えない程にはデカイ。とはいえグリンゴッツ銀行の奴等に比べれば明らかにコイツの方が人間っぽい見た目をしていた。
と、隣に誰かが来たのに気が付き、チラリとそちらを見てみると……
「よぉ、また会ったな」
「……ハァイ」
1ヶ月前に……あー……フラットなんちゃらって奴に連れられてた女が心底嫌そうな顔をして隣に立っていた。
「ケッケッケ、そんな嫌そうな顔をするんじゃねぇよ。これから同じ新入生だろうが」
「あまり品の無い男とは関わりたくないの」
「おや手厳しいお嬢様だ、女心は分からんな」
話は終わった、とでも言う様に女は本を開いて読書に熱中し始めた。覗いて見ると魔法薬の本らしいが……どこか、見覚えのある本だ。
「<多種多様な魔法薬>か、そりゃあ」
「!」
女は驚いてこっちを向く、俺の手には少しヨレヨレになってしまっている同じ本がある。
「中々に面白えよな。本当は学校での暇潰しにと思って買ったんだが、結局入学する迄に全部読んじまったぜ」
クククと笑いながらページをパラパラ捲ってみると、元気爆発薬のページが開いた。
「この二角獣の角ってのが分からねえ、一角獣ならユニコーンだろうがな」
「……二角獣はバイコーンよ。驚いたわ、貴方って本を読む趣味があるのね」
「ああ、普通の勉強ならこうはならなかっただろうが魔法の勉強ってなれば興味は尽きねえ。それにしてもバイコーンか……こりゃあホグワーツの図書館に力を借りるべきだろうな」
こうして女との会話が続いた、内容はほぼ魔法と魔法薬に関する事だ。他の新入生が集まって出発しようとも止まらない。
「私はこのブボチューバーの膿っていうのが何なのか分からないの。魔法生物かしら?」
「そりゃ植物だ、毒があるが大抵の皮膚薬に使うって確か300ページ辺りに書いてあるぜ」
「……本当ね、302ページだったわ」
「因みに実物もあるぜ、ホレ」
「うわ……気持ち悪い見た目ね……って何でそんなもの持ってるの?」
「買ったんだよ、ダイアゴン横丁で買えるモンは大体買ったぜ。あー早く魔法薬作りてぇ」
「見た目に似合わず熱心ね、良いことだわ」
「似合わずは余計だ、似合わずは。ヒヒヒ」
そうして魔法薬サミットを開いている内に、後ろから声が上がった。
「なんだなんだ?」
「見て、あれ!」
女は前を指差す、そこには……城があった。
うん城だ、どっからどう見たって城だ。案内人の大男は振り向いて叫んだ。
「全員ボートに乗れぇい!」
目の前には湖、そして繋がれたボートがある。そしてその先はあの城だ。つまり……ホグワーツは城になった?違う、城だった。いかんいかん、混乱してきている。
「よっと……ホレ、捕まれよ」
「いいわよ、自分で乗るわ」
そうして女は同じボートに乗った。もう2人ボートに乗り込み、ボートは動き出した。
「名前を言ってなかったわね、私はハーマイオニー·グレンジャーよ」
「レネ·ショーペンハウアーだ……流石に何度も自己紹介するのは面倒だな」
「1人1回だからいいじゃない」
それからは再び魔法薬の話題に花が咲いた……同乗者が少しうんざりしているようにも見えたが気にはしない、魔法も良いが魔法薬は材料を見ているだけでも楽しいものなのだ。
ちなみに、頭の中でハーマイオニーって並び替えたらオーマイハニーになるな、とか下らない事も考えていた。
私は忘れ薬が欲しい、物事を忘れられるというのは一種の特技だと思う。