第1話
『
無機質な音声と共にバチバチと黒い稲妻が大気を疾る。そして、異形の怪物が姿を現した。血肉とも金属ともつかぬ身体をもちながら気味の悪い声を上げ、住宅街に向け侵攻を始めた。
ーーーーだから、破壊する。
ズギュン!とどこぞの時を止める吸血鬼のキス音に似た音を立て、発射された弾丸は、狙い通り怪物の目と思われる部分を貫通。一拍置いて爆発した。
怪物の登場から5秒も満たない間の幕劇である。
『モールモッドの撃破を確認。お疲れ様でした』
先程の機械音声とは違う、生身の女性からの労いを聞きながら、肩の力を抜く。
時刻は午前2時半。真夜中である。
「おつかれ。もうこの時間は来ないよ、オレのサイドエフェクトがそう言ってる」
「…そっすか」
いつの間に後ろに居たのか、今回何故か合同になったSランク隊員さんからもお墨付きを貰いトリガーをオフにする。バラすでもなく、ただ意思一つで姿を消す様はいつ見ても不思議だ。
「いやぁそれにしても比企谷は狙撃上手いな。オレの仕事殆ど無かったし」
「日頃の練習の賜物ですよ。やろうと思えば誰でもできます」
「またまた謙遜しちゃって。ま、それがお前の良いところなのかもな」
「…」
めんどくせ。え、何口説いてんの?そんなプレイボーイみたいな台詞を実際に吐く人がいるとは。しかもなまじイケメンのため普通に似合っている。くそったれ。
「…それで、どうしたんです?」
「ん?何が?」
「いや、話があって俺と合同になるよう上に頼んだんでしょ。でなきゃSランク隊員がわざわざ出張ってくる訳がないし、しかもソロの俺と迅さんだけっておかしいでしょ。おかげで結構撃破は稼げましたけど、流石に2人だけは忙しすぎ」
「そうでもないよ。比企谷はスナイパー、オレはアタッカー。互いにAランク以上なら、今のトリオン兵は敵じゃない」
「今の、ってことはそろそろ危ないのが来るってことですね。それで、その時俺にどうして欲しいんですか?」
「…察しが良いね、比企谷は」
感心してか目を細める自称実力派エリート、迅悠一。彼のサイドエフェクトは「未来視」。俺
だが、デメリットも相応にある。俺のヤツも大概だが、迅さんのは常軌を逸している。今回の懸念だって、彼にしか見えていない案件であり、いつもそれに悩まされなければならないのだろう。
だからといって、それに応じる義務なんて何処にもないが。それでも同じサイドエフェクト持ちだ、話くらいはきいてやろう。
「いくつか頼みたいことがあってね」
◆
頭痛が痛い。
知能指数の低い、まさに頭の悪い表現だが今の俺はまさにその状態だ。痛みが二倍と言うべきか、二乗というべきか。基準となる痛さなんて知らないが。
「こら、こちらに集中しなさい」
「うす」
パシ、と名簿か何かで肩を叩かれる。そこで絶賛パーリィー中のヘッドを狙わない辺り、この人の善人ぶりがうかがえる。
内心そんなことを思いながら視線を前に戻すと、ザ・男前な国語担当兼生活指導、平塚静は同情半分呆れ半分の目でこちらを見ていた。
「全く君はいつもぼーっとしているな。そうやってのらりくらりと躱して…。まるで仕事疲れのサラリーマンのような佇まいだよ。君の目を見たら、とても高校生とは思えない」
「まぁ、老け顔とは言われますね」
「そういうことではない」
はぁ。と溜息をつかれるが、こっちだって同じ気持ちだ。なんだって放課後という学生にとって貴重な時間に説教を聞かされにゃいかんのだ。
辟易としていると、唐突に平塚先生の目つきが慈愛に溢れたものに変わった。
「…君の症状のことは聞いている。何かあればすぐに保健室に行かせるよう職員会議でも指示があったしね。しかしながら、もう少し積極的に人と関わってもいいんじゃないかな。余計なお世話なのかもしれないが」
「そっすね」
「…」
思わず同意しまったが、まずい。めっちゃ怖い顔してる。仕方ない、ここはおだてて穏便に事を運ぼう。
「いや、やっぱそんなことないですよ!年長者の助言としてありがたく受け取っておきます。流石、歳上の人は言うことが…ぐはっ!」
「誰が!無駄に歳食ったおばさんだ!」
そうは言ってねぇ。
そんな台詞は吐けないまま、職員室の床に突っ伏す。風間さんほどではないが、なかなかのスピードの正拳だった。なんらかの格闘技に精通しているのだろう。太刀川さん?あれは化け物だから。
「もう許さん。あまりこの手は使いたくなかったが、最終手段だ。君には奉仕活動に勤しんで貰う。強制参加だ異議異論は認めない!」
「横暴だ…」
呟くが、当然の如く無視される。暴君は着いてこい、といってそのまま職員室を出ていった。放って帰っても良いが、その場合翌日は今日以上に時間を割くことになるだろう。
まぁ、ゴミ拾いやら書類整理やらの雑用をこなすくらいだろう。
職員室を出て先生につづく。
窓からは部活動に勤しむ生徒の声が聞こえるが、それを無視して話しかけた。
「先生、奉仕活動はいいんですが時間はどれくらいとられますか?」
「心配するな、今日はそんなに掛からない」
「今日はって、明日もですか?」
「違うな。毎日だ」
「帰らせていただきます」
「まぁ待て。話を聞け」
回れ右した瞬間に肩を掴まれる。腕がギチギチと悲鳴をあげるが、こっちだってあげたい。というか帰りたい。小町に会いたい。
「俺がボーダーだって知ってますよね!こちとら昨日も徹夜で疲れてんです、その上労働なんてブラック過ぎる!」
「君に頼みたいのは労働ではない。時間も1、2時間くらいだ。ボーダーには私から連絡をして頼んでおく。どうだ、異論は無いだろう無いなよし行くぞ!」
ぐいぐいと引っ張られ特別棟の方は連れてかれる。生徒思いの平塚先生にしては、余りにも強引なやり方に違和感を覚えた。
それ以上に肩に異物感を覚えた。
「せ、先生!外れる!このままだと肩外れる!分かりました、自分で行きますから!」
「そうか、素直になってくれて嬉しいぞ」
「嬉しいなら手ぇ離してくれませんかね」
力は込められていないが、依然がっちりと掴まれたままである。
端から見ると三十路手前の女教師が冴えない生徒を強引に人気の無い教室に連れ込もうとしているという、なかなかのシチュエーションだ。
うん、A◯のタイトルかよ。
「ここだ」
そういって連れてこられたのは1つの教室の扉。
ここまでくると先程まで煩わしかった喧騒も遠く、静かな空間が広がっていた。
「失礼するぞ、雪ノ下」
ノックもせずにガラララと開けられる。ていうか人がいるの?
一気に入りたくなくなった。帰るか。
「ほら、行くぞ」
「…うす」
無理でした。目が笑ってない。次はないって言ってる。諦めて扉に手を掛け、中を見渡す。
不覚にも、見惚れてしまった。
黒髪をそよ風に揺らしながら、静かに読書をする女生徒。
清楚という言葉を体現した彼女は、一切こちらに興味を持たず、目を本に向けていた。無人の教室で静謐に佇むその姿は、まるで1つの絵画のようだ。
「雪ノ下。紹介しよう、こちらが新たな新入部員だ」
「その前にノックをしてください、平塚先生。もうこれで3度目です」
「細かい事を気にするな」
「細かくは無いでしょう。社会人のマナーとしてごく普通のことです。…それで、その目つきの悪い人は?」
鈴の音のような声と、サファイアが如き瞳を向けられ漸く我に帰る。
なんというか、罵倒されて逆に落ち着いたというか。普段から貶されたりしてるからか、悲しい習性だ。
「あー、比企谷八幡です。平塚先生に連行されてここに来ました。詳しいことは聞いてない…っておい、新入部員て何だよ」
思わず敬語をかなぐり捨ててしまったが、気にしていないようだ。
なぜかドヤ顔をこちらに向けている。
「君には彼女と協力して部活動をしてもらう。雪ノ下、この男は見ての通り少々問題児でな。彼の孤独体質を改善して貰いたい。比企谷、異論反論抗議質問口答えは一切認めない。いいないいよなよし私はこれで失礼する!」
平塚先生はそう言って部屋を部屋を出て行った。
5秒後、俺も部屋を出た。
先生と目が合った。
投げられ、教室の真ん中まで飛ばされた。
ピシャリとドアを閉められた。
「あの行き遅れ…」
『聞こえているぞ!』
「何でも有りません!」
「いつまでコントしているのかしら」
冷めた目で見下ろされ、慌てて立ち上がる。
が、どこに座ればいいかも分からない。
分からないなら聞けばいいか。
「えーと、どこに座ればいいんだ?」
「土の下とか空いてるわよ」
「初対面の相手にここまで自然と土下座を強要するとは思わなかった」
仕方なく長机の端に椅子を持っていく。相手が言わないなら俺が勝手に決めていいってことだ。
「それで、ここで何すればいいんだ?」
「当ててみたら?」
「クイズ研究部」
「…なるほど、面白い回答ね。でも違うわ」
「じゃもう文芸部くらいしか出ねぇな」
「不正解」
「ギブ」
諸手を上げて降参のポーズをとる。すると顔が輝き出した。いや、物理的に光り出したのではない。それはシュールだ。
勝気な笑みを浮かべている。こんなことでも勝てて嬉しいのだろうか。
「
「平塚先生はカウントに?」
「入らないわ」
うわー。したり顔で言いやがった。しかし、となるとその前は。
学校では当たり前だが話していない。
だが、
「ナチュラルに何年と言われたが、残念だったな。昨日ぶりだ」
「嘘ね」
「早えよ」
昨日ぶりのき、くらいで言われたぞ今。
「嘘じゃねぇって、昨日はシフトでオペレーターに入ってた子から指示を聞いたし、なんなら仕事終わりにお疲れ様って言われたわ」
「?アルバイトの話かしら」
「いや、俺ボーダーなんだよ」
隠すことでもないし、つらつらと話す。ボーダーになるには学校に届け出が必要だ。生徒に話す必要性はないが、このままだと俺の名誉棄損に繋がる。
「…そう、驚いたわ。でもそれもカウントされないわ」
「え、何で」
「指示を受け、労われたと言ったけれど。貴方から何か声を掛けた?了解、とかは無しで」
「…」
「それを会話とは言わないわね」
負けた。完全敗北である。むふーっと勝ち誇った雪ノ下は率直にいって可愛かったがそれはそれ。
「兎に角、貴方のその捻くれた根性と腐った目の補正。承ったわ。
いっしょにリハビリ、頑張りましょうね」
「なんで患者を元気づける言葉みたいになってんだよ。俺は病人じゃねぇよ」
ここまでの印象でよくわかった。雪ノ下雪乃は嫌な奴である。
とはいえ、流石にこうまで全否定だと苛つくものがある。
「100歩譲って俺が病人でも、治療はいらん。自分のことは自分がよく分かってる。だから、余計なお世話だ」
「…はぁ。ここまで強情だと思わなかったわ」
言外に構うなと言ってみたはいいが、効果無しか。溜息をつかれたが了承する気は無いようだ。
唐突に扉が開く。成る程、部屋が静かだとびっくりするな。
「どうだ、雪ノ下。調きょ…矯正の方は順調か」
またもや平塚先生が部屋に入ってくる。というか、貴方ずっと外で待機してましたね?
いや待て、それよりも。
「今アンタ調教って言ったな!」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ…」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「会話した?」
「いや、まぁふつうに話してましたけど」
「そうかそうか。仲良くやれてるようで何よりだ」
別に全然そんなことは無いが。俺と同様、雪ノ下も遺憾に思ったのか反論をかますため口を開いた。
「平塚先生。私がこの男と仲が良いなんて事実無根です。早急に改めなければ、法廷で争うことになりますよ?」
「訴えんのかよ…」
「無論、雪ノ下の弁護には私が着こう」
「俺の弁護をしろ」
2人がかりで弄られ、辟易としてきた。というか、なぜこんなことになったんだ。そもそも、俺の何が責められているんだ?
「兎に角、俺は現状で満足してるんだ。…良いじゃねぇかひとりぼっちで。誰かに迷惑をかけてるわけでもない。一人で居たいやつだっている」
「駄目よ、貴方のそれは逃げてるだけ。誰も救われないわ」
「回避逃避忌避大いに結構。接触がないということは軋轢がないこと、つまり傷つかないということだ。最初から触れ合わなければ間違えることもない」
「…っ!」
睨まれた。
その眼差しは、高校2年の女生徒が持つには余りにも複雑な感情が渦巻いている。ここに来て、俺は漸く彼女の歪さに気づいた。
「そこまで!」
部屋に響く大きな声で我に帰る。平塚静は、これまで聞いたことのない真剣な顔だ。が、一瞬で崩れ少年のような笑みを浮かべた。
「いやー、なかなか私好みの展開になってきたな!互いの正義の為にぶつかり合う少年少女たち!その果てに何が生まれるのか!面白くなってきた!」
「ねぇよ」
「無いわ」
「あれ!?」
一瞬で掌を返し俺と雪ノ下に突っ込まれた平塚先生だが、やはり教師として途轍もなく優秀だ。さり気なく俺たちを団結させた。
無論そんな意図があったか無かったは定かでなく、平塚先生は顔を赤くして声を上げた。
「おほん!君たちには互いの主張にて勝負をして貰う!勝敗、ルールは全て私が決める!いいな!では解散、また明日!」
「横暴過ぎる…」
ズダダダと部屋を出て行く平塚先生。同時に下校のチャイムが鳴り、雪ノ下もこちらを一瞥もせずスタスタと去っていった。
だが、まだ甘い。あれはこちらを意識しないようにしてかえってそういった空気がでていた。本当に無関心なら、あんな早足ではない。
まぁ、だからどうというわけではない。
「帰るか」
俺は俺のまま。それだけでいい。
因みに「高校生活を振り返って」の作文ですが。
この作品の比企谷君は配られた翌日に提出しました。
なんか普通の人の普通のこと書いて。
問題なく通りましたが、前々から平塚先生に目をつけられ、作文を読んで「こういうこと書いときゃ問題ねぇだろ」的意味合いを感じ取りました。
で、ボーダーとして青春を無為にしてないか心配され、しかもサイドエフェクトで苦労しているだろうな、と同情され。
雪ノ下のことも悩ましいしどうしようかなぁ。そうだいっしょくたにしよう。
てな感じで文字通り放り込まれました。