眠らずのぼっち   作:コーラ味

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話が進まんっ…。はよワートリやりたい


第4話

我が総武高校に開かれたイレギュラーゲート事件は無事解決。駆けつけた回収班によってバラバラのモールモッドが撤去され、俺特製何百分の一スケールモスラ様もドナドナと運ばれていき、少しずつ収束をみせていた。

 

被害自体は少なく、特別棟の一部が封鎖され近いうちに行われる筈だった調理実習が無くなる、という嬉しいハプニング付きの万々歳という結果に終わった。休みが増えるよ、やったねたえちゃん。まぁ増えるのは授業だけだが。

 

それと、遂にイレギュラーゲートの正体が判明したそうだ。

ラッドと呼ばれる、隠密偵察に特化した小型トリオン兵。通常の(ゲート)から来たトリオン兵に格納されていて、地中に潜み移動。人の多いところでトリオンを集め、(ゲート)を開く。

ボーダーの誘導装置はあちらからのアクセスに対してのみ干渉できるらしく、こちらから開く場合までは面倒を見きれないということだろう。

ラッドの総数は数千体に及ぶとのこと。

 

それもボーダーによる人海戦術で数日の合間に片付いた。報道にて一般人にも呼びかけての一斉駆除が行われたのだ。こういう時組織の利点というものがよく理解できる。

 

だが逆に言えば、あちらの敵にボーダーの最大人員を知られたということでも有る。この世は情報がモノをいう。知る知らないが生死を分ける事なんてざらだ。きっとこれから始まる侵攻は、こちらの動きを加味した攻撃となるだろう。

 

ま、何とかなるだろう。否何とかせねばならない。今俺にできることをやる。それだけだ。差し当たっては、

 

「…あー、くそ」

 

この頭痛を止めたいものだ。

モスラ事件から数日後。常備している唯一の友達といっても良い痛み止めくんを切らしているのを忘れていた俺は、昼休みに保健室にて応急品を貰いにいった帰り道、そんなことを呟いた。

ある程度の波があるにしろ、この症状は最早俺が生活している中で当たり前となっている。

何故なら、これは言わば副作用(サイドエフェクト)副作用(サイドエフェクト)だからだ。

 

俺のサイドエフェクトは「不眠」。その名の通り、睡眠を一切必要としないというものだ。発症から9年ほど経過したが、俺の部屋からベッドが無くなって久しい。

普通の人が睡眠に当てている1日のうちの約3割、8時間ほどを毎日自由に活用できる。学業は勿論、ボーダーでの仕事に当てたり、はたまた趣味に費やしたりと満喫しているが、勿論良いことばかりではない。

 

先程述べた頭痛。これは不眠の弊害と言えるだろう。もう少しサイドエフェクトのレベルが高ければ、一切の痛みを感じる事もないと専門家が言っていたが、俺の場合は「眠らなくて良い」ではなく「眠ることができない」という、謂わば超強化版不眠症ということだ。

何その産廃誰が欲しがるんだよ。しかも治る見込みはない。サイドエフェクトであることには変わりないんだし。

 

お陰で頭痛に効く薬にとても詳しくなってしまった。ある程度服用していると効かなくなるので複数を、数を決めてローテーションしているのだが今回それが1つ切れてしまったということだ。

幸い保健室にもあったので事なきを経たが、先生には注意されてしまった。

 

用事を済ませて教室に戻ると何故か全員会話をせず、ある一点を注視している。同時に2人の女生徒の口喧嘩が聞こえてきた。

 

「何してんのお前」

「あら、こんにちは比企谷くん。別にどうもしないわ、ただこの類人猿さんに人としてのマナーを教えてあげているだけよ」

「っ!はぁ!?何言ってんのアンタ!?」

 

違うな、喧嘩じゃなくて一方的な断罪だった。

何故かクラスに居た雪ノ下と、えーと…あーしさんは何かしらの争いをしていた。まぁ、言葉のボキャブラリーで圧倒的な差があるため側から見ても勝負は見えてるが。

 

するとあーしさんがこちらを見て勝気な笑みを浮かべた。

 

「なに、アンタこんな陰キャと知り合いなの!?あ、もしかして付き合ってたりとか!?趣味わっるぅ!」

「なっ!?」

 

成る程。俺に攻撃対象を変えかつ仲を勘ぐる真似をするか。悪くない手だ。敵わないなら攻めの手口を変えるのは常套手段。それに付き合う云々は、俺にはよく分からないが女子からすれば思わずカチンと来る事だろう。好きでもない相手とそんな風に見られるというのは雪ノ下であっても嫌な筈だ。

 

だが何故か顔を真っ赤にして驚く雪ノ下からは何というか、怒りの類いを感じられなかった。俺を見て、すぐに俯く。

 

うぅむ。何故だ。

相手としても絶好のチャンスだと言うのに何故かあっちはあっちで固まったままだ。「…え?ほんとに?」と小声で呟くだけで追撃の手がくることはない。あーしさんの隣の、茶髪のイケメンまで絶句した様子で微動だにしない。

 

「…あー、取り敢えず俺をダシにすんのはやめてくれ。もう行くぞ?」

「え、えぇ」

 

メンドくさくなった俺はいつも通りの手段をとることにした。戦略的撤退である。そもそも教室には弁当取りに来ただけだし。食事はいつもテニス場横のベストプレイスにてしているのだ。

 

「そんじゃな、授業遅れんなよ」

「あっ」

 

クラス中の、そして由比ヶ浜の視線を無視して、雪ノ下の声も聞こえないフリをした俺は足早にその場を離れた。

 

 

 

放課後、最早自分から部室に向かう俺。模範的囚人という矛盾した人間の心理が分かった気がする。即ち、諦めが肝心。部室の扉が見えたが、なんでか雪ノ下と由比ヶ浜は部屋に入る事なく扉で突っ立っていた。

因みにであるが。由比ヶ浜はゲート事件以降雪ノ下にべったりであり、彼女の事を「ゆきのん」と称して懐いていた。俺の知らぬ間にいつのまにか入部していたらしい。益々俺の居場所がない。

 

「何してんだ?」

「「ひゃうっ」」

 

声を掛けた途端びくっとする2人。何かに気を取られていたか、俺の接近に気がつかなかったようだ。

 

「ひ、比企谷君…。いきなり声を掛けないで貰える?」

「そうだよ、ヒッキー!びっくりしたんだから」

「声かけんなって、「済みませんが、声を掛けても宜しいですか?」って言えってか?」

「私が言いたいのはそういうことではないと分かってる筈よ。はぁ、全く貴方は本当に面倒な性格ね」

 

御家芸となったため息ポーズ。腕を組みながらこめかみに指を当てて悩む姿は大変様になっている。だがその頬は僅かに桜が散り、いつもより少しだけぎこちないように見える。

 

「何だ、まだ昼休みのこと気にしてんのか?」

「そんな訳ないわ。高々あの程度の挑発に乗るほど私は子供じゃないもの、寧ろ形勢が不利になったからと言って周りの人間に矛先を代えた三浦さんに呆れ果てて言葉が出なかっただけよ。そもそも…」

「分かった分かった、気にしてないんだな」

 

ぺらぺらとまくし立てるところからして気にしまくってるのは明白だが、言わぬが花というものか。適当に返事して半開きの扉から中を覗く。

こちらを背に見覚えのあるコート姿の男がいた。全開の窓から入る風でバッサバッサとたなびいていた。ちょっと格好いいのがムカつく。

 

「ついさっき着いたのだけれど、不審者を発見してしまったの」

「迷ってたの、通報しようか」

「そこはせめて中に入るかを迷ってやれ」

 

確かに物怖じする場面だ。アイツずっとあっち向いてるし。きっと演出を気にしているのだろう。

 

「通報の必要はない。ありゃ俺の客だ」

 

そう言って扉をガラガラと開ける。2人は俺の背後に回ったままだ。由比ヶ浜に至っては袖をぎゅっと掴んで挟んで離さない。シワついたらどーすんの?

 

「なんか用か材木座」

「…ふっ、久方振りよな。比企谷八幡よ」

「体育でペア組んだのが2日前だが、それで久しぶりだってんだならそうだな」

「あぁ!思い出させるな。あの様な地獄の時間!忌々しい、好きなやつと組めだと?奇数のクラスでそんなことをすれば悲しい結果になるのは見えているであろうが!何故それがわからんのだ松田教諭は!?」

「毎回ハブられんのお前だから気にしてねぇんだろ」

「おかげで貴様のクラスと被らない授業では我、ずっと壁打ちしかしておらんのだぞ!?」

「クッソどうでもいい」

「八幡!?」

 

突然くいっと引っ張られ、後ろを見ると由比ヶ浜がちょっと睨んできた。あーうん、放っとってごめんしゃい。

 

「材木座、自己紹介」

「ウェッホン!我が名は材木座義輝!偉大にして崇高なる剣豪将軍であるぅ、控えおろー!」

「うわぁ」

 

ドン引きである。流石材木座、八方美人な由比ヶ浜にここまで引かせるとは。雪ノ下の方は凍えそうな視線を向けている。

 

「それで何の用かしら?」

「う、うむ。それで八幡よ、奉仕部とはここで良いのだな?」

「ええ。ここが奉仕部よ」

「…やはりそうか。平塚教諭からの助言の通りならば、八幡!貴様には我の願いを叶える義務があるという訳だな?」

「話しているのはこっちよ。きちんと目を見なさい。それと、奉仕部の活動は貴方の願いを叶えることではないわ。そのお手伝いをすることよ」

「ぐ!は、八幡よ。時を経て尚主従の縁は切れぬということ。これが八幡大菩薩の導きか」

「此方を見なさい」

 

グイグイくる美人にたじたじの材木座。由比ヶ浜の方は「ゆきのん逃げて!」って言ってる。どう考えてもピンチなのはコートの方なんですが。

 

「話にならないわね。比企谷君、悪いけど通訳をお願い」

「ほいほい。で、どうしたんだ?」

「うむ!八幡よ、此度はコレを持ってきたのだ」

 

言外にお前日本語じゃねぇって言われた材木座は、明らかにホッとした顔で紙束を渡してくる。

 

「自作小説か」

「前に話したであろう?完成したら読んでくれと。ネットに晒す勇気はないので、明日にでも感想をくれ」

「明日までなんて、この量は相当だけれど」

「あぁ!張り切って書いてしまって、想定の2倍の厚さになってしまった。まぁ貴様のサイドエフェクトならば問題あるまい?…あ」

 

自信満々で語る材木座だったが、最後の最後でポカをやらかした。

 

「さいどえふぇくと?」

「サイドエフェクト。日本語で副作用、ね。通常は薬学に使用されるものだけれど、どういう意味?」

 

単純な興味というより、材木座の焦り方にこそ疑問を抱いている。

アホめ、こいつに賭け事は向いてない。特に隠すことでもないし、話してもいいか。いや、ここから学校中に知れ渡ると面倒だ。毎日刺さる視線を考えると、やはり黙秘がいいか。

 

「…」

「…はぁ。まぁいいわ」

 

悩んでいると、雪ノ下からそんな言葉を貰う。それで決心がついた。

 

「まぁお前らにはいいか」

 

「サイドエフェクトつっーのは、さっき言った通り副作用って意味だ。但し薬のじゃなくてトリオンの、だ。トリオンは知ってるな?」

「えぇ。近界(ネイバーフッド)にて発見された、人体より生まれるエネルギーのことね」

「そう、ボーダー隊員はこのトリオンを利用して、戦闘体と呼ばれる体を作ったり、武器にしたりする。当然エネルギーだから使えば減るが時間経過によってまた補充されるわけだ。

このトリオン能力も身体能力のように個人差があってな。特別トリオンの生成量が多い人間もいる。そして、そんな人たちでも偶にいるのがサイドエフェクト持ちってことだ」

 

不可視のエネルギー。それを大量に保有した肉体が何かしらの異常をきたすのは考えれば当然な帰結。

 

「このサイドエフェクトってのも千差万別。特別耳が良かったりと分かりやすいのもあれば、睡眠によって得られる学習量が段違いって人もいる。1番やばいのだと、未来が読めるって人もいる」

「あり得ないわ」

「だが、事実だ」

 

言いながら脳裏に描くのは、A級3位風間隊の菊地原と、B級来間隊の村上さん。共に非常に強力なサイドエフェクトだ。迅さん?居たねそんな人も。

 

「ひ、ひっきぃー」

「あーうん。簡単に言うと、バラエティで時々出てくるびっくり超人間みたいなもんだ」

 

涙目の由比ヶ浜に助け舟を出す。言い得て妙だな。

 

「それで、貴方は?」

「俺のは地味だぞ。ただ睡眠を必要としないってだけだ」

「すいみんをひつよーと…つまり、寝なくていいってこと?」

「そ。小学2年で発症して、以来ずっと起きたまんま」

 

愕然とする雪ノ下と、やっぱりびっくりしてる由比ヶ浜。だがすぐに身を乗り出して叫んだ。

 

「凄ーい!ヒッキー、凄いね!」

「そうか?」

「うん、凄い!良いなぁ。それならやりたい事いっぱい出来るし。テスト前に一夜漬けとか、徹夜カラオケとか!」

「あぁやったな」

「いいなぁいいなぁ!」

「けど、頭痛が酷いぞ?」

「それでも!」

 

羨ましいそうにする由比ヶ浜に対し、顔を青くする雪ノ下。頭の良い彼女のことだ。眠らないということがどれだけ危険なことか分かったのだろう。雪ノ下の目を見て首を振る。通じたのか、何かを話そうとしていた口が閉じられ。次いで出たのは、別の話題だった。

 

「…それで、何故それを彼が?」

「あぁ。こいつもボーダーなんだよ」

「八幡!?隠せといっていたのは貴様ではなかったか?」

「こいつらにゃバレてる。イレギュラーゲートん時に見られたし、そもそも隠してるのにも特別意味ねぇし。バレたら面倒ってだけだ」

 

視線をやれば頷く2人。確かに隠せと言った気がするが、俺自身雪ノ下に初めて会った時に破ってるし、今更な気がする。まぁここの3人以外には先生方しか知らないし問題ないだろう。

 

「隊員じゃなくてエンジニアでな。時々トリガーをメンテナンスしてもらってる」

「メンテナンスって学生で出来ることなの?」

「研究とか開発とは違ってマニュアル読みながらちと中身弄るだけだからな。いや、それでも相当だけどな」

 

こいつ自身は戦闘員として入りたかったらしいが、トリオン能力が致命的に枯渇しているらしくスカウトに土下座してエンジニアならと雇ってもらったと聞いた。まぁ厨二病の人間なら垂涎物だろう。この状況は。

 

突然現れた異世界の怪物と、それに立ち向かう謎の組織。そこでは学生らが剣やら銃を手に街の平和の為戦っているのだ。

一部の人間にはパラダイスだろう。

 

こいつも、戦えずともトリガーを弄れるならとメンテナンスも勉強をして、その腕はチーフエンジニアの寺島雷蔵さんも褒めていたらしい。厨二の本気は恐ろしい。

 

「そうだ、今度トリガーのメンテ頼むわ」

「おお!遂に貴様も我が渾身の弧月、朧月(ペイルムーン)を手にする気になったか!」

「あの無駄に装飾の多い黒い刀身のやつか?要らねぇよ、こちとら隠密に命賭けてんだ。あんなじゃらじゃらしたの使えるか。あと、弧月シリーズは全部日本語で統一してんだからわざわざ英語にしないで朧月(おぼろづき)にしろって何回も言っただろ。

そもそも俺のスロットはかつかつでもう何も入らねぇよ」

 

だが、対人戦以外ではバッグワームタグでなくとも良いかもしれない。トリガー兵用に(サブ)のトリガー構成をもう一つ考えておくのもありだろうか。

 

「とりま今回は解散でいいか?」

「…えぇ、そうしましょうか。あぁ原稿なら私も読むわ。明日また放課後に来てちょうだい」

「ならあたしもー!」

「お前ぜってぇ読み切れねぇだろ」

「う、そんなことないしー!ヒッキー失礼すぎ!」

 

 

翌日。

 

「ひ、ひっきぃ〜っ」

「はいはい読めなかったのね。まぁ量多いし仕方ない」

 

だろうな。俺自身読み終わったのが午前2時頃だ。普段から本を読みまくっている俺ですらこれだ。そもそも話がつまらんくて読めなかったという線もある。

 

朝駐輪場で泣きつく由比ヶ浜を慰める。頭を撫でたらえへへと笑って復活した。小町と変わらない反応にほんとにこいつ同い年か不安になった。

一応努力したらしく、由比ヶ浜は授業中ずっとうとうとしていたものだ。俺は2時以降に予習したので万全である。

 

放課後。

 

うつらうつらしている由比ヶ浜をあーしさんに任せ、俺は一人部室に向かう。

 

「うーす」

 

ガラガラと開け、直後ノックをし忘れていたことに気づく。いかんな、雪ノ下に怒られる。しかし、部長からの叱責が飛んでくることはなかった。原因は彼女もまた船を漕いでいたためだ。

 

「お疲れさん」

 

小声で声を掛け自分の椅子に向かう。出来る限り静かにしていたが眠りが浅かったのか、雪ノ下は「んっ」と高い声を上げて眼を(しばた)かせた。どうでもいいけどちょっと色っぽかったです、まる。

 

「…驚いた、貴方の顔を見たら一発で目が覚めたわ」

「そら良かった、人の役に立てたようで俺の顔も浮かばれるよ」

「シュールな光景ね」

 

それきり、此方を見ようとしない雪ノ下。何か遠慮しているように見える。

 

「流石に疲れたのか?」

「…ごめんなさい、自分から読むと言っておいてあれなのだけれど、実は途中までしか読み終わっていないのよ。だから、今回の批評も中途半端になってしまうと思うの」

「別にいいだろ、あっちから頼んできたことだし。明日までってのも最初から無理があったんだ。けど、何つーか意外だな。何だ、宿題かなんかで時間が押したのか?」

「いえ。ただ少し調べ物をしていて…」

 

歯切れの悪い答えに、尚のこと疑問を抱く。こいつが仕事より優先することか。

 

「…ねぇ、比企谷くん」

「何だ?」

「もし貴方が「ヒッキー!何で置いてくし!?もー意味分かんない!」…こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

何か言いかけた雪ノ下だったが、怒鳴りこんできた由比ヶ浜に遮られ機会を失う。大声のせいで殆ど聞き取れなかった。

 

「ぶるうぉっほん!たのもー!!」

 

そこへ材木座も登場し、最早聞き返すことも出来なくなった。

まあいいさ。余程の事なら後で聞いてくるだろう。

 

 

「さて!では感想を聞かせてもらうとするか」

「こういったジャンルはよく分からないけれど。素人眼で良いのなら」

「うむ!ばっちこいである!」

「では」

 

目を閉じて息を吸う雪ノ下。恐らく必殺技の予備動作だろう、材木座は分かっていないようだが。

 

「つまらなかったわ。想像をはるかに超えたつまらなさ。起承転結すらままならないまま文章を書こうだなんてお気楽過ぎよ。先ずは日本語のお勉強からやり直すべきね。貴方小学生の時の国語の授業、きちんと聞いていたのかしら?答えは聞いていないわ、イエスにせよノーにせよロクな回答が返ってこないのは明確だから。あと、ところどころにヒロインが服を脱ぐ描写があるのだけれど、これは貴方の性癖なのかしら。だとしたら度し難い程の変態ね。これからは半径5メートル以内に近づかないで。それさえ守れば通報はしないであげる。英語のルビに関しては言わなくても分かるわよね?いえ、分からないからこうなっているのだったかしら、仕方ないからここも指摘してあげるわ」

「雪ノ下、雪ノ下さん」

「何かしら。まだ3分の1も終わってないのだけれど」

「もう材木座HPゼロだから。オーバーキルだから」

 

「ぐはあっ!」とか「うごごごご!」とか叫んでのたうち回っていた材木座だったが、現在は床に突っ伏したまま時折「かひゅっ」というキテレツな呼吸音が聞こえるだけとなった。由比ヶ浜もドン引きである。俺すら少し同情した。

 

「そ、そう。なら次は由比ヶ浜さんね」

「え!あ、あたし!?これ以上言ったら中二(ちゅうに)、やばそうなんだけど」

「良いから良いから」

「う、うん。えっと…難しい漢字いっぱい知ってるね!」

「こぽ」

「きゃああ!」

 

非常に気持ち悪い声で返事をした材木座(仮)に、悲鳴をあげる由比ヶ浜は椅子から飛び上がって雪ノ下の後ろに回った。その雪ノ下もこちらに寄ってくる。今トリオン体じゃないからシールド出せないよ?

 

「つ、つぎヒッキーね」

 

お願いだから刺激しないで。涙目で懇願され、一瞬考える。そして、口を開いた。

 

「で、あれってパクリだよな?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「「ひいっ!」」

 

怪音と共にブリッジを始めた物体Z。俺は2人から抱きつかれて中々の役得である。左の由比ヶ浜さんからは最高級クッションのような感触、右からはシルクと同等以上の手触りをした髪と、薔薇の香りが漂ってくる。

端的に言って天国だ。強いて言うなら右にもクッション部分がもうちょい欲しい。

あれ?右肘が極められたぞ?

 

 

材木座が落ち着くまで放っておくと、もうすっかり日が暮れていた。

すると、材木座が真剣な顔でこちらに向き直る。

 

「また読んでくれ」

「…あぁ、分かったよ」

 

2人は呆れた顔をしていた。あれだけ言われ、まだ続けるのか。続けるのだろう。こいつはそういうやつだ。

 

「さらばだ!」

 

最初から最後まで自分を貫くその姿は、素直にカッコいいと思った。

 

その後俺たちも直ぐに解散した。寝不足の由比ヶ浜を途中まで送り届けた俺は、そこで思い出した。

 

「そういや、雪ノ下が何か聞こうとしてたな」

 

まぁいいか。質問自体は予想できる。あいつが昨晩していたという調べ物も。

だがそれに対する答えを、生憎俺は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

『もし貴方がその体質のまま生活を続けたら、一体何年生きられるの?』

 

今更ながら由比ヶ浜さんには感謝していた。そんな事、聞いてどうなるというのだろう。

 

人が睡眠をとるのには歴とした理由がある。一般的には記憶の整理や疲労回復、ストレス解消といった効果が知られているが、逆に言えば、睡眠をとらずにいるとそれらの負責が溜まり続けるということだ。

それらは他の解消法で全て帳消しにできる筈もないだろう。加えて酷い頭痛があるという。痛みとは体の信号だ、必ず意味がある。もしかしたらそれは、所謂警告なのではないか。

いつか、溜まりに溜まったそれが、限界を超えたとき。

それが彼の寿命なのだろうか?

 

分からない。前例が少なすぎるし、彼の場合はサイドエフェクト、トリオンという未知のエネルギーが元となっているらしく。案外それらが負責を肩代わりしてくれているかも知れない。

分からない。

 

けど、1つだけ解ったこともある。

 

『良いじゃねぇかひとりぼっちで』

 

彼は、孤独(ひとり)に成らざるを得なかった。物理的にも、精神的にも。

7歳の頃から約9年間と言っていた。一般的な睡眠時間が1日のうちの約8時間、3分の1程度。それを毎日起きていたら。

単純計算で行くと、彼は既に3年程同年代より生きている事になる。

只でさえ成熟した精神を持つ彼が、多感な時期の高校生という時を過ごすには恐らくそれ以上の時間が流れたことだろう。そのギャップは何かで埋められるものではない。しかも自分の余命すら定かではない中生活しなくてはならないのだ。

一体どれほどの不安と、疎外感を抱いてきたことだろう。

 

『だから貴方のそうやってすぐに諦めるところ、嫌いだわ』

 

いつだったか、私は彼を否定した。上っ面だけで判断して、嫌悪して。それをその日に訂正することになったけれど。それでもあの日断じた台詞が無くなることはない。

この世の中を変えるのだと努力してきた。その自信がある。自負がある。意思がある。もう無理だと泣き言を言う人にはまだ頑張れと叱咤を繰り返し、膝を折ろうとする人を無理にでも引っ張ってきた。

 

けれど。

 

最初から諦めざるを得なかった人。妥協を許さねば前に進めない人間。彼らには何と声をかければいいのだろう。

いや、彼には「諦めた」という自覚すらないだろう。ある意味模範的日本人の如く受け入れ、流されて、なすがままあるがまま。

 

彼の問題点は拒絶心などではなかった。虚無心。拒絶すらされない、真っ暗闇の渦のような。

私にどうにかできるだろうか。放任主義の父、支配者の母、そして、底の知れぬ姉。自分のことすらままならないというのに。

 

 

私には分からない。

分からない私のままだった。


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