眠らずのぼっち   作:コーラ味

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ワートリ最新話。
村上隊員の黒い孤月、別役隊員しか思いつかない戦術。

いやー、楽しくなってきましたね。
ワートリの面白さを思い出して来ました。


第8話

「ヘぇ〜、比企谷にもちゃんと女の子の友達が居たんだなぁ。それも二人とも凄く可愛いし」

「くまちゃん、それは少し失礼よ?」

「でもでも、確かに意外です!」

「…初めまして、雪ノ下雪乃です」

「わ、私は由比ヶ浜結衣です!わぁー、テレビで見たことある!」

 

「丁寧にありがとうございます。初めまして、那須玲です」

 

職場見学の日。

総武高から出たバスに乗ってボーダー本部に来た見学志望者らは、先ず忍田本部長のありがた〜いお話の後、ボーダー隊員の一日の仕事内容やら、主な施設見学やらを行い。

最後に、ちょっとしたレクリエーションをするということで一室で待機させられていた。

 

そしてノックと共に入ってきたのは可憐な女の子3人組。

意外な登場に驚いているとその内の一人、熊谷友子が目敏く俺を見つけ、こうして話し掛けられた次第である。

 

「お、おいあれ!」

「あれ、那須さんじゃね!?っべーわ!テレビで見たことあるわ〜、けどけど!やっぱ生で見てもかーわいい!まじべーわ!」

「あれが那須隊かー。本当に女性だけの隊なんだな」

「…なんか、良いな」

「分かる」

 

今回、見学者の引率を賜ったのは那須隊らしい。

嵐山隊は一週間後に迫った正式入隊の準備で忙しく、嵐山隊以外で知名度が高いのはいつだかにテレビ特集を組まれた那須、ひいては那須隊ということで任されたとのこと。

だと言うのに引率そっちのけで何やら騒いでいる。

それを遠巻きに眺めているクラスメイト達。はたから見ると見目麗しい女子達がきゃいきゃいやってるのは目の保養になる。ボーダーのマドンナと、総武高校のマドンナが揃っている所も壮観だ。

だが今はそれどころでは無い。

 

「…おい熊谷、仕事しろ仕事」

「比企谷が仕事なんて言うなんてねぇ。いやー、わたしゃ安心したよ」

「なんでお袋みたいになってんだ。はぁ…那須も、隊長ならしっかりとだな」

「うん、ごめんね比企谷くん」

「…あぁ」

 

正直、俺は那須が苦手だ。纏う空気がどうしても馴染めないのだ。薄弱とした雰囲気でありながら芯の部分は揺るぎない強さを持っている。こういうと何だが、雪ノ下とは反対だ。こいつ案外打たれ弱いし。

 

那須が俺に微笑みかけると、途端にざわっと周囲が煩くなる。え、あいつ那須さんと知り合いなの?つか誰?あ、葉山くんと色々あった、…誰?といった声が聞こえてくる。

 

「皆さん、私が今回レクリエーションの引率を務めることになりました、ボーダー隊員の那須玲と申します。どうぞ宜しくお願いします」

 

そんな言葉と共に那須が頭を下げる。それだけでぴたりと空気が止まった。だが徐々に熱を帯びていく。三門市の有名人が目の前にいるという事実が、徐々に浸透してゆく。

 

「これから皆さんには、実際にトリガーを使って貰おうと思います。トリオン体の感覚から始まり、普段ボーダー隊員がどんなことをしているのか。それらを体感してみましょう。

では、ブースの方へ移動します。わたしに付いてきてくださいね」

 

部屋を出て先頭を歩く那須に、ここぞとばかりに矢継ぎ早に話し掛けるクラスメイト。それを尻目に、俺はこそこそと最後尾へと避難する。が、その程度の考えは筒抜けだったらしく熊谷が襟首を掴んで来た。

 

「何処行こうとしてんの?」

「いや、急に頭痛が」

「…えっと、ホントに?サイドエフェクトの事もあるし無理しないほうがいいわ。医療ルームまで送ってく?あ、ちょっと待って。玲に伝えてくるわ」

「済まん嘘だ」

「ふんっ!」

「いてぇよ」

 

バシンと背中を叩かれる。昔こいつの前で頭痛が起き、事情を説明すると、医療ルームまで付いてくるといったことがあった。あの時も、ここまで心配してくれるとは思わなかった。

やはり熊谷はオカン気質だな。ヒリヒリする箇所をさすっていると、雪ノ下も呆れた目を向けて来る。

 

「全く、貴方のそれは洒落にならないのだと自覚したら?」

「はいはい。つーか雪ノ下。お前もここ見学希望したのか?そんな興味有ったっけ?」

「…クラスメイトに誘われて、無下にするのも何だったからよ」

 

ぷいと顔を背けられ、小声で言う雪ノ下。理由を聞いて納得したが、今の態度は理解できない。だが熊谷はにやにやとこっちを見ていた。

 

「はっはーん。…案外やるじゃん、比企谷!見直したわ」

「なにが」

「別になんでも。ね、雪ノ下さんだっけ?私、熊谷友子。玲の友達で、一緒にボーダーやってるんだ。よろしくね」

「えぇ」

 

素っ気ない返答の雪ノ下。初対面には冷たい態度をとるが、俺から見れば只の人見知りだ。それに、熊谷は全然気にしていない。寧ろ今まで見ないタイプだとぐいぐい押している。

 

「じゃあ、比企谷とは部活が一緒なんだ。なるほど、それで知り合った訳か〜。ね、比企谷って学校だとどんな感じ?」

「私はクラスが違うから詳しくは知らないわ。同じクラスの、由比ヶ浜さんに聞いてみたら?」

「いやいや、部活中だけでも良いから、ね!」

「…そうね。いつも本を読んで、ダラけてるばかりよ」

「あーやっぱり?」

「おい、やっぱりって何だ。確かにダラけてるが、防衛任務の時は真面目にやってんだろ」

 

日頃から働きたくないと思ってはいるが、いざ仕事になれば終わるまできちんと熟す人間だ、俺は。それが結局一番効率的だからな。

 

「いや、確かに前一緒になった時は凄く助かったけどさ。普段の態度と、その目付きとか結構致命的な印象与えんだよね、比企谷って。そう言う良い所、ある程度仲良くならないと見えてこないっていうか」

「分かるっ!」

 

突然話に入ってきた由比ヶ浜にびっくりする熊谷。さっきまであーしさんと駄弁っていたのに、何処から聞きつけたのか。そのまま喋りだした由比ヶ浜に、熊谷のフリーズも溶けていく。こいつらのコミュ力半端ないな。

 

「ねー熊谷さん!ヒッキーまじ勿体無いよね!普通にしてれば、その、格好良いのに、いつもいつも『だるーい』って感じだしててさぁー!」

「…ねぇ。ヒッキーって、もしかして比企谷のあだ名?…くっ!あはは!ひ、ヒッキーって!?面白すぎ!」

「え、えへへ。そう?」

「照れるな由比ヶ浜。決して褒められた訳じゃないからな?」

 

私のことは友子でいいよ、じゃああたしも結衣って呼んで!

俺のツッコミも聞こえていないのかもう連絡先を交換している女子二人を見て、やはり見学先を間違えたと後悔する。最早俺の安寧の地は家だけか。

 

「着きましたよ」

 

先頭から聞こえた那須の台詞に集団が止まる。仮想戦闘モードを設定できる部屋がいくつもある、訓練用のブースだ。トリオンの動きをコンピューターが再現、立体化することでトリオン消費無しに訓練する事が可能。

が、ここは攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)用のブースだ。狙撃手(スナイパー)が訓練するには規模が足りない。最初のモニター説明の予定でも狙撃手(スナイパー)だけ挙げらなかった。

 

「日浦、狙撃手(スナイパー)の体験はさせないのか?」

「いや〜それなんですけどね、一番頼りになる東さんが忙しいらしくて捕まえられなかったんですよ!それで、高校生の方々に中学生(わたし)がレクチャーするのもあれですし。…そもそも狙撃手(スナイパー)ってそんな見栄え良くないですし」

「見栄えなんて要らねぇよ」

 

だが、確かに他と比べると地味だ。こういった初心者には最初に良い思いをさせて取り敢えずボーダーに好印象を与えておく。そもそも入隊が決まっているわけではなく、これは職場見学。彼らが満足して帰れればそれで良いのだ。

 

「ここでは、対近界民(ネイバー)戦闘訓練が行えます。ボーダーの集積したデータにより再現された近界民(ネイバー)と戦うことが可能です。勿論仮想なので怪我の心配は有りません」

 

繰り返し安全性を伝える。お陰で戦闘、という言葉に強張っていた者達から安堵の表情が浮かぶ。いきなり戦え、なんて言われても困るだろう。

 

「これからブースに入って貰い、中でトリオン体に換装してもらいます。ブース内ではトリオン切れの心配はないので、自由に動いてみてください。慣れてきたら、ホルダーに入っている戦闘用トリガーを出してみましょう」

 

トリガーが大量に入った箱が目の前に置かれる。恐らくC級隊員用のトリガーだろう。だが、それなら中に入っている戦闘用トリガーは一つだけだ。

 

「今回選べるトリガーは二種類です。近接用の孤月(こげつ)、中距離用の誘導弾(ハウンド)。どちらかを選んで下さい」

 

そう言われ、「えぇー!どっちにしよっかなぁ!」とざわつく群衆。

悩むのは良いがそんな大声ださんでええやろ。さっさと誘導弾(ハウンド)を選び、後ろの観戦用の椅子に座る。どうせ順番なんぞ最後だろうし。

ワイワイと楽しげな空気を眺めていると、雪ノ下と由比ヶ浜が此方に来るのが見えた。どちらもトリガーを持っておらず、未だ選んでいないようだ。

 

「どうした?」

「いえ。いきなり2つから選べと言われて、どちらにしたら良いのか聞きたいと思ったのよ。貴方も、一応ボーダーでしょう?」

「なんか、良く分かんなくて。ヒッキーが選んで?」

 

そんな悩むことかと思ったが、そもそもの判断材料が足りてないのだろう。先ほどの説明に注釈を加えてやればいい。

 

孤月(こげつ)は日本刀、誘導弾(ハウンド)拳銃(ハンドガン)。使ってみたい方で決めりゃいい」

「貴方はどちらにしたの?」

誘導弾(ハウンド)。孤月よりは慣れてるからな」

 

ふむ、と考え込む雪ノ下だがこいつは性格的に孤月だろう。凡そあらゆる面において即座に上達しうるだけの才能を持つこいつの、数少ない欠点が体力不足。だが、トリオン体は疲労しない。もしこいつがボーダー隊員になればB級は確実、A級もあり得る。

反対に、由比ヶ浜はどうだろうか。…だめだ、戦う姿すら想像できない。剣も銃も似合わない。射手(シューター)なら可能性はあるか。那須という例もあることだし。

 

「決めたわ」

「孤月か?」

「えぇ、使いこなせるかはわからないけど」

「お前なら問題ないだろ。そもそも今回の趣旨はトリオン体の体験だ」

「ヒッキー、あたしは?」

誘導弾(ハウンド)でいいだろ。ゲーセンにある射撃ゲームみたいなもんだ、気楽に考えろ」

「…うん、そうだね!ありがとヒッキー!ほらゆきのん、早く行こ!」

「ゆ、由比ヶ浜さん。そんな抱きつかないで、暑苦しいわ」

 

ほらほら!と雪ノ下を急かす由比ヶ浜と、過剰なスキンシップに慌てる雪ノ下。二人が最後だったらしく全員が選んだのを確認した那須が声を掛ける。最初の人達がブースに入った。そして、トリガー起動(オン)の掛け声と共にトリオン体に換装されて行く。

 

「「「おぉーー!!」」」

 

一瞬光に包まれ瞬時に服装が変わる様は、まさに映画で見るようなSF感だ。それが間近で起きたことに歓声が上がる。

トリオン体を創るほどのトリオン能力が無い者も、ブースでの仮想戦闘モードならば関係ない。だからこそ、ブース内で換装を行なっているのだろう。

 

「隼人君隼人君!どんな感じどんな感じ!?」

「う、うーん。何か特別変わったような気はしないな」

「まじまじ!?かーっ、やっぱっべーわ!」

 

今のコメントのどこに驚く要素があったんだよ。内心を他所に、C級隊員の服装に着替えたそいつは、屈伸やら背伸びをして体の調子を確かめている。そして、バク転やら片手逆立ちやらをしてみせた。

 

「っべえぇぇ!?ちょ、隼人君まじ!?いやー、もう隼人君ボーダー入っちゃいなよ!」

「ははは。確かに、いつもより体が凄く軽いな。これでサッカーしたらどうなるんだろうなぁ」

「そりゃもうハットトリックよゆーっしょ!」

 

戸部の言葉に愛想笑いを返し、イケメンは慣れてきたのかトリガーから孤月を取りだした。学校一の人気者が刀を構える様にクラスメイト達のテンションは有頂天だ。うっせぇ。

だが那須は楽しげな空気に満足したのか、ある提案をした。

 

「どうせなら戦闘訓練もやってみますか?」

「それは、何をするんですか?」

「ちょっと待ってて下さいね」

 

那須が上の管制室にアイコンタクトを送ると、中で待機していたであろう職員がコンピュータを動かし、キィィンと音を立てて近界民(ネイバー)が再現される。

 

「これはC級で行う戦闘訓練ですが、今回は動かないように設定しておきました。自由に戦ってみて下さい」

「えっと?」

 

突然の事に動揺しているのか、固まったまま動かない。全く仕方ないな。いや、那須がな。やっぱりアイツ見た目に反して脳筋だわ。

トップバッターのこいつが予想以上に慣れるのが早かった、てのもあるだろうが。こいつを基準にされても困るな。

 

「真ん中に見える目ん玉みたいのが弱点だ。孤月ならスパッと切れる!」

 

観戦席からブース内に居る野郎にアドバイスをくれてやる。当然あいだに居る彼等にも声が届き、動揺が大きくなる。やっぱあいつボーダーか!でもなんであんな偉そうなの?

そんな有象無象を捨て置き、俺の方をみたそいつはニヤリと笑って片手を上げてきた。

 

「準備オッケーです」

「では、用意。はじめっ」

 

一拍遅れて走りだしジャンプ。振りかぶって、一閃。総じて10秒くらいか。A級攻撃手(アタッカー)を見てきた俺にとってはまだまだ拙い動きだが、他からすればそれはさぞ格好良いことだろう。

 

『一号室終了。記録12秒』

「「「わぁぁぁぁ!!!」」」

「はっやっと!はっやっと!!」

「あ、あはは」

 

ブースから出てきたヒーロー様に大きな拍手が送られる。大袈裟だが、実際こんなもんだろ。その活躍により興奮したのか、我先にとブースに並ぶ人が増えガヤガヤと賑やかになってきた。那須の無茶振りに、心配していた熊谷と日浦もホッとした様子で人を捌いている。

流れで、何故か戦闘訓練まで行うことになってしまった。ふぁっく。

 

「や、ヒキタニ君」

 

いつのまにかここまで上がってきた戦犯その2に、じろりと目を向ける。勿論戦犯その1は那須。幸いみんなブースに夢中でこちらに目を向ける奴はいない。

 

「なんか用か?」

「さっきのお礼をね。正直、いきなりだったから助かったよ」

「ああ見えて那須は天然だからな。しれっと人を困らせるんだ。悪気は無いから許してやれ」

「…やっぱり、君はボーダーだったんだな」

「今知った訳じゃないだろ。お前の父親が雪ノ下建設お墨付きの弁護士ってのは把握済みだ」

 

総武高校に(ゲート)が開いた日。雪ノ下建設のご令嬢が近界民(ネイバー)に襲われたという事実を知ったボーダーは、記憶処理を雪ノ下の両親に提案した。トラウマに怯えるより、事件そのものを忘れ去ったほうが救いではないかと。

結論から述べると記憶処理は行われなかった。雪ノ下本人が拒否した為だ。話はそれで終わり。が、雪ノ下建設がこれらの流れを顧問弁護士に相談するのは不思議じゃない。

 

「よく、知ってるな」

「誇ることじゃない。そもそも雪ノ下に危険な目を合わせたのは俺の責任だ。その義務を果たしたまで」

「…あの(ゲート)は君が居たから開いたってことか?」

「正確にはトリオン能力の高い人間のそばに、だ。幸いもう解析は済んだ、危険区域外で(ゲート)が出ることは…無いとは言えないが、対応可能だ」

「そう、か。なら、安全ってことだな?」

「断言はしない。この世に絶対は無い」

「それはそうだけどさ、リップサービスくらい出来ないか?」

 

ちゃっかり隣に座ってる野郎に目を細める。

こいつは俺に何を期待してるのか。

 

「悪いが俺は慈善事業でボーダーに入った覚えはない。そういうのは嵐山隊に頼め。若しくは、お前がボーダー入るんだな。…そうだな、それが良い」

 

言っててとても良い考えではないかと自画自賛する。こいつならスペック的にB級は余裕だろうし、うまく行けば何かしらカモフラージュに使えそうだ。

 

「お、オレがボーダーに?」

「心配なんだろ?」

「いや。オレは別に」

「お前面倒くさいな」

「君には言われたくない」

 

『三号室終了。記録9秒』

 

どよめきが一層大きくなる。先の記録を超えた者がいるらしい。三号室のブースから出てくるのは、案の定雪ノ下だった。

 

「ゆきのん凄ーい!」

「実際は相手も動くし、他の人のを見る機会があったからよ」

「ううん、格好良かったぁ!」

 

流石雪ノ下さんだな。っべー!まじかよ、俺負けてんじゃん!

雪ノ下は同学年の称賛も意に介さないが、孤月使いの熊谷も中々だと彼女の背を叩くと、体育会系のノリに慣れないのかおろおろしていた。

 

「…彼女は誘わないのか」

「誘わない」

「何でオレに?」

「さぁ。俺自身よく解らん」

 

言いながら、椅子から立ち上がる。そろそろ順番が回ってきそうだ。

まさかこのままサボる気じゃないよな、と言った視線を熊谷が送ってきた為、渋々ブースに向かう。

 

「…参ったな」

「フッ」

 

後ろから響く、ヒーローの嘆きに小さく吹き出しながら。

悩め悩め。お前には苦労が良く似合う。

 

 

「それでは、これでボーダーの見学を終わります。これを機にボーダーに興味が出てきた人、入隊を希望する人は、今後行われる一般公募でボーダーに入隊できますよ。もしかしたらいつか、私達と一緒に防衛任務を行えるかもしれませんね。

では、最後に元気よく挨拶をしましょう。ありがとうございました」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

那須からの激励を受け、意気揚々とバスに乗り込む。どうでも良いが最後の挨拶は小学生みたいだったな。那須、やはり天然か。

兎に角これで学校の束縛は無くなり自由解散となる。

バスに乗って総武高まで送って貰った方が断然家まで近いが、俺はバスに乗らず、そのまま歩いていく。

因みに俺の記録は30秒弱。他の人も同じくらいだ。そこそこでいいのだ、そこそこで。

 

 

「あれ、ヒッキー乗らないの?」

「人に呼ばれててな。これから行く所がある。…そうだ、由比ヶ浜」

「ん、なーに?」

「ちとデートしないか?」

 

「………ほぇ?」

 

瞬間周りの時間が停止する。おい誰だザ・ワールド使ってんの。

ざわざわとしていたクラスメイトすら沈黙を守り誰も何も言わない中、後ろから焦ったように話し掛けられる。

 

「ひ、比企谷君。どういうつもり?」

「雪ノ下か。国際教養科のバスはあっちだぞ」

「そんなことは知っているわ。それより、今の言葉は何?貴方、由比ヶ浜さんと付き合っていたの?」

「いや別に、そんな事実は皆無だ」

「…なら、今の台詞がどれだけ的外れか。解っているの?」

「あのな雪ノ下。男と女が一緒に出掛けりゃ、それはもうデートなんだよ」

 

したり顔で吐くがぶっちゃけデートなんぞした事が無い。妹もカウントに入れて良いなら百戦錬磨だが、駄目か。

 

「で、由比ヶ浜。駄目か?」

「……」

「由比ヶ浜?」

「ヒキオ!あんたがキモいこと言うから結衣がパニクってんじゃん!?ちょっ結衣、しっかりするし!」

「……へっ!?」

 

ぐるぐるおめめでトリップしていた由比ヶ浜は、あーしさんのチョップで意識が戻ったようだ。大丈夫か?

 

「ふぇっ!?ひ、ヒッキー、でででデートって、あたしと?」

「いや、話があるからそこまで一緒に歩いてくれってだけだ」

「あっ、うん。そっか、そうだね。…は、話ぃ!?」

 

落ち着いたと思ったらまた叫ぶ。忙しいやっちゃなぁ。

また茹でたままふらふらしだした由比ヶ浜をメガネ女子に預け、代わりにあーしさんが俺を睨む。

 

「ちょ、ヒキオ!これからあーしらファミレス行くとこなんだけど!?」

「あー、済まん。ならまた今度でいいや。んじゃ」

 

バスに背を向け歩く。別に急ぎの用でも無いし、予定があるならしょうがない。

しかし、一分もしないうちに後ろから駆けてくる足音が聞こえ、ぼふんと後頭部に何かを投げ付けられた。振り返ると、赤い顔で息を荒げる、由比ヶ浜結衣が居た。恐らくバスから走ってきたのだろう。

落ちているバッグを見るに、これを俺にぶつけたのか。

 

「ま・じ・あ・り・え・な・い!!あんな事、言っといてそのまま帰るとか、ヒッキーほんとヒッキー!」

「由比ヶ浜?お前ファミレスはどうした」

「あの状況で行けるわけないでしょ!?もう、明日からどんな顔して学校行けばいいの!?」

「俺のせいか?」

「他に誰がいるの!」

 

このー!頰を引っ張られるが、普段の頭痛に比べたら無いに等しい。

俺の言動程度、クラスでは何の影響もないと思っていたが、こいつは最上級カーストに属する人間だ。もう少し人目を気にするべきだったか。

 

「悪かった悪かった」

「むぅ。ちゃんとはんせーしてる?」

「してるしてる」

「ん、なら許す」

 

横に並ぶ由比ヶ浜は、言葉通り許してくれたようだ。これが小町なら絶対言葉通りにはいかない。何か供え物を献上し、どうにかこうにか宥め、ペットのかまくらを生贄にして気まぐれに収まるほどだ。

 

「むっ、ヒッキー誰か他の女の子のこと考えてるでしょ」

「…エスパーかよ」

「そういうのわかるもんだよ」

 

成る程、女の子はみんな心を読むサイドエフェクト持ちってことか。なにそれ怖い。

 

「はぁ、やっぱりヒッキー全然ダメ。これじゃ絶対彼女出来ないよ?…ま、まぁ私は別に、このくらいもう慣れたし。ヒッキーがどうしてもっていうなら、別に良いけど」

「よそ向いてもごもご喋っても聞こえないぞ」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

さっきからすれ違う人からの視線が優しい。どうにも落ち着かないまま、俺自身どうやって話を切り出すか迷っていた。

こういう時は、まずは他の話題でもして緊張を解すことだ。

 

「ボーダーはどうだった?」

「っ、あ、あはは。あたし全然だったよー。ヒッキーっていつもあんなことしてるの?」

 

由比ヶ浜はトリオン体で何倍も上昇した身体能力に酔ったらしく、ずっと落ち着かない様子だった。誘導弾(ハウンド)も、銃手(ガンナー)用のため拳銃(ハンドガン)に仕込まれたものを使用していたが、銃そのものに触れることが珍しく、取り扱いを日浦に聞いていた。

無論そんな調子では戦闘訓練など行えず、慣れる前に次の人と交代となった。

 

「今回は二つだけだったからな。由比ヶ浜に合うトリガーじゃなかったんだろ」

「なら、あたしに合うのってどんなの?」

「そうだな、射手(シューター)ってポジションがあるんだが」

 

俺が説明しながら、彼女は笑みを浮かべながら聞く。ふと、気づく。なるほどこうやって話せば良いのか。いつかこいつと話していた事を思い出した。

いつのまにか由比ヶ浜の緊張も抜けていた。話すなら今だろう。

 

「なぁ、由比ヶ浜」

「なに?」

「一年前の事覚えてるか?」

「っ!…うん」

 

途端に強張り、同時に腑に落ちたという表情になる。見舞いの際小町と会ったのだ、どこかでバレると分かっていたこと。

 

「確かに俺はあれで怪我をして、入院してたが。お前ももう知っての通り俺は昔からこういうタチでな。お前が気に病む必要は無い」

「…別に、気を使ってたわけじゃ、ない」

「そうか、それならそれで良い。ただ無理して俺に話し掛けたりしてたならそんな同情は要らん世話だ」

「…っばか!」

 

そのまま走り去ろうとする由比ヶ浜は。俺は勿論…。

 

「待て待て待て」

「ふぎゅっ」

 

慌てて手を引っ張りつんのめる。がくんと肩に力が入って由比ヶ浜が反動でこっちを向くが。目に涙を滲ませる彼女に、俺は一瞬言葉を失った。

 

「…人の話はちゃんと最後まで聞け。親に教わっただろ?」

「…うん」

 

さり気無く手を離そうとするが、ギュッと力が込められる。久し振りに触れた人肌は温かった。

 

「ここまでは全部俺の考え、俺の意見だ。俺とお前のことなのに俺だけで結論を出すのは早計だ。だから、お前の話を聞きたい。お前は何で俺なんぞに付き合ってんだ?」

「それ、は」

「自分で言うのも何だが、俺は真人間とは程遠い。愛想はねぇし口は汚ねぇし人相は悪いし。欠点なら幾らでも挙げられる。

翻ってお前はどうだ?明るくて、元気で、友達思い。こうしてクラスの日陰者の突拍子も無い要求すら応えてやっている」

 

いきなりの褒め殺しに、彼女の頰が紅く染まる。本当に可愛い女の子だ。珍しく本心からそう思う。だからこそ解らない。俺のような人でなしに構うのは何故なのか。

 

「お前が俺と接することで、得られるメリットって何だ?」

「ヒッキーのそーゆーとこ。あたし嫌い」

「…と、いうと?」

「だから!メリットとか、その、とんそくかんじょー?とかじゃないし。ただ一緒に居て楽しいな、嬉しいなって。もっと仲良くなりたいな、もっと一緒に居たいな、って思ったから。

だからあたしはゆきのんと。ヒッキーと一緒に居るの」

 

潤んだままの瞳を俺に向ける由比ヶ浜は、いつか見た雪ノ下とはまた違う、しかしある種同質の美しさを孕んでいた。

 

「俺といて楽しいのか?」

「うん、楽しいよ。さっきヒッキー、自分に良いとこなんてないって言ってたけどそんなことないし。ヒッキーは気付いてないかもだけど、優しいし、頭良くて勉強教えるの得意だし、何だかんだで真面目だし、それに、あたしの家族、護ってくれた」

 

偶然だ。それを笠に着て彼女に同情して貰おうなんて微塵も考えていなかった。その真意が解らず、こうして機会を設け問うたのだ。

だが、由比ヶ浜のその柔らかな微笑を観たらその気も失せた。

今は、まぁ、別にいいか。

 

「…由比ヶ浜」

「なぁに?」

 

少なくとも、由比ヶ浜は何かしら隔意があった訳ではない。そう断定していいだろう。その分謎は深まるばかりだが、それでも。

 

豚足感情(とんそくかんじょう)、じゃなくて損得勘定な。だれも豚の足の感情なんて分かんねぇよ。精々僕たちコラーゲンたっぷりだね、位だ」

「へ?…し、知ってたし!?てゆか今ゆーことそれ!」

 

もう、ヒッキーなんだから!

照れ隠しか、今度こそ走って行ってしまう由比ヶ浜の背を眺め。

自分の掌を拡げる。咄嗟に掴んでしまった。己の意思に反して動いたような、そんな奇妙な感覚。俺が思った以上に、俺は由比ヶ浜に執着しているのか。

 

俺は、自分が絆されていく(弱くなっていく)のを感じた。

 

 

 

 

「今日は、君達に新しいコーチを紹介しようと思う!」

 

迅悠一にそう言われて、ここ最近日課であった訓練を早めに切り上げた三雲修、空閑遊真、雨取千佳の三人は束の間の休息をとる為、リビングに向かっていた。

聞けば既に部屋に居るという。どんな人なのか、三雲は自分達の師匠たる玉狛第一の人達に聞いた時の事を思い出した。

 

『根暗で陰湿な奴よ!あたしあいつ嫌いっ』

 

小南桐絵は興奮しながらそう言っていた。

 

『俺と同期なんだが、中々変わった人だ』

 

烏丸京介はいつもの無表情でそう返した。

 

『そうだな…ある意味、最も模範的な狙撃手(スナイパー)だ』

 

木崎レイジは持ち前の冷静さを崩すことなくそう評した。

 

其々気になる事を言っていたが、中でも木崎からの評価に興味を抱いた修は、鸚鵡返しに聞き返した。

 

『最も模範的な狙撃手(スナイパー)、ですか?』

『そうだ。…三雲、狙撃手(スナイパー)の利点は何か分かるか』

『えっと…。相手の手の届かない距離から敵を倒せることです』

 

突然始まった授業に、戸惑いながらも答える。そのままな解答だが、木崎は頷く。

 

『自分へのダメージ無しに、上手くいけば一切気付かれること無く相手を倒すことが出来る。だがそれには相応の技術が必要となる』

 

高度な射撃技術、戦況を即座に把握する分析力、そして敵に自分の位置を悟らせない隠密能力。

 

狙撃手(スナイパー)は居場所を知られたら負け。雨取にも言ったが、これが大原則。アイツはそれに特化している。だから部隊編成を基本とするボーダーで、ソロのA級と名乗るのを許されている』

『ソロ、A級!?』

 

精鋭と謳われるA級に、部隊に所属しないまま挙がった唯一の隊員。

曰く「ボーダーで最も緊急脱出(ベイルアウト)しない隊員」。

 

(…どんな人なんだろう。比企谷八幡さん、か)

 

「オサム、着いたぞ」

「あ、あぁ。…よし、開けるぞ」

 

最近見慣れていた支部の扉を緊張気味に開く。中には見慣れたリビングがあり、見慣れた椅子に座って見慣れない制服の青年が珈琲を飲んでいた。

 

「…お邪魔してます」

「あっいえっ、…えと、どうも」

「…うす」

 

のっそりと立ち上がる彼の眼は、端的に言って死んでいた。顔の造形自体は整っていてイケメンといっても差し支えない筈なのに、とてもじゃないがそう言える気がしなかった。

 

「お久し振りです、比企谷先輩」

「烏丸か。そういやお前ここに移籍したんだったな」

 

同期、ということで面識があるらしい烏丸が助け舟をだすがそれでも微妙な空気は消えない。木崎と小南は居ない。

こういう時頼りになるのは…。

 

「おっす、比企谷!いやー度々済まんね。あとぼんち揚げ食べる?」

「要りません」

 

ひょこっと顔を出した迅に、比企谷が間髪いれず拒絶する。落ち込む迅は空閑がぼんち揚げを貰ってあげていた。

 

「…取り敢えず、紹介するぜ。こちらが今後コーチをして頂く、ボーダーの誇るソロA級隊員にして狙撃手(スナイパー)2位、比企谷八幡だっ。比企谷、自己紹介」

「…比企谷八幡。総武高2年、ボーダーでは狙撃手(スナイパー)をやってる。宜しく…っておい、コーチって何だよ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

聞いてねぇよ、…なんか前もこんなんあったな。

そういって光の無い瞳で遠い眼をする比企谷に、三雲はごくりと唾を飲み込んで挨拶を返す。

 

「三門中三年、三雲修、B級です。ポジションは、射手(シューター)です」

「同じくミカドチュー、空閑遊真、シーキュー、アタッカーデス」

「み、三門中二年の、雨取千佳です。C級隊員で、その狙撃手(スナイパー)を目指してます」

「へぇ」

 

同じポジションとして感じるものがあったのか、無機質な目が雨取に向けられる。人見知りの激しい彼女はびくっと怯えた様子を見せる。

が、すぐに視線が外される。怖がられていると即座に把握したようだ。意外と優しいのかな、三雲はそう内心呟いた。

 

「…空閑って言ったか。お前のそれは、アルビノか何かか?」

 

代わりに投げられたのは空閑への疑問だった。半ば当然と扱われているが、空閑の見た目は白髪赤目。気にならない筈がない。

 

「ある、びの?」

「…いや、何でもない。忘れてくれ」

 

?を頭に浮かべた空閑に、言葉を撤回する。これまた気を使わせたらしい。最初の挨拶を終え、比企谷は離れた位置から見守っていた迅に話し掛けた。

 

「それで、迅さん。俺を呼んだ要件はこの三人に会わせることですか?」

「まぁね。前手伝ってくれたのもあるし。それと、ちょっとお願いがあるんだ」

「…さっきのコーチ云々ですか?え、マジだったんですか?」

「まじまじ」

 

途端に嫌そうな顔をする彼。片頬を歪ませ、顔をしかめる。

こういうと奇妙だが、とても様になっているというか、彼らしいと、初対面ながら三雲は思った。面倒だ、なんて言葉が聞こえてきそうだ。

 

「嫌ですよ面倒臭い。大体、ここの人達のが適任でしょ。狙撃なら木崎さんのが教えるの絶対うまいし」

「違う違う。比企谷に教えて欲しいのは狙撃じゃなくて、戦術とか、生き残り方だよ」

「んなの簡単ですよ。戦わなきゃいい」

「は?」

 

三雲は思わず声を上げてしまった。そのリアクションに動揺することなく、比企谷は珈琲をお客様用のマグカップに注ぐ。

そして、大量の砂糖と練乳を混ぜ出した。絶対甘い。

 

「必要最低限の戦闘以外は全て避ける。どうしても戦わなきゃいけない時は相手の司令塔を殺…倒して指揮系統を混乱させその隙に逃げる。不利ならすぐ様撤退して勝機が来るまで隠れる。天秤が傾くまで絶対に動かない。自分の安全を常に意識しながら行動する。

何より死なない為に死ぬ程努力する。誰だってやってる事だろ?」

 

「…ナルホド、ヒキガヤ先輩だっけ?うん、強いね」

「空閑?」

「こういうタイプの人は向こう(・・・)でも会ったことがあるけど、敵に回したら一番メンドくさいかな。こう言ってるけど、いざとなれば自分の命も捨ててくるからね」

『うむ。自己犠牲心の強い人間だ。下手をすれば(ブラック)トリガーになりやすい、とも言ってしまえる』

 

にゅっと出てきたのは、自律型トリオン兵、レプリカ。唯一存在を知らない比企谷は…炊飯器?と疑問を呈した。

 

『はじめましてハチマン。わたしはレプリカ、ユーマのお目付け役だ』

「お、おう」

 

謎の浮遊物体に宜しく言われてもな。比企谷はそう言いながらも頭を回転させ、解に辿り着く。

 

「…迅さんの言ってた近界民(ネイバー)ってのはお前か」

「そうだけど、何か?」

「いや、只の事実確認だ。俺自身が私情でお前に害を与えることは無い」

「だろうね、アンタはそういう人だ。でも、もしアンタの知り合いに危害を加えたら?」

「殺す」

「できるの?」

「さぁな。ただ準備して、策を練って罠に嵌めて不意を討つ。不利になったら即逃げる。それをお前がいつか死ぬまで繰り返すだけだ」

「おー」

 

淡々と囁かれる言葉の応酬に、三雲と雨取は顔を蒼褪めさせる。

空閑に会ってから感じていた価値観の違い。それをまさかもう一度味わう事になるとは。

 

「はいはーい。物騒な話はそこまで!比企谷くん、そんな怖い顔しないで。遊真くんも、変な事言わないのっ」

「ウサミ先輩。…うん、ごめんなさいヒキガヤ先輩」

「大丈夫だ宇佐美。こいつに敵意が無いのは分かってたし、だからこそ手の内(トリオン兵)まで見せてきたんだろうしな」

 

比企谷の台詞に、空閑はニヤリとする。ちょっとした譲歩ということか。それで信頼を得られれば安い物。そんな意図が透けて見えた。

 

「それで、策とか戦術とか言いましたが。なんだってまたそんな事を?今の防衛任務とかじゃそんなの要りませんよね?」

「そりゃA級、そこからの選抜試験に受かって遠征部隊に入る為だ」

 

…really?はっはっはっ、りありー!と交わされる会話。

げんなりした様子で疑問を重ねる。

 

「なんだってまた近界(ネイバーフッド)に行きたいんだ?観光じゃあ…ねぇよな」

「攫われた、家族と友達を探しに」

「…それがどれだけ小さな可能性でも、か?」

 

「はい」

 

誰にした問いかは分からないが、三雲はしっかりとそう返した。

雨取、空閑の順に向けられた眼が、最後に三雲を捉える。

無心の眼が自分を観察している。居心地が良いとは決して言えないが、三雲は自分から視線を外しはしなかった。

時間にして3秒か。短くも、長くもあるそれの最後に比企谷はふと頰を緩ませ、瞳の奥にほんの少し光を見せた。

 

「…俺の時間がとられない程度なら」

「よっし!サンキューな比企谷!」

 

「あ、ありがとう御座います!」

 

頭を下げ礼を言うと、つられて空閑と雨取も御礼の言葉を言う。

 

「いやー良かった良かった。これでまた一つ未来が増えた」

「…んじゃ、今日の処は俺帰りますわ。夜遅いことですし」

 

すっかり暗くなってきた為、帰り支度をする。三雲達はここ最近ずっと玉狛にて生活しているため麻痺していたが、もう夕食の時間帯だ。

 

「何なら飯食べてく?今夜はカレーだぜ」

「いえ、帰って妹の飯食います。前遅くなった時怒られたんで」

「サイドエフェクトで夜遊びするからだよ。怒ってくれるのはありがたいことさ」

 

迅の窘めに肩を竦める。三雲は、今の中に出てきた単語に反応する。

 

「サイドエフェクト?もしかして比企谷さんも持ってるんですか?」

「…あぁ、とびきり面倒なのをな」

 

それきり答えない。代わりに迅がしかめ面の比企谷の頭をくしゃりと撫でながら答える。

 

「こいつのサイドエフェクトは『不眠』。毎日24時間活動出来るっていう凄いやつさ。ま、頭痛が酷いらしいが」

「あんたに言われても自慢にしか聞こえねぇよ」

 

手を振り払う比企谷だが、三雲はハッとして空閑を見る。

サイドエフェクト、その効果は、こいつと…。

 

「ん?じゃあおれと一緒ってこと?」

「…どういう事だ?」

「いや、おれも色々あってさ。何年か前からずっとトリオン体のままなんだ。お陰で睡眠もとってません」

「何だと?」

 

真剣な表情をみせる比企谷。ケータイを開いて何かを打ったかと思うと、直ぐにパタンと閉じた。

 

「遅くなるってメール打っといた。空閑、詳しい話が聞きたい」

「…うんいいよ。一つ貸しってことで」

「はっ、抜け目ないな」

 

切迫した様子に彼がとても重視している事柄だと理解した空閑は、一つ保険を掛けておいた。これで今後もしボーダー本部との諍いとなっても彼とは即座に戦闘とならない筈だ。彼が約束を護れば、だが。

 

そうして、比企谷八幡は情報を得た。

同じ不眠でありながら苦痛というデメリットを持たず、しかし寿命自体は自身より危ういというサンプル。これが何かしらの突破口となることを祈って。

 

 

「ありがとな、比企谷」

「…唐突になんすか?」

 

深夜零時。

玉狛支部の屋上から見える星を眺めながら、俺は空閑から得た情報を整理していた。既に致死状態からああして復活しているのを見るに、やはり(ブラック)トリガーとは規格外と言える。

そして空閑遊真。性、名どちらも日本のもの。父親のことからも血筋的には日本人なのだろう。それが近界民(ネイバー)と言われていることに少々違和感を感じる。

 

…眼を合わせた時に理解した。こいつは俺と同類であると。

合理主義にして現実主義。他人に頓着せず、自らの目的の為に動く。

だがそれはあちらの環境に適応し変質したのだろう。聞いた所によると遠征云々は三雲から助けを求められたから。その三雲は、雨取の願いを叶えようとして部隊に勧誘したらしい。

 

他者をどうとも思わない非道さを自覚するが故に、情で自らを縛るところが。実に人間らしい。

…それともそれ程の価値が、三雲自身にあるということか。

 

見かけは只の凡人だった。コーチをするにあたって烏丸から聞いたが、トリオン能力からしてギリギリの及第点。本当にB級かと驚くほどだという。

が、きちんと考えて動くタイプらしい。そこは安心した。ボーダーには感覚派が多過ぎる。指針が「ガンガン行こうぜ」固定なのだ。

もっと「いのちをだいじに」しろよ。

 

 

そうして、思考が脱線していると。トリオン体で登ってきた迅さんに御礼を言われる。

 

「コーチの件、改めて。まさかお前が受けくれるとは思わなかった。これだから未来は判らない」

「可能性の低い未来だったってことですか?」

「うん、下手すると20回に1回くらいの」

 

これでも上げる為に結構頑張ったんだけどな、なんてからから笑うが。なんて俺以上に疲れるサイドエフェクトなんだろうな。

最善が見えてるから、手を伸ばしたくなる。その癖のらりくらりと躱されて、目の前で消えていく。なんて皮肉で悲しいのだろう。

幸い今回は彼の望む方は進んだらしい。

 

「でさ。今日、何か良いことあった?」

「…何でですか?」

「いやさ、多分それが確定点(ターニングポイント)だったんだ。おれが未だ会ってない人と、お前の」

 

今日の出来事、と言われて思い当たるのは由比ヶ浜との和解だ。正確には和解ともつかない会話劇だったが。たしかにあれで俺は少し心境に変化があったかもしれない。

あの時俺が由比ヶ浜の手を掴んだから、俺がこうして玉狛のコーチを務めることになった?一体どんな因果だよ、複雑過ぎだろ未来。

 

「まぁ、あったといえば有りました」

「やっぱりな。なら、その人にも礼を言わなくちゃな」

「会わせませんよ。あんたみたいなセクハラ野郎には」

「…へぇ、変わったな比企谷」

 

ニヤッとしていつもの腹立つ迅さんに戻った。殴りたい。

 

「そんな態度小町ちゃんにしか示さなかったのに。ってことは女の子か。大切にしろよ、少年!」

「…暗い夜道には気をつけてくださいね」

「おいっお前が言うとマジで怖いんだけど!?」

 

 

玉狛は一人コーチが増え、迅は自分の望む未来に一歩進み、由比ヶ浜は俺とのすれ違いを避け。そして俺は永年の悩みの、解放の糸口を見つけた。

良い一日だった。だからこそ、釣り合いが取れるように明日の朝から不幸が待っているのが分かりきっていた。

 

晩飯に帰れなかった俺への怒りを和らげる為。主に小町へのご機嫌とりの為に。

俺は、深夜でも開いているコンビニで、何かスイーツを買ってから帰ることを決めたのだった。




最近ジャンプアプリでワートリのファンブック見たんですが。

「スイッチボックス」だの「強化レーダー」だの「ダミービーコン」だの。どう考えても八幡こっちじゃね?ってトリガーを発見しました冷や汗です。

原作のほうでまた詳しい設定でてきたらこっちも対応したいです。
それまでは「なんでこいつ隠密系使ってないのにこんな評価高いん?」という疑問は胸にしまっていてください。

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