甘露町……人口1600万人弱と少なく、漁業が盛んな港町。
元は海に沈んでいた場所が多く、大半が埋立地となっており、仮に津波が来たら真っ先に沈む町とも言われている。
しかし温暖な海流が流れる影響で、世にも珍しい珊瑚が群生し、熱帯魚が住まう場所でもある。
また有数の温泉産出地でもあり、観光客が絶えることがない。
そんな甘露町にある比較的新しい学校【
「おはよー!」
「あ、おはよう狼誇!」
「神久さんおはよう」
彼女の居る1年A組、そこでは彼女と、彼女が入学式そうそうに仲良くなった2人の男女がいた。
女子の方は見事なまで髪を金に染めており瞳は水色、ブラウスを前開き、リボンが少し緩くなってる。
スカートもかなり短く、スリットまで入れている。
彼女の名前は【
対する男の方は、制服はちゃんと着こなし、髪も黒い。
しかし身長は3人の中で1番小さく、どこか女の子にも見える、だが骨格は男性だと語る。
彼は【
「相変わらず派手に改造してるね雛」
狼誇は若干苦笑いしつつ聞く。
それに雛は大きく笑いながら答えた。
「せっかく制服改造可なのに、やらないのは勿体ないじゃん。狼誇もやったら?」
そう、この月蘭学園は制服の改造が認められており、かなり高い域までも改造もいいのだ。
雛の場合はスカートを主に改造しており、スリットもそうであるが、丈もその例である。
しかしそれは狼誇もそうである。
狼誇もまたスカートはそれなりに短くしているが、雛程ではない。
「私、オシャレ好きだけどそう言うセンス無いし、それに元が可愛いからあんまり弄りたくないし」
雛の言葉に狼誇はこう返し、へてっと舌を出して笑う。
やれやれと言ったふうに雛もまた笑って返した。
そこの辺りで日向が入る。
「そう言えば神久さん、ここでの暮らしには慣れた?」
そう言われて、狼誇は顎に手を当て少し考えてから答えてみせる。
「んーどうだろう。コンビニやスーパーが少なくて、ちょっと不便だけど…でもそこまで大変じゃないかな」
心配してくれてありがとうと答え、それを聞いて2人とも安心と言った様子で微笑んだ。
それに付け足すように雛は呟く。
「まあ田舎だし、でも良かった」
そう告げて、それじゃあ他に何を話すといったタイミングで、学園のチャイムが鳴り響く。
色んな学園で使われている、良くも悪くも聞きなれたチャイムは校内に響き渡り、生徒達に
「あ、SHRがはじまるね」
「また後でね、狼誇!」
「それじゃあね神久さん」
会話の途中であったが、先生に怒られることを分かっていて続ける者はいない。
それぞれが別れを言い、各々の席に着いた。
狼誇は窓際最後列、雛はドア側最前列、日向はちょうど全席の真ん中。
それに合わせて先生が入室してくるのであった。
春風吹く午前のこと……
その後の放課後、3人はまた集まり、雑談を繰り広げていた。
主体で話しているのは雛で、どうやら授業の事のようだ。
「やっぱ英語辛いわ、単語全然覚えられない」
「分かる、私は文法がちょっと…」
雛と狼誇は英語が苦手なようだ、二人揃って笑ってるが、日向はそうでも無いらしい。
不思議そうな表情で狼誇を見つめていた。
「雛は昔から暗記は苦手だもんね。神久さんは意外かな、英語得意そうだったし」
「私は暗記の方は得意だからね、理解するのは苦手だけど」
日向の言葉に狼誇は苦笑いしつつ返し、また勉強談話へと移りそうになったが、唐突に雛がなにか思いついたのか話す。
「そう言えば話変わるけどさ、明日の土曜日さ、一緒に遊ばない?」
それは遊びの誘い、雛の言い分はこうである。
自分と日向は幼なじみだったからかよく遊ぶけど、当然狼誇は初めてだ。
だからこそ仲良くなった者同士、ここで早めに一緒遊ぶことで、交流を深めないかとのことである。
もちろん狼誇はこれに頷き、嬉しそうに顔を綻ばせもちろんと答える。
「それじゃあ、カラオケでも行く?」
「というか、カラオケくらいだよね…ここで遊べるところって」
日向が雛の言葉に苦笑いしつつ付け足す。
何せ人口だけでなく若者まで少ない町故、ゲームセンターなどの娯楽施設も少ない。
パチンコやスロットはそれなりにあるが、当然未成年の3人は入場禁止、さらには3人ともその手の娯楽は全く興味が無いため、尚更遊べるところといえばカラオケくらいであった。
それを差し置いても、温泉や海、川などの自然豊かな環境により生まれる遊泳エリアや釣りスポット、山登りや山菜刈りなどのアウトドアには優れている。
しかし日向と雛はアウトドア派ではなくインドア派のようである。
「私は別に、甘露町巡りでもいいよ。来たばかりだから、知らないこと多いし!」
それに対して狼誇の方はアウトドア派のようだ。
好奇心とその趣向もあってか、カラオケよりもそちらの方がいいと答える。
雛と日向は互いに顔を見合わせ、意外だと言わんばかりの表情でしばし硬直するが、やがてニッと笑った。
「それもそうだね、たまには自分の町巡りも悪くないや!」
「僕らには見慣れてても、神久さんは違うもんね」
2人はそういい、了承の声を上げる。
それに素直に喜び、ガッツポーズを決める狼誇である。
「じゃあ二人とも明日はよろしくね!」
そう言って狼誇はボストンバックを担ぎ、帰宅の用意をし始める。
それに対して、あれっと言った表情で疑問をうかべる雛。大して日向はそうでもなく、手を振り見送るつもりのようだ。
「もう帰るのかい、部活見てかないの?」
雛が声を上げる。
まだ話していたいといった様子で、時計を見ればまだまだ3時半過ぎ。
帰宅にはかなり早い時間だ。
しかし、その疑問に答えるように、狼誇ではなく日向が微笑み答える。
「雛、今日は金曜日。4時から卵が安いんだよ?」
その一言で察したのだろう。
あぁ、とつぶやき狼誇へと生暖かい視線を送る。
当の狼誇はてへっと舌を出して笑っていた。
「ちょっと冷蔵庫が寂しくてね、そういう訳だからさ…部活には興味あるけどね、それじゃあまた明日!」
「ああ、また明日!」
「待ち合わせ場所はメールでねー!」
背を向けて手を振り、狼誇は教室から出ていった。
それを見送るように、雛も日向も、手を振り続けていた…
さて、それからしばらく経ち。
狼誇は無事卵を手に入れることが出来、自身の住まうマンションへと歩み着いていた。
残念ながら月蘭学園には学生寮がないため、県外からの生徒は皆、マンションなどに借り住んでいる。
両手に卵以外にも野菜や肉、冷凍食品などの詰まったビニール袋を持ち、マンションのむき出し鉄階段を登る。
カンカンカンと、ローファーが少し錆びた鉄板を踏む音が響き、階段を進むこと4回。
寂れた廊下を歩めばたどり着くのは4階405室。
狼誇の住む部屋であり、鍵を開けて入ればあのオオカミのぬいぐるみのみが華の部屋が出迎える。
「ただいまー!……って、1人だって言うのにね」
親しみなれた習慣か、誰かいるということがないのにも関わらず、帰還を告げる言葉を伝える。
手に持った食品を冷蔵庫に入れ、ドアに備え付けられたポスターから夕刊新聞を手に取ったあと、自身はそのあと部屋へと戻る。
制服を脱ぎハンガーに丁寧に吊り下げ、下着のみのラフな格好へとなり、先程手にした新聞を読み出す。
狼誇はテレビをあまり見ないようだ、代わりに新聞を読み、その日の情報を得ていた。
何とも女子高校生らしからぬ行動であるが、これが元々彼女の日常である。
新聞をサッと流し読み終えたあとは、外に吊るしておいた洗濯物を取り込み、丁寧にたたんではタンスへと直していく。
シワの一つ一つ伸ばして残さない。
それもまた慣れた手つきで早いため、数分後には全ての洗濯物はタンスの中へとしまわれていた。
「さてと……明日何着ていこうかな?」
全てしまった上でもう一度タンスを開き、目の前に広がる様々な私服を見る。
彼女はかなりオシャレ好きらしく、私服一つ一つがそれなりの値段が張りそうなもので、安いものもあるが、それもまたどこか女の子らしい可愛さがあった。
この春の時期、どうコーデするか…顎に手を添えて考える。
それは正しく真剣な表情そのもの。
まるで彼氏と初デートの前日かのごとく、少女の顔は険しい。
視線はフレアスカートとゆったりズボン、そしてワンピースとシャツの間を右往左往。
悩みに悩み、回答は中々出ず。
しかし答えというのはいつか出るもの、明けぬ夜がないように、彼女の選択もようやく硬く決まる。
「よし、これにしよう!」
選ばれたのは紺のロングワンピース。
しかし裾に向かうごとに大きく綺麗な白色の花柄が散りばめられ、レトロな春を想像させる。
ゆったりとしたそれはボディーラインをあまり目立たせないが、それが醸し出す柔らかな雰囲気はどこか女性らしさを連想させ、これを着て動きたのならば風や体の動きでふわりと浮かぶスカートはさぞ可愛らしいものとなるだろう。
しかし黒髪の狼誇に紺だけでは、やや暗い印象が着く。
アウターとして選択したのはやや色彩の薄い茶のライダース。
甘辛コーデと言ったところか、ライダースを選択することでどこか尖った印象、しかしワンピースがそれを抑えて可愛さも付け足す。
調和の取れたよきコーデ、春だけでなくとも行けそうである。
「ふふん、明日が楽しみだなぁ!」
選んだ服を胸に抱いて、狼誇は明日の甘露町巡りを心待ちにするのであった。
それが、自身の全てを変える選択になるとも知らずに……