慟哭に吠える魔天狼   作:しじる

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第3幕 町巡り、夢の現来

 「またあの夢だ……」

 

 飛び起きるように目を覚まし、狼誇は汗だくとなってベットから起き上がる。

 また見たのだ、有り得もしない巨大なナメクジの怪物に襲われる夢を。

 赤い空の夜に碧色の月が浮かび、先の見えないアスファルトの道を走り続け、やがては喰われる直前に目が覚める。

 逃げても捕まり、逃げなくても捕まる。

 そして必ず死ぬ直前にて目が覚める。

 入学式前日に見てから常に見続けるこの夢に、狼誇はうんざりとしていた。

 夢と分かっていても恐ろしく、本能的に逃走しても捕まり、喰われる直前にて目が覚め、それが繰り返される。

 眠ればほぼ確実と言っていいほど見るこの夢。

 ここまで繰り返されれば、予知夢などの何かのメッセージ性を疑いたくもなるが、あのようなナメクジが現代社会に存在するだろうか、いやありえない。

 仮にいたらUMAになっているだろう。

 

 「はぁ…とりあえず夢のことは置いておこう。シャワー浴びよっと」

 

 どうにもならない事は放置して、最早悪夢のせいで日課になりつつあるシャワーを浴びに向かう。

 今日は土曜日、例の甘露町巡りもあってか、体は綺麗にしておきたかった。

 どの道シャワーは浴びることになってたため、そういう意味ではこの寝汗は都合がよかったかもしれない。

 と言っても、待ち合わせの時間があるため、そんなに長くは浴びない。

 サッと汗を流して、シャンプーで髪を洗っただけで終わる。

 それが終わったならば、前日に用意したあの服に着替えて今日の分の洗濯をすまし、冷蔵庫からベーコンとアスパラを取り出して、塩コショウで軽く炒める。

 さらに食パンに挟ませて、簡易サンドイッチを作り上げる。

 それを口に入れ、しっかりと咀嚼しては飲み下し、繰り返すこと数回。

 胃にしっかりとモノが収まったことを確認してから携帯電話開く。

 昨日、眠りにつく前に、今日どこで二人と待ち合わせするか決めていたのだ。

 

『甘露駅前の白狼像の前に9時集合』

 

 要約すればこのような文がメールで送られていた。

 甘露駅は甘露町中央にあり、狼誇の住むマンションからも近い。

 特に駅前に建てられた白狼像は非常に目立ち、よく待ち合わせに使われると聞いたことのあった狼誇は、直ぐにその場所がどこか分かっていた。

 

 「そう言えば、あの白狼像ってなんであるんだろう……2人に聞いてみようかな」

 

 ふと、あれが何故あるのか気になった狼誇はそんなことを言いながら、ロングワンピースに袖を通していくのであった。

 だが、それは2人に聞けば解決するかもしれない問題。

 直ぐに思考から消えてなくなり、着替え終わるのに合わせて洗濯機が洗濯完了の旨を告げるコール音を立てる。

 洗濯機へと向かい、中から洗濯物を取り出してシワなく干せば、今日の分の必要仕事は終わったも同然。

 時間を確認するため時計を見る、7時50分。

 1時間近く余裕があり、それを知って狼誇はどうしようかと思う。

 流石にゆっくり歩いていっても間に合う、しかしやることを全てやってしまった狼誇には多すぎる空き時間。

 少し悩んでしまったが、しかし狼誇は暫くしてこの悩みを放棄した。

 もしかしたら早めに2人が来るかもしれないと考えて、さっさと行ってしまおうと。

 遅刻するよりは万倍マシと自身に言い聞かせ、狼誇は早速玄関に向かい、掛けていた白いトートバッグを手に持った。

 そうしてドアノブに手をかけ捻り、開いてさあ行こうと言う時。

 誰もいないその空間に、何となく狼誇は声を出す。

 

 「…行ってきます!」

 

 それは慣れ親しんだ習慣がもたらすものか、はたまた本当に何となくなのか、それは狼誇本人しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甘露駅は甘露町の玄関のような場所で、観光客の大半がここから甘露町を巡るという。

 看板で大きく【甘露駅】と記載され、様々な観光ポスターが辺りに張り巡らされ、その中で目を引く2つの物。

 1つは駅のすぐ側にあるいくつかの自転車。

 若干小型で、折りたためるようになってる。

 複数あるそれは、よく見ると100円玉なら入るような穴が1つ、鍵穴のそばにある。

 そう、これはいわゆるレンタル自転車。

 電車出来た人達に、甘露町をじっくり回ってほしいという思いから、町長が導入したとの話である。

 もう1つが待ち合わせ場所の白狼像である。

 確かにこれは目立つ、そう思わせるほど大きく、台を含めればおよそ6メートル程か。

 精巧に作られた石の像のようで、年月がそれなりにあるのだろうか、ところどころ風雨によって削られているようにも見える。

 だがそれでも、初めて見るものは誰もが足を止めるだろう、そのまるで生きているかのように思える精巧な石像は。

 狼誇もこの町に来たばかりの時、目を奪われ立ち止まっていたことを思い出した。

 

 「やっぱり、凄いなあこの石像…毛並みまで完璧に作ってるし」

 

 天に吠えるように頭を上げて、その口をかっぽりと開く。

 それはまるで、勝利の雄叫びのようにも見え、また悲しみの慟哭を上げているようにも見えた。

 そうして石像を見ている間に時間はかなり経っていたようで、2人の声が狼誇の耳に届く時にはもう1時間近く経っていた。

 

 「狼誇ー、お待たせ!!」

 

 「神久さん早いよー」

 

 雛と日向の声が狼誇に届く。

 雛は相変わらず楽しそうに笑いながら、日向の方も笑ってはいるが、流石に狼誇の早期到着に苦笑いを隠せない。

 そんな2人を見て時計を再確認する狼誇。

 45分、15分前であった。

 なるほどこれでは早いと言われても仕方ない。

 2人に対して、狼誇もまた小さく笑いながら返答する。

 

 「ごめんごめん、家でやること、案外早く終わってね」

 

 「やること………宿題とか?」

 

 日向が疑問に持ち、狼誇の答えに割り込む。

 拒否するような問でもない、むしろ答えない方が不信になる疑問。

 だからこそ狼誇は特に抵抗なく答えた。

 

 「それもそうだけど、洗濯とか朝ごはんの準備とか、服選びとか」

 

 「うへーやっぱり一人暮らし大変だね…親のありがたみがわかるよ」

 

 雛が混ざって答える。

 事実1人で料理洗濯掃除をしつつ、勉学も怠ってはならないのは、かなり厳しいことだろう。

 それを聞いて狼誇の顔が引き攣り苦笑い、「あははは」と乾いた笑いを零しつつ、返答した。

 

 「もっと家事手伝えばよかったなとか思ってたり」

 

 頷く二人、雛は「今度から手伝おう」といい、日向は「ありがとうの手紙でも書こうかな」と呟いていた。

 そうしてそんな雑談に一区切り付き、さあどこへ行くという話になる。

 

 「あ、行く前に一つ聞いてもいいかな?」

 

 狼誇がそこで切り出す。

 無論質問内容は、あの白狼の石像のことであった。

 あの誰もを惹きつける、生きてるかのような白狼の石像。

 この町に住む2人なら知ってるかもと、狼誇は聞き出した。

 その狼誇の問に、2人は納得の表情で答えだした。

 

 「【魔天狼像】の事か、確かに不思議な魅力があるよね」

 

 そう切り出したのは日向。

 続いて雛が狼誇へと、この石像のお話を語りだした。

 

 

 甘露町がその名で呼ばれるよりはるか昔、この辺りには人の村があったが、その村を襲う怪物がいた。

 怪物たちは獸魔(じゅうま)と呼ばれ、夜な夜な人を襲っては喰い殺していた。

 獸魔たちは人を喰らえば喰らう程に力を増し、最初は村人達でも何とかなっていたが、やがて太刀打ちできないほど強大な力を手に入れていった。

 特に月が碧に染まり、夜空が赤になる日には獸魔たちは活発に動き、何人もの女子供が喰われてしまったという。

 しかしある日、その獸魔達から裏切り者が現れた。

 名を【魔天狼】と言い、人を喰らう獸魔の身でありながら、人を守るために戦い、多くの獸魔から人々を守ったという。

 何故【魔天狼】が獸魔を裏切ったのかは謎であるが、【魔天狼】のおかげで命が助かってたため、誰もそれを聞くものはいなかったという。

 しかし最後には、人を喰らわなかったことから生まれる飢餓によって、【魔天狼】はその命を落としてしまう。

 人々は【魔天狼】の死体を丁重に弔い、その墓の上にこの石像を建てたという。

 以降獸魔たちは村に近づくことが無くなり、村は平穏な日々を手に入れたという。

 

 

 「という御伽話あるんだー」

 

 雛がそこまで言って、どやぁと言った顔を見せる。

 それを見て苦笑する日向、補足するように言葉を重ねる。

 

 「まあ本当に御伽話だと思うけどね、怪物なんているわけないよ。石像だっていつから建ってるか誰もわからないし」

 

 そういった後、二人揃って笑い出す。

 狼誇も表面上は同じように笑い出す、しかし内心はそれどころでなかった。

 表情には出さないが、嫌な汗が背中を伝う。

 体温が下がっていく感覚が分かる。

 なぜなら、自身の悪夢の内容に酷似していたからだ。

 碧色の月に、赤く染った空、地を高速で這う黒いナメクジの怪物。

 そして人を食う、とても偶然にしては出来すぎた夢。

 しかし偶然と思い込む他ない、日向の話したように、現代社会にあんな怪物が存在するわけないのだから。

 

 「あ、ありがとう二人とも!私の疑問も晴れたし、行こうよ!」

 

 自身の心に蔓延る気持ち悪い感覚を払拭するためにも、狼誇は2人を急かす。

 さっきまで神秘的に見えていた魔天狼像が、今は何故か不気味に見えたからか。

 狼誇にそう言われて、それもそうかと頷く2人。

 それじゃあと雛が言い出し、甘露町巡りを開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に狼誇達が訪れたのは、甘露町の海側。

 憩いの場とも知られる大澤研究所前大公園、別名【コンクリートジャングル】。

 ここには多くのアスレチックが備え付けられており、連なるコンクリートの塔や、枝のように連なる鉄パイプがジャングルを連想させるため、そんな名前が付けられた。

 当然アスレチックが多いとはいえ、ご年配の方が休めるようなベンチも多く、公園中央の噴水周辺には花々が綺麗に咲き誇り、コンクリートジャングルの名前からは想像出来ないほど緑豊かである。

 そんな公園に、狼誇は雛と日向の解説を受けながら訪れていた。

 

 「…ということで、ここはコンクリートジャングルって呼ばれてるんだよ」

 

 「んー、ここ来るの久しぶりー!小学校以来だっけ?」

 

 日向が狼誇に説明して、雛は懐かしがる。

 1人懐かしがる雛を見て、日向は苦笑をこぼすが狼誇はあまり気にしていない。

 むしろこのコンクリートジャングルに見とれていた。

 連なる石柱と鉄菅の森にただただ圧倒され、わぁーと感嘆の声を上げるのみであった。

 そんな狼誇に最初に声をかけたのは、懐かしがっていた雛であった。

 

 「あ、そうそうそう言えば、この公園の前にある大澤研究所のこと説明する?」

 

 「うん、研究所って名前からして、なんかすごそうな気がするけど」

 

 研究所のことを聞きたいと狼誇は返答し、それを聞いて雛もまた日向と共に研究所の説明をし始める。

 

【大澤研究所】遺伝子工学に力を入れている研究所で、数多くの科学賞を入手した研究所でもある。

 ここ甘露町を本拠地にしており、普段は海洋生物の遺伝子実験などをしているとのこと。

 マグロやカツオなどのゲノム解析は、主にこの研究所の功績でもあるらしい。

 

 その説明を聞いて、そう言えば聞いたことがあるようなと狼誇がこぼす。

 新聞をよく読むからこそ知っていたのかもしれない。

 

 「まあテレビのドキュメント番組でもよくやる時あるしね」

 

 日向が微笑みながら答え、改めて公園の前に見える研究所を見つめる。

 四角く白い、豆腐と言われたら納得のいくモノがいくつか繋がっている建築物。

 だがただ殺風景というわけでもなく、周辺には木々や花畑が植え込まれ、しっかりと清潔感と華やかさも演出してる。

 また、入口と思われし門前には大理石で出来た看板のようなものがあり、そこになにかの文字が刻まれているのが分かるが、狼誇はそれがなんなのか分からなかった。

 遠すぎて、その文字が読めないのだ。

 近づけば別だろうが、そもそもこの研究所の紹介は公園紹介のついで、そこまで見たいとは思わなかった。

 

 「それじゃあ次行く?」

 

 雛が流石にここで話すことは無くなったのか、そう切り出す。

 インドア派というのもあるだろうが、さすがにこの年で幼年と一緒にアスレチックで遊ぶのには抵抗があるのだろう。

 日向も苦笑いしながらそれにいいよと答え、狼誇も特に反対する必要がないため、次の場所へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして町の歩きで行けるところを大方巡り、あっという間に日が傾き、空は茜に染っていた。

 3人がその事に気付いたのは、町の街灯が点灯し始めた時だった。

 時刻午後5時半(17:30)、腕時計でそれを確認したのは日向だった。

 顔を上げて、2人へと現時刻を伝える。

 

 「5時半だよ、あっという間だったね」

 

 「もう!?早いなぁ…まだ紹介してないとこあるのに」

 

 雛が少し残念そうに笑みを浮かべ、頭の後ろを掻く。

 日向もまた、直ぐに去っていった時間を残念と呟いた。

 そんな2人に、狼誇は大丈夫だよと笑顔で伝える。

 その顔に偽りはない、慰めでないのは見てわかる。

 

 「また今度教えてよ、まだまだ学校だって始まったばかりだし、時間は沢山あるよ!」

 

 両腕を大きく広げ、沢山あるというのを表現するように弧を描く。

 月蘭学園は3年性のため、あと3年もあるのだからという意味だろう。

 それを見て2人は笑う。

 雛は歯を見せて、日向は口角をゆっくりと上げて。

 それぞれ違う笑い方、だが込められた思いは同じであった。

 

 「それもそうだね、それじゃあ来週にする?日曜僕は用事があって…」

 

 「あたしもー、ママの手伝いしなきゃ」

 

 日向、雛、2人ともそれぞれの理由で明日は不都合と伝え、その上で町巡りの続きを来週の土曜日にしないかと提案する。

 狼誇は、その提案を飲んだ。

 一人暮らしの彼女には、そこまでの不都合などなかったからだ。

 その確認が済んだのなら、3人が行うことなど分かりきったこと。

 時間も時間、帰宅であった。

 

 「それじゃあ、あたしと日向はこっちだから!」

 

 「神久さん、夜道に気をつけてね」

 

 2人は手を振り、狼誇とは反対の道を歩き出す、それを狼誇は手を振り声に出して見送った。

 

 「うん、また月曜日にねー!」

 

 2人の背中が見えなくなるまで送ったあと、ようやく狼誇動き出す。

 楽しいひと時は終わった、この後帰宅して洗濯物を取り込み、夕食を作り、残った時間を勉学に当て、就寝。

 娯楽は日曜日にしたいため、土曜日の今日に全ての宿題を終わらすつもりであった。

 

 「っと、忘れてた!その前に昨日買い忘れたキッチンペーパー!」

 

 気付き実行する速度の早いこと、狼誇はロングワンピースの裾を軽く掴み、足早に走り出すのであった。

 その速さ流石アウトドア派と言ったところか、平均的な女子高校1年生より多少早く、求めるものがキッチンペーパーということを除けば、まるで舞踏会から走り去るシンデレラのようであったのは余談である。

 そうして、急いでスーパーマーケットに駆け込み、目当てのキッチンペーパーを探している間に、時刻は午後6時となり、日の沈むのがまだ早い春先、黄金に輝く太陽は地球に隠されて夜が始まる。

 そう、長い長い…夜が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッチンペーパーを買い、スーパーマーケットから出た時、狼誇は奇妙な違和感を覚える。

 それはまるで、自分がさっきまでいた所から、ズレてしまったかのような、そんな違和感。

 だが周囲を見渡しても、何も変わってなどいない。

 夜であるのに人はタイムセールを求めて殺到してるし、帰宅するため車も何台か排気ガスを撒き散らしながら、大通りを走り抜けている。

 おかしいなと呟きながら、歩みを再開する。

 時刻を携帯で改めて見直しても、やはりデジタル時計は午後6時過ぎを示す。

 

 「洗濯物、湿気っちゃってるかな」

 

 まさかここまで時間が過ぎると考えていなかった、出発前の自分を呪う。

 手に持ったトートバッグとキッチンペーパーが、ロングワンピースとの混沌とした空気を醸し出す。

 しかし遊びが終わり、主婦モードへと切り替わった彼女にとっては今はさしたる問題ではなかった。

 オシャレ好きでも、自身の生活には変えられない。

 それはそれ、これはこれ。

 そう言い聞かせて、大通りを歩く。

 この大通りを直進すれば、自身の住むマンションに到着する。

 今日だけでない、入学式前から続けてきた新しい習慣の赴くまま、彼女は帰宅していた…

 そんな時、また違和感が走る。

 それは先程のとは違う、世界から、何かがなくなったような…大きな大きな違和感。

 

 「…え?」

 

 流石にこれは気のせいではないと思った狼誇は辺りを見回す。

 するとどういうことだろうか…なんと先程まで色とりどりの服装や肌の色をしていた人々が、様々な絵の具を混ぜに混ぜ込んで生まれたような、汚い灰色一色になっていた。

 大通りを走る車も同じく汚れた灰に染まり、さらに大きな違いは音が消えている(・・・・・・・)ことだった。

 無音、人の雑踏も、車の走行音も消えて、自身の歩く音しか聞えない。

 これだけでも恐怖心を与えるのには十分すぎるが、それ以上に狼誇に恐怖を与えるものがあった。

 それは【空】だった。

 赤いのだ、さらに今夜は新月であるはずなのに、空には月が浮かんでいる、そしてその色は碧。

 悪夢のあの光景がフラッシュバックする。

 ならば次に起こることは想像に容易くなかった。

 

 「嘘…嘘だよね……これって…夢の…だよね?」

 

 ゴポゴポと、何かが泡立つような音が響いていた。

 夢だと自身に言い聞かせて、ゆっくりと後ろを振り向いてみる。

 その音の正体は、先程まで自身がいたスーパーマーケットの屋上から。

 そこから黒い何かが垂れ落ちていて、地面に落ちた物はゆっくりと形をなしていく。

 それを確認したのなら狼誇は有無を言わさずに走り出した。

 悲鳴をあげる時間などないと、次に何が起こるなんて想像に容易い。

 もし夢のとおりならば、あの黒いもののが何になるかなど。

 息を切らして大通りを駆け抜ける、後ろを再び振り返ることなどない。

 振り返る余裕などなく、少しでも立ち止まれば死ぬ。

 直前的に感じ取り、ただひたすらに走る。

 しかしそれを嘲笑うかのごとく、後ろから猛烈な爆音が響き、段々近づいてきた。

 それは夢で聞き慣れたあの音、ゾルゾルと這うような音。

 音の主がなんなのかわかっている以上、狼誇の顔から血の気が一気に引く。

 

 「いや……いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

 絶叫が、音のなくなった町に響き渡る。

 恐怖に叫びながらも走ることは止めない、死にたくないと足掻き、ひた走る。

 しかし、夢と結果が変わることは無かった。

 夢の時と同じように触手が伸びて、狼誇の足を絡めとる。

 違うところといえば、彼女はそれで地面に叩きつけられることはなく、代わりに一気に体を持ち上げられる。

 逆さ吊りにされ、ロングワンピースが彼女の視界を塞ぎ、逆に可愛らしい水玉パンツが丸見えとなるが、命の危機に恥など考えていられない。

 垂れてきたワンピースを跳ね除け、自身の足にがっちりと絡みついた、粘つく触手を必死に引き剥がそうと、蹴りに殴る。

 しかし触手はビクともしない、殴った手、そして蹴った足にヌメついた気色悪い感覚が残るだけだ。

 

 「離して、離してぇ!!」

 

 狼誇の悲痛の叫びなど聞こえはしない、周りを見渡しても、灰色となった人々はナメクジにも、そして狼誇さえも認識できていない。

 そうでなければパニックになるのだが、それでもこの事態がいかに異常かは狼誇でなくともわかるだろう。

 助けを呼んでも誰も反応しない、代わりにナメクジはゆっくりと口を開けて、夢で見たのと同じ見た目の口内を晒す。

 嫌だ、嫌だと狼誇の生存本能が叫ぶ。

 しかし現実は無情で、狼誇はただ為す術もなく、その悍ましいナメクジの口の中へと飲み下された…

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