アイドルマスターの世界で、信仰対象としてアイドルを   作:だんご

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なんとなく、こんなアイドルがいてもいいと思いました。



アイドルマスターの世界で、信仰対象としてアイドルを

 アイドルマスターの世界に転生した。

 

 いや、正しくいうと気がついたら『私』は「私」になっていたのだ。

 『』という存在はこの世界から消えてしまい、今では「」という一人の人間が存在している。

 そして「」という人間が存在していた世界は、かつて『』という人間が存在していた世界ではなかった。

 

 違う世界に私は生まれ、違う世界に私は生きている。つまりそういうことである。

 

 その違う世界は私が知っている世界であった。

 アイドルという存在が、我々の知る以上の存在となっている世界であった。

 

 踊り、歌い、演じ、笑う。それは社会を動かし、人々を熱狂の渦へと叩き込む。国、年齢、身分、精神性に関係なく人々を魅了するアイドルの存在と、それを応援する人々の姿は決して前世で見られるものではなかった。

 

 実は、私も今生ではいわゆるアイドルになっている。

 ただそれは「アイドルマスター」らしいアイドルではなく───

 

 「佐藤様。お言葉を、我々にお言葉を!!」

 

 「あああああ、佐藤様!佐藤様!佐藤様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 どちらかといえば、崇拝の対象のアイドルである。

 

 扉の先には大勢の人が待ち受けているのだろう。多くの人の気配を感じ、さらには異常な程に本能をむき出しにした声が耳に飛び込んでくる。

 

 「佐藤様、信徒の方々がお待ちです。どうぞ」

 

 そう言って横に連れ添っている男性は、私の父親である。もう一度言おう、私の父親である。父親なのに私を「様付け」しているのだ。

 

 加えて言うのであれば、後ろで秘書のように静かに佇み、私を拝むような特別な視線を向けているのは母である。母親なのに向けるのは子を見る慈愛の瞳ではないのだ。崇拝や、畏敬の念なのである。

 

 私が生まれて成長した家は、一般の家庭であった。

 

 しかし、ある時に両親が何をトチ狂ったのか新興宗教団体にハマりこんだ。

 そこの教祖はエセ超能力者であり、変態であった。多くの女性が彼の被害にあっていたのだが、その教祖の命令により両親より私が提供されたのである。

 

 ここまでであれば、私はただの哀れな被害者で終わった話だ。

 

 しかし悲しいかな、私は「普通」ではなかったのだ。私はこの世界で生まれたときから、謎の存在に目をつけられて遊び道具となっていたのである。それも愛され系のだ。

 

 近寄ってきた教祖は私のせいで発狂した。

 

 私が『彼ら』と繋がり、『彼ら』と会話することが可能であり、『彼ら』から力を授けられていたが故の悲劇であった。それを聞きつけた信者が部屋に飛び込んだ際、私は私の異常を見咎められ、恐怖され、そして畏敬の念と崇拝を受けたのだ。

 

 そしていつの間にか私がその教祖の位置を乗っ取ってしまったのである。笑ってくれ、私は笑うしかなかった。

 

 両親は教祖に代わる形で私を信仰の対象においた。それは他の信者たちも同様であった。

 エセ教祖の奇跡もどきではない、本当の神と恐るべき奇跡を目撃した彼らは、自然と私を崇め始めたのだ。最初からこの教団が、私のための教団であったように。

 

 ちなみに教祖はどこかに消えた。私は知らないぞ。いや、本当に知らないのだ。ただ教団の幹部が言うには「愚か者に相応しい終わりを迎えた」とのことだ。

 

 察しが良かった私は僅か六歳にしてこの失踪事件の中心的な人物になってしまった事に気づいてしまう。人生ハードモード確定の瞬間であった。

 

 扉の向こうで音楽が始まる。

 

 信者達の熱狂がピークに達した。ミュージックは近代のアイドル達が声を乗せるものと変わりがない。このミュージックに私が声を重ねたその時、本当の意味での奇跡が始まるのである。

 

 両親の顔はもう蕩けそうになっている。人が浮かべていい表情ではなかった。この世に存在するありとあらゆる快楽は、所詮は肉体と精神を刺激するものに過ぎない。

 

 私の歌の指導は外なる神である『トルネンブラ』、踊りは『アザトース』の踊り子達により教えてもらったもの。

 それは魂を直接鷲掴みにしてしまう混沌の調べ、輪廻の輪から逃れられない支配の調べ。

 

 ようは普通の人間が聞いたら、人生が終わるほどに酷い快楽を感じてしまう。どんな麻薬よりも依存性が高く、抜け出せない悪魔の歌なのだ。

 

 私はやけくそになりながら扉を蹴り破り、頭を下げて迎える幹部達を無視してステージに上る。

 私の姿を見た信者達は、皆一様に目をぐるぐると回し、声を張り上げ、人としての理性を振り捨てて私の名を読んだ。

 

 「ああ、佐藤様!佐藤様!」

 

 「我々の救世主!外なる神々の使徒様ァァァ!」

 

 「私達に救いを、知恵を、宇宙に坐す御方たちの御教をォォォォォ!」

 

 ドン引きよね。

 

 高校生の小娘に熱狂する大人共を見ながら、から笑いが溢れる。

 

 うちの教団は私の命令で宗旨変えはいつでもオッケー、むしろいつでも辞めろというスタンスなのに増えていく一方だ。最初は小さなライブハウスだったのに、今では一端の会場を借りるに至っている。もうわけわかんねぇ。

 

 誰も彼もが狂気に狂う中で、ふと奥の物陰に隠れるようにして此方を見ている誰かの姿を見つけた。女性だった。

 

 その人は他の信者と同様にローブを纏ってはおらず、顔にも理性が見て取れる。手には禁止されたカメラをもっており、明らかに部外者だと見てわかった。

 

 周りがおかしいから、その姿はステージ上の私から見てとても目立ってしまう。ここは私の教団の信者達しか参加できないはずなのだが。

 

 思わず「あっ」と呟いて視線をそこに合わせたその瞬間。───それまで熱狂して叫んでいた聴衆が私の視線の先を、全く同時に振り向いた。

 

 

 

 やべぇ、ちゃんと知らんぷりしとければよかった。

 

 

 

信者達が逃げようとしていた女性に雪崩のように襲いかかる。あっという間に女性は地面に縫い付けられてしまった。

 

 女性は藻掻くも四肢を抑えられて抜け出すことはできず、悔しげにステージの上の私を睨んだ。顔には恐怖。これから訪れるだろう、予想した恐ろしい未来に耐えているのだろう。

 

 

 

 いやいや、そんなことしないから!おい、お前ら離れろ!何やってんの!?ただでさえ私達、怪しいカルト教団扱いされてるんだからさ!?

 

 

 

 私がそう叫ぶと、無表情な信者達が彼女から離れていく。

 

 それは女性を中心に形成された、大きな円となっていった。いつのまにかスポットライトがその女性を照らしている。困惑、恐怖、怒り、不安、言葉にできない感情の波に混乱しきった女性の姿に、私は大きくため息を吐いた。

 

 「ほら、そんな状態じゃ彼女も帰れないじゃないですか」

 

 「……佐藤様、しかし彼女は我々の儀式を邪魔した愚か者です。恐らくどこからか漏れた情報を聞きつけたマスコミの一人に違いありません。ましてや佐藤様のお慈悲に縋ろうなどッ!」

 

 いつの間にか女性の財布を手に取り、そこから名刺を取り出して掲げる一人の信者。そこには顔写真と所属が書かれており、彼女の仕事がなんなのかひと目で分かってしまった。

 

 途端に周囲の信者達の顔が無表情から怒りに染まった。それぞれが怒りと慟哭の声を上げ、じりじりと女性を囲んだ円を縮めていく。

 

 女性記者さん涙目。めっちゃ震えており、足を伝って何か液体がこぼれ落ちていく。足元には水たまりができてしまった。

 

 これには同じ女性である私も大激怒。一喝して信者達をその場に留めた。セクハラ・パワハラダメ絶対。

 

 「別に私は大したものじゃないからいいんですよ。参加したいなら参加すればいいし、帰りたいなら帰れば良いのです。ほら、お帰りになるならいいですよ。むしろ、さっさと帰ったほうがいいですって。」

 

 百パーセント善意から生れた言葉だった。しかし悲しいかな。尊厳を放出した彼女は、意地を感じてしまったのだろう。ここに残って、最後まで私のライブを見てやると叫んだ。信者さん達は満面の笑みであった。私は空を仰いでこの世を呪った。もう彼女にはなんの言葉も届かないのだろう。

 

 いつのまにか止まっていた音楽も再開された。もうやけくそになって私は歌い始めた。人生はこんなはずじゃなかったということばかりだこんちくしょう。

 

 その日の夜、新たに女性の信者が増えた。女性記者の信者が一人、増えてしまったのである。

 

 これは私が自分の境遇に負けず、なりたくもないアイドルを頑張りながら、本当のアイドルと出会ってしまう物語だ。

 




某艦これで詰まってしまったので、ふと思いついた息抜きです。


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