「悪いわね。無理言って」
摩耶や足柄の荷物検査は思いの外早く終わり、無事ビスマルクに引き渡すことが出来た。
「ホントよ。グラーフから今日って言われた時にはどうなるかと思ったわ」
今日が土曜日でよかった。私はこのまま鈴谷を送り、家に帰って寝ることが出来る。
「ごめんなさい……グラーフには無茶しなくていいと言ったのだけど、大丈夫だ。任せろの一点張りで」
「事実大丈夫だったじゃないか」
どうしてあなたが自信満々に答えるのよ……
もうどうだっていいわ。仕事は終わったのだから。
「ビスマルク……よね? 少し話いいかしら?」
あたりを見回し、何かを探している捜査局の面々。そのうちの一人、足柄がビスマルクに自身の身分を明かす手帳を見せ声をかけた。
「えぇ。構わないわ。何かしら?」
ビスマルクは素敵な笑顔で答える。
「あなた、日本に銃火器を持ち込んだりしてないわよね?」
「いえ、持ち込んでるわよ。ほら」
ビスマルクはあっけからんと答えると、まわりにいた黒いスーツを着た外人に何か指示をした。外人さん達は頷くと、上着から拳銃を取り出してみせた。
「USP……フルサイズのものね」
「それだけじゃないわ。船内警備の人間にはMP5を持たせているわ。それが何か問題?」
呆れた。足柄は捜査官。それがわからないビスマルクではあるまい。
足柄も呆れたようにため息をつくと、腰に手を当て何も知らない子供に叱るように口を開いた。
「いい? この国はそういう危ないの持ち込むのも、堂々と見せびらかすのも駄目なの。それにあなたは元艦娘でしょ? もしそういうのを持ち込みたいのなら私達特捜に申請を……」
「申請なら大分前にしたわよ? まぁ、許諾が降りたのが入港直前で焦ったけど」
「あら……そうなの? あとで確認してみるわ」
「送られてきたPDFなら今見せられるわ……ほら」
ビスマルクはそう言うと携帯を取り出し、足柄に画面を見せた。
「ノワキが承認してくれたのよ」
「……ならいいわ」
足柄は何かを思い出したようなバツの悪そうな顔をした。
概ね、溜め込んだ書類仕事に首が回らなくなって、野分に泣きついたんでしょうね。それで、野分が何をやったか確認する時間すらない程溜め込んでいた。
「……何?」
「いえ、別に」
ジッと見ていた私に気がついた足柄は見ないでと言わんばかりだ。
大丈夫よ。私も経験あるわ。野分側だけどね。
「それで、聞きたいのはそれだけ?」
「単刀直入に聞くわ。銃を密輸しようとしている艦娘知らない?」
「知らないし、そんな子いないわ」
私もビスマルクの意見に賛同するわ。けど、知らないうちに巻き込まれている子はいるでしょうね。
「それもそうよね……悪かったわ」
「気にしてないわ。あなたも仕事頑張りなさい。今度はもっと早く承認して欲しいわ」
バレてる。足柄は申し訳なそうに会釈をして野分の方に歩いていく。
しかし、今度は鈴谷を連れた青葉がやってきた。
「どもども! 今度はお二人のお話を聞かせてください!」
もう早く帰りたいのだけど。あぁ。ダメね。鈴谷はやる気満々。
「グラーフ……車の鍵貸して頂戴。しばらく寝るわ」
「私もそうさせてもらおう……」
グラーフも限界が近い。よく見ると半分目が閉じている。
「鈴谷! 私達は車で寝てるから終わったら言いなさい!」
「叢雲さんとグラーフさんは一緒に寝るほど仲がいい……っと」
「うちの秘書と広報部長なんだよ」
「なるほど……」
「鈴谷。もし青葉が変なこと記事にしたら私やめるからね」
「ちょッ! 叢雲! 大人気ないよッ!」
私は鈴谷を無視し、グラーフが運転してきたワンボックスの後ろのドアを開けた。
荷物が満載されていたそこに今は何もない。フルフラットになった空間に横になると、グラーフも同じように横になった。私は転がってグラーフのスペースを作ってやる。
「これぐらいで大丈夫かしら?」
グラーフは横になったまま何も言わない。
返事ぐらいしなさいよ。というか、ドアを閉めなさい。
そう文句を言おうと思っていると、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「もう寝てる……」
私は起こしたくない体を起こし、グラーフを起こさないようにドアを閉めた。
ーーーー
ビスマルクから話を聞き終えた私はしばらく積み込みを監視していた。多くの業者が出入りし、荷物を積み込んでいく。この中に危ないものが混じっていてもわからないわね。
同じような光景に飽きた私は野分の横に立った。
「何か不審な様子は?」
「これと言って特には。さすがビスマルクさんですよ。有名なお店の料理人やら、食材やら次々に運び込まれてます。いったいどれだけの規模でやる気なんでしょうね」
「もともとビスマルクはドイツ経済界重鎮のご令嬢。そんなご令嬢が艦娘になって世界平和に貢献した。いまや彼女は世界から注目される女性の一人よ」
「戦争に参加して大戦果をあげた艦娘とドイツ経済界に強い繋がりがある。それだけで交友関係を持ちたいと思う人も多いということですか」
「そういうことよ。それに叢雲。あれは相当のやり手ね。鈴谷にどれだけの才能があったにしろ、ブランドを成長させたのは叢雲の力あってのことね」
「少しだけ叢雲さんのことを調べました。どうぞ」
のわっちはそう言うと持っていたタブレットを私に渡した。
画面には叢雲の経歴が書かれている。
「艦娘時代は秘書艦。退役後は鈴谷ブランドの秘書。艦娘時代のコネを使って那珂やビスマルクに商品提供。つまりあの二人に広告塔になってもらったと」
「那珂さんと叢雲さんは艦娘時代の先輩後輩にあたります。野分の知らない那珂さんを叢雲さんは知っています。二人の関係はより強力だと思うべきでしょう」
なんとなく、のわっちの言い方にトゲがある。
よく見るとムスッとしているような、そんな気さえしてくる。
「もしかして妬いてるの?」
「……少し羨ましいだけです」
のわっちはそれ以上何も言わなかった。そしてもう一人、叢雲と関係がある人物がいる。
私はタブレットをのわっちに返し、もう一人の後輩に歩み寄った。
「サボってないでちゃんと見張れよ。アタシなんてもう十人には声かけたぜ」
私が近寄ると、摩耶は自慢げに言い放った。
別に人数が多ければすごいわけではないのだけど。
「ちゃんと仕事してるわよ。私なんてビスマルクに声かけんだから」
「世間話でもしたのか?」
「そんなところね。摩耶。あんた叢雲の後輩でしょ? どういう人だったのよ?」
私がそう言うと、摩耶は私のことを睨んだ。
「まさか、叢雲さんを疑っているのか?」
「さっきのわっちに叢雲に関する資料を見せてもらってね。彼女、相当やり手じゃない」
私がそう言うと、摩耶は私の胸ぐらを掴んできた。その反抗的な態度に私も摩耶を睨む。
「叢雲さんはそんな人じゃない。あの人はどんな時だってアタシや鈴谷、神通さん、仲間の為に頑張ってきた人だ。それに神通さんが尊敬している人だ。そんなこと、絶対にするわけがない」
「神通? あの海軍の問題児の?」
「問題児……?」
摩耶はキョトンとした顔で私を見た。手を離すと、私に説明を求めた。
「私も時々監査で彼女の訓練風景を見ることがあるけど……若い海軍兵士が泣きながら訓練しているのを神通は嬉しそうに見てるわよ。それに訓練終わり、なんて言うか知ってる?」
「あなた達が出来なかった分は私がやっておきます。あなた達はゆっくり休みなさい」
摩耶は凄く嬉しそうな笑顔を作り、嬉しそうにそう言ってみせた。
それが神通の真似だということはすぐにわかった。
「なに。知ってたの」
「知ってたのも何も、アタシも神通さんの教育を受けてるんだぜ? 神通さん基準の少しキツメの内容+神通さんのやりたい内容を訓練兵にやらせて、出来なかった分を神通さんが引き受ける。だから訓練兵は頑張らないと、どんどん神通さんが強くなるからついていけなくなる」
「あれ、そういう意味だったの?」
「そうだぜ? あの人、自分が強くなりたいだけだから。教官なんてやってるのも自分の訓練の時間が取れるからなんだよ。訓練時間中、平然とした顔でアタシ達が出来ないことをやってみせて、どうしてこれぐらいのことも出来ないのって叱られるんだ。そこで終わればいい方で、その日の最低基準すら達成出来ないと、今度は特別訓練、神通さんとトレーニングが待ってる。肉体面だけじゃなくて精神面も追い詰められるんだ。生半可な気持ちで訓練してるから出来ないんだ。今日までの訓練をキチンとこなしていれば出来るはずだってね。神通さん基準で話をされても困るぜ、なんて言った日にはそれはそれは地獄の日々の始まりだぜ」
「あんた、随分詳しいわね」
「昔、反抗して半年以上神通さんと朝から晩まで一緒だったからな」
「あなたよくそれで嫌いにならなかったわね……」
「ちゃんと最後まで面倒みてくれたからな。話は逸れたけど、そんな神通さんが尊敬する叢雲さんが銃の密輸に関わるわけがない」
摩耶はそう言うとのわっちと同じようにブスッとした顔をする。
けど、わかったことがある。叢雲には軍とも強い繋がりがある。
「疑いたくはないけど……やろうと思えば出来る環境にいるのよね」
「てめぇ……まだ……」
「私は海軍特別犯罪捜査局の捜査官。仲間を疑うのも仕事の一つなの」
私はそう言い、再び叢雲に話を聞くことにした。
叢雲とグラーフが乗り込んだ車に近づくと、ダンボールが積み上がった台車を押す鈴谷が見えた。そういえば叢雲だけが犯行を行えるわけじゃない。この鈴谷にもやろうと思えば出来ることだ。
「おっ? 足柄さんじゃん。暇ならちょっち手伝ってくれる?」
前言撤回。この子はそこまで出来る子じゃない。
「いいけど。何させようっていうの?」
「この上のダンボール運んどいてくれる? 鈴谷は戻って残り取ってくるから」
「わかったわ」
これなら警戒されずに接近できる。私が台車の取っ手を掴むと、鈴谷は難しい顔をして私を見た。
「鈴谷、足柄さんみたいに力無いんだけど」
「……あなた、私にダンボールだけ持っていけと言うんじゃないでしょうね?」
「足柄さんならヨユーっしょ!」
屈託のないいい笑顔を私に向ける。
あぁッ! もう仕方ないわね!
私はダンボールだけを持ち上げると、鈴谷は軽くなった台車を反転させた。
「じゃあよろしく〜」
重いわね……いったい何が入っているっていうのよ!
両手で抱え、前が見えない私は横向きに歩きながらワンボックスに近づき、車の近くにダンボールを降ろす。
「あんた……何やってるの?」
窓からヒョコッと顔を出している叢雲が私のことを不思議そうに見ていた。
「あなたの上司に運ぶように頼まれたのよ」
「あら……それは悪かったわね」
叢雲は顔を引っ込めるとドアを開けて外に出てきた。
大きく伸びをする。艦娘の制服とは違い、落ち着いた服を着る彼女は標準的な駆逐艦よりも少しだけ大人びた印象を受ける。
「もう三時間も経ってるじゃない。よく寝たと思うはずだわ」
「ワーカーホリックみたいなことを言うわね。少し働きすぎなんじゃない?」
「出来ない元重巡の上司を持つと、出来る元駆逐艦は大変なのよ」
「うちには仕事を押し付ける元航空戦艦殿がいるの」
叢雲の嫌味をサラリと受け流して見せると、叢雲は肩をコキッと鳴らした。
「面倒ついでに頼まれて頂戴。飲み物買ってきて」
「あなた……捜査局をなんだと思ってるのよ……」
「健全な艦娘の為に頑張る機関」
健全な艦娘ねぇ。
「話が終わったら買ってきてあげるわ」
「嫌よ。私は今何か飲みたいの」
「ワガママな子ね……」
「歳を取る大変なのよ。疲れやすくなるし、この暑さも堪えられないわ」
叢雲はそう言うと私に近寄り肩を叩いた。
「まだ時間かかりそうだからコンビニでも行きましょう。車出してあげるから、話はそこで聞くわ」
そう言われ、私は叢雲の後に続いた。
「……フィアットじゃなかったのね」
「うちの子はアバルトよ」
敏腕秘書の車と言われれば納得できる。
けれど、それだけじゃない。
「しかもマニュアル」
私が助手席に乗ると、叢雲はエンジンをスタートさせた。
見た目からは想像できないエンジンの振動ががシートから伝わる。
叢雲は窓を開けると、台車を押している鈴谷に大声で声をかけた。
「鈴谷! 私達近くのコンビニ行ってくるから終わったらそっちに来なさい!」
「鈴谷も行くッ!」
「ワガママ言わない! 場所は後で連絡するわ!」
叢雲はそう言うと、クラッチを繋いで発進させた。
「あなた、運転うまいわね」
「グラーフほどじゃないわ」
ーーーー
近くのコンビニまでは少し距離がある。
足柄は私に話があると言った。けど、その話をしようとはしない。
せっかく話しやすい環境を作ってあげたのに。
「捜査局の仕事は大変なの?」
話さないのなら仕方ない。かと言って何も喋らないのも気まずい。
「そうねぇ……無口な上司とよく出来る部下に苛められることを除けば普通のOLと変わらないかしら。あなたはどうなのよ?」
「無茶苦茶なことを言い出すデザイナーに振り回されっぱなしよ」
「でも嫌じゃないんでしょう?」
「そうねぇ……同じ理不尽でも嫌な上司にやらされていた昔に比べれば今の方が楽しいわ」
足柄は少し考えると納得したように頷いた。同じような経験があるのかしら。
「けど偶には嫌になるでしょう?」
「偶にじゃないわよ。今日の仕事だって聞いたの昨日の深夜よ。そこから用意して、運んで……どれほど帰って寝たいと思ったことか」
「そんなのうちじゃ日常茶飯事よ。それも飲もうと思った日に限って事件が起きる。結局私は美味しいお酒じゃなくて濃くて苦くて美味しくない珈琲を飲みながら頑張らなきゃいけない。勘弁してほしいわ。本当に」
「捜査局は大変そうねぇ。いくらうちが忙しいと言っても、そっちとはやってることが違うわ」
足柄はしばらく黙って私を見ていた。そしてため息をつく。
「私はあなたを容疑者として疑っているわ」
「チャカがどうのってやつかしら?」
私は思わず動揺した。けど、不思議とそれが顔や動作に現れるほどじゃなかった。不思議と冷静でいられる。そもそも、お巡りさんを助手席に乗せて車を運転していること自体が異常だ。
「そうよ。艦娘が銃の密輸に関与している。なんてタレコミがあってね。あなたならやろうと思えば出来るんじゃない?」
私は少し考えた。
確かに出来ないことはない。けど、それはかなり大掛かりな仕事だ。知り合い全てを巻き込まなくてはならない。そうなれば当然、それをよく思わない子が出てくる。
「出来ないわね。いくら私がそれをしたいと思っても誰かが止めるはずよ」
まず神通あたりが私の所に来るだろう。
スーツを着てパイロットサングラスをかけた私が倉庫で密輸した銃を片手に葉巻を吸う。そこに白装束を着た神通が日本刀片手に乗り込んでくるだろう。私はそんな神通に切られてお終い。
「あなたにノーと言える子なんているのかしら? 摩耶なんてあなたのこと、全面的に信頼してたわよ」
「いるわ。まず鈴谷ね。あの子は平気で私に嫌だって言うわ。あと那珂さん。逆に私がノーと言えないわ」
「どうかしら? あなたが本当に困っていると知ったら」
「それでそういう事に手を染めたのなら、私は人知れずに殺されているわ」
那珂さんあたりに。確実に。
「物騒なこと言うわね」
「事実よ。けど、私はそれでいいと思ってるわ。もしそうならね」
足柄はため息をつくと、横目に私を見た。
しかし、私が銃の密輸の犯人だと思われているとは思わなかった。
そうねぇ。
「じゃあ赤いジャケットでも着てワルサーでも持ちましょうか」
「じゃあなに、私はキツネ色のトレンチコートでも着ればいいの?」
「あばよぉ〜 足柄のおばさぁ〜ん!」
「誰がおばさんよ! それにそれは泥棒でしょう」
私は思わず笑ってしまった。足柄も何度目かわからないため息をついたけど、やっと表情が緩んだ。目元が笑っている。
結局コンビニに着くまで、誰がどの役をやるかで盛り上がってしまった。