短編、シュールレアリズム

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奇声

(最初の数行焼失)

 

うな気もしたが、それ程重要ではないのだろう。どちらにせよ、俺は地方に出張に行く事が多いため、それを実行しようと心に決めた。

 

夏の日差しが照りつける仙台に俺は降り立った。ここから地方に行く列車に小一時間ほど揺られることになる。列車乗り換えの時間は十分にあったため、500mlペットボトルのお茶、ツナマヨのおにぎり、カレーパン、ポッキーを買い込んで、列車に乗り込んだ。やるならこの列車しかない。どうせ今後、この電車の乗客と出会う事など無いのだ。良心との格闘は30分程続いたが、とうとう実行に移した。

 

「ああああああああああああ」

 

俺はその電車内で突然大きな声を上げた。それは今まで感じたことのない快感で、ドパミンが大量放出する。不覚にも勃起してしまった。俺は臆病者で、奇行を起こしたが周りの目線がしごく気になってしまったのだ。しかし周りは携帯に夢中であった。なんて事のない日常がそこには広がっていた。最初は訳がわからなかったが、こうなったのには2つ考えられる。一つは彼らは自分の作った空間に夢中になって、俺の作り出した空間に介入して来なかったこと、もう一つは、俺の世界を忌避して、わざと介入して来なかった事。これは運がいい。俺はどんな奇行に走ろうと、彼らは俺のことなんかちっとも構いやしない。しかし彼らの目から放たれるはずだった銃弾を、身体中に受けるのは、快感だったろうに。

 

これが俺が公共の場でいきなり奇声を上げることに快感を得たきっかけである。それからも俺は会社の都合で、福岡、札幌、広島、金沢に出張に行く機会に恵まれた。その地で電車に乗るたびに私は奇声を発したのだ。別に何か罪に問われるわけではない。しかし何か悪いことをしているような背徳感、なんとも言えない快感に俺は溺れていたのである。

 

しかし終わりは突然やってきた。俺はこの習慣に脳が侵されてしまっていたらしい。今朝の通勤時、会社の最寄駅でふと奇声を発してしまった。同じ会社の同僚から発せられた銃弾は身体中に突き刺さり、その瞬間俺は会社という社会から爪弾きされた。しかし俺は嬉しかった。俺が本来求めていたのは、この社会から爪弾きされるような、冷徹な銃弾だったのだ。その快感は強く、俺は射精した。

 

帰りは何故か気分が良かった。俺の世界の独房から抜け出し、自由になったのだ。

周りの人間が、俺をジロジロと見てくる。何か奴らとは違う気がした。

 

家に帰った。

ふと鏡で自分の顔を見ると、穴だらけになった俺の顔がジロリとこちらを見ていた。

 

はあ。やっとこれで俺も、心置きなく自分を晒け出せる。

 



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