そして翌日。
リリルカは内心で浮かれていた。今日はリリルカにとって記念すべき『ドキドキ! ダンジョンラブ!!』の第一巻発売日なのである。書店に並ぶのを見に行こうか、買ってくれる人は居るだろうか、売り上げはどれくらいになるだろうか、もしかして、人気が出て重版になったりしたらどうしようと、朝からドキドキしていたのである。
だが、そんなドキドキもまずはダンジョンから帰るまでは、抑えておかなくてはならない。ダンジョンでは注意一秒、怪我一生どころではなく、すぐ死ぬのだ。気持ちを切り替えるため詠唱をする。
「シンダー・エラ」
キャット・ピープルに変身するのと同時にダンジョン向きに気持ちを切り替える。
ベルとハリーもすでに準備を進めている。腰のホルスターにポーション類をセットし、予備の武器を腰に佩く。
「よし、こっちは、終わったよ。みんなは?」
ベルが問いかけ、準備が終えているのを確認するとダンジョンに向けて出発する。
昨日まではベルがアイズと訓練していたので、出かける時間は遅かった。だが今日からは少し早めに出かけることにしたのである。
バベル前の広場の人ごみを抜け、ダンジョンへと入るベルたち三人。
「なんだか今日はダンジョン内に人が少ないね。広場には多かったのに」
ハリーが不思議がるが、リリルカが説明する。
「ハリー様、今日はロキ・ファミリアが深層にむけての遠征出発日なのです。到達階層記録を更新すると噂されてますので、見送りをしようとする人が多いのでしょう」
「あー、そうなのか。僕も見送ったほうが良かったかな・・・」
とぶつぶつ呟くハリー。それにベルが言葉をかける。
「大丈夫だよ。ハリー。縁があれば、ダンジョン内部で会うこともあるさ。それに遠征に行くのがこれで最後ってわけじゃないだろうし。また見送る機会はあるさ」
だが返事が無い。不審に思ったベルが振り返ると、ハリーとリリルカが呆気にとられた表情で、ベルを見つめていた。
「どうしたのさ?」
「ベル様がまるで大人みたいな事を言ってます!」
「病気?」
「ちょっと二人とも僕の事をどう思ってるの? 何かこの前の事といい、扱いがひどよね?」
むかっとした表情でベルが二人に詰め寄る。
「まあまあ、ベル様、ダンジョンでふざけていては危ないです。まじめに行きましょう」
そういいながら、リリルカがベルの横を通り過ぎる。ハリーがうんうんそのとおりと頷きながら、それに続く。スルーされてあわてて、追いかけるベル。先頭に戻り、そして、三人は、いつものベル、リリルカ、ハリーの順番でダンジョンを進む。
「ベル様、今日も11階層ですか」
「そうだね、11階層で」
そして階層を下っていく三人。順調に進んでいくが、次第にベルとハリーの表情が厳しくなっていく。5階層についたころにハリーが問いかける。
「ベル、おかしくないか? モンスターが此処まで一体も出てない」
「うん、他の冒険者も見ない。ダンジョン内がぴりぴりしている感じがする」
きょろきょろと周囲を警戒しながら、ベルが答える。
「そう・・ですかねぇ・・リリにはいつもと同じに見えます」
のんきにリリルカが答える。周囲を見回すがいつもと同じダンジョンに見える。だがベルとハリーは最大限の警戒状態になっている。
・・・ズシリ
通路の奥からか細い悲鳴が木霊のように聞こえてきた。冒険者のようだ。
ベルとハリーは視線を合わせると頷く。
「リリ、一時撤退だ。地表に戻る」
リリルカも異常事態を感じ取ったのか、素直に頷く。
・・・ズシリ
がちゃがちゃと通路の置くから微かな音が聞こえてきた。冒険者が走っている音のようだ。三人は地表に向かって歩き始める。ベルは嫌な事を思い出す。ここは5階層。以前ミノタウロスに追い回されたのと同じ5階層である。
そうしている間に走っている音はだんだんと大きくなり、こちらに近づいてきた。だが、そこで風を切る音がして、絶叫が響きたる。ダンジョンの通路に反響し、人の声とは思えない響きになってしまっている。
「一体何が・・」
リリルカが呟くが誰も答えない。がちゃがちゃと装備の音を響かせながら、通路の置くからヒューマンの冒険者が飛び出してきたのだ。
逃げるのに邪魔だと思ったのか、鎧は脱ぎ捨て、武器も持っていない。ぜぇぜぇと息を切らし、涙やら涎やらで、とんでもない顔になっている
・・・ズシリ
そしてその後ろから、重低音の足音を響かせながら、何かがやってきた
「た、たすけっ!」
こちらを見つけた冒険者は、そう叫ぶ途中で背後からの暴風により、脳天から股間までを真っ二つに断ち切られる。舞い上がる血しぶきの中、ゆっくりと姿を現したのは、ミノタウロスであった。
だがその姿は並みのミノタウロスではなかった。その赤黒い巨体は2mをゆうに超え、上半身を鎧で覆い、鎧を内側から押し上げる筋肉のはりは異常とも言えるほどで、どれだけの筋力を秘めているのかうかがい知ることもできない。右手には、今、冒険者を破壊したばかりの、長さが2mにも達しようかという大剣をもっている。通常のミノタウロスとは明らかに違うその姿は、間違いなく強化種であった。
ふしゅうふしゅうと、息を荒げながら、ミノタウロスは大剣を振りかぶる。そして視線を三人に向ける。次の攻撃目標をベルたちにしたようである。
だが問題はそんなことではなかった。
・・・ズシリ
ベルたち三人の視線はその巨大なミノタウロスの上部に向けられていた
2mを超えるミノタウロスのさらに上に、暗闇からぬぅっと現れた赤い1mほどの大きさの頭部。棘がいくつも生えたその赤い頭。爛々と光る黄色い目の下の口腔が大きく開かれる。幾重にも生えた牙が剥き出しになり、その奥に魔力がためられたかと思うと、小さな轟きと共に炎が噴出される。
炎はベルの頭上、ダンジョンの天上にあたり、大きな穴を穿つ。
「
リリルカが叫ぶ。
「逃げろーー!」
ベルが叫び、リリルカからバックパックをむしりとって放り出す。ハリーは、背中に背負った
「リリ、
ベルとハリーの間でつぶされているリリは、頭を横に出すとベルに答える。
「ギルドが情報を秘匿している深層領域の、強力なモンスターです。ブレスでダンジョンを破壊して、上の階層に居るモノを攻撃できるそうです。神酒に酔った冒険者が言っていたので、与太話だと思ったのですが、ブレスが天上を破壊していましたし、本当のようですね」
「いや、あれはハンガリー・ホーンテールだ。以前、出会ったことがあるから、まちがいない」
その瞬間、ハリーはブラッジャーに襲われたときのような、チリチリとした感じを受け、思わず箒をダンジョンの天上一杯まで上昇させた。轟音と共に灼熱の炎が先ほど居た場所を通り過ぎ、ダンジョンの床と壁とを破壊していく。
ベルが箒の上で体を右にひねって振り返ると、ドラゴンが走ってこちらを追いかけていた。ドラゴンの全身をようやく確認できた。その姿は全長10mほど、幅は2m弱。全長と比較するとややスリムといえなくもない真紅の体で、全身の至る所に30~40cの長さの棘が生えている。背中には一対の羽があるが、ダンジョン内部では翼を広げるにはスペースが足りないようで閉じられている。その体を支える四本の足を使って走るスピードはなかなか速い。その上ブレスを使うとなれば、こちらが不利。そう判断したベルは迷わず、右手をドラゴンに向けて攻撃する。
「ファイアボルト!! ファイアボルト!! ファイアボルト!!」
速攻攻撃呪文。雷の速さで撃ち出される魔法はドラゴンを直撃する。だが、厚い鱗に阻まれダメージを与えられない。
「追ってきてます。ハリー様、急いでください!!」
リリルカが悲鳴をあげ、それに答えるようにハリーが全速力で箒を駆る。曲がりくねった迷宮内部で、ハリーの操作を受けた箒は滑らかに、迷宮内部で出せるトップスピードに移行した。リリルカがハリーの後ろから、最短経路を指示する。
「だめだ、魔法が効いてない!」
「鱗が厚いから、五、六人でやらないとだめだったはず!」
「というよりもまずは逃げましょう!! 地上に行けば、強力なファミリアが居るはずです!」
リリルカが泣き声をあげる。
ハリー自作の箒は、元の世界の箒、ニンバス2000ほどのスピードを出すことはできない。とはいえ幸いにもドラゴンもダンジョンの中ではスペースが無いので、飛ぶこともできないし、走るのに適した体型とはいえないので、今のところは追いつかれることは無い。
問題は
「ハリー、右へ!」
ベルの指示に従い、ハリーは箒を右壁ぎりぎりまで寄せる。ハリーたちの体の左側を轟々とした白熱したブレスが通り過ぎる。直撃せずとも、熱気だけで身体が燃え上がりそうな威力である。ブレスが直撃したダンジョン壁には巨大な大穴が開いている。
今のところは、ベルが魔法で牽制してドラゴンの顔の向きを逸らせたり、ハリーへすばやく回避方向を指示することで、ブレスをかいくぐっている。だが、ブレスがドラゴンにとっての障害物を破壊し、徐々に徐々に距離をつめてくる。
ベルは箒の最後尾で、ドラゴンを睨み付ける。アイズとの特訓で強くなったつもりであったが、まだまだ上には上が居る。まったく刃が立たないことは悔しいが、今は出来ることをするしかない。
ハリーはダンジョンの曲がりくねった通路をスピードを落とさず、壁にぶつからないように全速でドラゴンフライを飛行させる。狭い場所での飛行のによるストレスに負けないように歯を食いしばるのだった。
そしてリリルカは、ハリーに最短経路をナビゲートしながら、ふと何の気なしに左を向いた。
赤黒い巨大なミノタウロスが居た。
武器と鎧を捨てて身軽になり、腿を高く蹴り上げ、肘を直角にまげリズミカルに前後に勢いよく振り、ピッチ走法で全力で箒と並んで走っていた。教科書に載せたいような、素晴らしく綺麗な走行フォームであった。筋骨隆々としたその姿は、芸術家が彫刻にすれば賞賛を浴びるような、素晴らしいものだった。
何も考えられずに、リリルカはそのミノタウロスを見ていたが、その視線に気づいたのかミノタウロスが、リリルカのほうを向き、視線が合う。数瞬、見つめあった後、リリルカの体は無意識に動いた。滑らかな動きで左手で、隠し持っていた魔剣を抜き放ち、ミノタウロスに向けて振りぬいたのだった。無意識での動きで殺気が無かったためなのか、ミノタウロスは反応できずに顔面に魔法の直撃を受ける。
魔剣から放たれた魔法の威力は高いものではなかった。元から耐久が高く、さらに魔石を食らい強化種になったミノタウロスである。ダメージは与えられない。だが、直撃で、目がくらみ、足元がおぼつかなくなったミノタウロスは、ダンジョンのでこぼこに足をとられ、転倒してしまった。
そして重低音の足音を響かせながら10mの巨体で追ってくるドラゴン。ミノタウロスの事は気にせずにその上を走り抜ける。ドラゴンが走り去った後、ミノタウロスは下半身を踏み潰されていたが、奇跡的にまだ生きていた。薄れていく意識の中、ミノタウロスはドラゴンに踏み潰される原因になったキャットピープルに対する怨恨の激情を滾らせていた。
そして、その怨嗟の思いを胸に抱いたままミノタウロスの意識は闇に飲まれた・・・
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三人の逃走は続いて、現在4階層まで逃げ延びた。だがドラゴンも相変わらず、後ろをついている。どういうわけだか分からないが、三人を追ってくるのである。目をぎらぎらと光らせながら、ずしずしと走り、ブレスを吐き散らし、咆哮をあげながら追ってくる。
「その先を右!」
「ハリー、左だ!」
ベルとリリルカが同時に叫ぶ。右に曲がらねば、地上へと迎えない。だが左へ回避しなければ、ブレスで死ぬ。ハリーは迷わず左への回避を選ぶ。そしてリリルカが真っ青になって叫ぶ。
「だ、だめです。この先は行き止まりです」
だが、ベルは一つ思いつく。
『思いもしない動きをして相手の意表をつく』『ぴょんぴょん飛び跳ねるんです』『ブレスでダンジョンを破壊』
そしてその作戦をハリーに伝える。
間に挟まれたリリルカが驚くが、ハリーはやってみると力強くうなづいた。
そうしている間にも行き止まりに辿り着いてしまった。
追ってきていたドラゴンも行き止まりで停止している三人を見て、足を止め、すかさず息を吸い込みブレスの準備に入る。ハリーは箒をふらふらと上下に動かしながらドラゴンをにらみつけ、タイミングを計る。ドラゴンの横をすり抜けるにはドラゴンの巨体が邪魔をしていた。本当に閉じ込められているのだ。こうなったら最後の手段のベルの作戦をするしかない。
轟音と共にブレスが吐き出される。すかさず、ハリーは箒を操作し回避する。回避する箒を追いかけてブレスが撒き散らされる。上下左右をむちゃくちゃに飛び回り、何とか回避をするハリー。ブレスの熱気が籠もり、三人の体に汗が噴出す。
「む、蒸し焼きになりそうです」
体力が最も無いリリルカが涙を流し、弱音を吐く。
ブレスを回避し続けるハリーに業を煮やしたのか、ドラゴンはブレスをやめ、苛立ちの混じった雄たけびを上げる。リリルカは怯むがハリーとベルは戦意のこもった目でドラゴンをにらみ続ける。
再度ブレスを吐くために、ドラゴンは息を大きく吸い込む。それをみてハリーは地上付近に箒を降下させる。冷や汗が流れる中、ハリーはタイミングを計る。ドラゴンが息を吸い込むのをやめた。その瞬間ハリーは箒で地上すれすれを飛びドラゴンに突っ込む。ドラゴンは下を向きブレスを吐こうとするが
「ファイアボルト!!!」
全力のベルの魔法がドラゴンの鼻を攻撃し、ほんの一瞬、動きを止める。そのままハリーはドラゴンにぶつかる直前に急上昇に入り、ドラゴンの正面を天上に向けて飛び上がる。
鼻を攻撃されてブレスを撃つのが遅れたが、ドラゴンは上を向き、天井に向けて飛び上がったハリーたちに全力のブレスを撃ちだす。ハリーは体全体を右に投げ出し、箒をローリングさせ上下さかさまになる。そして、ベルが両足で天井に着地し、両手で、ハリーとリリルカを抱え込む。それと同時に全力でハリー達ごと地上に向かって飛び下がってブレスを回避する。
リリルカがぎゃあぎゃあと、女の子が出してはいけないような悲鳴を上げているが、そんな三人の横を掠めて、ブレスは天上を直撃した。ブレスの威力はそこで止まらず、ダンジョンを破壊し地中に穴を穿ち、地上までの土砂を木っ端微塵に吹き飛ばした。
ドラゴンがばさばさと羽ばたきをして生じる乱気流の中、ハリーは今のブレスが開けた穴の中に外の光が見えたのを確認する。
「ベル、うまくいった!」
ハリーは箒を操り、ブレスでできた穴に飛び込んだ。