ダンジョン14階層から帰還し、
「お疲れ様、ベル君。調整は終了ということね。うーん、できればミノタウロスとの戦闘もして欲しかったんだけどなぁ。はぐれには遭遇できなかったか・・」
本来ならばミノタウロスは15階層から出現する。道に迷ったとか、好奇心が強いとか、怖い冒険者に追われた等でもないかぎりは14階層までは来ないものだ。つまり、何か月か前に、5階層でミノタウロスに出会った事は、イレギュラー中のイレギュラーなのだ。
「18階層に行く途中で、ミノタウロスとの戦闘があるだろうけど、
エイナにリリルカが答える。
「準備は大体終わってます。残るは食料品の買い出しです」
ベルも付け加える。
「野営の演習は明日からですね」
テントの建て方、畳み方。竈の設置や、食事の準備。交代での寝ずの番等々。ダンジョンでのぶっつけ本番もありだが、ホームの中庭で演習してみたらとエイナから勧められていた。ナァーザや、リューさんも同じ意見だったので、演習することになったのだ。
三泊四日の野営演習が終われば、エイナから20階層までのダンジョン講習を受ける。モンスター情報にマップ情報である。イレギュラー発生時の生存確率を上げるため、全員で参加である。
「じゃあ講習は五日後からね。準備をしておくわ」
「お手柔らかにお願いします」
講習になると人が変わったように厳しくなるエイナ。だが、それは冒険者が安全に地上に帰還してほしいと願っているからこその厳しさである。それを分かっているのだが、厳しすぎるのはやっぱり辛いんだよなぁと、考えるハリー達である。
報告と、魔石の換金を終えた皆は、ホームへと帰還するのだった。
今日の賄当番は、ミコトと、料理の練習を始めたリリルカ。
今までハリーがミコトと会話して分かったことは、極東というのは、マグル界でいう二ホン付近。クィディッチ・ワールドカップで負けると、箒を燃やすことで有名な、あの二ホンである。つまり今日は極東風の食事、すなわちワショクが食べられるのである。楽しみなハリーであった。
そんなハリーは食事ができるのを待ちながら、救急箱マーク2の改造を始める。これはリリルカがランクアップしたので、重さをベル・クラネル三人分に増加した新型である。まずはこれに検知不可能拡大呪文をかけて、収納能力をアップさせるのである。遠征までには加工を終えて、予備の救急箱として、持っていく予定であった。つまり加工を急がないといけないのである。だが、ハリーは演習の夜の見張りの時に加工すればよいかと楽観していた。
加工を続けていくハリー。そうやっている間に、夕食が出来上がり、全員集合するのだった。
********
そして三泊四日の遠征演習が終わった。この四日間はホームとダンジョンの往復だけである。つまり四日分の食料、魔石などのドロップ類を持ち歩いていたのだ。そしてファミリア会議が開催される。
「持ち歩いていない俺が言うのもなんだが、ドロップ品を持ち歩くのが、思っていたよりも大変だな」
「サポーターの大変さが分かるとは大したものです」
ヴェルフのボヤキをリリルカが褒める。今までは、地上に戻るとギルドで魔石を換金していた。しかし、この四日間は、ダンジョンに潜りっぱなしという仮定で行動した。そのため、ダンジョンで拾った魔石はホームに持ち帰り、翌日またダンジョンにそのまま持ち込んでいたのだ。日帰りであれば、魔石のダンジョンへの持ち込みなど、全くの無駄である。その無駄になった行為が気になるのかヴェルフがぼやいているのだ。
「18階層まで行く途中で拾ったものは、18階層で売りさばくのが良いんじゃないでしょうか。同じ持ち帰るなら、16から19階層で手に入るものの方が質が良いですよね」
ミコトが提案する。
「18階層の相場は、売る時には地上価格の10分の1、買う時には逆に10倍以上というのが当たり前なんですねぇ。足元を見られた商売になって残念ですが、持ち帰ることが出来る量には限りがあるから、その方法をとらざるを得ないでしょう」
このメンバーの中でただ一人、18階層に到達しているリリルカが賛同する。
「後は18階層から地上に戻る時もドロップアイテムが出ます。それを運ぶスペースを忘れないようにしないといけませんね」
重さに関してはスキルのアシストがあるので大丈夫、と言わんばかりのリリルカである。
「それに関しては、救急箱マーク2ができたから大丈夫。バックパックに入れてるポーション類を
というように気になることがどんどんと話題にあがっていく。
「あと万能ナイフがあると良いですね。予備武器としても使えますし、どうせですから人数分買っちゃいましょうよ」
リリルカが提案している万能ナイフ。刃の長さは30c程、柄の長さも30c程というバランスの武器である。幅が広い刃の片側が普通の剣に、もう片側は荒い鋸になっている。穴掘り、解体、予備の武器と様々に活躍する多用途の武器である。
ヘスティアも口を出す。
「火をつけるための火口箱は、全員それぞれが持ってた方がいいぜ。何が原因で使えなくなるか予想がつかないからね。・・ベル君は、ファイアボルトで火を起こせるんだっけか?・・」
もちろんこれは、中層の水場エリアのことを考慮しての発言である。濡れてしまって火を起こせないでは話にならない。エイナからその情報が開示されていないので、ベルたちは、素直に頷くのみであった。
「直撃させると炭になるんで、余波で火が付くように練習してみます」
それができるんだったら汎用性が高い魔法だなぁと感心するミコトたちであった。
ちなみに今回の野営演習と遠征において、ハリーは野営時用の便利な魔法を使わないように、ヘスティアから指示されていた。つまり使ってよいのは、
ハリーとしては魔法を使うまでもなく、マグル製品のライターや着火剤があればいいんじゃないかと考えて、商店街を探してみたのだ。だがそんなものは無かった。これまた何とかならないかと考えるハリーであった。
そうして、気になった点を話し合い、会議が終わる。明日からは、エイナの講習が始まるのでみんな早く眠りにつくのだった。
********
エイナの講習は午後3時ごろからスタートし、7時まで続いた。これが三日間。エイナが実施した確認テストにも合格した。こうして20階層までの情報を頭に叩き込んだメンバーは、遠征へと挑むのだった。
「いいベル君? 17階層の
「即時撤退ですね。わかっていますよ、エイナさん。そしてどこかのパーティが討伐するまでは19階層の探索に努めますよ」
ベルがエイナの言葉を続ける。そしてそれに頷くパーティ・メンバーたち。
「じゃあ、明日からの遠征頑張ってね」
にっこりとほほ笑みベルたちを見送るエイナだった。
********
遠征へと出発し、ダンジョンをひたすら移動し続け、ついに15階層に到着した。ここからは初めての階層である。
「注意する新モンスターはミノタウロス。人の体に牛の頭。レベル2相当の強さで、こちらを強制停止させる咆哮が脅威」
ハリーが講習を思い出して呟く。マグル界の神話に出てくるミノタウロスと外見は同じモンスターらしい。
「力、耐久が高い。身長2Mの筋肉質の体は鎧のように頑丈。戦う際には注意だったな。言ってる間に早速お出迎えだぜ」
ヴェルフも呟く。
噂をすれば影ではないが、ミノタウロスの群れが現れた。迎え撃つベルたち。陣形は、ベル、ヴェルフ、ミコトが前衛。ハリーとリリルカが後衛である。
ミノタウロスの咆哮が戦闘の始まりを告げる。ハリーとリリルカは簡単に耐えられた。ベルとヴェルフも首をすくめるだけで耐えた。だが、ミコトの動きがおかしい。わずかにふらついている。そのミコトを狙ってミノタウロスが迫りくる。
「
ミノタウロスを切り裂き、そして赤い光線が迸り、一番近くのミノタウロスを打倒した。
「助かります!!」
ふらつきから回復したミコトが叫ぶ。倒れたミノタウロスを乗り越え、殴りかかってくるミノタウロス達。ヴェルフとミコトが、剣を振り回して応戦する。その隙にベルがスピードを生かして、横から突撃しモンスターの群れを突き抜けざま、足の腱を切り刻んでいく。そしてドラキチを納刀し、右手をミノタウロスに向ける。
「──ファイアボルト・マキシマッ!」
詠唱前にもチャージしたファイアボルトなのか、極太の炎の雷が撃ち出され、二体のどてっばらを貫き、三体目の腹に大穴を開けた。残されたミノタウロスも目に見えて怯む。その隙を見逃さずに、ヴェルフとミコトが残りを掃討するのだった。
ちなみにハウルを受けたミコトが言うには『咆哮のあまりの大音量に耳が痛くなった。次回からは大丈夫』とのことだった。五感を鍛えている忍者ならではの、ふらつきだったようだ。
そうしてモンスターとの戦闘を繰り返し、ついに17階層に辿り着く。ここで現れるモンスターは一種類のみ。
階層主ゴライアス。
身長7Mを超える巨人。その強さはレベル4相当。17階層近辺の他のモンスターの強さはレベル2相当である。これを考えると、突き抜けた破格の強さを誇る。
今でこそオラリオにはレベル4以上の第一級、第二級冒険者が存在し、ゴライアス討伐もかなり容易になってきている。だが、ダンジョンができた初期の時代はどうだったのか。16階層までのモンスター相手に戦闘を続け、レベル4までランクアップを続けることは難しい。良くてレベル3、殆どがレベル2だったはずである。そのレベルで格上のゴライアスに挑み、撃破したのだ。苦労したに違いない。しかも約二週間後に再出現。帰るに帰れず、18階層で足止めになった人たちもいたであろう。
そんな昔の事をことを考えつつ、16階層の階段から気配を探るが、静かなものである。情報通りゴライアスは前回の討伐後から、再出現していないようだ。
「居ないようだね」
ほっとしながら、ルームを進むパーティ。ルームとは言うが、他の階層のルームとは規模が異なる。今まではせいぜいが20から30M四方の広さだった。だが、この17階層は、ルームの主、巨人ゴライアスが走り、跳び、存分に戦闘力を発揮できるように、一つの階層丸ごとが恐ろしく広大なルームになっているのだ。
その一角の巨大な壁の前を歩きながら、出口、18階層への階段を目指す。
「この壁が、嘆きの壁。ゴライアスが出現する壁か・・」
ハリーはまじまじと壁を見つめる。ゴライアスの出現時期に、壁を壊して出現を邪魔し続けたら、どうなるんだろうと考えているのだ。多分、過去1000年の間にやってみた冒険者がいるだろう、地上に戻ったら調べてみようと心にメモする。それよりも18階層である。
階段を下りて、18階層へと足を踏み入れる。視界を遮るものがない広大な空間。風がわずかにあるのか、地面に生えた草が風にたなびいている。あちらこちらには木々が生えている。それどころか、場所によっては密集して生い茂り、林や森といっていいほどだ。頭上を見上げてみれば、まぶしい青空である。ダンジョンをずっと下ってきたのでなければ、別の入り口から地上に戻ったのかと見間違う光景だった。
「青空かー、聞いてはいたけれど、不思議なものだね」
ベルの感嘆の声に、リリルカが説明する。
「天井に水晶があって、時間と共に光り方が変わっているんです。夕方には暗くなっていって、終いには夜になりますよ。不思議なことですが、何でこんなことが起こるのかは、分かってないんですよ、ベル様」
その説明を聞いたハリーが思い出すのは、ホグワーツ大広間の天井。その時々のホグワーツの空を映し出した天井だった。こちらの18階層での天井には天気がないのだが・・。
「まずは町に行ってドロップ品を売り払ってしまおう。リリ、道案内を頼む」
ベルの指示のもと、皆で街に向かう。
湿地帯に浮かぶ島の小高い場所。冒険者によって作られ、冒険者によって統治される、ギルドの手が届かない無法地帯。それがリヴィラの町。武器などの装備品や食料品を売っている店、酒場などが雑多に我が物顔に並んでいる。聞いた話によると、ぼったくり価格であるが宿屋もあるそうだ。そんな中見つけたドロップアイテムを扱う店で、荷物を売り払う。
「まあまあの値段でしたね・・」
交渉はリリルカに任せ、他の者は舐められない様に、後ろで厳つい顔をして並んでいた。とはいえ、それが役に立ったとかどうかは疑わしい。店主自身もこちらに負けず劣らずというか、絶対に勝っているぐらいの、傷だらけの年季が入った迫力ある顔だったのだ。
それに厳つい顔以前に、ベルがいれば十分なようだった。というのも、一番後ろで控えていたハリーの耳にいろいろな呟きが入って来ていたのだ──
『あの
『やめとけ、連れを見てみろ、白髪赤眼。あのヒュアキントスを倒した兎の仲間だ』
『ゲェッ、あの借金王かよ! やべぇ!』
・・かなり不本意な言われ方をしているが、絡まれたりするよりは良いだろうと判断して、黙っているハリーだった。
「じゃあ、町の外に移動。野営の場所を見つけよう。水場があるところ分かる?」
「大丈夫ですよ、何箇所かあります」
用は済んだとばかりにリヴィラを後にするパーティであった。
********
テントを立て終え、竈を設置し、野営の準備を終える一行。
初の遠征ということで、団長のベルが挨拶した後に、水で乾杯して食事が始まる。一般的な遠征食である。
ちなみにハリーが考えた即席ヌードルは、試作品をミコトが食べて、あんまりにも残念な味に涙した。フリーズドライ製法が上手くいかなかったのだ。改良を続ければ何とかなるとは思うのだが、多大な研究時間と資金が必要だと判断され、やめることになった。アイデアだけは纏めているので、機会があれば、ヘルメス・ファミリアに相談してみることにファミリア会議で決定した。
食べ終わった後に、片づけをして、見張りを残して眠りにつく。冒険者は眠れる時に眠るのも仕事。
翌、早朝。ハリーはなんとなく目が覚めてしまい、テントから外に出る。見張り役のヴェルフが、地面をがりがりと小枝でひっかいて落書きをしている。まあ、見張りは暇だからねぇ・・と自分が見張りの時を思い出して、苦笑するハリー。挨拶をして、焚火を挟んでヴェルフの正面に座る。
「寝なくて良いのかい? 朝まであともうちょい時間があると思うぜ」
「ああ、もう良いんだ。なんだか目がさえちゃってね。実はさ、昨日の野営で思いついたことがあるんだ。ベルが火口の代わりにファイアボルトで火をつける練習したじゃないか」
「ああ、結構、苦労してたな」
話が見えないヴェルフ。
「あれを魔剣で代用できないかな。一瞬で強力な炎を撃ち出すんじゃなくて、弱くて小さな火をしばらく吹き出し続ける感じで。それも小型のナイフぐらいの大きさで」
ハリーの提案に考え込むヴェルフ。
「やって、やれないことは、・・ないかな? 強力な魔剣ではなく、ごくごく弱い魔剣か・・。いや、魔剣にも分類されない弱さか。おもしろい。やってみよう」
ニヤリと笑うヴェルフ。今まで魔剣を造ってくれと言われた場合、強力な魔剣をと言われていた。もちろん、無視して造らなかったが。
ところがハリーの提案は、野営用の火をつける程度のとても弱い威力の魔剣。今までの依頼と全く逆である。たいていの鍛冶師が目指すのと逆の方向、弱い弱い魔剣である。なんとなく天邪鬼精神に火が付いたヴェルフは、地上に戻ったら早速作ってみることに決めたのであった。
********
二日目は、16階層の探索。
ライガーファング、ワーム、ミノタウロス、たまにヘルハウンドとの遭遇。午後半ばで早めに撤収し、ドロップ品を売却後、二回目の野営をする。疲れが溜まってきているのか、二回目の野営ということで慣れたのか、ぐっすりと眠るメンバーであった。
三日目は19階層の探索。
バグベアーなどの初見のモンスターとの戦闘。さらには、まさか出会うとは思わなかったガン・リベルラとの遭遇。しかもバグベアーとの戦闘中の背後からの奇襲攻撃。だがハリーが
その後の探索は、危ない場面に合うこともなく継続された。翌日の帰還の準備のため、昨日と同じく午後半ばで撤収し、不要なアイテムの売却を行った。演習を含めて、野営をするのは、六回目。さすがにテントの設営などには、熟れてきた面々である。初日よりはだいぶん手際よく設営を終わらせることができるようになった。
四日目。地上に向けて出発。17階層でゴライアスが予定よりも早めに出現する事も無く、無事に地上へと帰還する。
ドロップ品の売却は翌日にすることにし、ギルドに帰還の連絡を入れてホームへ向かう。入り口では、ヘスティアが待ち構えていた。
「いよぅ、おかえり。初の遠征お疲れ様! どうだったい? 18階層は? まぁ、荷物を降ろして今日は休むことだね」
「疲れているだろうから、今日は作らなくても良いように、豪華弁当を準備しといたぜ!」
確かに疲れている身で、さらにおさんどんをするのは億劫だ。皆はヘスティアの心遣いに礼を言って夕飯を食べ始めた。交わされる会話の内容は、もちろん遠征の事。18階層の見事な風景だとか、嘆きの壁がでっかい等々尽きることがなかった。それらすべてに、ヘスティアは目を輝かせ、話に聞き入るのだった。
こうして、ヘスティア・ファミリア初の遠征は終了した。
補足
リリルカ
最初の自己紹介の時に、19階層まで行ったことがあると、セールストークしています。
火口箱
マッチが在るかどうか不明だったので、火口箱としています。ライターは無かったと思いますが・・。
万能ナイフ
解体に使う、ゴミ入れ用の穴を掘るのに使う、柄の部分に棒を縛り付けて即席の槍にする等の使い方をするそうです。荷物を大量に持てないから、多用途に使用できる武器を、リリルカは提案しています。とはいえ武器としての性能は高くないです。メインの武器がなくなり、サブの武器も無くなり、予備の武器も無くなって困った時に使うような、本当の本当に予備ですね
ミコトがミノタウロスの咆哮でふらつく。
龍鳴閃というものがあり、五感を鍛えている忍者は、これを使われると耳が痛いそうです。なら、咆哮も大声なんだし耳が痛いよねと考え、1回目だけ、ちょっとふらついてもらいました。
ゴライアスの出現時期に、壁を壊して出現を邪魔し続ける
止めろ、ハリー。ジャガーノート=サンが天井から、挨拶してきたらどうするんだ。
弱い弱い火を吹き出す魔剣
剣の形をしたライターです。ちゃっかまんともいいます。
二日目、三日目、四日目。
モンスターとの戦闘を繰り返します。パーティメンバーが固定だと戦闘パターンが固定されてきて、同じような戦闘描写になってしまうんです。それでダイジェストで御送りしました。
次回。『作製。そして返済』